Regain Journey   作:G-ラッファ

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前回までのあらすじ

 アラクネ盗賊団の足取りを追うエイジャーら3人に助っ人のアゲハ、ランヅキを加えた5人は、二手に分かれてロックリフ鉱山に潜入していた。

 坑道のエイジャー、ルル、アゲハが暗闇に蠢く暗殺者の正体を看破し無力化していた頃。外にいるランヅキが不意打ちによって戦闘不能に陥り、アルジードに未知の危機が訪れていた…





43話 バトン

「兄弟であることを証明する…?記憶を覗くとでもいうのか?」

 

 闇に紛れて襲ってきたレプター族の男、ヒバァ。彼の弟は以前出会ったサノヴァ商会の倉庫番ガァラだという。

 他人の記憶を覗いて本当の兄弟なのか確かめる…そんな突飛な方法ができるというエイジャーに、その場にいる者たちは皆信用していない様子だった。

 

 エイジャーの人となりを知っているアゲハは特に信用しておらず、おおかた彼を庇うために自らへ課した無茶振りの部類だろうという態度を隠さない。

 

「記憶なんて覗けなくない?もしかしてサイミンジュツってやつ使えるとか?」

 

「催眠術じゃない…従属魔法《イペルヴ》を使うんだ」

 

 従属魔法…魔力に任意の性質や指示を付与することで、精霊に頼らず様々な現象を引き起こすことができるとされるいにしえの技術。

 エイジャー曰く、得意魔法である雷を一種のパイプとして両者に繋ぎ、電気信号を通して考えていることを一部共有しようと考えているのだというが…

 

 従属魔法は騎士団でも使える者はおろか修行を許された者すら限られており、エイジャーもつい最近修行の許可を得たばかりである。戦闘において器用な方ではあるものの、そのような高度な技術を短期間でものにできるほど単純ではない。

 

 さすがにフカシであると笑うアゲハに対し、エイジャーは焦れったそうに頭を掻きながら「完成まであと一歩のところまで来てるはず」と答えた。

 

「イメージ共有には魔力の変換を挟む必要があって、その雷に"無害"の性質を付与するのがなかなか…傷つけずに分かり合う技術なのに感電させる本末転倒な状態なんだ」

 

 実はエイジャー、指輪を通して様々な力を扱う訓練として、正式な許可を得る前から従属魔法についても密かに研究を重ねていたのである。元々は他の使い方を考えていたのだが、

 

遠く離れた2人の声を繋ぐ"通信機"

 

ツケンサの街で出会ったボッタオの"人を傷つけない魔力操作"

 

特殊な魔族を倒した時に起きる"記憶の共有現象"

 

 から着想を得て、言語に頼らずダイレクトに考えを共有できる従属魔法を開発しようとしていたのである。

 

 会得している者の大多数が"いかに戦闘を有利に進めるか"で開発する中、分かりあうための方法としてこの技術を使おうとするのは甘すぎる男ならではの発想だった。

 

 その実験台になるかもしれないヒバァはなんとも突飛な話を笑ったり疑うことはなく真剣に聞き入りながらも、理解に苦しむ表情をしながら首をかしげていた。

 

「うむ…電気に変えた魔力を通して記憶を送り合う…?まるで空想の世界だな」

 

 ヒバァは従属呪文はもちろんのこと、魔法にすら疎い。説明を一通り聞いたところで理解の範疇を超えているのか、舌をチロチロと出しながら腕を組んでしばらく唸った後…意を決したようにエイジャーをまっすぐに見つめ、口を開いた。

 

「理解に苦しむ技術だが手短に信用を得るためだ…協力しよう。電撃のことは気にせず共有に集中してくれ、私はどうすればいい?」

 

「ありがとうございます。遠隔だと作業量が増えるので接触通信でいきましょう。手を繋いでください」

 

(まずは魔力を電気に変えるイメージ…ヒバァさんは構わないと言ってくれたけど、なるべく痛みを感じないように)

 

 エイジャーは素直に差し出してきたヒバァの手を握り、目を瞑ってイメージする。体内に流れる魔力、それを他のものに変換する感覚…

 

 頭の中に浮かぶモヤモヤしたものが少しずつ鋭く、不規則に暴れ出してくる。それは精霊を介して生まれるものとは違うことを示す緑色の稲妻だった。

 

「魔力の変換は上手くいきました。ここからあなたに流します…できるだけ痛みが少ないよう努力しますが、無理そうなら離してくださいね」

 

 続いて魔力を変換して作った緑色の稲妻を、ヒバァへ押し付けるのではなく2人を繋ぐパイプに利用するイメージ…ここからはぶっつけ本番、繋いだ手を通して徐々に流す。

 

 この段階になると外野からも何かが起きていることは視覚で判断できるようになり、両者からはバチバチと弾ける稲光が発生する。

 どうやら無害化は上手くいっていないようで、流した瞬間に手を握る力が一瞬だけ強くなったものの、先ほどの電磁網よりは平気なのかなるべくいつものトーンで話そうと努める。

 

「確かに痛いな…!だが君と繋がる感覚というのが分かる気がするよ。次はどうすればいい!」

 

「ガァラさんを思い出してください!できれば瞬間ではなく一連の記憶を!」

 

 魔力を通じて繋がることには恐らく成功した。最後は記憶を電気に乗せ、声のように送受信するイメージ…しばらく模索していると、魔族を倒した時の不思議な感覚に近いものを掴んだ!

 

「いきます!『以心電心』!!!」

 

 エイジャーが叫ぶと同時に緑の稲光が大きくなってバチンと弾け、特に強いスパークが2人の間を瞬時に往復した後、強引に引き剥がした。

 

 強い痛みと同時に感じたのはロウディやクネペパを倒した時と似たような、他人の記憶を脳内に打ち込まれるような感覚…目を開くとそこは豪雨の森の中、ヒューゴに追われている場面だった。

 

─ホアァァァァッ!!!

 

『ハァッ…こんなところに魔族がいるとは…!このままじゃ全滅だ!ガァラ!戦えない奴らを連れて進路を変えろ!』

 

─危険です兄さん!私も一緒に…

 

『兄の言うことを聞け!あとで必ず合流するぞ!』

 

─分かりました…絶対に切り抜けてください

 

(雨で見えにくかったけど確かにガァラさんだった…これは2人がはぐれてしまった場面の記憶なんだ。という事はヒバァさんはやっぱり─)

 

・・・

 

・・

 

 

「…見えた!やっぱり彼がお兄さんで間違いない。俺が保証するよ」

 

「私も弟が君に話した事や今の…胡散臭そうな主人が見えた。本当に生きていたんだな…」

 

─それは本当か!?弟さんが無事で良かったなヒバァさん

 

─息子は彼と一緒に離れたんだ。きっと一緒にいるはず…早くここを出て無事を確認したいよ

 

 記憶の共有に成功し、ガァラが元気にやっている姿を覗いたことで安堵から目に涙が浮かびつつあるヒバァに優しい視線を向けるエイジャー。

 

 しかし記憶を共有できるのはあくまで電気で繋がっている相手だけ…他の者たちは本当に成功したのか判断することはできない。

 アゲハが自分たちだけの世界に浸っている2人を信用すべきか迷っているとルルが彼女に抱きつき、上目遣いで語りかけた。

 

「ガァラのボスが胡散臭いのは私も知ってる。アゲハお願い、エイジャーのこと信じてあげよ…?」

 

(う、めちゃくちゃ可愛い…!ヤバい…!)

 

 まるで捨てられた子猫のような表情と声によるおねだり…焚き火に照らされた青い瞳は彼女の可憐にさらに磨きをかけ、同性であるアゲハですらキラキラとしたエフェクトを幻視してしまうほどであった。

 

 どこであんな仕草を覚えたのだろうか…動揺するアゲハと、密かにこちらへ振り返りウィンクしてくるルルを見たエイジャーは女の末恐ろしさを痛感し、あれが大事な場面で使われないことを願うばかりだった…

 

(トカゲっちたちを信用して何かあるとマジボスに怒られるし、でも今のリーダーはグラセンだし…ここでモタモタしてるとランヅキたちが危ないのも事実だし…あーもうウチに難しいこと考えさせんなって!)

 

「分かった!グラセンについていく!その代わり怒られる時は一緒だかんね!」

 

「悪いなアゲハ…俺は皆さんを信用します。このまま急いで外へ移動しましょう」 

 

「了解した。それとまだ坑道を掘っている者たちが奥にいるんだが…先ほどの音で異常に気付き、こちらを追ってくるはずだ。彼らの対処は私に任せてくれ」

 

 坑道を綺麗に掘り進めていた者たちが誰なのかは不明だが、ヒバァの話を聞く限りではなんとかなりそうである。追いかけてくるであろう彼らの正体に若干の不安を抱きながらも、エイジャーたちは外を目指して走り始めた。

 

───────────

 

(なんだよ…あれ…)

 

 一方こちらは坑道の外…盗賊の武器を破壊したランヅキは正体不明の攻撃により吹き飛ばされダウン。その元凶であるヒボゥが露わにした全身を見たアルジードの心中には、怒りを塗り替えるほどの困惑が広がっていた。

 

 短い排気筒のような物が全身から何本も飛び出ており、腹には人の顔と同じくらいの穴が空いている…その姿を簡潔に言い表すならば『エンジン人間』であろうか。

 

 どうやら肥満に見えていたのは排気筒を服で隠していたからのようで、そういった意味では全身を鎖で武装しているアルジードと同じ発想と言えなくもないが…その人体を弄んだ姿は魔族とも違う不快感を放っていた。

 

「珍しいだろ?ハァ…これは魔道具を…人体に組み込むことで…誰もが強力な魔法に匹敵するものを使うための試作品なんだとよ…」

 

 先ほどまでの野心に満ちた目はどこへやら、ヒボゥは大量の汗をかきながら、息も絶え絶えで苦しそうに胸を押さえている…狂気の発想に相応しく、使用者への負担も凄まじいもののようだ。

 

「あの女が制御装置を壊しやがったからな…もう手加減はできねぇぞ…!」

 

 醜悪な姿に思わず気圧されてしまったが、無法者の世界はナメられたら負けである。アルジードはあらゆる感情を抑え込み、挑発的な表情へと切り替え叫んだ。

 

「…テメェが盾にして壊したんだろマヌケが!こっちも女やられてんだ、相応の後悔をさせてやるよ!」

 

 口では威勢よく煽りつつ、頭では冷静にランヅキを確認する。吹き飛ばされた彼女が起き上がる様子はなく、先ほどからぐったりしたままのようだ…

 早く手当てをしたいが相手は前例のない改造人間…何をしてくるかは未知数。焦る気持ちをぐっと堪え、稼いだ時間で異型と化した敵の分析に努める。

 

 腹に空いた不自然な穴。位置関係からしてランヅキへの攻撃に用いたのはあれで間違いないだろう。無色透明な何か…おそらく空気は人を吹き飛ばすほどの威力…正面には立たない方がいい。

 

 であれば他の筒も砲塔なのだろうか?それならば集中している背後にも回るべきではない…位置取りは慎重を要しそうだ。

 しかし機械の力を借りているとはいえ、あれが人の肺活量だけで出せる威力とも思えない。大砲が尻から弾を込めるように、あれが吸気を補助している可能性もあるが…

 

「ハァ…ボサッとしてると死ぬぜクソガキ!はぁーッ!」

 

 一撃食らえば終わりの未知の脅威である。アルジードが様々な可能性を考えるのに慎重になりすぎていると、全身の気筒がヒボゥの深呼吸と連動して大量の空気を取り込んで圧縮し、力みに合わせて腹から強烈な一発を撃ち出した!

 

 圧縮空気はミニチュア台風とも呼べるほどの風を纏い、横っ飛びで回避したアルジードの背後に立っていた木を強引に薙ぎ倒す凄まじい威力…一方で撃ち出したヒボゥの負担も相当なもののようで、軽い吐血の後に膝をついてしまった。

 

 ランヅキが食らったものよりもさらに威力が高い…想像してしまった直撃後の姿をかき消すように、考える時間を稼ぐようにアルジードは煽りを重ねる。

 

「それが精鋭の姿かよ?オレには半端モノ押し付けられたマヌケにしか見えねぇな!」

 

「ほざけ…!組織は常に蹴落とし合いだ!誰よりも早く使いこなして、いずれ大陸を統べるアラクネでのし上がるんだよ!!!」

 

 他の子供たちが学校に通う年齢から1人で活動し、薄い付き合いのみでどこにも属してこなかったアルジードは組織というものに明るくない。

 

 それでも目の前でひざまずいている男を見れば分かる…下につく相手を間違えたのだと。

 

「…ま、お前らじゃ情けも湧いてこねぇけどな…2発も撃ってかなりキてんだろ!声が震えてるぜ!」

 

 自傷で動きが鈍っている今のうちに片付けるのが最善…アルジードは迅速に、しかし腹の照準が合わないよう不規則な軌道を描きながら近づいていく。

 

 しかし翻弄されているはずのヒボゥは軌道を追うことはせず、不敵な笑みを浮かべるだけだった。

 

「さすがにバカじゃないようだな…だが遅ぇ!『ブーストラリアット』!!」

 

 ヒボゥが膝をついたまま、叫ぶとともに両手を広げたのを視認した次の瞬間。暴風のような轟音を響かせながら背中に埋め込まれた筒が震え出し…何かが来ると察知した時にはもう遅く、圧縮された空気によって高速で撃ち出された体がすれ違いざまの一撃を食らわせた。

 

「─ッ゛!!!!!」

 

 咄嗟に差し出した腕が頭への直撃を防いでくれたものの、木を薙ぎ倒すほどの空砲を利用したラリアットの威力は凄まじかった。

 腕は骨が軋む音をあげ、鎖を巻いて人より重い体は羽虫の如くあっさりと吹き飛ばされる。

 

 対するヒボゥも加減速の制御ができないのか、そのままオーバーランして顔面から盛大に転んでしまう。早くも負担は限界に来ているようで、転んだまますぐには追撃できない様子であった。

 

 しかしあまりの衝撃で感覚が死んでしまったのか、とてつもない攻撃を食らったはずなのに腕の痛みを感じない事にアルジードは気付く。

 一方で服には赤黒いシミが広がりつつあり、砕けた鎖の破片が露出していた。おそらく腕にいくらか刺さったのだろうと察するも、抜くだけの握力もないため戦闘を続行せざるを得ない。

 

(こりゃしばらく腕は使えねぇな…鎖も砕けて使えねぇ。正面避けるだけじゃあいつが飛んできやがるし…ちっとやべぇな)

 

 ヒボゥは根性と執念だけはある男だ。体が限界を迎えていても自分を始末するまでは使い続けるだろう…だがあれは相当に無理のある装備、いつまでも思い通りの挙動をするとは限らない。

 

 仮に暴走でもして他の人間に向かっていった場合、まともに動けない彼らの体はバラバラにされてしまうだろう。限られる攻撃手段にあまり残されていない時間の中で、アルジードは過去のやり取りを思い出していた…

 

 

「どういう時に殺しを解禁していいか…だって?」

 

 それは少し前…イカイサの街で魅せ試合をした後のこと。正式に同行を許可された事で身の振り方について気になったアルジードは、浴場で2人きりになったタイミングでふと質問してみたのである。

 

 エイジャーは突然にしては物騒な話題を持ちかけられた事を気にする様子もなく。ああでもない、こうでもないとしばらく考え込んでしまった後『目的ではなく手段としてなら』と絞り出すように答えた。

 

「目的…私怨でやりすぎるなってのは前も言われたな。でも手段ってどういう事だ…?」

 

 なんとも抽象的な回答の咀嚼に苦戦しているアルジードに対し"あくまで持論として"と前置きした上で、エイジャーはさらに付け加える。

 

「大事な人の危険が迫ってる時、対話の余地がない敵、あとは…もう救う手立てのない相手への救いとか…かな」

 

 人の価値観へ介入する割にはなんとも歯切れの悪い回答ではあるが、殺しの是非という難しい倫理の話では断言できない部分もあるのだろう。

 エイジャーもそこは自覚しているようで、申し訳なさそうにしていた。

 

「偉そうな事を言ってるけど、結局はアルを復讐で歪ませたくないってわがままだよ。過去を清算した後も血を拭い続けるような人生にしてほしくないんだ…俺にとって大事な人だから」

 

 大事な人だから…そう発するエイジャーの目はまっすぐで、心からの言葉であることに疑いの余地はない。

 普段は迷ったり言い淀む事も多い彼ではあるが、面と向かって言いにくい言葉を不意に投げかけてくる事がある…すでに何度か被害に遭っているが、未だに慣れることはなかった。

 

 なんとなく負けた気がするアルジードは頬を掻きながら『裸の野郎2人が言うことかよ』とささやかに抵抗してみせたが内心は満更でもなく、エイジャーもまたむず痒そうな表情で苦笑した。

 

「確かにちょっと気持ち悪かったかも…何にせよ繋がりを自覚できた今のアルなら間違えないって信じてる。あ、でも自分を危険に晒してまでは守らなくていいからね」

 

「どっちだよ…まあぼちぼち掴んでいくさ。団長とは長い付き合いになるだろうしな」

 

─────────────

 

(オレは腕を、ランヅキは腹をやられてまともに動けねぇしあの野郎も肉体がメチャクチャ…あんたが言ってた状況、もう来ちまったよ)

 

 どこにも属していなかった頃は叩きのめした盗賊をどう扱おうが自由だった。町の自警団も奴らに同情などしなかったし、仮に詰められても功績と味方につく被害者がいれば相手も強く言えなくなるからである。

 

 しかし今は違う。間接的にとはいえ秩序側の名を背負い、魔族にすら情けをかけるような甘ちゃん上司についている。それは己を縛る厄介な鎖であるが、身に纏う鎧のような安心感も抱きつつあった。

 

(まったく面倒なボスだぜ…終わったら死ぬほど褒め倒させてやるからな!)

 

 繋がりを自覚した今の自分なら間違えない…そんな言葉を思い出しながら、アルジードは攻勢に移るべくふらふらと立ち上がり、それを見たヒボゥも再び起き上がる。

 

「ハァ…そんな体で何ができるってんだ…ウグッ…諦めてじっとしてろ…!」

 

「テメェこそ限界だろうが…!今楽にしてやっから倒れてろや…!」

 

 先ほどまでのスピード感はどこへやら、2人はまるで薬漬けにされた者たちのような鈍重な動きでお互いの距離を詰めていく…

 

 ヒボゥが安易に圧縮空気を使ってこないことから察するに、精神力で誤魔化せる段階を超えてしまったのだろう。次の一撃で勝負が決まる…アルジードはそう確信していた。

 

((アイツはもう素早く動けねぇ…まだだ…確実に決まる距離まで近付く…!!))

 

 両者の距離は現在2メートル弱…怪我の具合はもちろんのこと、荒れた息遣いすら感じ取れる距離。

 

 中距離戦を得意とする2人にとってはあまりにも近すぎる立ち位置の中…先に仕掛けたのはヒボゥだった。再びの超加速を実現するために背中の気筒がブルブルと震え出し、代わりに腹部の穴から大量の空気を吸い込み始める!

 

「ゼェ…この距離なら外さねぇ…!お前に避ける体力がないのは分かってるからな…!行くぜ、『ブーストラリアッ』…」

 

「そこだ…っ!」

 

「なっ…!?!?確かに腕を壊したはずだ!なぜ動く!?」

 

 アルジードはさらに距離を詰めて懐に入り込むと、動かないはずの両手をポケットへ突っ込んで火薬玉を掬い、腹の吸気口へとありったけ投げつけた!

 

 ヒボゥが企みに気付いた時にはすでに吸気を止められる状態になく、空気とともにいくつもの火薬玉を体内へと送り込んでしまう…それが意味することは言うまでもないだろう。ただでさえ良くない顔色がさらに青ざめていく。

 

「オレには心配してくれる心配なボスが待ってんだ…一瞬の無理くらいできねぇで支えてやれるかよ!」

 

 役目を終えたアルジードの腕は再びだらりと垂れ下がり、体力も尽きて五感も鈍り始めていた。

 それでも精神だけは燃え上がっていた。霞む視界に酔いながらも膝をつかずに立ち続け、啖呵を切って優位性を示し続けようとする。

 

 一方のヒボゥは体内に火薬玉を取り込んで爆発は秒読み、肉体の酷使によって限界を迎えた精神はすっかり怖気づいてしまっていた…

 

「やめろ…くそっ背中に詰まってやがんのか!?どうすりゃいいんだ!取ってくれよ!死ぬ…!」

 

(そうしねぇためのショボい火薬量なんだよ。上手くいってくれよ…)

 

─ドン!

 

 心の中で天に祈った直後、体内へ侵入した火薬玉が無慈悲にも爆発を始めた!人も殺せぬ威力のそれは連鎖的に誘爆していき、詰まっていた背中の気筒や埋め込まれた機械を内部から傷つけていく…

 アルジードは生死の確認のため、すべての爆発が終わって煙を吐きながら倒れたヒボゥの元へと歩いていく。体内の機械が生身の部分を保護したのか、あれだけの事があったにも関わらずわずかに呼吸をしていた…生きているのだ。

 

「この人数を相手して不殺、我ながら神業だよな?さすがにちょっと休んでもいいだろ…」

 

疲労と安堵…ついに緊張の糸が切れたアルジードの視界はぐにゃりと歪み、糸が切れた人形のように倒れ込んだ…

 

─────────────

 

「な…ぜ…ころ…な…た…」

 

 アルジードの全身から力が抜けて少し経った頃、ヒボゥが途切れ途切れに何かを伝えようとしている事に気がついた。

 

 状況からして"なぜ殺さなかった"とでも言いたいのだろうが…不快な質問に舌打ちしたアルジードは少しだけ晴れやかな表情で呟く。

 

「一応は殺す気だったぜ、死ななかったのはテメェと機械が無駄に頑丈だったからだ。それに…どんな奴でもなるべく殺さないでほしいってボスのわがままを叶えてやった」

 

「…前…ス…甘…な」

 

「『お前のボスは甘ちゃんだな』か?だろうな…だからこそオレがいてやらねぇとダメなんだよ。テメェのボスはロクでもねぇ奴なんだろ?今は─」

 

─負けておきながらずいぶん悠長だなぁ?ヒボゥ…

 

 2人の会話を遮るように現れたのは、薬漬けにされゾンビのようになっている集団の中にいた1人の男。一体何が起きているのか…アルジードはもちろんのこと、使役していたはずのヒボゥすら状況を飲み込めていないようだった。

 

「ここは魔道具の材料を調達する重要拠点の1つ…こんな野卑で愚かな男だけに任せるわけがないだろう?どこかへ流したりしないか監視していたんだよ…あの木偶たちに混ざってな」

 

(こいつ、どこも負傷してねぇ…乱闘に乗じて今まで隠れてやがったのか)

 

 男はアルジードの視線を死に損ないに用はないとばかりに受け流すとヒボゥの頭上へ移動する…そして顔面を何度も踏みつけ、捻り、いたぶり始めた。

 

 敵か味方かは関係ない…アルジードは目と鼻の先で行われている卑劣な行為に苛立ち、声を荒げた。

 

「テメェ…!何やってんだ!同じ組織だろうが!」

 

「落伍者はエサとなる…それがアラクネの摂理であり強さの理由だ。こんな雑魚にも情報という価値を持っている、最期に私が組織の役に立たせてやろう」

 

「…ぅ!…うぅ…!」

 

 男は砕けた気筒の破片の中から使えそうなものを物色すると、腰を下ろして金属片で喉元をペチペチと叩く。それはいつ搔き切るかを勿体ぶることでより絶望を味合わせるための、なんとも悪趣味な嗜好によるものだった。

 

(クソッ、今の体勢から足だけで相手取るのはさすがにしんどいが…!ここで殺らせちまったら意味がねえ!)

 

 せっかく生け捕りにした敵を消されるわけにはいかない…アルジードはもう一度火薬玉を使おうとするが今度ばかりは腕も無理を聞いてくれず、使えそうな武装といえば踵に仕込んだ刃くらいである。

 

 男は監視役を任されるポジション…武闘派には見えないものの万全でない体を叩き起こし、蹴りを放つまでの猶予をくれるとはとても思えず、反撃を避ける自信もないのが正直なところだった。

 

「その体で何かできると思わないことだな…お前は活きがいい分こいつより楽しめそうだ。まずはこいつを処分するとしようか…!」

 

「やめろ…!クソッ、やめろつってんだろうが!!!」

 

─駝鳥蹴撃!

 

 何者かの声が聞こえた直後金属片を握り、ヒボゥへ止めを刺そうと振り下ろす男の腕を超高速の何かが貫き、体ごと吹き飛ばして木へと打ちつけた!

 ナイフと呼ぶにはやや大型のそれはわずかに雷を纏っており…攻撃の主に心当たりがあるアルジードは起き上がると、遠方にいる射手を視界に捉えた。

 

─これ以上好きにさせるか!アルごめん!遅くなった!

 

「タイミング良すぎだぜ、団長…」

 

 声がギリギリ届くかという距離からの武器の狙撃…それはアルジードが今最も褒めてほしい男によるものだった。

 

 

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