ルルがこれまで使ってきたものはただの秘術ではなかった。それどころか様々な面で普通ではない可能性が浮上し凹む彼女の謎を突き止めるべく、エイジャーは大峡谷を越えてきたという医者のもとを訪れる
「本当にお薬手に入れたんですか!?…あっ大きな声出しちゃった…これは薬代です。ささっ遠慮なく♪」
宿舎を出た2人はまず丸薬を渡すべくシクイ工務店を訪れていた。応対してくれたカンナ曰くシクイは相変わらず腰が悪く、事務所の奥で寝ているのだという。
「親方様に渡しておきますね~。態度は相変わらずですけど、きっと認めてくれると思いますよ。腰が治ったらサノヴァ商会さんへ伺うよう言っておきますので〜」
「分かりました。ご慈愛くださいと伝えてください。…それでは」
エイジャーは会釈をすると事務所を去っていく。カンナはエイジャーたちが見えなくなったのを確認すると中へ入り、シクイに丸薬を手渡した。
「これですか親方様。彼ら本当に持ってきましたよ?応えてあげてもいいと思いますけどね~どうせ当面の依頼はキャンセルしちゃいましたし?」
「…あの時のと同じだ…カンナ、工具は手入れしてあるんだろうな?」
「もちろん♪」
──────────
「さて依頼は結果待ち、ボッタオの診療所も近いって聞いたけ…ど…」
シクイ工務店を後にした2人は今日の目的地、ボッタオ診療所を探していた。
朝にも関わらず多くの人が往来する喧騒の中、隣りにいるルルの表情は相変わらず暗い。理由が理由だけに仕方ないのだが…エイジャーは早急な解決を望むばかり。
「…ルル、その…なんの解決にもならないけど。君の中でどんな変化が起きていようが俺は常に味方だからね
何もしてやれないエイジャーには、そんな言葉をかけてやることしかできなかった。
「ンン〜?そこの娘、珍しい容姿をしているな!?」
後ろから聞こえた声に振り返ると、背後に白衣と眼鏡で着飾った胡散臭い…そう、グルーノイ以上に…男が立っていた。
アルフ族であることを見抜いて接近してきた…?エイジャーに緊張が走る。無意識にルルを庇うように後ろにやりつつ、その手は腰に隠し持ったナイフの柄へと伸びていた。
「…つい高揚してしまった。このあたりで診療所をやっているボッタオという。ワタシの名前が聞こえたので馳せ参じたというわけだが…疑っているな?…そこのキミ!ワタシは本物だよな!」
男は2人に背を向けると、近くにいた自警団を丈の余った袖を振り回し呼びつけた。
呼びつけられた自警団が"面倒くさいのに絡まれた"感を隠そうともしないのを見るに、なんというか、エイジャーはいろんな意味でこの先が心配になる。
「お前のような奴の偽物がいてたまるか…俺は忙しいから行くぞ」
「…というわけで本物だ、信じていいぞ。人間性をどう感じるかは任せるがな」
このボッタオという男、他人からどう見られているかは自覚があるらしい…なんとも調子が狂う相手ではあるが、この街で商売することを認められた人物なのは確かなようだ。
ルルも大丈夫とのことで、2人は男の持つ診療所へ向かうことにした。
「エイジャー・グラムと言います。この子はルル」
「安心しろ、ワタシは人を名前で覚えんからな」
(えぇ…それにしても思っていたよりちゃんとしてる…というより、今まで見た診療所のどこよりも綺麗だ)
案内された診療所は白を基調として驚くほど掃除が行き届いており、医学書と思われる分厚い書物があちこちに収められていた。
紫の光源を使ってるとか、動物の目玉が漬けてあるとか、そんなものを想像していただけにかなり意外である。
「奇病に見落としがあってはならないからな!場所の投資には手を抜かないし趣味も持ち込まないのだよ。素晴らしいだろう?…で、どっちが患者なんだ?」
「この子です。実は…」
エイジャーはこれまでの事や長老の考察などを説明した。それらをカルテに記録するボッタオは驚くほど静かで、これまでの胡散臭い立ち振る舞いが夢だったかのように真剣だった。
真剣な面持ちでカルテを書き終えると妙なテンションが復活し、早く症状を見せろと体の動きで表現してくる。
「ンン〜なるほど!1つの体に2つの魔力の流れ!確かに珍しい…!よし娘、そこへ横になって腹を見せなさい」
「えっ…」
ルルはその要求に困惑していた。診察というものを理解していないのか、胡散臭い男に脱げと言われたのが嫌なのかは分からないが…
ボッタオは彼女が躊躇う様子を見てエイジャーの方へ来ると、剣を抜かせその手に持たせた。
「ワタシの診察は掌から魔力を打ち込み、その反響で体内をスキャンするのだよ。こちらでは聞き慣れない技術だろうがね。怪しい動きを見せたら首を飛ばしてくれて構わん」
彼の目は本気だった。信用を得るためとはいえ自らの首に刃を向けさせるとは…医療への真摯さを超えて狂気すら感じる行為である。
「過程はどうでもいいのだよ。診察さえできればな」
「…いざとなったらすぐ助けるよ。ルル、見せてあげて」
ルルは頷くとベッドへ横になり上着をたくし上げる。医療行為とはいえ見てはいけない気がするエイジャーは、さりげなくボッタオの背中に隠れる位置に移動する。
「フッ真面目な男だ…今から魔力を打ち込む。驚くだろうが暴れてくれるなよ?反響が乱れる」
ボッタオは腹に手を置くと目を閉じる…次の瞬間、掌から衝撃波のようなものが発生し腹へ打ち込まれた。
ルルは小さく呻き体が一瞬硬直したものの、それ以外の異変はなく落ち着いている。数秒の沈黙の後、静かに手を離しなるほど、と呟いた。
「この娘の体には2つの魔力が混在しているな。あくまで資料と照らし合わせたものだが…1つはアルフ族に共通するもの、1つは似ているが別の魔力だ」
「それは…良くない事なんですか?」
「なんとも言えんな、症例がない。おそらく後天性だが経緯は見当もつかん。だが他の箇所は正常、未知の魔力に有害性も感じない…魔力を扱えない事以外は何の不自由もなく暮らせるだろう」
それを聞いてエイジャーは安堵した。長老の考察を聞いた時に魔力が体内で衝突して体を傷つけるとか、魔力そのものが体を蝕む可能性を危惧していたからだ。
だがベッドから降りてきたルルの顔は腑に落ちないといった表情を浮かべている。問題がないと言われているにも関わらず、である。
「…魔力が使えないとイヤ。エイジャーだけが危ない目に遭うし、怪我も治してあげられなくなる」
(…!!!)
彼女の口から放たれた言葉が胸に深く突き刺さる。体に異変がないと分かり、はじめに浮かぶのが誰かを支えてやれない悔しさだなんて…
そして思い出し、理解した。周囲に何度も言われつつも直せなかった『少しは自分を大事にしろ』という言葉、それを投げかける彼らの想い。
「ん…何?どうしたの?髪に何かついてる?」
顔を覗き込んでくる彼女の頭を撫でようと手が伸びる。だが体は無意識にそれを超え、気付けばそっと抱き寄せていた。
自分からは散々くっついてきたがエイジャーから来るのは想定外だったのか、小さく驚いたものの抵抗することなく受け入れる。
(こんな気持ちだったんだな…みんな。…今さらすぎるか)
「んへへ…甘えたくなっちゃった?」
「…ンンッ。残念ながら魔力の扱いは専門外、イヤと言われてもどうにもならん。無責任な事も言えんからな。ワタシの診察はここまでだ」
「…あ゛っ。そ、それについては俺が。解決策がいくつか浮かんだので…本当にありがとうございました。えっと、お代は…」
金の入った袋を取り出そうとするエイジャーの手をボッタオは止めた。これだけの事をしてもらって礼も無しでは筋が通らぬと主張するが、頑なに受け取ろうとしない。
「代わりにこの珍しい症例を記録・共有させてほしい!もちろん患者があの娘…アルフ族であることは秘匿する。今後似たような患者が出た時の判断材料にしたいのだ」
「…分かりました。それと聞いてもいいですか?」
ボッタオは椅子に座り直し、エイジャーに質問を促した。
「あなたは大峡谷を越えてきたと聞きました。それに見たことがない高度な魔法も…一体どうやって?」
「大峡谷に巣食う連中が大人しくなったという噂を聞きつけ今が好機と乗り込んだのだ。共に発った者たちとははぐれたが…奴らもしぶといからな、どこかで上手くやってるだろう」
大峡谷を縄張りとし横断を不可能にしている種族…その情報はあまりにも少なく、新王政となってからも積極的に調査をすることはなかった。
そんな連中がなぜか大人しくなり、こちらでは魔族が王都を襲撃した…判断材料が少なすぎるものの、エイジャーはこの2つの事象が無関係とは思えなかった。
「それと2つ目の質問だが…こちらとワタシの住んでいた大陸では魔法の性質がまるで違うようだ。使い手が少ないのは共通しているから詳しくは知らないがな」
隔絶された大陸、まったく違う魔法の技術体系、大峡谷が手薄になり、示し合わせたかのように活性化した魔族たち。そのどれもが薄い線で繋がっているような気持ち悪さを感じたが、判断材料としては不十分である。
(もっと情報があればあの4体に辿り着けるかもしれない…まずは騎士団の生き残りに共有して相談だな)
「…色々と参考になりました。本当にありがとうございました、ボッタオさん。ルル、行こうか」
「近くへ寄ったら経過観察に顔を見せるといい!奇病に罹ったら絶!対!に!ここへ来るんだぞ!」
─安心したらお腹空いちゃった〜ご飯買おう!丸焼き!
─朝ご飯からそんなに時間経ってないよ。食べ過ぎになっちゃう
─えー?エイジャー私の味方って言ってたじゃん!嘘なの?
─いや、あれはそういう意味じゃ…食べ切りサイズ半分こならいいよ
─ほんと?じゃああっちの〜
「フッ賑やかな奴らだ。…そういえば男の方はエイジャー・グラムといったか…?まあいい、新しい患者を探すのが最優先事項だ。今日はまだ未知の症例に出会える気がするからな!」
雑踏に消えていく2人の見送りもそこそこに、モチベーションが極限まで高まっているボッタオも街へ繰り出す。新しい患者を求めて…
───────────
「今夜中の通信は不可能でした。早く戻るよう頼んだのに申し訳ありません…航海日数の把握ミスだなんて代表もお疲れのようで」
「気にしないでください。こちらも気付くべきでしたから」
ルルの診察を終え、市場で間食を買ってきた2人は宿舎へ戻ってきていた。新たに分かった事をいち早く騎士団へ共有したかったのだが…今からアルフ族の集落へ報告に行くのも手間であり、思わぬ空き時間ができてしまったのだった。
(そうだ、せっかく時間があるならルルの秘術を見て…)
「オゥ!薬持ってきた奴はここにいるって聞いたぜ!戻ってるか!」
宿舎の外から威勢の良い声が聞こえる。扉を開けるとそこには自分の足で立つシクイとカンナが立っていた。
「カンナさん、それにシクイさん…!?もう大丈夫なんですか?」
「飲んで5分もかからずこの通りよ!あんな珍しいもんをあっという間に見つけて、見返りもなく渡そうとしやがって…おめぇの心意気に応えなきゃ男の恥だよな」
シクイはエイジャーの肩を叩きながら豪快に笑い飛ばす。初対面の時とはまるで態度が違うが、痛みが引いたからなのか気を許した相手にはこうなるのかは分からない…
「ということで依頼をお受けします〜。100人分の親方様と50人分の私、他数名で復興をお手伝いさせてください♪」
カンナは数枚の契約書を取り出した。隣にいたガァラはそれに軽く目を通し、際立っておかしな部分がないことを確認する。
「契約書は上にも確認させて後日事務所へ持って行きます。船の都合もあり出発日はまだ未確定です、こちらも決まり次第連絡いたします」
「了解です。長期作業の準備があるので、私たちはもう戻りますね。またお会いしましょう〜」
そう言うと2人は宿舎を去っていった。ガァラも書類の精査のため本部へ持ち込むとのことで場を去り、そこにはエイジャーとルルの2人が取り残された。
やることが一段落し2人になると思い出す。先ほど彼女を抱き締めてしまったことを…
決して下心があったではない、父性と言ってもいい。だが言葉にならぬ愛おしさを感じての行動だったのは事実…
妻を喪っておきながら女性と同衾している時点でかなりの罪悪感を覚えているエイジャーにとって、赦しを乞うべき罪が増えてしまったことに肩が重くなるのを感じていた…
「エイジャー元気ないよ?さっき買ってきたポテト食べる?」
「貰おうかな…あはは…そうだ、ルルの体質と魔力の使い方で思いついた事があるんだった。あとで試してみたいんだけど、どう?」
「!やる!早く食べちゃお!」
急かすルルに手を引かれ宿舎に戻っていくエイジャー。その特訓は夜まで続いたという…