仲間入りを要求してきた盗賊狩りの少年アルジード。彼の試験として各地を回っている途中に木っ端の盗賊団と出会い、殺さない立ち回りを実践する。
大所帯での夜間移動は危険と判断したエイジャーにより野宿することになり、思いの丈を語らうことでお互いの距離を縮めることができたのだった…
「『刃式・隼突撃』!…怪我はない?大丈夫?」
「ありがとう、ございます…わたし、声小さいから誰も来てくれないかと思って…」
「君が抵抗してくれたおかげで騒ぎに気付けたんだ。足を痛めてる…遅くなってすまない。家まで送っていくよっ…と」
「うえぇぇ!?お、おんぶですか…!?」
「あ、ごめん…女の子はお姫様抱っこの方が嬉しいって教えられたばっかりだった」
「こ、これはこれで恥ずかしいです…!でも…このままで…」
・・・
・・
・
「…ゃー…エイジャー?そろそろ起こしてこいってアルが」
体を揺すられる感覚とだんだん近くなる声に遠い記憶へ潜っていた意識が引き戻され、エイジャーはゆっくりとしか開かない瞼を上げていくとそこにはルルの顔があった。
夜明けまでは記憶があるのだが、空にはすでに太陽が昇っている…いつの間にか眠ってしまったようだ。
「もうみんな起きてるよ。今日はニヤニヤしてたけどどんな夢を見てたの?」
「昔の事を思い出してたみたいだ…ニヤついてた?」
「うん。まさか…また女の子?」
目を細め ずい、と迫ってくるルルに昔助けてそれっきりの女の子であることを釈明すると、今回は意外にも素直に引き下がってくれたことに安堵する。
しかしずいぶん昔の記憶を思い出したものである。結局お姫様抱っこに耐えかねた彼女は、サザンへ着いた瞬間に逃げてしまい名前も聞くことができなかった。前髪で目元が隠れていて顔も思い出せないし、その後何度も立ち寄ったが見かけたことがない。
(そういえばパラブブが襲撃してきた時も会えなかったな…彼女は元気にやっているだろうか)
「おーい団長!魚が焦げちまうから早く降りてきてくれ!」
名も知らぬ彼女の記憶に想いを馳せていると、いい匂いと共にアルジードの声が聞こえてくる。またいつか会えたらいいな…そんな事を考えながら、エイジャーは寝床を降りていった。
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「まだ着かないのかい?そろそろ折られた腕が悪くなりそうだよ。お寝坊な団長さん」
「おいテメェ…団長が甘いからって調子に乗ってんじゃねえぞ。そんなに早く着きてぇなら転がしてやろうか?あ?」
身支度を終えた一行は森を抜け、目的地であるイサイカの裏手にやってきていた。
イサイカは周囲を堅牢な壁でぐるりと囲い、正門からのみ出入りを許すことで高い防衛力を誇る街である。
かつては1つの小国だったが旧王政で植民地となった後に自治権を返還、共生の道を確立した歴史がある。
女盗賊であるセニはわざとらしく煽ってきているが、その目線は昨日までと違い幾分か穏やかである。本気でバカにしているというよりはからかっているつもりなのだろう。
相手が盗賊だからか自分のためなのか、煽りに乗っていくアルジードを窘める。
「アル落ち着いて…寝坊したのは事実だから。そろそろ正門に着く。そうしたらすぐに骨折の…治療…を…」
「エイジャーどうしたの?…うわっ」
裏手からは見えなかった街の変化にエイジャーが絶句し、続いてルルも異変に気付いたようだ。
街の外に設置された見張り台は破壊され、正門に近い外壁には痛々しい襲撃の跡が残っている…どれもごく最近出来たもののようであり、ちょっとした盗賊や魔族には不可能なほどに損壊している。
「…アラクネかな」
最後尾のアルジードから凄まじい殺気が漏れ出し、1番離れているエイジャーの背中すらビリビリと刺激するほどの圧を放っていた。
振り返るとその顔は怒りで満ちており…比較的穏やかに過ごせていたここ数日が嘘のように憎悪と殺意を募らせていた。
「ベテランの盗賊ならここの特徴は知っているはず、兵器の無駄撃ちなんて目立つだけのことはしない。たぶんこれは…」
─…ッターン!
「そこの連中!止まれ!」
2人の話を遮るように銃声が響き、次に静止を求める怒鳴り声が耳に入ってきた。振り返ると壁の上から憲兵の隊列がこちらに銃を向けており、その中にイサイカを担当する憲兵隊の小隊長…ダグがいた。
エイジャーの部隊がなかなか通らないルートにある街ということもあり、彼との面識はほぼ無いに等しい。おまけに盗賊を大勢連れているのだから警戒されるのは当然である。
それにしても憲兵たちは気が立っていた…いや、怯えていると言うべきだろうか。こういう時は敵意がないことを徹底的にアピールする必要がある。盗賊たちに手を上げさせ、腰に携えた剣を捨てながら彼らに叫んだ。
「王都騎士団 独立部隊のエイジャー・グラムです!道中で拘束した盗賊たちを連れてきました!一体何があったのですか?」
即座に全員に手を挙げさせたこと、エイジャーの名前を聞いたことでダグの眉がピクリと動き、号令のために振り上げていた手をゆっくりと降ろす。
「…全員銃を降ろせ!副団長殿から話は聞いてたが君がエイジャーか…そこは危険だ、正門を開けさせるからそのまま歩いてきてほしい」
憲兵たちはダグの号令で銃を下ろし、壁の向こうへと消えていく。エイジャーはここまできて射殺されそうになった盗賊たちを連れて足早に正門へと向かうのだった…
「先ほどは申し訳ないことをした。私はこの町の警護を仰せつかっているダグだ。見ての通り穏やかではない状況でね…部下たちもかなり神経を尖らせている」
ここはイカイサの憲兵隊基地…ダグを名乗る壮年の男は3人に頭を下げた。顔には強い疲労の色が浮かんでおり、目には隈ができていた。
外壁から察した通り街は何者かによって荒らされており、正門に近い場所ほど建物の損壊が酷い状況だった。住民たちはさらなる襲撃に備えて最奥部へ避難しており、表通りにはほとんど人の気配がない。
「建物の壊れ方、爆発というより何かで押し潰したような…もしや魔族が?」
エイジャーの質問にダグは頷いた。
「ボゥトパスに酷似した魔族が2体、ライミーの大群を引き連れてやってきた。奴らはライミーを捨て駒に副団長殿の術を突破し…ここに水の魔法を扱える者はいないし、正門を塞がれたせいで無闇に火を放つこともできずこのザマだ」
ライミーとは四足歩行の動物をミイラにしたような姿の魔族である。
動きは遅いがとにかくタフ、多少の欠損は無視して襲いかかってくる厄介な存在として騎士団からも忌み嫌われていた。
だがライミーは水を吸収しすぎると動けなくなる弱点があり、水源の確保が難しい地域にしか姿を現さないはずだが…似たような性質を持つボゥトパス、その操り手と関係があるのかもしれない。
だがそれ以上に重要なことがある。それは自分の選択によっては加勢できたかもしれないということだ。
夜の森を警戒し、一晩野宿してしまった後悔から思わず机を殴るエイジャーをアルジードが止めに入る。
「団長のせいじゃねえよ。…それで?そのナントカパスってのは倒したのか」
「撃退が精一杯だったよ…アラクネの活動を受けた副団長殿がシエスタ氏を寄越してくれていてな。彼がもう1体を食い止めていなかったら今ごろは…だろうな」
シエスタ…その名を聞いたエイジャーがはっと顔を上げる。彼は討伐隊の中隊長であり、何度も遠征を共にしたよく知る上官…その強さはよく知っているからだ。
そのシエスタは逃げた2体のボゥトパスを追って街を離れており、数十分前に発見を知らせる信号弾が打ち上がったのだという。
「扱いに慣れていない時のボゥトパスであの強さだったんだ、それを2体も…シエスタさんが危ない!俺が助太刀に向かいます」
「もちろん私も連れて行くよね?前とは違うってところ見せちゃうんだから!」
「手伝うぜ団長。遅くなった原因はオレにもあるし。何より実力を認めさせるチャンスだからな。断るなよ?」
アルジードは鎖をゴリゴリと鳴らしてやる気をアピールしながらニヤリと笑い、ルルは握り拳を作って鼻を鳴らしている。どうやら彼もルルと同じ、やると言ったら聞かないタイプのようだ。
「我々も余裕がなくてな…交戦経験のある君なら心強い。至急馬車を用意させる、来たばかりで悪いが…頼む」
「分かりました。その間に街の修繕に必要な資材のピックアップをお願いします。サノヴァ商会と直接話ができるので、すぐに手配してもらえるはずです」
「そうか君は代表のお気に入りだったな…すぐに役人たちを集めて調整させよう。まだまだ君に頼らねばならない、必ず戻ってきてくれ」
エイジャーは頷くと準備のために部屋を出ていった…直後に慌てて戻ってくるとダグに何かを耳打ちして頭を下げた。そうして今度こそ部屋を出ていき、1人残ったダグは呆れたように笑う。
(捕まえた盗賊たちに拷問は必要ない、腕の治療だけしてやってくれ か…気が立っている我々の八つ当たりを懸念したか?まったく討伐隊というのはよく分からんな…)
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「…とこんな感じで動くつもりでいてほしい。…今回の敵も一筋縄ではいかないはず、2人を頼りにしてるよ」
「「任せとけ!」」
あれからしばらくして…憲兵隊の用意した馬車に乗った3人はボゥトパスやライミーの特徴と対策、それぞれの立ち回りを共有していた。
前回のボゥトパスは傀儡のスペックをあまり活かせていない様子だったが、話を聞く限りでは2体同時に操って襲撃をかけるなど相手も慣れてきているようだ。
これ以上の犠牲者を出す前に打ち倒し、操り手に迫らねば…判断ミスの後ろめたさもあり、エイジャーは内心焦っていた。
「そろそろ信号弾の上がった地点に到着します。我々は怪我人を積み込んで一度帰還、渡した信号弾による討伐の報せがあるまでは近寄らない…でしたね」
「はい。みんな…無事でいてくれ…」
「了解しました、お互いに務めを果たしましょう。…怪我人が倒れている!こんなに…!」
憲兵の声に反応し荷台を飛び降りたエイジャーの目に映ったのは負傷したシエスタ部隊の人間たちが十数人、あちこちに転がっている光景。
エイジャーはその中から見知った顔の1つ…モリーに近付いて呼びかける。息はあるが全身傷だらけ、決して無視できない量の血を流しており、このまま放置していたら危険な状態だった。
「…おぉ久しぶりだなぁ…隊長たちはこの奥へ…」
「あとは俺たちがやりますからモリーさんは生きる事だけ考えててください!憲兵の皆さんは彼らの応急処置を!奥のみんなが心配だ…2人とも行こう!」
「「おう!!」」
3人は怪我人の治療を憲兵隊に任せ森の奥へと突き進んでいく。道中は枝が折れ木には血が付着し、あちこちに倒されたライミーやヒューゴが打ち捨てられている…
凄惨な光景はまだ本陣に着いていないにも関わらず、今回の戦闘の激しさを物語っていた。
「見えてきたぜ団長!手下同士の戦いみてぇだな。オレは打ち合わせ通りザコどもと遊んでればいいんだな?」
「ライミーのタフさ、ヒューゴの連携に気を付けて!殲滅後はみんなの救助を優先してくれ。緊急事態だ、殺しの技も含めた本気で頼む」
それを聞いたアルジードは待ってましたとばかりの表情を見せると、軽やかな動きで戦陣へと飛び込んでいった。
さっそく鎖を駆使してターザンのように木々を渡りながら上を取ると、ブーツに仕込んだ刃による踵落としでヒューゴの首をを容赦なく斬り落とした。
「『ヒールギロチン』!ようあんた達!エイジャー・グラムの右腕が加勢に来てやったぜ!」
─グラム!?噂は聞いてるぜ!良い顔になってきたじゃないか
─暗器使い…また面白いヤツを拾ったな!助かった!
─その子がルルちゃん?話には聞いてたけどカワイイな〜♡
─気ぃ抜くなバカ死ぬぞ!エイジャー!タコ野郎は任せた!
─シエスタさん達はこの奥だ!あまりレディを待たせるなよ!
「みんな…必ず生きて合流しましょう!アルジードのことお願いします!ルルは俺についてきて!」
久しぶりの再会を喜ぶ暇もなく、エイジャーは大混戦の中を突っ切っていく。予想外の助っ人に騎士団の面々も奮起し、押され気味だった戦局を持ち直さんとしていた。
「エイジャー人気者だね♪早くやっつけてまた宴会やろうね!」
「あの部隊の人たちには可愛がってもらったからね。それにしても…」
(シエスタ"達"に"女を待たせるな"…?それに討伐隊の中に混ざっていた人の服装、俺とルルに似ていたような…ん?)
─クソッタレめんどくせぇ!後ろの連中はまだ片付かねぇのか!
─ここの魔族たちは妙に強いんですから無茶言わないでください!それにシエスタさんだって苦戦してるじゃないですか!
奥へ進むこと数分、2体のボゥトパスをようやく捉えた。コンビネーションによって苦戦を強いられている2人のケンカする声が聞こえてくる…1人は男の声…シエスタだろう。
だがもう1人の女性の声…エイジャーはその口調に覚えがあった。
─言うじゃねえかヒヨッ子!アイツに甘やかされて生意気に育っちまったか?
(あれ?戦ってるもう1人の格好…やっぱり俺たちと同じ独立部隊のものだ)
─先輩の悪口はやめてください!それにもうヒヨッ子じゃありません!
やや短いウルフカットの髪はチャコールグレーに染まり、やや小ぶりな剣を両手に持つ戦闘スタイルの女性…そして新たに設立された独立部隊の服装。
これらの特徴に当てはまる人物を1人エイジャーは知っている。それは─
─どうだかな!どうせエイ坊と同じ魔族を倒して箔をつけたいとかそんなんだろ?
(まさか…)
─違います!わたしは…
「…ニーナ!?」
咄嗟に出たエイジャーの叫びが届いたのか、シエスタと口喧嘩をしている女性がこちらを向いた。
「…先輩!?」
振り返って露わになった顔は間違いない、エイジャーの元を突然去ってしまったおかげで襲撃を唯一生き残った小隊の生き残り…ニーナだった。