王政を憎む町 テンガロンでの身分偽装がバレたエイジャーは裁判にかけられてしまうが、盗賊狩りの少年アルジードによって死刑を逃れることができた。
そんな彼はエイジャーらの旅に同行することを要求してくるものの、まずは見定めたいとする副団長 グレナルドの提案により試験を受けることになったのだった…
「あの村も大丈夫と…これであと1箇所だな。にしても副団長とやらも素直だねぇ。憲兵隊のいるとこはたぶん狙わない、なんて信じるんだからさ。オレならむしろ警備を厚くするね」
テンガロンの町を出て数日…正式な仲間として認められるための試験の一環で、アルジードは周辺地域の被害調査と周知を行っていた。
顔が広いという言葉に嘘偽りはなかったようで、訪れたどの町村でも警戒されることなくスムーズに聞き取りができている…年上や長であっても態度を変えない彼のスタンスも受け入れられているようだ。
とはいえ見習いの身でグレナルドへの皮肉は心象が良くないだろう。エイジャーは少し困ったように宥める。
「信じてるというか…王政に賛同した地域には副団長の術が張り巡らされてるから、大規模には攻め入れない分注意を他に向けてるんだと思うよ」
「それ聞いたことあるけどマジなのか?騎士団のいる町にも立ち寄ってるけど何も無かったぜ」
「アルは問題なく出入りできるだろうね。あれは…」
─助けて!誰か!いやあぁ!
林道の奥から女性の悲鳴が聞こえてくると同時に、エイジャーとアルジードの2人は即座に臨戦態勢に入る。
「近いな…先に行ってるぜ団長!」
「無理はするなよ!ルル、俺たちも追おう」
「うん!」
アルジードは声を辿りながら、軽い身のこなしで木々の間を縫っていく。
休憩や町の滞在中にアルジードの適性を見ていたが、動きが速く滑らかで気配を消すのが上手い。特に障害物が多いフィールド下ではその長所がより活きてくる。
盗み見てしまった本人の手帳にも書いてあった通り、その技術やまさに盗賊や暗殺者に高い適性を持つものばかりだった。
憎む相手を倒そうと鍛錬するほど似通ってくる…そんな矛盾や葛藤を独りで抱えてきた彼の心境を思うと胸が締め付けられるが今は急を要する事態である。腹を割って話すのは解決してからにしようと心に決めたエイジャーだった。
一方こちらはアルジード、一足先に声の元へたどり着くとそこには若い女性の服を乱暴に破く暴漢たちがいた。
「やめっ…離してください!」
「こんな人気のないところを一人で出歩くなんてのはなぁ…食ってくださいと懇願してるようなもんだぜ!」
「残念ながらオレがいんだよ!ブチのめしてやるから赦しは乞わなくていいぜ」
アルジードの叫びに暴漢たちが一斉に振り返った。見える範囲にいるのは5人…武器や身なりはあまり整っておらず、大規模な盗賊団の構成員ではなさそうだ。
「あァ?オレたちは今からオトナの時間なんだよ。ガキにはまだ早いから失せな」
─そうだぜ!痛い目見る前に消えろクソガキ!
アルジードは武器も構えずこちらを指差し、笑っている取り巻きたちにため息をついた。誰一人として警戒せず相手を見くびるとは…アラクネのメンバーでないとは思っていたがあまりにも練度が低すぎる。
今は騎士団の入隊試験中、エイジャーからも無闇に殺してはいけないと釘を差されている。
技の練習台としてはちょうどいい…心の中で切り替えると、暴漢たちの冷静さを奪うべく指を指し返して嘲笑しながら煽ってみせた。
「テメェみたいな奴にその人は似つかわしくねぇ。ブタとでもやってろよ。なあオッサン?」
「んだとガキ…なにっ!?」
女性に掴みかかっている男はあっさりと煽りに乗ってきた。取り巻きたちの敵意が一斉にアルジードへと向いたのを確認すると、男に棒手裏剣を投げて牽制しつつ一気に距離を詰める。
意外にも棒手裏剣を弾いて臨戦態勢に入るガッツを見せるも時既に遅く、懐へ潜り込んだアルジードは顎を思い切り蹴り上げると、その体は宙を舞った末に地面へと叩きつけられた。
「アニキがやられた!このガキを逃がすなブッ殺すぞ!」
各々の武器を取り出す下っ端たちに囲まれながら、アルジードはあることを思い出していた。数日前、調査に立ち寄った村に滞在していた時の事。
テンガロンの町で盗賊に見舞い、あっという間に制圧した体術についてエイジャーに聞いた時のやり取りである。
『なあ団長、あんたの体術ってどこで習ったんだ?やけに凶悪な型ばっかりな気がすんだけど』
『騎士団の鎮圧術、スラムのケンカ術、聞き齧ったいくつかの武術を混ぜてるんだ。多対一の状況でも一撃で気絶させられるようにね』
アルジードはエイジャーの口から出た「スラムのケンカ術」というやけに物騒な単語に目を丸くしていた。さらっと流したあたりさすがは武闘派の討伐隊、使う場面に慎重なだけで行使する力の探求は怠らないらしい。
『だから壁に突き飛ばすとか顔を踏み台にするなんてのもあるのか…オレも覚えておこうかな』
『一応急所だけに衝撃を加えないよう気を付けるけどね。状況によっては体術の方が早く済むこともある、アルは器用だからすぐものに出来るよ』
(…ちょうどいい、ここで実践といってみるか)
「ボーッとしてんじゃねえぞガキィ…!…んな゛っ!?」
盗賊の1人がナイフと共に突き出してきた腕を両手で掴むと、捻りを加えつつ背負投げを繰り出した。
腕を捻ることで痛みを与えつつ怯ませ、そのまま肩を支点にしてあらぬ方向に力を加える…
二重の痛みに硬直した体は受け身も忘れて地面に叩きつけれられ、背中を強打した相手は3つ目の痛みにより数秒の間呼吸する事すらできなくなる。捻る、曲げる、投げるの三重苦を与えるこの型をエイジャーは【投三苦】(トサンク)と習ったらしい。
(上手くいったな…次!)
続いて鉤爪を装着した男に棒手裏剣を投げて防がせると近くの木を利用して蹴り上がり、足の甲で首を捉えてそのまま地面へと顔面を叩きつけた。
これはエイジャーがテンガロンの町で使っていた技であり、蹴りの勢いに体重を乗せて顔面から叩きつけることで抵抗させることなく頭部にダメージを与えるスラム発祥のケンカ術だ。
曰くいつもゴミ山を走り回っているスラムの人々はどんな足場でも走破する柔軟な足を持ち、それを活かした三次元的な環境での立ち回りを考えた結果生まれた動きらしい。
ちなみにこちらの型は名前がないので、車輪が頭を轢き潰すように見えることからアルジードが独自に【レシャリ】と名付けた。
どちらも背中や頭部に一方的な衝撃ダメージを与える危険な代物なので、なるべく柔らかい地面で使うべしという教えられていた。今回は下が地面なのでその条件もきちんと守っている。
頼りない鉄クズと体術で3人も瞬殺された暴漢たちの怒りのボルテージはみるみる上がっていくが、想像しやすい痛みを与える殺意の高い動きに萎縮もしてしまっていた。
「て、てめぇよくも兄弟たちを…ぐあっ!」
「『突式・駝鳥蹴撃』…手加減バージョン。隠れていた族を制圧してたら遅くなった!もう使いこなすなんて本当に器用だね。手伝うよ」
高速で蹴り飛ばされた木の棒が盗賊を吹き飛ばしたかと思えば、5人とは別の盗賊を両肩に担いだエイジャーが林の奥から姿を現した。
それだけではない。近くに生えた木に矢が刺さると異常発達により細めの丸太を生成し、バットのように最後の1人を打ち上げた。こんなことができるのはもちろん彼女しかいない。
「言われた通りちょっと弱めにしたよ!名前は…『木でドーン!』とかどうかな?」
「名前はもう少し練った方がいいな…でもありがとな、姫」
「彼女に事情を聞いてみよう。俺とルルは残党がいないか警戒しておくよ」
胸を張り、フンスと鼻を鳴らすルルに親指を立てて褒めたアルジードは暴漢に襲われていた女性の元へ駆け寄った。上着は完全に破かれ多少の擦り傷はあるが命に別状はなさそうだ。
「あんた大丈夫か?どうしてこんな場所に1人で…団長、なんか隠すもん持ってないか?」
「助けていただいたのに服まで!村で使う薬草を摘みに来たらあの人達が…本当に助かりました。私はセニといいます」
エイジャーから予備の上着を借りると、破かれた服の代わりに羽織らせてやる。セニはこの辺りの出身で、それはこれから向かう村と同じだった。
それを聞いたアルジードの口元がほんのわずかにピクリと動いたと思いきや、顔をこちらに向けてウインクする。彼も何かに気付いたようだ。
「…分かった、ちょうどオレたちも用事があるから送ってくよ。いいだろ?団長」
「…!もちろん。ただその前に…」
エイジャーは縛り上げた暴漢たちを見る。セニを襲っていた5人と周辺にいた4人の合計9人。
荷車もなしに運べる数ではないし、騎士団のいる町までは距離がある。自警団のいない村へ突き出すわけにもいかず…非常に扱いに困る者たちに珍しくため息をついた。
「アルならどうする?彼らを村に連れて行くのは危険だし、始末もやむ無しな状況ではあるけど…」
「「「そ、そんな!殺すのか!?」」」
鞘に収められた剣をチラつかせながら睨みつけると先程までの威勢はどこへやら、暴漢たちは情けなく怯えだした…なんとも滑稽だがアルジードにとって重要なのはそこではない。エイジャーのあまりにも「らしくない」行動だ。
アルジードも自分が試されていることに気付けぬほど愚かではない…この状況で生かしたまま扱う案を出せるか試しているのだ。
だが彼の言う通り、殺すのが最も確実で安全な手段なのも事実である。これまでとは違う発想に必要なもの…エイジャーと出会ってからの言動やスタンスを思い出し、鑑みた末に1つの解決法を提案した。
「…逃げないように骨を折って、あとで回収に来るのはどうだ?肉食動物に襲われないよう姫の術で木からぶら下げとくとか。テメェらも死ぬよりはマシだろ?」
「「「そ、それは…」」」
エイジャーは命を奪わずに暴漢たちを説得しようと試みるアルジードを見て、彼の柔軟さと真摯さに感銘を受けていた。
彼に伝えた"無闇に殺すな"とは不殺を貫けという意味ではない、なるべく対話の可能性を残せという意味である。
情けが深すぎては無法者は反省せずさらに人を食い物にするだろう。だが事あるごとに殺して処理し続けていれば少しずつ心は歪んでいき、気に食わない者を排除する野蛮人が出来上がる。
そうなった者たちの辿る末路はだいたい同じ…さらなる暴力に晒され破滅するのだ。かつて報復によってたくさんの血が流れた旧王政のように…
彼はまだ若いし外道を許せない正義感もある。方法はなんでもいい、引き返せるうちに殺し以外の選択肢を思いつけるようにしたかったのだ。
(俺の意図を理解してなるべく殺さない道を模索してくれたな。それにルルの能力も加味した拘束案…チームを動かす判断力もある。あとは…)
「よし、とりあえずテメェらは後で回収に来る。せっかく生かそうとしてやってんだから無下にすんなよ?そんで残るはセニ…あんただ」
アルジードはゆっくりと振り返り、暴漢に襲われていた一般人であるセニを睨みつけた。突然の出来事に狼狽える彼女に向ける視線は冷たい。
「オレはあの村に何度か世話になっててな?住人の顔と名前はだいたい把握してんだよ」
「そ、そんな…襲われていたところを助けてくれたのにどうして?そちらの方は上司なんですよね?こんなの…」
「確かに彼の記憶違いやあなたが新顔という可能性もある。ですが不自然な点があるんですよ…4人の見張りです」
少し遅れて林に入ったエイジャーとルルは4人の見張りを倒したのだが、その時見張りは"暴漢たちの方を向いていた"のである。これでは外からの妨害に対処できないし、現に2人の不意打ちを受けて倒されている。役割と矛盾しているのだ。
「4人はまるであなたを助けに来たアルを狙っているようでした。それに暴漢に追われていたならば草木はもっと踏み荒らされているはずなのに痕跡が綺麗すぎる…これはルルが気付いた事ですが」
「女は相手を油断させるのに便利だからな。オレも途中まで気付かなかったし…で、どうなんだ?違ったら謝るぜ」
セニは俯いたまま黙っている…かと思いきやスカートの中に手を突っ込み、内腿に隠していたナイフを取り出してアルジードの腹を目掛けて突き出した!
だが刃が彼の腹部を貫くことはなく、体中に巻き付けた鎖がギリギリとぶつかりあう音をあげる。
「ハッ本当にグルだったとはな!暗器使いはテメェだけじゃねえんだよ」
「チィッなんなんだこのガキは!お前たち!そんな拘束さっさと解いて…どうした!?何寝てんだい!」
暴漢たちは必死の呼びかけに反応せずぐったりとしている…彼らの周囲には背丈より大きなキノコが取り囲んでおり、目に見えるほどに大量の胞子を撒き散らしていた。
「マリーさんの本に書いてあった眠くなるキノコ『アトスコシダケ』が生えてたから使ってみたよ!すごいでしょ?でしょ?」
「キノコを見分けて使うなんてルルはすごいなぁ。痕跡も見つけたし大手柄だね」
「んふふ〜」
手をかざそうとするエイジャーと撫でるまでもなく頭を擦りつけてアピールするルル。アルジードは2人のやり取りを恨めしく睨みつけるセニを組み伏せると、取り上げたナイフを頬に当てて降伏を促す。
「テメェの仲間はウチの姫が眠らせたからもう起きないぜ。どうする?まだやるか?」
「クソッ…舐めるなッ!」
セニは掴まれている腕を脱臼する勢いで引っ張り体勢を崩させると、そのまま体を反らせてアルジードに頭突きを繰り出した。
鎖で守っていない頭は鈍い音を立てて命中したそれにより思わずよろめき、生まれた隙を見て拘束から抜け出すとナイフを奪い返して距離を取る。
「フーッ、形勢逆転だなクソガキ…あたしはまだやれ─…」
まだ抵抗の意思を見せるセニが突然白目を剥きながらうつ伏せに倒れると、代わりに瞬時に移動して背後から頭部を殴りつけたエイジャーが姿を現した。
「防御力に過信しない方がいいかもしれないね。とりあえず仕込み武器も取り上げた上で拘束してしまおう。さてどう運ぼうか…」
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それからしばらくして…ガタガタと小刻みに体が跳ねる感覚と腕の痛みでセニは目を覚ました。どうやら荷台のようなものに乗せて輸送されているらしい…
手足を縛られた上で10人まとめて無数の蔓で拘束されており、複雑に絡まったそれは体をピクリと動かすことも許さない。
「腕を折って武器も取り上げた、まだ抵抗するなら今度こそ獣のエサだぜ。信用しねぇが一応聞いておく…他に仲間は?」
目が覚めたのに気付いたのか、荷台を後ろから押すアルジードが声をかけてくる。見回すと他の仲間たちもすでに目覚めているが状況は同じ、先ほどのように騙し討ちも不可能…詰みであることを悟ったセニはため息をついた。
「クッ…分かったよ。さすがにお手上げ、あたしらはこれで全員だ」
「嘘はつくなよ?テメェらを殺さないのはこの人のためなんだからな。…ここからは自分で歩け、姫が即席で作ってくれた荷台も限界なんだよ」
そう言ってアルジードはまとめて拘束していた蔓を解いて10人を荷台から降ろすと、逃げられないようそれぞれの手を蔓で連結させ直した。
荷台は木をベースに成長させた蔓で無理やり繋ぎ止めた歪な構造をしており、今にも擦り切れて自己崩壊を起こしそうだった。もう少し寝ていたら地面に放り出されていたかもしれない…
後ろのガキは殺意を向け続けているし、前の男も甘っちょろそうに見えてこちらの動向に目を光らせている…何よりこの人数を引いて歩く馬鹿力。
これ以上の抵抗は無駄と悟った10人は大人しく従うことにした。
「団長、この後はどうするんだ?任務を切り上げて町に向かうか?」
「今から町へ向かうと夜の森を移動することになるな…アルは村へ行って注意喚起を、俺とルルは近くにある河原で待ってるよ。今夜は野宿して朝一番に出発しよう」
「野宿?」
「自分で獲った食材で料理したり、木や葉を敷いたベッドで寝たり…ルルは初めてだったね。なるべく不便させないよう頑張るよ」
未知の体験は意外にも好奇心を刺激する方に傾いたようで、ルルは野宿という言葉に目を輝かせている。
敵と寝泊まりするのは非常に不本意だが…まだ仲間が潜んでいる可能性もあるし、そうであれば闇討ちするポイントがいくらでもある夜の森を突っ切るのは確かに危険だ。
それに今はこの人が自分のボスである。アルジードは提案に賛成することにした。
「了解。オレも使えそうなもん見つけたら途中で拾って行くよ。じゃあまた後で」
「うん。残党が来るとしたらこっちだと思うけど気を付けて」
こうして二手に分かれたエイジャーとルル、アルジードはそれぞれの目的地を目指して歩き出した。討伐隊の恒例行事 キャンプが始まる。