扇ガザミを操る魔族 パラブブにより破壊されたサザンの復興資材調達のため商会本部へ向かう道中、海賊に襲われた一行。
エイジャーと、先の戦いを経て成長したガラナはこれを撃退し、ようやくツケンサに到着する。
「広っ!?さ、サノヴァ商会ってすごいんだな…」
海賊たちとの戦闘から半日…エイジャーたちはツケンサに到着し、街の外れにあるサノヴァ商会本部、の隣に併設されている倉庫を見学していた。
生活用品や薬といった小物から魔道具などの大物が天井付近まで伸びた棚に収められており、奥の大きな扉の隙間からは建材が積み上げられてあるのが見える。
反対の壁を見ようと思えば目が渇き、上を見ようと思えば首を痛めるほどの凄まじい規模…その広さに4人は驚愕していた。
「ここまで大規模とは…商品管理も相当に苦労するのでは?」
「えぇ、普通はとても運用できませんよ。作業風景を見せたかったのですが休憩中のようですね…ガァラ!戻りましたよ!」
グルーノイがパンッと手を叩くと、背後から何者かが猛スピードでこちらへ走ってくる音がした。
「…代表!よくぞご無事で!」
背後に現れた男は前傾姿勢だが2.5メートルほどだろうか。蛇やトカゲのような鱗に覆われた奇怪な男は、その容姿に似合わぬ綺麗な所作でグルーノイの前に跪いた。
「私が不在の間よく留守番できましたね。彼らが我々を護衛してくれた者たちです。ご挨拶を」
「…!これは失敬…私はガァラ。皆さんのお世話を仰せつかりました。ここに滞在の間は何でも言ってくださいね」
ガァラと名乗る男は舌をチロチロと出し入れしながら微笑んだ。鱗に覆われた体表といい、まるで蛇人間である。
威圧的な容姿にガラナとポリプが少し怯えている一方で、好奇心が勝ったルルは目を輝かせながら近づいていくと、興味に満ちた目でガァラを見つめる。
「ガァラ…そのツルツル触ってもいい?」
「シャララ!レプター族は初めてですか?可憐なお嬢さん」
ルルの無礼に対し、ガァラは気前良く腕を差し出した。黄土色の鱗は磨き上げられた石のように冷たく、ツルツルしているようで撫でる度に感動の声をあげている。
レプター族は地方によって差異はあるものの、おおむね爬虫類のような特徴を持った種族である。
壁に張り付く手足や微細な振動で周囲の状況を把握できる器官など様々な利点を持つ一方で、気候の変化に弱いという弱点もある。
レプター族は壁を移動できる個性を、商会は屋内で気候が安定している労働環境を提供する…異種族とここまで大規模な協力関係を結んでいる個人の勢力は、各地を巡っていたエイジャーも初めて見るものだった。
「私は一度確認業務に戻らなくては。食事と寝床は予め用意させていますが…皆さんは夜までどうしますか?」
グルーノイの質問に4人は目を見合わせた。海賊たちは港で引き渡してしまったし、搬入の手伝いも不要とのことで、言われてみれば手持ち無沙汰である。
「僕は休憩でいいかな…船でずっと訓練してたし」
「今から市場に行くと暗くなっちゃうし私も賛成です」
ルルは…と言いかけたところでエイジャーは声を小さくする。先ほどまで鱗を触ってはしゃいでいた彼女の目がとろん、と溶けてきているからだ…慣れない船旅で疲れてしまったのだろう。
「…決まったようですね。ガァラ、彼らを宿舎へ。私も状況が把握できたらそちらへ向かいますので」
エイジャーは本部へ向かうグルーノイを見送り、返事もままならないルルを抱きかかえ、ガァラの案内で宿舎へと向かっていった。
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「僕たちは資材の搬入が終わったら船の護衛でサザンに戻るけど、エイジャーたちは他にも頼まれてるんでしょ?なんだっけ…ネ…」
グルーノイと別れた少し後…4人は宿舎のロビーに集まっていた。ルルはソファの上で猫のように丸くなって熟睡している。
「ネゴシエート、交渉だね。町の復興だから必要な資材や人も多い、足りないものを手分けして調達するんだ。ただ…」
エイジャーは落ち着かないのか、ずっと試着している服をつまんでは位置を直している。
ツケンサで活動する商人の多くは旧王政を恨んでおり、体制が変わった後も王都から来る人間にあまり友好的ではない。
無用なトラブルを避けるためと騎士団の制服の代わりを用意してもらったのだが…グルーノイの強い要望により彼と似たような、大道芸人のような服を着せられたのである。
『あなたはこの街では見ない顔…その服と商会の証があれば、誰もが私の代理人として対応してくれますよ』
とメモには書いてあったが…
「…これはこれで悪目立ちするんじゃないか…?」
「あはは…でも意外と似合ってますよ?エイジャーさん線が細いから。ねっガラナ?」
どうにも納得がいかないエイジャーを2人が宥めていると先ほどのレプター族の男…ガァラがティーセットを持ってやってきた。
威圧的な容姿でかわいいカップやクッキーを持ってくる様はなんとも珍妙ではあるが、実に手慣れた様子で茶を注いでいく。色や香りからして、どうやらミルクティーのようだ。
「長旅でお疲れでしょう、憩いの時間におやつでもと思いまして」
「ど、どうも…ん、これ美味しい…」
ガラナの言う通り温度は適温、誰でも飲みやすいようまろやかな味と口当たりに調整されている…思わずほっと息を吐く3人を見て、ガァラは満足げに微笑んだ。
「そういえば私、レプター族って初めて見たかもしれません。この辺りには多いんですか?」
「いいえ、故郷を追われてここに流れ着いたのです…グランドルワームという魔族をご存知でしょうか」
ガァラの問いにエイジャーだけが頷いた。遠征先で何度も戦っている他王都を出てからも遭遇し、ルルと出会うきっかけとなった魔族である。
「我々の故郷は常に乾燥しておりとても暑い土地でした。そのため先祖が掘り進めた洞窟で暮らしていたのですが…奴らが現れてすべてを破壊してしまった」
かつてグランドルワームの討伐で訪れた場所も、背の低い岩が無数にあるだけの乾燥地帯であったことをエイジャーは思い出していた。
魔族しかいない、厄介な通り道でしかなかったあの場所が彼らの故郷だったとしたら…
「野ざらしでは過酷すぎる土地です。大峡谷は厄介な連中がいるので移住不可、この容姿では他のコミュニティにも馴染めず…転々としていたところを代表に拾われました」
それを聞いていたガルフィン族の2人は目を合わせ俯いている。出会った時に彼らも怯えてしまったため、彼の話を聞いて恥じているようだった。
各地に様々な種族が住んでおり容姿もそれぞれではあるが、人間とほぼ変わらないアルフ族のようなもの、ガァラたちのように威圧感があるもの、性格も魔族とほとんど変わらないような連中も知っている。
エイジャーは各地を巡っていたためある程度の理解はあるが…2人のように他種族との関係が希薄な者が大半だろう。
「新しい居場所をくださった代表には感謝してるんです。中には胡散臭い、信用できないと言う者もいるようですが…代表とこの商会に、一生をかけて恩返ししていくつもりです」
「嬉しいことを言ってくれますねぇ!」
振り返ると両手を開き、大げさなリアクションを取っているグルーノイが立っていた。
自分にも茶を用意するようガァラにハンドサインを送ると、エイジャーの向かいの椅子に腰かけた。
「復興資材の状況が分かったので報告に来たのですよ。夕飯の時に仕事の話は避けたいのでね。…おや、グラム卿よくお似合いですよ」
「からかわないでくださいよ…資材は集まりそうですか」
「本心ですよ?このまま引き入れたいほどには。…それはさておきこれが進捗です」
そう言うとグルーノイは何枚かの紙を手渡してきた。現在集まっている物と足りない物、その仕入れ先のリストのようだ。
建材はほぼ揃っており、足りない分もアテがあり入荷待ち。医療品は一部の薬や素材を商会で取り扱っておらず、市場で直接買い付ける必要があるとのことだった。
「あとは人ですねぇ…非常〜に腕の良い大工を知っているのですが、ねぇ?」
「何か問題が?」
グルーノイ年甲斐もなく拗ねた子どものような表情で、足をぶらぶらと左右に揺らし始めた。
「彼は金で雇い主を決めないのですよ。うちの人間はどうも合わないらしくいつも断られる…そ・こ・で。あなたです」
渡された紙をめくっていくと市場の地図が入っていた。あるエリアに"シクイ工務店"と"カッコン薬剤店"の文字と印がつけられている。その後ろには薬品の名前が並んだリストが挿入されていた。
「それ以外はこちらの者が対応します。薬品はリストを見せれば用意してくれるでしょう。大工の説得は…一任します」
「なんとか説得してきます。それと依頼を終えたら寄りたい場所があるんですが…」
エイジャーは傍らで寝ているルルを見る。
マリーから受け取った本で周辺にアルフ族の集落があると知り、この依頼を受けた時から訪れようと決めていたのだ。
「構いませんよ。輸送は数回に分けるので最終便はしばらく先、他の護衛もいるので要員は足りています」
「あの…そういえば僕たちはいつ出発なんですか?」
話を聞いていたガラナが小さく手を挙げて質問する。
「サザンへの到着時刻を合わせたいので明日の夕方にしましょうか。その間は彼のお供をしていても構いません」
「分かりました。せっかくだしエイジャーさんについて行かない?」
ポリプの提案にガラナは頷く。彼らの出発に余裕を持たせたいので、買い付けは早い時間から行うことになった。
「ではお2人は夕方までに本部へ集合、グラム卿は用事を済ませると。…おや、いい匂いがしてきましたねぇ」
鼻をひくつかせるグルーノイを真似して嗅覚を研ぎ澄ませると、キッチンの方向から何かが焼けるいい匂いが漂ってきた。
それに釣られてかルルも目を覚まし、エイジャーは言葉にならない声を出しながら瞼を擦っている彼女の寝癖を整えてやる。
そうしているとコック帽を被ったスタッフ…こちらは人間である…がキッチンルームの中から姿を現した。
「今日は安く仕入れた乳製品でグラタンを作りました。他のメニューもじきに完成するので食堂にお集まりください」
「うちのシェフはなかなかやりますよ?期待していてください」
そう言うとグルーノイは足早に…スキップを交えながら食堂へ向かっていった。
代表らしからぬ様子を見たガァラがやれやれとため息をつく。どうやらいつもこんな感じで、彼も盲信しているわけではないようだ。
「客人より先に向かうとは…そういえば寝室はいかがしましょう?部屋は余っているので一部屋ずつ割り振れますよ」
「私はエイジャーと一緒に寝るからいらないよ?」
「…!?」
ルルのカミングアウトを聞いたガァラは鳩が豆鉄砲を食ったような顔をして、こちらを見ながら硬直している。
彼の反応は無理もない。成人男性が血縁者でもない少女と同衾している状況はどちらか…というまでもなく異常なのだから。
元々懐きすぎていてる節はあったのだが、生死を彷徨って以来ルルのくっつき癖はますます加速している。
自分の落ち度であること、人攫いの件もあり傍に置きたい思惑と合致していることから強く拒絶できないものの…あまりいい状態でないことはエイジャーも承知していた。
「ええと、理由あって彼女と離れられないので共有します…」
「わ、分かりました準備しておきます…?」
(私たちは引いてませんからね!エイジャーさん!)
自覚がある分、エイジャーには励ましの囁きがむしろ苦しかった。
それに懸念すべきは世間の目だけではない。こんな事が妻のサーヤに知られたら…
(弁解の余地もなく殺されるな…向こうで会う時にどんな顔をさせてしまうだろうか)
十字架とは違う重みを背中に感じながら、エイジャーは食堂へ向かうのであった…