ペルソナ3 滅びの意志   作:三尺

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正義2(2009/11/12)

 刈り取る者が刈り取られて二日が過ぎた、木曜日の夜。湊は寮のキッチンで料理をしていた。ボウルに卵を四個と牛乳を入れて溶き、バターを落としたフライパンにそれを流し入れて、大きくかき混ぜる。すると数秒のうちに、半熟のオムレツが出現した。そして皿に盛られたチキンライスの上にかぶせた。あとはケチャップをかければ、オムライスの完成である。

 

 「できたぞ」

 

 「ありがとうございます」

 

 二人分のオムライスを持ってキッチンを出ると、ラウンジのテーブルで笑顔の天田が迎えてくれた。ちなみに他の寮生はこの場にいない。

 

 天田とは先月6日に正義のコミュニティを築き、その際にいつか料理を作ってやると約束していたが、今日はそれを果たしたわけだ。ちなみにメニューをオムライスにしたのは、先月18日のホームパーティーで天田は荒垣作のそれを喜んで食べていたからだ。もちろん親の仇の作ったものだから最初は気が進まない様子だったが、やがて皿ごと抱え込んで食べるようになっていた。その模様を観察していた湊は、元々天田の好物なのだろうと推測していたのである。

 

 「うまいか?」

 

 自分でも食べながら、向かいの席に座る少年に聞いてみた。天田は忙しそうにスプーンを動かす合間に、にっこり笑って答えた。

 

 「はい。凄くおいしいです」

 

 「それは良かった」

 

 先月に定食屋に連れ出した時の天田は無愛想だったが、今日は素直な顔を見せている。あれから一ヶ月以上が過ぎて、天田自身がここの生活に慣れてきたのだろう。天田は元より年齢に比べて大人びているところがあるが、普段周囲に築いている壁を乗り越えるのにあまり労力を必要としないようだ。つまり幼い頃から過酷な経験をしてきた割には、天田は性格がそれほど歪まずに済んでいる。

 

 それは幸いなことである。誰にとっても。

 

 「母さん……料理が上手だったんだ……」

 

 「ん?」

 

 食べ終わった後で、天田はぼそりと呟いた。話によると、母親が存命の頃は外食をする機会はほとんどなかったらしい。二年前の事故の後からはコンビニ弁当などを食べることが多くなったが、決して良いものではなかったとのことだ。

 

 「母さんに料理上手だねって……言わなかったな」

 

 「そうか」

 

 当たり前のように思っていたものが、失って初めてその価値が分かる。それは辛いことだ。だが価値が分かるなら、まだ良いとも言える。自分自身と比べてみると、天田は親に対する気持ちが真っ直ぐだと湊は感じた。

 

 「有里さんは、料理はお母さんに習ったんですか?」

 

 「いや、僕のは独学だ。母親の味は覚えていない」

 

 「え……?」

 

 言った途端、天田は表情を変えた。

 

 「両親は十年前に事故で死んだ」

 

 「あ……済みません。そんなに前だったんですか……」

 

 先月の定食屋の帰りに、湊は親がいないことを天田に話している。だが両親がいつ死んだのかは話していなかった。天田は母親を失ったのが二年前なので、湊も同じ頃に失ったのかと想像していたのかもしれない。だがいずれにせよ、天田は俯いて黙ってしまった。その様子を見て、湊は内心で肩を落とした。

 

 (やってしまったな……)

 

 コミュニティの活動として見ると、今の会話の流れは決して良くない。『愚者』の本来のやり方では、今日のオムライスは家庭の味だと言ってやるべきところだった。だがそう言っては嘘になるので、事実を言ってしまった。嘘は吐くまいと最近は心掛けているが、それは何とも不便なものである。ここは話題を逸らさねばなるまい。

 

 「コーヒーでも淹れようか?」

 

 「あ、はい」

 

 席を立ってキッチンに移動しながら、砂糖とミルクはどうするかと聞いてみた。するとブラックでいいとの返答が来た。『前回』から天田はそういうところがあった。

 

 「じゃあ僕はウィンナーコーヒーにしよう」

 

 ちょっとした悪戯心が湧いてきた。どんなコーヒーが好きかと『前回』天田に聞かれたことがあって、答えたのがそれだったのだ。その時の天田は、そんなのあり得ないだろうと笑い飛ばしていた。『前回』は誤解を解く機会がなかったが、後学の為に今日は実物を見せてやる気になった。

 

 

 「これが……ウィンナー?」

 

 テーブルに置かれた二つのコーヒーカップを見比べながら、天田は目を丸くしている。片方は何の変哲もないブラックだが、もう片方には白いホイップクリームが浮いている。コーヒー自体は濃い目に淹れてあるが、クリームの甘い香りの方が鼻孔をより強く刺激してくる。

 

 「ソーセージじゃないぞ」

 

 これはオーストリア発祥のコーヒーの飲み方だ。ウィンナーとはウィーン風という意味である。ちなみに食べるウィンナーも由来は同じで、ウィーン風のソーセージということである。

 

 「わ、分かってますよ!」

 

 「飲んでみるか?」

 

 強がる天田が少しおかしくなって、悪戯はやめにした。ウィンナーコーヒーのカップを天田に差し出し、湊はブラックの方を手に取った。天田はしばらく無言だったが、湊がカップに口を付けると天田もホイップクリームに口を付けた。

 

 「ブラックよりいいだろう?」

 

 「はい……」

 

 天田は感動の面持ちだ。背伸びをやめれば、やはり小学生である。食べ物や飲み物の嗜好に関して言えば、本当は年相応に甘いものが好きなのだろう。口の上を髭のように白くしているのも、相応の可愛げと言える。

 

 「大人はみんなブラックなんだと思ってました」

 

 「人それぞれさ」

 

 一口に大人と言っても、嗜好はそれぞれだ。大人でもブラックコーヒーが好きな人もいれば苦手な人もいる。そして人柄で言えば、嗜好以上にそれぞれだ。その証拠に、湊の知り合いの大人たちもバリエーションは非常に豊かだ。例えば鳥海、たなか、無達、更には桐条武治と幾月。これに江戸川なども含めれば、もう種々雑多である。年齢以外の共通点を彼らの中に見つけるのが難しいほどだ。

 

 「昔は……大人って信用できませんでした」

 

 「ん?」

 

 「知ってるかもしれませんけど、僕の母さんは交通事故で死んだことになってるんです」

 

 料理の話に続いて、今日二度目の身の上話を天田は語り出した。それによると、母親が死んだ直後に天田は交番で事故の目撃者として証言を求められ、そこで『事故』の真相を話したらしい。光る馬のような怪物、即ち荒垣のカストールが自宅を破壊して母親を殺したのだと。だがもちろん担当の警官には信じてもらえず、飲酒運転の車が突っ込んだと処理されたらしい。しかも壊れた車や死んだ運転手まで用意されていて、子供の言い分が通る余地など全くなかったそうだ。

 

 「大人はみんな嘘吐きだって……だったら僕が犯人を見つけてやるって……。その頃からなんです。時々影時間を体験するようになったのは」

 

 (おや、随分早かったんだな)

 

 天田はいつ影時間の適性を身に付けたのか、『前回』は聞いていなかった。だが完全にではなくとも、二年前から既に得ていたとは意外だった。しかし天田にとって適性の覚醒は、事故そのものと共に辛い記憶の一つであろう。それをここで話したのは単に正義のコミュニティの影響なのか、それとも意図せずとはいえ十年前の事故の件を聞いてしまったことに対する、天田なりの返答なのか。

 

 (多分後者だろうな。ゆかりの時と同じか)

 

 4月の病院で、ゆかりが両親の話をしてきたことを思い出した。あの時のゆかりは湊の家庭事情を少々聞いていて、自分だけ知っているのも不公平かと思って身の上を話してきたのだった。

 

 「お前はそんな昔から世間と戦ってたんだな」

 

 「いえ……有里さんはもっと前からですよね。僕より子供の頃から……」

 

 辛い記憶を語った天田は、表情も辛そうにしている。一人で残されて居場所のない痛みを知る人間に特有の、孤独感に満ちた伏し目がちな顔だ。その顔のままで、口だけは大人のような言葉を発した。ただしその内容は的外れだ。

 

 (それは違うんだが……)

 

 湊は両親について、ゆかりが知っている以上のことをほとんど知らない。十年前の事故そのものも覚えていないし、それ以前の出来事も思い出すことはほとんどない。父と母は既に顔さえ記憶の中から消えかかっている。もちろん顔くらい写真を見れば思い出すだろうし、親戚や知人に聞いて回れば人柄くらい調べられる。しかし湊はこの十年、そうした努力を全くしなかった。だから家族について語れる話など何も持っていない。

 

 つまり自分は月光館学園に転入してくる前は、いかなる相手とも戦ってなどいなかった。本来の性格である無気力症でもって、与えられた状況のままに流されていただけだ。同じような経験をしていても、自分と天田では性格の歪み方に大きな違いがある。その点において天田は自分よりずっと好人物だ、と湊は思う。

 

 (まあ、言わなくてもいいか)

 

 もし両親の人柄などを聞かれたら覚えてないとしか答えようがないが、聞かれていないなら話す必要はない。嘘は吐くまいと心掛けているが、言葉が足りないのは嘘とは違うから。

 

 「ところで、来週から修学旅行なんですよね」

 

 自分自身に言い訳をしている最中に、今度は天田が話題を転じてきた。残りが少なくなったコーヒーカップを両手で持ちながら、普段の大人びた仮面に孤独感を隠している。

 

 「ああ」

 

 来週の火曜日から三泊四日の修学旅行が始まる。ただし行くのは高等部の二年生と三年生なので、『前回』と同様に『今回』も天田は寮で留守番となる。ただ『前回』と異なる点として、留守番がもう一人いることがある。

 

 「荒垣先輩とケンカするなよ?」

 

 荒垣は特別課外活動部に復帰後も、復学はしていない。だから修学旅行にはもちろん行かない。たとえ復学していても、旅行など面倒くさがってサボるかもしれないが。いずれにせよ、この二人が二人きりでラウンジで顔を合わせたりすると、果たしてどうなることやら。本当に心配しているわけではないが、一応釘を刺しておくことにした。

 

 「しませんよ」

 

 「コロマルに見張りを頼んでおくからな。何かやらかしたら、二人まとめてぶっ飛ばしてやれって言っておくぞ」

 

 「だから何もしませんって。第一、僕はもう荒垣さんには敵わないです」

 

 もちろんこの二人が戦うことになったら、荒垣は決して抵抗しないだろう。だが本気で戦ったら、天田の言う通り荒垣が勝つ。二人の実力は加入した当初こそ天田の方が上だったが、既に荒垣が追い抜いている。天田のペルソナは生来のネメシスのままでカーラ・ネミに目覚めていない為、能力は頭打ちに陥っているからだ。ただし得意とする回復魔法は使い道が多いので、戦線から脱落は未だしていないが。

 

 月日が進むにつれて、仲間たちの実力は加入当初の状態よりも潜在能力がものを言ってくる。ちなみにコロマルの実力は荒垣に近いレベルにある。万が一旅行中に二人が決闘に及んでも、コロマルなら止めるくらいはできるだろう。

 

 「まあ……上には上がいるって言うみたいですけど」

 

 言いながら、天田は階段に目を向けた。すると丁度よいタイミングで、黄色いマフラーを巻いた圧倒的に上の存在がラウンジに下りてきた。

 

 「何かいい匂いさせてるねえ」

 

 綾時だ。『前回』は部外者でありながらしばしばこの寮を訪れていたが、『今回』はここに住んでいる。だから寮にいると、予期せぬところで顔を出してくることはあり得る。

 

 「飲むか?」

 

 「うん。でも食べ物もお願い」

 

 言うが早いか、綾時は天田の隣の席に座った。綾時はファルロスとして湊の体内にいた頃から、コミュニティの意味を理解していた。だから今はその活動をしていると分かっているはずなのだが、構わずに割り込んでくる。天田の相手は自分がするから、さっさと料理して来いと言わんばかりである。

 

 「全く……」

 

 一言だけの文句を言いつつも、湊は再び席を立ってキッチンに向かった。そんな万能型のリーダーと最強の新人である二人の間の空気を見つめて、天田は呟いた。

 

 「綾時さんって……子供ですよね」

 

 綾時は凄まじく強い。本人を除く特別課外活動部が束になっても敵わないほどの、桁外れの戦闘能力を誇っている。それは加入したその日から誰もが理解している。しかしそれに見合った敬意は与えられていない。なぜかと言うと――

 

 「天田に言われたら終わりだな」

 

 高校生が小学生に子供と言われたら、怒るか受け流すか、或いは強がって大人ぶるかである。しかし綾時はそのいずれもしない。

 

 「いいじゃん。子供だったら大人に食べさせてもらえるでしょ?」

 

 綾時自身が軽薄で無神経で、しかも子供扱いされてもまるで気にせず、かえってそれを逆手に取るくらいだから敬意を払われないのである。ちなみに特別課外活動部以外でも同様だ。綾時は実は頭も非常に良いのだが、クラスメイトから尊敬はされていない。人気者ではあるが。

 

 「アイギスさんが駄目出ししてましたけど……分かる気がします」

 

 

 なお、この翌日に特別課外活動部は再びタルタロスの探索を行った。逃げ惑うシャドウを綾時が狩り、荒垣やコロマルなどが取りこぼしを拾っては潰していく。前月までとはうって変わって、特別課外活動部は競うようにフロアを駆け抜けた。結果的に『前回』を超える猛烈なペースでもって、タルタロスの第五層を踏み越えていった。まさに向かうところ敵なしであった。

 

 しかしリーダーの湊はやはり綾時のペルソナを見ると体が震えてしまい、活躍はろくにできなかった。綾時本人を見てもそんな気はしないし、むしろ綾時に対する態度は甘いくらいなのだが、なぜかニュクス・アバターに対しては別だった。それは11月の間中、ずっと続いた。

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