三学期が始まって二週目の火曜日。美鶴は早めに下校し、寮の自室で机に向かった。普段は生徒会やフェンシング部の活動などで学校に遅くまでいることが多いのだが、この日は早かった。
卒業までもう二ヶ月を切っている。学校のいずれの活動も、そろそろ下級生に任せなければならない時期だ。それに加えて、今週末にはセンター試験がある。もちろん試験は日頃の積み重ねがものを言うから、今さら本腰を入れて勉強する気はない。ただ本番前に少しだけおさらいをするつもりで、早い時間から机に向かったのだ。
(試験か……)
少し想像してみた。試験を受けて合格すれば大学生になる。春からはどのような生活を送ることになるのだろうかと。少なくとも、今よりはグループの仕事に関わることが多くなるだろう。学校に拘束される時間は減るはずだし、何より現在は心と体の大半を捧げている、シャドウに関する問題が解決するから――
(そうせねばな……)
今月末には全てが解決する。これは予測や願望ではなく、もはや一種の信念だ。十年前以来の、否、祖父の命令でシャドウの研究を始めた時から数えればもっと長期に渡る、全ての因縁の決着がもう間もなく付こうとしている。自分の目的も達し、部の皆も思いを遂げる。そう思うと、体の奥で何かが熱くなるのを止められない。
(むう……手が付かないな)
勉強をしようと思っているのだが、どうにも別の方面へ意識が行ってしまい、ペンがさっぱり進まない。元より今この時期に勉強をする意味は乏しい。試験の本番でもこうであっては困るが、今日の時点では仕方がないかもしれない。何と言っても、真の本番が近いのだ。昂ぶるものはどうしてもある。
(いっそ気晴らしに出かけるかな。そうだ……ゆかりや山岸を誘ってみるかな?)
実は以前から二人に頼んでみたい事柄があったのだ。しかし何だか気恥ずかしくて、言い出せないままに月日が過ぎてしまっていた。だがもし今日、二人とも既に寮に帰っているのなら、思い切って頼んでみようか。そんなことを思い始めたちょうどその時、部屋のドアをノックする音がした。誰何してみると、意外な人物だった。
「アイギスです。お話ししたいことが」
「鍵は開いている」
進まない勉強を切り上げて、来客を迎える為に椅子から立ち上がった。それと共に、部屋を少々見回してみた。この寮に住んで長いが、自室に人を招き入れたことは今までなかった。ここは寮の他の個室よりもずっと広く、置かれている家具も全く異なる種類のものだ。実用性を半ば度外視した、前世紀のヨーロッパ風の装いである。
これは自分の趣味ではなく、単に家の者に任せたらこうなってしまったに過ぎない。だが他人が見れば、果たしてどう思うだろうか。屋久島の別邸でも寮生たちは驚いていたし、きっと似たような反応を示すだろう。もしかすると、『人』ではない彼女にも驚かれるかもしれない。そんなふうに、内心で苦笑していたら――
(あ……!)
巡る視線がソファーセットに辿り着いた時、困ったものを発見した。ソファーの前のローテーブルに、一冊の雑誌が置かれている。あれは昨年から何度か読んでみたのだが、どうにも意味が分からずにいたのだ。日本語で書かれているはずなのに、そうでないように感じることもあった。だから雑誌で紹介されている物品を購入したりはしなかった。それでいながら、なぜか捨てずに部屋に置いたままにしていたものだった。
「ちょ、ちょっと待て!」
だが遅かった。止める寸前にアイギスはドアを開けて、部屋に入ってきてしまった。
「あの……お邪魔でしたか?」
「い、いや……問題ない」
アイギスには勉強机とセットの椅子を勧め、自分はソファーに座ることにした。それに合わせてローテーブルの上を片付けた。我ながら、あからさまに不審な動きだった。奇妙なまでに勘の鋭いゆかりや山岸であれば、絶対に何か気付かれるであろうほどに。
「湊さんについて、相談したいことがあるのです」
だが幸いにも、アイギスは自分の不審に気を留めなかった。椅子の上で背筋を伸ばし、こちらを真っ直ぐ見つめてくる。部屋の装いにも何も言わず、彼女はすぐに用件に入った。
「う、うむ。何だ?」
「美鶴さんは、彼に特別な気持ちはありますか?」
「……」
聞かれた途端、動揺は収まった。これはなかなかに難しい問いかけだ。彼女は初詣の際に、同じ質問をゆかりにしていた。
自分たちが未来から戻ってきたとの話が真実だとするならば、この質問はいささか不穏な意味を帯びてくる。前と今の部内の人間関係には、果たしてどれほどの違いがあるのか。だが自分は前のことを覚えていない以上、想像することさえ難しい。ならば差し当たっては、今現在の気持ちの方が重要だ。自分だけでなく、彼女と彼も。そう思えたので、即答は控えた。
「私のことより、君はどうなんだ?」
彼と彼女は、互いをどう思っているのか――
これは7月に彼女が加入して以来、自分を少なからず悩ませてきた問題だ。特に夏休みの終わりから二学期の初めごろは、かなり真剣に悩んできた。
「私は自分の心が、人間と同じなのかどうか自信が持てません。いえ……きっと違うでしょう。私はこの体ですから、心もやはり人間の女性とは異なると思います。ですから私の気持ちを人間の言葉で表しても、きっと正確ではないと思います」
「それはまるで……人間とは何かと聞いているかのようだな」
言いながら、ふと思い出した神話があった。朝は四本足、昼は二本足、夜は三本足、これは何かという謎かけがある。その答えは『人間』だ。なかなか気が利いているが、人間とは一つの謎かけで表すことができるほど単純な存在ではない。いかなる試験などよりも難しい問いだ。
「それで? 君は何を相談したいのだ?」
「心配なのです。私はニュクスとの戦いで……敢えてこう申し上げますが、死ぬ可能性が高いと考えています。私が死んだら、彼はどうなるのか……」
「……」
彼女は機械だから、生物としての死は存在しない。言わば『替えのきく命』だ。しかしことはそう単純ではない。たとえ全損したとしても、アイギスという仕様は残るから再現は一応可能であろう。だが自分たちと共に過ごした記憶や、それに伴う情緒まで再現できるとは思えない。機械の体は彼女と人間の間に大きな差異を生み出している。だがそれは全ての生命に約束されている、死を受け付けないほどの巨大な溝であるかと言うと、そう容易く言い切れはしない。
「初めから死ぬことを前提にしてはいけないぞ」
「ええ。しかし可能性がある以上、それに備える必要があると思います。私が死んだら誰が彼を支えてやれるのか、誰に彼を任せればよいのか……分からないのです」
「それを言ったら、彼が死ぬことにも備えなければならなくなるぞ」
「……」
「……」
彼女は沈黙し、自分も黙った。彼女に死がある、と言うことは可能だ。だが死は誰にでもある。人間は普段は死を意識しない。だが過酷極まるタルタロスを戦い抜いてきた特別課外活動部にとって、死は常に至近距離にあり続けた。彼にも、自分にも。
眼前の彼女や話題の彼に限らず、来るべき戦いにおいて死ぬ可能性は誰にでもある。むしろ一人の犠牲も出さずに、この戦いを乗り切ろうなどと考えること自体が傲慢、或いは滑稽とさえ言えるだろう。ならば実際に犠牲者が出た場合の備えは必要だ。ではどのようにして備えるべきか。その答えは、実は彼女の最初の問いかけに関わってくる。
「質問に答えよう。彼に特別な気持ちがあるか、だったな? 答えは……イエスだ」
答えた途端、彼女の青い瞳が大きく開かれた。その中にあるものは、言葉ではなかなか表現できない。自分は観察力にそれほどの自信を持っているわけではないが、それでも今の彼女には非常に深い奥行きが感じられた。
以前から思っていたことだが、やはり彼女は科学で作られたのではない。実態は分からないが、何かの魔法や魔術的な力が彼女の誕生には関わっている。そんな瞳の持ち主に余計な誤解をさせてはなるまいと、少し急いで言葉を繋いだ。
「だが君の彼に対する気持ちとは違う」
彼女は彼をどう思っているのか。それは自分にとって一つの謎だ。もし彼女の言動に突飛なところがもっと多ければ、或いは人間性が希薄であれば、話はまた別だった。動物の子供が産まれて初めて目にしたものを親と思い込むようなもので、人物認識の不具合だとでも見なすこともできたはずだ。
だが彼女はこの通り、人間以上に人間らしい。つまり彼女は彼女自身が機械であることも十分に認識し、その上で彼に執心している。その気持ちの正体は何であるのか、彼女自身も完全には理解していないのだろう。ならば自分に分かるはずがない。ついでに言うと、彼が彼女をどう思っているのかは、それ以上の謎だ。だがそれであっても、自分の彼に対する気持ちが彼女のそれと違うことは断言できる。なぜなら――
「私はただ……彼に頼っているんだ」
まだ誰にも話していなかったことを告白した。
「情けない話だがな……私は自分一人で立っていられるほど強い人間ではないのだ」
修学旅行の頃から自覚したことだが、自分は助けてくれる人がいないと立っていられない類の人間だ。夏休み前までは、幾月を頼っていた。そして幾月がいなくなってからは、その後釜として彼を求めていた。9月にゆかりと山岸を巻き込んで彼の校内での評判を調べたのも、要はその為だ。あの当時は父が彼の人柄を知りたがっているとか、自分自身に言い訳をしていたが、それは嘘だ。半ば無意識的にではあるが、私は確かに彼を頼ろうとしていた。
屋久島で父に言われた、人を信じてみろという言葉の意味が今になってよく分かる。あれは即ち、人の助けがいる自分自身を認めろということだったのだろう。そして認めてみると、それまで見えていなかったものも見えてくる。
「有里だけではない。ゆかりや山岸にも、私は頼っている。皆がいるから、私は立っていられるんだ。だがそれは決して悪いことではないと思っている。誰もが一人では生きてはいけないんだ。彼もまた、君に支えられて生きている。君だけではなく、伊織や明彦にも……荒垣や天田、コロマルにだって支えられているはずだ」
調和した二つは、完全なる一つに優る。これは桐条に伝わる家訓だが、立場や時代を超えた真理だ。彼こそがその証拠だ。彼は賢く勇敢で、一言で言って非凡な人間だ。だがそれでも一人で全てを解決できる超人ではない。彼は部の男子たちと親しく接しているが、それが彼にとってどれだけの支えとなったか。
「もちろん皆が生き延びることを望んでいるが、もし君を失ってしまっても、私たちが彼を支えてやれる。彼を失ったとしても、君には私たちがいる。私たちにも君がいる。それできっと、生きていける」
家訓の言う『調和』とは、何も男女の情愛に限定したものではない。家族の愛でも友情でもよい。それらの絆に本質的な差はないはずだ。自分は彼に恋愛感情を抱いてはいないが、だから自分が彼の支えになれないかと言うと、決してそんなことはない。
「生きていく為に……絆を結ぶのがよいことなのでしょうか」
「何を言っているんだ。そもそも絆とは、人が生きていく為に結ぶものではないか。動機が不純だと思っているのなら、余計な心配だ。動機など何でも構わない。私など、君たちと知り合ったきっかけは戦いに協力してもらう為なんだぞ。これ以上不純な動機が他にあるか?」
不純にかけては、自分は部の誰にも負けない。自慢するようなことではもちろんないが、今にして思うと苦笑せざるを得ない不純さだ。
「それにな……そもそも私が戦い始めたのも、父を守る為だったんだ」
何の為に戦っているのか――
これは10月にゆかりに聞かれたことがあり、その時はグループの贖罪の為だと答えた。だがそれは嘘なのだ。ゆかりはそれにも勘付いている節があるが、ここで改めて話す気になった。最初の最初から、父の為だった。子供の頃にペルソナに目覚めた、その日からずっと。それを告白しようとしたのだが――
「ええ。タルタロスが発生して間もない頃、エントランスに武治さんと共に行かれて……。そこでSPの方がシャドウに変貌して……貴女は武治さんを守る為に、ペルソナに目覚めたのでしたね」
彼女に先に言われてしまった。しかも妙に具体的で、その上に正確だった。
「それは……未来の知識か?」
先月2日の彼女の話によれば、時の狭間なる空間では過去に通じる扉がいくつもあったらしい。そしてそれを開けた先で、自分たちがペルソナに目覚めた経緯を全員で見たとのことだった。
「あ、はい……」
「そうか」
思わず微笑が漏れた。自分がペルソナに覚醒した経緯は、極秘扱いではあるがグループの記録に残っている。元々グループの手で生み出された彼女は、そうした情報を記録として与えられていたとしても不思議はない。だがそこは敢えて問題視しないことにした。
どのようにして知ったにせよ、彼女は自分のことを分かってくれている。そのことが、何かとても嬉しいことのように思えた。それと共に、ふと思い付くものがあった。
「そうだ、実はゆかりや山岸に頼みたいことがあったのだが……君も一緒にどうだ?」
「お二人なら、そこにいらっしゃいますが」
言うが早いか、彼女は椅子から立ち上がってドアへ向かって行った。そして前置きもなく扉を開けた。少々の勢いをつけて。
「わっ!」
「はは……バレてたのね」
そこには件の二人がいた。山岸は驚いたふうで、ゆかりは笑っている。
「立ち聞きしていたのか……?」
「へへ、済みません。ところで、頼みって何です?」
ゆかりは悪びれもせず、かえってその笑みを深めた。先月に部屋を訪ねて相談した時のような、悪戯を企んでいる感じの笑顔だ。普段は人からそのように接してこられることがない為、何だか調子が狂う。それは言い方を変えると、自分はゆかりには逆らえない、ということになる。
「あ、ああ……実は……」
二人の盗み聞きを咎めることはできなかった。そして意を決して、ではなく些かの諦めを込めて話してみた。すると二人は一瞬驚いたような、拍子抜けしたような顔になった。そして笑われた。
「ははは!」
「わ、笑うな!」
「ふふ、ごめんなさい。オッケーですよ。まだ時間早いし、今からポロニアンモールにみんなで行きましょう! 先輩のとアイギスの、モテカワな服を選んであげますね!」
「モテ皮……?」
「モテ、とはどんな動物でしょうか。私のデータにはありません」
「皮じゃねーよ……」
一方その頃、湊は順平と真田と一緒にはがくれに来ていた。屋久島のナンパ勝負の賭け代として、真田の奢りである。順平は夏休み中から何度も催促していたのだが、年の明けた今になってようやくである。実に半年がかりの回収だった。ただし来ているのは男三人のみである。順平によると、ゆかりとアイギスにも声をかけたのだが、彼女たちは何やら忙しいらしく、断られたとのことだった。
注文をして待つ間、湊は店の隅からさりげなく雑誌を手に取った。パラパラとめくって流し読みしてみたが、内容は『前回』見たものと変わっていた。社会不安やカルトに関する記事はあるものの、特別大きな扱いはされてない。無論、異形のカリスマと題されたタカヤの写真つきの特集もない。
(やっぱりあいつ、カルトを立ち上げてないな)
『前回』のこの頃、町は荒れ模様になっていた。その仕掛け人がストレガ、特にインターネットを通じたメディアの利用に長けたジンだった。だが『今回』は荒れ方が少なく、組織的な動きもない。昨年以来増加の一途を辿る影人間による、漠然とした社会不安によるものか、或いはニュクスの来訪を無意識的に感じているのか、何となく落ち着かなくなっている人は多い。だから事件の類は去年と比べて多くなっている。しかし『今回』の町の様子からは、ストレガの影は伺えない。
社会不安やカルトそのものは、何もシャドウやニュクスを持ち出すまでもなく、昔から世の中にあるものだ。それが今年に入って少々活発になることはあっても、大々的に煽り立てるような動きはない。少なくとも、『前回』は町の至る所に描かれた、ニュクスの名を表すマークはどこにもない。
湊が一人でそんなことを考えている間に、大盛りの特製ラーメンが運ばれて来た。巌戸台随一の名店の呼び声高い、はがくれの看板メニューの濃厚な香りが三人の間に漂う。
「頂きます、先輩!」
「……食え」
順平は大仰に両手を合わせ、満面の笑顔を浮かべた。そして大きな音を立てて、勢いよく啜り始めた。真田はまだ納得がいかない様子を見せているが、やがて諦めたように食べ始めた。湊も雑誌を棚に戻し、箸を手に取った。
「これが人生最後のラーメンになるかもとか思うと、しみじみ来ないっすか?」
「来るか。これから何度でも食うさ」
「はい! また真田さんの奢りっすね!」
「何でそうなる!」
二人は騒ぎ出したが湊はそれに加わらず、黙々とラーメンを啜った。しかし口を動かしながらも、頭では考え事を続けた。
(あいつは今、何をしている?)
タカヤである。『前回』の美鶴の評によれば、カリスマとは程遠いと切り捨てられていた。それはあながち間違いではないと、湊も思っている。タカヤ自身、己の思想を真の意味では信じていない点において。
しかし『今回』のタカヤはカルトの教祖になっていない。世間を巻き込んだアジテーションに興味を持たなくなったか、或いはする余裕がないのか。再会を約束した終末の日に備えて、タルタロスに籠って鍛練に勤しんでいるのかもしれない。そうだとすると、ストレガとの決戦は『前回』よりずっと苦労することは間違いないだろう。だが悪いことばかりでもない。
(戦うことで進むコミュか。前はそういうのはなかったが、多分いけるだろう)
タカヤは人々の賛同を集めること、即ち自分の思想の裏付けを得ることよりも、湊との約束を優先している。それはつまり、運命のコミュニティはまだ望みがあるということだ。これが他の人間ならば無理だろうが、タカヤなら可能だろう。そう思うと、もう一つの懸念材料が頭をよぎる。
(コミュか……)
ニュクスに対抗する鍵であるユニバースを得るには、多くの絆を集めておかなければならない。先週に正義が極まって以降、コミュニティの活動にはあまり気を払って来なかった。だがもう少しやってみるべきかもしれない。運命の他にも、女教皇、女帝、恋愛がまだ残っている。
(でもなあ……難しいよな)
『今回』の部の女性陣三人のコミュニティは、なぜか同時進行したりと不可解なことが多くて展開が読めない。どうすれば彼女たちと特別な関係にならずにいられるかも、相変わらず分からないままだ。そもそもの話、終末の日まで残された時間は少ない。果てさて、どうしたものやら――
そうやって頭を悩ませながら丼を傾けて口をつけ、中身を喉に流し込んだ。その最中に、唐突に時間が停止した。魚介系のスープの味が口の中に広がったその状態のまま、頭と体の両方が強制的に停止させられた。悩みの種ごと止まった頭に、全く脈絡のない声が響いた。
『我は汝、汝は我……。汝、遂に真実の絆を得たり。ここに女教皇、女帝、恋愛の力はその最奥を開かれたり……』
(へ……?)
声を聞き終えた後で、思わず瞬きを何度かしてしまった。不可解ここに極まれりだ。どうしてここにいない人のコミュニティが、勝手に進むのだろうか。件の三人が自分のあずかり知らないところで、何か噂話でもしているのだろうか。だとすると一体何を噂されているのか。少々気になるところではあるが――
(まあ……どうでもいいか)
両手で持った丼を更に傾けて、スープと一緒に疑問を飲み込んだ。理屈はどうあれ、進んだのは結構なことだ。むしろ楽ができた分、歓迎すべきだ。メリットがある限り、不可解は考察に値しない。先のことは考えすぎても仕方ないが、過ぎてしまったことはより仕方がない。そんなことより、今現在の問題に向き合うべきであろう。
「特製をおかわり!」
空になった丼をテーブルに置いて、追加の注文をした。考え事をしながらであった為、せっかくの名品をしっかり味わうことなく、いつの間にか食べ終わってしまった。順平が言うようにこれが最後のラーメンになるかどうかはともかく、このまま帰るには惜しい。
「俺も! はがくれ丼も追加!」
「残すなよ……」
遠慮のない後輩たちを、真田は呆れと諦めでもって受け入れた。孤児院育ちの真田は金銭的にそれほどの余裕はないのだが、事がここまで来ている以上、負け際は悪くない。
「真田さんはいいんすか?」
「ええい! 俺も追加だ!」
そして自棄気味に自分の分も注文し、はがくれは大食い勝負の様相を呈するまでになった。結果的に、真田は『前回』以上の額を奢らされる羽目になった。そんな哀れな先輩を余所に、湊はひたすら食べることだけに集中した。頭を働かせることを放棄したまま。
『前回』の湊は11月5日に夢でベルベットルームに呼び出され、4月に署名した契約者のカードを改めて見た。もし『今回』も見ていれば、この日の事態の真相にも察しがついたであろう。しかし見ていない為、なぜコミュニティが勝手に進んだのかを理解できなかった。そして特に深く考えることもなかった。
以上、女教皇、女帝、恋愛コミュでした。
彼女たちと特別な関係にならずにコミュを極めるには、どうすれば良いのか? 答えは『途中でアイギスに代わってもらう』でした。本作のアイギスは11月に『契約』したことで、実はペルソナだけでなくコミュも主人公と共有していたのです。