商会本部へ到着した4人を迎えたのはレプター族の男 ガァラ。故郷を追われた彼らレプター族を受け入れたグルーノイの優しい一面を垣間見つつも新たな任務が下される。
それは復興資材として薬の仕入れと、サノヴァ商会を嫌う大工の説得であった。
「それじゃあリストの薬品は運ばせておくよ。鎮痛剤だけは入荷次第の納品だ」
翌日。ツケンサの市場に来ていた4人は指定されたはじめにカッコン薬剤店へ買い付けに訪れていた。
店主のカッコンはグルーノイのような衣装に身を包んだ、どこか恥ずかしげな様子のエイジャーを舐め回すように見る。
「それにしてもアンタ新入りかい?珍しい護衛までつけてよほど気に入られてるね…アイツに振り回されないよう頑張んな」
「ありがとうございます、マダム・カッコン。それでは」
エイジャーはお辞儀のあとにっこり微笑むと、回れ右して店を出ていく。背後からの視線に少し離れたところで振り返ると、3人が怪訝な顔でこちらを見つめていた。
「エイジャー…あの胡散臭い態度は何?すごいこう…むず痒くなるんだけど」
「なんかやだ…」
「うん、いつもの方がいいと思います…」
エイジャーは照れた様子で頭を触る。衣装が衣装なので少し凝ってみようと考えたのだが…性に合わないことはすべきでないと痛感するのだった。
「お気に入りって設定だから真似した方がいいかなって…あ、ここが次の交渉先だ」
指を差した先には木の板に摩耗しきった塗料で【シクイ工務店】と書かれた建物が佇んでいる。作業場は常に木の粉塵が舞っておりとても近付ける状態ではなく、4人は裏口から尋ねることにした。
裏口は遮光されており暗く、人の気配もない。全員が作業中なのだろうか…どうするか迷っていると、ルルがいっぱいに息を吸い込み、大声で叫んだ。
「おーい!誰かいますかー!おーーーい!」
「オゥ嬢ちゃん…大きい声出す…な…」
今にも死にそうな声の元を辿ると、横たわった老人がすぐ傍にいることに気が付いた。エイジャーが慌てて駆け寄り腰をさすってやると、少しずつだが脂汗が引いていく。
「あの胡散臭い商会の人間か?…お前んとこの依頼は受けねぇと突っぱねたはずだぞ」
「話は後にしましょう。薬があれば持ってきますよ」
エイジャーが差し伸べた手を老人は弱々しく払い除ける。聞いていた通りの長丁場になることを覚悟したその時、背後からドタドタとやかましい足音が近付いてきた。
「あーっとごめんなさい気付かなくて!依頼ですか?…あっ」
「カンナ…おめぇわざとやってるだろ…」
振り返るとそこにはエイジャーより少し若い女性が立っていた。金髪を後ろで縛り、ツナギの上をはだけ腰のあたりでまとめている。インナーと鍛えられた腹筋が露わになっており…
エイジャーが目を逸らしたことで気付いたのか、彼女は袖を通し直して誤魔化すように笑った。
「あちゃーお気遣いありがとうございます…どうぞこちらへ♪」
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「…なるほど、津波で破壊された町の復興。親方様の気分次第…の前にあんな調子ですからね〜」
そう言いながらカンナは横たわっている老人に目を向けた。話の流れからして、彼がグルーノイの言っていた凄腕なのだろう。
相変わらずうずくまって痛みに顔をしかめている姿はなんとも痛々しい。ぎっくり腰だろうかとエイジャーが想像していると、カンナが愚痴るように口を開く。
「100人分の働きをする男シクイ〜なんて評判なんですけどね?前の現場で腰を…お医者さんにも見せたんですけどね〜…」
(どうするのエイジャー?他の大工を当たってみる?)
エイジャーは腕を組み唸る。グルーノイがわざわざ指名した男、肩書きを信じるなら必要不可欠な人材だが…
見聞きした情報を踏まえると生活もままならないようであり、とても依頼できる状態ではないし、すぐに復帰できるようにも見えなかった。
「くそっ…あの薬があればこんなのすぐ治るってのによ…」
そんな事を考えているとシクイが起き上がり、杖をつきおぼつかない足取りでこちらに歩いてきた。そしてルルの横を通り過ぎようとした時、はっとして彼女をじっと見つめ、口を開く。
「…20年くらい前だ、腰をひどく痛めた事があってな。帰り道は日没で誰も通らねぇ、このままじゃまずいって時に…その嬢ちゃんみたいな耳の長いべっぴんさんが助けてくれたんだよ」
(べっぴんって何?)
(ルルが可愛いってことだよ)
「赤い丸薬で死ぬほど不味かったんだが、飲むとみるみる腰が回復してなぁ…礼を言おうと思ったが消えちまった。あれが飲めればこんなもんすぐに治るのによぉ…」
急速に体を治す薬、耳の長い美人、そして本に書いてあった情報…それらを繋ぎ合わせるとこのあたりに住むアルフ族によるもので間違いないだろう。ずいぶん昔の話であるが、どこかに集落が残っているかもしれない。
「確約はできませんがその薬、都合がつくかもしれません」
エイジャーの言葉にシクイは驚いたように目を見開いた。だがそれを誤魔化すように咳払いすると、鼻を鳴らしてそっぽを向いてしまった。
「…言っておくがそれと依頼を受けるかは別だぞ。ワシが受けんと言ったら徒労に終わるんだぞ」
「構いません、ってことはないですが…そんな状態の人を知りながら放置できないでしょう。アテがあるならなおさら、です」
進展があったらまた顔を出します、と会釈をしてエイジャーたちは事務所を出ていった。
カンナは再び彼を横たわらせてやると、どうするんですか?とわざとらしく聞いてみる。
「どうせ出任せだろうが。…ワシは寝るからまた来たら相手してやれ」
「ガラナたちは商会に戻って進捗を伝えてくれ。それと見送りは間に合わないかも…船の護衛、頼んだよ」
「分かった、2人も気を付けて。またこっちで会おう」
「ルルちゃんも元気で!エイジャーさんと仲良くね」
「うん!」
それぞれが握手を交わした後、本部へと帰っていくガラナたちの背中を見送った。。
空を見れば太陽が頂点に差し掛かる頃…集落を探して薬をもらい、夜までに届けられるだろうか。
「ルル、なんかこう…仲間の気配みたいなものを感じたりしない?」
なんとも歯切れの悪い質問にルルはきっぱりと否定した。同じ種族同士、何か感じ取れるものがあれば良かったのだが…
(マリーさんは植物を操って屋敷を隠していた…おそらく集落も似たような細工を施してるはず。本に詳しい場所は載ってないがどう見つけるかな)
エイジャーは近くを通りかかった自警団に声をかける。騎士団バレすると少し厄介なので関わらないようにしていたが、街の事は専門家に聞くほうが早い。
「サノヴァ商会のか、この前は海賊に絡まれて災難だったな。周辺に緑の深い森はないか?…知ってるが近寄らないほうがいいぞ」
疑いの目線に冷や汗をかきつつも、自警団は地図を指差しておおよその位置を教えてくれた。
崖を切り開いた階段から街を出て、しばらく歩いた先に見えてくる森を目指せばいいとのことだった。
エイジャーは自警団に礼を言うとお菓子の出店に吸い寄せられるルルを引っ張りながら市場を離れ、集落があると思われる森を目指し出発した。
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「確かに深い森だ。先がほとんど見えない…」
街を出て数十分、2人は自警団に教えてもらった場所に来ていた。道を外れた先は異様なほどに密集した木々に塞がれており、昼間にも関わらず光がほとんど届いていない。
(この不自然な植生…たぶんこのあたりだと思うんだけど)
「んんん…無理ぃ…」
彼らが干渉している森へ不用意に入れば、あっという間に迷子になってしまうだろう。
そのためルルが過去の戦闘で使用した植物を操る秘術、あれを使って道を切り開いてもらおうと思ったのだが…やはり不安定なのか相手の力が強いのか、いくら唸れども森は沈黙を貫いている。
「ごめんね、秘術を使ってほしいなんて頼んで…ちょっと休憩しようか」
エイジャーは腰掛けられそうな岩に布を敷いてやると、バッグからキャラメルを取り出した。街を出る前におねだり勝負を仕掛けられ、見事に負けて買わされた品である。
至福の表情で頬張る彼女を横目に岩へ腰掛けると、自分も一粒口へ放り込んだ。
「あの時はうまくいったのになぁ。なんか魔力も出せないし…」
「ルルのせいじゃないよ。秘術を持たない俺にはアドバイスもできないけどね…」
寄りかかってくる彼女の肩をポンポンと優しく叩きながら、エイジャーも少し困ったように空を見上げる。さて、どうしたものか…
そもそも集落はここではないのか、他の大工を検討すべきか…そう考え始めていたその時、どこかから視線が向けられていることに気付く。
「エイジャー?どうしたの?」
「ルル、いつでも動けるよう準備して。何かがいる…気がする」
剣の柄に手を伸ばし周囲を見渡すが、左右の道には何もいない。空を飛んでいるのもただの小鳥である。
やはり視線は正面の森…そう確信した直後、答え合わせかのように何者かの影を視界が捉えた。それは猪や狼ではない人型…
「…ヒューゴか!ルル!俺の後ろに─」
─待ちなさい!
剣を構え臨戦態勢に入ったエイジャーに一喝し木々の間から出てきたのは、ウェーブのかかった髪や髭を長く伸ばした老爺であった。
その耳はルルやマリーのように長く尖っている…アルフ族だ。
「ここで話していては目立つ、ついてきなさい」
2人は老爺の後ろについて深い森の中を歩いていく。マリーの時と同じように、異常なまでに密集していた植物たちは彼に道を譲るかのように引いていく。
「わたしはコノ。ここの集落で長老をやっている…2人は?」
コノと名乗る老爺はルルを見ても何も反応せず、名前も知らない…どうやらここは彼女の故郷ではないようだと密かに落胆する。
「エイジャー・グラムといいます。この子はルル」
「過去に同胞を脅して集落を探し回る賊がいてね、2人の関係性を見極めさせていただいた。無礼を許してほしい。…2人はなぜここへ?」
エイジャーは記憶喪失のルルの故郷探しを手伝っていること、腰を悪くした老人のために丸薬を探していること、この場所はアルフ族を故郷に帰して回った者から聞いたことを説明した。
「ああ…!あの2人には本当に感謝している。彼らの知り合いの頼みなら聞いてやりたいのだが…あれを見なさい」
コノが脇へ退くとそこに広がっていたのは弱り果て、今にも枯れそうな木々たち。それも1本や2本ではなく、来た道より奥のほぼ全域かという程の範囲が、である。
それだけではない…木を治そうと寄り添うアルフ族の人々もまた、かなり消耗している様子だった。
「半月前からこの有り様だ。このままでは集落を隠すどころか森が死ぬ…とても手を貸せる状況ではなくてな」
「これは…一体何があったんですか?」
「見れば分かる…こちらへ」
助けを求める彼らの視線を一身に受けながらエイジャーたちはさらに奥へ進んでいく。その先にあったのは広大な窪みと、穴に詰まっている大量の何かだった。
「葉っぱ?」
「いや、あれは…スタンブルだ」
スタンブルとは枯れ葉や枝を纏い身を隠す習性を持った魔族である。
魔族にしては珍しく臆病で人を襲わず、衝撃に驚くと閃光を放ちながら絶命してしまう。その習性から閃光弾として利用する例もあると聞くのだが…グランドルワーム同様、こんな緑豊かな地域にはいないはずの魔族である。
「スタンブルというのか…奴らが水源を塞ぐせいで深刻な水不足、誰よりも水を必要とするアルフ族には死活問題なんだ。人目を盗んで川へ汲みに行くにも限界がある」
「確かに閃光は厄介ですが駆除は簡単ですよ。私が…」
「それだけじゃない…これを投げてみなさい」
エイジャーは手渡された石を窪みに投げ込んだ。すると枯れ枝の下から巨大な何か動き出し、ムチのようにしなる腕…あるいは根を振るい石を叩き落とし、再び枯れ枝の下に消えていく。
全容は掴めないが、それはエイジャーが知っているどの魔族や生物の特徴にも当てはまらない生態だった。
「木々が急激に弱ったのはあやつが現れてからだ。調査に降りた若いのも襲われて怪我をした…とても我々では撃退できぬ」
「なるほど…他に分かってることは?」
「無数の触手と植物の体を持つ魔族だと言っていたが…隠れているから大きさや姿は把握できておらぬ」
スタンブルの変異型、あるいはパラブブと名乗ったあの魔族…
いくつかの可能性を考察してみるが、どれも的を得ているとは思えなかった。
ただ1つ言えるのは─奴を倒すことが解決の近道であるということ。
エイジャーが剣に手を伸ばしたのを見たコノはその腕を掴み、行く手を阻む。
「まさか1人で戦う気か…!?そんなつもりで説明したのではない!危険だ!」
「これ以上は皆さんが耐えられないでしょう。理由あってこんな格好をしていますが、魔族との交戦経験は豊富です」
この集落はマリーたちが立ち寄った場所…つまり旧王政の人間により同胞を誘拐され、深い傷を負った人がいる。
街の自警団に協力を仰いだところで人間への遺恨がある彼らは快く受け入れないだろう。ならば1人でやるしかない…というのがエイジャーの考えだった。
「だからと言って客人にすべてを押し付けるのは…」
「…では皆さんにも手伝ってもらいます。用意してほしいものがあるんです、聞いていただけますか?」