ペルソナ3 滅びの意志   作:三尺

55 / 107
剛毅2(2009/9/23)

 今日は秋分の日だ。悪夢のような文化祭から立ち直るリハビリの為に用意された(と信じている)、シルバーウィークの最後の休日である。『前回』のこの時期は雨に降られて風邪を引き、しばらく寝込んでしまっていた。『今回』は風邪を引いてはいないが、病気以上に疲れた。おかげで20日から昨日までの三日間は、ほとんど外出せずに自室で寝てばかりいて過ごしてしまった。

 

 (あれは一体何だったんだろう……)

 

 冷静になって振り返ると、なぜあんな馬鹿なことをしたのかと自分の神経を疑ってしまう。台風が通り過ぎて文化祭が開催されたことは仕方ない。風花への義理で出し物に付き合うことになったのも仕方がない。だがどうしてあんな乱痴気騒ぎをしてしまったのだろうか。しかも自分一人だけではなく、校内の男子のコミュニティを総動員してしまった。

 

 (……分からん)

 

 いくら考えても分からない。一日限定で悪霊にでも取り憑かれたのだろうか。明日から学校が再開されると思うと、何とも憂鬱になる。巻き込んだ犠牲者たちにどうやってフォローすれば良いのやら。当日は皆のコミュニティが破綻するようなことはなかったが、明日以降はどうなるだろうか。

 

 (忘れよう。嫌なことは記憶から消そう)

 

 過ぎたことを悔やんでも仕方がない。犠牲者たちから何か恨み言を言われたら、その時に考えよう。湊はその程度で現実逃避を完了して、久しぶりに自室から出た。

 

 

 「コロちゃーん、今日のご飯……あれ? 残してる。骨付き肉だよ?」

 

 一階のラウンジに下りてみると、風花とコロマルがいた。だがどこか様子がおかしい。見てみると、コロマルの目の前の皿に一本の骨付き肉が乗せられている。だが手は付けられていない。

 

 (風花のお手製か?)

 

 コロマルは正直な犬である。寮に来て間もない頃、ゆかりから失敗作の料理を与えられたが、においだけ嗅いでそっぽを向いていた。だからこれがもし風花の作なら、遠慮なく拒否するだろうが――

 

 「どうしたの? 具合でも悪いの?」

 

 心配そうな風花を余所に、コロマルは骨付き肉をぱくりと口に咥えた。だが食べようとはせず、そのまま歩いていった。そして外へ続く玄関の扉を見上げて座り込んだ。重厚な黒い扉を背景としたコロマルの白い小さな体は、僅かながらに侘しさを感じさせる。

 

 「散歩に行きたいのか?」

 

 「……」

 

 湊が声をかけると、コロマルは振り返って赤い瞳を向けてきた。だが無言のままである。吠えたら肉が落ちてしまうからだろう。

 

 単に食べたくないだけなら、コロマルは肉を無視するはずだ。まさか寮の外に捨てようとしているのでもあるまい。その点から考えると、あの肉は風花が作った物ではないのだろう。コロマルなりに何か思うところがあるのかもしれない。

 

 (そう言えば今日は……)

 

 「どうしたんでしょうね……」

 

 「ちょっと出かけてくる」

 

 「あ、はい……」

 

 今日はポートアイランド駅前の映画館で、アンコールに応えての一日限定の映画祭りが開催される日だった。テーマは『ワンニャン王国』で、『前回』は荒垣と見に行ったのだった。荒垣は当初は気が進まない様子だったが、終わってみると目を赤くしていた感動作である。もしかすると、コロマルはそれを理解しているのかもしれない。

 

 (肉はポップコーンの代わりか?)

 

 とは言うものの、コロマルと一緒に映画を見に行くわけにはいかない。犬を連れて映画館に入るのは無理だ。ぬいぐるみだと言い張っても駄目だ。8月26日に特集『漢たちの戦い・最終章』を見に行った時も駄目だったのだから。湊は疑問を感じながらも、玄関の物置からリードを取り出して首輪に付けてやった。取り敢えず映画館まで行くだけ行って、諦めてもらえばいい。

 

 「……」

 

 寮の扉を開けて外に出ると、コロマルはやはり無言で歩き出した。骨付き肉を口に咥えたまま、力強い足取りでリードを引きずって行く。その足の向かう先は、ポートアイランド駅ではなくいつもの散歩コースだった。

 

 ただし時刻はいつもの夜と違って昼間だ。太陽はちょうど中天にかかり、地上を穏やかに包み込む陽気を放っている。光線そのものの色さえ目で見えそうな、優しい正午だ。見上げてみれば、空は抜けるような青色が無辺の広がりを見せている。熱気で密度が増して紺色に近い夏の強烈な青は、既に空から遠ざけられている。

 

 「涼しくなったな」

 

 「……」

 

 歩きながらそう言ってみるが、肉を咥えているコロマルは返事をしない。会話は何もない、無言のままである。

 

 もちろん本来的には、コロマルと会話はできない。言葉を持たない犬と意思の疎通をするのは、透徹した観察力を持つ『愚者』にも困難な作業だ。だが普通の犬と飼い主にも可能な領域において、コロマルが何かを求めているのかどうかくらいは湊にも分かる。そしてコロマルは人間の言葉を理解できる。だからこちらが何か言って、コロマルがそれに答えて吠えると何となく会話が成立したような気がするのだ。飽くまで気がするだけであるが。だが今日の散歩では、今のところそれがない。

 

 そうして長鳴神社までやって来た。コロマルは肉を咥えたまま、鼻をひくつかせた。ポップコーンの代わりではなかったことは確定したが、そうするとコロマルは何を考えているのやら。『前回』のアイギスがいれば分かるのだが、湊には分からない。

 

 「くぅん……」

 

 そこへ犬の鳴き声が届けられた。コロマルのではなく、もっとか細い声だ。声のする方を見てみれば、遊び場スペースにあるベンチの陰から一匹の子犬が顔を出していた。コロマルはそこへ向けて歩いていき、肉を子犬の足元に落とした。

 

 「わう」

 

 (野良犬か?)

 

 餌を持ってきてやったわけだ。しかし子犬はすぐには肉に飛びつかず、見知らぬ人間を上目遣いに見つめている。見知った相手らしきコロマルはともかく、初めて見る自分には警戒しているのかもしれない。そう思った湊はリードから手を離し、ベンチから参道へと戻って行った。

 

 歩きながら神社の境内を軽く見回してみた。ここは昼間には舞子や神木と会う場所だが、今日は二人の姿はない。犬たちの他には、季節の移り変わりを告げている涼しい空気だけが神社の中にある。既に9月も下旬である。日本から夏は去りつつあり、秋を迎え入れようとしている。暑さ寒さも彼岸までという言葉があるが、雨の異常に少ない今年もその例に漏れないようである。

 

 (彼岸か……)

 

 秋分の日は彼岸会の法要の中日に当たり、先祖の霊に感謝する日である。春分の日もそうだが、秋分の日は太陽が真東から昇って真西に沈む。太陽の沈む先、西方にあると言う浄土に思いを馳せることから、死者を祭る習慣と結びついたのだろう。

 

 だが彼岸会は浄土思想、つまり仏教にまつわる行事だ。無達であれば今日は書き入れ時であろうが、神社にそれをやりに来る人はあまりいない。ましてここの神主は半年以上前に亡くなっている為、誰も訪れる人はいない。日差しは明るいのに、神社は閑散としている。

 

 そこへ一陣の風が吹き降りてきた。風は地面に当たって反転し、下から逆に吹き上がる。境内を駆けて巡った風は、長く伸ばした湊の前髪を揺らして巻き上げた。その瞬間、普段は隠れ気味な右目と合わさった両目の視界に、はっきりと神社の光景が映し出された。併設された遊び場スペースを含めて人のいない神社は青色の薄い秋の空の下で、時の流れから取り残されたように侘しさを込めて佇んでいる。

 

 (そう言えば、ここはこの先どうなるんだ?)

 

 これから日を重ねるごとに、風は涼しさから冷たさへと移って行き、そして夜が昼を少しずつ侵食して行く。季節が冬へと向かう中で、この神社は誰も守る人がないまま取り残されることになる。

 

 いや、冬を待つまでもない。既に神主が亡くなって以来数ヶ月に渡って無人のままに放置されてきた神社の本殿は、ところどころが荒れている。よく見れば、入口の扉は誰かがこじ開けて入ろうとしたのか、蝶番が僅かに歪んでいた。このままでは浮浪者が住みついたり、ポートアイランド駅裏のような不良の溜まり場と化したり、或いは夜中にカップルがいらないことをしたり。とにかくろくでもない事態になりそうだ。

 

 (少し言ってみるか)

 

 この神社がどうなるにせよ、今のままではいかにも良くない。どうも巌戸台やポートアイランドの土地や建物の管理は、変なところでいい加減だ。二年前の事故があって以来、ずっと更地のままになっている例の溜まり場もそうだ。もっともあの場所はペルソナの暴走事故の現場であるから、何かの権力が動いて敢えて開発しないでいる可能性はある。

 

 だが他にもおかしいところはある。例えば一向に終わる気配の見えない、巌戸台駅前の工事とか。『今回』は現場を見ていないが、8月の満月の戦いがあった旧陸軍の地下施設などはその最たるものだ。施設の隔壁は開けっ放しになっていて、その奥には戦争の遺物が無造作に転がっていた。埃をかぶった兵器ばかりか、白骨化した死体までもが放置されていた。そんなことをしているから、シャドウに利用されるのだ。

 

 もっともそうした物的な問題の始末は、桐条武治にでも言ってやりさえすればどうとでもなるだろう。この神社にしても、新しい神主を呼ぶことだってできるはずだ。そうすると神社に関して残る問題は一つ。コロマルだ。

 

 立ち止まったまま首を回してベンチの側を見てみれば、子犬はまだ肉を食べていて、コロマルはそれをじっと見つめている。子犬はコロマルより二回りは体が小さい。食べ終えるまで、まだまだ時間がかかりそうだ。

 

 再び視線を神社の本殿に戻すと、古びた賽銭箱がふと目に入った。

 

 「……」

 

 今日は先祖の霊、即ち死者を祭る日だ。もしかしたら、今日ばかりは神主がここに戻ってきているかもしれない。死者の霊は普通の人間には無論のこと、ペルソナ使いにも見えない。だが見えないだけで、実は『いる』のかもしれない。

 

 湊は賽銭箱へと歩み寄り、軽く一礼した。吊るされた縄を引いて鈴を鳴らし、冴えた音を誰もいない神社に響かせた。そしてポケットから財布を取り出して、賽銭箱に百円玉を投げ入れた。ここの祭神は学力向上に大変なご利益があるという噂だが、今日ばかりは私的な望みは願わない。柏手を二回打ち、両手を合わせて目を閉じた。

 

 (コロマルを預かっています)

 

 目を閉じた心の中で、会ったことのない神主に向けて語りかけた。両親の墓参りに行く習慣のない湊にとって、死者との会話は初めてのことだ。もちろん返事が来るはずがないが、それでも語りかけた。

 

 (危ないことをさせて、申し訳ないです)

 

 コロマルは本人の意思で戦いに参加していることは分かっている。しかも極めて強靭な精神力を備えている。情が激しすぎる分だけ脆さの抜けないタイプが多い特別課外活動部の中で、最も強固な意志の持ち主であるとさえ言って良い。だからこんなことを飼い主に話しているとコロマルが知ったら、きっと鼻で笑うだろう。或いは――

 

 気にするな――

 

 (!……)

 

 突然誰かに声をかけられた気がした。年齢を重ねた大人の男のような、低く貫録のある声色だった。合わせた両手を思わず離して背後を振り返るが、神社に人間は他にいない。神主の霊も姿は見えない。ただ自分のすぐ後ろの参道に、コロマルが座り込んで尻尾を振っていた。祈りに集中していたせいか、近づいて来たのに気付かなかった。

 

 「食べ終わったのか?」

 

 「ワン!」

 

 鳴き声でもって返事をしてきたコロマルの隣には、子犬もいた。コロマルと一緒になって尻尾を振っている。満腹になると共に、知らない人間に対する警戒感は解けたようだ。してみると、この子犬は野良犬ではないのかもしれない。

 

 「お前、いつからここにいるんだ?」

 

 子犬に聞いてみたが、当然言葉は返ってこない。そこで地面にしゃがみこんで子犬を注意して観察してみると、細い首輪がはめられていた。どうやら誰かの飼い犬のようである。

 

 「ワン……」

 

 コロマルは一声吠えて、こちらを見上げてきた。犬の言葉は分からない。だがこのまま放置するわけにもいくまい。そう思って、湊は子犬を抱え上げた。腕の中の子犬は暴れることもなく、黙って抱かれていた。

 

 

 二匹を連れて、ポロニアンモールの辰巳東交番までやって来た。『前回』ゆかりとポロニアンモールに来た際に迷子を預かってもらったこともあったので、こういう時は本職に頼むのが一番だと思って。

 

 「迷子犬?」

 

 そんなことまでやっているのかと黒沢巡査は呆れ顔になったが、しっかり協力はしてくれた。ペットショップや動物病院に片っ端から電話をかけ、手掛かりと見るや更に詳しく電話をかけ続ける。そんなことを三十分ほども繰り返しているうちに、やがて当たりを引いてくれた。

 

 「ビンゴだ。これから私が連れて行こう。お前はもう帰れ」

 

 「ありがとうございました」

 

 黒沢巡査は強面だが、いい人である。その点は少し荒垣に似ている。

 

 「礼ならそいつに言え」

 

 笑わない笑顔のような巡査は、手袋をした手でコロマルの頭を優しく撫でた。コロマルは尻尾を振って、嬉しそうに撫でられている。

 

 

 リードを引きながらポロニアンモールを出て、寮へと向かう道を歩いた。散歩に出たのは正午のはずだったが、歩き回っているうちに日が暮れてきた。夏より早く訪れる秋の夕暮の中で、コロマルは嬉しそうに尻尾を振っている。

 

 何やら色々思うところの多かった一日だった。文化祭の乱痴気騒ぎを悩んでいた、昨日までの自分が馬鹿みたいに思えてくる。もしコロマルに相談していたら、きっと鼻で笑われていただろう。コロマルが抱えている問題に気付いた今は、単なる自嘲ではなく本気でそう思える。

 

 「戦いが終わったら、お前はどうするんだ?」

 

 それが問題だ。途中でシャドウに負けるようなことがなく、最後まで戦い抜ければ来年の1月末には全てが終わる。『今回』は『前回』と比べて状況が色々変わっているが、終わりのスケジュールだけは変わらないはずだ。天文学的な大異変が起きて月齢の周期が変わりでもしない限り、そこは絶対だ。

 

 つまり特別課外活動部は近い将来、解散することが決まっている。皆は生きていればその後は普通の学生に戻るだけだが、コロマルはどうなるのだろう。

 

 「ワン!」

 

 元気な鳴き声を返してきた。コロマルなりに返事をしたつもりなのかもしれない。だがやはりその意味は理解できない。餌が欲しいとか散歩に行きたいとかの、単純な願望なら理解できる。だが精神の複雑な動きまでは読み取れない。絆を教える『我』も、通訳にはなってくれない。

 

 「今日の子犬みたいになるのか?」

 

 「ワン!」

 

 返事はされている。だが意味は分からない。通わせる言葉がないとは残念なことだ。歩く足を止めて地面に膝をつき、コロマルの頭に手を乗せた。

 

 「それとも……僕と一緒に来るか?」

 

 今の巌戸台分寮は、特別課外活動部の解散と共に閉鎖される可能性が高い。しかし家族のいない自分は、やはり在学中は寮に住むことになるだろうと湊は思っている。普通の寮暮らしの生徒たちと同じ普通の男子寮に。だが事前に美鶴辺りに頼んでおけば、そこでコロマルを飼うこともできるだろう。そして卒業したら、コロマルを引き取ってもいい。卒業後に何をするかは決めていないが、犬一匹を飼うことくらいはどうなろうとも可能なはずだ。

 

 「……」

 

 ちょっと想像してみた。大学生になった自分、或いは社会人になった自分を自宅の玄関で出迎える、白い柴犬。そして自分はリードを引いて、毎日散歩に行く。ただの人間がするような、ありふれた日常の風景が目に浮かんできた。

 

 仲間の皆との関係が今後どのように進もうとも、高校を卒業後に誰かと一つ屋根の下に暮らしているとは限らない。するともし来年の3月を越えて生き延びることができたなら、将来の自分の最も身近にいるのは、実はコロマルかもしれない。

 

 「ワフッ……」

 

 撫でられているコロマルは、また鳴き声を漏らした。言葉ではない。だがこの時は、何か意味を感じたような気がして微笑みが漏れた。『愚者』の仮面がいかに強固であっても、心が通じた感覚は微笑みとなって自然に表れてくる。

 

 「ひょっとしたら……僕が何でも話せるのって、お前だけなのかもしれないな」

 

 アイギスにさえ明かしていないことはいくつかある。例えば絆を教える『我』の存在や、ベルベットルームの存在とかだ。だがコロマルには、それらを話しても構わないと思う。何しろ他人に告げ口される恐れがないから。

 

 犬にしか本音を話せないとは人としてどうなんだ、という突っ込みが入りそうだ。だがコロマルはただの犬ではない。コミュニティの担い手だ。コミュニティとは人の心を弄ぶに等しい、不条理なものである。その不条理を利用して人から絆をもぎ取っていることを、心苦しく思うことはある。だが言葉のないコロマルとなら、不条理をも乗り越えられるかもしれない。そう思えた。

 

 コロマルから手を離し、改めて寮へと向かった。そして歩きながら、ふと思いついたことをそのまま言ってみた。

 

 「文化祭にお前を連れて行けば良かったよ」

 

 世の中には犬カフェというものもある。執事喫茶などをして家庭科室を腐臭で満たすより、コロマルを主役にした喫茶店をやれば良かった。

 

 「ワン!」

 

 鳴き声で答えるコロマルの返事は、やはり理解できない。それが良かったと同意しているのか、犬用の執事服を着せられそうで嫌だと言っているのか、それも理解できない。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。