ペルソナ3 滅びの意志   作:三尺

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恋愛(2009/10/29)

 放課後の時間、湊と風花は家庭科室で二人きりの時間を過ごしていた。バターを泡立てたり、それを砂糖や卵と共に薄力粉に混ぜたりしていた。週に何度かある、料理部の活動である。

 

 他人がいない場所で二人だけで料理をしている、などと言うとロマンチックな想像を掻き立てられそうだが、そんなことは全くない。一見すると不自然なくらいに何もない、平和な放課後の風景だった。主な原因は、風花が色々とやらかしているからである。

 

 「はい、次はバニラエッセンスを入れて……って、何でお玉持ってるの」

 

 「え? ち、違うの?」

 

 違う。だが指摘するのが遅かった。油断大敵とはこのことである。湊が料理の本に目を落とした一瞬の隙を狙って、風花の失敗は容赦なく襲ってくる。お玉一杯のエッセンスが放り込まれたボウルから、くどいほどの猛烈なバニラ香が漂い始めた。これを食べようと思ったら、ちょっとした勇気が必要になりそうだ。

 

 「数滴でいいの……やり直すか」

 

 今日の料理部で起きた失敗はこれが初めてではない。砂糖と塩を取り違えたり、小麦粉かと思ったら片栗粉だったり、卵の殻が大量に混じっていたりと。そうした失敗を湊が見つける度にやり直している為、まるで作業が捗らないのである。これでロマンスが起きようものなら、そいつは余程空気を読まない奴だ。『愚者』はもちろんだが、風花も空気はそれなりに読める方である。だから料理に失敗はしても、そっち方面の間違いはなかなか起こらない。

 

 そんな平和な家庭科室の扉が唐突に、予告なく開かれた。

 

 「お邪魔しまーす」

 

 「あ、いらっしゃーい!」

 

 扉口に現れたのは、ゆかりだった。連れはおらず、一人でやってきた。

 

 「どうしたの?」

 

 「うん。今日は部活なくて、ちょっと暇してたから。邪魔しちゃった?」

 

 「ううん。全然構わない。今ね、クッキー作ってるんだよ。さくさくでおいしい……んじゃないかな?」

 

 風花が疑問形で言う通り、先ほどから二人が作ろうとしているのは、さくさくな食感が楽しめるクッキーである。料理部では発足した当初こそ普通に料理を作ろうとしていたのだが、失敗した時の被害が深刻になりやすい。それよりは菓子の方がまだ良いだろうと思って、湊の提案により最近は菓子作りに励んでいるのである。

 

 「へえ……上手く行きそう?」

 

 ゆかりは首を少々傾げて、湊に聞いてくる。どこか不安そうな眼差しでもって。

 

 「どんなものができるかな……」

 

 これまでの料理部で挑戦した菓子は、トリュフチョコやスイートポテトなどである。しかしどれもまともにできた試しはない。

 

 『今回』の剣道部でも思ったことであるが、湊は人にものを教えることに関しては『前回』を通じて成功例があまりない。それは現在のところ料理部でも同様である。おかげで近頃は荒垣の復学を本気で望んでいるくらいだ。風花を引き取ってもらおうとの意図を抜きにしても、自分の健康の為に。

 

 「そ、そっか……」

 

 「岳羽もやるか?」

 

 ゆかりは実は料理が意外とできない。特に失敗をやらかすと犬も食わない出来になる。だが風花に比べれば格段に上手である。健康面での安全を考慮して、ゆかりを少し巻き込んでみることにした。更に言うと、『今回』の特別課外活動部の女性陣の三つのコミュニティは、どういうわけか同時進行してしまっている。ならばこの二人は一緒にいた方が、コミュニティの為にはむしろ良いことかもしれないとの考えもあった。

 

 「うん、じゃあちょっとやってみようかな」

 

 かくしてクッキー作りが再開された。作業の分担は、ゆかりが本を見ながら指示を出して、風花が作る。湊は二人が間違えないように、監督に専念することにした。

 

 

 やがて小麦粉とその他の材料を無事に練り終えた。三人がかりで細かく注意して行うと、さすがに目に見える失敗はなくて済んだ。そうしてできたクッキーの種を、ボウルごと冷蔵庫に入れた。作業はこれにて一段落で、冷えるまでしばらく待たねばならない。

 

 「ねえ……凄く今さらな質問だけどさ。風花は戦う理由ってある?」

 

 待っている間に、ゆかりは急に改まった。聞かれた風花は、きょとんとした顔を見せてきた。今さらと言うか、少々唐突な質問である。

 

 「私は……みんなの役に立ちたい」

 

 唐突ではあるが、風花はほんの僅かだけ考えた後で、いかにも風花らしい回答を返した。ゆかりはそれを受け取ってから、自ら話を始めた。順平はどんな時に生きていると感じるかとの質問を、9月に湊にしてきたが、あの時は答えを聞くより自分についてその手の話をしたがっていた素振りがあった。今のゆかりの心情は、それに近いものがあるようだ。

 

 「私ね、こないだ同じことを桐条先輩に聞いたんだ」

 

 (おや、そんなことをしてたのか)

 

 湊は知らぬことであるが、ゆかりは『前回』も『今回』も今月24日に生徒会室で美鶴とその話をしていたのである。現在の特別課外活動部の状況は『前回』と比べてかなりの違いがあるが、変わらない点もある。

 

 「先輩は何て?」

 

 「贖罪……だってさ」

 

 「そっか。先輩らしいね」

 

 風花は納得したように言うが、正確には普段の美鶴が着用している非情な仮面らしい理由である。美鶴の本心は、それとは別なところにある。『前回』の経緯から湊はそれを知っているが、敢えてそれは言わずにおいた。当の本人のいないところで、あれこれ噂するのは良いことではない。

 

 「先輩にも言ったんだけど、私はさ……何の為とかホント言うと、もうないんだ。お父さんのことが知りたくて始めたけど……もう分かっちゃったから」

 

 「ゆかりちゃん……」

 

 風花は何か言おうとしたが、かける言葉が見つからないように沈黙した。ゆかりは父親の死の真相を知る為に、戦いに身を投じていた。それは現時点では、部の皆にとって周知の事実である。そして屋久島で見た父親の遺言のビデオによって、『真相』は明かされた。現在の事態の原因は、十年前に発生したシャドウ研究に関する実験の暴走事故にある。そしてその実験を主導したのが岳羽詠一朗である、とゆかりを含む皆が思っている。

 

 「ただ……お父さんの残したものを、せめて私が消せればって……」

 

 もちろん実際のところは、ゆかりの認識は誤っている。詠一朗が十年前に何をして、何を望んでいたのか。ゆかりは父親の本当の姿を未だ知らないし、教えられていない。本当の真実を知っているのは湊とアイギスと桐条武治、そして幾月。他には武治の命令で幾月を調査した、桐条グループの人員数名程度だろう。

 

 (どうするかな……)

 

 『前回』のゆかりが詠一朗の真実を知ったのは幾月の死後、11月5日だった。では『今回』のゆかりは、それをいつ知ることになるのか。これはまだ決まっていない。ずっと伏せたままにしておくつもりはないが、明らかにする時期やそのやり方は武治に委ねられている。

 

 詠一朗のオリジナルのビデオは、『前回』のゆかりがイシスに目覚める契機となった。幾月がいない現状では、あれを見さえすれば『今回』も必ず覚醒するとは言い切れないが、やる価値は十分ある。ゆかりの生来のペルソナであるイオには、まだ伸び代が残っている。しかしこのままだと、来月には成長限界に達してしまうことは目に見えている。どこかのタイミングでゆかりにビデオを見せるよう、武治に催促してみるのも手か――

 

 などと思っていると、ゆかりが話を振ってきた。

 

 「有里君はどう? 何の為に戦ってる?」

 

 「……」

 

 湊は質問にすぐには答えず、少し考えた。だが考えなければならないのは、聞かれたことの答えではない。

 

 何の為に戦っているのか――

 

 他人からこの質問をされるのは、『前回』を通じて三度目である。既に聞かれた経験がある問いであるから、答えはとうに出ている。問題なのは、今ここでそれを口にするかどうかだ。これまでの二度は、いずれも荒垣から聞かれた。最初は何も考えずに答え、二度目は嘘を吐いた。

 

 (三度目の正直って奴か。いいだろう……)

 

 本当のことを言おう。何か話をする際は相手の心情、置かれた状況、予想されるリアクションを考え、会話の流れを掌握することを常に志向する『愚者』らしくないことであるが、本当のことを言ってみよう。理解されるとは思えないが。

 

 「自分の為さ」

 

 「自分の?」

 

 ゆかりは怪訝な顔をした。

 

 「ああ」

 

 自分が戦う理由は、卒業式の日を越えて生き延びる為。そして再び時間が戻ることがないようにする為だ。ただ両者のどちらが主かと問われれば、何とも微妙なところだ。後者だけでも達成できれば、前者は叶わなくても構わないとの考えがあることは否定できないし、それではいけないとの考えもある。しかしいずれにしても、自分の為であることに変わりはない。だから答えたことに嘘はない。

 

 「順平や真田先輩みたいな感じってこと?」

 

 順平はヒーロー志望で、真田はトレーニングマニアだ。コミュニティを通じた目で見れば彼らのそれは仮面だが、傍から見ればあの二人はまさにその意味で自分自身の為に戦っている。

 

 (そうだ、と言うのは簡単だが……)

 

 そう言っては嘘になる。沙織と別れて以来、もう嘘は吐くまいと心掛けてきた。だが『前回』死んだことなどは、やはり言えない。ならば言える範囲の中で、本当のことを言おう。己の核心にまで触れることになるが、敢えて構うまい。ゆかりは本心を語っているのだから、それに応じる意味で。

 

 「僕はさ……この事態は自分の責任だって思うんだ」

 

 滅びの責任は、己にある――

 

 これは理屈ではない。信念と言うか信仰と言うか、とにかくそうした類のものだ。だが論理の一切を飛ばして結論だけ聞いたゆかりは、ますます怪訝な顔をした。

 

 「そんな……貴方のせいなわけないじゃない。悪いのは……お父さんよ」

 

 悪いのは岳羽詠一朗。ゆかりにすれば、己の身を切るような言葉である。心で認めてはいても、口にするのはまた違った痛みがある。その痛みをゆかりに背負わせてしまった。自分の核心を言ってしまった後で、湊は少し後悔した。

 

 「違うさ」

 

 後悔しつつも、否定する言葉は一言だけしか出て来なかった。詠一朗が悪いとは思わないが、責任がないとも思わないから。

 

 詠一朗に対しては、一方ならぬ思いが自分にもある。彼は十年前に実験を中断させることで滅びを防ごうとした。だが時を経て滅びの訪れは着実に近づいた。既に目前まで来ていると言ってもよい。現在の事態に対して、彼も責任の一端は確実に背負っている。ただし飽くまで一端に過ぎず、全てではない。

 

 (ふ……何だ。屋久島でゆかりに言ったセリフが、まるで自分に跳ね返ってきているみたいだな)

 

 お父さんは自分の責任じゃないことまで背負ってしまったのではないか――

 

 『今回』の屋久島のビーチで、自分はゆかりにそう言った。もし詠一朗が生きていれば、彼は人生の全てを懸けてでも『責任』を取ろうとしただろう。だが客観的に見れば、全てが彼に帰されるはずはない。そもそもの話、現在の事態はただの人間が背負うには規模が大きすぎる。責任とは取れる分だけ取るべきものだ。

 

 全ての責任を取ることが可能で、かつ取る義務のある人間は、この世にたった一人しかいない。それは詠一朗ではないし、ましてゆかりでは断じてない。もちろん美鶴でも桐条武治でもなく、幾月でもない。桐条鴻悦でさえない。それは死神を体の内に宿し、育てた人間。死神と同一人物とさえ言ってよい人間。死神を唯一殺せる立場にありながら、殺さないことを決断した人間だ。

 

 (僕しかいないんだ……)

 

 「あー……何か、ゴメンね。湿っぽくなっちゃった。残ってるシャドウ、もうあとちょっとなんだし。考えてる間に終わっちゃうよね、きっと」

 

 沈黙を気まずく感じたか、話を打ち切るようにゆかりは口調を明るいものに変えた。わざとらしくはあるものの、その表情には笑顔まで浮かんでいる。

 

 「そうかもな」

 

 今月4日の満月の作戦日にて、特別課外活動部は巌戸台商店街で二体の大型シャドウ、フォーチュンとストレングスと戦った。9月の満月ではストレガがシャドウを倒した為、その時は何体出現したのか不明確だった。しかしその場にいてストレガと共にシャドウを倒した天田の証言により、9月はハーミット一体のみだったことも判明した。

 

 よって残る満月のシャドウは一体、もしくは二体。早ければあと一週間弱、遅くとも一ヶ月と少しで終わる。皆はそう認識している。その観点からすれば、戦いはそろそろ大詰めである。

 

 「取り敢えず、来週よね。その次があるかどうか分かんないけど、まずは来週の火曜日ね……」

 

 「そうだな。まずは来週だ」

 

 かくして何の為に戦っているのかとの話は、うやむやの内に終わった。真実を語るとは、何と難しいことであるのか。慣れないことだけに、余計に難しい。

 

 「さて、そろそろいいかな?」

 

 やってしまった感の残る話を振り切って、湊は冷蔵庫を開けてクッキーの種を取り出した。そしてそれをまな板で薄く伸ばし、型を取る作業を三人で開始した。やりながら、湊は考える。

 

 (もし隠していることを全部話したら……どんな反応があったかな)

 

 ゆかりに話したことは、ファルロスならば理解できるだろう。ただあの子供に面と向かってそう言えば、きっと『僕のせいだよ』とでも言って、とても悲しそうな顔で否定するだろうが。他に理解できそうなのは、イゴールとエリザベス。アイギスは微妙なところだ。

 

 (そう言えば……前はタカヤには話したな。あいつは何となく理解したみたいだが……)

 

 『前回』の1月31日、タルタロスの頂上一歩手前でタカヤにそれを話した。思えば『今回』タカヤとコミュニティを築いたのは、と言うより元々は敵だった人物とコミュニティを築く発想が生まれたのは、あの時のことが心のどこかでずっと引っ掛かっていたからなのかもしれない。

 

 やがて数十個分のクッキーの型取りが終わった。そしてそれらを大きな鉄皿に並べて、オーブンに入れた。後は焼き上がるのを待つだけである。

 

 「ね、ゆかりちゃんはさ、戦いが終ったらどうする? ちょっと気が早いかも、だけど」

 

 待っている間に、今度は風花が別の話題を振り出した。

 

 「終わったら……そうね、あんま考えてないわ。でもまあ、普通の高校生に戻るだけよね。勉強して、部活やって……来年は受験するのかな」

 

 「彼氏は作らないの?」

 

 「は?」

 

 (おいおい……)

 

 ゆかりはきょとんとした顔をするが、湊も虚を突かれてしまった。何だか今日は、こんなことが多い気がする。

 

 「だって、ゆかりちゃんってモテるし。引く手数多だと思うよ?」

 

 聞きながら湊は少し戸惑った。こういう女同士の会話を、男がいる場所でするものだろうかと。もし順平辺りがここにいたら、絶対にしないはずだと思うのだが。ものの数に入っていないのだとすれば、それはそれで歓迎であるが。

 

 (とは言うものの……)

 

 話す時と場所はともかくとして、風花が言っていることそのものは正しい。ゆかりは人気者だ。この学校の二年生の女子の中では、最も大量の男子生徒の好意を集めているのではなかろうか。『前回』も『今回』も4月にゆかりとの仲を噂にされたが、あの頃に周囲の男子たちから浴びせられる視線の中には、かなり激しい妬みの感情もあったような覚えがある。実際のところは、単なる誤解以外の何物でもなかったわけだが。

 

 (しかし……)

 

 困惑気味なゆかりを見て思う。客観的に言って、彼女の容貌は魅力的だ。その点を否定する人は誰もいないだろう。しかしまともに付き合おうと思ったら、相当に難しい部類に入る。ライバルが多いという意味はもちろんあるが、それだけでなく彼女自身が難しい。

 

 ゆかりは仮面の下の内面はともかくとして、外面的には人付き合いに積極的でない。しかも言動は苛烈だ。一般的に女は男より口が巧みな人が多いが、彼女の舌鋒の鋭さはそこらの女子など遠く及ばない抜群の冴えを見せている。しかも口だけでなく、手も足も容赦なく出る。順平などは頻繁にその犠牲になっている。

 

 更に詳細を知る者は一般の生徒にはほとんどいないだろうが、家庭事情が込み入っている。『前回』の卒業式前に屋上に呼び出された際に本人も言っていたが、率直に言って面倒の多いタイプだ。もっとも面倒さで言うなれば美鶴などは更に上を行っているが、この際それは置いておく。

 

 とにかくゆかりは色々な意味において難しい。だがモテる。それも相当に。なぜだろうか。この学校の男子には、被虐嗜好の持ち主が多いのだろうか。

 

 (ハードルが高い方が燃えるのかな。いや、それとも……ペルソナのせいかな?)

 

 愛や性を象徴する恋愛のアルカナ。ペルソナがシャドウとの戦闘の為に使用する道具以上のものであるならば、影時間でない普通の時間でも何らかの効果を発揮しているのかもしれない。だとすれば、ゆかりがモテるのはその辺りに由来するのかもしれない。

 

 ただ外面の性格や行動は、そうしたアルカナが象徴するものとはなかなか結びつかない。むしろ反対とさえ言ってよい。ちなみにアルカナの意味と外面が反対の人は、他にもいる。公明正大や均衡を象徴する正義のアルカナを持つ天田だ。ならば――

 

 そんなことを考えていたちょうどその時、タイミングよく風花が話を振ってきた。

 

 「有里君はどう思う? ゆかりちゃんって、どんなタイプの人がいいかな?」

 

 「天田とかどうかな?」

 

 心の中で考えていたことを、そのまま答えてみた。嘘は吐くまいとの最近の心掛けに合わせるように。

 

 「天田君……? ふふっ、あははは! いいかもね」

 

 風花は唖然とした表情を一瞬だけ見せたが、すぐに笑い出した。風花は機械好きという女子には珍しい趣味があるが、ひょっとすると異性の趣味にも普通と違うところがあるのかもしれない。しかし妄想でない現実では、どう考えても無理だろう。ゆかりを引き取ってくれる人がいるなら歓迎するが、天田ではさすがに問題が多すぎる。将来はともかく、現時点では駄目だ。

 

 「やめてよ、私にそっちの趣味はないって」

 

 実際にその手の趣味がなさそうなゆかりは迷惑そうにしている。世の中には少年を偏愛する女もいるし、逆に少女を偏愛する男もいる。だがどちらも性癖としては特殊な部類に入れられる。世間的に見て、褒められたものではない。性別に関わらず高校生が小学生に食指を動かそうものなら、色々とよろしくない。もし美鶴辺りが知れば、噂に聞く処刑が問答無用で炸裂しそうだ。

 

 「でも天田君って、五年くらいしたら凄いカッコ良くなってると思うよ?」

 

 「五年たっても、まだ高校生じゃん。十年にしといて……」

 

 十年たったら、ゆかりは二十七歳で天田は二十一歳。二人ともそれくらいの年齢になれば、何の問題もないだろう。よくよく考えてみても、それなりに悪くない取り合わせかもしれない。もっともそんな先の話など、考えたところで無意味であるが。

 

 湊は下らない思考を頭から追い払い、オーブンを見た。するとちょうど焼き上がりを告げる電子音が鳴らされた。

 

 「はい、出来上がり」

 

 オーブンから取り出したクッキーは湯気と共に香ばしい匂いが立っていて、なかなかに良さそうな出来である。少なくとも見た目はまともだし、変な臭いもしない。

 

 「おー、何かおいしそうだね!」

 

 「良かった……。有里君、ゆかりちゃん、ありがとう……」

 

 「ね、これさ。寮でみんなと一緒に食べない? 有里君が作ったって言えば、アイギスとか凄く喜ぶと思うよ」

 

 「うん、そうしよう?」

 

 (む……?)

 

 ゆかりの提案に風花は賛意を表すが、湊は不意な引っ掛かりを感じた。どうしてここでアイギスの名前が出てくるのか。

 

 (引き合いに出されるのは、別に構わないが……)

 

 4月に立てた計画を思い出した。『前回』の爛れた女関係を何とかしようと、彼女たちは知り合いの男たちに引き取ってもらい、ゆかりとは友人に留まることを考えていた。そしてこれまでのところ、押し付け計画は全て計画倒れに終わるか失敗してしまった。だがどうも現状のゆかりは、自分を異性として見る意識はまるでなさそうである。

 

 ゆかりは普段の棘のある仮面に反して、本来の性格は情が濃い。夫を亡くして以来身持ちの悪くなってしまった母親を、結局は許してやったように。しかし十年前の事故以来、ずっと着用され続けてきた仮面はかなり強固だ。『今回』はそれを破る機会が未だないから、彼女は自分を異性として見てはいない。それはそれで筋が通るが、どうもそれだけではない気がする。

 

 (ゆかりとアイギスの仲が関係しているのかな?)

 

 『今回』のゆかりはアイギスと妙に仲が良いが、もしかすると自分のことを友達の彼氏のように思っているのかもしれない。もちろん人間と機械を彼氏彼女と言ってよいのか、疑問の余地は大いにあるはずだが、その点を意図的に無視しているのかもしれない。人間と機械は結びうる関係にどうしても限りがある。それはゆかりの母親がろくに知りもしない男と結んでいる関係の、まさに対照的な位置にあるはずだから。

 

 

 余談であるが、クッキーはこの日の夜に寮のラウンジで、紅茶と共に皆に振る舞われた。寮生たちには概ね好評で、荒垣も及第点をくれるほどだった。本来はものを食べる必要のないアイギスも、湊の作ということで相当数を喜んで食べていた。

 

 もう一つ余談を重ねると、お茶会の後の影時間にタルタロスの探索を行った。そしてかなりの苦労の後に、第四層の最上階である164階に辿り着いた。『前回』初めてここに到達した時は、上に続く階段や天井のない屋上らしい場所だったはずである。しかし『今回』はなぜかこれまでの各層の最上階と同様に階段があり、そしてそれを遮る障害物が置かれていた。なぜ変わっているのか、湊は密かに訝しんだものの解答は導けなかった。

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