ペルソナ3 滅びの意志   作:三尺

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剛毅1(2009/8/15)

 この日、夏期講習が終了した。当初は受ける必要を感じていなかったが、終わってみると無駄ではなかったと思う。『前回』と内容が異なった総合学習の授業は、それなりに有意義だったから。もっともそんな感想を持ったのは湊だけであろうが。そして補習の後で江戸川から保健室で聞いた話も、今後の為になかなか参考になった。

 

 「ワン!」

 

 寮に戻ると、コロマルが尻尾を振りながら出迎えて来た。そして何かを期待する瞳で、じっと見上げてくる。コロマルは言葉を持たないが、言葉がなくても理解できるものはある。しかも今のような視線は、『前回』から度々向けられている。

 

 「散歩に行くか?」

 

 「ワン!」

 

 一際元気の良い鳴き声で返答すると、コロマルはさっさと玄関へ向かった。湊は少しだけ急ぎ足で自室へ向かい、カバンを置いて再びラウンジへと戻って行った。帰ってきてまたすぐ外出することになったわけだが、忙しく過ごすのは『前回』からずっと続けてきたことなので別に構わなかった。

 

 

 『前回』からいつもの散歩コースだった、寮から長鳴神社へと向かう道を歩いた。時刻は夕方である。真夏の太陽はようやく傾き、昼間に大量に注がれた熱は足元のコンクリートから失われつつある。コロマルの肉球が熱さで傷つくこともない。散歩には頃合いの時間帯である。

 

 神社の鳥居をくぐって階段を上ると、いつもと違って大勢の人がいた。ただし参拝客や散歩に来た人々ではないようだ。大半の人はシャツ一枚で、頭には帽子をかぶるか手拭いを巻くと言った格好だった。そしてパイプなどを組み立てる作業に従事していた。屋台の設営だ。

 

 神社の参道に沿う形で既に組み上げられた屋台の中には、料理用の鉄板が据え付けられているものもある。その内の一つの屋台の暖簾には、オクトパシーとか書かれている。巌戸台商店街にある、謎のたこ焼き屋の出店であろう。

 

 (明日の準備か)

 

 「ワフッ……」

 

 明日はここで夏祭りが行われる予定である。その準備が今日から始まっているのだろう。

 

 「今日はちょっと歩くか」

 

 『前回』から散歩では大抵ここでコロマルを遊ばせていたが、この様子では今日は無理だろう。いかにコロマルが元住人とはいえ、遊んでは忙しく働いている人たちの迷惑になる。

 

 「ワン!」

 

 元気な鳴き声を了承と受け取り、当初の予定を変更することにした。決まったコースを歩くのも良いが、たまにはいつもと違う道を歩くのも散歩の楽しみの一つだ。

 

 

 リードを持った手をコロマルに引かれながら、巌戸台とポートアイランドを繋ぐムーンライトブリッジの歩道を北から南へと歩いた。右手に見える夕日が伸ばす長い影が、車道にまでかかっている。長い橋の中央の辺りで、湊は立ち止まった。海から吹く風が前髪を揺らして舞い上げ、普段は隠れ気味な右目の視界が左目のそれと重なって、大きな橋の奥行きを遠近感の中に映し出している。

 

 視線を南方のポートアイランドから左手の車道へと向ければ、ちょうど一台の車が通り過ぎていった。海にかかるこの橋は長い。そして人と物の流れの要所であるから交通量も多い。立ち止まっても歩いていても、伸びた影の上を何台もの車が通り過ぎていく。海から吹く風よりも大きな音を立てて、車は走り去っていく。

 

 「……」

 

 車道に横たわっているのは人ではなくて影だから、その上を車が何台通ろうが何も起こらない。だが影ではないものが倒れている様も、湊は見ている。この橋は忌まわしい思い出のある場所である。十年前、ここで両親が死んだ。だがその時の光景は完全に記憶から抜け落ちている為、両親と結びつけて忌まわしく思っているのではない。

 

 ここは『前回』の12月2日、アイギスと綾時が戦った場所だ。もちろん『今回』は起こり得ないが、あの時見た半壊したアイギスの姿は『前回』見た多くの辛い光景の中でも、最大のものだった。

 

 あの時、彼女は己の無力を痛感したはずだ。だがそう感じたのは彼女だけではない。彼女は『初めて』屋久島で会った時から、ずっと自分に執着していた。彼女とは初めはコミュニティがなかったにも関わらず、どのコミュニティの担い手よりも近くにいた。そのことは自分にとって、決して悪い感情を抱かせるものではなかったから、倒れた彼女の姿は『愚者』の心にも痛みを伴って突き刺さってきた。しかしそれならどんな感情を彼女に抱いていたのかは、自分でもよく分からないのだが――

 

 「クゥン……」

 

 記憶の海に潜っていた湊の足元に、コロマルがすり寄ってきた。白い毛皮に覆われた小さな頭を右足に擦り付けてきた。そして左足の側に回り込み、そこにも頭を擦り付けた。おかげでリードが足に絡まってしまった。今までになく近付いたその状態で、コロマルは湊を見上げてきた。宝石を連想させる赤い瞳と目が合うと、一つの事実を思い出した。

 

 「……」

 

 自分にとってのこの橋のように、場所に染み付いた辛い記憶ならコロマルにもある。だがコロマルはそんな場所にずっと居続けていた。真田が言う通り、コロマルは偉い奴だ。死なずに済んだアイギスはともかく、死んだ両親の為に花束一つさえここに置いたことのない、自分などよりずっと。

 

 

 時刻の呼称が夕方から夜へと変わる頃、ポロニアンモールまで辿り着いた。寮から神社に向かい、更にムーンライトブリッジを歩いてポートアイランドまでとなると、かなりの距離である。しかも日は既に落ちているとはいえ、季節は真夏。歩いているだけでも、熱帯夜の暑気は体にかなり響く。

 

 (ちょっと休憩)

 

 湊はモール中央の噴水のベンチに腰を下ろした。暑さを紛らわすには水の近くが最も良い。清浄な音と共に跳ねる噴水の飛沫が髪に当たって、涼気をそこから運んでくる。モールの出口側に視線を向ければ、左右に同じような噴水が二つ並んでいる。水のアートが三つも並んでいると、周囲の気温を少しだが下げてくれる。エリザベスが言うような、三位一体を表しているのでは断じてないだろうが。

 

 そうしてベンチに座った湊を、地面に座り込んだコロマルはじっと見上げている。

 

 「お前、順平とはここで初めて会ったんだってな」

 

 「ワン!」

 

 順平は4月のある日、酒に溺れた父親と揉めて家を飛び出し、ここでコロマルと会ったらしい。ポロニアンモールは普段のコロマルの散歩コースから外れているはずなのに、その日に限ってここを訪れ、順平と出会ったとは。まさに運命的と言う他にない。

 

 (そう言えば……)

 

 二ヶ月前に神社で順平から話を聞いた、その時のことを思い出した。あの時、順平は湊の発言に反発したが、直後にコロマルと再会して機嫌を直したのだった。コミュニティの活動を援助してくれた礼として、後で高級ドッグフードでも買ってやろうと思ったのだった。

 

 (やってみるか)

 

 ベンチから立ち上がり、モールの奥へと歩いて行った。向かう先は薬局の青ひげファーマシーである。コロマルのリードを店先の電柱に結わえておき、入ってみた。

 

 「へい、らっしゃい! と、お前さんかい。今日はバーゲンセールだ。たっぷり買ってけ!」

 

 特徴的な髭の持ち主である店主の威勢のいい声で迎えられた。ここで売られている薬剤は不思議と効果が高く、タルタロス探索にも有用な代物である。だから湊はこの店には『前回』から頻繁に通っており、店主とは既に顔馴染みである。

 

 「ドッグフードはありますか? できれば高級なものを」

 

 薬局だから主な売り物は薬なのだが、ペット用品もこの店にはある。

 

 「おお、あるぞ!」

 

 そう言って店主は商品棚から、一つの缶詰を持ってきた。ラベルには虎とか狼とかの文字が踊っている。缶詰そのものは掌に収まる標準的なサイズでありながら、鉄球のようにずっしりと腕に響く重さだった。肉が大変な密度で詰め込まれているのかもしれない。

 

 「……」

 

 コロマルにこれを食べさせていいのか、一瞬悩んでしまった。この店の商品は効果が高い。傷薬はシャドウに受けた傷でも治してしまうし、毒消しなどは一瞬で効果が出る優れものだ。ペット用品に関しても、不思議な効果がある。例えばポートアイランド駅外れに居ついている野良猫に、ここのキャットフードを食べさせたことがある。するとその猫は元気を取り戻したばかりか、僅か数日で体が不自然に大きくなったりした。

 

 (ま……まあいいか)

 

 これと同じ種類のドッグフードは、『前回』から何度か食べさせていたはずだ。万が一、コロマルの体が今より大きくなったとしても、別に不都合はない。ペルソナ能力は体格とは無関係だから。

 

 「ワン! ワン!」

 

 缶詰を買ってモールに戻ると、コロマルは待ちきれないと言わんばかりにじゃれついてきた。未開封の缶詰から匂いはしないはずだが、何を買ったのか既に分かっているようである。賢い犬である。

 

 「じゃあ帰るか」

 

 

 長い散歩を終えて寮に戻ると、湊は一階のキッチンに向かった。普段は寮生がここを使用する機会はめったにないが、調理器具や皿くらいは用意されてある。戸棚から小皿を一つ取り出し、猛獣の食料にもなるという噂の缶詰を盛った。

 

 「ワン!」

 

 キッチンを出ると、ラウンジのテレビの前でコロマルはそわそわと落ち着かない様子で待ち構えていた。湊は床に膝をつき、皿を置くと――

 

 「待て」

 

 早速食いつこうとするコロマルの鼻先に、右の掌を向けて制した。そしてコロマルの赤い瞳を真っ直ぐ見つめた。散歩の時は宝石のようとか思ったその瞳は、まさしく獲物を狙う猛獣のそれと化して脂ぎった光を放っている。

 

 「ハッ、ハッ、ハッ……」

 

 コロマルは舌を出して息を荒くしている。早く食べさせろと言わんばかりである。言葉がなくても、全身がその意思を語っている。しかし湊はそんな意思を軽く受け流し、手を鼻先に向けたまま動かさない。

 

 (さあ来い。お前の枠は空けてあるぞ)

 

 普通であれば、こうしたお預けはペットのしつけの為にやることだ。だがコロマルには今さらする必要はない。前の飼い主に十分しつけられている。この『待て』はコロマルを待たせているのではなく、絆を教える『我』の声を湊が待っているのである。

 

 (コミュはコミュニオンと同じだ。食べ物を使うのが正しいやり方なんだ)

 

 夏期講習の総合学習で学んだ、聖餐の儀式に倣っているだけである。何も餌を使ってコミュニティを釣り上げようとしているのではない。決して。

 

 「クゥン……」

 

 やがてコロマルの瞳から野生の光が消えた。そして悲しげに鳴くが、それでも湊は手をどけない。そうしてお預けが数分に及んだ頃、二階に続く階段からラウンジに順平が下りてきた。

 

 「何してんだ、お前。芸でも仕込んでんのか?」

 

 呆れた気配のある順平のセリフを聞いて、閃いたことがあった。芸――

 

 「お手」

 

 鼻先に向けた右手を下ろし、掌を上に向けた。こうした芸は、『前回』は二度やらせたことがあった。最初は寮の前で初めて会った6月20日で、風花がお手をさせていた。二度目は決戦を目前に控えた1月29日、全員でコロマルの散歩に出かけた時だ。その時はアイギスがさせていた。

 

 「ワフッ」

 

 コロマルは右の前足をすっと持ち上げ、お手をした。シャドウの魔法をも軽やかにかわす、コロマルの柔らかい肉球の感触が伝わってきた。ただし差し出した右手にではない。頭だ。

 

 『我は汝、汝は我……』

 

 コロマルの前足と共に、時間を停止させる声が頭に響いた。人と犬の間に、餌もしくは芸を媒介とした交流が成立した瞬間である。アルカナは剛毅。案の定、コロマルのペルソナと同じだった。

 

 「……食え」

 

 『我』の宣告が終わると共に湊は許可した。

 

 「ワン!」

 

 喜び溢れる鳴き声を一つ上げて、コロマルは前足を湊の頭から離して皿に顔を突っ込んだ。長距離の散歩で空腹だったこともあろうが、猛烈な勢いでドッグフードを食う。もはや眼前の人間たちは目に入ってない。

 

 「ぎゃははは! お手って頭にやるもんかよ! 面白すぎんぞ、おい!」

 

 順平は腹を抱えて大笑いした。湊はそれに反論せず、黙って立ち上がった。

 

 「……」

 

 何だか悔しいような気がするが、敢えて許してやった。以前は魔術師のコミュニティをコロマルにフォローしてもらったが、今日は逆に順平にフォローしてもらったわけだから。こうして見ると、何とも縁の深そうな二人である。

 

 (きっかけは別にどうでもいい……いいはずだ。問題は今後だな)

 

 剛毅のコミュニティの担い手がコロマルになることは6月半ば頃から予期していたが、当初はアイギスに通訳を頼みつつ進めることも考えていた。だが『今回』のアイギスはなぜかコロマルと意思疎通ができなくなっている。こうなると、少々のフォローは仲間から受けられることがあっても、基本的には自力で進めるしかない。

 

 言葉のないコミュニティとはどんなものなのか、想像することさえなかなか難しい。言葉以外のイメージを読み取る能力は、本来は人間にもあるらしいのだが、人間は言葉を発達させると共にそうした能力を退化させてしまったらしい。だが――

 

 (まあ、何とかなるだろう)

 

 これが金魚や昆虫とかだとさすがに無理だろうが、コロマルは犬だ。犬は昔から人間にとって最も身近な動物だった。しかもコロマルは賢い。場合によっては下手な人間よりも賢いくらいである。だからこちらの意図を向こうが読み取ることは、十分に可能だ。

 

 自分は『前回』のアイギスのようにコロマルの意思を完全に読み取ることはできないが、求めていることを少々察するくらいなら可能だ。例えば散歩に行きたいか行きたくないかくらいなら、『前回』から理解できていたのだから。『我』が間に立っていれば、それ以上のことも読み取れるようになるかもしれない。それで何とかなると思った。

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