ペルソナ3 滅びの意志   作:三尺

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新たな方針(2009/8/8)

 湊は闇の中にいた。ただし邪悪な気配が空気の色に表れた異界の闇ではなく、昼間と変わらず人々が生活している、ありふれた夜の中だ。夜の闇に自らが溶け込むように、湊は目を閉じていた。

 

 そんな微睡みの中、突如として雷鳴に似た轟音に襲われた。体は前のめりに投げ出され、天地が反転した。閉じた目をようやく開くと、そこには記憶のどこを探しても見つからない異様な光景が広がっていた。異様すぎて、それらが何であるのか分からない。分かるのは色だけだ。

 

 無窮に広がる緑。圧倒的に巨大な黒。そして小さな白――

 

 白。それは何の色だったか、思い出せない。意識の表面まで上らせられない。言葉の及ばない、意識の届かない遥かな心の深層に焼き付いたのは、ある強いイメージだ。それは子供の自分を優しく守ってくれる、とても親しい何者か。

 

 「……お母さん?」

 

 自ら発した声により、目が覚めた。

 

 「お目覚めですね」

 

 夢の中ではなく、現実に目を開いた先には白い少女がいた。可憐な白い顔の中心にある、青い瞳は泣いているかのようにぼやけている。少女は身を屈め、片腕をこちらに回して抱き締めてきた。

 

 「良かった……」

 

 自分の顔のすぐ隣に目をやれば、金髪にかけられたヘアバンドがある。そしてそれに繋がる形で耳に当てられた、ヘッドホンに似た形のファン。体に回された腕は、温かいが硬い。人を危険から守る為に作られた、硬い腕だ。

 

 「アイギス……」

 

 少女の名を口にして、意識がはっきりしてきた。何があったかを思い出した。8月3日、タルタロスで刈り取る者と遭遇してしまい、非常手段としてタナトスを召喚したのだ。視線をアイギスから天井に向ければ、見覚えのあるものだった。4月に見たものと同じ天井だ。ここは辰巳記念病院だ。つまり自分はタナトスを召喚した反動で気を失い、入院してしまっていたわけだ。

 

 覆いかぶさってくるアイギスの背中を軽く叩いた。すると彼女は身を起こし、改めて視線が出会った。彼女の青い瞳に涙の跡はない。先ほど泣いているように見えたのは、どうやら起き抜けで自分の視界が不鮮明であったからのようである。

 

 「今日は何日だ?」

 

 寝かされたベッドから上体を起こして聞いてみた。そう言えば以前もちょうどこの場所で、同じ質問を別の人にした覚えがある。

 

 「8月8日です」

 

 「2009年の……だよな」

 

 「もちろんです」

 

 「五日間か……」

 

 4月にタナトスを召喚した時は、十日間寝込んでしまった。五日で済んだのは、あの時に比べれば力を上げていたからだろう。だがそれでもやはり、目覚めるまで時間がかかり過ぎた。せめて三日で目覚めたかった。

 

 「あの時貴方が召喚したのは……ファルロスさんですね」

 

 アイギスの質問に対して、言葉で答える代わりに頷いた。すると彼女は表情を強張らせた。睨んでくるのとは違うが、鋭くこちらを見つめてくる。

 

 「あのペルソナは、今の貴方では使いこなせません。今後は絶対に召喚しないでください」

 

 「ああ……」

 

 まるで叱られているかのようである。だが彼女の言う通りだ。実際にやってみてよく分かったが、ペルソナの暴走は使用者に凄まじい負担がかかる。話に聞く二年前の事故での荒垣も、似たような状態になったのだろう。ああなってしまったら最後、誰を殺そうと止められない。

 

 気持ちを切り替え、他の事柄を聞いてみた。仲間の皆は刈り取る者やタナトスに殺されることはなかったかと。そして一昨日に訪れたはずの、満月の夜はどうしたのかと。

 

 「皆さんお怪我もなく、ご無事でいます。シャドウは倒しました」

 

 不幸中の幸いと言ったところか。もし相手がタルタロスの番人程度であれば、勢い余ったタナトスの剣で仲間たちも皆殺しにされた可能性が高かった。だが刈り取る者はタナトスでも単独で撃退するのは容易くない相手だ。それが結果的に、皆が逃げる隙を生み出すことになったわけだ。

 

 「そうか……ストレガは?」

 

 「現れました。ただ、前とは言うことが変わっていました」

 

 アイギスの説明によると、ストレガは『前回』とほぼ同じ状況で姿を現したとのことだった。だが妨害ではなく、応援に来たのだと言い出した。しかしタカヤと美鶴が口論になり、結局ストレガは『前回』同様に陸軍施設の隔壁を閉めて、そのまま去って行ったらしい。

 

 「応援……と来たか」

 

 『前回』のストレガは、影時間を消そうとする試みは偽善に過ぎないと論難してきた。『今回』は自分と接することで、考えを変えたのだとしたら。彼らを仲間に引き入れることを運命のコミュニティの目標にしているので、もしそうなら願ってもない。だが――

 

 「彼らに協力を頼んでいたのですか?」

 

 「いや、そこまではしていない。応援ってのは皮肉だろう」

 

 6月に溜まり場で接触して以来、タカヤとは連絡を取っていない。たった一度の会話で考えを変えるなど、いくらなんでもあり得ない。応援とは即ち、シャドウを倒せとの意味だ。つまり満月のシャドウを全て倒しても影時間とタルタロスは消えないことを、『今回』のストレガは既に知っている。恐らく幾月が隠蔽した、デスに関する記録を既に入手しているのだろう。

 

 (知っているのはいい。事実だしな。だが寝過ごしたのはまずかったな。僕がその場にいれば、違っただろうが……)

 

 自分が現場にいれば、色々とやりようがあっただろう。例えば皮肉を逆手に取って、シャドウ討伐に本当に手を貸してもらうこともできたはずだ。たとえ仮にでも協力し合うことができればコミュニティには有益だっただろうし、他の皆に与える印象も異なったものになったはずだ。

 

 「本当に彼らを仲間にする気なのですか?」

 

 それができなかったものだから、アイギスにまで良くない印象を与えてしまっている。だがここで諦めるわけにはいかない。なぜなら――

 

 「僕たちだけじゃ、今回のタルタロスは攻略しきれない。あいつらの力も必要になってくる」

 

 「……」

 

 湊がストレガにこだわる理由はいくつかあるが、その一つには戦力としての必要性がある。と言うのも、今の仲間たちは能力の限界が早めに来てしまう可能性があるからだ。ペルソナ能力を成長させるには、日々の鍛練の他に新たなペルソナへの覚醒が重要になる。何らかの強い決意や、性格を変えるほどの衝撃を受けることによって、ペルソナが変容することだ。『前回』は仲間の多くがこれを経て、ポテンシャルを大きく膨らませた。だがそれが起きる契機は、親しい人との別離が多かった。

 

 『今回』はそれらを未然に防ぐつもりなので、結果的に仲間たちは覚醒の機会を得られなくなる可能性がある。具体的に言うと、順平、真田、美鶴は危ない。ゆかりとアイギスは微妙。問題がなさそうなのは風花だけだ。荒垣は復帰自体が微妙な状況で、天田に至っては行方不明だ。コロマルは元から覚醒の必要がないくらい強力なペルソナを持っているが、犬一匹ではどう考えても足りない。

 

 そして覚醒が起こらないと、ある一定の段階で膂力も魔力も耐久力も成長が止まってしまい、新たな魔法や技も習得しなくなる。『前回』程度のペースで力を上げて行ったとして、時期的には11月頃に仲間の多くが頭打ちに陥る。だからストレガが欲しいのだ。

 

 何しろ戦力の平均で比較すれば、ストレガは特別課外活動部を上回っている。『前回』自分たちが勝てたのは、人数的な優位があったからに他ならない。もし一対一で戦えば、湊なら何とか勝てるだろうが、他の仲間たちでは分が悪い。彼らはそれほどの実力者だ。

 

 (適性で劣るのに戦力で勝るのは不思議だが……事実そうなんだよな)

 

 「済みません。私にもっと力があれば……」

 

 アイギスは俯いた。『前回』の記憶を失っている皆は当然としても、保っている彼女までが覚醒後のペルソナであるアテナを失ってしまっており、当初のパラディオンに戻ってしまっている。彼女からすれば、部の戦力不足は自分の不甲斐なさが招いたことと思うこともあるだろう。

 

 「君のせいじゃない」

 

 力を失っていることを非と言うなら、自分の方がより大きな非がある。湊はそう思っている。だが今さらそれを言っても仕方がない。ストレガに関しては、これくらいで一旦話を打ち切ることにした。

 

 「他には何かあったか?」

 

 「それが……少しおかしなことになってしまいました。刈り取る者がデスなのではと、皆さんはお考えになっています」

 

 「は?」

 

 「それから、貴方のあのペルソナに皆さんはご注目されています」

 

 

 湊はアイギスから一通り話を聞いてから、辰巳記念病院を退院した。普通なら五日も寝込んでいた患者が目覚めてすぐに退院するなど無理な話だが、桐条系列に属するこの病院では別である。4月の時もそうであったように、一言だけ言えば後は簡単な検査を受ける程度で退院できる。無論、入院費も桐条グループ持ちである。

 

 そうして寮に戻ってきた湊は、夜の時間に作戦室に向かった。現状を改めて話し合う為である。行ってみると、アイギスを含めた寮生全員が既に揃っていた。

 

 「迷惑をかけました」

 

 席に着くと、湊はまず謝罪の言葉を述べた。一昨日の満月の作戦日を寝過ごしてしまったことについてである。

 

 「いや、君のせいではない。あのような怪物に遭遇して全員無事でいられたのも、君がいればこそだ」

 

 「いえ、それよりあのシャドウですが……」

 

 「ああ、あれは刈り取る者と呼ばれているシャドウだ」

 

 美鶴は説明を始めた。刈り取る者の存在については、これまでの桐条グループの研究で一応分かってはいたが、出現すること自体が稀なシャドウであるだけに、実態は今まで全く不明だった。だが五日前の遭遇戦での風花の分析により、新たに判明した事実があったとのことだ。

 

 「あのシャドウのアルカナは、今までに確認できている十二のそれではなかった。言わば……死神だな」

 

 「つまり、例の十三体目が存在する可能性が高まったと」

 

 満月のシャドウの数は当初は十二体と目されていたが、十三体目が存在する可能性がある。五日前の夜、作戦室で美鶴から皆にそう説明された。その時点では一応可能性の段階の話とされていたが、刈り取る者のアルカナが判明したことにより一つの傍証が得られたというわけだ。

 

 「ああ……確定とまでは言えないがな。それからこれも確定ではないが、あのシャドウこそが、十三体目そのものではないかと……」

 

 「あの日は満月ではなかったでしょう。それに満月のシャドウは、タルタロスの外で現れるものでは?」

 

 反証を挙げてみた。すると美鶴に代わり、風花が答えてきた。

 

 「そうですけど……満月のシャドウは満月以外の影時間に存在しないわけじゃないですよね。眠っているか隠れているか……とにかくどこかにいることは確かなはずです。それに満月のシャドウが外で出てくるのは、十年前の事故で飛散したからですよね。もし事故現場のすぐ近くに落ちたとするなら、タルタロスで出てくることもあり得ると思います。それに、ひょっとすると最近まで十三体目の存在に桐条グループが気付かなかったのも、タルタロスにいたからじゃないかと……」

 

 本当の十三体目であるデスは、今はファルロスとして湊の体内にいる。だがそれを知らなければ、刈り取る者こそがデスだと考えることもあながち無理はない。それを否定する根拠を現時点で開示できる情報から示すのは、なかなか難しい。

 

 「うむ……この件を研究所に問い合わせたところ、否定はできないとのことだった。それに、あのシャドウの力は桁外れだった。これまでの大物が束になっても敵わないほどだ。あれ以上のシャドウが存在するとは、さすがに考えにくい……」

 

 「やっぱ、そうなんすか? 満月のデカいのをあと四匹倒したら、最後はアレとやり合わないといけないんすか?」

 

 順平が口を挟んできた。それに答えたのは真田だった。

 

 「遅くともあと五ヶ月、早ければ三ヶ月程度の間に奴を倒せるだけの力が必要ということだな」

 

 「うへえ……俺、自信ないっすよ……」

 

 「今のうちに姿を拝んでおけて、幸運だったと思え。トレーニングは目標に向けて積むものだ」

 

 順平は天を仰いでため息を吐くが、対照的に真田は目を輝かせている。刈り取る者が桁外れの強敵であることは当然認識しているはずだが、明確な目標を得たことでかえって気合を入れ直したようだ。屋久島のビーチで見せていた沈んだ気配は仮面の陰に隠れ、精気を漲らせている。それを見て、湊は思う。

 

 (敢えて否定する必要はないか)

 

 満月の周期から計算するとデスの出現は12月2日になる。『前回』の傾向から考えると、その時期に刈り取る者を倒すのは不可能である。たとえストレガの三人を仲間に加えても同じであろう。だが敢えて高いハードルを設定するのも悪くはない。デスの正体をどう認識しようと、戦いは今後もより激しくなって行くことは間違いないのだ。皆の意識をより高く置く為に、ここで刈り取る者の打倒を目標に掲げるのも良い。少なくとも真田のモチベーションの向上には繋がっている。

 

 ただ順平は逆に弱気になってしまっている。順平はある意味で真田以上に勇敢だが、圧倒的な力の差を見せつけられてさすがにショックを受けているようだ。五日前の遭遇戦で、最初に標的にされたのが順平だったことも影響しているのかもしれない。

 

 (そこはチドリの出番だな)

 

 今後の方針を一つ決め、次の話題に移ることにした。

 

 「分かりました。その方向で考えましょう。それで、一昨日の作戦日では……」

 

 「うむ。シャドウは二体出てきた。君の代理としてアイギスに指揮させたが、無事に撃破できた。だがな……」

 

 「ストレガ、ですか」

 

 「聞いているか」

 

 一昨日のストレガ乱入の顛末については、病院でアイギスから聞いている。だが美鶴は改めて語り出した。曰く、応援に来たと言うものの態度は悪意に満ちていて、散々嫌味を言ってきたとか何とか。それらを話す美鶴の表情は一応平静を繕っているが、隠し切れない苛立ちが言葉の端々から漏れてきている。

 

 「全く……何がしたいのか分からない連中だった」

 

 「しかし、ものは使いようでは?」

 

 一つ食い下がってみた。戦力は多いに越したことはない。ストレガを仲間に引き入れれば今後の為にどれだけ有益か、損得でもって説得しようとしてみたが――

 

 「君は奴らを見ていないからそう言えるんだ。理屈が通用する相手じゃない」

 

 話を始める前に遮られてしまった。取りつく島もない。美鶴は新人の勧誘には積極的だが、それにも限度があるようである。

 

 (これはまずいな。多分、幾月がいなくなったのが原因だろうが……)

 

 『前回』の8月の満月では、美鶴はストレガの挑発を聞いてもほとんど反応を示さなかったはずだ。だが『今回』はかなり感情的になったようである。察するところ、幾月の不在による不安感から地が出たのだろう。普段の言動から冷静沈着と思われがちだが、美鶴の本来の性格はむしろ逆だ。怒りに任せて婚約を一方的に破棄するなどの行動に表れているように、実は短気で直情的だ。

 

 (今月中にでもタカヤと連絡を取るか)

 

 病院で話を聞いた時から予期していたが、ストレガに対する皆の印象は思っていたより悪い。このままでは彼らを引き入れるのが難しくなってしまう。どこかでフォローを入れる必要があるだろう。

 

 「話は以上ですか?」

 

 「いや……あと一つ、君に聞きたいことがある。五日前に君が召喚したペルソナだ」

 

 美鶴は背筋を伸ばし、湊を真っ直ぐに見つめてくる。その視線の中にある色は、主に期待。だが疑念やら恐怖やら、これまであまり向けられることのなかった感情も見受けられた。

 

 「あれは……何だ?」

 

 「……」

 

 漠然とした質問だが言いたいことは分かる。分かるのだが、湊は答える前に美鶴から一旦視線を外してゆかりを見た。

 

 「……」

 

 目が合ってもゆかりは何も言わない。ただ僅かに肩を竦めており、何かを恐れる感じが表れている。本人に自覚があるかどうかは微妙だが。続けて作戦室を見渡してみれば、全員が湊に注目している。しかもアイギス以外の皆から向けられる視線には含むものが色々あって、居心地の悪さを感じるほどだ。

 

 4月のタナトスの暴走を、現場にいたゆかりは当然見ている。美鶴と真田は微妙だが、作戦室のモニター越しに見ていた可能性はある。だがこれまであの件を皆から追及されることはなかった。それは恐らく幾月が皆を言いくるめたのだろう。しかし幾月がいない現状では、皆がタナトスを放置しておくはずがない。だが皆に真実を教えることはできない。ここは適当にごまかす他にあるまい。

 

 「山岸、分析してなかったのか?」

 

 前振りとして風花に聞いてみた。

 

 「いえ……五日前の時は、いきなりだったので分析が間に合いませんでした。それで……入院中にちょっとルキアで調べさせてもらいました。済みません……」

 

 「結果は?」

 

 「ペルソナはいくつもありましたが、あの時のあれは……見つかりませんでした」

 

 (当然だな)

 

 風花は表情を沈み込ませるが、湊は風花の分析結果を既に病院でアイギスから聞いて知っている。知った上で、敢えて話を振ったのである。

 

 「済みませんが、あれが何なのかは僕にも分かりません。普通に召喚しようとしたら、勝手に出てきたんです。山岸に分からないものが、僕に分かるはずがないです」

 

 「……」

 

 そう言うと、風花はますます沈み込んだ。居たたまれなくなったように肩を落とし、元から小柄な体が更に小さく見える。言い訳の材料にしてしまった風花には悪いが、仕方がない。ファルロスについて、今の時点で皆に教えられることは何もないのだ。

 

 「おいおい。頼むよ、湊……」

 

 順平は失望感の籠った声を漏らした。だが何と言われようと、これ以上のことは話せない。話を打ち切るつもりで、今日の会合の結論を述べた。

 

 「今後の探索では、刈り取る者に気を付けましょう。もしまた出てきたら、当分は逃げの一手です。決着は満月のシャドウをあと四体倒してからです」

 

 逃げの一手――

 

 そうは言ったものの、湊自身にも不安があった。気を付けるにも限度があるからだ。刈り取る者は一つのフロアに長居しすぎると出現するが、ごく稀に時間を置かずに唐突に現れることがある。そして運悪く脱出路を塞がれてしまったら、再びタナトスを召喚するしかなくなる。五日前は幸運にも犠牲を出さずに済んだが、次もそうなる保証はない。最悪の場合、二年前の荒垣と同じことをしてしまうかもしれないのだ。

 

 (ん? 待てよ。荒垣と言えば……そうだ!)

 

 不安の最中に、はたと閃くものがあった。不意に浮かんだアイディアを検証し、活用する為の方法を考え出した。だがそれは中断された。打ち切ったつもりの話を蒸し返してくる人がいたからだ。

 

 「有里、悪いが……一度研究所で検査を受けてくれないか?」

 

 美鶴である。その表情には、悪いと思いつつも何とかしてほしいと縋るような色があった。順平もそうだが、今後の切り札として皆がタナトスに期待するのも無理はない。何しろ刈り取る者を倒せないまでも、押し戻すくらいはできたのだから。特に現時点で特別課外活動部を預かる立場に一応いる美鶴は、分からないで済まそうとしないのは当然だ。

 

 「構いませんが」

 

 桐条グループの研究所と言えばシャドウとペルソナ研究の中心地である桐条エルゴノミクス研究所、通称エルゴ研だ。しかし十年前の事故で岳羽詠一朗を始めとする研究者の大半は死亡し、当時の設備も失われており、現在あるのはその後継の組織だ。召喚器や影時間に稼働する通信機材などを製造しているのもそこだ。

 

 旧エルゴ研の実態については湊は詳しいことを知らないし、現在の研究所についても同様だ。だが彼らが風花以上の探知能力を持っているはずがないので、調べたところで何も見つけられはしないはずだ。幾月がいるならまた別だが、今の状況では断る理由はない。しかし――

 

 「私も同行させていただきます」

 

 アイギスが口を挟んできた。彼女にすれば、これも湊を守ることの一環であろう。桐条武治は既に味方だが、研究所の末端の職員が興味本位で湊を変に調べるようなことがあってはならない、とでも思っているのかもしれない。

 

 「アイギス、君は……」

 

 「いいんじゃないですか? 心配なんでしょ、色々と……」

 

 (ん……?)

 

 「……」

 

 美鶴がアイギスを窘めようとしたところで、それを遮るようにゆかりがフォローを入れてきた。美鶴は思うところがありそうだったが、それを飲み込んだ。元々検査を受けてもらうこと自体にも後ろめたい気持ちがあったところへ、他ならぬゆかりに言われてはなおさら強くは言えまい。屋久島の一件の後でも、ゆかりは桐条グループ全体に拭いきれない不信感を持っているから。

 

 だがそれとは違う意味で、最近のゆかりは自分に不信を抱いているはずだ。湊はそう思っている。それでいながらこのようなセリフを発するのは、意外に思えた。

 

 (僕が寝込んでる間に何かあったか? まあ、どうでもいいことだ。それより……)

 

 ゆかりに感じた疑問については深く考えることなく、先に感じた閃きを整理する作業に再び戻った。

 

 

 湊は『今回』ゆかりとコミュニティを築くことは既に諦めており、美鶴や風花に対しても同様である。だから言葉の裏側に隠された彼女らの内面には、特別注意を払わなくなっていた。その為、今後の彼女らのちょっとした行動を見逃すことになるのだが、それはまた後の話である。

 

 この翌日、湊はアイギスに付き添われて研究所に顔を出し、色々検査を受けた。その結果は、体とペルソナはいずれも何の問題もなし。タナトスは発見されなかった。それを聞いた美鶴は色々と複雑な思いを抱いたのだが、湊はやはり彼女の微妙な心の動きには気付かなかった。




 ストレガは個々の能力では『一周目』から特別課外活動部より上としています。これは本作の独自解釈……と言いますか、作者がゲームをやって感じた印象です。特にタカヤとジンは弱点がない上にスキル構成に隙がない為、主人公以外の相手には一対一なら普通に勝てるだろうと。
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