ペルソナ3 滅びの意志   作:三尺

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再臨(2009/11/6、11/9)

 私と彼がタルタロスから帰還したその日は、取り敢えず互いの無事を喜び合い、そのまま寮に帰って休むことになった。そしてその翌日の夜、私たちはラウンジで皆さんに説明を求められた。4日と5日の影時間に何があったのか。

 

 「あの……タカヤさんとジンさんを倒したんですか?」

 

 「いや、倒してない」

 

 話し合いは天田さんの問いかけから始まった。それに答える形で、彼は説明を始めた。一昨日、私たちはこれまで探索した階層よりずっと上まで連れて行かれたが、そこを何とか逃れてきたと。

 

 「よく無事に帰って来れたな……」

 

 「アイギスのおかげです」

 

 私が彼と同じ力に目覚めたことを、彼は話した。そして元々は私の弱点のはずの電撃を防いだことで動揺した彼らに、奇襲を仕掛けたと。

 

 「その隙に逃げたということか?」

 

 「まあ、そんなところです」

 

 真田さんの問いかけに彼は頷き、話し合いは一段落がついた。しかし昨日と一昨日の実態を知っている私には、こんなにいい加減でよいのかと心配になるような説明だった。私が電撃を防いだのもそれで彼らが動揺したのも事実だが、それ自体に大した意味はなかった。実際は彼が言葉で切り抜けたのだ。しかし彼はそれを皆さんに言いたくないようだ。

 

 嘘を吐いているのとは違うが、説明は圧倒的に足りていない。そもそもストレガがなぜ彼を拉致したのかも、彼らとどんな話をしたのかも話していない。皆さんは彼が以前からストレガと交渉を持っていたことや、幾月の殺害を依頼したことを知らないはずだ。だから直接的にそこを追及されることはないのだが、話の流れによっては触れねばならないはず。そう思っていたが――

 

 「僕からも聞いていいですか。幾月の目的とか、何か分かりましたか?」

 

 「あ、ああ……」

 

 聞かれたくないことを聞かれる前に、彼は話を逸らした。美鶴さんの説明によると、幾月の真意や目的などはまだよく分かっていないらしい。目下のところ、桐条グループで幾月の遺品などを調査している最中とのことだった。

 

 「先輩のお父さんはご無事で?」

 

 「ああ……怪我もなく、無事でいる」

 

 「それは何よりです」

 

 彼は目を伏せながら、深く頷いた。この点は私も心底良かったと思う。『前回』の桐条武治さんは、幾月と相撃ちになって亡くなっていたのだ。しかもあの事態には私にも責任の一端があった。助かった経緯は彼が想定していたものとは大分違ったはずだが、結果は本当に良かった。などと思っていると――

 

 「ねえアイギス。今も話に出たけど、貴女に彼と同じ力が目覚めたって、どういうことなの?」

 

 「ええと……それは……」

 

 時の狭間でも聞かれたことを再びゆかりさんに聞かれ、私は困ってしまった。聞かれることは予期していたが、何と説明すればよいのか分からないでいた。

 

 私のワイルドの能力については、既に彼から聞かれている。その際には、パピヨンハートに彼の遺伝情報が焼き付いたことが原因だと説明した。そのこと自体は嘘ではない。3月31日に『初めて』ワイルドが発現して以来、それが原因であろうと思っている。ただ『今回』の私は彼に精神中枢に触れてもらっていない。その点を彼は不審に感じていたようだが、パピヨンハートは時間を超える存在である黄昏の羽根でできた機構で、そもそも私が『前回』を記憶できていることもそれが原因だと7月から伝えていたので、彼は取り敢えず納得してくれた。

 

 しかし皆さんには何と説明すればよいのだろう。時の狭間で言ったように分からないとするか、それとも――

 

 「僕と身近に接していたからじゃないかと思う」

 

 「何それ?」

 

 言葉に詰まっていた私に代わって、彼が再び話し始めた。しかし説明を続ける前に、順平さんが口を挟んできた。

 

 「身近にって……お前もしかして、大人の階段を?」

 

 「あんたねえ……そんなことあるわけないでしょうが」

 

 ゆかりさんは呆れているが、実は順平さんの言うことはあながち的外れでもない。もちろん普通の人間の男女がすることを、私たちはしたわけではない。ただ考えようによっては、それに近いものだと言える。中枢に触れるとか、遺伝情報を焼き付けるとか。もしそう説明したら、皆さんは順平さんと同じ想像をするかもしれない。その観点から考えると、人に話すのは躊躇われる。

 

 (いえ、私は7月と9月には……)

 

 その類のことはあまり明け透けに話すものではないのだと、私は知識としては知っている。時の狭間で皆さんに話さなかったのも、そうした理由が少しはあった。しかし『今回』の私はその点で、美鶴さんに要望を出したことがある。ならば話したところで、今さらではないのか。

 

 「これは仮説だが、ペルソナ使いは互いに影響を受けるんだ。例えばお前や山岸だが……」

 

 私が悩んでいる間に、彼は説明を再開した。曰く、元々ペルソナ使いは特別課外活動部の三年生組しかいなかったのに、最近になって急に人数が増えた。それはペルソナ使いは互いを引き寄せあう性質があり、それによって能力の変質を引き起こすこともあるのだと。これと似た話は『前回』に聞いたことがある。今年の4月以降でペルソナ使いが急増したのは、デスを宿す彼が現れたことが原因だと綾時さんは言っていたらしい。だから今彼が話していることは一応間違いではないはずなのだが、聞いていると妙に後ろめたい気持ちになってくる。

 

 彼は真相を隠しながら、微妙に話をずらして皆さんを煙に巻いている。しかもずらされた先の話も嘘ではないので、聞く人を余計に惑わせている。これは木を隠すなら森の中、と呼ばれることなのだろうか。それとも口車に乗せるとか。いずれにしても、何だかずるい。

 

 (いっそのこと……ここで全て話してしまった方が良いのでは?)

 

 私はまだ彼にも伝えていないことがある。それも含めて、全てを明らかにしてしまった方が良いのではないかと思えてきた。真実をいつまでも隠せるとは思えないし――

 

 「じゃあ何? 君と接してると、私たちもそのうち君と同じ力に目覚めるの?」

 

 (!……)

 

 真実を明らかにすべきとの思いは、ゆかりさんの何気ない言葉によって押し流されてしまった。ゆかりさんも彼と同じ力に目覚めることがあるのかと。彼の遺伝情報を焼き付けることで可能になるのなら、ゆかりさんにも可能なはずだ。それはつまり、そういうことだ。そして『前回』のゆかりさんは、彼ととても仲が良かった。そうすると、もし全てを明かしたら――

 

 「可能性はあるが、戦いが終わる前に発現するかは分からないな」

 

 「ふん……細けえことはいい。タルタロスはまだ上の階があんだろ? だったら俺らのやることは変わんねえ。シャドウもストレガもやるだけだ」

 

 それまでずっと黙っていた荒垣さんが重々しく口を開いた。『前回』からそうだったが、荒垣さんがいるとそれだけで場の雰囲気が引き締まる。

 

 「そうですね。次の満月は来月の2日です。それまでにタルタロスは行けるところまで行きましょう」

 

 引き締まった空気に乗じて、彼は話し合いをまとめた。結果的に、言わずにおきたいことは何も言わないまま会合が終わった。私はと言えば、事の真相はおろか嘘さえ何も喋らなかった。

 

 ただ解散となった後で、階段へ向かうゆかりさんを美鶴さんが引き留めていた。二人は小声で話していたが、私の耳には聞き取れた。

 

 「岳羽、これを」

 

 「何ですこれ? ディスク?」

 

 「……私の父から届けられたものだ」

 

 「え……?」

 

 

 

 

 ラウンジで話し合いがあってから三日が過ぎた、11月9日。この日は登校途中から声の大きい生徒などから噂話が聞こえてきた。その内容は、今日から来る転校生の話題だった。『前回』もちょうどこの日に、同じ噂が流れていた。

 

 「はい、今日からまたまた、二年F組に新しい仲間が加わります」

 

 朝のホームルームの時間の教室。私は彼の隣の席に座りながら、教壇横に立つ転校生の姿を他の生徒たちと一緒に目にした。今月4日までは彼と私の目にしか見えなかった姿は、今は教室中の視線を一身に集めている。

 

 「初めまして。分からないこと、優しく教えてくれると嬉しいな」

 

 微笑む少年は男性にしては高い声を、優しく染み渡らせるように教室へと広げた。その余韻が消えないうちに、教室は少しざわついた。主に女子生徒から漏れる感嘆のため息によって。やはり4日までは彼と私の耳にしか聞こえなかった声は、教室の誰の下にも届いている。つまりこの少年の存在は、誰にとっても自明のものとなっている。

 

 転校生はざわめきの中を、あてがわれた席へとゆっくりと向かって行った。歩きながらも教室を見回し、ずっと微笑みを絶やさない。しかし視線が私の所に来ると、急に微笑を消して立ち止まった。

 

 「ん? 君……」

 

 視線の延長上には私の隣に座る彼がいるが、彼を見ているのではない。転校生の大きな瞳の焦点は、私に合わせられている。その視線が向けられてくる先は、最初は私の顔。次いでリボンを結んだ首。そして制服に隠れた胸元と、私の体を上から下へ這うように動いていった。

 

 「おい……」

 

 転校生の不審さに気付いたか、隣の彼が低い声を発してきた。『前回』のこの日は、私が駄目出しでもって答えた。しかし『今回』は彼が不穏な気配を放ってきた。

 

 「あ……ふふ、こんにちは」

 

 「……」

 

 転校生は表情に微笑みを戻しながら、視線を僅かにずらして私から隣の彼へと移した。振り返ってみれば、彼はかなり鋭い目付きでもって転校生を見つめていた。それは単に相手を眺めているとか観察するとかのものとは、明らかに違っていた。そして送られた挨拶には答えず、無言のままだ。

 

 「あの……」

 

 「分かってる」

 

 彼の様子が少し心配になって声をかけたが、小声の返事を聞いて安堵した。ただ安堵したのは私だけのようで、教室のざわめきは当初より少し大きくなった。その中には、『転校生がアイギスさんに目を付けた』とか『有里と修羅場になりそうだ』とか、そんな声もあった。

 

 ホームルームを終えると、転校生の周囲には早速人だかりができていた。囲んでいるのは主に女子生徒で、前はどこに住んでいたのかとか、部活はするつもりなのかとかの質問を次々と浴びせている。そして囲まれている方は、楽しそうな笑顔で答えている。そんな転校生を横目に見ながら、彼は席から立ち上がった。彼のその動きを転校生も見つけたようで、二人は一瞬だけ視線を交錯させた。

 

 「行こう」

 

 一瞬の後、彼は転校生から視線を外して私にそう言ってきた。そして彼は教室を出て行き、私もその後に続く。廊下に出た後で、取り囲む人々に詫びながら輪を抜け出そうとしている、転校生の声が聞こえてきた。

 

 教室を出て、彼の後について行った先は屋上だった。昼休みや放課後は集まる人が少なからずいるこの場所に、この時は誰もいなかった。壁や屋根によってはもちろん、人影によっても遮られずに風は自由に吹いている。その温度には秋の深まりが感じられた。

 

 (秋……なんですね)

 

 深まってはいるが、季節の呼び方は未だ秋だ。しかし冬の訪れも既に近い。つまり私たちの戦いは、もう残り少ない。私たちに許された時間は肌で感じられる程に少なくなっているのだと、日付だけでなく気温も告げている。

 

 そんなことを思っていると、屋上に一人の人がやって来た。普通の人間とは明らかに異なる繋がりでもって、彼と結ばれている人が来た。その絆によって呼ばれたように、或いは時間は残り少ないことを気温よりずっと明確に伝える為に、その人は私たちの前に現れた。

 

 「やあ、久しぶり」

 

 来訪者の第一声は、再会の言葉だった。彼はそれに答えるように、優しく微笑んだ。教室で見せていた不穏な気配は跡形もない。

 

 「五日ぶりか? それとも一年ぶりか?」

 

 「ふふ、どっちだろうね?」

 

 「綾時さん……やはり分かっているのですね」

 

 昨日以前から確信に近いものを持っていたが、改めて確認できた。『今回』の綾時さんは、ファルロスさんの記憶を初めから持っている。そしてそれは言い方を変えると、自分が世界の終わりを招来する存在であることを、既に理解しているということだ。それを確認したら、どうしても二人に聞いてみたいことがあった。

 

 「あの……湊さん。綾時さんにも聞いていただきたいのですが」

 

 二人はこちらを振り向いてきた。こうして並べて見ると、よく似た二人だと思う。もちろん顔の造作は異なるが、そうした外面以外の何かで似ている。しかし二人を比較するのは、今ここでするべき事柄ではない。

 

 「ニュクスの来訪を回避することは……できないのですか?」

 

 本当は聞くまでもないことだ。こうして綾時さんが現れてしまった以上、滅びの訪れは既に確約となっている。それは『前回』から聞いていることだし、『今回』は始まった時から分かっている。

 

 「無理だろうな」

 

 「残念だけどね」

 

 言わずもがなの問いかけに、彼は目を伏せて首を横に振った。一方で綾時さんは目を伏せず、顔は私に向けたままだ。しかし二人とも残念そうに言う。分かっていても敢えて口にしたくはないだろう答えを言わせたことに、私は少しだけ後悔した。しかし聞かずにはいられなかった。だからもう一つ、既に答えを知っている問いを重ねてみた。

 

 「前は……貴方はどうやってニュクスを倒したのですか?」

 

 「分からない。覚えてないんだ」

 

 「僕にも分からない」

 

 彼は目を伏せたまま、再び首を横に振った。これも私は既に聞いている。彼は『前回』の1月31日、ニュクスに何をしたのか覚えていない。そして綾時さんも知らない。この一年で最大の転機の一つである綾時さんの出現を迎えても、一番肝心なことは二人とも知らないし思い出せていない。そして私も知らないままだ。事実を見つめるか見つめないか以前の問題で、私は事実をそもそも知ってさえいない。

 

 「なぜなのでしょう。どうして……こんなことになってしまったのでしょう」

 

 「僕が生まれて来てしまったから……また宣告者になってしまったからさ。ごめんね……」

 

 綾時さんは胸に手を当てて、少しだけ俯いた。すると今度は彼が顔を上げた。

 

 「お前のせいじゃないさ」

 

 彼の声には迷いがない。綾時さんを気遣って言っているのか、それとも本当に綾時さんのせいではないと思っているのか。私には判断が付かなかった。しかしもし後者だとしたら――

 

 「湊さん……あの、先日のタルタロスでのことですが……」

 

 聞き始めながら言い淀んでしまった。重要な問題ではあるが、面と向かって聞くのは怖い。そして答えを受け取るのはより怖い。しかしニュクスの来訪それ自体以上に、聞かずにはおけない問題だ。時間を戻したことの本当の理由ではなくても、戻す決断をしたきっかけではあるのだから。

 

 「滅びを呼んだのは貴方であると……そう仰ってましたが……」

 

 『前回』の1月31日と『今回』の11月4日。彼は二度もそう言っていた。その意味は何であるのか、私はまだ理解していない。

 

 「……」

 

 恐怖を禁じ得ない問いに対して、彼は答えなかった。しかも再び目を伏せて、私から視線を逸らしてしまった。

 

 「あれ、君ってばそんなふうに思ってたの?」

 

 言葉だけでなく態度でも答えてくれない彼に代わって、綾時さんが口を開いた。生まれて来たことを謝っていた先ほどとはうって変わって、その口調は非常に軽いものだった。『前回』の屋久島のビーチで初めて私に話しかけてきた彼を連想させる、重さのまるでない浮き上がりそうな物言いだった。

 

 「ニュクスを呼ぶのは僕だよ。君じゃない」

 

 綾時さんは宣告者だ。だから綾時さんの言うことは間違っていない。言葉そのものの正しさは、口調や態度とは無関係だ。しかし――

 

 「お前のしたことは、僕のしたことさ」

 

 彼は私ではなく、綾時さんに向けて答えた。その口調はとても優しいもので、上げられた視線はそれ以上に優しいものだった。まるで悪戯をした子供や孫を笑って抱き締めるように、身内の過失を庇うように彼は優しい。ただし言葉はどうしようもなく少ない。

 

 「そろそろ授業が始まるな。戻ろう」

 

 そう言って彼は踵を返した。私と綾時さんの返答を待つことなく、階段へ向けて真っ直ぐ歩き出した。この世の終わりはなぜ訪れるのか、その責任は誰にあるのか。議論を打ち切るように彼は背を向けた。その後姿は、少ない言葉よりも更に少ないことしか語ってくれない。

 

 「……」

 

 彼の姿がなくなった屋上に、私はしばらく残った。時間を戻す契機となった言葉の意味は、実はとても単純なことであったような気がしてくる。そんな拍子抜けした感覚の中で、私と同じく屋上に残っていた綾時さんが口を開いた。

 

 「全く……確かに僕と彼は他人じゃないけど、同一人物ってわけじゃないんだから。僕の業を全部背負う必要なんかないのにねえ。アイギス、やっぱり君が頼りだね」

 

 「私が?」

 

 振り返ると、綾時さんの笑顔がそこにあった。彼と似ているような、違うような。でもやはり似ている笑顔だった。

 

 「君、凄く変わったね。教室で見た時、驚いたよ。何があったの?」

 

 (ああ……そういうことでしたか)

 

 ホームルームで私を凝視したことだ。クラスメイトたちに少々誤解を与えたあの出来事の意味は、こういうことだったようだ。確かに綾時さんなら、一目見て私の異変に気付いても不思議はない。『前回』は私が一目見て綾時さんの正体に無意識的に気付いたように。

 

 「彼と……同じ力に目覚めました」

 

 私はワイルドの能力に目覚めた。このことは6日の夜に皆さんに話したし、彼にはそれより先に話してあった。だが正確には私は目覚めたのではなく、思い出したのだ。

 

 そして能力と共に思い出した3月31日のことは、私は皆さんにはもちろん彼にも伝えていない。隠すべきではないと思っているが、果たして何と説明すれば良いのか。記憶が戻って以来、ずっと悩んでいた。『鍵』の使い道を巡って皆さんが仲間割れしたことなどを伝えては、皆さんの絆に亀裂を入れてしまいそうだし。

 

 (いえ……話すのは彼だけでも良いはず……)

 

 時の狭間――

 

 塔であるタルタロスの反作用として生まれた、時間を戻す機能を持つ穴。荒唐無稽だし存在を証明するのも難しいが、私から話せば彼は必ず信じてくれるだろう。仲間割れの話を聞けば彼は悲しむだろうが、それで彼が皆さんに対する態度を変えるとは思えない。だから彼にだけは話しても良いはずだし話すべきなのだが、私は未だ話していない。話せばなぜ私は時間を戻したのか、その説明が必要になるから。

 

 (私は……)

 

 『今回』の9月10日に彼の部屋で話したことを思い出す。彼はチドリさんを死なせてしまったことを激しく後悔していて、そのせいで『三回目』を呼び起こしてしまうのではと酷く悩んでいた。つまり彼はこの二度目の日々を辛く思っている。当たり前だ。命と引き換えに行ったことを、なかったことにされてしまったのだから。しかもどうすれば生き延びられるのか、その方法も見つかっていない。私が身代わりになろうにも、『前回』彼が何をしたのか彼自身が覚えていないのでは非常に難しい。

 

 時の狭間では真田さんと順平さんが正しかったのだと、今になって思えてくる。もっと彼の身になって考えるべきだった。戻ったところで何をしようがあるのか、もっと考えて行動すべきだった。それなのに、私は何も持たないまま時間を戻してしまった。それを伝えては、彼はきっと――

 

 「ふーん。でも何か、それだけじゃない気がするけど……まあいいや」

 

 どこか納得しきらない様子を残しながら、綾時さんは歩き出した。まるで私が隠していることに、実は気付いているのに敢えて聞かないように。私は彼にしたのと同様に、綾時さんの後姿も見送った。

 

 (綾時さんに相談すべきでしょうか? いえ、しかし……)

 

 私の悩みは尽きなかった。時の狭間でずっとそうだったように、私はいくつもの疑問に囚われながら、解答は何も得られなかった。

 

 

 

 

 夜の時間、湊は自室で机に肘を付きながら考え込んでいた。十二のシャドウを倒し終え、綾時が現れた。幾月は一人で死んで、『前回』は死なせてしまった桐条武治は生き延びた。タカヤとジンとは決裂したが、そのこと自体は9月から覚悟していた。だからある程度は計画通りと言える。従って1月31日までの重要な問題は、今日までの間にほとんど乗り越えられたと言ってよい。残るは今後のタルタロス探索だ。

 

 (いや、実はそれが最大の問題だな)

 

 既に順平、真田、天田は新たなペルソナに目覚める機会を逸しているし、武治が健在な以上は美鶴も同じだ。この四人はそろそろ戦力として計算できなくなってくる。幸いゆかりは岳羽詠一朗の本物のビデオを渡されたようで、『前回』同様イシスに目覚めることができた。しかしやはり人手不足は否めない。

 

 (今月はまだしも、来月以降はマジで厳しくなってくるな……)

 

 そんな中で、嬉しい誤算が一つあった。アイギスのワイルド覚醒だ。もっともなぜそんなことになったのかは、今一つはっきりしない。だが問題は覚醒した原因ではなく、彼女の新たな力をどう活用するかだ。戦力が上昇したことには違いないし戦術の幅も広がったのだが、単純にワイルドが二人になったとは言い切れない状況にある。その為、戦略的にはより難しくなったとも言えるのだ。

 

 今後のタルタロス探索には、これまで以上に綿密な計画が必要になってくる。自分とアイギスはいつ何のペルソナを用意して、どのシャドウとどう戦うか。他のメンバーは荒垣、コロマル、ゆかりが中心になるが、彼らをどう活用するか。『前回』の記憶と照らし合わせながら、1月31日までの戦略を細かく考えた。普段は床に就く時間帯を超えて、影時間になってもそれは続いた。

 

 そうやって思考に没頭する中で、寮の警報が突然鳴り響いた。

 

 『お休み中のところ済みません! 急いで作戦室に集合してください!』

 

 (?……)

 

 風花のアナウンスを聞いて、湊は訝しんだ。『前回』のこの時期に緊急召集がかけられることはなかったし、何か事件が発生するとも思えなかった。だが召集がかかった以上は仕方がない。戦略の検討を中断して、作戦室に行ってみることにした。

 

 

 「何があったんだ?」

 

 全員が作戦室に集まると、風花はユノの中から説明を始めた。それによると、影時間に外を動いている人間の反応を発見したとのことだった。動く速度から判断して、適性のない人間が迷い込んでしまったのではない。しかも場所はこの寮からかなり近いのだと。

 

 「人間? まさかストレガか!?」

 

 緊張した様子で真田が問いかけるが、風花は首を横に振った。

 

 「いいえ。反応は彼らのものではありません」

 

 「すると、また新手のペルソナ使いか?」

 

 (まさか……)

 

 湊は思い付いた。影時間やペルソナの適性に目覚める条件が何であるのかは、はっきりしたことは分からない。だが新たに目覚める候補はいないこともない。例えばコミュニティの担い手たちだ。しかし今のこの時期を考えると、他の誰より有力な候補となる人物が一人いた。

 

 「あ、こちらへ向かっています!」

 

 「敵か味方か……取り敢えず一階に行こう」

 

 湊は現れたのが誰なのかの推測を進めながら、美鶴に従って作戦室を出た。そして皆と一緒に階段を下りるごとに、推測は正解だと肌で感じだした。

 

 

 「もう玄関の前にまで来ています……」

 

 ラウンジまで来ると、緊張した様子の風花が皆に告げた。だが湊は完全に確信できた。影時間の適性は十分以上にあり、なおかつ『前回』と異なる行動を取り得る人物。そんな『人間』は一人しかいない。そして論理的に考えなくても、ここまで近づけば感覚だけで分かる。当人の姿を目にしなくても、玄関の前にいるのは何者なのか分かってしまう。

 

 「どうするか……」

 

 突然の来訪者にどう応じるべきか、美鶴は悩んでいるようだ。腕組みをしながら、難しい顔で閉じられた扉を見つめている。他のメンバーも動かない。

 

 「取り敢えず、顔くらい見てやりますか」

 

 皆と違って悩む必要を感じていない湊は、無造作に扉に歩み寄った。そして何気なく鍵を開け、重い扉を軽い動作で押し開けた。

 

 「おい……!」

 

 「やあ、こんばんは」

 

 警戒心のまるでない湊の行動に、美鶴は焦ったような声を出した。その声に対して、来訪者の軽い声がかぶさってきた。普段の数倍も巨大な下弦の月が照らす緑の闇の中で、黄色いマフラーを巻いた少年が玄関先に立っていた。案の定だった。

 

 「んな!? 綾時!?」

 

 最初に順平が反応した。帽子を落とさんばかりに驚いている。

 

 「知り合いか?」

 

 「え、ええ……。今日うちのクラスに来た、転校生です……」

 

 真田の問いかけには、ゆかりが答えた。こちらも心底驚いたようで、目を丸くしている。

 

 「望月綾時と言います。初めまして……かな?」

 

 

 簡単な自己紹介を終えてから、綾時は取り敢えずソファーの並べられたラウンジの一画に通された。そして事情を話しだした。それによれば、夜の散歩をしていたら突然景色が変わり、更にしばらく歩いていたらこの寮から人の気配を感じたので玄関まで来た、とのことだった。何とも曖昧な、適当すぎる説明だった。

 

 「ねえ、それ貸してくれる?」

 

 説明が一段落するや、綾時は隣に座っていた湊の腰の辺りを指差した。影時間の緊急召集は戦闘になることもあるので、召喚器は皆が持って来ている。湊は腰に巻かれたホルスターからそれを抜き、黙って差し出した。話の内容を細かく追及される前に、核心に触れさせる為に。

 

 「ありがとう」

 

 綾時は拳銃の形をした召喚器を平然と受け取り、ソファーから立ち上がって銃口をこめかみに当てた。ペルソナ召喚の儀式は傍から見れば拳銃自殺だが、綾時の仕種には完全に迷いがない。『今回』の綾時は『前回』と違って、既に全てを知っているのだから当たり前だ。そしてまた、それを知らない他の仲間たちから見ても特に不自然ではない。召喚器の使い方を本能的に理解できるのは、ペルソナ使いならばよくあることだからだ。例えば『前回』の6月の満月では、風花は教えられることがなくても召喚器を正しく使えていた。

 

 「出ておいで……もう一人の僕」

 

 目を閉じた綾時の声色は恍惚として、夢見ているようだった。しかし周囲はそうは受け取らない。召喚器の使い方が分かるのはいいのだが、この場でそれをするのは問題がある。

 

 「おい! いきなり召喚するのは危険だぞ!」

 

 美鶴が焦ったように叫び、他のメンバーにも緊張が走った。しかし湊はソファーに座ったまま綾時を見上げるだけで、止めようともしない。綾時なら絶対に大丈夫だと確信があるからだ。暴走させる危険はまずないし、召喚器なしでも可能なくらいだろう。そんなことより問題は他にある。

 

 (タナトスだろうな)

 

 綾時のペルソナとなると、あれに違いない。『前回』大晦日に見た正体の姿は、まさしくタナトスだった。ただタナトスは自分も4月と8月に召喚している。どうして同じペルソナなのか、皆に聞かれた時の言い訳を湊は考えていた。しかし――

 

 召喚器に特有のガラスが割れる音に続いて、ばさりと翼がはためく音が発せられた。そしてカラスのそれに似た、黒い羽根が上からいくつも落ちてきた。

 

 「な……!?」

 

 綾時の頭上に現れたのは黒い『神』だった。だがタナトスではない。細身の剣ではなく大剣を持ち、棺桶の蓋ではなく翼を生やしている。獣の頭蓋骨ではなく冠を頭に乗せ、その下にある顔、否、仮面は綾時本人と似ている。だが表情はにやりと笑った形を作っており、凄まじいまでの悪意に満ちていた。そして死の国へと直接通じているかのような暗黒が、目と口に湛えられていた。

 

 闇夜の化身にして、本物の死神。ニュクス・アバターだ。

 

 「し、信じられません! こんなペルソナがいるなんて……!」

 

 風花は弾かれたように立ち上がり、口を手で覆っている。ユノを出すまでもなく、肉眼だけで分かったのだろう。そして風花以外の皆も驚愕に目を見張っている。ここに現れたこのペルソナは、特別課外活動部の全員が束になっても敵わない。力の次元が違う存在だと、一目で理解したようである。

 

 (な、何だ。これは……)

 

 そして湊は震えていた。綾時本人にはもちろん、自分で召喚したタナトスからも与えられたことのない感覚に襲われて、ソファーから立ち上がることもできなかった。足が竦んでしまったのだと気付くのに、かなりの時間が必要なくらいだった。

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