復興資材の調達を終え討伐隊と合流したエイジャーは、副団長グレナルドの鉄拳制裁やルルとの再びのケンカを通してあの日のトラウマと改めて向き合い、「死んでいった者たちの分までちゃんと生きる」ことを(2回目)決めるのだった
それはいつも通りの朝。昨晩のケンカで疲れ果てたルルは深い眠りにつき、いつもより少し早めに覚醒した。金属が擦れ合う心地よい音に目を開けると、エイジャーが珍しく鎧を身に着けているのが見える。
「あ、起こしちゃった?もう少し寝かせておこうと思ったんだけど…」
「んん…どこか行くの?」
「昨日ルルに抱きついたミーシャっていたでしょ?あいつと試合をするって約束してて。ルルも観に来てほしいな」
─頑張れミーシャ!負けんなよ!
─お姫様にまたカッコ悪いとこ見せてやるなよエイジャー!
騎士団同士の試合が始まるという噂を聞きつけ、基地前の広場には人だかりができていた。真ん中には審判のグレナルドが立っており、2人の装備を確認している。
最前列で観戦するルルの隣に、人混みをかき分けてガラナとポリプがやってきた。
「ルルちゃんおはよう!昨日色々とすごかったって聞いたけど…何があったの?」
「あれはエイジャーが悪い!そういえば2人も呼ばれてきたの?」
「うん。きっと参考になるから見においでって…始まるみたいだよ」
広場に目を移すと2人はすでに向かい合っていた。エイジャーは剣を、ミーシャはレイピアを携えているのが見える。
(足場が悪いから甘い踏み込みが命取りになるな…それにしてもなぜここだけ…?)
エイジャーは足元…というより決闘場のみが水浸しになっていることに違和感を覚えていた。昨晩は雨など降っていないはずだが…酔っていて記憶が定かではなかったのだろうか?
「…ミーシャ、昨日はありがとう。こうして戦うのは入団以来だな」
「強くなったのはエー君だけじゃないんだから!遠慮せずにかかってこい!」
「両者とも実りのある試合にしましょう。これより戦闘訓練を開始する!」
グレナルドの掛け声とともに仕掛けたのはエイジャーだった。鞘から剣を取り出しながら一気に両者の距離を詰めると、横一文字に斬り払う。
ミーシャはその軌道をレイピアで弾いて逸らすと蹴りで反撃に移り、エイジャーも同じように蹴りを繰り出してお互いの葦が衝突すると、後ろに退いて距離を取り直した。
(僕と練習してる時よりも早い!それを捌くあのミーシャって人も…かなり強い)
「エー君まだまだ余裕だね!今度はこっちから行くよ!」
ミーシャは姿勢を低く保ったまま距離を詰め、腹を目掛けて突きを放つ。エイジャーはこれを後ろに退いて避けると、頭・腕・腹・腿…ミーシャは様々な部位を狙って突きを繰り出した。その所作は極めて流麗で癖がない。
「すごい…いろんな箇所を狙ってるのに動きが滑らかだ。避けてるエイジャーの顔も本気になってる」
「あれは騎士団で教えてる剣術の1つだ。…エイジャーの奴は滅多に使わないからお前たちには新鮮かもしれないな」
振り返るとこの町の憲兵隊を率いる小隊長 ラッツが腕を組み観戦していた。
ミーシャが使っているのは旧貴族が嗜んでいたレイピアを用いる舞術『フーリエ・アンガルド』…それを騎士団が実戦向きに改良し、そこから個人でイナシ性能を伸ばしたものである。
舞をベースとしたこの型と彼女のしなやかな身体は相性抜群であり、次の動作が予測しにくい滑らかな突きは理性ある人間との戦闘では特に噛み合う。
だがエイジャーも負けていない。視線・予備動作・隙から突いてくるポイントを予測し、ミーシャの突きを確実に回避していく。
「うっそ…まったく当たらない!?これでもかなり鍛えたんだけど?」
「最近動体視力が上がったんだ。前例のない魔族を相手にしてきたおかげかな…っ!」
エイジャーは突きを弾いて隙を作るとミーシャを蹴り飛ばした。鎧で急所は隠しているが、それでも鈍い音を立てて吹き飛ぶ。
「痛ったぁ〜…ただ突くだけじゃ敵わないかぁ。じゃあこれならどうだ!」
立ち上がったミーシャはゆらゆらと左右に揺れ始める。ルルは目を回し、エイジャーの『千鳥足』を見慣れているはずのガラナですらその動きに錯覚を感じ始めていた。
「ミーシャがたくさんいる?なんか…気持ち悪くなってきた…うぇぇ…」
「あれはナイトダンス…素人が凝視してると酔うぞ、一度目を閉じろ」
ナイトダンス…これもまた騎士団で教えている技である。
エイジャーの『千鳥足』がジャンプの着地足とタイミングをずらすことで相手のリズムを乱すのに対し、こちらは剣先・マント・腰・頭の左右のゆらぎをバラバラにすることで目の追跡能力を乱す効果がある。
「…っ!目が追いきれなくなってきた…!こっちも技を使うから避けてくれよ!『突式・啄木鳥連突』!」
エイジャーは一瞬の溜めの後に高速で無数の突きを放つ。ルルはこの技を知っているが、身も心も回復し死線をくぐり抜けてきた今の型は速度も迫力も段違いであった。
「あれがエイジャーの突き…!でもミーシャって人も上手くいなしてる!」
「いや…よく見ろ。確かにほとんどの攻撃はいなせてるが対処が追いついていない。何発かに1度は鎧で受けている」
ラッツの言う通り、あまりの突きの速さにイナシが追いつかず何発かは鎧で受けてしまっている。目では追いきれないが、耳をすませば剣同士がぶつかり合う甲高い音に混じってガン、ゴンと鈍い被弾音が聞こえてきた。
(早っ…それに重い!直撃を避けるので精一杯かも)
だが常人であれば対処するどころか目で追うことすら叶わない啄木鳥連突の被害を抑えられるのは、ミーシャの防御に特化させた型の技術が成熟している何よりの証である。
「そろそろですかな…ここからは魔法の使用を認めます!」
ミーシャの防御に限界が来る少し前に放たれた言葉は試合の中止ではなく魔法の使用許可だった。
その言葉にエイジャーは思わず振り返る。
「えっ?副団長、ミーシャは魔法が使えないはず…」
「わたしも強くなったって言ったでしょ?ヒヤっとさせちゃうから覚悟して!『凍気練成』!!」
ミーシャが叫ぶとレイピアに靄がかかり始め、彼女の突きに合わせて大気中の水分が凝固、氷の礫へと変化した。
エイジャーは剣に雷を纏わせると襲い来る礫を次々と撃ち落とす。だが礫に注意が向いている隙をついて放たれた一撃が肩の鎧を掠めた。試合が始まって初めての被弾である。
「いつの間に魔法を…それで足元が水浸しだったのか」
「有利な条件作っちゃった♪まだ魔法の扱いは未熟だからハンデってことで!」
(勝手知ったる相手からの不意打ち、地の利を奪われた状態…きっとこの経験はエイジャー君にとってこの先必要となる)
ウィンクしながら手のひらを合わせてわざとらしく謝るミーシャに呆れるエイジャー。その様子を審判のグレナルドは神妙な面持ちで眺めていた。
彼女に有利なフィールドを用意したのはグレナルドである。未知の魔族と戦うことで以前よりも強くなったエイジャーだが、それが自分もよく知る相手だったら…それは今後の事を考えてのセッティングだった。
ミーシャは連続で突きとそれに追従する無数の礫を飛ばして攻撃する。だがタネが割れている以上は対策もできる…エイジャーは常に突きが届かない位置をキープ、礫の撃墜のみに集中することで被弾を抑えることにした。
割れた礫が水となり、鎧や服を濡らしていく。何かを確信したミーシャは今までで最大の凍気を纏わせ、エイジャーに飛びかかった。
「レイピアでそんな大振りをしたら…っ!?」
お互いの刃が鍔迫り合い互角かと思われたその時、エイジャーは濡れた己の体から急激に熱が奪われていることに気が付いた。さらに服の表面が凍りつき動かしにくくなっている。
「へへへ引っかかったな!何も氷を飛ばすだけじゃないんだぞ!」
「すごいよミーシャ、こんなに使いこなすなんて!…だが俺の魔法は雷、対策はある!」
エイジャーは剣に雷を纏わせるのではなく、刃や鎧といった金属部位に直接電気を流し込み始めた。電熱である。
全身の温度を強制的に上げることで氷を溶かしたエイジャーは作戦が覆されて隙を見せたミーシャのレイピアを弾き飛ばし、そのまま腕を掴んで足を払い投げ倒した。もちろん頭を強打しないよう、直前で体を引き上げて。
数秒見つめ合った後、ミーシャは気の抜けた顔で手を挙げ、ひらひらと振って降参のサインを出した。
「…降参〜。追い込んだと思ったのになぁ」
「体に撒いた水を凍らせてくるのは予想外だった。おかげで対策すべきことがまた見えてきたよ」
エイジャーはそのまま抱き起こすと彼女の鎧についた泥を落としてやる。そこへ満足そうに笑うグレナルドが拍手をしながら近づいてきた。
「お互いに実りのある試合でしたね。エイジャー君とお嬢さんの今後について言い渡します、汗を流したら作戦室に来てください」
「…!」
試合の終了を見届けた観衆たちがどっと沸き上がり、ルルはエイジャーのもとへ駆け寄っていく。皆が試合の感想を口にする中、ガラナは1人黙り込んでいた。
(あれが騎士団同士の戦い…僕とやり合ってる時とは迫力が段違いだった。もっと強くなるためには…)
「ガラナ大丈夫?もしかして人混みに…」
「聞いてほしいんだポリプ。実は─」
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「エイジャー君には引き続き単独行動を命じます。もちろんお嬢さんの故郷探しもしていいですよ」
「…え?」
試合からしばらくして。作戦室に到着するやいなや、グレナルドはあっさりと2人に単独任務を言い渡した。
討伐隊に再編入されることでルルを故郷に返すという目的が果たせなくなる…そんな事態も予想しており、立場を超えて食ってかかることも覚悟していたのだが…
「意外でしたか?先ほどの試合や昨日の言動から下した判断です。我々は王政に反感を持つ地域に干渉できません。そこで独立した立場から介入し、各地の問題を解決してほしいのです」
グレナルドの提案はもっともではある。王政による干渉を拒絶するコミュニティが必ずしも高い防衛力を持っているとは限らない…ツケンサのように自警団を組織する街もあれば、アルフ族の集落のように外界に助けを呼べない事情を持つ場合もあるからだ。
「各地の憲兵隊に街の防衛を、残してきた討伐隊に周辺の調査と報告を指示しています。私の仕込んだ術もあるので拠点はまず安全でしょう。君たちには騎士団として解決できない案件を頼みたい」
「待ってよおじさん!私たち2人だけでみんなやらなきゃいけないの?」
「必要に応じて各地の騎士団を使ってください。人・物資・情報…君の判断である程度動かせるようにしますが大所帯で動けないのは変わりませんね」
それは条件つきとはいえ副団長クラスの権限をエイジャーに付与することと同義だった。元より上下関係にゆるい討伐隊だけならまだしも、憲兵隊もとなれば一筋縄ではいかないだろう。
エイジャーは彼の案に反論しようと口を開く。
「俺はまだ小隊長です、いくらなんでもそんな扱いは…」
「仕組みに固執して全滅では本末転倒です。それに君のことは階級以上に評価しているんですよ?シドやニーナ君…君のよく知る者もすでに独立部隊として回っています」
エイジャーは挙げられた2人の名前に驚きの声をあげる。シドは強い上昇志向と高い実力を持ち、同い年ながらもグレナルドの補佐官にまで登り詰めた天才である。エイジャーをライバルと称して何かと気にかけ、騎士団の将来を語り合うこともあった。
ニーナはかつてエイジャーの部隊にいた歳下の後輩である。突然部隊を離れてからは血の滲むような鍛錬を重ねたらしく、まだ隊長格ではないものの、本人の強い強い希望があって独立部隊に志願。数日前に町を出たばかりだという。
自分より優秀なシドはまだしもニーナまで過酷な任務に…そう漏らすエイジャーの肩をグレナルドは優しく叩く。
「君の役に立ちたいと必死の形相で迫られましてね…あの目を見たら止められません。彼女だけじゃない、残っている者はみな覚悟を決めています」
「君は王都襲撃犯と接点がある唯一の人物…単独行動などさせたくないのが本音ですが、我々に隠しているお嬢さんの件もあり組織として動くのは無理でしょう。過酷ではありますが…私なりの配慮を尊重していただきたい」
「…気付いてましたか」
バツが悪そうなその一言にグレナルドはもちろん、と答える。その表情は下手な嘘をからかっているようにも、困っているようにも見えた。
虚偽の報告は味方を危機に晒すとして本来厳罰だが、彼は今ようやく触れる程度であった…それもあっさりと。
「理由は検討がつきます。そして助言するならば"あの日王都にいなかった騎士団は信頼していい"ですが、この話はまたいずれ…独立勢力として各地を巡る任務、受けてくださいますか?」
グレナルドは人づての報告からルルが人攫いに捕まっていたこと、王都にそれを斡旋していた内通者がいると疑っていたところまで見抜いている…こんな言い回しをするのは、犯人にもある程度検討がついているのだろう。
元よりそのつもりではあったがこの人には敵わない…観念したエイジャーはルルに問いかけた。
「ルル、また2人で旅をすることになる…過酷だし遠回りにはなるけど一緒に来てくれるか?」
「もちろん!エイジャーは私といたいんだもんね!夜も寝れないし!」
(いい相棒に恵まれましたね…エイジャー君)
胸を張るルルと否定しきれずに小さくなるエイジャー。グレナルドはそんな2人を子を見守る親のような表情で眺めていた。
「…決まりのようですね。新しい隊服や荷物はミーシャに用意させていますからこの後確認してください。それでは解散!」
「副団長殿、ちょっとよろしいでしょうか」
話し合いが終わったのを見計らうように作戦室の扉が叩かれ、そこに現れたのは小隊長のラッツと─ガラナだった。
「ラッツ…盗み聞きは感心しませんね」
「返す言葉もありません。エイジャーもいるタイミングで話すとなると今かと…ここにいるガラナが騎士団に入りたいと言ってきまして」
ラッツの言葉により会議室は数秒の沈黙が訪れた。
グレナルドは眉をひそめ、
ルルはよく分かっておらず、
エイジャーは何度も瞬きを繰り返している。
「えっと…何か言ってほしいんだけど?」
場の空気に耐えかねたガラナが気まずそうに口を開くと、無意識の糸が切れたように遅れてエイジャーが驚愕する。
「な、なんで急に…?」
「エイジャーと冒険したり今朝の戦いを見てて思ったんだ。もっと強くなって、大事な人を守れるようになりたいって…だから1番信頼できる人と同じ組織に入ってみようかなって」
ガラナが誰かのために強くなろう、そのために歩む道を決めようとする成長はとても嬉しい。
一方で彼には大事な人がいる。魔族が不穏な動きを見せより危険な今、そんな道を歩んで同じような悲劇を起こしてほしくはない。
嬉しいような、反対したいような…複雑な感情にエイジャーが唸り続けていると、グレナルドもまた困ったような声色で口を開いた。
「その志は見事、人手が足りないのも事実です…が前例がない故にそちらの族長とも話し合わねばならない。その上でまずは…お試し入団といったところでしょうか」
「…というわけだ、今日のところは戻ってほしい。エイジャー、頼んだ」
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「ルルちゃ〜ん元気でね!1番いい弓用意したから!困ったことがあったらいつでも連絡して!」
「んー!んー!」
あれから2日後…独立部隊として町を離れる日。新たな装いに身を包んだエイジャーとルルは、見送りに来た多くの人々に囲まれていた。
「町の復興は任せろ。お前の努力は無駄にしない」
「よろしくお願いします、ラッツさん」
見送りの後ろではツケンサの街で集めた資材や人が今日も瓦礫を撤去し、破壊された建物を再建しているのが見える。
今後もこまめに資材の搬入をすると商会と約束を取り付け、あとは時間が解決してくれるだろう。
「エー君、"また"ルルちゃんのこと泣かせたら氷漬けにしちゃうからね?それとこれ…」
散々ルルを吸って満足したミーシャが何かを手渡してきた。それはよく手入れされた銀色の女性用イヤリング…
「私へのプレゼントだったんだけど…サーヤの遺品持ってないでしょ?だからあげる。あの子も連れて行ってあげて」
「…っ!ミーシャ…ありがとう。大事にする」
「本当はついて行きたいけど足手まといになるから…ここで鍛えて強くなるよ。僕の技、上手く使ってね」
「ああ、大事に使わせてもらうよ。無理はするなよ」
結局ガラナは騎士団に正式加入とはならず、彼を鍛える代わりにガルフィン族として海の警備を行うことにしたそうだ。
指輪に宿った彼の技についても情報を共有し、指輪の思いのままになることはないだろう。
「自分の命を軽んじるのが君の悪い癖…今はその命に多くの想いが乗っていることを忘れないように。いいですね?」
「…はい、副団長。必ず成し遂げてみせます…みんなと一緒に」
「…その一言が出るなら心配はいりませんね。行ってきなさい!エイジャー・グラム!」
グレナルドの掛け声と人々の歓声を背にエイジャーとルルは歩き出す。2人の旅は新たな一歩を踏み出した。
・・・・・・・・・
「…彼の消息が掴めました。以前パラブブが"勝手に"襲った町の周辺にいるそうです。…いかがなさいますか」
「───────。」
「かしこまりました、我が主よ。…しかし奴らは来るでしょうか?」
「────?────♪」
「申し訳ありません、出過ぎた真似を…そのように配置します。…そういえば奴ですが…とても貴方に忠を尽くすとは思えません」
「─────。──────…」
「…承知しました。それでは指令を下しに行ってまいります」
「…君はエイジャー・グラムっていうんだね。あの時聞いておけば良かったよ。早く会いたいなぁ…」