ペルソナ3 滅びの意志   作:三尺

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月3(2009/10/18)

 日曜日のこの日、昼間は外出していた湊は夕方に寮に戻ってきた。ラウンジに足を踏み入れると、微妙な違和感があった。普段はあまり使用されていないカウンターキッチンに人影があったのだ。近づいてみれば、荒垣だった。何をしているのかと聞けば、こちらに顔を向けることもないままの、一言だけの返事が来た。

 

 「準備だ」

 

 料理の準備をしていることくらいは、見れば分かる。そして一人や二人分を作ろうとしているのでないことは、カウンターに並べられた食材の量からしても一目瞭然だ。肉、魚、野菜がいずれも複数種類で、十人分以上はありそうである。

 

 「手伝いましょうか?」

 

 「ああ、頼む」

 

 一人でやるからいい、とでも言ってくるかと思いきや、意外とあっさり受け入れられた。料理が得意な荒垣といえども、この人数分を一人でやりきるのは大変なようだ。湊は自室には戻らず、カバンをラウンジのソファーに置いてキッチンに入った。

 

 「歓迎会ってとこですか」

 

 「……」

 

 荒垣はしばらく答えなかった。しかし誰の歓迎会かは言うまでもない。天田のだ。流しの前に立っている荒垣の後ろを通り抜けてキッチンの奥へと向かいながら、湊は昨晩の出来事を思い返した。

 

 

 二学期の中間試験を終えた17日の夜、美鶴から寮生全員に向けて作戦室への集合がかかった。何の話であるのか、多くの者がある程度予期していた。予期しながらも、全員がしっかり集まった。

 

 「我々の活動に、天田も参加してもらおうと思う」

 

 集まった皆を前にして、美鶴はそう話を切り出した。作戦室に少なくないざわめきが起こる中、最初にはっきり発言したのは真田だった。

 

 「お前自身はいいのか」

 

 真田の口調に怒りや焦りの色はなく、向ける視線も特に厳しいものではなかった。試験の成績はどうだったのかとか、今日は何を食べたのかとか、年上の人間が年下に対して普通に聞くような、ごく淡々とした物言いだった。

 

 「僕の方から、お願いしたんです」

 

 「それならいい」

 

 たったそれだけのやり取りでもって、真田は口を閉ざした。腕組みをして背中をソファーに預け、ついでに目も閉じた。これ以上聞くべきことはないと言わんばかりである。特別課外活動部は世間の運動部などと違って、上下関係はそれほど厳しくない。だがそれでも上級生として真田はそれなりに敬意を払われている。その真田がこういう態度でいると、下級生は意見を言い辛い雰囲気が醸し出される。

 

 「俺は反対だ」

 

 しかし真田が作り出した空気にまるで頓着しない人も、この場にはいる。荒垣だ。その視線はいつもながらに鋭く、口調も重い。

 

 「俺らのすることは遊びじゃねえ。本物の殺し合いだ。ガキはすっこんでろ」

 

 「僕は子供じゃありません」

 

 荒垣の言うことに一理はある。だが天田は瞬きもせずに、荒垣の視線を黙って受け止めている。天田が普段から着用している大人びた仮面は、睨まれたくらいでは揺らがない。

 

 天田の足は作戦室のソファーに座ると、床に届くか届かないかくらいの位置にある。それくらい小さな体なのだが、放つ雰囲気は子供のものではない。相当な数の修羅場をくぐり続けてきたことによって裏付けられた、ある種の自負が伺えた。年齢とは関係のない、戦士として十分な経験を己は持っているのだと、天田は短い言葉の中に含ませている。

 

 「それに心配しなくても……僕はもう、貴方に復讐するつもりはありません」

 

 「……」

 

 荒垣は復讐を恐れて天田の加入に反対しているのではない――

 

 この場の多くの者は、きっとそう思っている。天田もそう思っている。4日に復讐の槍を向けられた時の荒垣の言動からすれば、誰もがそう思うところだ。その上でこのようなことを言うのは、天田なりの精一杯の皮肉であるのかもしれない。そしてそんな皮肉に対して、荒垣は何も答えなかった。

 

 「天田は確かに小学生だが、実力はある。そして知っての通り……私たちの敵は強大だ。背に腹は代えられんとは言わないが……皆にも分かってほしい」

 

 荒垣が黙っている間に美鶴がフォローを入れてきた。『前回』の天田の加入時には幾月が皆を説得したが、『今回』は美鶴がその役を演じたわけだ。美鶴は役者としては幾月に遠く及ばないが、『前回』と違って特別課外活動部の戦力は十分とは言えず、かつ天田は現時点では最高レベルの実力の持ち主である。それらの厳然たる事実を鑑みれば、天田の加入は決まるべくして決まったと言えた。

 

 

 「……不本意だがな」

 

 寮の一階のキッチンに立つ荒垣は、不自然なほどに長い間を置いてから湊の質問に答えた。その沈黙の長さが、荒垣は未だ納得していないことを証明していた。しかし本人の意志とあっては荒垣に拒否する権利はないし、天田や美鶴を論破できるほど口が巧みでもない。だから昨日の作戦室で荒垣は不機嫌な気配を全身で振りまいていたが、結局天田の加入は昨日の内に正式に決まった。

 

 そして決まった以上、荒垣が一人で文句を言ってもどうしようもない。ならば自分にできることをしようと思ったのであろう。得意の料理を振る舞うことにしたわけだ。

 

 (しかし、ちょっと意外だな)

 

 天田の為に料理を作ってやれ、などとは湊は一言も言っていない。そして真田や美鶴も、そんなアドバイスをしてやるほど気が回るとも思えない。するとこの歓迎会は、荒垣が自分自身で考えて行動したのだと思われた。普段着用している無愛想な仮面の下に善良さがあることは、『前回』の少ない付き合いだけでも分かっている。だがそれに留まらず、こんな能動性まで隠されていたとは意外だった。

 

 そんなことを思いながらコンロの前まで来ると、こちらを見ないままの荒垣が指示を出してきた。

 

 「フライパンに油引け」

 

 「サラダ油ですか?」

 

 「オリーブオイルだ。大匙四杯」

 

 見てみれば、既に刻まれたニンニクやら玉ねぎやらが小皿に乗せられていた。他にも、まだ封の切られていないトマト缶などが並べて置いてある。

 

 (トマトソースか)

 

 何を作るつもりなのかは材料を見て分かった。だからオリーブオイルを引いたフライパンが温まると、指示を待たずに炒める作業を開始した。

 

 「なかなかやるもんだな。そっちは任せた」

 

 いちいち口出しする必要はないと判断したか、荒垣は別の料理に取り掛かり出した。横目にちらと見てみれば、十個以上はある卵の卵白と卵黄を分けている。さすがと言うかその手つきは慣れたもので、的確で素早い。

 

 そうやって料理ごとの二人の分担が自然とでき始めた頃、危険分子がラウンジに現れた。

 

 「あれ、有里君と……荒垣先輩?」

 

 風花である。9月に料理部に入部して以来、学校では既に何度か一緒に料理してきた。しかし未だ人に出せる、と言うか食べさせて危険のないレベルには達していない為、寮では何もさせていない。そんな不遇(?)にある風花は、二人の男が料理する姿に目をキラキラと輝かせ出した。遊んでと飼い主を見上げる小動物を連想させる。

 

 (まずいな……)

 

 嫌な予感がする。腹の辺りが竦み上る、というかキリキリとした実体感のある腹痛が、何も食べないうちから襲ってくる。もはや一種の条件反射だ。

 

 「わ、私も手伝います!」

 

 案の定、風花もキッチンに入ろうとした。だが――

 

 「来んな。こっち狭えんだから。それによ……」

 

 風花の料理の腕前を知っているのかどうかは不明だが、荒垣が代わって止めてくれた。しかも言いながら、笑顔になった。

 

 「お楽しみが減るだろ?」

 

 笑顔と言っても、普段は上目遣いの視線を普通の高さにして、唇の端をほんの僅かに持ち上げただけである。だがそれでもめったに見られない珍しい代物だ。『前回』を通じても初めてのことかもしれない。

 

 (あ、そう言えば……)

 

 そんな荒垣を見て、近頃はほとんど忘れかけていた、4月に立てた女関係の計画を湊は思い出した。あの頃は風花を荒垣に引き取ってもらうことを考えていた。荒垣が特別課外活動部に復帰する経緯や時期は当初の想定とはまるで異なってしまったが、あの計画そのものは今からでも実行可能だ。その点から考えると、風花に手伝わせるのも面白いかもしれない。しかし――

 

 「見学しててくれ。特に先輩の手際、よく観察して」

 

 今日は天田の歓迎会だ。そんな時に毒物を製造させでもしたら、今後の部内の人間関係に深刻な支障が出かねない。だから今日ばかりはやめさせた。

 

 「は、はい!」

 

 風花はどこからかメモ帳とペンを持って来て、何かを書きつけながら荒垣を見守っている。そんな中、風花に続いて順平がラウンジに下りてきた。

 

 「なーんか、いい匂いっすね。あれ……湊と荒垣さん?」

 

 更に続いて、アイギスとコロマルもやって来た。

 

 「お二人でお料理なさっているのですか。毒見は必要でしょうか?」

 

 思わず苦笑が漏れた。屋久島の桐条別邸での食事では、アイギスに毒見をさせた。しかし風花も絡んでいない今日はさすがに必要ない。

 

 「大丈夫だ」

 

 「ワン!」

 

 「わー、いい匂い! お腹減ってきちゃうな」

 

 「シンジが作ってるのか……」

 

 「どこからかシェフでも呼んだのかと思いきや、お前たちだったのか」

 

 やがてゆかりと真田、美鶴もラウンジに下りてきた。続々と揃ってきたメンバーたちの騒々しさに、荒垣はため息を吐いたり怒ったりする。しかしそうしながらも、手は休まず動かし続けていた。湊も最初のトマトソースに続いて、次の料理に手を付ける。手際の良さでは荒垣には及ばないものの、助手としては十分働いた。

 

 

 そうして男二人がキッチンで躍動すること、約一時間。料理が完成した。

 

 「凄え……何のパーティーだよ、これ?」

 

 トマトのパスタ、パエリア、オムライス等々、種類は十以上。量も十人から十二人分はある。ラウンジのテーブルに乗り切らないほどの料理の大群に圧倒されて、順平は唖然としている。

 

 「天田のさ」

 

 キッチンを出た湊は、ラウンジの全員には聞こえないくらいの小声でもって答えてやった。すると荒垣は片目を閉じたばつの悪そうな顔で、真田に近づいて頼んだ。やはり小声で。

 

 「アキ、あいつを呼んできてくれ。まだ時間早えし、寝てねえだろ」

 

 「ああ、分かった」

 

 真田はいい笑顔で頷き、軽やかな足取りで二階に上って行った。そして程なくして、天田を連れて戻ってきた。天田はラウンジ中に充満した料理の香りを階段から感じたか、下りてきた時にはもう驚いた顔になっていた。昨晩の作戦室で見せていた大人びた仮面は、睨まれたくらいでは揺るがない。だがこの類の攻撃には耐性がないようだ。

 

 「これ……有里さんが?」

 

 湊は先日天田と一緒に外食した際に、いずれ何か作ってやると約束していた。その時の件かと思ったようである。

 

 「いや、僕はちょっと手伝っただけだ。大半は荒垣先輩が」

 

 ちょっと、と言っては語弊がある。今日の料理の半分とは言わないが、三分の一は湊の手によるものである。

 

 「馬鹿言ってんじゃねえ。いいからさっさと座れ」

 

 荒垣に促されて、全員が着席した。本来はものを食べる必要のないアイギスも、当然のようにいる。コロマルはさすがに椅子には座らないが、テーブル近くの床にいくつかの皿が置かれてその前に座っている。

 

 「食え」

 

 この日二度目の珍しい笑顔と共に、荒垣が告げる。そして皆が一斉に食べ始めた。ただそんな中で、天田だけは箸を置いたまま動かないでいる。

 

 「どうした。食え」

 

 「……」

 

 隣に座っていた真田が言うが、天田はまだ黙っている。視線の先には、もうもうと湯気が立ち上っている大きなオムライスが置かれている。これは荒垣の作だ。

 

 「食わないと大きくなれないぞ」

 

 天田は無言のまま、真田を軽く睨んだ。だがすぐに視線を料理に戻し、ようやく箸を取った。初めは年に似合わない仏頂面で、黙々とオムライスを口に運んだ。しかし程なくして、頬が緩んできた。そんな天田の様子を見て、湊は思う。

 

 (素直なものだ)

 

 親の仇の作ったものなど、という思いは天田の心に確実にあるだろう。だがそれでも、うまいものはうまい。食べれば喜びを感じる。そうした単純な好感情を、怒りで塗りつぶすのは至難の業だ。何しろ天田はまだ小学生の子供なのだから。

 

 特別課外活動部への加入が決まった昨晩の集まりで、天田は荒垣への復讐はしないとはっきり言った。実際、天田はこの寮に来て以来、荒垣に何もしていない。だがそれは荒垣を許したのではない。単に復讐する気力を失ったのだ。

 

 復讐など一生に一度のことだ。その一度を失敗してしまった以上、やり直すことなどできない。特別課外活動部に加入することを決めたのは、行き場のなくなったエネルギーをぶつける先を見出したのだろう。影時間がなければ、シャドウもペルソナも存在しなければ母が死ぬことはなかった。ならば全ての元凶をこそ滅ぼす。個人的な意味しかなかった復讐が、もっと大きな目的へと昇華した。綺麗な言葉を使って表せば、今の天田の心理はそんなところであろう。

 

 天田はいつの間にか箸をスプーンに持ち替え、かき込むようにしてオムライスを食べていた。その様子を確認して、今後は大丈夫だと湊は判断した。そしてテーブルを見回してみると、皆が感動の面持ちで舌鼓を打っていた。

 

 「うわ、幸せ……」

 

 「こ、これは……豚肉のテーマパークや!」

 

 巌戸台分寮にいるべきメンバー全員が、本来より一ヶ月遅れてようやく揃った。『前回』を通じても初めてかもしれない全員が楽しい時間は、夜遅くになるまで続いた。天田を含めた皆がはち切れるほど食べて、作った料理はほぼ全てなくなった。

 

 

 夜の遅い時間。片付けを終えると、皆はそれぞれの部屋へと去って行った。人と共に騒々しさが遠ざかったラウンジで、湊は荒垣と二人で茶を飲んだ。

 

 「はあ……」

 

 ソファーに座る荒垣は茶を啜りながら、大きなため息を吐いた。呼吸と共に、大柄な体が少しだけ沈み込んだようにも見える。

 

 「お疲れ様でした」

 

 「ああ、タルタロスでシャドウぶっ飛ばしてる方がまだ楽だ」

 

 と、一見すると真剣そうな顔でもって言うが――

 

 「冗談でしょう?」

 

 「ああ……冗談だ」

 

 荒垣は強い。最初に加入してから脱退するまで、特別課外活動部に所属していた期間は短い。だから実戦経験は皆の中で最も少ないはずだが、センスが並外れている。おかげで実力はかなりのものがあるし、しかも成長が速い。今月5日に復帰して以降何度かタルタロスに行ったので、それは既に確認している。現時点では真田や天田の方が上だが、近いうちに追い抜くだろう。

 

 何しろ荒垣のカストールは何かの契機によって進化させる必要がないくらい、強大な潜在能力を秘めている。生来のペルソナの成長限界に既に達したか見えてきた仲間がいる中で、荒垣はコロマルと共に今後の部の主力としての活躍が期待できる。と言うか、そうなってもらわねば困る。だがそれでもシャドウ相手には苦労している。いくら才能があっても、『今回』のタルタロスはそれだけで攻略できるほど甘くはない。

 

 「料理するくらい、簡単なもんだ。命懸けてるわけじゃねえからな」

 

 荒垣は視線を外し、遠くを見るような目をした。

 

 「そうですね」

 

 荒垣は人と深く関わるのを避けるタイプだ。それは元来の性格であるのか、それとも二年前の事故によって自分自身にブレーキをかけるようになったのか。どちらもあり得るが、いずれにせよ普段の荒垣の無愛想な仮面は、容易には剥がれないくらい非常に強固に貼り付けられている。少なくとも、殴られた程度ではびくともしない。

 

 「やってみりゃ、簡単なことなのにな……」

 

 そんな荒垣が誰に言われもしないうちに、歓迎のパーティーを開く。これは皆に全てを明かした上でなお生き延びている、『今回』の状況そのものによってもたらされた変化であろう。月のコミュニティによるものではない。つまり絆を教える『我』の仕業ではない、という気がしてくる。

 

 「てめえにも手間かけさせたな。ありがとよ」

 

 コミュニティの担い手からの礼の言葉は普段は心苦しいが、こういう場合なら素直に聞ける。遠いところからこちらに戻してきた視線と共に届けられる、小さく微笑むその表情も違和感なく受け取れる。『前回』は誰一人寄せ付けることのなかった荒垣の内面に、一歩近づけた実感を得られる。そこで――

 

 「いいですよ。それより先輩、復学はしないんですか」

 

 「何だ、いきなり……」

 

 近づいた実感に乗じて、一つの計画を実行に移すことにした。少々唐突な問いかけに荒垣は怪訝な顔をするが、構わず続ける。

 

 「ご存知かもしれませんが、山岸と料理部ってのをやってるんです。山岸は頑張ってはいるんですけど、ちょっとね……。先輩、教えてやってくれません?」

 

 荒垣は特別課外活動部には復帰したものの、学校は休学しているままである。本人は明言していないが、恐らくシャドウの問題が解決すると同時に退学するつもりなのだろう。だができれば復学してもらいたいと湊は思っている。と言うより、料理部に入ってもらいたい。

 

 「部があんなら、てめえが教えてやれよ」

 

 もっともな言い分である。だが女教皇のコミュニティを安全に進める為には、是非とも風花は荒垣に引き取ってもらいたいのだ。そしてその見込みは大いにある。4月から考えていたことだが、今日の一件でますます確信が持てた。

 

 「先輩の方が上手ですよ。先輩の料理、幸せの味がしますから」

 

 荒垣の身の上については、本人から詳しいことは聞いていない。だが『前回』もらった果物ナイフには、孤児院の卒業記念と書いてあった。だからきっと真田と同じように、孤児院育ちなのであろうとは察しがついている。そうすると荒垣の料理は、家庭の味と言うには正しくないかもしれない。そこでこの言い方だったのだが――

 

 「てめえはよ……サラッとそんなセリフ吐いてんじゃねえや。女なんかコロッと騙されるぞ」

 

 「ぶっ!」

 

 予想もしない方面からの切り返しに、飲んでいた茶を思わず吹き出してしまった。いや、予想外とは少し違う。こちらが隠していた意図を読まれたのだ。

 

 「ふん……身に覚えがあるってツラだな。今まで何人泣かせた? 一人や二人じゃねえだろ」

 

 五人です、とは口が裂けても言えない。アイギスとエリザベスも加えれば七人です、とは時間が戻っても絶対に言えない。だが言えなくても、既に何かがバレてしまっているようである。

 

 「山岸のことは、てめえで何とかしな。俺に押し付けてんじゃねえよ」

 

 そう言って、荒垣は席を立った。むせ返った喉では引き留めることも言い訳することもできず、そのまま見送ってしまった。

 

 (そうだった。あの人、何気に鋭いんだった……)

 

 気配りの人だけに、相手の意図を察することにも荒垣は長けている。『前回』溜まり場で会った際、怪談絡みで来たのかとこちらが言い出しもしないうちに話し始めたことなどに、それが表れている。風花を引き取ってもらおうとの計画を、あっさり見破られてしまった。

 

 (思いっきり藪蛇だったか……)

 

 『愚者』の仮面を看破するとは、恐るべき慧眼と言う他にない。これでは風花がどうという以前に、今まで各所にばら撒いていた大嘘の数々をも暴かれてしまわないかと、逆に心配になってしまう。

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