ルルの体についてアルフ族の集落へ報告に行った帰り、2人はアリッサと名乗る少女を拾い、絡んできた野蛮人を撃退する。
そして魔力の扱いに明るいという彼女のアドバイスで、ルルの血統秘術のコントロールが初めて成功するのだった。
「ボスがどうのと言ってたので仲間がいます。それと仕込み武器を所持していたので入手ルートも気がかりです」
「分かった、後は俺らで吐かせよう。これは報奨金だ。…にしてもなかなかやるな。商人やらせておくには勿体ないぞ」
アリッサという少女を拾い道中絡んできた族2人を撃退したエイジャー達は、身柄を差し出しに自警団基地を訪れていた。
「あはは…それではまた。…さて、ちょっと遅いけど昼飯にしようか。2人は何がいい?」
「あっちで美味しそうなエビが売ってたよ!」
「あたしは魚で…っていいの?ご飯まで奢ってもらって…確かにもうお金も残ってないけど」
相変わらず一切の遠慮なく食べたいものを挙げるルルに対し、アリッサは目を伏せながら小さな声で問う。どうやらこの"バツが悪そうな仕草"は彼女の癖のようだ。
「たったいま臨時収入があったからね。それにルルに秘術を教えてくれたお礼がしたい」
「あれは思いつきを提案しただけだし…」
ルルが思うように秘術を扱えない理由について、エイジャーは一般的な秘術を使う魔力と高度な秘術を使う魔力が体内で分かれていると推察していた。
そのため高度な秘術を扱える「土壇場に出る方」と「まだ意識していない方」で区別し、後者を意識するようルルに提案していたのだ。
アリッサは大筋でその推察と同じ発想を持ちつつも、精神が幼く難しい事を考えるのが苦手そうなルルにいかに意識「させないか」でアプローチ。その方法として慕っている相手からのスキンシップ…エイジャーの頬つつきで力を抜かせようと思いついたのである。
まだ完璧に体質の謎を解明したわけではないが、アリッサはあの場で思いつく策としてはベストアンサーに近いそれを導き出した。
本人は謙遜しているが、エイジャーは彼女が持つ類稀なる才能と発想力を感じていた。
「結果論でも恩人には変わりないよ。それでも気になるならこれで貸し借りナシってことにしよう」
「ベルベルは私の師匠だね!んふふ」
「じゃあ、お言葉に甘えて…アンタら優しいね」
3人はそれぞれが食べたいものを購入しテーブルにつく。しばらく沈黙の食事が続いた後、意を決したようにアリッサが口を開いた。
「ねえ、あたしも2人に付き合っちゃダメかな?絶対役に立つからさ」
「俺たちの旅は危険だよ。この前なんか脇腹が抉れて肩の骨が粉砕、何日も高熱で魘された。ご両親に別れも告げず出てきた子を巻き込めない」
エイジャーは即答する。おねだり…女性のそれに対して特に弱い自覚はあるが、こればかりは譲る気はなかった。
虐待を受けて逃げてきた、とかであれば話は別だが…スレてぶっきらぼうではあるものの、態度や感性の端々からは育ってきた環境の良さが感じられる。少なくとも彼女の死を喜ぶような、下衆な親ではないだろう。
「本当は家まで送りたいけど俺の意向だけでは動けないんだ。とはいえ女の子1人置いていけないし…」
「おや?グラム卿ではありませんか。そちらは新しいお仲間ですか?」
声をかけてきたのはガァラとは別の側近を連れたグルーノイだった。側近にサインを送って先に帰らせると、譲られたわけでもないのにアリッサの隣に腰掛けた。
「アリッサ・ベルキャンバス…です。2人とも似た格好してるけど、もしかして芸の師匠?」
「これは面白い!私はグルーノイ・サノヴァ。商会の代表を務めております。グラム卿とは縁あってよい関係を持たせていただいてるのですよ」
大げさに手を叩きながら笑うグルーノイの地位を知り青ざめるアリッサは、エイジャーを責めるようにアイコンタクトを送ってきた。
(先に言ってよ!こんな格好してて偉いなんて思わないじゃん!)
(紹介する前に言っちゃったから…)
「構いませんよ。ところで少々聞こえたのですが…お嬢さんは訳アリのようですね。これでも名の知れた商会…お力になれるかもしれませんよ」
アリッサは家を飛び出してからここに来るまでの経緯を説明した。旅の同行を断られた部分は特に丁寧に…
グルーノイは恨み節でたじたじになるエイジャーを楽しそうに眺めながら話を聞き終えると、少し考えるような素振りを見せた後に口を開いた。
「貴方、文字の読み書きや計算はできますか?産休による欠員に加え復興事業も増えたので人手に困ってまして…少し大変ですが食うには困りません、気が変わるまでお手伝いしませんか」
グルーノイと出会った理由は産休による欠員を埋めるため、代表の立場にありながら王都への販路を担当、その途中で魔族の妨害に遭い身動きが取れずにいたからであることをエイジャーは思い出した。
故郷を追われたガァラを拾ったことといい、彼は彼で困っている人間を放っておけないタチである。態度の胡散臭さは否めないが、自分以外で任せる相手としては決して悪くないだろう。
「村の本は読破してるし計算も商品の売買でしょ?それくらいは余裕。魔力の扱いは不完全だけど…ザコ魔族くらいなら倒せる」
「素晴らしい!用心棒もできる人材は大歓迎です。グラム卿はいつも良い話を持ち込んできますねぇ」
グルーノイは上機嫌に体を揺らし、アリッサに握手を求めてきた。彼女はそれを警戒しながらも応じる。
「…そんな簡単に信用するの?2人とも知り合ったばかりなのに」
「これでも鼻は利きます、貴方は少なくとも人を騙すタイプには見えません。適性検査をしたいので食べ終わったら本部へ行きましょう。通信機のテストがしたいのでグラム卿も」
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「代表!おかえりなさい!お2人と…そちらの方は?」
「短期の欠員補充候補です。適性検査をしますのでガァラはお2人を通信室へ案内してください」
「師匠!がんばって!」
あれから少し後、4人はサノヴァ商会の本部へと戻ってきていた。
ルルのファイトポーズに手を振って応えるアリッサ。エイジャーたちは本部にある通信機(魔力を使って認証した機器とやり取りする魔道具)へと案内された。
「これどうやって使うの?」
「この手形の部分に手のひらを合わせて…魔力を機械に注ぎ込む。相手が出れば話ができるんだけど…繋がるかな」
『ん、通信機が作動している…誰だ?』
エイジャーは両手で通信機に触れると魔力を送り込む。数秒のラグと砂嵐のような雑音のあと、男の声が聞こえてくる。
その声はサザンにいる憲兵隊の小隊長、ラッツのものだった。
「俺です、エイジャー・グラムです。通信機が直ったんですね」
『ああ!上手くやってくれたようだな。届いた資材は無事、ガルフィン族の2人も元気だよ』
「良かった…残りの薬や大工は次の便で送ります。そちらの様子はどうですか」
『色々分かった事がある。少し長くなるが魔力は十分か?』
こうしてラッツはエイジャーたちが出航してから判明したことを説明し始めた。
王都壊滅後に周辺地域と連絡が取れなくなった理由は、サザンと同じように通信機が故障してしまったからだという。それもほぼ同じタイミングに。
さらに規模は違えど魔族の襲撃もあり、それぞれの町も少なからず被害を受けたため人を派遣する余裕がなかったとのことだった。
現在はサザンの憲兵隊が周辺の連絡役を務めているが、不慣れな任務続きでみな疲弊していたとラッツは語る。楽観視はできないが、少なくともサザン近辺で壊滅的な被害を受けた地域は無いようである。
『油断はできないが悪い事ばかりじゃないぞ。ちょっと待ってろよ…エイジャーと繋がってるぞ!来るか?』
『エー君ですか!?行きます行きます!っと…おーい!聞こえる?』
通話越しにドタドタと慌ただしく駆け寄ってくる足音とともに聞き慣れた、懐かしい女性の声が耳に飛び込んできた。それはエイジャーと同じ討伐隊に所属し、遠征により王都の襲撃から逃れていた同僚…ミーシャである。
「ミーシャ!?よかった無事だったんだな!ってことは副団長やシドも無事…なんだよな…?」
『なんとかね。シド君はここにはいないけどグレさんは…あっそうだ、グレさんが各地の情報を集めて対策を考えてるから、異変の報告があれば先に伝えるよ』
エイジャーはボゥトパスを名乗る傀儡の特徴や盗賊の活発化、連中が不釣り合いな武器を持っていたことや大峡谷の噂などを報告した。
『…了解、グレさんに伝えておくね。それと一度戻ってきて欲しいって言ってたよ?私たちも久しぶりにエー君の顔が見たいな』
戻ってきてほしい─その言葉に脈拍と呼吸が乱れていくのを感じる。王都が壊滅してから出会った人間はみな民間人か、他部門で自分を気遣ってくれたラッツのみ。
だが彼女たちは同じ討伐隊、最高責任者のグレナルドもいる。自分だけが生き残ったという醜態の責任を追及する立場にある者たちなのだ。
罰は受けて当然と思っているので恐れてはいない。だが…
(王都にはみんなの家族もいた…どんな顔をしてみんなの前に立てばいい…?)
「エイジャー大丈夫?すごい汗だよ…?」
エイジャーの明らかな変調を察したルルは部屋の外で待機していたガァラに報告、水を持ってくるようお願いしに飛び出した。
彼が持っていた布を借りたルルはとめどなく溢れてくる脂汗を拭ってくれた。少しずつ心拍数が戻るとともにミーシャの必死な呼びかけが続いていることに気付き、慌てて返事をする。
『…やっぱりまだ癒えてないよね。戻るのはもう少し先にするって伝えようか?』
「いや、大丈夫。…むしろ騎士団として向き合うのが遅すぎたくらいだから」
『…そろそろ切ろっか。代表さんの取り次ぎだけあとでお願いしてもいい?…うん、またね』
ミーシャから通信を切ったのを確認すると、エイジャーは力なく近くの壁によりかかる。呼吸は落ち着いたが未だ手は小さく震え、力が入らない…
町の復興という大きな目的、王政と疎遠な土地での活動がどこか遠ざけていたあの日の罪。それは決して忘れてはいけない、一生背負っていくべき幻肢痛─
(あの日の痛みから逃げてはいけない。それが生き残った俺の償い…死んでいった人々に比べたらこんな苦しみは─)
自分への怒りと罪悪感に震える手を、ルルの白く小さな手が包み込む。その顔にいつもの幼さは無く、慈愛に満ちていた…
「もっと魔力の扱いが上手になったら…エイジャーの心も治してあげられるのかな」
「いや…これで十分だよ」
「エイジャーさん水を持ってきま…ここに置いておきますね」
水を持ってきたガァラはそっと扉を閉じて部屋の外で待機する。アリッサの適性検査が終了するまで、2人は静かに寄り添っていた…
「師匠おめでとー!で、合格したらどうなるの?」
「欠員が出てたルートの商隊が明日帰ってくるから、そこを早速手伝えって」
その日の夜…エイジャーたちの部屋では適性検査をパスしたアリッサへのささやかなお祝いが開かれていた。
「昼に行き倒れてたのが嘘みたい。もし出会ったのが2人じゃなかったら今頃は…ここで修行して自立できるようなって、家族ともちゃんと話す。アン…あなたたちへの恩返しはそれからになっちゃうかも」
表情を作るのに慣れておらず恥ずかしいのか、アリッサは照れたように笑う。それは1人で生きようと必死な彼女の心を、いくらか救うことができた証左だった。
「恩返しは必要ないよ。君が幸せに生きていてくれたら…それが俺の救いになる」
(あ…)
その言葉にアリッサの胸の中で何かが…落ちる音がした。
「ダーリン…家の問題が片付いたら、その時はあたしを連れ出してくれますか?」
頬を染め、上目遣いで握手を求める彼女の顔には年相応のあどけなさが戻っていた。エイジャーはその手を取ろうとして─違和感を覚え、硬直する。
「分かった、きっと迎えに…ん?ダーリン!?」
「強くて、優しくて、崖っぷちのあたしを救ってくれた…それに今の胸のトキメキ!ダーリンこそがあたしの運命の人だと確信しちゃいました…きゃーっ♡」
昼までの勝ち気な彼女はどこへやら、アリッサの顔はすっかり恋する乙女のそれになってエイジャーへ熱い視線を送っている。
視線を移せば案の定というべきか、浮気(?)を察知したルルも先ほどまでの慈愛など微塵も感じさせない熱い視線を送っていた。
─えー!?師匠じゃなくて私がエイジャーを支えるの!
─大人なダーリンにルルは子供すぎるもの、あたしに任せて
「いやちょっと待って、なんの話だ?あれは騎士団として─」
─夜は一緒に寝てるし、この前だってぎゅってしてくれたよ?エイジャーは私に傍にいてほしいんだよ
─!?!?!?え、ちょ、もうそんなところまで…!?そういうのはまだ早いでしょ?
「いや、あれは父性の発露というか…それに俺には奥さ─」
「「ちょっと静かにしてて!」」
「はい…」
気配を殺し、女子2人を遠い目で眺めるエイジャー。どちらが自分に相応しいかというなんとも不毛な口論は、もうしばらく続いたという…
「そろそろ出発しないと…ダーリンを通してあたしを認証できるようにしておいたから、時々声が聞きたいです…なんて」
「(どうやって…?)なかなかタイミングが合わないかもしれないけど、なるべく出られるようにするよ。…ルル〜みんなが見てるところでくっつかないで…」
翌日。アリッサが参加する商隊の準備が整い、エイジャーたちは別れの挨拶に立ち会っていた。
アリッサは子猿のように腕に密着するルルを見て苦虫を噛み潰したような表情になる。どうやら年相応にあどけなくなるのは、あくまでエイジャーの前のみのようだ…
「くっ…その位置はしばらく譲ってあげる。教えたことを練習してダーリンを助けること!いい?」
「りょーかいです!師匠!」
─別れは済んだか?そろそろ出発するぞ!
「…時間みたいだね。また会えるのを楽しみにしてる」
2人は再開を約束する握手を交わすと、またも商隊に急かされたアリッサは駆けていき、荷台に飛び乗った。
「…アリッサ!そういえば君の故郷を聞いてなかった!どこにあるんだ?」
「あたしの故郷はサレム=ヘクス!魔力を研究し、その可能性を引き出す研究者たちが暮らす村です!それじゃあ2人とも!またね!」
晴れやかな表情で手を振るアリッサ。その姿が見えなくなるまで、ルルとエイジャーは彼女を見送り続けた…