ペルソナ3 滅びの意志   作:三尺

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征服者と黄道と騎兵(2009/12/23)

 ポートアイランドの駅前は人通りが多い。近頃は影人間が増えているが、それでもまともな人間の方が多数を占めている。大勢の人間が通りを行き交う、賑やかな場所である。特に映画館は人の出入りが多い。ましてこの日は天皇誕生日だ。祝日である為、家族連れやカップルが多かった。

 

 荒垣はそんな町の表の顔を、特に振り返ることなく通り抜けた。荒垣は大柄な体格に合わせて歩幅も大きく、歩くのは速い。その足が向けられた先は、町の裏の顔だった。そこは清潔感のある表通りと異なり、汚れが目立つ。あちこちに煙草の吸殻や吐き捨てたガムなどが落ちており、壁には落書きもある。夜はおろか昼間であっても、真っ当な人間は好んで近づきたくない場所である。

 

 だが荒垣は己を真っ当の範疇からは外れていると見なしている。だから全く躊躇することなく向かって行く。そして道順は体が覚えているので、何も考えなくても自然とその場所に辿り着く。ただし覚えてはいても、行くこと自体は久しぶりである。

 

 溜まり場は夕方以降の時間帯は不良がたむろするが、昼間は人がいないことが多い。だが意外にも、この日は二人の先客がいた。袋小路になっている隅の区画に立つ二人は、身長差がかなりある。互いを見上げて見下ろして、真面目ぶった視線を真っ直ぐ合わせながら話し込んでいる。

 

 「何してんだ、てめえら」

 

 荒垣が声をかけると、先客たちは振り返ってきた。ここの常連には見知った顔も多いが、この二人はそれよりずっと見慣れた顔である。

 

 「シンジか……」

 

 特別課外活動部で最も因縁のある二人、真田と天田だ。ちなみに荒垣と同様、この二人もここを訪れるのは久しぶりのことだった。

 

 「どうだ、少しは前って奴のことを思い出したか?」

 

 何をしているのだ、との質問の回答を受け取る前に、荒垣は質問を重ねた。荒垣はこの二人と待ち合わせしていたわけではなく、今日以前に寮などで特に話をしたわけでもない。だが元々相手の意図を読むことが得意であるだけに、二人がここで何をしているのかは顔を見てすぐに察しがついた。今月の2日と10日に話された、部のリーダーとサブリーダーの告白の件だ。即ち部の皆が、正確にはリーダーと荒垣を除く者たちが、未来から戻ってきたとの話について。

 

 告白からしばらくの間、部の雰囲気はかなり悪化していた。誰もタルタロスに行こうとしないくらいに。しかしちょうどよく期末試験が冷却期間として置かれた為、そろそろ皆が落ち着いて考え直すことができるようになってきたのである。要するに、頃合いだと荒垣は判断したわけだ。

 

 「いや、全然だ。ただな……一つだけ思い当たる節がある。先月から、同じ夢を頻繁に見るようになった」

 

 真田は学校などの公の場所では、感情的になることが少ない。ストイックを体現したような、まさにクールな男だ。校内でファンクラブができるほど女子に人気があるのは、容貌やボクシングの実績の他に、そういう性格によるところもある。しかしそれは真田が普段着用しているトレーニングマニアの仮面を、別の角度から見たものに過ぎない。真田と誰よりも付き合いの長い荒垣は、それを知っている。

 

 「てめえに夢占いの趣味があったとは知らなかったぜ」

 

 だからこういうセリフも出てくる。スターも昔馴染みの間では尊敬されない。

 

 「そんな趣味はない!」

 

 そしてスターも気取らない。世間向けの仮面以外の顔を見せ慣れている相手には、普段の冷静さが瞬間的に怒りの顔に取って代わる。しかしそんな二人の昔ながらのやり取りに気を遣わない人物も、ここにはいる。

 

 「先輩、話がずれてます」

 

 天田である。急激な怒りを露わにした真田とは対照的に、二人で話していた時と同じ真面目な顔を続けている。

 

 「あ、ああ……お前が死ぬ夢だ」

 

 小学生に窘められる格好になった真田は、気を取り直した。表情から怒りの色を消し、話の方向を元に戻した。

 

 「今、真田先輩とその話をしてたんです。僕も最近見るんです。荒垣さんが……ここで亡くなる夢を」

 

 事実として、二人ともそれを連想させる出来事は実際に経験している。しかしだからと言って、二人揃って同じ夢を見るなど普通はあり得ない。まして何度も繰り返し見るとなると尋常ではない。

 

 「下らねえ……」

 

 しかしそんな異常事態にも、荒垣は関心を示さない。片目を閉じた呆れ顔になる。

 

 「下らなくはない! そんな夢を見てたもんだから、前のお前は10月に死んだとアイギスが言った時は肝を潰した。まさかあいつは人の夢を覗けるのかと、一瞬怖くなったくらいだ」

 

 そう言う真田の表情は真剣だが、荒垣はまだ真剣にならない。普段から笑うことの少ない顔は笑顔の形を作らないが、口から出てくる言葉は笑っているも同然だった。

 

 「てめえの夢なんざ、どうせプロテインの海で泳ぐとかだろ。覗かれて恥ずかしいもんか?」

 

 「馬鹿にしてるのか!?」

 

 夢の中までプロテインに塗れていたら、それはマニアを通り越したトレーニング中毒の域だ。さすがの真田といえども、そんな夢は見ていない。

 

 「じゃあ何だ。桐条を組み敷いてる夢でも見てたか。そりゃ処刑だな」

 

 「見るか! そんなもの!」

 

 プロテインの海で泳ぐ夢は見ないが、女の夢はどうだろうか。ストイックなトレーニングマニアの仮面を外せば、真田は普通に健康な男である。だから実際にその類の夢を見ていても、何の不思議もない。だがこの場合は相手が相手だ。もし見ていたら、それは夢ではなく悪夢だ。しかも天田と荒垣には伝えていないが、真田は今年の7月と11月に悪夢を現実に経験している。だから断固として否定するしかない。

 

 「二人とも、やめてくださいよ。話が完全にずれてます。どこから美鶴さんが出てくるのか意味不明です」

 

 飽くまでふざける荒垣と本気で怒る真田を、再び天田が窘めた。高校生が二人揃って小学生に呆れられる構図をさすがに恥ずかしく思ったか、真田は怒りを抑え、表情からも再びそれを消した。

 

 「10月の満月の日にな……俺とアイギスでお前たちを止めに行っただろう。あれは有里が指示したことなんだ。あの時は的確な読みに感心したが、今にして思うと指示できたのは、知っていたからじゃないかとな……」

 

 自分たちは未来から戻ってきた――

 

 その話をそれ単独で聞いたのならば、真田は間違いなく信じなかった。それが当然の反応であるから。しかし自分の夢と現実の出来事を照らし合わせて考え始めた途端、頭から否定することはできなくなってしまったのである。

 

 ちなみに現在と少し似た状況を、真田は過去に経験したことがある。中学三年の終わり頃、怪物を倒す為に力を貸してくれと美鶴に頼まれた時のことだ。それも単独では荒唐無稽な話であったにも関わらず、真田は何を馬鹿なと一蹴することはなかった。それは力への意志の他に、影時間を既に体験済みであったという事実が影響していたからだ。

 

 不可思議な事態が現実に一つでも存在するならば、他の不可思議も現実かもしれない。そんな連想的な結び付けは、確かに真田の心中にあった。

 

 「つまり、あの話を信じるのか」

 

 「認めたくはない。過ぎたことをもう一度やり直すなんて、俺の柄じゃない」

 

 しかし否定しないことと信じることはまた別だ。ましてそれが自分の行動と関わってくるならば、なおさらだ。その上で、普段の自分のものの考え方と、事態の結果に折り合いをつけるとしたら――

 

 「僕もそう思います。もしあの話が本当なら、有里さんは命と引き換えにニュクスを倒したのに、僕らはそれを帳消しにしてしまったことになります。それが正しい……とは、ちょっと思えないです。それなのに、僕らは過去に戻って来た……。それは戻るだけの、よっぽどの理由があったからじゃないかと」

 

 「それが俺かよ」

 

 「ああ。お前のことだから、きっとやるべきことはやったんだろうと思う。もちろん有里もな。だが、もしも……もしも生き返らせられるのなら……。そうしなかった……とは言い切れん」

 

 理由にした当の人物の確認に対して、真田はやはり否定しなかった。歯切れは極端に悪いが、とにかく明確に否定はしなかった。

 

 親友の死に対して、そして親しい後輩の死に対して自分はどう思ったか。もし生き返らせることができるのなら、それを己に許すか。その問いに対して、真田は積極的に是と答えることはできない。親しい人の死ならば、十年前に既に経験しているから。妹の死は認めているのに親友や後輩の死は認めないのは、理不尽だと思えるのだ。だが明確に否と答えることもできなかった。手段があるのにそれを放棄するのも、やはり理不尽だと思えたから。

 

 実際にその選択肢を眼前に突き付けられてみないと、己はどう判断するか分からない。真田と天田の二人にとって、これはそれほど難しい問題だった。しかし難しくしているのは二人だけだった。

 

 「ふん……やっぱり下らねえじゃねえか。もっと簡単に考えろよ。てめえらは過去に戻りたくなかったが、アイギスに負けて戻らされたんだろ。わざわざ俺を言い訳にすんな」

 

 「人が一番認めたくないことを、ズバッと言いやがるな。お前は……」

 

 真田は嫌いな食べ物が満載された皿が目の前に置かれたような顔をした。過ぎたことをもう一度やり直すなど柄ではないから、積極的に認めたくはない。しかしもしかしたら、という気持ちは無きにしも非ずだ。しかし『鍵』なるものの使い道を巡って仲間割れしたとの話は、それより認めたくない。そして勝負に負けたとは、もっと認めたくない。

 

 もちろん本気で戦えば、真田はアイギスには敵わない。これが10月頃であればまた別だが、複数のペルソナを操る今のアイギスと戦って勝てる自信は、真田には全くなかった。しかしそれであっても、ここまではっきり言われると気分は良くない。

 

 「荒垣さんはどうなんですか。あの話を信じられるんですか」

 

 落ち込む真田を余所に、天田が逆に尋ねた。

 

 「俺はどっちでも構わねえ。ただな……10月のあの日、アイギスがいなけりゃ俺は死んでた。この借りは返さねえといけねえ。そんだけだ」

 

 色々と理屈をつけて悩む二人とは対照的に、荒垣は悩む様子を見せない。一言二言だけで表せるほどの、至極簡単な結論を口にする。まるで話を聞いた当初からそう考えていたように。

 

 「それを言ったら、僕だって一緒です。アイギスさんがいなかったら、僕は取り返しのつかないことをしていました……」

 

 天田は荒垣から視線を外して俯いた。あの日、アイギスがいなかったら自分は間違いなく荒垣を殺していたであろうと、天田は自分自身を分析している。しかしあれから二ヶ月以上が過ぎ、天田の心境は大きく変化していた。荒垣を許したつもりはないのだが、それとこれとは話が別である。恨むことと殺すことは、決して同じではない。

 

 荒垣本人と、そして湊を始めとする部の人々と接していれば、心境は嫌でも変化する。人は怪物が身近にいれば怪物になることもあるが、人間の住処に身を置けば人間に戻ることもある。

 

 「なら決まりだな」

 

 真田はにやりと笑った。様々な心情や道理が絡まり合った糸を、事実の明快さでもって切り捨てた。

 

 「この一年が何回目だろうと、そんなことは関係ない。俺たちはあいつらに借りがある……それで十分だ」

 

 湊とアイギスの話を初めて聞いてから、既に三週間が過ぎている。時間を随分とかけてしまったが、真田と天田は結論を出した。単純なものではあったが、それだけに悩みを切り捨てる効果がその結論にはあった。そして切り捨てた途端に、二人の心には悩みの代わりに立ち上がるものがあった。

 

 「む……?」

 

 「あ、あれ?」

 

 真田と天田の口から、調子の外れた声が漏れた。体の底か心の深層か、とにかく自分自身の奥深くから、強大な存在が湧き上がってきたのだ。それは丸められた背骨を叩き直して直立させ、頭の頂上まで光の速さで通り抜けた。

 

 「今度は何だ」

 

 傍からは脈絡の見えない不審さを見せる親友に、荒垣は軽い突っ込みを入れる。だが真田は荒垣にではなく、天田に向けて答えた。

 

 「……力だ」

 

 「はい……」

 

 驚きと共に、二人は己の力を自覚した。謎の夢から始まった葛藤を乗り越えた時、夢そのものが力に化身したように。しかもその力は名前を持っていた。真田の力は、世界を征服した古代の皇帝。そして天田の力は、インドに由来しローマにまで伝わった黄道の女神。その名がどこかから二人へと告げられた。

 

 「これなら行けるぞ! 俺たちはもっと強くなれる!」

 

 「はい!」

 

 荒れた場所にそぐわない溌剌とした笑顔で、真田と天田は頷き合った。この二人は10月以来、ペルソナの成長が頭打ちに陥っていたのである。そして当然のことながら、それは本人も嫌と言うほど自覚していた。

 

 もっとも11月は綾時がいた為、その他のメンバーの状態など関係ないくらい、タルタロスの探索は非常に楽なものだった。しかし二人にとっては、役に立てない己に忸怩たる思いを抱いていたのは紛れもない事実だった。そして綾時が去った今、特別課外活動部の戦力不足は明らかである。今月はそれとは別の理由によって探索を全く行っていないが、部の現状に対して二人は責任を確かに感じていたのだ。

 

 だが今になって、ペルソナに伸び代が急に出てきた。そうなった理由は本人たちにとっても不明瞭だが、それはこの際どうでもよかった。役立たずの足手まといから脱却できるのは嬉しいことだった。

 

 「……」

 

 そうやって単純に喜ぶ二人を見つめながら、荒垣は急な悩みに襲われた。

 

 そもそも自分は今日、何の為にここに来たのかと。特に意識して考えることなく、何気なく寮を出たら、足が勝手にこちらに向いたのだ。ここに来るのは身に付いた習慣となっているが、今日は果たして本当に意図せず来たのかと。あの日以来、ここを訪れることはなかったはずなのに、どうして今日に限って来たのか。もしかすると、自分はここで何かを確かめようとしたのではないか。自分の罪と、償いの形を確かめに。

 

 ストレガは自分が倒す。殺しの業は己が背負わねばならないことを確認する為に、来たのではなかろうか。それとも――

 

 「……」

 

 荒垣は胃の辺りに手を当てた。あの日、自分はここでその中身を吐き出した。あれは制御剤を使用していることを皆に知られる契機となった、決して喜ばしくはない出来事だ。もっとも復讐劇の場面の展開を促したので、結果的には幸運だったと言える。

 

 だがなぜあの時、自分は発作に襲われたのか。改めて考えてみると謎である。ただの幸運として片付けてよいものなのか。もっと違う意味があるとしたら、それは何か。そしてそれは、因縁の深い二人が力を得たことに影響を受けないか――

 

 「どうした?」

 

 「いや……何でもねえ」

 

 二人の代わりに背負ったような急な悩みを、荒垣はこの場では口にしなかった。

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