テンガロンで盗賊団アラクネの暗躍を阻止し、アルジードという新たな仲間を得たエイジャーは騎士団のいる街イカイサへ訪れた。
しかし街はかつて討伐したボゥトパス、ミイラのような魔族のライミーに襲われ甚大な被害を受け、取り逃がしてしまったという。
ニーナと共闘してボゥトパスを倒し、心のつながりを感じていたのも束の間。森の奥から新手が姿を現したのだった。
『オキニイリ ミンナ コワサレチャッタ…』
2体のボゥトパスを倒し合流したエイジャーらの前に突如姿を現したのは、森で身を隠すにはあまりにも目立つ漆黒の甲殻を持った巨大な蜘蛛だった。
只者ではないことを察したエイジャーはルルを、シエスタはニーナを庇うように前に立つ。
「意思疎通ができる魔族は特に面倒らしいな。エイ坊、こいつとは知り合いか?」
「初めて見ますがこの口調…おそらく奴がボゥトパスの操り手、今回の元凶です」
漆黒に光る甲殻の棘々しさ、巨大蜘蛛という気味の悪さ…魔族の中には生理的嫌悪を誘う外見を持つ者もいくつか存在するが、目の前にそびえ立つそれは特に強いプレッシャーを放っていた。
『ボクハ クネペパ・ナナナ… マタ キミガコワシタノ? エイジャー』
クネペパと名乗る魔族は頭をレコードのようにグルグル回しながら問いかけてくる。人間に近いフォルムをしていたロウディとは違い見た目はほとんど蜘蛛、言葉ではなくテレパシーを用いているのは声帯の有無による差なのかもしれないが…
意思疎通の方法もまた不気味さに拍車をかけており、クネペパに睨まれたエイジャーとシエスタの体には鳥肌が浮かび上がっていた。
しかし相手は魔族、それも常識が通用しない強力な個体とあらば逃げるわけにはいかない。エイジャーはなるべく平静を装いながら、目の前に立ちはだかる化蜘蛛に話しかける。
「ああ、俺が壊した。前よりも操縦が上手くなったんだな、クネペパ…お前がボゥトパスと呼ぶあれはなんだ?魔族なのか?」
『レンシュウノ セイカダネ アレハ ボクノテヅクリダヨ シタイノ カコウガ ムズカシインダ』
技術の進歩を褒められたクネペパは嬉しそうな口調で足踏みする。表情の概念が存在しないので分かりにくいが、やはり彼にも感情があるようだ。
だがそれ以上に気になるのは"シタイ"の"カコウ"という発言…ボゥトパスの素体はミイラに触手を繋ぎ合わせたような醜悪な見た目をしていた…2つの情報が線で結ばれた瞬間、ルルを除いた3人を激しい吐き気が襲い、ニーナはショックでその場にうずくまってしまう。
「え?何?どうしたの?みんな大丈夫!?」
「ルル、ニーナを連れて少し離れていろ…ロウディの次がお前で良かったよクネペパ。やはり魔族だけは殲滅しなきゃいけない存在だ…!」
エイジャーは腹の奥からせり上がってくるものを押し返し、クネペパの正面に立つと同時に隼突撃で先手を取るぅたものの、足に纏った甲殻に阻まれてしまった。
(また剣が通用しない敵か!)
「だったらオレの出番だな!もう一撃ぶちかます用意だエイ坊!『ハスカライ戦斧術…衝破鎚』!!!」
シエスタがハンマー投げのように自分を軸にして回転しながら接近し、遠心力のままに刃の腹で強く叩きつけると、クネペパの漆黒の甲殻をわずかに破壊した。
エイジャーはすかさず魔法で棒手裏剣に雷を纏わせると、わずかに露出した脚へ投げつける。異型といえど電撃は効くようでクネペパの体が一瞬だけ硬直したものの、すぐさま他の脚を振りかざして2人を追い払った。
「クソッ硬ぇ…!手ぇ抜いたつもりはないんだがな」
シエスタの使うハスカライ戦斧術は旧王政の時代から存在する、斧や槌といった重量武器を扱うための技術体系である。
大昔、遠く離れた土地の処刑人 アレイ・ハスキィという巨漢の技術が伝わったものとされているが詳細は明らかになっていない…確実なのは絶大な破壊力をもたらす型ということだ。
本来はハンマーでやるべきものを斧の刃で代用したとはいえ威力に申し分はなく、岩を砕けるほどには上手く決まったはずである。
つまりクネペパの甲殻はそれよりも硬いということであり、脚や背中の簡単に狙える部位は甲殻によって防御されている…なんとも嫌らしい構造にシエスタは大きく舌打ちした。
「甲殻は割れなくもねぇが反動がイタいな。ひっくり返せりゃ楽だがそういう魔法が使える奴は今いねえ…エイ坊、なんとかして隙作れるか?」
「了解です。シエスタさんは渾身の一撃を。…それと後ろの2人も頼みます」
「ったく本当に面倒くせぇなあ…これ終わったらぜってぇ副団長殿に長期休暇を要求してやる…行ってこい!」
号令とともに飛び出したエイジャーはクネペパの回りをグルグルと走りながら隙を伺う。巨体ゆえに動きはあまり速くないようで翻弄されてはいるものの、尻から糸を吐き出すことで攻撃を許さない程度には隙がない。
魔法で壊れた甲殻に電撃を流せば簡単に動きを止められるものの、ロウディのような奥の手を警戒し無闇に魔力を消費したくないというのが本音だった。シエスタもそれを理解しているのか口出しはせず、攻防どちらにも移れる位置でじっと機会を伺っている。
(糸の発射は早くないが弾力がありそうだ。ボゥトパスもこいつで操っていたんだな…)
「『守式・雀砂浴』!」
再び正面に来たエイジャーは足元の土を巻き上げてクネペパに飛ばす。堅牢な甲殻を持つ彼に土でダメージを与えられるはずもないが、感情がある以上は顔に汚れがかかるとなれば反射的に防ぎたくなるものである。
エイジャーは土に紛れて棒手裏剣を投げつけると、土を脚ではらうことに集中しているクネペパの脚に命中する。
棒手裏剣は甲殻により弾かれてしまうものの、2つの攻撃に注意が散漫になったことで一瞬動きが鈍り、その隙にスライディングで腹の下へと潜り込むと柔らかい腹へ剣を突き立て、力いっぱいに引き裂いた。
「『刃式・火喰鳥裂傷』!はあぁぁぁぁっ!!!」
『イ゛ダイ゛ヨ゛オ゛オ゛オ゛』
巨体ゆえに内部へ届かず致命打は叶わなかったものの、防御の手薄な部位に対する明確なダメージに苦しむクネペパの巨体がバランスを崩した。
エイジャーが腹下へ潜り込んだ時点でチャンスの到来を確信した走り出したシエスタは脚を蹴り登って上空へと飛び上がり、無防備な頭を目掛けて戦斧を振り上げる。
「上出来だエイ坊!一撃で終わらせてやる!『ハスカライ戦斧術…罪砕き』!」
落下による運動エネルギーに斧の重量、それを扱う筋力を上乗せしたシエスタ渾身の一撃は咄嗟に差し出したクネペパの脚を強引に斬り落とし、頭を真っ二つに割るどころかグチャグチャに砕くほどの破壊力を叩き出した。
頭を失った巨体はぐらりぐらりと揺らめいた後に倒れ込み、沈黙した…間一髪で圧殺から逃れたエイジャーは倒したことを念入りに確認すると、深々と地面に刺さった斧に苦戦するシエスタの元へ駆け寄り一緒に抜いてやる。
「っ痛ぇ〜!衝撃で手が痺れてやがる!エイ坊、帰る時これ持ってくれよ。なっ?」
「…特別ですよ?それにしても意外とあっさりでしたね。まだ戦闘には慣れてないというか…」
─先輩!危ない!!!
突然の声、そして衝撃。
一拍遅れて突き飛ばされたことを認識したエイジャーは、飛び込んできたニーナが糸に手足を巻き取られ、一瞬で視界の外へと消えていくのを目で追うのが精一杯だった。
『アタマガ ナイカラ オワリダト オモッタ』
消えていった方向へ顔を向けるとそこには空中で磔にされているニーナと、倒したはずのクネペパが再び動き出す姿が目に映った。
頭があった場所からは体液の代わりに黒いオーラが漏れ出ており、脚と脚の間からは人の手のようなものが生えてきている…
「くぅ…ああぁ…っ!!!」
「ニーナ!!!!」
絡みついた糸はニーナの手足を締め上げ、彼女の悲痛な叫びとともにギリギリと骨が軋む嫌な音を響き渡らせる。
すぐに助けたいが突如生えてきた手が巧みに糸を操っており、下手に飛び道具を使えば彼女に当ててしまうことは明白…エイジャーは手出しが出来なくなってしまった。
「悪ぃエイ坊、武器を盗られちまった…下手に手出しはできねぇしオレがいても邪魔だろ?秘策があるからちょっと待っててくれ!お前の相棒借りるぜ!」
そう言うとシエスタはルルの元へ駆け寄り何かを相談し、どこかへと行ってしまった…武器が無くとも彼が傍にいる方が安全だろうと判断したエイジャーは特に反論せず、目の前のニーナをどう助けるかに頭を切り替えた。
しかしエイジャーは悩みすぎた。彼が与えた長すぎる猶予は、クネペパに人質の価値を察させるには十分だったのだ。
『アレ コウゲキシテコナインダネ イイコト オモイツイタ』
「おい…何をするつもりだ…」
『イキテル ニンゲン ウゴカシニクイケド ヤッテミヨウ』
クネペパは手を器用に動かして糸を操ると、ニーナを地上へ…エイジャーの目の前に降ろした。その手には奪った戦斧が握られている。
ここまで来れば嫌でも理解するだろう…2人で殺し合いをさせようというのだ。
「嫌…先輩逃げて…!ゔぅっ!」
もちろんニーナに敵意はない。エイジャーを傷つけまいと必死に抵抗するほどに糸は締め上がり、肉体への負担となって彼女を苦しめていく。
それでも必死に抑えるニーナに苛立ったのか、クネペパは彼女の右足を"良くない方向"にへし折った。ゴキ、という鈍い音とともに彼女の顔が痛みで歪む。
「あ゛あぁっ!!!」
「無理に抵抗するな体が壊れる!攻撃は俺が避けるから…解決方法も考えるから構わなくていい!」
しかし問題は口で言うほど単純ではなかった。背丈よりも長く重い戦斧は、中隊長クラスのシエスタが修行してようやく扱える代物である。
本人の意思と関係なく振り回すだけでも肉体への負荷は無視できないものである上に、骨にダメージを蓄積させられているニーナの体がいつまでも耐えられるとは思えない。折られた足も悪くなる一方だろう。
(避けてもダメ、下手に防御しても反動でニーナを傷つける…糸を斬ろうにも動きが読みにくて隙を突けない!)
本人の意思を無視した無理やりな動きと一撃でも食らったら持っていかれる斧のプレッシャーにより、エイジャーは攻撃をいなすことで精一杯だった。
その間にも彼女の肉体には少しずつダメージが積み重なっており、味方を攻撃する精神的な苦痛も相まって声にならない悲壮な叫びをを漏らし続けている。
自分を傷付けないよう必死に立ち回るエイジャーに何度も謝罪しながら、ニーナは昔のことを思い出していた…
───────────
「二刀流…ですか?」
それはニーナが騎士団に加入してしばらくの事…なかなか適した武器が見つからない彼女は、多くの武器を扱えることで有名な小隊長 エイジャーの元を訪れていた。
二刀流…やんちゃな子供かお調子者がふざけて試すような戦闘スタイルを提案されたニーナの怪訝な表情もお構いなしに、エイジャーは説明を続ける。
「ニーナは少し判断を急ぐクセがあるように見える。だから戦闘訓練で動きを読まれたり、つんのめったりするんだ。たとえば…」
エイジャーは剣に見立てた棒を投げ渡し、打ってこいとサインを送る。そうして愚直に突っ込み振りかぶったニーナの一撃を左の棒で弾き、右の棒を首元で寸止めしてみせた。
「こんな感じで初撃をクセで防御して、その間に次の一手を考えるんだ。一手間多いしもう少し筋肉つけなきゃいけないけど…無理な矯正がいらないし生存率も上がるはずだ」
「…でも二刀流は教えてくれる人がいません。我流を開発できるほど経験もありませんし。だから…」
─おーい!超美人な許婚が〜…差し入れに来てやったぞっ♪
ニーナの言葉を遮り、軽い足取りでやってきたのは後にエイジャーの妻となる女性…サーヤであった。
会って早々、人目も気にせず抱きついてアピールする彼女の押しの強さに萎縮したニーナは言葉を失ってしまう。周囲の男たちが羨望の眼差しを向ける中、エイジャーはスキンシップをそれとなく引き剥がした。
「サーヤ!ありがとう。でもイイナヅケって…いつの間にそんな関係になったんだ?」
「はあ〜?引く手あまたの私が迫ってるのにまだヤレヤレ系気取りか〜?それともまさかエイジャー…男の人が…?」
「わ、分かった。嬉しいよ。嬉しいからあらぬ噂を流すのはやめてくれ…ニーナ、何か言いかけてたけど続きを聞かせてくれ」
「…いえ、また今度にします。それでは」
───────────
(二刀流は先輩が提案してくれた戦い方。まだ未熟だし苦戦もするけど…変異型のヒューゴだって倒せるようになってきた)
(それなのに…今は斧なんか持たされて先輩を傷つけようとしてる。わたしが弱いせいでまた迷惑をかけている)
(わたしは…こんな事をするためにこの人から離れたんじゃない)
「…わたしは諦めてあいつを倒してください。これ以上は先輩も危険です」
痛み、後悔、生への執着…ニーナはそれらの感情をできるだけ押し殺し、淡々とエイジャーに言い放った。
それはエイジャーが人質さえいなければこんな魔族に苦戦する人物ではないという信頼と、実力不足を自覚しながらも独立部隊として志願した己への戒め。曲がりなりにも民を守る騎士団としての、命を捨てる覚悟の表明でもあった。
だが目の前のエイジャーは何も答えず、ただひたすらに攻撃をいなしていく。彼の態度に苛立ったニーナはもう一度叫んだ。
「聞こえなかったんですか!わたしは諦めてください!あいつを倒さないともっと多くの人が傷付くんですよ!?」
「うるさい!俺には何も聞こえない!!!」
ニーナがエイジャーのもとで過ごした期間は数年に及ぶが、その間に一度も叱られたことはなかった。どれだけ失敗しても、足を引っ張っても。
そんな彼が必死に声を張り上げ、自分を叱っていた。
「判断を急ぐなって言っただろ!お前は唯一生き残ってくれた最後の仲間…!俺の手足が何本飛ぼうと絶対に死なせない!もう…大事な人を失わせないでくれ!!!」
「…だけどどうしようもないじゃないですか!このまま粘っても状況は─」
─良くなるぜ後輩さん!『バズブレード』!!!
突然の出来事だった。どこからともなく声が聞こえたと思った次の瞬間、鎖に繋がれた刃を一対、高速で振り回した何かが木の上から飛び出してきたのである。
『ナンダ ダレガ イトヲ キッタ』
飛び出してきた何かは2人の殺し合いと糸の操作に意識を向けていたクネペパの不意をつき、ニーナに繋がれていた糸の半分を切断した。エイジャーも不意打ちによって生まれた隙を逃さずもう半分の糸を切断すると、ついに人質を解放する。
「ニーナ!大丈夫か!?」
「これくらい平気です…それよりも早くあいつを」
エイジャーは糸から解放されたニーナを抱き止め、近くの木に運びながら飛び出してきたものを視界に捉えた。
その正体は魔族の群れと戦っていたはずのアルジード…少し遅れて大きな樽を持ったバドロも追いかけてくる。
「アル!それにバドロさんも!」
「悪いな団長!タコ野郎にぶっかける水の樽持ってきたら遅くなったんだけど…もっとヤバそうなモン相手にしてるな」
アルジードはアタッチメントを介して手の甲に装着した卍状の刃物を仕舞いながらクネペパを見上げる。多少服は破けているが大きな怪我はなく、あの群れを無事に切り抜けることができたようだ。
「他のみんなは森の外で怪我人を守ってる、この子は僕が診ておくから安心して。ところでシエスタさんは?」
「それが秘策があるとか言ってどこかに消えてしまって…」
─オレたちを呼んだかァ!?
『コンドハ ナンダヨ ウワッッッッ』
またもやどこかから声が聞こえたかと思いきや森の奥から植物の塊が現れ、ものすごい勢いでクネペパの横っ腹にタックルをかまして小さく吹き飛ばした。
突如現れたそれはボゥトパスに酷似しており警戒するエイジャーとアルジードだったが、中から現れたのはなんとシエスタとルルだった。
「2人ともどうして!?ボゥトパスは倒したんじゃ…」
「秘策があるって言ったろ?この子の力で木人形を奪ってやったんだ!複雑な操作は無理だから突っ込むだけだがな」
「蔓を入れて中から動かしてるんだよ!すごいでしょ!」
ルルは渾身のドヤ顔で褒められ待ちをしている。相手の人形を利用したとはいえこれだけ大きく複雑な形状のものを操れるとは…シエスタの入知恵もあるだろうが、秘術の使い方においてとてつもない成長を見せていた。
「交代だ鎖坊主!オレとエイ坊でこいつをやるからタイミングを指示してやってくれ!」
「姫は任せとけ。もう人質はいねぇんだ、後輩さんの分もブチかましてやれ!」
アルジードは不敵な笑みで肩を叩くとボゥトパスの中に乗り込んでいく。代わりに降りてきたシエスタは戦斧を担いでエイジャーの隣に立つと、手の甲を差し出してきた。これはサザンの町でラッツとも交わした、騎士団流の激励のスキンシップである。
「よく持ちこたえたぜエイ坊。オレもやる事やらねぇと怒られちまうな…あくまで予想だが蜘蛛の体はダミー、あの中に本体がいるはずだ。甲殻ごと全身叩き割ってやるから一撃で決めろ…任せたぜ」
『ボクノ オキニイリ トリヤガッタナ』
突然のタックルにより混乱していたものの状況を理解したクネペパが立ち上がる。頭を落とされ表情も何もないのだが、その口調は明らかに苛立っていた。
怒りによって人質作戦を忘れたのか自らの手で殺したいのか、クネペパは2人を串刺しにすべく全力疾走で向かってくる。
しかし正面に回り込んだボゥトパス…を操るルルとアルジードによって行く手を阻まれ、互いの力が拮抗して押し合う形になった。
「頑張れ姫!そのまま押し続けろ!あとで団長と好きなだけイチャイチャさせてやるから!」
「んぎぎぎ…はじめからそのつもりだもん…!」
人間と比べて膨大な魔力を持つルルだが慣れない操作では消耗が激しいようで、彼女にしては珍しく魔力の消耗による疲労の色が見えつつある。シエスタの言う通り、そう何度もやり直しはきかないだろう。
「お前らよくやった!滅多に出さねえオレの本気…いい風吹けよ!『壊風』!」
シエスタはボゥトパスを足場にして駆け上がると戦斧を勢いよく振り上げた。刃に刻まれた紋様によって生まれた複雑な風の流れが魔力で強化され、戦斧の周囲に無数の鎌鼬を発生させる。
「くたばれ蜘蛛野郎!『風刃・大罪砕き』!!!」
魔法によって生まれた鎌鼬を刃先に集中・循環させると、風の刃を纏った斧はまるでチェーンソーのようにクネペパの甲殻を削る…いや抉り始めた。
風の刃は甲殻を抉って脆点を強引に創出し、腕をダメにしかねないほどの力でもう一度斧を振り下ろした。
凄まじい衝撃は全身を伝って甲殻を叩き割り、そのまま肉をも引き裂くと、中からボゥトパスと同じミイラのようなものが露出する。
『ア゛…ア゛…』
「もう一撃入れる余裕はねぇ!決めろ!エイ坊!」
「お前はニーナを…たった1人の後輩を弄び、壊し、悲しませた…覚悟はできてるんだろうな」
シエスタが叫んだ時、エイジャーはすでに上空にいた。多くの人を傷つけ、人体を弄んだクネペパの本体を睨みつけながら…
エイジャーの怒りに呼応して指輪が青い光を放つと、バドロが持ってきた樽の水を吸い寄せていき…3割を足に、7割を剣に纏わせる。
「『突式・翡翠急襲』」
エイジャーは足に纏った水を凝縮させ、力を溜めてから一気に噴射すると、上空から猛スピードで急降下しながら水を纏った剣でクネペパの本体を貫いた。まるで木の上から一気に急降下し、泳いでいる魚を正確に捕らえるカワセミのように…
本来は壁を蹴ることで急襲する閉所向きの型なのだが…指輪を介して使えるようになったガラナの術に加え、水を凝縮するニーナの魔法の感覚を掴んだことで屋外でも自発的に使えるようになったのだ。
体を貫かれ、大量の水分を打ち込まれたクネペパは他のミイラ型魔族と同様に急速に腐敗し、蜘蛛の肉体も崩れていく…
言葉にならない断末魔をあげながら、液状になったクネペパは1分も経たぬうちに地面へと吸収されていった。
「先輩の…勝ちだ…」
憎き魔族を打ち倒し、そこに佇むエイジャーの背中を見て安心したニーナは緊張の糸が切れ…穏やかな表情のまま気を失った。
「私いっぱい頑張ったよね?疲れちゃったな〜もう歩けないな〜」
「さすがだな団長。あの樽も役に立ってよかったぜ…団長?」
エイジャーの元に駆け寄った2人は違和感に気付く。まるで時が止まってしまったかのようにその場に立ち尽くし、呼びかけにも反応がないのである。
「…はっ…はっ…」
指先が微かに震えだしたことに気付き、異変を察したシエスタは2人を離れさせ、背を向けているエイジャーに回り込むと…突然呼吸が荒くなり始め、その場で軽く嘔吐した後に倒れ込んでしまった。
「エイジャー!?どうし…」
「お前らは外で待機してろ!バドロは信号弾で憲兵を呼べ!呼吸が荒いな毒でも吸ったか…?クソッどうしたってんだよ急に…!」
シエスタの処置により過呼吸は収まったものの、エイジャーはショック症状のようなものを発症したまま意識を失った。
しばらくして街からやってきた馬車に乗せられ、目を覚ますことなくイカイサの街へと運ばれていったのだった…