視察ついでのダブルデートを経た2人の間に指輪の輝きが起こり、エイジャーとガラナはさらに絆を結ぶ。
護衛を任された4人はいよいよ商会本部がある街 ツケンサへと出航したが…
「いいぞ!相手に晒すのは常に半身だけを維持できている!」
ここは洋上、サノヴァ商会が所有する船の上。
4人は復興資材を調達・搬入するため、サノヴァ商会が所持する船を護衛することになり。
ガラナは今後の備えとして見張りの休憩時間を使い、エイジャーによる戦闘訓練を受けていた。
「槍はリーチを犠牲に取り回しが悪く、突きは破壊力の代わりに回避されやすい!相手の動きのクセを掴むことでデメリットを踏み倒すんだ。行くぞ…『千鳥足』!」
エイジャーは不規則なステップを踏みながら前後左右へ小刻みに動き回る。片足と両足の着地を複雑に入れ替え、視覚と聴覚を狂わせる回避用の技である。
ガラナは槍…に見立てた長棒をふらふらと迷わせながらも必死に狙いを定めようと目で追うが、突きのタイミングはなかなか掴めずにいた。
「相手を目で追わずに全体の流れを見ろ!意思ある者の動きには必ずパターンが生まれる!」
「…!そこだっ!…うわっ!?」
突きが放たれるコンマ数秒前、エイジャーは踵を軸に回避した後に長棒の下へ潜り込んで弾き飛ばすと、武器を失ったガラナの胸へ剣に見立てた棒を振り、それを寸止めした。
「やはり焦ると脆いな、動きがぎこちない。でも確実に上達している…もう少し回避が遅れていたら俺も危なかった」
「そんな事言ってまだ手加減してるでしょ?…遠いなあ」
船が出発してから1日、彼らは休憩時間のほとんどを訓練にあてている。目標はエイジャーに一太刀浴びせることなのだが…方や全力、方やまだまだ余裕といった表情であった。
「動きは洗練されてきてるよ、保証する。…でも俺が教えることになるとは思わなかったよ」
「付き合わせてごめん。…あの後すごく大変だったんだ」
市場の視察から帰った夜…一族の縄張りに戻ったガラナはポリプの父、アルタムに呼び出されていた。
「ガラナよ…我が娘に贈り物をしたそうだな!あの戦いを経て戦士としても、男としても一皮剥けたのは長としてとても嬉しいぞ!」
「だ が !父親としては別だ!我との決闘で強さを証明し、娘に相応しい戦士となるまでは認めてやらん!」
かくして立派な戦士となるべく、知る限りで最も頼りになる男─エイジャーに師事することになったのである。
ガラナの見立ては正しかった。さすが武闘派の小隊長と言うべきかその指導は具体的、多彩な技術を持つエイジャーは練習相手として申し分ない。
彼曰く、すでに冷静であれば弱い魔族くらいは倒せるレベルらしいのだが…族長を倒せるほどの強さには程遠かった。
「2人ともお疲れ様!そろそろ交代ですよ」
「エイジャー!私もあれやりたい!」
と、見張り当番から降りてきたポリプたちが2人に声をかけてくる。ルルは千鳥足の真似をするも船の揺れに足元がもつれ、エイジャーに抱き止められた。
「むぅ…難しいね、これ」
「…まずは身体作りからだね。時間ができたら教えるよ」
─────────
「エイジャーが使う技ってさ、騎士団のじゃないんでしょ?」
ルルたちと見張りを交代し、マストの上部から右舷を監視しているガラナが唐突に口を開いた。
「幼少期に師匠から叩き込まれた型だ。騎士団の動きもあるんだけど…こっちの方が使いやすいかな」
ちなみにこれが中隊長に推薦されない理由の1つね、とエイジャーは人差し指を立てて笑ってみせた。本人は気にしていないようだが、一体いくつあるのだろうか…
ガラナはあまり深く突っ込まないことに決め、話の続きを促した。
「修行と称して大量の鉄クズを背負ってゴミ山を横断して、川まで洗いに行ったあと王都へ売りに行かされてた。…おかげであらゆる環境で戦える足腰が身についたよ」
僕もそれできるかな?というガラナの問いにエイジャーは苦笑を浮かべながら首を横に振った。できない、というよりは真似をすべきでないといった風に。
「集団に属するならそこの流派に従うべきだ。これは単独での対応力はあるけど、統一化された中で使うものじゃない…ん?」
エイジャーは左舷を指差した。ガラナは指が示す先に望遠鏡を向けると一隻の船が近付いてくるのが見える。決して大きくはないが武装した人間が詰めており…
「…海賊!?みんなを避難させよう!ガラナは扉の前で防衛!俺はできるだけ連中を引き付ける!2人で迎え撃つぞ!」
「わ、わかった!でも足手まといにならないかな…って何してんの!?」
「こっちの方が早い!ガラナは確実に降りてきてくれ!」
そう言いながらエイジャーは帆やロープを中継しつつ飛び降りていきデッキへ着地すると、次々と他の船員たちを船内へ押し込んでいく。
(じ、実行までが早い…)
「ポリプは船内でみんなの護衛!ルル、今度こそ約束を守る…だから俺の帰りを待っていてくれ」
エイジャーは納得しきれていない頷きで返す彼女の頭を撫でてやると、扉を閉めて上陸してきた海賊に向き直る。
相手の数は7人。鞭、素手、カトラスで銃はなし。爆弾の類は分からないが…所持しているなら乗り込む際に使うだろう。
(人間を相手にするのは久しぶりだ、剣じゃ殺してしまうかもしれない。そうだな…あれを使おう)
エイジャーは先ほどまで訓練に使っていた棒を右手に、防御用のナイフを左手の二刀流で迎え撃つことにした。
いくら無法者といえど相手は人間…殺しは最終手段として、可能な限り対話の余地を残したいというのが彼の信条である。
「なんだァ?お前1人でオレたちとやり合おうってか?しかも棒きれだとゥ…?舐めてんじゃねえぞ!殺れ!」
リーダーと思わしきすきっ歯の男が手下どもに号令をかけるとその中の1人、筋肉と脂肪に包まれた大男がエイジャーに襲いかかる。
「こんなモヤシはへし折ってやる!シャアァ!」
暴力への躊躇のなさはあるが動きに無駄が多く、正規の戦闘訓練を積んでいるわけではなさそうだった。
エイジャーは丸太のような腕から放たれる一振りをかわしながら足を引っ掛けると、大男はその場に倒れ込む。
「それだけガタイが良ければ頑丈だろ…少し寝ていてくれ」
右手の棒を側頭部へ振り抜くと、大男はビクンと痙攣した後、あっさり動かなくなってしまった…
あまりにもあっさりとした"処理"に残りの海賊たちはたじろぐが、すきっ歯の男は鞭を振るい手下どもの逃げを許さない。
「アイツはノロマだからやられたんだ!一斉にかかれば大したことねェよ!殺れ!!!」
「お、おう!!死ねやクソガキがあぁぁぁ!」
『千鳥足』!
エイジャーの不規則なステップに撹乱される5人の海賊たち。
ある者は胸を棒で突き、悶絶している隙に張り倒し。
ある者は棒で足を掬い転倒、そのまま顔を踏まれ。
ある者は防御にナイフを使わせることに成功したものの下からの攻撃までは意識が回らず、蹴飛ばした棒に吹き飛ばされた。
2人がかりで襲ってきた者たちの片方は掌底で鼻の骨を折られ、もう片方は裏拳の一撃で撃沈。
この間30秒足らず…海賊6人はあっけなく無力化されてしまったのだった。
「役立たずのゴミどもが…!ガキ!俺が直々に殺してやる!」
すきっ歯の男は鞭を投げ捨て、両手にカトラスを携えた。
2本ともよく手入れされており、刀身は新品のような光沢を放っている。
こいつを棒きれで対処するのは難しいかもしれない…エイジャーは攻撃をスライディング回避しつつ倒れている海賊からカトラスを奪い、男と同じく二刀流に持ち替えた。
「武器に拘る奴は特段の警戒をしろ…師匠の教えだ。さすがに手加減はできない、死ぬ覚悟をしておいてくれ」
「…ハッ!甘ったれのガキがそれなりのツラになりやがったな!死ぬのはてめぇらだ!」
(すごい…あんな短い時間でボス以外を倒しちゃうなんて)
マストから急いで降りてきたガラナはその戦いぶりに見惚れていた。自分の出番は無さそうだな…そう思った矢先、船の側部から登ってくる1つの陰を見た。
「エイジャー!新手だ!海賊はもう1人いる!」
「手が離せそうにない!ガラナ!そいつの無力化を頼む!」
登ってきたのはぬらりと動く長身細身の不気味な男…奇しくも彼が持っていた得物もガラナと同じ槍であった。
やるしかない…ガラナは覚悟を決めて槍を構えると、エイジャーに習ったことを思い出して精神を集中させる。
「ヒョヒヒ…頼りない奴が出てきたなぁ…」
(僕の弱点は攻めの瞬間や焦りで隙だらけになること。まずは回避と観察に専念して、相手のパターンを見極める…)
ガラナは男の真っ直ぐ突かない立ち回りをいなしながら、体幹、足捌き、視線の動きを観察する。
途中、槍の切っ先が頬を掠めたがその集中力が失われることはなく、ひたすら観察に徹していた。
(奴の動きは確かに不規則…だけど僕と同じで突きの直前に動きがカタくなるんだ。それに…エイジャーに比べれば目で追える!)
「反撃してこないのかぁ?お前の心臓を突いて、焼き魚にしてやるよ…ッ!」
海賊の体が一瞬硬直したのを見逃さず突きを合わせる。軌道のクセを読んでいたガラナは間一髪避けることに成功し、海賊の脇腹を刃が掠めた。
うめき声とともに膝をつくがまだ十分抵抗する余裕がある!そう判断したガラナは槍を逆に持ち替え、柄で頭を殴りつけると海賊はうつ伏せに力なく倒れ、沈黙した。
「死んでないといいけど…エイジャー!勝ったよ!」
「よくやった!…お前の部下はみんなやられたぞ!諦めろ!」
「うがあああ!ゴミゴミゴミ!後で首を切り落として釣り餌にしてやるからなあああ!」
この海賊、口では激昂していても立ち回りで大きく精彩を欠かない…粗はあるものの的確に急所を狙ってくるし、蹴りや足払いも織り交ぜた実践的な戦い方を心得ている。
(伊達にその歳まで海賊をやってないな。これ以上時間をかけるのは危険…)
「うおおおおおおっ!」
エイジャーは雄叫びとともに横一文字に振り抜いた。それは彼らしくない"雑な"一撃である。
海賊もそれを見逃すはずもなくカトラスを振り下ろすと、エイジャーの手からはたき落とした。
「くっ…」
「焦ったなガキ!首はもらうぞ─」
エイジャーは思わず体勢を崩す。海賊は無防備になった首を目がけてカトラスを─振ることはなかった。
「─なにっ…」
海賊がとどめを確信した瞬間…海賊の顎に衝撃が走ったかと思えば体は宙を舞っていた。エイジャーは体勢を崩すように見せかけて、標的の顎を撃ち抜く強烈なサマーソルトキックを放ったのである。
脳が揺れる感覚とともに視界がかすみ、そして…床に仰向けに倒れ、意識を失った。
「…賊が相手とはいえこの勝ち方で良い気はしないな…皆の安全のためだ、許せ」
──────────
「2人とも大丈夫!?怪我はない?」
「僕は平気…エイジャーは?」
「俺も無傷だ。…だからちょっと離れて、みんなが見てる…」
ぴったりと密着したルルは満足気に頭を擦り付けてくる。皆に見られている場所でやられるのはさすがに恥ずかしいのか、エイジャーは頬を赤らめ困ってしまっていた。
「…ところでグルーノイさん、彼らの処遇は?」
「そうですねぇ…このまま海に落とせば確実に"処理"できますが…ツケンサの保安部に突き出して小銭をいただきますか」
王政に友好的ではないツケンサには憲兵隊がいない。その代わりに独自の治安維持勢力を持っており、経済を妨害する賊には懸賞金がかけられている。
2人によって倒された海賊たちは全身を縄で縛られ、1列に並べられていた。少々やりすぎたのでまだ目を覚まさないが…呼吸は安定しているのでじきに回復するだろう。
「それにしてもお2人の戦いは見事でした。殺すよりも難しい生け捕りにするとは…あなた方を雇って正解でしたね。ククッ…」
素晴らしい働きに上機嫌なグルーノイをよそに、気絶している海賊を見ているエイジャーの顔は神妙であった。
災害や混乱には無法者の活発化がつきものだ。王都の壊滅から10日以上、そろそろ噂も各地に広まっている頃だろう。
(外に出ていた騎士団のみんな…特にベルコさんは無事だろうか)
ベルコとはエイジャーが所属する討伐隊の最高責任者グレナルド・ベルコのことである。
あの日は王都に賛同している地域への外遊に出ており、彼の率いていた大隊も含めて壊滅を逃れているはずだが…現状では連絡がつかず、生死は不明。
憲兵隊の長であるブラヒム・リッチはあの日王都にいたはずなので…生存の可能性がある騎士団の中で、最も優れた人物はグレナルドになるだろう。
(あの人がいれば少なくとも王都と親交の深い地域は安心できる。生きているといいが…)
「…エイジャー?大丈夫?もしかして本当は怪我を…」
顔を覗き込んできたのはガラナ。その手には2本の棒が握られていた。
「…いや、大丈夫だよ。それよりもその棒は…」
「うん。さっきの実践で何か掴めた気がするんだ。…まだ余裕があったらお願いしてもいいかな」
「もちろん!次はもっと実践的な動きで行くから本気で来い!」
平穏が戻った船上で、商会の人々に見守られながら2人の試合は白熱していく。次なる目的地 ツケンサまでもう少しだ。