王都騎士団の独立部隊として旅をするエイジャーとルルはひょんなことから立ち寄った少数種族 フリザ族の集落は温暖化に悩まされていた。
温暖化の原因であるロウディという強大な魔族を打ち倒し、火傷を負いながらも初の幹部級討伐を果たしたのだった。
ここはとある小さな町…憲兵隊の小隊長 モイラは近辺の調査報告書に目を通しながら、数日前にここを発ったエイジャーらのことを考えていた。
(あの子たち大丈夫かしら…グレナルドさんは正体がバレないよう騎士団は近寄るなって言ってたけど、爆発があったのはさすがにただ事じゃないわよね?)
もう一度確認に向かうか、それともこっそり討伐隊を向かわせるか…頭を悩ませていたところに町民の悲鳴が飛び込んできて我に返る。
「どうしたの!?まさか魔族!?」
武器を手に悲鳴のもとへ駆けつけると、目の前には怯える町民とルル、そして包帯まみれの男が立っていた。
「お騒がせしてますモイラさん…ただいま戻りました」
『…それで火傷が完治する前に出てきたのですか?まったく君という人は…』
誤解を解き基地に戻ったエイジャーは、さっそくフリザ族の集落で起きた事についてグレナルドへ報告していた。
あれからルイーズが暮らす集落で治療を受けていたのだが、あとは薬物を染み込ませた包帯を巻いて放置するだけの段階になったからと町へ戻ってきてしまったのである。
食べ物をほとんど摂らないアルフ族の集落で出されるのは木の実ばかり…魔力を大量に使ったルルにはあまりにも質素、早く人里に戻ってちゃんとしたものを食べさせたいという意図があったのだが…
ミイラのような風貌のまま通信機の前で小さくなっている姿はなんとも滑稽であった。
『しかしフリザ族との友好、人語を操る魔族本体の討伐、大幹部の名前…どれも素晴らしい収穫です!エイジャー君、本当によくやってくれました。お嬢さんも』
「光栄です副団長。次はテンガロンに向かおうと考えていますが…問題ないでしょうか?」
テンガロン…その名前を聞いたグレナルドの声色が少し重くなる。
『あそこは王政を蛇蝎のごとく嫌っています。ライフルで武装した自警団を持ち、もし衝突が起きれば大変なことになるでしょう』
『…とはいえ観光地でもありますし、何より牛肉が美味だとか…情報収集にはもってこいです。今の格好なら騎士団とは気付かないはず、偽名も使えば潜入できるとは思いますが…』
牛肉が美味い…魅惑的な言葉にルルは身を乗り出して目をキラキラと輝かせる。サザンを出てから彼女の魔力を使った治癒に頼ることが増えているので、たまにはいいものを食べてもらおうと考えていたのだ。
『今回の成果は勲章ものです、任務ついでの息抜きくらい誰にも文句は言わせませんよ。ただし!包帯が取れるまで回復してからです。いいですね?』
「了解しました。傷が癒え次第テンガロンへ向かいます。はい…それでは」
「お肉食べに行けるの!?」
エイジャーが通信を切るやいなや、弾みきった声でベタベタとくっついてくる。欲しいおもちゃを買ってもらえる子と親のような姿に、傍で見ているモイラは微笑ましさを感じていた。
「遊んでばかりはいられないけどね。少し長旅になる、しっかり準備しておこう」
「代わりの剣は出発までに用意しておくよ。討伐隊の馬車も利用できるようルートを調整しよう」
「ありがとうございます。…食っちゃ寝だけじゃ皆さんに失礼だ、滞在中は俺の事をどんどん使ってください」
こうして2人は慰安も兼ねた情報収集としてテンガロンへ向かうことになったのだった。
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「あれ?もしかしてエー君たちと話してたんですか?」
一方ここはサザンの拠点にある仮説司令室…通信を終えたグレナルドの元をミーシャが訪れていた。
「ええ、フリザ族と協力して幹部級を倒したそうです。全身に火傷を負ったようですが声は元気でしたよ?ミーシャ、地図に記載を」
「了解でーす♪えっと…この辺かな?にしても今度は火傷かー…ルルちゃんも心配だ」
ミーシャは紙を破いて成果を書くと、壁にでかでかと貼られた大陸の地図へピン留めした。ここには各地の討伐隊が集めた情報や成果、被害状況などの最新情報が集まっている。
その大きな地図とにらめっこしながら、グレナルドはうぅむと低く唸った。
「魔族の被害は散発的、変異型が現れるくらいで計画性を感じませんね…彼の周り以外では」
王都を襲撃したという4体、今回の事件で明確になった指揮系統の存在…これまで神出鬼没とされていた魔族にも意思と知性が存在することは分かったのだが、どうにもやる気を感じない派兵の仕方が腑に落ちないのだ。
変異した魔族は対処も難しい、彼らをけしかければ中規模な町くらい容易に落とせるはずなのに…
人間の事を知らないのかと思いきやエイジャーの行く先々では強力な魔族ばかりが現れるので、こちらの動きをまったく把握していないわけでもなさそうである。
指揮能力が低い?気まぐれで決めている?それともエイジャー以外に興味がない?…様々な可能性を考察してみるがどれも推測の域を出ない。
敵の総大将の思考パターンが分かればもっと効率的に部隊を展開できるのだが…頭を抱えるグレナルドへさらなる悩みのタネが降りかかる。
「あ、それとアグー中隊長からも報告が上がってます。王都を囲うドス黒いオーラの正体は不明、迫撃砲や魔法を使っても破壊できないそうです…立ち入りは難しそうですね」
「そうですか…私も調査したいですが当面ここを離れることができません。せめて盗賊だけでも滅んでくだされば手が空くのですが」
サザンに到着して以来、彼はほとんどの時間をこの仮説司令室に費している。大陸中の情報を集め、各地の長と今後の自治体系を相談し、人類の敵となる者たちへの策を練る…
通信だって魔力を消耗するのだ、いくら彼がルルと同じ"食べるだけ魔力を補給できる体質"とはいえ負担は並大抵のものではない…残された者の中で最高位だから仕方ないとはいえ、さすがに顔にも疲労が色濃く出てきていた。
「…私もテンガロンの牛肉が食べたいですねぇ…」
思わず漏れ出たぼやきにクスクスと笑うと、ミーシャは祖父を労る孫のような手つきで肩をもみ始める。
「エー君が上手いことやって食べられるようになりますよ。簡単な事務作業くらいは手伝うのでガンガン使ってくださいね?それじゃ、カワイイ新人に修行つけてきまーす♪」
(そうですね…シド、ニーナ、そしてエイジャー…有望な若者たちが各地で過酷な任務をこなしている。内務の私が音を上げては示しがつきませんね)
ミーシャは気合を入れなおし机に向かうグレナルドを確認するとゆっくり扉を閉め、外で待たせていたガラナにあざとく謝罪する。
「待たせてごめんねガラナ君。新入り君の前だとグレさん弱音吐けないだろうから」
「うん、大丈夫…です。今日も修行よろしくお願いします」
「素直でよろしい!お姉さんが相手してあげるから、遠慮せずドンとぶつかってきなさい♪」
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「…ッフ!はあっ!」
「いいね!動きが良くなってきた!あとは予備動作をいかに悟らせないかだよ!」
数分後、基地の前ではガラナとミーシャによるスパーリングが行われていた。とはいえ試合の許可は降りていないので、お互い武器に見立てた棒ではあるが…
エイジャーが町を出てからというものの、ガラナは強さを求めて騎士団のもとへ通い詰めていた。調査に同行して見分を広めたり、その合間に修行をつけてもらったりと非常に精力的に参加し腕を磨いている。
「次はこっちから行くよ!一気に距離を詰めて連続で突くからうまく捌いてみて!
宣言通りに踏み込み突きを繰り出す。それに対してガラナは槍に見立てた棒をクルクルと回して弾いていく…人間よりも筋力に優れるガルフィン族の優位性を活かした防御にミーシャは心の中で感心していた。
様々な人間の技術をミキシングしながらものにしており、まだ接敵したことはないらしいが単体の変異型ヒューゴともそれなりに戦えるレベルまで来ているように見える。
(エー君から聞いた話では槍を持ったのも少し前なのに…上達が早いなぁ。すごい原石を拾ったね)
「どうしてそんなに頑張れるのかな?彼女のお父さんに認められたいから?」
「かの…っ!それもあるけど恩返しがしたいんだ、僕を変えてくれた人に。…エイジャーって放っておくと死んじゃいそうだから、むしろ守れるくらい強くならないと」
そう言いながらクルクルと回した棒を振るって叩きつけようとする。ミーシャはそれをぬらりとかわしながら足払いし、ガラナを転倒させようとするが、棒を支えに小さく飛び上がって回避した。
「!分かる、強いけど弱いよね。遠くにいるほど頼りになって、傍にいるほど頼らせたくなる…それが分かるガラナ君はこの先大変だよ」
(やっぱり人誑しなんだ…)
飛び上がって背後を取ったガラナは突きと振り回しを交えながらミーシャを攻め立てていく。だがイナシに特化した彼女の立ち回りを崩すことはできず戦いは泥仕合になっていた。
「他の人もエイジャーに誑されたんですか?ミーシャさんは?」
「ん、友達としてはスキだけど…色んなもの背負いすぎてて支えきれないよ。だからサーヤとかルルちゃんはすごいなぁって」
口ぶりからして一度は考えたことがあるようだ。彼の妻であるサーヤとは友人と言っていたし…これ以上の詮索はすべきでない、ガラナの本能がそう告げていた。
長期に渡る攻防で焦りが募る中、防御したミーシャの体制がわずかに崩れた。ここだ─思わず大振りな突きを繰り出したのを彼女は見逃さず、棒を横から蹴り飛ばしてガラナの体制を崩し返す。
慌てて復帰する頃には首元に棒が突きつけられており…ガラナは両手を挙げて降参の合図を送る。
「予備動作って言ったのに〜…実戦で平常心を保つ訓練が必要だね。あとガラナ君は水を操れるんでしょ?それを交えた立ち回りも練習したいよね…もう少し上の人とやれないか掛け合ってみよっか!」
笑顔で手を差し伸べる彼女はうっすら汗をかいている程度でまだまだ余裕そうである。先ほどの隙もおそらく油断を誘うための演技だろう…ガラナは死線を何度も潜ってきた者たちとの差をひしひしと感じていた。
「…もっと精進します。騎士団の人たちって本当に強い…副団長なんてどれだけすごいのか想像もつかないや」
「グレさんは剣術よりも戦略と魔法がすごいからなぁ。頭の良さはやっぱり名家だな〜って感じだよね」
ガルフィン族…少なくともサザン周辺の者たちには家柄の貴賎を決める制度はない。聞き慣れない概念に首を傾げるガラナに対し、ミーシャは昔話を始めた。
「グレさんの家は王様の側近とか高官になる人が多いエリートだったんだよ。でも昔の王族は恨まれてたから…クーデターの標的になって何人も殺されたみたい」
「当時は軍の参謀を目指してたけど、民を虐げてきた罪と向き合うために討伐隊に志願し直したって聞いたことがあるよ。でも最初は色々と言われてたみたい」
クーデターがあったことはエイジャーや同行した騎士団から少し聞いていた。手段は野蛮だが民を苦しめる体制が変わったことは感謝している…そんな事を口にする者もいた。
だがクーデターよって家族を奪われた者も当然いるのだ。そこで恨み、絶望するのではなく罪滅ぼしに人生を捧げる…
そうして副団長の座に上り詰めるまで実績と信頼を重ねたというのだから脱帽である。人の上に立つものの矜持を垣間見て、ガラナはまた1つ世界の解像度が上がったような気がした。
「…そういえば副団長の魔法ってどんなものなんですか?『設置する』とか聞いたことがあるんですけど」
「そうそうすごいんだよ!わたしやエー君みたいな自然現象の使役じゃなくて、もっと…」
─誰ですか?本人のいないところでベラベラと噂話をするおしゃべりさんは
ミーシャの話を遮る声…2人が振り向いた先には手を後ろに組みながら、ニコニコと笑顔を浮かべるグレナルドが立っていた。
「外の空気を吸いに出てみれば…愉快ではない過去を簡単に話すのは行儀が良いとは言えませんねぇ。ミーシャ?少し弛んでいるのではないでしょうか?」
「は、はいぃ…すみません…ど、どうか鉄拳制裁だけは…顔の形が変わってしまいます…」
顔は笑っているが声から発せられる威圧は凄まじく、お調子者のミーシャが完全に震え上がっている。標的ではないはずのガラナもすっかり足が竦んでいた。
(こ、こえぇ…見えない剣を喉に突き立てられてるみたいだ…)
「そんな気の緩みようでは生き残れませんよ?私が2人を直々に鍛えて差し上げましょう。心苦しいですが…徹底的に」
「「ご、ごめんなさぁぁぁい…」」
その日は2人の悲鳴がなんども町にこだまし、騎士団の面々はグレナルドに対してしばらく敬語を崩さなかったという…