ペルソナ3 滅びの意志   作:三尺

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恋か呪いか陰謀か(2009/9/2、9/3、9/4)

 二学期が始まって二日目の夕方、美鶴は自室のソファーに腰掛けながら、ここ数日続いていた悩みを思い返した。自分が部長を務める特別課外活動部のメンバーについて、思うところがあった。

 

 あれは夏休みの終わり間近、珍しく何も予定がなかった日だ。たまには良いかと思い、映画祭りに出掛けたのだ。すると行った先で意外な二人の人物と鉢合わせた。いや、映画のテーマを考えれば意外ではないかもしれない。

 

 その日の特集は『エターナル・ラヴ』と題されていたが、注文を付けたい点が色々あった。例えば一本目のラストで、どうして男は女性の居所を都合良く知り得たのか。しかも男は土壇場になって『実は他国の王子だ』などと明かし、女性は王子について行ってしまった。実際の王族の暮らしというものを知っている身からすれば、あんなものはとてもハッピーエンドではない。むしろその後の二人こそ映画のテーマになりそうなものだ。どうしてあれが永遠の愛などと言えようか。

 

 (おっと……問題は映画ではないんだ)

 

 思考が脱線してしまった。文句はありつつも、それなりに楽しめたのは事実だ。そもそもフィクションなのだから、その後の二人を心配するなど無意味なことだ。無意味でないのは、鉢合わせて映画を一緒に見た二人だ。特別課外活動部の現場リーダーと、彼に影のように従う少女。正確には少女に近い存在だ。

 

 (確かに傍から見れば、彼女は人間そのものだ)

 

 昨日授業を終えて寮に戻ると、学校に登校したいと『彼女』に頼まれた。寮に一人だけ待機していては任務に支障が出る恐れがある、との言い分だった。断る理由を今一つ思い付かずにいるうちに、なぜか岳羽と山岸も巻き込まれてきた。しかも二人は彼女に賛成で、結局は三人に押し切られる形で転入生としての身分を作ることを約束させられてしまった。

 

 もっとも彼女が登校すること自体は、特に問題ないと思う。話しているだけでは彼女は人間にしか見えないし、社会性も高い。機械だと発覚することはまずないだろう。一体どんな超越的な科学をもってすれば、あれほど真に迫った精神を人工的に生み出せるのだろうか。グループの技術力には信頼を置いているが、実は何か不可思議な魔法でも使われているのではと疑ってしまう。

 

 ただ当日のことを思い出すと、何とも言えない気持ちにさせられる。

 

 

 「風花、アイギスどうなった?」

 

 「こうなりました」

 

 山岸のコーディネートで、彼女に月光館学園の制服を試着させたのだ。非常に良く似合っていた。あの姿を百人が見れば、百人とも人間と思うだろう。

 

 「しかし、これは冬服ですね。今の季節には不自然です」

 

 「そうだけど、しょうがないよ。夏服だと腕が出てて、メカメカしい部分が見えちゃうでしょ?」

 

 「では、メカメカしい部分をなくせばいいであります! 美鶴さん! 以前もお願いした、私の改造を改めて要望するであります!」

 

 屋久島から帰って来た翌日と同じことを言われた。あの時もそうだったが、彼女は何か要望を出す時は語尾が少しおかしくなる。普段は人間そのものの彼女の言動の中で、唯一不自然な点はそれだ。

 

 「……却下だ」

 

 「うん……それは却下した方がいいと思う」

 

 この時だけは岳羽と山岸も自分に賛成してくれた。二人の良識に感謝せねばなるまい。

 

 

 (いかに外見や内面が人間に近いと言っても、やはり彼女は機械だ。人間と機械……王族と一般人どころではないぞ。彼も本当のところは、どう思っているのだ?)

 

 それが問題だ。彼は行動力や能動性に富んだ人物だが、この件に関してはそうではないように思える。どうも彼は流されているだけのような気がしてならない。だが自分も近頃、平常心というものを保てていない気がする。自分だけで判断して行動して良いものか、その段階から悩んでしまう。

 

 (お父様も彼のことを気にかけていたし……判断は慎重にせねば。ここは協力者が必要だな)

 

 

 「何ですか、相談って?」

 

 「うむ。有里のことなんだが……」

 

 場所を自室から作戦室に移し、岳羽と山岸を呼んだ。男子たちとアイギスは呼ばず、三人で相談することにした。まずは彼の能力について、以前から気になっていたことを二人に話してみた。

 

 「知っての通り、ペルソナは本来一人に一つだ。だが彼はいくつも使いこなす。一度に保有できる数には限りがあると言うがな。戦力としては優秀な為に、今までは彼に任せてきたが……能力としてのペルソナを複数持つ。これはやはり異常なことなんだ。単に彼の生来の素質と割り切るには、事態が重すぎる。複数のペルソナが彼の精神に、何か深刻な影響を及ぼさないか……心配にもなる」

 

 心配なのは本当である。本当のはずだ。特に4月と8月に彼が召喚した、あの謎のペルソナのことを思えば本気で心配になる。あんな規格外の存在を宿していて、果たして無事でいられるのかと。

 

 「こないだ研究所で検査してもらったじゃないですか。何の問題もなし、ってことだったらしいですけど」

 

 岳羽が言う通り、彼には先月の上旬に検査を受けてもらった。結果は心身とも正常。複数のペルソナはいずれも安定しているとのことだった。二年前の荒垣のように、制御に難があるなどの問題点は認められなかった。

 

 「そうなのだが……彼のようなケースは過去の研究にも類例がない。検査だけで全てが分かるとは限らないんだ」

 

 これも本当である。最たる心配の種であった例のペルソナは、検査では確認されなかった。だが自分たちが目撃している以上、あれが彼の中に存在しないはずがない。その観点から考えれば、検査が完全でないことは明らかだ。

 

 「それは……言えてますね」

 

 山岸が同意してくれた。例のペルソナはルキアにも発見できなかったのだ。その点、山岸はあの黒いペルソナの異質さを誰よりも理解できている。そして検査によって分からないなら、他の手段を講じることも必要だ。

 

 「ペルソナとは本来心理学の用語で、対人関係において表出する人格のことだ。これは誰もが複数持つのが普通だ。だから同じ人物でも、人によって全く異なる捉え方をされることはよくある。その点に、彼の能力を解明する手掛かりがあるかもしれない。私たち以外の人々から彼はどのように思われているのか、その辺りを少し調査してくれないだろうか」

 

 「何ですか、それ? いつかの怪談調査みたいなのをしろってことですか?」

 

 岳羽は気が進まなさそうだが、先手を打って分担を決めた。こういう時は、話を既に決まったものとして進めるのが最善だ。

 

 「私は生徒会役員に聞いてみよう。岳羽は……そうだな、剣道部を頼む。武道系の部活同士だから知り合いもいるだろう。山岸は……彼は何かの同好会に入っていたはずだ。そちらを頼む」

 

 「いや、武道系って言っても弓道部は剣道部と特に交流ないんですけど。活動する場所も違うし……」

 

 岳羽はまだ何か言っていたが、敢えて耳に入れずにおいた。これは重要な課題だ。彼について調査することは、何も自分の意志ばかりではない。他にも知りたがっている人はいる。

 

 (これは……そう、調査だ。お父様は彼の人柄を知りたがっていたし、これは次の報告の為の調査だ。何もやましいことはない)

 

 

 近頃、平常心を保てていない気がする――

 

 美鶴はそこまでは自覚していた。だがなぜそうなってしまったのか、それについては理解していなかった。本格的に検討することもしなかった。深く分析することなくごく簡単に考えた結果、実は調査云々は言い訳に過ぎず、単に湊に個人的に興味を持っているのかもしれないのだと思うことはあったかもしれないが。

 

 美鶴は同年代の少女と比べれば遥かに思考力や決断力に富んでいるが、それでもやはり子供である。支えてくれる人が必要なのだ。これまでは幾月がその役目を担っていたが、屋久島から戻って来て以来の幾月の不在で、誰にも頼れない状況が続いていた。

 

 そんな自分自身の状況そのものに、彼女は理解が及んでいなかったのである。

 

 

 

 

 翌3日の夜、岳羽と山岸と共に前日同様に作戦室に集合した。この日の昼間に学校でそれぞれ聞いて回ったことを、報告しあう為である。ちなみに調査と報告には正確を期す為、昨日のうちにボイスレコーダーを二人に持たせておいた。

 

 「二人ともご苦労だった。まずは私から……」

 

 自分が使ったレコーダーをテーブルに置き、再生ボタンを押した。聞き慣れた声が電子的な響きをもって、そこから発せられた。

 

 『何ですか、会長。はい? 有里君? ええ、彼はなかなか有能ですね。さすが、会長が推薦なさっただけのことはあります。どんなところが、ですか? そうですね……以前、制服を廃止せよとの声に対する意見を彼に求めたことがあります。無論、彼は即座に却下しましたよ。自由と自分勝手の違いをよく分かっている』

 

 『何か言いたいことはないか、ですか? ふむ……では一つだけ苦言を呈しましょう。もっと生徒会に顔を出してほしいですね。部活などで色々忙しいとは聞いていますが、学校生活において最も重要なものは何か。聡明な彼のことです。少し考えればすぐに分かることでしょうにね』

 

 続いて岳羽の分を聞いてみた。

 

 『有里君? うちの部ではコーチをしてもらってるわよ。部長は私なんだけど、練習じゃ私の方が教わっているわ。一時期うちの男どもをみっちりシゴいて、ちょっと煙たがられたみたいだけど。え? 部内で付き合ってる子とか? いないと思うわよ。彼、硬派だし。私? よしてよ。一時期部活が彼と二人だけだったから、うちの女子によく冷やかされるのに……。まあ、カッコいいとは思うけど、彼氏にしたいとか言うのはないわ。剣道家の端くれとして、尊敬しているわ。それだけよ』

 

 『あ……思い出した。友近って知ってるよね? 同じクラスでしょ。あいつから聞いたことあるんだけど、有里君って貴女と付き合ってるんじゃなかった? もしかして……これって浮気調査? 違う? 付き合ってない? まあ、どっちでもいいけど。気を悪くしたらごめんね。ああ、そう言えば西脇って知ってる? テニス部のマネージャーやってる、色黒の子。夏休みの合宿で一緒の旅館になって、色々話したんだけどね。なんかあの子の好きなタイプってのが彼とぴったりで……ちょっと笑っちゃった。でも彼と西脇は特に接点ないし、西脇の方もタイプとは言ってもそんな気はないみたいだけどね』

 

 最後は山岸だ。

 

 『ふぁっしょん同好会ヘヨウコソ! 新入会員イツデモ大募集ニツキ、大歓迎デス! ハイ? 入会ニ非ズ? 湊殿ノこと? オオ、彼コソハ我ガ心ノ友! 湊殿ナクシテ、今ノ拙者ハアリマセヌ! モシヤまどもあぜるハ、湊殿ノ御前様デゴザルカ? ハイ? 意味ガ分カラナイ? ハテ……『らみ』ハ日本語デ『ゴゼンサマ』ト言ウノダト、担任ノ小野先生カラ教授サレタノゴザルガ……。拙者ノ記憶違イデアッタデショウカ。拙者ノ日本語、ナオモ未熟……少年老イ易ク、学成リ難シ、デゴザルナ。トコロデ、風花殿ト申サレマシタナ。袖振リ合ウモ、多大ナル縁! セッカク家庭科室ニオ越シ頂イタノデス。何カ作ッテミテハ、イカガデショウカ』

 

 『ヌヌヌ……申シ上ゲニクイノデスガ……風花殿ハ裁縫ニハ向イテオラヌゴ様子。シカシ、惜シイ。コノママオ帰リ頂クニハ……ハイ? 料理ナラ? オオ、せ・びあん! 日本ノ凄サハ着物ノミニ非ズ! 日本ノ料理、和食! 大イニ結構デゴザル! 幸イココハ家庭科室! サアサア、オ作リクダサイマセ、御前様!』

 

 『コ、コレハ……食材ガかおすノ中デタユトウテイルデゴザル……。ダ、伊達政宗公ニ曰ク……朝夕ノ食事ハウマカラズトモ褒メテ食ウベシ……。ココハ一ツ、清水ノ舞台カラ飛ビ跳ネルツモリデ……パクリ』

 

 ここで突然、レコーダーから爆発音が響いた。場所は家庭科室だったようだが、爆薬でも置かれていたのだろうか。だとしたら管理体制に甘さがある。後で生徒会から注意しておかねばなるまい。

 

 『グハッ……ブ、武士ハ食ワネド高楊枝……。イ、イヤ……武士道トハ死ヌことト見ツケタリ……デ、アリマシタデショウカ……』

 

 録音はここで一旦切れた。

 

 「風花……貴女、何をしたの?」

 

 「え、えーと……ちょっと失敗しちゃったかも……」

 

 山岸によると、話を聞いていた留学生のベベが倒れてしまったので、保健室に連れて行ったらしい。すると折良く彼の同輩である保健委員の長谷川がいたので、続けて聞いてみたとのことだった。

 

 『有里君? 活動日にいつも来るわけじゃないわよ。保健委員って基本的に暇だから。え? 来た時はどうしてるかって? それはもちろん、備品の整理とかの仕事をして……色々相談にも乗ってもらっているわ』

 

 『他には……そうね。江戸川先生とよくお話ししてるみたいよ。何の話かって? ごめんなさい。二人のお話は難しくて、よく分からないの。多分、総合学習のことだと思うけど。魔術とか人造人間とか、そんな単語を聞いたことがあるわ。かなり熱が入ってるわよ。委員会の活動日以外にも、先生とお話しに来てるみたいだし。時々先生も唸っているわ。何でも有里君って、一学期の総合学習のテストで学年で唯一の満点を取ったらしいし』

 

 「……」

 

 「……」

 

 「……」

 

 録音が終わってしばらくの間、三人揃って沈黙してしまった。さりげなくだが、重要なキーワードが飛び出していた。

 

 「気になる言葉があったな」

 

 「そうですね」

 

 「人造人間……」

 

 誰を指しているのか。それは言うまでもない。この世にたった一人しかいない。

 

 「二人の会話に参加していない長谷川が覚えているくらいだ。余程頻繁に出てくる言葉なのだろう。ひょっとすると、会話のテーマかもしれない」

 

 「でもあの江戸川先生を唸らせるって、どんな話をしてるんでしょう。ちょっと想像つきませんね……」

 

 「てか、総合学習のテストで満点なんて、どうやったら取れるのよ? あの授業、ほとんどみんな寝てるわよ?」

 

 成績が優秀なのは結構なことだ。だがわざわざ保健室を訪れて話をするとは、彼は相当な熱心さでもって行っていると判断できる。彼について教師にも話を聞いてみるべきとは思っていたが、この様子では担任の鳥海先生より江戸川先生の方が有用な情報が得られるかもしれない。

 

 「先生に聞いてみるしかないな。岳羽、頼めるか?」

 

 「わ、私ですか!? 勘弁してくださいよ。あの先生って訳分かんなくて、正直言って苦手なんです」

 

 訳が分からないのは同意する。月光館学園には個性の強い教師が多いが、その中でも江戸川先生は間違いなくトップのエキセントリックさを誇っている。三年生のカリキュラムに総合学習はないが、噂は色々と耳にしている。博覧強記と言うか、無用の用と言うか。話を聞くだけでも相当な苦労が予想される。

 

 「山岸、君は……」

 

 「ご、ごめんなさい。私、あの先生にはちょっとトラウマが……」

 

 二人とも腰が引けてしまっている。その気持ちは分からないでもないが、これは最後までやり通さねばなるまい。もしかすると、彼の核心に関わることが先生から聞き出せるかもしれないのだ。

 

 

 

 

 4日の夜、三度目の作戦室集合だ。二人は既にソファーに腰掛けながら待っていて、自分が部屋に入ると岳羽が声をかけてきた。

 

 「先輩、大丈夫ですか? 何か疲れてるみたいですけど……」

 

 確かに疲れてはいる。だが後輩に気遣われるほど、あからさまに疲労を表に出してしまっていたとは不覚だ。ここは忍耐のしどころだ。

 

 「大丈夫だ。取り敢えず聞いてみてくれ」

 

 声に疲労を出さずに済んだことに安堵しつつ、レコーダーのスイッチを入れた。部長の自分が弱いところを見せてはならない。まして明日は満月の作戦がある。

 

 

 そんな大事な時期に何をしているのだ、と突っ込んではいけない。彼女は彼女なりに、真剣なのである――

 

 

 『保健室に何か用かね、イヒヒ……。何だ、貴女全くの健康体じゃないの。生徒会長ともあろう者が、サボりはいけませんよ。何、違うの? 有里のことが聞きたい? はい? 委員会のない日まで来ているそうだが、おかげで生徒会の活動に支障が? ふうむ、あからさまに口実ですねえ……。真意は恋か呪いか陰謀か……まあ良いでしょう』

 

 『確かに彼はよく来ますよ。私もそろそろ、彼を正式な弟子にしようかと考えています。何、やめろ? いやいや、むしろ彼の為ですよ。彼は熱心な生徒ですが、魔術師にとっては熱意が良いこととは限りません。魔術の修行とは心理学的に言えば、自意識を保ったまま無意識の領域を探求することです。これは大変危険な作業で、見知らぬ土地を地図も持たずに徘徊すれば迷うのが必然なように、魔術師になるにはしっかりしたマスターの存在が不可欠なのです。授業で言いませんでしたか? はい? 三年生は総合学習をやっていない? そうでしたね。分かりました。三年にも授業をやらせてもらえるように、校長に頼んでみます。何、いらない? もったいないですねえ……受験用の知識の詰め込みばかりでは、来世に良くない業を積みますよ? 膨大な知識を必要とするのは魔術も受験勉強と同様ですが、魔術はそれぞれの知識が何の為に必要で、更にどのように相関するのか、体系立てて学ぶ必要があります。私はもちろん、そのように彼に教えています。この学校の授業ももっと目的を明確にした上で体系的に……はい? 話が脱線している? ああ、有里のことでしたね』

 

 『彼は一学期からよく保健室に来ています。たまに酷く疲れた顔でやって来るので、その時は薬も出しますが、大抵の場合は魔術に関する質問をしにここへ来ます。いや、質問と言うより、議論を挑んでくると言った方が正しいかもしれませんねえ……。一学期ではタロットに関する話題が多かったですね。タロットカードが人間の成長を暗示しているのは有名な話ですが、二十二枚全てではなく個々のカードが人間の全存在を象徴することはないか。もしあるならば、個々のカードが世界のカードへと至る鍵を隠していることはないのか、といった辺りで特に熱が入りましたね。他に何度も話題に上がったのは、マルセイユ版タロットとクロウリーのトート版タロットにおける解釈の違いですかねえ。特に二十番目の審判と永劫のカードについてですね。それによって最後のカードである世界、または宇宙の解釈にどのような違いが出るか……。はい? 人造人間? ええ、夏期講習の頃はそれも話しましたね』

 

 『人造人間は古くから多くの魔術師が挑んだテーマです。有名なところでは、あのパラケルススが創造したと伝えられるホムンクルスですね。パラケルススは自然界を地水火風の四大元素に還元する古代ギリシャ以来の伝統的自然哲学に立脚している為、生命体を人工的に創造することが可能であると認識していたようです。他にもユダヤ教で伝統的なゴーレムであるとか、日本の神道にある依代も一種の人造人間と言えるかもしれませんねえ……。はい? 有里の話? 突っ込んできますねえ……』

 

 『彼はどうも人造人間の作り方には、あまり興味を持っていないようです。まあ現代科学を知る身からすれば、人間の精液や血液を蒸留するだけで生命体が創造できるなんて、いくらなんでも信じられませんよね。彼の関心は人工生命の概念そのものと、その社会的派生にあるようですね。人造人間の発祥に魔術があることは確かですが、後世においては芸術方面にて様々なバリエーションを生み出しました。特に文学ですね。古くはラブレーのガルガンチュア、近代以降ではチャペック、リラダン、ディック……枚挙に暇がありませんねえ。今言った作家の作品なんかは、読んでみるように薦めておきましたよ』

 

 『人造人間……と言いますか、生命の人工的創造の研究において重要なのは、『生命とは何か』という哲学上の重要なテーマに対するアプローチであることです。自然とは異なる存在を想定することにより、自然、生命、そして人間存在の真義を見出そうという試みですね。それは彼も理解しているのですが……困ったことにどうやら彼は、『人工の生命は自然の生命と差はない』と考えているようです。その結論が誤りであるとは言いませんが、彼の場合はまず結論ありきで、そこへ至る過程を後から導こうとしているのがいけません。魔術の修行において、最も避けなければならないのは思い込みです。何しろ基本が目に見えない無意識の領域ですからねえ。ちょっとした思い込みが、修行全体を台無しにしてしまうこともあります。だから未熟な修行者には、客観的な視点を持ったマスターの存在が不可欠なのですよ』

 

 『大丈夫ですか? 随分と疲れていませんか? 薬を出しましょうか? いらない? そうですか。今日はこの辺にしましょう。ところで貴女、彼と同じ寮に住んでいるのでしたね? では貴女からも言っておいてください。魔術には時間が必要です。修得と実践の両方にです。即効性の魔術なんてものは、ろくなもんじゃありません。急いではいけません。人生は長いのです。時間をかけて認識を深めるように。それから、何でも一人で解決しようとしないこと。その為にマスターたる私がいるのですから……』

 

 ようやくにして、むやみに長い録音が終わった。改めて聞いてみると、頭痛がしてくる。あのような怪人物と繰り返し議論ができるとは、彼の神経はどこまで強靭にできているのだろうか。

 

 「彼……江戸川先生に弟子入りする気なの?」

 

 「それは阻止したいところだな。だが問題はそんなことではない」

 

 「人造人間って……アイギスのことですよね。やっぱり」

 

 山岸が言う通り、彼はアイギスを念頭に置いて先生と話していたに違いない。話をしたのは夏期講習の頃とのことだったから、彼女が加入した時期と一致する。

 

 「別にいいんじゃないですか? まあ、改造とかするのはどうかと思いますけど。そうじゃないなら究極のプラトニックって感じで、アリだと思いますけど……先輩は気に入らないんですか?」

 

 岳羽の指摘に首を横に振った。気に入らないのではない。ないはずだ。たとえ実は自分は彼に恋しているのだとしても、万が一そうだとしても、アイギスに嫉妬しているのではない。断じて。

 

 「いや、そうではない。改造は論外だがな」

 

 男女の交際を禁じるような決まりは、元より校則にも寮則にもない。あまり過度なことがあっては問題になるが、あの二人に限ってそれはあり得ない。どんな男でもアイギスとはプラトニックな関係しか持ち得ない。そんなことは初めから分かっている。そうではなく、プラトニックなことそれ自体が問題なのだ。

 

 夏休みに見た映画のことを思い出す。主役の二人である王子と一般人の女性はラストで結婚してしまったが、もしあれが映画でなく現実であったなら二人の将来に待ち構えているのは大変な苦労のはずだ。しかも映画と違って、彼と彼女は存在そのものが違う。彼女が要望している表面的な改造などで乗り越えられるものではない。二人の間には、身分の違いなどとは比較にならない壁が立ちはだかっている。

 

 (先生によれば、彼は人工と自然の生命に差はないと考えている……。だが、ないはずがないんだ。彼女は年を取らないし、死ぬこともない。現実を直視せずに流されていては、最後に待っているのは悲劇だけだ)

 

 それがもたらす影響は、当の二人だけでは済まない。彼らは世界で唯一シャドウと戦える、特別課外活動部の現場リーダーとサブリーダーだ。もしも二人が悲劇に襲われ、結果的に戦線から脱落するようなことがあっては、世界の行く末にまで影響してくる。

 

 「ペルソナ能力は精神面が大きく影響する。もし何かのきっかけで彼が精神の平衡を失うようなことがあったら、この部は一挙に危機に陥ってしまう。だから彼の動向には注意を払っておきたいのだ。できれば寮だけでなく、校内でも彼と接する機会を増やしておきたい」

 

 「別にそんな……。何だかなあ……」

 

 「あの……でしたら私、ちょっとやってみたいことがあるんですけど……」

 

 気乗りしない様子の岳羽を余所に、山岸が一つの案を出してきた。名案と思えたので、自分からも支援することを約束した。ただし実行に移すのは、明日の作戦が終わってからとした。

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