ペルソナ3 滅びの意志   作:三尺

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星4(2009/10/5)

 天田の復讐劇から一夜が明けた。『前回』のこの日は荒垣の死を受けた学校で全校集会が行われたのだが、『今回』はもちろんない。荒垣は生きているし、入院が必要になるような怪我さえ負っていない。よって大半の生徒にとっては何事もない、いつも通りの授業が行われるただの月曜日である。

 

 そんな中、昼休みに湊の携帯電話にメールが入った。見てみると真田からだった。

 

 ちょっと付き合って欲しい場所があるので、今から校門前に来い。そんなことが書かれていた。荒垣を迎えに巌戸台商店街のはがくれに行った際の、『前回』の9月2日のメールを何となく連想させる文面だった。だがその時は放課後に付き合えと言われていたのだが、『今回』はなぜか今すぐという話になっている。この時間は普段であれば昼食のパンでも買いに購買へ行くところだが、呼び出された以上は行かねばならない。

 

 取り敢えず校舎を出て校門前まで行ってみると、笑顔の真田がそこにいた。『前回』持っていた、荒垣の召喚器入りのアタッシュケースはもちろんその手にない。その代わり、普通の通学カバンを持っていた。

 

 「来たな。行くぞ」

 

 「今からですか?」

 

 「ああ、今からだ」

 

 そう言って真田はさっさと歩き出した。昼休みの校門を二人揃って何気なく通り抜け、秋の気配が濃くなり始めた町に出た。

 

 

 連れて行かれた先は、やはりと言うか巌戸台商店街だった。そして当然のように、二階にあるラーメン屋のはがくれへと向かう。真田の足取りには何の迷いもなく、軽やかな限りだ。

 

 (荒垣と待ち合わせでもしているのか?)

 

 だが荒垣は寮にいるはずだ。昨日の今日で、あちこち出歩くとは少々考えにくい。やはり寮にいるはずの天田と顔を合わせづらくて、ということならあるかもしれないが。

 

 「入るぞ」

 

 魚介系スープの香りが漂う店内に入ってみたが、そこに荒垣の姿はなかった。この店は月光館学園の生徒の間で一、二を争う人気店だが、他の知り合いも生徒もいない。平日の昼間なのだから当たり前だが。

 

 「座れよ」

 

 そう言って真田はテーブル席に着いて、対面の席を勧めてきた。今一つ意図が読めないが、既に店に来てしまった以上は付き合わないわけにはいかない。湊は取り敢えず席に座った。ラーメン屋で真田と一緒になるのは、5月25日に星のコミュニティを築いた時に続いてこれが二度目だ。

 

 「何なんですか」

 

 「授業をサボって食うラーメンの味が知りたくてな」

 

 真田は冗談めかして言ってくる。ここへ来るまでの足取りと同じく何の悩みもなさそうな、爽やかな笑顔でもって。それを見て、一つ思い出したことがあった。

 

 (そう言えば……)

 

 『前回』のこの日、真田は学校を休んでいて、荒垣の追悼の全校集会にも出席しなかった。もしかすると、今のようにラーメンを食べに来ていたのかもしれない。だがそうだとすれば、『前回』の真田は一人で来ていたはずだ。それが『今回』はこの通り、一緒になってサボりに付き合わされてしまった。

 

 きっと真田なりに言いたいことがあるのだろうが、何もこんな形を取らなくてもいいのにと思う。そもそもの話、『今回』の状況で一緒に食べたいと思う相手は他にいるはずだ。

 

 「だったら荒垣先輩と来ればいいじゃないですか」

 

 「いや、駄目さ」

 

 真田によると、荒垣は真田を真面目な奴だと思い込んでるらしい。だから真田がサボりを企んでも、大人しく授業受けてろとか言うに決まっている、とのことだった。

 

 「だから誘われたことは一度もないんだ。勝手な奴だろ? 昔はあいつこそサボり魔だったくせにな。しょっちゅう授業を抜け出しては屋上で寝てたりしてて、俺が部活帰りに迎えに行くのがいつものパターンだったんだ」

 

 言われてみれば、確かにありそうな話ではある。真田はこう見えて成績は優秀だ。実際、これまで授業をサボったことはないのだろう。

 

 (まあ……いいか)

 

 コミュニティの担い手からの頼み事は、基本的には断らないようにしている。真田が何を思っているにせよ、『前回』は死んでしまった荒垣が『今回』は生き残ったのだ。大きな成果を挙げられた分、代わりに起きる些細な害は大目に見よう。そんなある種の楽観さでもって、湊は思考を一旦打ち切った。

 

 来店時間に明らかに問題のある制服姿の二人組に対して、店主は特に何も言わなかった。二人分の注文を普通に受け、普通にラーメンを作り始めた。そして待つこと数分で、特製ラーメンが二つ運ばれてきた。巌戸台随一の名品の呼び声高い、濃厚な香りが鼻孔をくすぐってくる。湊が早速箸を取ると――

 

 「待て、まずはこれを飲め」

 

 まさにお約束と言うか、真田はカバンからプロテインの缶を取り出した。どこかで見たような状況である。

 

 「分かりました……」

 

 湊は箸を置き、水の入ったコップを真田へ向けて差し出した。

 

 ラーメンとプロテインを並べて食べる趣味はないが、敢えて空気を読んで付き合うことにした。どうも『今回』の星のコミュニティは、真田に振り回されてばかりな気がする。特にプロテインが絡んでくると、悔しいことにまるで主導権を握れない。

 

 湊はコミュニティの担い手の頼みや提案は、基本的には断らない。そしてそれを辛いとか悔しいとか思うことはあまりないが、こればかりは悔しい。と言うか、ラーメンがもったいなくて心が重たくなる。せっかくの名品が台無しだ。

 

 (コミュが極まったら、絶対に断ってやる……)

 

 

 ちょうど学校の昼休みの時間が終わる頃、二人揃って特製ラーメンとプロテインのセットを食べ終わった。もう午後の最初の授業には、どうやっても間に合わない。『前回』を通じても初めてのサボりをしてしまったわけだ。もっとも湊は授業の内容など全て記憶しているので、出席日数が足りている限りは受けなくても何の問題もない。だからこれまでサボりはせずとも、居眠りは頻繁にしてきた。

 

 「意外といいもんだな。よし、次行くぞ」

 

 真田は口元を紙ナプキンで拭くや、間を置かずに席を立った。他にも付き合ってほしい場所があるらしい。

 

 

 二人は商店街を出ると、そのまま駅に向かった。そしてモノレールに揺られて、ポートアイランド駅までやって来た。映画館や花屋のある駅前の広場を無言のままに通り抜け、駅裏の例の溜まり場にまで足を伸ばした。

 

 この場所は夕方以降の時間帯は不良がたむろするが、今は昼間なので人は誰もいなかった。近くにあるバーや雀荘も営業前で、何もないただの空き地も同然である。

 

 「……」

 

 そんな溜まり場の隅の区画、袋小路になっている場所で真田はしばらく佇んでいた。その足元には、瓶ビールのケースが無造作に置かれている。地面に裏返して置かれたそれは、よく見れば中央がたわんでいた。長い期間に渡って、誰かが椅子代わりに使っていたのかもしれない。

 

 やがて真田は振り返ってきた。ラーメン屋で見せていた冗談交じりの表情ではなく、真摯なそれでもって。

 

 「取り敢えず、礼を言っておきたい。お前の指示のおかげで、シンジを助けることができた。ありがとう」

 

 サボりに付き合わされてまで連れて来られた先で、ようやく本題に入ったわけだ。だが礼を言われる筋合いはない。コミュニティの担い手から寄せられる感謝は大抵の場合が的外れだが、今日は取り分けそうだと湊は感じた。若干の痛みさえ伴う、強い実感をもってそう感じた。

 

 「礼ならアイギスに言ってください」

 

 今まではたとえ的外れでも受け取って来たが、さすがに真田から感謝は受けられない。すると真田は小さな微笑みを見せた。

 

 「そうだな。シンジを助けたのはあいつだ」

 

 荒垣が生き延びたのは誰のおかげなのか、どうやら真田はしっかり分かっているようである。そして顔から微笑みを消してきた。人の気持ちに疎い朴念仁だとばかり思っていた『前回』とはまるで異なり、表情の使い分けが随分と巧みになっている。

 

 「俺は……何もできなかった」

 

 「……」

 

 「ふっ……無様な話だな。お前や美鶴に迷惑をかけただけで、何の役にも立てなかった」

 

 昨晩の一件は事の初めから状況の推移、そして最終的な結果に至るまで、湊はアイギスからかなり詳しく聞いている。それによれば、真田はタカヤにパンチ一発すら当てることができなかったらしい。それどころか、どうせ大した力はないから見逃してやるとまで言われたとのことだった。

 

 真田は自分の強さに非常なこだわりを持っている。ボクシングでは無敗の王者としてのプライドがあるだろうし、特別課外活動部でも5月の復帰以降は、ほぼ常に前線に立ち続けてきた。『今回』のシャドウは強敵揃いとはいえ、それでも何とかやってきた。だからきっと自信はそれなりにあったことだろう。だが昨晩、そうした諸々のプライドや自信を叩き潰されたわけだ。それこそ完膚なきまでに、徹底的に。

 

 その屈辱が真田の内面にどう影響したか。こうした挫折を経験した人間が取る行動は、大きく分けて二通りだ。それまで歩んできた道を諦めず、更に強いこだわりを持つか。或いは過去を省みて、別の道を探すようになるか。

 

 それはどちらか片方が常に正しいというものではない。人により場合により、正解は変わる。

 

 「以前……言ってたな。俺の力で誰かを守ってやれと」

 

 「ええ」

 

 屋久島のビーチで話した時のことだ。真田は十年前に住んでいた孤児院の火事で妹を失っており、力への意志の源はそこにある。だが力には限度がある。ならば自分自身の為ではなく、他の誰かを守る為に力を使え、とその時に言ってやったのだった。ただあの頃は美鶴を真田に引き取ってもらおうと思っていたが、それは空振りに終わっていた。

 

 「そうしたいところだが……やはり、何でも掴めるほど俺の手は長くない。お前たちの手を借りなければ、腐れ縁の男一人さえ守ってやれない」

 

 真田はそう言って目を逸らし、溜まり場の地面に視線を向けた。煙草の吸殻やら吐き捨てたガムやらが、そこかしこに落ちている。夜ごと不良が集まる場所だけに、清掃は全く行き届いていない。影時間のアスファルトにはなぜか血溜まりが湧いて出てくるが、ああした趣味の悪さがかえってよく似合うくらい、ここは元からの環境が悪い。

 

 もし昨晩にアイギスを同行させずに真田を一人でここに来させていたら、真田も荒垣もゴミと一緒になって倒れていただろう。そして真田自身、それをよく分かっている。どれだけ鍛えても、力には限度があるのだ。

 

 「考えてみれば、俺はお前たちに先輩らしいことは何一つしてやれていない。だから言っておきたい」

 

 真田は汚れた地面から視線をこちらに戻してきた。まるで睨みつけてくるような、強い力がそこに込められている。

 

 「これからは俺を先輩と思うな。ただの駒として扱え。お前の好きなように……お前の判断で、俺をこき使え」

 

 (駒……なるほど、そう来たか)

 

 言われるまでもなく、湊はこれまでも仲間たちを駒として扱ってきた。もちろん口に出してそうは言わない。だが事前に作戦を考える時や戦いの現場では、人間に向けるべき感情を排して単に戦力としてのみ計算して使っていた。酷い話だが、仕方がないのだ。それくらい合理的にやらなければ、『今回』の戦いは勝ち抜けない。もっとも実戦は盤上のゲームとは違うから、駒たちは常に意図した通りに動いてくれるわけではないが。

 

 真田はそんな自分のやり方を見透かしているようで、その上で思惑に乗ってやると言っているかのようで、大嘘吐きの身に沁みる。視線を合わせ続けるのが辛いほどに。思わず瞼を下ろしそうになったところで、時間が停止した。

 

 『我は汝、汝は我……』

 

 瞼を下ろせず交錯したままの二人の視線の間に、一枚のカードが舞い落ちた。絆を教える『我』の宣告が下され、星のコミュニティが真実のものとして認められた。先月の順平に続いて、仲間内では二人目の成果だ。ただ順平のケースとは違って、真田相手には主導権をまるで握れずに振り回され続けた挙句、そのまま最後まで来てしまった。少々悔しいような気もするが――

 

 (いや……ここで極まるのは好都合だ。この人は自分の限界を、自分で分かっている)

 

 仲間たちを駒扱いするのは仕方のないことだ。これまで以上に、今後はよりそうなっていく。それは敵がより強くなっていくだけではなく、味方がより頼りなくなっていくという意味で。前々から心配していたことが、そろそろ現実になり始める時期だ。戦いが本格化して半年近くが過ぎ、メンバーのペルソナ能力の限界が見えてくる。最初は真田だ。

 

 いつだったか、月日と共に強化されていくシャドウに対して、成長が頭打ちになって脱落してしまわないかと順平は自分自身に心配をしていた。その時の真田は頭打ち、即ち真の意味での限界を迎えられるのは本当の達人くらいで、多くの場合は心が折れたのを言い訳にしているだけだ、と言って順平を叱咤していた。それは普通の運動能力に関してはその通りかもしれないが、ペルソナ能力に関してはそうではない。ペルソナの限界はかなり明確に、しかも体力の限界と比べて非常に早く訪れる。

 

 真田の生来のペルソナであるポリデュークスは、既に限界近くまで成長している。特に先月からは昨晩に備えて重点的に鍛えさせた為、ポリデュークスに伸び代はほとんど残っていない。『前回』この日に目覚めた新たなペルソナであるカエサルを得ない限り、真田はこれ以上強くはなれない。そして『前回』目覚める契機となった、荒垣の死は回避された。もはや真田がカエサルに覚醒する機会は今後も期待できない。

 

 もちろん得意とする電撃や弱化魔法は今後も局面によっては使い道があるが、これまでのように最前線で戦わせるのは難しくなる。今すぐ脱落はしないが、タルタロスの探索メンバーに入る機会は徐々に減り、特技が必要になる要所だけでの参加や後方支援に回って行くだろう。そして最終的には戦力外となる。

 

 だが都合の良いことに、真田自身が己の限界を誰よりも自覚している。こき使えとは即ち、どんな役割を与えられても文句は言わないという意味であろう。先輩として顔を立てる必要もないから、駒に徹するから、どんなつまらない仕事でも遠慮なく命令しろと真田は言っている。

 

 そんな上級生に対して、思うところがないわけでもない。だが感傷的になっている場合ではない。湊は己の心の動きを瞬き一つで封じ込め、意図して軽い口調を作った。

 

 「まだまだ働いてもらいますよ。覚悟しておいてください」

 

 「ああ。何でもやるさ」

 

 そう言って朗らかに笑う真田と視線を合わせても、湊はもう辛さを感じなかった。その代わりに笑顔を返した。

 

 絆を教える『我』が間に立っている限り、『愚者』と担い手の関係に純粋な意味での友情はあり得ない。だが個人的にはそれほど深い繋がりを持ってはいなかった『前回』に比べれば、やはり『今回』は真田とより深く分かり合えた。少なくとも先輩と後輩、駒とリーダーと言った立場を超えたものではあった。コミュニティが極まって、改めてそう思えた。

 

 

 なお、この日の夜に荒垣と天田について美鶴から皆に説明があった。二人の因縁についてと、荒垣の復帰が話された。そして天田は武器と召喚器を美鶴が預かった上で、取り敢えず巌戸台分寮に仮入寮させることになった。既にペルソナ使いとなっている以上、普通の初等科の寮に置いておくことはできないとのことで。ただし特別課外活動部に参加させるかどうかは性急な結論は出さず、しばらく様子を見ることとなった。

 

 そしてもう一点。荒垣はペルソナの制御剤を使用していることも、併せて周知された。これに関しては、荒垣は定期的に病院と研究所で検査を受け、体とペルソナの状態を常に観察することとされた。荒垣本人は気が進まない様子だったが、サボったら真田の鉄拳制裁と美鶴の処刑のコンビネーションを食らわせると脅され、必ず検査を受けることを約束させられていた。




 以上、星コミュでした。

 真田と言えばトレーニングマニアでプロテイン大好き、空気読まない発言連発とネタに事欠かない変人キャラですが、女主人公編では恋人候補の一人として色々と複雑な内面を覗かせていました。そこで本作では『一周目』の経験から先入観を持った主人公が、真田の意外な面に触れては振り回されていく感じで進めました。人を一面だけで判断してはいけません、という見本のような人ですね。

 そして荒垣が健在な本作では、真田はカエサルに目覚めることができませんでした。主人公にとってはある程度予測済みの事態ですが、かと言って有効な対策があるわけでもなく……。
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