サザン復興のため凄腕大工 シクイの元を訪れたものの高齢により腰を壊しており作業ができる状態ではなかった。
アルフ族が処方する薬の話を聞いたエイジャーが訪れた集落はスタンブルと未知の魔族によって壊滅の危機に瀕していることを知り、解決のために剣を取るのだった。
「エイジャー様、言われた物をご用意しました」
一度集落へ戻ったエイジャーたちは未知の魔族討伐に必要な道具を揃えてもらっていた。
伐採作業に使う手斧2本に長斧1本、そして木の板を二重に貼り合わせた粗末な盾…どれも古ぼけており武器として使うには不安の残るものだった。
「ありがとうございます。あなたがマリーさんをご存知なんだとか」
「はい。ラウラ=シードル=ローリエと申します…彼女はお元気ですか?」
ラウラはスカートの裾を摘んで挨拶した。マリーの同僚だけあって所作もよく似ている…そして彼女もまた、非常に美しい容姿に恵まれていた。
肩まで伸ばしたブロンドの髪に翠の瞳、白い肌…疲労からか艶は少し失われているが、それでも十分すぎるほどである。
…などと考えていると横から冷たい視線が送られているのをエイジャーは察知する。その主はもちろんルルであり、どう見ても不機嫌な顔をして、まんまるな目を必死に細めて睨みつけている。
「…ラウラのこと見すぎじゃない?浮気?浮気ってやつなの?ねえ?」
「どこで浮気なんて覚えたんだ…そんな身の程知らずな事はしないよ。…マリーさんは静かに暮らしていましたよ」
必死に否定するエイジャーと頭を押し付けて浮気(?)を詰めるルルの押し問答に、ラウラは口元を隠しながら笑いをこらえている。
「ふふっ、エイジャー様は幸せ者ですね…あぁ長老。こちらの準備は整いましたよ」
「おぉラウラ、武器を揃えてくれてありがとう。我々も言われた通りの配置が完了したので呼びに参った。来て早々このような厄介事を押し付けてしまい申し訳ないが…よろしく頼む」
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─キュウゥゥゥ…
「…よし。次の石をください」
未知の魔族が潜む枯れた泉に、空を切る音と情けない断末魔、そして眩い閃光が等間隔で発生する。
エイジャーは泉の縁から1匹ずつスタンブルを撃ち抜いていく。投げているのはただの石ころだが、その投擲力をもってすれば貧弱な魔族を処理するには十分に余りある威力があった。
今回の作戦はこうだ。
一つ目の障害は大量のスタンブル…未知の魔族との戦闘中に刺激を与える度に視界を潰されては戦いにならず、一気に暴発させればその眩さで森の外から集落の位置が特定されてしまう恐れがある。
そのためまずは生きている木や植物を泉を覆うように配置して光を遮りつつ、縁から石を投げ各個撃破することで可能な限り個体数を減らす。
二つ目の障害は全容の見えない謎の生物(その有害性から便宜上魔族と定義した)。植物の根に似た触手を持つ何かであることしか判明しておらず、集落で暴れられた場合エイジャーだけでは庇いきれない。
そのためスタンブルの処理中に反応があった場合はすぐに下へ降り、その場で対処することで被害を気にせず戦いに集中できる環境を作る。
恐ろしく地道ではあるが、彼らの住処を守りつつエイジャー1人での勝率を上げるための仕方のない策であった。
(これで15体目、まだまだ残ってるな…スタンブルの山が動き出した!)
「皆さんは引き続き遮光をお願いします!決して奴らに手を出さないように!ルル!みんなの秘術を見て感覚を掴むんだ!」
エイジャーが縁から滑り降りて行くと、スタンブルの山の中から魔族が姿を現した。
人よりも太い2本の触手は根のような質感であり、それどころか胴体と思われる部分も枝や蔓、苔で覆われせわしなく蠢いている。
その姿は海の生物であるタコのような造形だが、同時に意思を持った植物の集合体のようにも思える。
(目や口が見当たらない…中に本体がいるのか?)
エイジャーは腰にマウントしていた手斧2本を取り出すものの、なかなか距離を詰めようとはしなかった。
いつもであれば隼突撃で先制攻撃を仕掛けるのだが…この魔族は視線や意識の動きが読めず、踏み込む隙が見つからないのだ。
どう攻めるか迷っていると魔族の方から仕掛けてくる。ほんの僅かな殺気の後、エイジャーの心臓めがけて触手を伸ばしてきたのだ。伸ばしてきた、というよりも必要な分成長させたという方が正確かもしれない。
幸い触手はそこまで速くはない。扇ガザミの不意打ちに比べれば十分に反応できる程度のものであり、足捌きのみで回避すると触手に斧を振りかざす。
「硬…っ!?」
エイジャーの放った一振りは太い触手の3割へ刃を食い込ませるに留まり、咄嗟に抜くこともできず突きの勢いのまま数メートル振り飛ばされた。
受け身を取りながら急いで体勢を立て直し、相手の動きを注視しつつ分析する。
内骨格にしろ外骨格にしろ、生物には硬い骨と比較的柔らかい(筋)肉の2つで構成されている。
骨へ刃が届く瞬間にインパクトを合わせればたいていの物は一振りで断ち切ることができるが植物は違う。何層にも重なった繊維が衝撃を吸収し、止めてしまうのだ。
魔族の触手はまさに植物の構造…ただの攻撃では一度で断つことも出来なければ、振り抜くことも難しい厄介な体を持っていた。
(剣は止められる、突きもダメだ。…魔法で刃先に集中させて焼き切るしかないな)
魔族はいつまでも考える隙を与えない。2本の触手を伸ばしてくるとまずは頭を狙った一突き、そして意識が疎かになった足を掬うための横薙ぎ。
エイジャーはその隙間を縫うように飛び込んで回避しつつ、すれ違いざまに斧で切りつけた。
その刃には電撃が付与されており…木が焼けるような匂いとともに触手の一部を切断することに成功する。
だが腕を切られたにも関わらず魔族が苦しむ様子はない。無事な方の触手を縮込めたかと思えば頭上のスタンブルに手を伸ばすのが見えた。目眩ましに使うつもりだ!
エイジャーが咄嗟に粗末な盾に持ち替え視界を遮った直後、握り潰されたスタンブルの断末魔とともに眩い光があたりを貫く。それだけではない。さらに隠されていた触手が足元を掬い転倒させられる。
(道具として魔族を使うなんて…!それに腕が増えた…いや隠していたのか!)
突き立てられた触手を転がって回避すると再び立ち上がる。植物のように気配の変動が少なく、動物のように急所を狙ったり道具を利用する知性がある…動きは鈍重だがそれを補って余りある生態に、エイジャーは冷や汗が頬を伝うのを感じていた。
(…攻撃の瞬間わずかに殺気が漏れるから回避は難しくない。だがどうして2本ずつしか腕を使わない…?まさか…)
「試す価値はありそうだな…飛べ!」
エイジャーは長斧を取り出し魔族に向かって走り出すと地面へ突き立てた。棒高跳びの要領で空中へ飛び上がろうというのだ。
魔族が叩き落さんと伸ばしてくる2本の触手を掴んで飛び乗ると、手斧2本に持ち替え"腕にも"高出力の雷を纏わせた。それを2本の触手へ突き立て強引に引き裂きながら、胴体へと一気に距離を詰める。
『刃式・火喰鳥裂傷』《ケスラーラーム》!!
火喰鳥裂傷とは凶悪な脚力と爪で対象に深い傷を負わせるヒクイドリのように、敵の体に刃を突き立てたまま腕力と走力(または落下時の勢い)で強引に引き裂く型である。
繊維質の触手を引き裂くには並大抵の力では不可能だが、腕にまで高出力の雷を纏い筋肉を硬直させることで強引に実現したのである。
「お前は2本ずつしか腕を操れない!こうして同時に破壊すれば何もできないんじゃないか!?」
胴体の傍まで引き裂いたエイジャーは剣へと持ち替え、触手を足場に踏み込みの構えを取る。魔族も胴体の枝を駆使してスタンブルを起爆させ視界を潰そうと試みるがすでに狙いは定まっており、その抵抗は大した意味を成さなかった。
「皆さん!泉を木で完全に覆ってください!行くぞ!」
『刃式・隼突撃』!!!
雷を纏った上空からの一撃はまさに稲津のように魔族の胴体を貫き、枝を、蔓を、苔を焼きつくした。
スタンブルたちも誘爆して次々に閃光を放つがアルフ族の秘術によって木が泉を覆い尽くし、その光はほとんど外部へ漏れずに済んだのだった。
「閃光は止みました!もう大丈…っ!?」
植物が燃える臭いのみが感覚を刺激する暗闇の中でわずかな殺気を感知、横っ飛びで回避した直後。
コンマ数秒前まで体のあった位置を何か巨大なものが通り過ぎる。秘術が解除され泉を覆っていた木々が退いて視界が晴れてくると、その正体が露わになった。
『ウデヲ サンホンハ イタカッタ ヨ ナンテネ』
焼け落ちた胴体から現れたそれは双頭の人間にタコの触手を繋ぎ合わせたような醜悪な姿…全身が干物のように渇ききっており、失われた眼球の代わりに黒いオーラが揺らめいている。
「お前が本体か。その姿…まさか元は人間なのか?」
『コレハ ボゥトパス… タダノ アヤツリニンギョウ カイワモ マスターガ ダイコウシテル』
ボゥトパスと名乗る魔族はカタカタと震えている。人体を弄んでいるかのような姿に戦いを見ていたアルフ族から悲鳴があがり、エイジャーもただならぬものを感じ体が強張っていた。
「なぜこの集落を襲った?マスターはパラブブなのか?」
『アノ ジイサントハ チガウ リユウハ ナイショ ダヨ』
奴らが陣取っていた場所からは水が染み出して来ており、泉の復活という目的は達成した。まだまだ聞き出したいことはあるが…先ほど足を掬われた時に負傷したらしく、戦いの興奮で誤魔化していた痛みが強くなってきている。
そして何より…この不気味な魔族の相手をこれ以上したくはない。
エイジャーは斧に雷を纏わせ、ボゥトパス目掛けて無事な方の足で蹴り飛ばした。扇ガザミを倒した"駝鳥蹴撃"である。だが…
『コノカラダニ デンキハ キカナイヨ ザンネン …ア』
高速回転しながら飛んでいった斧は胸部に浅く刺さるのみ、奴の言う通り感電すらしておらず、ほとんどダメージは通っていない様子だった。
「足を庇ったか…?おい!どこへ行く!」
ボゥトパスは刺さった斧を気にも留めず攻勢に移るかと思いきや、何かを見てその場を立ち去ろうとする。パキパキと音を立てながら、乾いた細い触手をバネのようにして大跳躍したのだ。
『ソロソロ テッタイシナキャ マタアソボウネ…アアッ?』
高速で撤退するボゥトパスを木の杭が突き刺し、泉を覆っていた木へ磔にした。それはグランドルワーム戦の時のと同じ…火事場の馬鹿力で秘術を発動させたルルによるものだった。
「ルル!」
「どこ行くの…!エイジャー!できたよ!」
『オマエハ オヨビジャ ネエダロガヨ』
ボゥトパスはルルのいる方向へ180度首を捻じ曲げると、顎を外して大きく口を開いた。何かをするつもりだが間に合わない─!
「ッ!!!逃げろーー!!!!!」
戦闘訓練を積んでいない彼女には咄嗟に判断し避けるだけの余裕はない。口から放たれたオーラが降りかかろうとしたその時、両者を遮るように水柱がせり上がり、攻撃からルルを守った。
「…っ!ルル!無事か!?」
「私は大丈夫!それよりも指輪!光ってるよ!」
何が起きたか分からず一瞬呆然とするが、手元から発生する青い光がエイジャーを我に返したのだった。
それはマリーから預かった指輪…今までエイジャーの呼びかけに応えることのなかった石が、初めて自ら目を覚ましたのである。
「青い光はガラナと握手した時に起きたもの、それにこの水柱…まさか!」
エイジャーが指輪に魔力を込めようとすると、すべを要求するかのように凄まじく魔力を引き出される。かなりの量と速度で吸い取られていく一方で、指輪からエイジャーの脳内へ情報が流れ込む。
それはガラナが初めて技を使った時の感覚…お前に真似できるもんならやってみろ、とでも試すように。
「ぐぅっ…これはなかなか…!ガラナ!技を借りるぞ!」
『ナンダ コンナジュツヲ カクシテタノカ』
「お前の体は渇ききって硬く刃が立たない…だが水を見て逃げようとした。わざわざ栓をしてたのも水が苦手だからなんじゃないのか!?」
『突式 ダーナクア・ヴォルヴィーグ』!!!!
指輪から放たれた青いオーラが泉の水を纏い、槍となってボゥトパスの体へと突き刺さった。
干物のように渇いた体は次々と水分を送り込まれると潤いを取り戻すことはなく、腐敗が始まりボロボロと崩れていく。
「死ぬ前に教えろ、王都を襲撃した4体はどこにいる!」
『サスガ アノオカタノ オキニイリダ… キミノ ユクサキガ コタエニ…ナ…ル…』
そう言い残すと最後までカタカタと震えながら、ボゥトパスの肉体は跡形もなく腐り落ちた。
ようやく戦いが終わった安堵により痛みを誤魔化していたアドレナリンが消え、同時に魔力の枯渇による激しい倦怠感がエイジャーの体から立つ力を奪い去った。
(みんなにお礼を言わないと…それに早く戻らなきゃガァラさんたちが心配す…る…)
「いかん!彼の救助を急げ!残しておいた薬も用意するのだ!」
エイジャーはアルフ族の若者たちに担がれながら集落へと運ばれていく。何度目かの呼びかけを最後に、そのまま眠るように意識を失った。