ペルソナ3 滅びの意志   作:三尺

61 / 107
正義1(2009/10/6)

 荒垣との因縁が皆に明かされた日の翌日から、天田は月光館学園の初等科に再び登校することになった。夏休みからずっと失踪していて、二学期が開始されてからも一ヶ月間も行方不明だったのだから、普通に考えれば大変な騒ぎになる。だが失踪以来、桐条グループが裏から手を回していた為、表向きには問題になっていない。

 

 元々天田は夏休みの間だけ仮入寮するという話があったが、幾月はその手続きだけは済ませていたらしく、初等科の寮はそのように認識していた。そして二学期開始後の一ヶ月間は、病気で入院していたということになった。要するに、辰巳記念病院にカルテや入院記録を偽造させたわけだ。そしてまた、学費を出している天田の親戚などにも同じように連絡されていた。二年前の事故も処理した桐条グループであるから、そのくらいの裏工作はお手の物だ。

 

 そんな天田は久しぶりの学校を終えた夜の時間、特に何もせずラウンジの隅で一人黙然と佇んでいた。他の寮生たちは、それを遠巻きに見つめるだけである。ラウンジには荒垣もいるが、どう接すれば良いのか分からないのか、ちらちらと様子を伺うだけで話しかけようとはしていない。

 

 『前回』のこの頃は、天田は荒垣の死に対して責任の一端を担っていたものの、皆は色々と気を遣えてやれていた。それはこの時点で既に二ヶ月以上に渡って、寮やタルタロスで身近に接していたのが最大の原因であろう。だが『今回』はそれらが全くないまま、いきなり寮にやってきた。殺人未遂をした事実だけは『前回』と同じで。

 

 もっとも『今回』は事の当事者である荒垣が生きており、そして当の荒垣が天田に恨みの欠片も持っていない。だから天田が寮にいること自体は、一応皆が認めている。しかし『前回』のように、天田を仲間として受け入れることは未だできていない。

 

 「夕飯は食べたか?」

 

 元々年齢差がある為に付き合いの難しいところがあるのに加えて、この状況である。このままでは今後に色々と差し障りがある。そう判断した湊は声をかけた。いかにも普段通りの声色でもって。

 

 「いえ……」

 

 天田はこちらを一瞥すると共に返事は取り敢えずしたが、すぐに視線を逸らした。放っておいてくれと言わんばかりだ。これでは皆が腫れ物に触るような扱いをしてしまうのも、無理からぬところではある。だがこの程度で怯んでいては、絆をもぎ取る『愚者』などやっていられない。

 

 「外に食べに行こう。奢るよ」

 

 「あの、別にそんな……」

 

 「いいから来なよ」

 

 渋る天田の腕を取って、強引に連れ出した。いかに複雑な事情を抱えているとはいえ小学生一人の相手をするくらい、江戸川の薬を飲んだり風花の料理を食べることに比べれば大したことではない。心配そうな皆の、特に荒垣の視線を背中に感じながら、寮の玄関の敷居を二人で越えた。

 

 

 巌戸台商店街まで二人でやって来た。この時間帯は多くの店が営業時間外である為、『前回』を通じても来ることはめったになかったが、幸いにして定食屋のわかつはまだ営業していたので入ってみた。閉店間際のガラガラの店内のテーブル席の一つに座り、天田にメニューを差し出した。だがしばらく待っても反応がないので、湊は勝手に生姜焼き定食を二つ注文した。

 

 「うまいか?」

 

 「……」

 

 運ばれてきた定食を食べながら眼前の少年に尋ねてみるが、反応はやはりない。ただ黙々と、ゆっくり箸を動かしている。

 

 「お前、最近ろくなものを食べてなかっただろう。顔色が悪いぞ」

 

 この指摘は本当だ。天田の顔は青白く、体も『前回』の今頃と比べて少々痩せている。もっともペルソナは心の力である。体力や体調も影響するが、通常の運動能力と違ってペルソナは精神面がものを言う範囲が大きい。気持ちが充実していればペルソナは使える。だから普段運動していない順平が、ボクシング部主将の真田に近い働きもできるのだ。

 

 「……おいしいです」

 

 天田はここで一旦箸を止めて、やっと返事をしてきた。目は合わせて来ないが。

 

 「連中と一緒にいた間は、何を食べてたんだ」

 

 ストレガが定食屋に来るとかは、ちょっと想像がつかない。何しろあの連中ときたら、生活感というものが丸っきりない。

 

 「適当に……コンビニ弁当とかです。ジンさんが買ってきてくれました」

 

 「そうか」

 

 ジンは他の二人に比べれば、少なくとも風貌はまともに見える。買い物をするところくらいはイメージが湧く。情報収集や復讐依頼サイトの運営の他にも、生活の雑事を一手に引き受けていたのだろう。

 

 その後、天田は食べるスピードは段々と速くなっていった。しかし湊が何か話を振っても、天田は聞かれたことに一言二言のみで答えるだけで、会話が弾むことはなかった。だがそれはやむを得ない。そもそも寮の外では、あまり突っ込んだ話はできないのだから。現時点では取り敢えず接触を持つこと自体が重要と思って、湊も無理に会話を盛り上げようとはしなかった。

 

 

 会話がなくとも腹だけは膨れた食事を終え、寮に戻ることになった。そんな商店街からの帰り道も、やはり二人の間に会話は特になかった。だが寮の玄関前まで来ると、天田は足を止めた。

 

 「どうした?」

 

 天田は俯いて入りづらそうにしている。そして小さな声で、核心にそっと触れてきた。

 

 「どうして僕を、ここにいさせるんですか。荒垣さんを殺そうとしたのに……」

 

 当然の疑問である。ただ思っていたより、聞いてくるのが早かった。だが天田らしいと言えるかもしれない。『前回』も荒垣が死んだ時は行方をくらましたが、次の日にはもう立ち直ってきた。元来、物事の切り替えが上手な性格なのだろう。

 

 「誰も殺してないじゃないか」

 

 もし本当に荒垣を、或いは真田やアイギスを殺していたらさすがに駄目だっただろう。だが結果的に死人は出なかった。

 

 「じゃあ、僕の力が欲しいからですか」

 

 「……」

 

 年に不相応なことを言うものだ、と思う。だが否定はしない。天田に力があるのは事実だ。と言うより、相当に強い。天田の能力は既に風花による分析を済ませているが、皆がその結果に驚いていた。

 

 風花によると、現時点で天田の実力はリーダーである湊を凌ぐ域にあると言う。湊自身の目から見ても、使うペルソナの相性にもよるが一対一だと分が悪いと感じるほどだ。一昨日の溜まり場でも、もし荒垣が抵抗していたら普通に勝っていただろう。

 

 ちなみに『前回』の天田は、この頃はそこまで強くはなかった。失踪から二ヶ月少々の間に、余程の鍛練を積んだのだろう。短期間でよくぞここまで、と感心してしまう。それだから、天田は戦力としてはやはり欲しいのが正直なところだ。ただ生来のペルソナであるネメシスは既に成長限界にまで達している。だから今後の伸びは期待できないし、荒垣が健在な『今回』は新たなペルソナであるカーラ・ネミに目覚めることも期待できない。それでも短期的にはやはり必要である。

 

 しかし未だ正式に特別課外活動部に加入したわけではない。入寮の手続きが済んだだけだ。と言うのも、天田を加入させるかどうか、メンバー内で意見が分かれているからだ。

 

 荒垣は反対。ゆかり、順平、風花は消極的。賛成なのは美鶴、湊、アイギス。見事にバラバラだ。美鶴としては、戦いも終わりに近づいているとはいえ、人手は多いに越したことはないと考えるだろう。また天田の適性は元々幾月が見つけてきたものだ。その幾月は海外に飛ばされたと皆が思っているが、天田の件は見込み違いではなかったのだと証明したい気持ちも、美鶴には少なからずあるのだろう。湊としては、戦いは終わるどころかこれから更に激しくなることが分かっているので、なおさら人手は欲しい。そしてそれ以上に、天田には戦力以外の面で期待していることがある。

 

 そして真田は本人次第だと静観の構えを見せている。その肝心の天田本人は、今のところやる気を見せていない。だが積極的に嫌がってもいない。

 

 どうなっても構わない――

 

 今の天田からは、そんな心理が透けて見える。本来の性格は無気力症である湊には、天田の気持ちはよく分かる。仮面で接しているコミュニティの担い手たちと比べても、より深く理解できるくらいである。

 

 「ストレガのことを聞き出したいからですか」

 

 これも少しはある。実際、美鶴や真田はそれを聞き出そうとしていた。だが結果はあまり芳しいものではなかったらしい。別に天田が黙秘しているわけではなく――

 

 「ほとんど知らないだろう?」

 

 「ええ。あの人たちのことは、僕も分からないことばかりです。何で僕に付き合ってくれたのかも、よく分かりませんし……」

 

 「……」

 

 なぜストレガは天田の鍛練に付き合ったのか。察するところ、天田を仲間に引き入れるつもりだったか、単なる遊びかのどちらかだろう。

 

 (今さらどっちでもいいことだ。それより……)

 

 湊にとっては、天田とストレガはどうやって出会ったのか、最初の接点はどこにあったのかの方が重要だった。話によると、8月4日の影時間に例の溜まり場で初めて会ったそうだが、それ以前数日の記憶が曖昧らしい。その日、どうして溜まり場にいたのかも分からないらしい。恐らくペルソナ覚醒に伴う記憶障害であろう。

 

 ちなみに本人によると、記憶はないがひょっとすると天田自身が復讐依頼サイトに書き込みをして、会う約束をしたのかもしれない、とのことだった。美鶴たちはまさかと思ったようだが、一応風花にインターネットを調べさせた。だがあのサイトはそもそも違法な為、頻繁にアドレスが変わったり履歴が消されたりするので、二ヶ月以上も前の書き込みを拾うことはできなかった。その為、両者が出会った経緯は闇の中だ。だが一つの状況証拠がある。

 

 (奴か……)

 

 幾月だ。幾月と天田の失踪は、時期が重なっている。明確な証拠があるわけではないが、両者の手引きをしたのは幾月である可能性が高い。そうすると幾月とストレガは手を組んでいることになる。それは即ち、湊の依頼をストレガは反故にしたということだ。

 

 先月にアイギスから同じことを指摘された際は反論したが、こうなってしまっては彼女の言う通りだと考えた方がよい。『今回』はとにかく失敗が多いが、その原因は自分の予測や推測が外れてばかりだからだと思い知らされる。もう先々のことをあれこれ考えるのは、やめにしようかと思ってしまうほどだ。全くもって、物事は思い通りに進んでくれない。

 

 「それとも……僕が可哀想だからですか」

 

 自嘲の混じった考え事から現実に引き戻された。見れば天田はずっと俯いたままでいる。

 

 「どこへ行ってもそうでした。親がいなくて可哀想って……」

 

 「……」

 

 『前回』は天田と特別親しかったわけではない。だからこの類の話を本人から直接聞いたことはないが、察しはついていた。天田は自分の境遇を他人から憐れまれ、それを嫌がっている。

 

 こうした心理については、湊は似た人物を知っている。日曜に神社にいる青年、神木秋成だ。神木は先天性の難病に苦しんでいるが、それを他人に同情されることをより嫌っている。要するに、己の苦しみを他人が勝手に詮索することを嫌うのだ。あたかも不幸自体が一種のアイデンティティと化しているかのように。その是非は別として、天田はその点で神木と同じであろう。だが神木と違う点として、似た苦しみを抱えている人が天田の周囲には大勢いる、という事実がある。

 

 失敗だらけの『今回』にあって、人間関係だけは比較的上手くいっている。湊は話の流れを好機と捉え、天田の心に一歩踏み込んだ。

 

 「親なら僕もいない」

 

 「え?」

 

 「この寮の人たちはほとんどがそうだ。両親ともいないか、片親がいないか、いても上手くいってない。そんなのばかりだ」

 

 これは本当である。家庭内の問題がペルソナに目覚める条件なのではと疑えるほどの、嫌味なまでの環境の一致が自分たちにはある。

 

 「そう……なんですか」

 

 「お前の気持ちは、皆が分かるさ」

 

 「……」

 

 ちなみに神木の場合だと、同じ病気の患者でも自分の気持ちを分かってもらいたくないとまで言っていたが、あれは神木が極めて観念的で、かつ個性を何よりも重視する人物だからだ。天田はそこまで突き抜けてはいない。

 

 「入るぞ」

 

 「はい」

 

 天田はようやく顔を上げ、初めて目が合った。その時、一枚のカードが心の背面から湧き上がってきた。カードは頭を飛び越え、やがて二人の視線の中央まで舞い降りてきた。そんな幻視と共に、時間が停止した。

 

 『我は汝、汝は我……』

 

 交錯する視線そのものを奏でたような厳かな声が、正義のコミュニティが発生したことを告げてきた。担い手が天田になることは6月頃から予期していたが、発生する時期は当初の想定より一ヶ月ほど遅れてしまった。だがそれでも発生はした。期待通りの結果である。

 

 (来たか。だが……)

 

 湊は若干の後ろめたさを覚えた。天田の気持ちが分かると口では言ったものの、自分は死んだ両親に対して大きな思い入れを持っていない。十年前のムーンライトブリッジで起きた事故も、記憶から抜け落ちている。だから実は天田に共感するのは頭では可能でも、心では無理なのだ。だが天田の為にしてやれることは、他にもあるはずだ。例えば――

 

 「またどこかに食いに行こう。ああ、それとも僕が作ってやろうか?」

 

 「え……料理できるんですか?」

 

 「それなりにな」

 

 家庭の味、というものも自分は知らない。だが知らなくても作ることはできる。どこかで機会を見つけて食べさせてやろうと思いながら、寮の重い扉を開けた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。