ペルソナ3 滅びの意志   作:三尺

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過去の扉(2010/3/31)

 妹と名乗る彼女の話によると、戦いがあってから体感時間で丸一日と少し経ったらしい。しかし今日は3月31日のまま。このままだと状況が変わらない限り、明日も明後日もずっと3月31日が続く。それは『時の空回り』であると言う。

 

 「それはもしかして0時に感じた、あの……?」

 

 つまり同じ日がずっと繰り返されている。しかも真田さんによると、今朝から寮の外へも出られなくなったとのことだ。

 

 「時間や空間に歪みが起きているんです。この地下にある、時の狭間のせいで」

 

 時の狭間――

 

 私が眠っている間に、皆さんは既にそれを確認しているようだった。しかし説明が難しいようで、私も実際に見てみることになった。彼女の案内で、私たちは床に現れた階段を下りて行った。

 

 「これは……!?」

 

 まるで砂漠だった。地平線の彼方まで延々と広がっている、黄色い海だ。寮の地下であるにも関わらず、地平線がここにはある。私の視覚機能をもってしても、果ては全く見えないほどに広大だ。しかも自然の砂漠と異なって、地面のどこを見ても起伏の一つさえない。ただひたすらに真っ平らな、砂だけが延々と続いている。砂漠と言うより、虚無の大地とでも呼んだ方が相応しい。

 

 そして頭上を見てみても、やはり何もない。虚無の大地を覆うのは、ただ真っ白な天球だ。昼間のように明るいのだが、空も太陽もそこにはない。この空間は上も下も揃って、完全な虚しさだけを示している。

 

 (真っ平らな虚無の王国……)

 

 不意に幾月の言葉が思い起こされた。滅びを望んでいたあの男の目には、世界そのものがこのように見えていたのかもしれない。

 

 ただ先頭を歩む彼女が目で示すものだけが異質だった。私たちが下りてきた階段のすぐ近くに、七つの扉が並べて置かれている。それはいかにも何気なく、虚無の只中で脈絡なく佇んでいる。扉ならばその後ろに部屋や建物があるはずなのに、それがない。ただ扉の板だけが、沈黙しながら立っている。

 

 「ここが時の狭間です」

 

 彼女によると、時の狭間は元々閉じられたごく狭い場所であったのが、ある日を境にみるみる広がり出して、最後に私たちの寮に繋がったとのことだ。更にここでは時の流れが普通ではないと言う。時の空回りも外に出られなくなったことも、ここの影響に違いないと。

 

 「貴女たちが無事に助かるには、何とかしてこの時の狭間を消し去るしかありません」

 

 消すと言っても、まるで雲を掴むような話だ。戸惑う私たちに、彼女は説明を続ける。

 

 時の狭間が引き寄せられるように寮に繋がったこと、そして時の空回りを私たちは自覚できている以上、私たちは原因に深い関わりがある。彼女はそう言う。しかしその私たち、正確には私以外の皆さんを消すことはできなかった。そうなると、後は中に入って原因を直に叩くしかない。それは即ち、戦いが予測されるということ――

 

 「何よそれ……タルタロスの時みたいなことを、またやれってこと?」

 

 そう言うゆかりさんを始め、皆さんは一様に不満を持っている。タルタロスが消えて、もう戦いは終わったと思った矢先にこれだ。しかし出られないままだと、やがて食料などの問題が発生する。だが敵として現れた彼女の言うことを、鵜呑みにするのも抵抗がある。時の狭間が生まれた原因は私たちと関係していると言うが、私たちの誰もこんな場所のことは知らない。また彼女の目的は私を守ることだと言っているが、その理由が不明瞭だ。彼女は姉妹だからと言うが、私以降に同系機が製造された事実はない。そうした不満や矛盾を、皆さんは一斉に彼女にぶつけ出した。

 

 「じゃあ他に手があるって言うんですか!」

 

 しかし彼女も怯まない。顔を瞳のように真っ赤にして、大きな身振りと共に反論する。それを見て、私は思う。

 

 (やはり7月に再起動した私とは全く違う。彼女は心を一体どこで……?)

 

 そのうちに皆さんは、彼女抜きでここを探索すると言い出した。

 

 「え……私、抜きで?」

 

 確かにその案は、現実性がなくもない。この場所について最も詳しいのは彼女だろうが、だからと言って彼女の協力が必須とは限らない。タルタロスの時も、私たちは道案内なく攻略に成功したのだから。

 

 「残念だったな。せいぜい一人で取り残されてろ」

 

 順平さんが吐き捨てると、彼女は本当に困った顔になった。目を大きく開いて口を半開きにした、困惑の表情が綺麗に現れている。更にそれに留まらず、目を伏せて泣きそうな表情まで見せてきた。

 

 「ご……ごめん……なさい。私……」

 

 そう言う彼女は目を伏せたままなので、顔ははっきり見えない。泣きそうな声ではあるが、果たして本当に泣いているのか。彼女は泣くこともできるのだろうか――

 

 「言うこと聞く! 聞くから……置いてかれたくない……」

 

 「……」

 

 気まずい沈黙が落ちた。

 

 「……どうします、先輩? 連れて行きますか? 何かもうやるしかないんなら、私的には事が早く済む方でいいって感じですけど」

 

 ゆかりさんがため息を吐きながら、美鶴さんに話を向けた。すると美鶴さんは少々考えて、私に現場の指揮を任せようと言い出した。ペルソナを付け替える能力を持つ者が中心に立てば、以前と同じようにやれるだろうと。

 

 「指揮する君が認めるなら、メティスを同伴してもいいと思う」

 

 彼女を連れて行くかどうかの判断を委ねられた。つまりこれは現場リーダーとしての役割の中での、最初の仕事というわけだ。彼の代理になることの――

 

 改めて彼女の側を見ると、まだ目を伏せていた。バイザーで隠してはいないが、表情は私から見えない位置にある。

 

 「……」

 

 彼女の言うことが全て真実であると即断することはできない。そしてまた、皆さんを危険に晒すことがあってはならない。しかしだからと言って、彼女と別れるのは惜しいような気がした。彼女は私にないものを持っている。それがなぜか、とても眩しく見えた。

 

 「私を守りたい気持ちがあるなら、私の指示に従って」

 

 取り敢えずはこれくらいでいいだろう。

 

 「約束できる?」

 

 「うん! 約束する……」

 

 そう言って彼女は顔を上げ、笑顔を見せてきた。初めて見たその表情は、とても子供らしいものだった。年を取らない機械には、本来は大人も子供もない。だが今の彼女は、なぜか子供に見えた。

 

 「ふん、面倒が起きなきゃいいがな」

 

 真田さんは大分苛立っているようだ。すると今度は、ゆかりさんが私に話しかけてきた。

 

 「あの……アイギス。今も話に出たけど、貴女に彼と同じ力が目覚めたって、どういうことなの?」

 

 「それは……」

 

 私は言い淀んでしまった。彼女と戦ったあの時、私は彼が4月に初めて使ったというギリシャ神話の吟遊詩人のペルソナを召喚した。そしてそれに留まらず、複数のペルソナを扱えるようになった。私自身はイゴールさんからそれを聞いたが、私が眠っている間に風花さんが色々調べたらしく、確かに彼と同じ能力を得ているとのことだった。なぜそうなったのか、思い当たる節はないこともない。

 

 「このままじゃ、また別れが降りかかると思って、怖くなって。そうしたら急に……」

 

 これは嘘ではない。だがその思いはきっかけに過ぎず、原因は別にあると思う。危機なら彼の生前から何度も見舞われていたのだから。本当の原因は恐らく――

 

 「……」

 

 追加兵装で一部が隠れた赤いリボンに手を当てた。その奥には、彼の遺伝情報が焼き付いている。明確な証拠があるわけではないが、私がワイルドに目覚めた原因は恐らくこれだ。つまりこの力は目覚めたわけではなく、彼から受け継いだものだ。しかしそれを皆さんに言うのは躊躇われた。1月に彼を部屋に招いてパピヨンハートに触れてもらったことを、私は誰にも言っていないし、彼も人に伝えてはいない。あれは私たち二人だけの秘密――

 

 そうしようと、別に彼と約束したわけではない。だが他人に明かすのは、やはり気が引けた。人間で言うならば、あの出来事は何かの契りを交わしたようなものだろう。それは人に言うべきことではない。

 

 (ん? 契り? 契約……)

 

 過去を思い返しながら、一つの連想に至った。私は『契約』をしたのだとイゴールさんは言っていたが、それはこのことなのかと。急に浮かんだ疑問に私は囚われた。

 

 「メティス、だっけ? あんたは何か知らないわけ?」

 

 歯切れの悪い私から、ゆかりさんは視線を外して彼女に向けた。それと共に、私も内心の疑問を抑えて彼女を見た。

 

 「そんな、会ったばかりですよ? と言うか、同じ力を持つ知り合いがいるなら、その人に聞けばいいんじゃないですか?」

 

 「……」

 

 皆さんは沈黙した。彼が亡くなったことを、どうやら彼女は聞いていないようだ。

 

 「しかしまた戦いとなると、この姿ってわけにはいかないな」

 

 重くなった空気を振り払うように、美鶴さんが別の話を始めた。タルタロスで戦ってきた時のように、学校の制服に着替えて特別課外活動部の腕章を付けよう、という話になった。

 

 そうして皆さんは準備の為、一旦階段を上って寮へと戻って行った。私も向かおうとしたところで、彼女が話しかけてきた。

 

 「あの……アイギス。私、ちゃんと言うこと聞くから、その……」

 

 振り返ると、彼女は再び目を伏せていた。伏せたまま、弱々しく言葉を繋いだ。

 

 「姉さん……って呼んでいいですか?」

 

 妹。姉妹。同じ親を持つ血縁関係にある、人間の女性同士を表す言葉だ。血の通っていない機械に用いるには、あまり適切ではない。そしてそれ以前に、彼女がいつどこで造られたのかが分からない。私の後に同系機が製造された事実はないのだから。だが姉と呼ばれることは構わない。別に悪い気はしない。

 

 「どうぞ」

 

 「ありがとう……姉さん!」

 

 彼女は再び子供らしく笑い、私に先立って階段を走って上って行った。

 

 

 皆さんの準備が終わり、時の狭間の探索を開始することになった。ただし美鶴さんは別行動を取ることになった。私の追加兵装のような物品が他にもないか、寮の地下を探す為に。そして順平さんとコロマルさんは、寮以外に通じている場所がないか探すことになった。原因の解明と事態の解決にどれくらいの時間がかかるか分からない以上、食料その他の補給路の確保が必要だから。

 

 そうして私は再び時の狭間の入口、扉の間と呼ばれる空間に下りた。メンバーは私の他、メティス、真田さん、ゆかりさんだ。だが下りた途端、正面にある扉に向かう黒い影が目に入った。

 

 「!……」

 

 私は階段を急いで駆け下りたが、間に合わなかった。影は扉に触れると、そのまま消えた。何かの幻か見間違いであったかのように、もうその姿はそこにはない。

 

 『さっきの黒い影……ここに入って行きました……よね?』

 

 「……」

 

 風花さんの通信が入った。どうやら私一人の見間違いではなかったようだ。振り返ると、真田さんとゆかりさんも驚いた表情でいた。変化がないのはメティスだけだ。私は急いで扉に向き直り、躊躇なく開け放った。

 

 こうなってしまってはもう、どうしても探索をしなければならなくなった。単に皆さんの生存の為だけではなく、影の正体を確かめる為に。

 

 そして扉を通った先には、シャドウがいた。影時間とタルタロスは既に消え、影人間もいなくなったのにシャドウがいる。その事実は、普通の建物のような装いの空間に、タルタロスを連想させる気配を生み出していた。

 

 だが私はシャドウそのものに気を留めることがなかった。もちろん敵として排除はするが、それよりも消えていったあの影の方が余程気になった。道の角を曲がる度、階層を下る度、何度か影の端だけが見つかった。だが追いつくことができない。まるでもう見なくなった、あの夢のように。

 

 (あの影は……)

 

 捕まえられない以上、影が何者であるのかはまだ分からない。だが捕まえねばならない。機械は本来、与えられた命令をこなすことがその役割だ。今の私に与えられたものは、ここからの脱出と皆さんを指揮するリーダーの役割。だが影を追うのは、私の意志――

 

 

 影を追いながら群がるシャドウを排除し続けて、全てを乗り越えて行った先に、行き止まりになっている広い空間に辿り着いた。正面には大きな扉がある。扉の間から通った小さな扉とは違って、人の身長の何倍も大きい重厚な扉だった。

 

 『ここで行き止まりのようですね。しかし、途中で何度か見かけたあの黒い影は一体……』

 

 再び風花さんの通信が入った。どうやらあの影は私だけでなく、風花さんも気になっていたようだ。きっとメティスを除く他の皆さんも同じだったのであろうが、私は捕まえることができなかった。

 

 『あっ、済みません。これからみんなでそっちへ向かいます』

 

 

 「どうやら、第一の終着点みたいですね」

 

 皆さんが全員揃ってから、メティスが扉を示しながら説明を始めた。それによると、時の狭間は木の根のような構造になっていて、一つ一つ進んで行くしかないらしい。ここまで通ってきたような道を何度もくぐり続けて、その最後に発生源に行き着くだろうとのことだ。

 

 「想像していたよりずっと広いな。こんなのを、あと何回こなすんだ?」

 

 真田さんは苛立っている。メティスはそれに対して、扉の間の様子からして一度や二度では済まないとだけ答えた。実際、扉の間にあった扉の数は七つ。あと六つも残っている。それを理解したか真田さんはますます眉間に皺を寄せ、そしてゆかりさんはため息を吐いた。

 

 「はあ……辛いこととか山ほどあって、やっと平和になったのに。だから私、前だけ見てようって決めたのに……これじゃ丸っきり、昔に逆戻りじゃないの!」

 

 「……」

 

 確かに戦いを強いられるこの状況は昔に似ている。見たところ、順平さんや天田さんもどこかすっきりしない様子でいる。だが真田さんとゆかりさんは、取り分けこの事態に苛立ちを感じているようだ。聞くところによれば、二人ともそれぞれの道を改めて歩み出しているらしい。それを停滞させられるのが、他の皆さんより歯がゆく感じているのかもしれない。

 

 そしてそんな皆さんの中で、そうした思いを感じていないのは一人。メティスだ。

 

 「ここは時の流れが普通じゃない場所。過去を感じたとしても、少しも不思議じゃありません。そういうものに触れるきっかけなんて、ここにはいくつもあるんですから」

 

 「どういう意味……?」

 

 メティスの言葉は分かりづらい。だがゆかりさんの質問には答えることなく、メティスは先頭に立って扉に手を触れた。

 

 

 第一の終着点と言う扉を通った先は、ポロニアンモールだった。だが外へ出られたわけではなかった。

 

 何とそこは、2009年の6月。私が屋久島で起動する前の時点のポロニアンモールだった。過去に触れるとは、こういう意味なのだろうか。だがここで立ち現われた過去は飽くまで『触れられる』だけで、生きていける場所ではなかった。何か不可思議な力で遮られていて、私たちはモールの外には出られなかったのだ。

 

 ちなみに出られないことを確認した際に、もう一つ気付いたことがあった。外への道が遮られる様を、コロマルさんがとても不思議そうに見つめていたのだ。『不思議そうに』である。私は以前のように、コロマルさんの意思を読み取ることができなくなっていた。

 

 私は人形か、人間か。人間は動物の意思を読み取ることはできない。その観点からのみ考えるなら、私は人間に近づいているということになる。だがそうではない。なぜなら私の代わりと言っては変だが、メティスはコロマルさんの意思を読み取ることができていたから。またそれと同様に、私はオルギアモードが使えなくなっているが、メティスは寮で戦った時のように使える。私よりもずっと人間らしいメティスにできて、私にはできない。

 

 つまり機械の機能と人間性は無関係だ。これは即ち、私は人間に近づいたのではなく、単に壊れてきているのであろう。機械にとっての故障は、人間で言うところの死だ。そう考えた方が、余程納得できた。

 

 だが何にせよ、取り敢えず補給は可能になった。風花さんはそれを喜んでいたが、私はこの時、何か漠然としたものを感じた。

 

 過去に触れられる――

 

 それは一種の救いか、気休めか。いずれにしても、時の狭間からは何かの道が通じているように感じたのだ。未来があるということと、それを拓けるということは、全く別の話。そして未来とは何であるのかは、更にまた別の話。過去に触れられるこの場所では、未来とは何かさえ曖昧になってしまう。そんなことを無意識的に、私は感じたのかもしれない。

 

 そして狭間の探索を続ける度に、その思いは強くなっていった。メティスが言った通り、皆さんが『過去』に触れる度に。

 

 

 

 

 「これって……!」

 

 ゆかりさんは高校生の生活する寮のような、ただし巌戸台分寮ではない場所にいた。そして管理人と思しき女性から、一通の手紙を受け取っていた。

 

 「差出人は岳羽詠一朗さんという方。ご親族かしら?」

 

 「待ってよ。そんな、あり得るわけ……」

 

 ゆかりさんは手紙を改めて見ると、何かに気が付いたようだった。

 

 「ムーンライトブリッジ開通記念……十年前!?」

 

 そして手紙を胸の内に抱き締めて、急いで走り出した。弓道の用具と、届けに来た女性を置き去りにして。

 

 

 ポロニアンモールに通じる扉から続いて、私たちは影を追うように扉を次々と順に開いて行ったのだ。そしてシャドウを蹴散らしながら進んでいった先に見たものは、皆さんの過去だった。

 

 最初は天田さん、次に真田さん。続いて順平さんとコロマルさん、そして美鶴さん。いずれもペルソナや影時間の適性に目覚めた契機となった出来事を、皆さん全員で一つ一つ見ることになったのだ。なぜこんなものを見せられるのか、真田さんなどは見る度に苛立ちが募っていったようだが、きっと意味のあることだとメティスは言う。

 

 そして五つ目の過去が、今見たゆかりさんのものだった。時期は恐らく今からちょうど一年くらい前。十年前に亡くなった岳羽詠一朗さんからの手紙が届いた情景だった。

 

 「この頃の君はずっと一人だけで世界全部と……桐条の欺瞞と戦っていたんだな」

 

 「そんな……」

 

 美鶴さんが申し訳なさそうに、後ろから声をかけた。だがゆかりさんは振り返らない。情景が終ってからも扉があった場所をずっと見上げていたのを、僅かに俯いただけだった。

 

 「どうせ過去を覗くなら、父上に会えれば良かったな。私も……会ってみたかったよ」

 

 「別にいいですよ。今は昔の話をしている場合じゃないと思うし。シャドウの相手なんてもうたくさん。こんな厄介事、さっさと終わらせなきゃ」

 

 背を向けたままゆかりさんはこう言うが、私は気になった。ただしゆかりさんの過去そのものではない。これまで皆さんの過去を見た時もそうだったが、過去の情景をなぜ見てしまうのかということが気になった。意味があるとすれば、それは何なのか。更に言うと、過去の情景そのものに何か意味があるのか、それとも過去を見る行為に意味があるのか。私の疑問は尽きなかった。

 

 「その……ゆかり。無理してないか?」

 

 美鶴さんは心配そうにしているが、まだ振り返らないゆかりさんは、その顔を見ない。

 

 「アイギスに……彼と同じ力が目覚めたじゃないですか。自分でも気付いてないみたいだけど、あれって……絶対何かを受け継いだってことでしょ。私も、自分が前に進んでる実感を早く見つけたいんです」

 

 「……」

 

 ゆかりさんの言葉に、私は反論しなかった。しかし私は彼から『受け継いだ』ことは自覚している。皆さんには伝えていないが、受け継いだ原因は私の首の奥にあることが分かっているから。だが既に分かっているそのことよりも、私はもっと別のことが気になった。

 

 この時の狭間とは、初めから私たちの過去の記憶を保存しておく為に作られたものなのか。それとも元々過去を見るような機能があって、私たちの心に応じて情景を見せているのか。

 

 前者であれば、私たちは意図せず過去を見せられていることになる。誰が何の為にそんなことをという疑問はあるにしても、とにかく『見せられている』わけで、原因は私たちの外にある。しかし後者だとすれば、私たちは過去を能動的に振り返っていることになる。それは過去そのものを見たいと思って見ているのか、それとも別の何かを望んでいて、それが過去を見るという行為に繋がっているのか。

 

 この時の狭間の存在意義は何であるのか。メティスは私たちと深い関わりがあるのだと言っていた。だがこれの発生や用途、更には存在そのものの段階から私たちと関係しているのか、そうではないのか。そのことが気になった。その意味で、私は自分が前に進んでいる実感など何も得ていなかった。

 

 ただ疑問を解明する手掛かりになり得る物品は見つかっていた。ここの探索を開始した時、美鶴さんは一旦別行動を取って寮の床下を調べていて、機械や書類を色々と見つけたのだ。風花さんが改めて調べたところ、それらは生前の幾月が隠していたものであったことが判明した。そしてその中には、時の狭間に関する手記もあったとのことだ。

 

 幾月の思想や行動には理解しがたい部分が相当ある。だが十年前から影時間やタルタロスに関わり続けてきたあの男は、私たちが未だ知らない様々な真実をも掴んでいた可能性はある。だから今後の風花さんの調査が、謎を解き明かしてくれることは期待できた。

 

 「でも……どうして過去を見せられるんでしょう。原点を見直せって、そういうお説教みたいな意味なのかな。アイギスさんは、どう思いますか?」

 

 考え事をしている間に、天田さんが尋ねてきた。どうやら似たようなことを、皆さんも疑問に思っていたようだ。

 

 「私は……」

 

 思うことや気になることは色々ある。だがそれらを皆さんに説明するのは、どうも上手くいかない。結論が出ているならまだしも、私は浮かんでくる様々な疑問に対して結論をまだ何も出していないから。

 

 「ええと……何て言ったらいいんでしょう」

 

 私がまごついている間に、やがて皆さん全員が集まってきた。過去を見ることの意味について、互いに意見を出し合っての議論が始まった。しかし――

 

 「おーい、妹ちゃんさ。思いっきり他人事な顔してないで、こっち来て意見とか言えよ」

 

 一人だけ輪から外れているメティスに、順平さんが声をかけた。

 

 「私は別に……貴方たちと昔の話なんて、できないじゃないですか。何にも知らないんだし……」

 

 メティスは寂しげに言う。まるで家族の話に入っていけず、距離を置かれている子供のように。家族の情景を見たことがない私が言うのもおかしな話だが、とにかくそのように思えた。だから私もメティスに声をかけた。

 

 「貴女が知らないだけじゃなくて、私たちはまだお互いに知らないと思う」

 

 彼女は心を既に持っている。ただの機械であれば命令されたことを行うだけで、寂しいなどという感情はそもそも持たないはずだ。それがあるということは、彼女にも心を得たきっかけがあるはずだ。楽しいことであれ、辛いことであれ。

 

 「貴女にだって、私たちの知らない素敵な思い出があるはずでしょう?」

 

 彼女は私よりもずっと豊かな人間性を得ている。人間以上に人間らしいとさえ言ってよいかもしれない。

 

 「私は、思い出なんか……」

 

 言いかけて、彼女はバイザーを閉じた。話したくないようなことなのか、それとも話すことがないのか。心を得ている以上、後者であるはずはないのだが。

 

 「メティス、君は誤解しているみたいだが、私たちの過去は輝かしかったわけじゃない。正直、辛い記憶の方が多いくらいだ」

 

 美鶴さんのこの言葉は、確かに正しい。事実として、辛い記憶はたくさんある。私自身、小さな光を放つ良い思い出は、最後の辛い記憶によって全て洗い流されてしまっている。だが――

 

 「そんなはずないです。だって貴女たちが笑って話すのは、全部過去のことばっかりです」

 

 (!……)

 

 バイザー越しに届けられるくぐもった声に、皆さんの誰もが息を飲んだ。もちろん私も。だがそれに留まらず、私は一つの確信を得た。メティスが語ることは、全て真実だと。彼女は私たちの過去を知らない。知らないのに、私たちの真実を見抜いている。そして彼女は自分自身の思い出を持たない。

 

 この場所は時の流れが普通でない。それはつまり、論理的整合性や因果律さえ崩してしまう可能性を秘めている。彼女自身がその証明となる。

 

 ここでは真実は事実の積み重ねによっては掴めない。掴めるのは、論理を飛躍した直観する力だ。そして彼女は何の経験もないまま、人間性をその手に掴んでいる。それは即ち、彼女はこの時の狭間に隠された真実に最も近いところにいるということだ。いや、既に真実を掴んでいるのかもしれない。つまり彼女が言う通り、時が停滞している原因は私たちにあるということでもある。それを私は確信できた。

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