ペルソナ3 滅びの意志   作:三尺

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滅びの意志(2009/11/4)

 湊は肌寒さを感じた。タルタロスは全般的に気温が低いが、自分が今いるこの場所は取り分け寒い。薄く開いた目に忍び込んでくる周囲の景色も、冷気を視覚的に感じさせる。まるで氷河期の地球のように、寒々しい白さが視界の全体を覆っている。そしてこの白さは、以前にも見た覚えがある。もう遠い昔の出来事のように思えるが。

 

 「どうして滅びの塔は、入る度に構造が変わるのでしょうね。またどうして、いくつかの層に分かれているのでしょう」

 

 声のする側に目を向けると、寒さにそぐわない上半身裸の男がそこにいた。背後に続く上り階段を塞ぐように立っている。

 

 「私が思うに、それはこの塔が人間の心を映す場所だからなのでしょう」

 

 男の肌は氷河に溶け込むように白く、体格は風雪に晒された枯れ木のように細い。

 

 「同じ人間でも日により心の形は変わります。そして違う人間ならば、形は当然異なります。よって同じ日でも、人によって開かれる層には差が出ます。ただしここに住まうシャドウは訪れる者全員に、等しく立ち塞がりますがね。それは彼らがこの塔の番人……と言いますか、訪れる者に与えられる試練であるからなのでしょう」

 

 男の顔はウェーブのかかった長髪に縁どられ、額には縄を巻いている。

 

 「ここは第六層アダマの最上階で、階数で言うと262階です。この階段を上った先が塔の頂上、王居エレスと呼ばれる場所です。滅びがこの世に降り立つ祭壇ですね」

 

 男は救い主を連想させる容貌でありながら、禍々しい印象を与えてくる。両腕に刻まれた杖と蛇のタトゥーや、ジーンズに差した拳銃がその原因だ。

 

 「そこに立つことが許されるのは、運命に認められた人間のみです。力だけではなく、心もそれに相応しい者でなければなりません。つまり、私たちのみです」

 

 白い男、タカヤは薄い笑みを浮かべた。この男が普段笑う時の皮肉なそれではなく、親近感を表す微笑みを浮かべている。それを見て、湊は意識がはっきりしてきた。それと同時に、氷河にうつ伏せに倒れている自分を発見した。

 

 「……」

 

 少々混乱した記憶を整理した。遥か遠くに感じるような以前、同じ場所で同じ相手とこうして対峙したことがある。だが今のこの状況は、あの時とは大きく異なる。具体的に言うと、ここに仲間はいない。自分一人だけだ。取り敢えず体を起こして立ち上がると、腹に鈍い痛みを感じた。思わずそこに手をやると、腰に巻いたホルスターに触れた。見ればそこに召喚器は差してあるが、手元に剣はない。

 

 (そうか。僕はこいつに……)

 

 エントランスで起きたことを思い出した。真田とアイギスが立て続けに打ちのめされ、タカヤに向かって行ったのだ。自分らしくもなく、何も考えずに無策で突撃してしまった。そして案の定と言うか、自分もやられてしまった。そうして気を失っている間に、この通りここに拉致されてきたわけだ。タルタロスの頂上一歩手前、特別課外活動部が『今回』探索したフロアから100階近く離れた場所まで。

 

 「ま、要するにや。あんたのお仲間は、どう足掻いてもここまでは来れん。その器やないっちゅうことや。せやから、下手なことは考えん方がええで」

 

 気怠そうな関西弁が右手の側から届けられてきた。そちらに目をやれば、ジンが壁に背を預けて腕組みをしながら立っている。眉間に皺が入っているその表情からして、機嫌はあまり良くない様子である。

 

 (来てくれたところで、どうしようもないがな……)

 

 ストレガは既にタルタロスを制覇している。つまり未だ11月のこの時点で、『前回』の1月31日に戦った時の域にまで達している。いや、あの時以上かもしれない。タカヤは10月の満月において、溜まり場で真田を子供扱いしたと聞いている。だから『今回』のストレガは『前回』よりも強いと分かってはいたが、これは予想を大幅に超えている。

 

 『今回』のシャドウはどういうわけか、『前回』よりも強い。それと同じことがストレガにも起きているのかもしれないと先月は考えたが、強化の幅がシャドウよりも遥かに大きい。するとこの急激な実力の向上は、別の原因によるのかもしれない。

 

 (まさか……運命のコミュか?)

 

 コミュニティの力はペルソナ能力に直結する。その恩恵を受けられるのは、何も『愚者』だけとは限るまい。もっとも特別課外活動部の仲間たちは、『前回』も『今回』もコミュニティで能力が強化された形跡はない。だがタカヤならあり得る。タナトスの双子の兄弟であるヒュプノスならば。だとしたら、自業自得だ。

 

 (こいつら絡みの僕の動きは……無駄どころか藪蛇だったか)

 

 もし『前回』と同様に昨日ムーンライトブリッジで戦っていたら、まず間違いなく負けていただろう。今の特別課外活動部の戦力ではどう工夫しても、この二人には敵わない。無論、自分一人では手も足も出ない。タナトスを召喚すればまだ何とかなるかもしれないが、ファルロスが去った今はそれもできない。

 

 「依頼は果たしました。報酬を頂きましょう」

 

 言いながら、タカヤは表情から笑みを消した。コミュニティを築いた6月の溜まり場で幾月の殺害を依頼したが、報酬をどうするかは決めていなかった。決めないまま、実行されてしまった。

 

 「何が欲しい?」

 

 「貴方を」

 

 タカヤの表情には変化がない。冗談や皮肉のつもりで言ってはいない。これはつまり、ストレガの一員になれという意味だ。元々は彼らをこちらの仲間に引き込むつもりでいたのだが、逆に言われてしまったわけだ。

 

 「断ると言ったら?」

 

 「ほほう。踏み倒す言うんか。ええ度胸やないか」

 

 ジンは腕組みを解き、いかにも嬉しそうに唇の端を吊り上げた。そして背中を壁から離し、肩慣らしをするように右腕を振り回した。これは明らかに踏み倒されることを望んでいる反応だ。すぐにでも召喚器を抜きそうな気配がある。

 

 「ジン」

 

 「……」

 

 そんなジンをタカヤは名前を呼ぶだけで制した。窘められる格好になったジンは再び腕組みをして、背中をタルタロスの壁に戻した。そして顎を僅かに持ち上げて、傲然と見下ろしてくる。お前はまな板の上の鯉だ、とでも言わんばかりである。だが口に出しては何も言って来ない。

 

 (ジンはともかく、タカヤは僕を殺すつもりはないな。ここは交渉次第だ)

 

 そんなことを思っていると、タカヤは改めて話を始めた。

 

 「貴方はもう分かっているはずです。十二のシャドウが倒され、貴方の中にいた死神は復活しました」

 

 「……」

 

 これはタカヤの言う通りである。今朝ファルロスは光の中へと姿を消し、宣告者として復活することが確定した。本人の意志ではないが、それはこの際関係ない。

 

 「そう、貴方は死神の存在を知っていたはずです。何しろご自分のことですからね。そして幾月も知っていた。ですが幾月はあの通り、下らぬ妄想に囚われた道化に過ぎません。道化は貴方の隣に立つに値しません。故に貴方は幾月の殺害を依頼した……違いますか?」

 

 「依頼の理由は聞くな、と言ったはずだが」

 

 「そうでしたね。ではお答えいただかなくとも結構」

 

 タカヤは依頼の動機を追及する手をあっさりと収めた。普通に考えれば、甘すぎる反応だ。悪意が人の姿に化身したようなこの男が、こんなに物分かりが良いなどあり得るのか。あり得るとしたら、その原因は一つしか考えられない。

 

 (これがこいつの本当の顔か……運命のコミュで、それが表に出て来てるんだな)

 

 9月の満月でのチドリの捕縛と直後の死、そして10月の満月での交戦。これらの計画外の事態によって、運命のコミュニティはもう望みがなくなったと思っていた。だがそんな外的な事件は、タカヤにとっては何の意味もなかった。ストレガと特別課外活動部の対立はおろか、ジンの嫌悪さえタカヤは顧みない。普通の人間関係ではあり得ない、道理に合わないほどの絆の強さだ。そしてその絆がタカヤのペルソナ能力を異様なほどに強化した。

 

 だがコミュニティが未だ生きているということは、この場を切り抜ける鍵もそこにあるということだ。コミュニティとは、不条理なもの。人の心を弄ぶ代物だ。そしてもう一つ。『我』の教える絆とは別に、もう一つの繋がりないしは共通点が自分たちの間にはある。

 

 (大丈夫だ。交渉はできる。こいつは僕と同類だ……)

 

 『前回』この場所で戦った時も思った。タカヤは自分と通じるところがある。一言で言うと、大嘘吐きだ。

 

 

 アイギスの意識は混濁していた。いきなり頭上から落ちてきた巨大な電撃を回避も防御もできずにまともに受けてしまい、機能の大半が停止状態にあった。思考系はかろうじて動いているが、極端な混乱状態にあった。

 

 (彼を、彼を……)

 

 思考系はそればかり発していた。いつになく熱気を帯びたパピヨンハートから猛烈な勢いで生産される心的エネルギーを処理しきれず、同じ言葉をひたすら繰り返している。しかもエネルギーの量だけでなく、そこに混じっているあるノイズが混乱に拍車をかけていた。

 

 「しっかりしてよ! 貴女が倒れててどうすんの!」

 

 そんな中で、外から声と光が届けられた。優しく包み込んでくる光を浴びて、パピヨンハートの稼働は正常値に下がった。そして四肢の機能が回復し、感覚系も正常に働き始めた。

 

 「あ……ゆかりさん」

 

 鮮明さを取り戻した視覚機能に、心配そうなゆかりさんの表情が映った。床に倒れた私の傍らにしゃがみ込んでいて、ちょうど額から召喚器を離したところだった。

 

 論理性を取り戻した思考系は、何があったかを思い出した。タカヤに電撃を浴びせられ、倒れてしまったのだ。混乱を極める直前に見た光景は、タカヤに担ぎ上げられて時計扉を通る彼の姿だった。改めてエントランスを見回してみたが、彼の姿はない。

 

 「湊さんは!?」

 

 「200階以上の所にいるって、風花は言ってるわ……」

 

 そう言ってゆかりさんは立ち上がり、私の隣で未だ倒れたままの真田さんの手当を始めた。召喚器を額に当ててイオを召喚し、私の機能を正常に戻したのと同じ光を浴びせる。私もゆかりさんから目を離し、エントランスの中央に置かれた長い階段の先にある時計扉を見つめた。

 

 (ストレガが連れ去った……200階以上……。つまり、あのフロアですね)

 

 タルタロスの頂上一歩手前、『前回』タカヤと戦ったあの場所だ。急いで立ち上がり、階段へと駆けた。僅かな情報から引き出した推理、否、確信を得た足はいつにも増して速く、誰にも止める間を与えずに階段を上りきった。そして時計扉に手をかけた。

 

 (ん……?)

 

 だが押そうとした手は急に止まった。時を表す扉に触れた途端、首の奥にあるパピヨンハートから唐突なノイズが発せられてきたのだ。それは首を中心に上下に広がり、機械の体の内部にある種の異変をもたらしてくる。

 

 手を扉から離して首に当てると、不思議とそこから不快な感じはしなかった。気にはなるが、早く収まれと願うばかりのものではない。人間で言うならば、これは疼くと形容される感覚であるのかもしれない。

 

 (これは、彼の……)

 

 『前回』の1月にあったことを思い出した。私は彼に頼んで自分の中枢に手を触れてもらい、彼の遺伝情報をそこに焼き付けたのだ。絶対に消せないほどに深く、彼の存在を私の中に刻み込む為に。『今回』の私たちは、あれをしていない。だが私はあの日のことを覚えている。パピヨンハートも覚えている。私の精神には、彼の魂が永劫の時を超えて宿っている。

 

 「ちょっと待ってよ!」

 

 階段の下のエントランスの床から、ゆかりさんの声が届けられてきた。だが私は振り返らなかった。私の思考系は外からの呼びかけを処理しない。プログラムで作られた心で疼く甘いノイズは、抑えがたい衝動となって他のあらゆる事象を受け付けない。

 

 (私なら……私なら行けるはず!)

 

 確信と共に、手を首から扉に戻した。そしてある限りの力を込めて押し開いた。かつて『生きる』ことを賭けて戦ったあの場所をはっきりと思い出しながら、崖へと向かって踏み出した。

 

 

 扉を通り抜けた先は見覚えのある場所だった。『前回』は1月になって初めて足を踏み入れた、タルタロスの最上にある第六層だ。このフロアは前後に広場が連なる形で、傾斜のある通路で結ばれている。手前の広場には、エントランスへ戻る為の脱出ポイントがある。そして奥の広場には、彼がいた。こちらに背を向けて立っていた。

 

 確認した途端、私は駆け出した。『今回』の7月20日、屋久島のビーチで彼の姿を目にした時のように。ノイズの消えた普段通りのパピヨンハートの流れに乗って、戦車の突進でもって大切な人の下へと駆けた。私には彼しかいない。他のことはどうでもいい。

 

 「湊さん!」

 

 私に気付いた彼は振り返ると、一瞬驚いた表情を見せた。だがすぐに真顔に戻って、左手を私の方に向けて制してきた。

 

 「危ない! 止まれ!」

 

 命令を受けた私は、彼から十歩程度の距離で急停止した。私には彼しかいないから、彼の命令なら私は何でも聞く。だから止まった。

 

 「これはこれは……驚きました。どうしてここまで来れたのです?」

 

 彼の奥にはタカヤがいる。そして彼の右手の側にはジンがいる。どちらも予期せぬことであったであろう私の登場に、意外な顔をしている。

 

 「私は彼に追いつけないはずがないんです」

 

 彼が亡くなった卒業式以降、私は同じ夢を何度も見た。闇の中を立ち去ろうとする彼を叫びながら追いかけるのだが、どうしても追いつくことができないのだ。だが今のこれは、夢ではない。彼は生きている。夢でないなら、追いつけないはずがない――

 

 「そうですか……ここにいたければいてもよろしいですが、お静かにお願いします」

 

 タカヤは呆れたような口振りで、小さなため息を吐いた。ジンは腕組みをして壁にもたれながら、鋭い視線を私に向けてくる。ジンは武器や召喚器を手には持っていないが、即座に動く準備ができていることは見て取れる。この状況では私も下手には動けない。どこかで隙を見つけなければ。

 

 「……」

 

 彼は私から目を離し、改めて正面に向き直った。その視線はタカヤと真っ直ぐ合わせられている。そして議論が始まった。

 

 「僕に何を求める。復讐代行を手伝えとでも?」

 

 「いいえ。滅びですよ。史上最大の生の輝きの瞬間を迎えることです」

 

 「この世を滅ぼせと?」

 

 「いいえ。私たちが世界を滅ぼすわけではありません。そもそも滅びは、どこかの誰かが為すものではありません。大勢の人々に望まれて訪れるものです。運命と言い換えてもよいでしょう」

 

 「なぜ人が滅びを望む?」

 

 「人は生に意味を見出さないと、死を受容できません。なのに世界はそうした意味を既に失っている。そのことに、もう誰もが気付いているのです」

 

 「そうか? その割には、人は今でも食ってるぞ。食べるのは生きたいからじゃないのか?」

 

 「そうではありません。死を受容できないからこそ、人は生きようとするのです。しかし死は万人に共通して訪れます。誰も死からは逃れられません」

 

 「そうだ。誰でも死ぬ……当たり前のことだ。当たり前のことをするのに、世界の意味がどうして必要なんだ」

 

 「貴方が今仰ったことですよ。食べること……それに象徴されるように、生きるとは他者から奪うことです。命を奪うからには、そこに意味が必要です。例えば復讐のように」

 

 「お前たちは復讐の理由を聞かないんだろう。それはつまり、生きることや死ぬことに意味や理由はいらないからじゃないのか」

 

 「いいえ。私たちが復讐の理由を聞かないのは、理由は各々が自由に持てばよいことだからです。重要なのは理由があることそれ自体であって、その是非は問題にしません。故に聞く必要などないのです」

 

 タカヤはここで一息入れた。

 

 「しかし、です。復讐は美しくはありますが、所詮は個人的なことです。復讐する者とされる者、その当人同士にしか生の意味は得られません。ですから、私たちの復讐代行は日々の糧を得る為の生業に過ぎません。そんな些末なことを貴方に手伝えとは言いません。私が貴方に望むのは、私たちが生きる目的そのものを共有してもらいたい……そういうことです」

 

 「お前たちが生きる目的? それこそ個人的なものじゃないのか?」

 

 「いいえ、違います。滅びは私たちだけが望んでいるものではありません。先ほども言いましたが、これは太古の昔から望まれ続けてきた、人類の悲願です。言わば『総意』なのです」

 

 「違う」

 

 この時の彼の反応は非常に素早かった。特定の条件に応じて反射する機械のような、物的なまでの速度でもってタカヤの言葉を遮った。

 

 「滅びは総意じゃない。呼んだのは一人だけだ」

 

 「ほう。では、誰がそれを為したのです?」

 

 「僕だ」

 

 「!……」

 

 突然体が震えた。それと共に、首の奥からノイズが再び湧き上がり始めた。彼が連れ去られた時、追いかけた時、いずれの時より激しい強烈な違和感がパピヨンハートから発せられた。何の攻撃も受けていないのに、経験したことのない異質な電流が体の内部から迸って機械の体が硬直した。走ることも戦うこともできないくらい、四肢の稼働が唐突に停止した。そして弦楽器を奏でたような細やかな音が、脈絡が一切ないまま聴覚機能に飛び込んできた。

 

 蝶だ。彼とストレガが生み出す緊迫感に満たされたタルタロスを、一匹の青い蝶が悠然と舞っている。風のない影時間の空気の中を、夢見るように現実感なく浮遊している。

 

 この蝶、どこかで――

 

 やがて蝶は私の胸元に舞い降りてきた。だが機械の体に触れる直前、或いは触れた直後、蝶は消え入るように姿を消した。

 

 (?……)

 

 何かの見間違いか、幻だったのか。そうでないなら、どこへ消えたのか。人間を遥かに上回る視力と視野の広さを持つ、機械の感覚系で捕えられないとはどういうことだろうか。目に見えない場所へ消えたとでも言うのだろうか。

 

 目に見えない場所。あるとすれば、それは心の中――

 

 そう思ったその瞬間、時間が止まった。今日は意図しない挙動を頻繁に発するこの体ではなく、時間が停止した。通常の二十四時間が停止した影時間の中にあって、影そのものが動きを止めた。限りなく無に近いその瞬間に、プログラムで作られたはずの心の奥で何かが動いた。彼の魂が焼き付いた私の精神中枢の更に奥、私自身さえ知らない最奥の位置に刻み付けられた、一つの影が動いた。

 

 『姉さん』

 

 記憶の影から蘇ったこの声を、私は知らない。だが知っている。知らないはずなのに、知っている声。

 

 (あ……ああ……)

 

 私はこの声を知っている。忘れたはずなのに、覚えている。

 

 精神の最奥に隠された一つのビジョンが、死の国へと繋がる深淵の底の底から音もなく立ち上がった。それは赤い蝶のバイザーで顔を隠した少女。黒い装甲をその身にまとい、長柄の鈍器を構えた機械の乙女。

 

 私の、妹――




 遂に作品タイトルをサブタイトルに使えました。

 危機の真っ只中ではありますが、この話をもちまして第2章は終了となります。物語は全体の三分の二程度まで来ました。ただし第3章に入る前に、幕間として過去(?)話を挟みます。その内容は……もうお分かりの方も多いでしょうか?

 読んでくださり、ありがとうございました。
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