ペルソナ3 滅びの意志   作:三尺

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魔術師1(2009/4/23)

 初のタルタロス探索の疲れが、二日目になってようやく抜けた。影時間の戦いの後は、通常の運動とは異なる疲労を覚える。月日が進むとそちらの耐久力も向上するが、時間と共にそれも失った湊は回復に丸一日以上を要してしまった。もちろんその点は、ゆかりと順平も同様だった。為に三人ともこの二日間は、授業中はほとんど机に突っ伏していた。

 

 そんなまどろんだ授業を終え、放課後がようやく訪れた。部活をしている生徒は部室や校庭に向かい、していない生徒は帰り支度をする。そうやって人数が減ってゆく教室の中で、湊はしばらく席に座ったままでいた。湊はまだ部活や生徒会には入っていないので、この後の予定は特にない。少なくとも、表向きには。

 

 そうやって自席で何もせず黙然としていると、一人のクラスメイトがやってきた。そしていささか唐突に話しかけてきた。

 

 「俺、ラーメン食って帰るけど、お前も行かない?」

 

 (来たか)

 

 まともに制服を着る生徒が少ないこの学校にあって、皺一つ作らずに着こなすことができる珍しい人物だ。本人によると、制服は綺麗に着るのが最もカッコいいそうである。ファッションとラーメンが好きな少年、友近健二だ。

 

 「分かった」

 

 湊は内心で頷いてから、声に出して了承を伝えた。この日に友近に誘われるのは、『前回』と同じだ。順平の特別課外活動部への加入は、『前回』と同じ二日前の21日だった。一つの実例が示しているように、何か大きな動きをしない限り、『今回』は同じ日に同じ出来事が発生するものと見て間違いはない。つまりコミュニティは同じように発生する。

 

 湊は『今回』も友近を始めとする友人たちと、仲を深めるつもりでいる。人との繋がり、即ちコミュニティの力はペルソナ能力に直結するからだ。それがあるのとないのとでは、戦力が段違いになる。そして戦いの最終段階、ニュクス戦ではコミュニティの結晶であるユニバースが欠かせない。だから『前回』同様、友人は大勢作らねばならない。

 

 (まあ、仕方ないな)

 

 打算的であることは自覚しているが、仕方がない。やらない訳にはいかないのだ。

 

 ちなみにコミュニティの活動に関しては、若干の不安要素はありつつも湊は大して心配していない。特に男相手のものは何も難しくない。何しろ展開が読めているのだ。友近のケースでは、この日以降も度々一緒にラーメンを食べに行き、やがて恋愛の相談を受けたりして友情を築いていく。全体の流ればかりか、友近からいつどういう話を振られていつ何が起こるかの詳細に至るまで、ほぼ全てを湊は覚えている。簡単なものだ、と思いきや――

 

 「お、はがくれか? 俺も行くー!」

 

 湊が席から立ち上がるとほぼ同時に、どこからか順平が飛んできた。授業中でもなぜかかぶっている野球帽の下に、満面の笑みが浮かべられている。

 

 「おお、いいぜ」

 

 そして友近もあっさりと受け入れた。邪魔するな、とかは一言も言わない。

 

 (あれ?)

 

 予想外の展開だった。友近と順平は親友と言っては語弊があるが、クラスメイトとしてそれなりに仲の良い友人同士ではある。だからラーメン屋に一緒に行くこと自体は、傍から見れば特に不自然ではない。だがどうして今日に限って割り込んで来るのだろうか。

 

 『前回』の湊は順平と放課後を一緒に過ごすことは、ほとんどなかった。教室と寮で毎日顔を合わせているからだが。それなのに、一体なぜ――

 

 「おーい、早く来いよ! 急がねえと、あの店は混むぞ!」

 

 呆気に取られているうちに、友近と順平は既に廊下へ向かって行った。順平の催促で我に返った湊は、慌てて二人の後を追った。中身の余り入っていない薄いカバンを脇に抱えて、小走りで教室を出た。

 

 

 学校を出て、春の町を歩き、モノレールに乗って巌戸台駅まで行く。そして駅前の商店街にある、鍋島ラーメンはがくれに三人でやってきた。この店は商店街随一の人気店で普段は混雑しているが、幸運にもすぐに入れた。

 

 魚介系のスープの香りが漂う店内のカウンター席に、三人は並んで座った。湊が真ん中である。

 

 「な、分かった? ここのスープ、凄くねえ?」

 

 運ばれてきた特製ラーメンを啜る合間に、店の出口側、カウンターの右隣に座る友近が笑顔で話しかけてきた。うまいものを人に教えて、ちょっと得意そうにしている。『前回』に何度も食べた湊は良く知っている味だが、やはりうまい。何度食べてもうまいと感じるのは、本当にうまい証拠と言える。

 

 「多分、スープに何か入ってるね。普通は絶対に入れないようなもの……ここの店名と関係あんのかな?」

 

 友近はそう言って、少し怪訝な顔をする。

 

 ここの店名の由来は、武士道は死ぬことと見つけたり、という言葉で有名な江戸時代の思想書であろう。だがそれとラーメンの味が、何か関係があるかどうかは不明である。また、ここのスープはコラーゲンたっぷりで美容にいいとの噂もあるが、それと店名の関係も不明である。

 

 (待てよ……美容にいいものを男が揃って仲良く食うのって、何か変じゃないか?)

 

 食べながら、湊はふとそんなことを思った。ひょっとすると友近がここに頻繁に通うのは、ラーメンで魅力を向上させようと企んでいるからではなかろうか。もっとも効果がどれほどあるのかは、甚だ疑問であるが。

 

 「ところでお前、岳羽さんと仲いいんだって?」

 

 そろそろ食べ終わろうかという頃、友近が言ってきた。振り返ってみれば、にやにやと擬音を発しそうな顔があった。ラーメンの味を自慢していた先ほどとは、大分違った意味合いを持った笑顔の作り方だった。

 

 (やれやれ……)

 

 予想していた質問だが、湊は内心で面倒に思う。ゆかりとは始業式の日に一緒に登校して、入院している間に頻繁に見舞いに来られた。それらはクラスメイトにとっては周知の事実である。その為、現在も自分とゆかりの仲は少々噂になっている。退院後は一度も一緒に登下校していないが、噂はまだ消えていない。『今回』はゆかりと特別な関係になるつもりはないので、迷惑な話である。

 

 だが友近との関係に限っては、この噂は役に立つ。そもそも友近が自分に興味を持ったのは、ゆかりとの噂が原因であろう。友近は恋に恋する少年である。ただ恋の相手は誰でも良いわけではない。しかしながら、公言しているように年上限定でもないと、湊は睨んでいる。

 

 友近の年上好きは、実は個性派の女優や歌手のファンになるなどと同様のことで、友近なりの自らの個性の演出に過ぎない。つまり友近にとって恋はファッションであり、ありふれた形のものには興味を持たない。だから彼女持ちの男は他に大勢いる中で、噂の相手が校内のアイドルである湊に興味を持った。『前回』の付き合いから、湊は友近の心理をそう分析している。

 

 「別に。子供に興味はないね」

 

 以上のように分析した上で、敢えてこう答えた。今の時点では、友近は自分の恋愛に関する思いがどういうものか理解していない。『前回』それを理解したのは、魔術師のコミュニティが極まった時だ。

 

 エミリが好きだったのか、先生との恋愛が好きだったのか、考えたけど分からなかった。友近は口ではそう言っていたが、後者が真実だと本当は気付いていた。湊はそう見ている。

 

 だが今の友近は自分自身を年上好きと見なしている。なればこそ、ガキに興味がないと言えば共感を得られるはずだ。しかし――

 

 「何だよ、クールなツラしちゃってまあ!」

 

 店の奥側、カウンター席の左隣に座る順平が食いついてきた。友近より先に。

 

 「するとあれか? 桐条先輩とか、ああいうのがタイプか? 実は狙っちゃってる?」

 

 予想外の乱入に思わず振り返ってみれば、順平は歯を見せて笑っていた。余計な茶々を入れるな、と言うべきところかもしれない。しかし湊がそう言う前に、友近が更に食いついてきた。

 

 「お、そっちか? そういやお前ら、あの生徒会長殿とも同じ寮なんだよな。男女が同じ屋根の下っていいのかよ?」

 

 「いやあ、それがねえ……」

 

 二人の間に挟まれた湊を置き去りにして、友近と順平の話が盛り上がってしまった。寮での暮らしに始まり、昨日の美鶴の生徒会長就任の演説にまで話が進んでいく。湊に会話に加わる隙を与えないほどの勢いで、カウンター席に軽口が飛び交う。

 

 (あれ……?)

 

 「んで? マジなのか?」

 

 「いやあ、ぶっちゃけ無理っしょ。生まれも育ちも違い過ぎるって。俺らパンピーには手が届きませんよ」

 

 訳が分からないまま、時間が過ぎていった。そして最後に一際大きな笑い声が店内に響き渡って、二人の話がようやく落ち着いた。笑い疲れた友近はコップに注がれた水を一口飲み、大きく息をつく。そして何気なく腕時計に目をやり――

 

 「おっと、ドラマの時間だ。先に帰るわ。じゃあな!」

 

 友近は唐突に席を立って、レジへと向かって行った。その足取りは速い。金を払って店を出るまで、あっと言う間だった。引き戸を開いて外に出る際にも、こちらを振り返りもしなかった。湊が引き止める間もなく、一人で先に帰ってしまった。まだコミュニティが発生していないのに。

 

 (おいおい……)

 

 何も起こらないまま、順平と二人で店に残されてしまった。一体どうしろと言うのだろうか。呆然と店の出口を見つめていると、順平が話しかけてきた。

 

 「あいつさ、結構いい奴だぜ。俺と宮本……って分かるか? いっつもジャージ着てる奴。三人合わせてF組三馬鹿トリオ! とかゆかりッチに言われちゃったりするけどさ!」

 

 店の奥の側を振り返ると、ヘラヘラと効果音を発しそうないつもの軽い顔がそこにあった。確かに友近も宮本も馬鹿には違いない。しかもそれぞれタイプが異なる、バリエーション豊かな三人組だ。だが順平は急に真面目な表情になった。

 

 「前も言ったかもしんねえけど、俺も中二ん時に転校してきてさ。最初はさ……色々難しかったんだわ」

 

 湊は『前回』からこの話を聞いてはいる。経験上、転校生の気持ちが分かるから初日に最初に話しかけてきたりと、順平なりに気を遣ってくれていることは分かる。今日同行してきたのも、その一つなのだろう。

 

 「だからよ、俺がいて良かったろ? 寮だってよ、同じ学年の男がいた方がいいだろ?」

 

 言った途端、順平は再び笑顔になった。ただし一見すると何か含むところのありそうな、意図的に胡散臭さを醸し出しているシャレの利いた顔である。

 

 順平の良く言えば世話焼きな、言い方を変えれば馴れ馴れしいところは、湊は面倒に思うことは『前回』から度々あった。だが別に不快ではない。しかし今日に限っては、面倒どころか完全なありがた迷惑だった。この状況では、順平がいることでコミュニティの発生が邪魔されたとしか思えない。

 

 (明日以降、改めて友近を誘わないと駄目か? 無駄な時間を使わせられたな……)

 

 「でもまあ、まさかお前とあんなことになるとは想像もしなかったぜ。背中を預ける仲っての? メチャクチャしんどかったけど……悪くねえんじゃね?」

 

 そう言って、順平は肩を叩いてきた。晴れ晴れとした、裏表のない明るい笑顔に切り替えて。短い間に何度も印象が変わる、なかなか忙しい顔だ。

 

 (む……?)

 

 百面相を至近距離で見せられながら、湊は少し引っ掛かるものを感じた。悪くないとの順平のセリフは、本心からのものなのかと。友近が既に帰ってしまった以上、コミュニティのことを今考えても仕方がない。湊は時間を惜しむ気持ちを一旦抑え、順平の言葉の意味を考えてみた。

 

 特別課外活動部の二年生組は、一昨日に『今回』初めてタルタロスで戦ったが、予想外に死闘を演じる羽目になった。並の神経の持ち主ならば、もう二度と行きたくないと思うところだ。だが現実の苦労や危険よりも、常人には不可能な体験をしている興奮と、綺麗どころが集まる寮に入れた喜びの方が、順平の心理では勝っている。影の見えない順平の表情や声色からは、そう判断できた。

 

 つまり現状は悪くないと、順平はかなりの割合で本心から思っている。『前回』の順平は遅い時期まで遊び感覚が抜けなかったが、その点は『今回』も同じのようだ。

 

 (まあ……別にいいか)

 

 そんな順平を、湊は咎めるつもりはない。ずっとこれではいずれ困ることになるが、取り敢えずは構わない。怖気づいて特別課外活動部を抜けると言い出されるよりは、少しくらいは楽観的な方が良い。チームには明るいタイプの人間も必要だ。誰も彼もが顰め面をしていても、事態が改善するわけではないのだ。そう思ったが――

 

 「ま、よろしく頼むわ! 頑張ってこうぜ!」

 

 『我は汝、汝は我……』

 

 (!?)

 

 全く予期せぬタイミングで、頭の中に声が響いた。『前回』に何度も聞いた、新たな絆が生まれたことを告げるあの声だ。水が乾いた砂に吸い込まれるように、ゆっくりと、かつ厳かな響きでもって頭の隅々まで浸透する。

 

 その声は始まったら最後、誰にも止めることはできない。影時間以上の鮮烈さでもって、時間そのものが停止してしまう。謎の存在である『我』が放つ、問答無用の宣告である。抵抗は一切できない。カードの形をした絆が心に食い込んでいくのを、湊はただ見つめることしかできない。

 

 思考を動かせるようになるのは、全てが終わった後である。

 

 (順平とコミュが発生した……? なぜ!?)

 

 コミュニティのアルカナは魔術師だ。順平のペルソナと一致する。その点では違和感がないが、まさか友近から移ってしまうとは。完全に予想外の出来事だ。

 

 (参ったな……。どういう展開になるんだ、これ?)

 

 湊は戸惑いを禁じ得なかった。何しろ『前回』は影も形もなかったコミュニティだ。順平の性格は把握しているが、戦いと直接関係のないコミュニティの展開は読み切れない。それに月日が進むと、順平とは少々仲違いをすることになる。それがコミュニティで抑えられるのか、それとも拍車をかけるのかも分からない。遊び感覚で戦われることなどよりも、ずっと難しい問題だ。色々な方面に影響を及ぼしそうだ。

 

 しかし戸惑っても心配しても、湊にはどうしようもない。一度発生したコミュニティは取り消しが利かないのだ。発生してしまった以上、魔術師はこのまま進めるしかない。

 

 迷惑に思い、分析し、驚いて、そして諦める。短い間に内心で百面相を演じた湊は、カウンター席を立った。それに続いて順平も席を立ち、二人でレジへと向かった。支払いはもちろん割り勘である。

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