魔族たちの幹部ロウディを倒したエイジャーはフリザ族の集落を後にし、アルフ族の治療もそこそこに拠点へと帰還していた。
異変の情報提供者アルジードとさらなる情報を探すべく、2人は反王政派の町テンガロンへと足を運ぶ…
「…着いたぁー!」
包帯が取れるまでに回復し、馬車を乗り継ぎ、いくつかの町を超えて目的地 テンガロンへと到着した2人。
住人はみな拍車のついたブーツ、股以外に布が追加されたズボン、町の名前を冠した独特なハットを身に着け、前装式のライフルを背負った姿で統一されている。
それだけではない。無造作に置かれた車輪やスタンブルによく似た転がる草に至るまで、町の雰囲気は統一されており、まるで物語の中に入ったかのような錯覚を覚える。少し荒廃していて、それでいてクール…それがテンガロンという町なのだ。
「待ちな!ここらじゃ見ねぇ顔だな…誰の紹介だ?」
町の入り口を通過しようとしたその時、胸に星のバッジをつけた細身の男が立ちふさがった。手にはライフルが握られており、返答次第では撃つぞ、という態度を隠しもしない。
だがエイジャーは臆することなく、しかし少し照れた様子で口を開いた。
「お…『俺はアーサー、ただの根無し草さ…ネズミに困ってると聞いて来てやったんだ。そこを通しな』…」
「マリー!だぜ!」
「…なかなか様になってるな!剣と弓は持っててもいいがここで抜くなよ?それじゃあ楽しんでこい!」
エイジャーはほっと胸を撫で下ろす。そう、今のは尋問ではなく挨拶…町の住人は彼のように「カウボーイ」と呼ばれる存在になりきるロールプレイヤーであり、観光地に一体感と華を添える演者なのだ。
同時に自警団としての役割も担っており、手に持っていたライフルには本当に弾と火薬が装填されている。ここで敵対的な行動をすれば演者たちによって即座にハチの巣にされる、その緊張感が犯罪への抑止力となっているのだ。
2人は素性を隠すため、それぞれ『アーサー』『マリー』と名乗ることにした。ルルが演技できるかはかなり不安だったが…見知った名前であること、数日に及ぶ練習の成果でなんとか自然に偽れるようになっていた。
(任務で近くを通ったことはあるけど、まさか中を探索する日が来るとは…生きてると何があるか分からないな)
観光客か旅人かは不明だが、2人以外にも外からやってきた人々が往来しているのが見える。カウボーイたちは統一された衣装を着用しているので余所者はすぐに見分けがつくのだ。
ロールプレイとしての精度を保ちつつ自衛にも活用する…ここの長はなかなか賢い人間のようだ。エイジャーが制度を考えた人間の頭脳に感心していると、ルルが袖をぐいぐいと引っ張ってくる。
「アーサー、あそこからいい匂いがする!たぶんお店だよ!行ってみよ!」
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「何がいいかな〜…ステーキもいいけどシチューも美味しそうだなぁ…うぅ…迷う…」
─ここは何でも旨いぞお嬢ちゃん!チーズも絶品だ!
「お!今嬉しい事言いやがったのは誰だ?一杯奢ってやる!」
ルルはメニューの紙を何十往復もしながら、同じ言葉を繰り返している。2人が入った店は繁盛しており、昼間から酒をあおる者やカードで賭け事に興じる者でなかなかに騒がしくなっていた。
住人の休憩所でもあるのだろう、余所者に混じって盛り上がるカウボーイたちすらいる。彼らは行儀がいいとは言えないが、討伐隊の宴会も似たようなものなのでどこか懐かしい…
「お兄さん見ない顔だね。剣と弓…どこかの雇われかい?」
思い出に浸っていると店主と思われる男が2人に水を差し出す。そういえば入口ではそれっぽい話し方をしてみたが、店の中ではどうすべきなのだろうか…
周りの会話に耳を傾けてみると粗暴なものが多い。スラスラと出ているあたり素なのだろうか…とりあえず合わせるべきだと判断したエイジャーは、ボキャブラリーを駆使して変換しながら話すことを試みる。
「えーっと…『俺に止まり木は必要ない。悪逆無道の獣どもを狩るために馳せ参じた』…です」
「なるほどフリーの賞金稼ぎってところか。ここの連中はタフなんだ、あんまり出番はないかもな」
なんとか意図が通じたようで安心するエイジャー。この町については王政を嫌っている以外の情報をあまり知らないので、店主…ホセに聞いてみることにした。
「元は偉そうな貴族に卸す牛を育てるための巨大な農場だったんだよ。20年くらい前に独立して町長…コイーバさんの提案で農場と観光地を兼ねた今の姿になった。町の奥で育ててるから安くて旨い牛が提供できるってわけだ」
偉そうな貴族…ホセの語り口調は軽快だが、その言葉を発した時にわずかに声色が変わったような気がした。少なくとも旧王政時代を知ってる者たちの憎しみが消えていないことを察すると、それっぽい返事をして深掘りしないようにする。
(協力できればと思ってたけど難しそうだな…ん?)
「あなた…とても優しい目をしているのね」
突然声をかけてきたのは2つ隣に座っていた赤いドレスの女性…厚ぼったい唇に濃いめのアイシャドウ、ミニ丈のスカートで足を組むその姿は凄まじいフェロモンを放っている。
「でも獣のような衝動も秘めている…あたしには分かる。ねえ、今夜その火照りを鎮めてみない?きっと情熱的な夜になるわ」
女性がずい、と顔を近づけると風に乗って花の香りが漂ってくる…人生で関わったことがないタイプからの直球の夜のお誘いに困惑していると…背後から伝わる凄まじい圧で我に返る。
エイジャーは殺意を放つルルを抱き寄せると、こんがらがった頭をフル回転させて言葉を捻り出した。
『悪いな…俺は妖艶な蝶と踊るよりも可憐な花を愛でるのが好きでね』
「アーサーは私とイチャイチャするの!べーっ」
頬を擦りつけ自分の所有物であることを全力でアピールするルルを見て、女性は降参とばかりに肩を竦めた。
なんとか切り抜けた…安堵するエイジャーの足に鋭い痛みが走る。
「ドキドキしてたでしょ!浮気者!」
「痛っ!これは修羅場に対する動揺で…」
「あー待った待った!ここで喧嘩はやめてくれ!ったくポーラ!相手がいる男を引っ掛けるなと言ってるだろ」
喧嘩という名の一方的な裁きを店主が仲裁し、先ほどの女性…ポーラを叱りつける。話しぶりからするに男を口説くのは日常茶飯事らしい…
「だってカワイかったんだもの…ごめんなさいね。彼は大丈夫、あたしが裸で迫っても靡かないわよ」
「悪かったなお嬢ちゃん。お詫びにビーフシチューの半人前をサービスするよ」
「ほんとに!?じゃあステーキにしちゃおうかな〜」
先ほどまでの怒りはどこへやら、店主の言葉に目を輝かせてウキウキで席に戻るルルを見て複雑な心境のエイジャー。実は本気で嫉妬してたわけじゃないのか、まさかシチューに負けたのか…
何はともあれ修羅場を乗り切りサービスもして貰えるとのことで、ようやく落ち着くことができそうだ。
エイジャーはキッチンへ向かう前のホセにアルジードを知っているか質問すると、店の端を指差した。その先には一度見たら忘れない特徴的な容姿の男…アルジードが座っていた。
「よう!相変わらず賑やかだねあんたらは。つかそんな無理してキザな言い回ししなくていいんだぜ?」
「そ、そうなのか…フリザ族の問題を解決したから報告に来たんだ。カッチンがここを教えてくれた」
「それでここまで?律儀っつうか真面目っつうか…ん」
こちらへ服から覗く皮膚を見たアルジードの表情が曇る。包帯が取れるまでに回復したものの、まだ火傷の跡は残っている…元の肌へ戻るにはもう少し時間がかかりそうだった。
エイジャーは集落で起きたことを過不足なく報告した。カッチンの覚醒や、よろしくと伝えるよう言っていたことも含めて。
「…悪い、オレが頼んだせいで大怪我させちまったか」
「早めに対処できてむしろ感謝したいくらいだよ。アルジードが気にすることじゃない」
「あんたマジでお人好しなんだな…借りすぎた分はいつか絶対に返すよ。それにしても…」
─敵襲!敵襲!盗賊だ!カウボーイは出動し観光客は避難せよ!
カンカンカンと金属を叩く音とともに、外から叫ぶ男の声がする。それを聞いた店のカウボーイたちの目つきが変わり、1人を残して一斉に飛び出していった。
「な、なんだ?これも演出なのか?」
「違う!本当の敵襲だ!…あいつらだよ」
店の扉が蹴破られたかと思った矢先、5人の男が入ってくるや1人のカウボーイを手際よく刺して無力化、近くにいた客の喉元にナイフを突きつけ人質を取った。その間は10秒にも満たない。
「お前たち運が悪かったな…有り金全部寄越さなきゃ殺す。寄越しても生かして帰す保証はしないがな」
ウェーブがかった髪を伸ばした男は人質の首にペチペチとナイフを当てながら脅迫する。
店の警備が薄くなったタイミングを狙い、人を刺すことに一切の躊躇がない動き…ツケンサで対峙したようなチンケな盗賊とは違う、本能が強い警告を発しているのを感じていた。
(ルル、その場にしゃがんで何もするな。声も絶対に出しちゃダメだ)
ルルの容姿は目立つ、視界に入ったら標的になるかもしれない…エイジャーがささやくと、素直に応じてゆっくり頷き言う通りにしゃがむ。彼女もただならぬ気配を感じているようだった。
盗賊は5人…位置や距離を考えると、人質を傷つけることなく無力化できるのはできて3人であろう。だがそんなことをすれば躊躇なく残りの2人が人質を殺し店内はパニックになる…先に待っているのは血に塗れた悲劇だ。
だからといって素直に従って無血突破できる相手にも見えなかった。所作や目つきに彼らが手練れであることを疑う余地はない。
「や、やめてくれ!お金は置いていくから!ワタシのことは助け…あ゛ぁっ…」
恐怖にたまらず金を取り出し、盗賊に渡そうとした紳士のシャツが赤く染まっていく…奴らの中では勝手に騒いだ罰を与えただけなのだろう。倒れた紳士の向こうから現れた盗賊の顔は表情1つ変わっていなかった。
他の客はこれ以上刺激しないよう、うめき声をあげる紳士を助けもせず必死に気配を殺して耐え忍んでいる。
「うるせぇジジィだ…!おい!余計な事はするなよザコども…家族の元にバラ肉を届けたくなければな」
紳士を何度を踏みつけながら己の暴力性を誇示する卑劣漢ども…どう鎮圧するか策を巡らせていたその時、隣のアルジードが肘でつついてくる。
(おいあんた、奴らに抵抗させず何人やれる?)
(確実なのは右から2人、ワンテンポ遅れて真ん中だ。…本気か?失敗したら人質が…)
(他に手段はねえだろ?オレは左の2人をヤる。グラスが割れたら始まりの合図だ…行くぜ!)
そう言うとアルジードは持っていたグラスを地面に落とした。パリンという音が店内に響き渡り、膠着していた空気に歪みが生まれる。
「何だ!?…ぐあっ!」
盗賊たちの注意がこちらに向いた瞬間、エイジャーはベルトに隠していた鋭利な鉄の棒を2人の男へ投げた。棒は2人の右肩へと突き刺さり、盗賊は痛みからナイフを手放してしまう。
様々な状況に対応できるよう考えた末、苦手な中距離を埋め合わせる投擲武器として療養中に用意していたそれの形状はいわゆる『棒手裏剣』に近い。
隠し持てる上に加工が容易で数が確保できること、よほど当て所が悪くない限りは殺さずに無力化できる点でエイジャー向きの武器であった。
(まずは2人!)
投げた流れで再度ベルトから取り出し、残りの1人へ投げる。だが真ん中にいたウェーブ髪の男は遅れながらも反応し、鉄の棒はわずかに逸れて肩の際へと命中した。
「っ痛ぇ…お前なかなかやるじゃねえかよ」
(あれに反応できるなんて…それよりも早く無力化しないと!)
男はまだ人質を掴んでおり、手にはナイフが握られている─下手に投擲しては人質を盾にしかねないし、懐へ飛び込むには時間がかかりすぎる…
「団長!突っ込め!」
一瞬の間に攻略法を模索する中、突然飛び込んできた言葉通りに突っ込んでいく。男がナイフを握り込んだその時…腕に鎖が巻き付き、それ以降の動きを封じた。
「あぁ!?鎖だぁ?…!!!」
「はああああっ!」
鎖へ意識が向いた隙に一気に距離を詰める。物が密集するインドアでの剣は他の人を傷付けかねない…エイジャーは腰に携えたナイフを抜き男の肩へと突き立てた。だがそれでも手に持った凶器を離そうとしない!
飛び込んだ勢いのまま男を押し倒すと、抜いたナイフの柄で思い切り側頭部を殴りつける。咄嗟のことで加減が効かず振るった一撃は男の脳を揺らし、これにはたまらず泡を吹いて気絶した…
「ありがとう、助かったよ…死ぬかと思った」
「しくじって危険な目に遭わせてしまいました、申し訳ありません…ホセさん、治療具をお願いします。それと拘束用の縄を」
盗賊に刺されたカウボーイと紳士の止血を終え、道具を待つエイジャーの元へアルジードがやってくる。仕留めた盗賊2人を無造作に投げ捨てると、彼もふーっと息を吐いてからしたり顔をこちらへ向けてきた。
「やるな団長。だが盗賊は他にもいるはずだ…借りを増やして悪いけどもう少し手伝ってくれ。…おらっ起きろよクズが!テメェらの仲間は何人だよ?あぁ!?」
「!?ちょっ…ちょっと待て!」
エイジャーは我が目を疑った。いつも飄々としていたアルジードの態度が一変、気絶した盗賊の頭を何度も蹴り倒して叩き起こそうとし始めたのである。
いや、もはや起こすことすら目的にないように見えた。強い恨みや報復心からなる残虐な行動…慌てて背後に回り羽交い締めにする。
「抵抗できない相手にやりすぎだ!こんな奴らのために手を汚すな!」
「…悪い。ダサいとこ見せちまった」
アルジードを取り押さえると意外にも抵抗せず、大きな舌打ちとため息を1回ずつ吐いたのみであっさりと引き下がってくれた。
それにしても羽交い締めにした時の感触…いや、今は盗賊を鎮圧するのが先決だ。エイジャーは切り替えると、持ってきた縄で素早く5人を縛りあげると柱へ括り付ける。
「血は止めました、怪我人の処置をお願いします。我々が出たら鍵を閉めておいてください。マリーは…」
そこまで出てから言い淀む。店を制圧するだけの下っ端ですら二撃目に反応できる盗賊たちである。外にいる本隊はもっと手強く、数も多いはず…混戦は必至、手が回らなくなる可能性がある。
目についたものを無差別に襲う魔族と違い人間はターゲットを絞る。狡猾さという意味ではある意味最も厄介であり、考慮すべき点はまるで違ってくるのだ。
ましてやルルは人攫いに捕まっていたのだ。今まで気にする素振りは見せていないが、どこでトラウマを呼び起こしてしまうか分からない。
彼女を連れて行くのは危険だが、離れ離れにしておくのもベストではない…どちらがより安全かを秤にかけていると、拘束を解いたアルジードが肩を叩いてきた。
「オレが団長をカバーする。だから目を離してやるな」
そう訴えかける彼の目はいつもの飄々としたものでも、盗賊に向けていた激情でもない…真剣で複雑な感情が宿っているように見えた。
この歳で単独行動していることも含め、やはり事情があるのだろう…だが今は盗賊を排除することが最優先である。
「…ありがとう。マリー!一緒に行こう!」
「うん!特訓の成果見せてあげる!」
3人は店から飛び出し、銃声が鳴り止まぬ地区へと向かう…こうしてテンガロンを救うための戦いが幕を開けた。