ペルソナ3 滅びの意志   作:三尺

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支える人(2010/1/1)

 数え切れない思い出が二重に詰まった2009年は終わり、2010年が訪れた。今日はその最初の日だ。多くの人にとって、元旦という日は特別な意味を持つ日であるらしい。『前回』屋久島で初めて起動した直後の頃は、特定の日に意味を与えるという風習を理解できなかった。しかし私はこの日を迎える直前に、『生きる』ことを決意した。それだから、『前回』は単なるデータ以上の意味をこの日に感じたものだった。

 

 何かが去り、何かが訪れた。どこか新しい場所に、自分が立っている。『前回』はそう感じたのだった。では『今回』はどうか。

 

 「おーい、起きてる!?」

 

 昇るのが遅い日の光が、ようやく部屋に差し込み始めた冬の朝。部屋のドアが外からノックされた。それと共に届けられた元気な声は、ゆかりさんのものだった。開けてみると、声色に合わせて表情も笑顔でいた。

 

 「おはよ! あ、違った。明けましておめでとう! ね、これからみんなで初詣行かない?」

 

 話によると、私も含めた女性陣全員の分の着物を、美鶴さんが用意してくれたとのことだった。そうして私たちは長鳴神社に初詣に行くことになった。行くこと自体も、普段より元気そうなゆかりさんが迎えに来たことも、『前回』と同じだった。

 

 

 寮で着物に着替えた私たちは、歩いて神社まで向かった。その途中で私たちと同じような服装の人を何人か見かけた。そして向かう道すがら、壁に貼られたポスターや地面の落書きも、少しだが見かけた。しかし目的の場所の目印になる大きな鳥居まで辿り着くと、ポスターの類は目につかなくなった。それに代わって大勢の一般の参拝客の姿があった。私たちのような友人同士と思われるグループ、恋人たち、そして家族連れが多くいた。

 

 道路に面した長い階段を上ると、人の数は更に増えた。本殿へ続く参道には出店がいくつか並んでおり、8月の夏祭りを思わせる賑わいだった。ただ今日は夏祭りと違って、賽銭箱へ向けて長い行列ができている。

 

 「男子たち、来ないのかな?」

 

 行列に並びながら、ゆかりさんが出口の方角を振り返って呟いた。一言発する度に、口から白い息が流れては消えて行く。私たちは普段着より薄手の服を着ているが、気温は低い。

 

 「いいえ、来ますよ」

 

 部の男性陣は来ていない。しかしいずれ来ることは、私には分かっている。『今回』は『前回』と同じ出来事が、同じ日に度々発生しているから。そして今日においても、これまでの経緯は『前回』とほとんど同じだ。だから私たちが参拝を終えた頃に、彼らはやって来るはずだ。そのはずなのだが――

 

 「前もそうだったからか?」

 

 美鶴さんの質問に私は驚いた。思わず振り返ると、美鶴さんは穏やかに微笑んでいた。

 

 「皆さん……思い出されたんですか?」

 

 「いや、何も思い出していない。だが敢えて問題視はしないことにした」

 

 元旦は何かが去って何かが訪れる日だ。即ち皆さんから葛藤が去り、決意を迎える日だ。『前回』はまさにそうだったし、『今回』もそれほど的外れではない。しかし失われた記憶が取り戻される日ではなかったようだ。

 

 

 行列で数分間待っているうちに、私たちの順番が回ってきた。皆さんと一緒に賽銭箱に小銭を入れ、鈴を鳴らし、そして両手を合わせた。神社では人はこのようにして、何かを願ったり誓ったりする。

 

 「……」

 

 この神社には『前回』もこの日以降に時々訪れていたし、三学期が始まった日には彼と一緒に来た。起動した直後の私は、神社というものの価値がよく分からなかった。しかし『前回』の今頃から、何となく分かるようになった。例えばコロマルさんは、飼い主の死を知りながらずっとこの場所にいたが、そのことなどから理解するようになったのだ。

 

 人を動かすものは、事実ではなく思い。亡くなった事実を知っていても、いたいという思いが行動させる。その思いを実現する為に、或いは確かめる為に、願いや祈りと呼ばれる行為を人はするのだと。それを理解すると共に、自分の行動原理が変わっていることを理解し始めたのだった。

 

 だが『今回』はそれに加えて、もう一つのことを思うようになった。神社で人は何かを願うが、それは一体何に対して願っているのかと。

 

 神社で祭られているのは、神と呼ばれる存在だ。それはある意味で私たちと馴染みが深い。私たちのペルソナは、世界の神話で語られる存在の名前を持っているから。しかしペルソナは神話の存在そのものであるかと言うと、それはまた別の話のはずだ。そもそもペルソナのオリジナル、と言って正しいのかも不明瞭だが、神話の神々は果たして現実に存在するのか。仮に存在するとしたら、それは人の願いを叶えてくれるものなのか、違うのか。もし存在しないとしたら、こうして元旦に願いをかけに来ることを、無意味にしてしまいはしないか。

 

 二学期の期末試験の直前辺りから、私は思想や宗教の勉強をするようになった。その為か、こうした事柄について私は考えるようになったのだ。

 

 「何をお願いしたの?」

 

 「今年も湊さんと一緒にいられるようにと」

 

 参拝を終えると、ゆかりさんが尋ねてきた。それに対して私は願いの内容だけを答え、何に対して願っているのかとの疑問は口にしなかった。

 

 「あー……まあ、貴女のお願いって言ったらそれしかないか。新年早々、お熱いわねえ……」

 

 「ゆかりさんは何をお願いしたのですか?」

 

 「貴女と同じよ」

 

 「え……?」

 

 ゆかりさんは至極あっさりと答えたが、私は驚いた。朝の早い時刻であるのに、驚かされるのはもう二度目だ。

 

 「きっとみんなそうよ」

 

 「ああ、私も同じだ。山岸もそうだろう?」

 

 「はい。今年も来年も……みんなが無事でいられるようにってお願いしました」

 

 彼女たちは『前回』のことを思い出していない。では未来から戻ってきた事実を、覚えていないながらも信じているのだろうか。だからこのようなことを願っているのだろうか。

 

 (どうでしょうか……?)

 

 皆さんは彼も含めた、全員の無事を願っている。しかしこれは未来がどうとの話とは関係なく、単に強敵との戦いが近い将来に予定されていると認識している、というだけのことではないだろうか。それでは『前回』と同じ――

 

 (いえ、前より良くないかもしれません。戦いの後まで考えれば……)

 

 「そういうこと。貴女とはちょっとニュアンスが違うと思うけど」

 

 「本当に違うのでしょうか。ゆかりさんは、湊さんに特別な気持ちはないのですか?」

 

 「は……? ないない!」

 

 時の狭間の闘技場で、私は同じ質問を風花さんにした。聞くまでもない、或いは聞いてはいけない問いであったのに。だから風花さんは答えに悩んでいた。しかしゆかりさんは手をひらひらと振りながら、屈託なく笑っている。

 

 私は言葉以外の何かで人の内心を察することも、少しはできる。鍵の使い道を巡って話し合った時には、皆さんが隠していたものをある程度読み取ることができた。しかし今のゆかりさんの笑顔の裏に、言葉以外の何かがあるようには見えなかった。

 

 「不思議ですね……前の貴女は湊さんの恋人でいらしたのに」

 

 「へ……ええ!?」

 

 「そ、そうなのか?」

 

 「ゆかりちゃん、いつの間に……」

 

 「そ、そんなわけない! 私は彼氏なんかいらないって、決めてるんだもん!」

 

 ゆかりさんの表情から笑みが消え、怒ったような顔になった。『今回』の私は弓道部に入るなどした為に、ゆかりさんとは『前回』よりも身近に接してきた。だから普段のゆかりさんが男性に対して取る態度も理解している。その点から考えても、今の言葉が嘘とは思えなかった。そこで私は尋ねる相手を変えてみた。

 

 「では、お二人はいかがですか。貴女たちも、彼とはとても親しかったはずなのですが」

 

 「な、何だと!?」

 

 「えええ!?」

 

 場所と時期に全くそぐわない、美鶴さんと風花さんの悲鳴が飛び交った。神聖な神社に突然の阿鼻叫喚が出現し、他の参拝客から大量の注目が集まるほどの大騒ぎになってしまった。そして――

 

 「ちょっと待った! それってどう言うこと!? 彼、四股してたの!?」

 

 (あ……まずいです。これが地雷を踏んだ、と呼ばれることなのですね)

 

 ゆかりさんの剣幕を見て、やってしまったことを私は悟った。正確に言うならば、『前回』彼と親しかった女性は私たち四人だけではないのだが、それはこの際関係ない。何人であっても良いことではない。一人でない限りは。

 

 私たちが未来から戻ってきたことを、事実でもそうでなくても構わないと皆さんは思っていたかもしれない。しかし今のゆかりさんの反応を見ると、まるでたった今事実として認識するようになったかのようだ。認識すること自体は良いのだが、そのきっかけが良くない。ゆかりさんの怒り方は、時の狭間で私を殺そうとした時の姿を連想させる域の本気度合いだ。ただしこの場合、殺す相手は私ではなく彼になる。

 

 「さて……どうなのでしょう。私はこの体ですから。男女の機微というものを完全に理解しているのかどうか、自信がありません。もしかすると、皆さんの関係を誤解していたのかもしれません」

 

 本意ではないが、機械であることを盾に取ってごまかすことにした。これは嘘を吐いているに等しいが、彼がゆかりさんに殺されては元も子もない。

 

 「……そういうことにしといて」

 

 ゆかりさんは言い捨てて、私から目を逸らした。しかし私は誤解していない。それは断言できる。

 

 

 やがて男性陣がやって来た。私たちと違って、皆さんは全員普段着だった。順平さんが先頭で、真田さんと天田さんがそれに続いている。『前回』はいなかった荒垣さんがコロマルさんのリードを引いていて、彼は最後尾にいた。

 

 「あ、明けましておめでとう……」

 

 ゆかりさんが最初に新年の挨拶を述べた。だが怒りがまだ収まっていないのか、その声は僅かに震えていた。表情にもまだ怖さが残っている。

 

 「ゆ、ゆかりッチ……」

 

 しかし順平さんは相手の怒りに気を留めていない。顔を赤くして、ゆかりさんをまじまじと見つめている。

 

 「な、何よ……」

 

 着物姿の私たちに、順平さんは感じるものがあったようだ。もしチドリさんがこの場にいればまた別だっただろうが、いない為か順平さんは『前回』と同じ反応を示している。よくよく観察してみれば、真田さんや天田さんも照れているような素振りをしているし、荒垣さんはニット帽を少し目深に下ろした。そして彼は――

 

 「明けましておめでとう」

 

 「おめでとうございます」

 

 最初に私に向けて新年の言葉を送ってきた。その表情はとても穏やかで、柔らかく微笑んでいる。幸せそうにしている、と言ってもよいかもしれない。そんな彼の姿を見ていると、先ほどから感じていた一つの不安が改めて湧き上がってきた。

 

 (私がいなくなったら……この人は生きていけるのでしょうか)

 

 彼が亡くなった卒業式以降、私は同じ夢を頻繁に見るようになった。遠くへ立ち去ろうとする彼を私は必死で追いかけるのだが、どうしても追いつくことができないのだ。そんな夜を何度か繰り返すうちに、やがて私は夢を見なくなった。そもそも眠りが必要ない体に戻ってしまった。今にして思うと、私はあの時『生きる』ことをやめたのだろう。

 

 「あの、寒くないんですか?」

 

 私は今日の参拝で、今年も彼と一緒にいられるようにと願った。しかしそれが叶えられる可能性は限りなく低い。存在するかどうかも分からない神に頼っても、どうにもならないだろう。

 

 「まあ、正直ちょい寒いけど。その方が気が引き締まるって言うか……」

 

 綾時さんを殺すことでニュクスが弱体化する可能性も考えたが、それも効果は乏しいと昨晩に告げられ、その方法も採用できなくなった。ならば彼を助けるには、私が身代わりになるしかない。契約者のカードに署名した時に決意したように。しかしそうなったら、彼は『前回』の私と同じようにならないだろうか。或いは私の時より酷いことになりはしないだろうか。時の狭間を自ら進んで呼び寄せて、反対する皆さんから鍵を力ずくで奪い取って、再び時間を戻してしまうようなことはないだろうか。

 

 「いえ、そうじゃなくて。はいてないって、順平さんが言ってたから」

 

 もし彼に誰か親密な女性がいれば、私がいなくなっても大丈夫かもしれないとも思った。しかし今日の様子を見る限り、ゆかりさんはその気がなさそうだ。時の狭間では、彼に会いたいとあんなに言っていたのに。そして風花さんと美鶴さんも同様だ。彼女たち三人は三人とも彼と親密だったのに、『今回』はそれがない。ついでに言うと、三人以外にも彼とそうした関係の女性は確か二人いたはずだが、『今回』は彼の周囲で見かけることさえ稀だ。『今回』新たに加わった人もいるが、その人は転校してしまった。どうしてこのようなことになってしまったのだろうか。

 

 「天田君にいい教育してるわねえ?」

 

 皆さんは先月に、立て続けに新たなペルソナに目覚めることができた。どうしてそうなったのか、私は詳しいことを聞いていない。だが単にニュクスに立ち向かう決意をしたからとは思えないのだ。そもそも『今回』の皆さんは、ニュクスに対してそれほど大きな恐怖を抱いていないのだから。それで目覚めることができたのは、『前回』を思い出したからではないのか。意識的にではなくとも、無意識的にでも。

 

 「ちょ、待って、待っ……アウチッ!」

 

 特に順平さんだ。『前回』順平さんがトリスメギストスに覚醒したのは、チドリさんにその命と共に、メーディアを与えられたからだった。『今回』はもちろんそれが起きていない。それにも関わらず覚醒できたのは、『今回』だけの決意の問題ではなく、心の底に封じられた『前回』の心の形が蘇ったからではないのか。そう思えるのだ。しかしそうであるならば、女性陣は彼に対する気持ちも蘇るべきだ。それなのに、彼女たちは彼にそういう気持ちを抱いていない。これでは誰に彼を任せればよいのだろう――

 

 (他には……ああ、あの人がいましたね)

 

 ベルベットルームの青い女性が念頭に浮かんだ。あの人は部の皆さんと違って、『前回』を完全に記憶しているはずだが――

 

 (でも、あの人は駄目ですよね。明らかに人間じゃありませんし、私と似た定めを負うとか言ってましたし)

 

 エリザベスさんが何者であるのか、それは今もって不明だ。夏祭りに彼と一緒に来ていたことから、彼女と彼は単にあの部屋の住人と客人である以上の、浅からぬ縁があるのかもしれない。しかしそれでも彼女に頼ることはできない。イゴールさんが言うように、彼女の宿命は機械の私と似たものであるのだろうから。

 

 私は彼の盾になる。しかしその結果、彼が『生きる』ことができなくなってしまったのでは、何の意味もなくなってしまう。だからゆかりさんたちに期待をかけたのだが、『今回』の彼女たちに彼を任せることはできそうにない――

 

 (あれ……私、矛盾してますね)

 

 ここまで考えたところで、私は自分の考え自体に疑問を持った。『前回』は彼女たちを妬み、『今回』は彼が誰とも親密になっていないことを喜び、そしてまた残念に思っている。私は彼を独占したいのか、したくないのか。全くもって不合理だ。ひょっとすると、思考系に故障があるのかもしれない。

 

 私はふと視線を巡らせ、彼の姿を探した。彼は天田さんや順平さんの会話には加わらず、神社に集まる人々を眺めていた。その視線の先には夫婦と思しき男女と、七、八歳くらいの小さな子供がいた。どこにでもいそうな普通の家族連れだ。それを見つめる彼の表情は、なぜかひどく懐かしげなものに見えた。

 

 

 「さて、新年早々なんだが、確認しておきたいことがある」

 

 初詣から寮に戻ると、私を含めた女性陣は着物から普段着に着替えた。そしてそれが済んだ頃、美鶴さんから作戦室に集合命令がかかった。

 

 「何度も言うようだが、私たちは君たちの話……この日々が二度目であることを信じたわけじゃない。明確な証拠がないからな。だが敢えて否定もしない。そこで聞いておきたい。これから31日までの間に何が起こるのか、特に君はニュクスにどう立ち向かうつもりなのか……聞かせてほしい」

 

 二度目であることを信じたわけではない。そう美鶴さんは言うものの、もはや半ば以上信じていると言ってよいだろう。つまり事実として受け止めるからと、未来の知識の共有を求められているわけだ。

 

 「済みませんが、ニュクスについて話せることは多くはないです。前はどうやって倒したのか、覚えてませんから」

 

 先月2日に私が真実を暴露した時と違って、彼の表情は普段通りの冷静なものだった。10日の会合の時のような投げ遣りさもない。以前のように部の絆の要として、堂々と振る舞っている。

 

 「ですけど分かっていることは話しましょう。例えば……こんなのはどうでしょう」

 

 彼は話し始めた。タルタロスは今日に第六層が開かれるはずで、頂上は先月2日に綾時さんが言っていた通り263階であること。ただし今月30日以前に到達できるのは、254階までであること。そして第六層に出現するシャドウの種類、残る番人シャドウの数などを語った。そして31日の影時間、ニュクスが舞い降りる直前にタルタロスの頂上で綾時さん、即ちニュクス・アバターと戦うことを。

 

 「もっとも今回の綾時が、どこまで本気で僕たちと戦うかは微妙ですが……」

 

 確かに微妙だ。『前回』の綾時さんは自分がニュクスと区別がなくなったと言って、まさしく死神として私たちの前に現れた。しかし『今回』もそうなるとは限らない。手加減してくれるかもしれないし、そもそも戦わないでくれる可能性もゼロではない。

 

 「それと、綾時の前にタカヤとジンの二人と戦うことになります。これは間違いないでしょう。ただ前回は一人ずつ出てきましたけど、今回は違うかもしれません」

 

 彼の予想を聞いて、それはあり得ると私も思った。『前回』のジンはタカヤを先に行かせる為に、258階で私たちを足止めしてきた。しかし既に最上階まで達している『今回』の彼らは、一人ずつ出てくる理由はない。

 

 「それから、今月は町でカルトが流行します。タカヤを教祖にしたニュクスを崇める団体をジンが作って、町が少々荒れ模様になるのですが……。あいつらの行動は前と変わってますから、ひょっとするとやらないかもしれません」

 

 「残念だが……君の話は特別有益ではないな」

 

 「そうですね。今回も確実に起きると言えることは、未来を知らなくても予想できそうなことばかりですね」

 

 いささかの不満が伺える美鶴さんの評価を、彼は肯定しながら受け入れた。確かに二人の言う通りだ。これが例えば私が加入した夏休み頃なら、未来の話は大いに有益だったはずだ。しかし残すところ一ヶ月となった今、特に真新しい情報は彼も持っていない。第六層に出現するシャドウに関しても、風花さんがいれば分析は可能だから、絶対的と言えるほどの有用性はない。

 

 「もっと何かねえのかよ。ニュクスのこと分かんねえって言うけどよ、何でもいいんだぜ。どんなツラしてんのかとか、どんだけのデカさなのかとかさ……」

 

 順平さんが口を挟んできた。彼はそれに対して、少し困った表情を見せてきた。

 

 「顔とか、大きさか。それは分かるが、何て説明したらいいのかな……」

 

 「重要な問題だ。話してくれないか」

 

 「ニュクスは月です」

 

 美鶴さんに促されて、彼は改めて話した。ニュクスの正体、と言うか実体を。だが皆さんは言われたことが理解できないように、呆気に取られた顔をした。

 

 「何だと?」

 

 「言った通りですよ。ニュクスの実体は月です。と言っても影時間に見える月なので、地球の衛星そのものなのかは分かりませんが」

 

 「そんなものとどうやって戦うのだ?」

 

 「それが分かればいいんですけどね……」

 

 困惑した美鶴さんの問いかけに対して、彼は肩を竦めた。昨晩に綾時さんから聞いた話によると、ユニバースと呼ばれる力が鍵になるらしい。だがどうも彼はそれを皆さんに話したくないようだ。鍵になると言っても、それで具体的に何をすればいいのか分からないのが、その理由なのだろうが。

 

 「はん、今からごちゃごちゃ考えてもしょうがねえってことだろう」

 

 作戦室の空気が行き詰まりかけたところで、荒垣さんが口を開いた。『前回』を通じていつもそうだったが、こういう時のこの人は明快だ。

 

 「ニュクスの前に、ストレガと望月と戦うってんだろ? なら、まずはそっからだ。奴らに勝てねえんじゃ、ニュクスも何もねえ」

 

 「そうだな……何だか分からん奴のことより、まずはあいつらか。刈り取る者を倒した望月に勝つつもりなら、時間を無駄にはできん。少しでも実戦をこなして、力を伸ばしておかないとな」

 

 「そ、そっすね。じゃあ早速、今晩からタルタル行っときますか!」

 

 真田さんが意気込んで答え、順平さんも便乗した。それで作戦室の空気は再び引き締まった。11月にずっと見てきた綾時さんの実力は凄まじい限りだったが、ニュクスと違って実態が分かっている。目標が明確な分、皆さんは取り敢えずそちらに集中する気になったようだ。

 

 本命の敵であるニュクスにどう立ち向かうのか、私は私なりに考えるところがある。だが私は彼とは別の理由により、この場でそれを話したくはなかった。だから荒垣さんの作り出した雰囲気に乗りつつ、少し話題を変えることにした。

 

 「あの、私からも少しお話しできることがあります。3月31日に起きたことで……」

 

 そうして私は時の狭間に関して、先月2日よりも少し具体的なことを話した。この寮には地下室があり、色々な物品が隠されているのだと。

 

 「地下か……分かった。調べてみよう」

 

 

 翌日、桐条グループから人員が派遣されてきて、寮の床下の調査が行われた。時の狭間は発見されなかったが、寮に地下室があることは確認された。

 

 そして幾月が残していた、時の狭間に関する手記も発見された。ただしそれには、時の狭間はタルタロスが消えれば同時に消える、と記されていた。私たちの話からは矛盾する内容である。ちなみに幾月が残していたものならば、以前から桐条グループが調査してきた物品が他にもある。だがその中には妄想としか思えない内容も多いらしい。従って、発見された手記の信憑性にも疑問が残ってしまった。

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