アラクネ盗賊団の足取りを掴むためロックリフ鉱山に潜入したエイジャーは、かつて世話になったレプター族の兄を名乗る人物に出会う。
不完全な従属呪文で身元を証明しひとまずの和平を結ぶ中、外では魔道具を取り込んだ構成員のヒボゥとその監視役によりアルジードたちが追い詰められていくが…
─『隼突撃・五連』!
強く踏み込んで一気に距離を詰める技の応用で瞬く間に合流したエイジャーは煙をあげて倒れている改造人間と、服の腕部が血に染めたアルジードが倒れている凄惨な光景に絶句した。
「腕をやられたのか!?俺が二手に分けなければ…すぐ手当てするからもう少しの我慢してくれ」
「オレは平気だからあのガリヒョロを始末してくれ団長…アラクネの監視役だ。あとランヅキが腹に空砲受けて動かねぇ、手当てするならあっちからだ」
そう言ってアルジードは指…が動かないので顎で方向を示す。ランヅキは相変わらず動かず、監視役だという男は自らの掌と木に打ち付けられたナイフを引き抜こうとしていた。
どれも緊急を要するがいくら望めど体は1つ。できることは限られている…エイジャーはほんの少しの間迷った後、坑道を出たばかりのアゲハたちに叫んだ。
「アゲハ!10時の方向でランヅキが負傷してる!俺は残党を片付けるから診てやってくれ!ルルはこっちに合流してアルジードの手当てを!」
─…りょーかい!…ってトカゲっち何!?うわっ!
こちらの指示を聞き終えるやいなや、先ほど解放したレプター族の者たちがアゲハとルルを背負い、四足歩行でそれぞれの持ち場へと運び始めたではないか!
彼らの走破性はかなりのもので鉱山という悪路だらけのフィールドをものともせず、吸着する手足を駆使してトップスピードで這っていく…本気を出したレプター族の身体能力の高さを目の当たりにして、善性を失わずにいてくれたことを心から感謝するエイジャーであった。
「うぅ、お尻がチクチクする…」
「隊服が破れてないから怪我はしてないと思うけど…あそこにいるのがここの裏ボスだそうです。事が終わるまで彼らを見ていてくれませんか」
感謝も束の間、ヒバァたち数人があっという間にこちらへ到着した。逆立つ鱗を持つ彼らに揺られていたからだろう、エイジャーに抱き上げられたルルは痛そうに尻を擦っている。
アルジードたちの保護を任せて対処に乗り出そうとしたその時…ヒバァたちの鱗ばった手が行く手を阻んだ。
「ここは我々に任せて仲間の処置に専念するといい。これで盗賊に堕ちた過去を帳消しにできるとは思わないが…決別を君に見届けてほしいんだ」
自らケジメをつけたいと語る彼の目は真剣だった。覚悟を汲み、信用することに決めたエイジャーが頷くと嬉しそうに舌をチロチロと出し、仲間を連れて男の元へと歩みを進めていく。
離れていく背中を見送った後、急いでアルジードの袖を捲って怪我の状態を見る。腕は顔の方向にひしゃげており、砕けた金属片がいくつも刺さっている…状態はかなり悪い。
「ルルは包帯と…太めの棒を2本頼む。破片はここで抜いておかないと面倒なことになる、かなり痛いけど我慢できるか?」
「感覚がないうちに頼むぜ…知らねぇ奴らの前で泣き叫ぶのはゴメンだからな。ところでアイツらに任せて良かったのか?アラクネに協力してたんだろ?」
「まあね…でも彼らには会いたい人がいる。ここで成果を上げてもらって、少しでも早く再会できるようにしてあげたいんだ」
事情がいまいち飲み込めないアルジードだが、発言からすでに信頼関係が生まれているらしい事を察した。ボコボコにされた顔を見上げながら、「甘ぇなあ」と呆れたように呟いた。
─────────
「いつも死角で作業を放棄しているのは知っていたが…お前もアラクネの構成員だったとは」
「いい度胸じゃないかトカゲども。しょせんは畜生…組織を裏切る恐ろしさを知らないようだなぁ!」
ナイフで木に打ち付けられている男…サベラは苛立っていた。現在2.5メートル近い巨躯を持つ格下…ヒバァたちに見下される位置関係にあるからである。
サベラは軽く呻きながらナイフを引き抜くと、レプター族の3人に対して半身を隠すような構えを取る…傷を負い、数的不利の状況でも降伏する気はないと判断したヒバァもまた戦闘の構えを取った。
「ずいぶん舐められたものだなぁ!鉄火場を離れて久しいが…丸腰のトカゲに負けるほど落ちぶれちゃいないわ!!!」
先手を取ったサベラによる鋭い刺突が襲いかかる!容赦なく心臓を突き破ろうとするものの卑劣漢ゆえに狙いが掴みやすいのか、ヒバァは動きを読んでいたかのようにひらりと躱す。
反撃で投げの体勢に入るもぬらりと解かれ、両者は再び睨み合う形となった。
(この男、攻守で動きがガラリと変わるな…乱戦に持ち込むとかえって読みづらくなるかもしれん)
「マンダ!ラァブ!此奴の立ち回りに集中したい!2人は合図するまで待機だ!」
「「了解だ!!」」
「元野良トカゲが武人気取りかぁ…?恩も知らない下等生物がぁッ!」
サベラの型はフェンシングに酷似しており、差異はあれど王都騎士団で普及している動きに近いものがある。
盗賊にしてはかなりの練度を持つ剣戟…隙を晒せば一気に穴だらけされてしまうだろう。素手で戦うヒバァは最小限の動きでいなしつつ、不規則な立ち回りのクセを掴もうとしていた。
「拾ってもらったことは感謝している!この姿では人間のコミュニティに馴染めなかったからな。だが我々は心まで凶暴なわけではない!盗賊に身を窶し続ける事には耐えられん!」
「そうだそんな姿ではロクな生き方はできない!よく分かってるじゃないかトカゲ!!!組織を離れて何になる!?」
見下していた者たちの裏切りにより怒りのボルテージが上がっていく度に、サベラの攻撃は熾烈になっていく。ヒバァも痛いところを突かれて精神が揺らいでいるのか動きに余裕が無くなっていき、よく手入れされた刃が何度も鱗を掠めていく…
だがここで変われなければ弟に…ガァラに会うことは二度とできなくなるだろう。
危害を加えてきた相手すら信用しようと努力し、今後の処罰で有利にするために任せてくれたエイジャーという男…不安になるほど優しい彼に報いるためにもこの勝負、負けるわけにはいかなかった。
「…ッ!確かに我々のような姿を持つ者に世間は厳しい!ここで成果を上げたとて弟には会えぬかもしれない!だがな…人間の中にはそれでもと信じてくれる者がいる!誰かの下につくのなら!私は彼のような人間に尽くす!」
覚悟を決めたヒバァの瞳孔がキュッと細くなり、開いた口からは唾液が牙を伝っている。今の状況はまさしく蛇に睨まれた蛙…人間では決して出せない迫力にサベラが一瞬たじろいだ隙を突いてナイフをはたき落とすと、待機していた2人が準備に入った。
「ラァブ!!!」
呼びかけに応えたラァブが瞬時に後ろへ回り込み、持ち前の怪力でガッチリと羽交い締めにした。ヒバァは全身の感覚を研ぎ澄ませて動けなくなった獲物に狙いを定め、掌底を腹へと叩き込む。
「磨き上げたレプター族の感覚は内部の不調をも察知することができる!死にたくなければ動くなよ人間!『レプトル柔術 掌蛇』!」
奴隷に扮するための体作りをしていたサベラの内臓は少しずつかつ確実に弱っており、本人も気付かなかった弱点へと的確に衝撃を加えられたショックであえなく沈黙した…
「万全な状態で戦っていたら危なかった…マンダ、拘束する前に頼めるか」
「へへへもちろんだ…『ヴェノム・ヴァイプ』…!」
マンダは不気味な笑みを浮かべながら沈黙したサベラへ近づくと、麻痺毒が滴る牙を腕へと突き立てた。
突き立てた牙は浅く、時間も短くしたものの細身の人間には十分すぎる強い毒性を持っており、注入されてすぐに全身の自由を奪って軽い痙攣を引き起こした。
ヒバァは泡を吹き、無様に倒れたサベラを子供のように摘み上げると肩に担いでエイジャーたちの元へ戻っていく。彼の服装では逆鱗が刺さってしまうだろうが、文句を垂れる口が使えないので構わないだろう。
「これでしばらくは動けまい…2人の協力に感謝する。彼の仲間が心配だ。此奴を連れて戻ろうか」
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「ただいま戻った。生け捕りにする過程で麻痺毒を注ぎすぎたようだが命に別状はないはずだ。それとナイフも返すよ…そちらの仲間は無事か?」
「おかえりなさい。早く医者に診せるべきですが、2人とも意識があるのでひとまずはってところですね」
そう説明するエイジャーの前には止血を終え、添え木で腕を固定されたアルジードが転がっていた。麻痺していた痛覚が戻ってきてしまったようで苦悶の表情を浮かべているが、この場で行うべき処置は済んでとりあえずは落ち着いているように見える。
仲間に運ばせたもう1人の負傷者…ランヅキも目を覚まし、呻くような声で文句と泣き言を繰り返している。
どうやら空砲を受ける瞬間に咄嗟に体勢を変えていた…というよりも驚いて後ろに転びかけていたようで、そのおかげでインパクトを正面から受けなかったようである。
体へのダメージが深刻な事には変わりないが生きる気力が感じられる…彼女もきっと助かるだろうと安堵した。ただ…
ヒバァはアルジードの横に並べられている、自分たちを酷使し続けていた男に目をやった。
魔道具を埋め込むという未知の手術を受けている彼の人体構造は複雑で、せいぜい接合部から滲む血を止めてやることしかできないと悔しそうに語るエイジャー。
彼のような人間に早くもっと出会っていれば…ヒバァは話を聞きながら、己の巡り合わせの悪さを密かに恨んでいた。
「せっかくアルが頑張ってくれたのに…ごめん」
「仕方ねぇよ団長…腹に穴開いてる奴の仕組みなんざイジった連中にしか分からねぇ」
「ちょっと待って!この人…何か言おうとしてるよ?」
治療具を渡して暇になったルルはヒボゥが何かを伝えようと、口と目線を必死に動かしていることに気が付いたのである。
しかし無理のある運用によってガタガタになった肉体はもはや喋ることすらままならなくなっており、とても情報を聞き出せる状態ではなかった。
これでは町へ運んでも処置は間に合わないだろう…万事休すといった空気が流れる中、何かを思いついたルルが再び声を上げるとエイジャーに駆け寄った。
「さっきのビリビリなら喋れなくても言いたいことが分かるんじゃない?」
「!!」
確かに相手のイメージを電気信号で送受信する以心電心ならば言葉は必要ない。だがお互いを繋ぐ電気に無害性を与えるという課題はまだクリアしておらず、瀕死の人間に使うのは殺すも同然の行為である。
別行動をしていたために状況が飲み込めないアルジードとランヅキ、そして倒れているヒボゥに改めて仕組みとリスクを説明すると、やはり即決とはいかない空気が流れた。
「本人が隣にいるんだから聞きゃいいさ。おいテメェ、伝えようとしてんのは死ぬ覚悟を背負ってまでオレたちに言いたいことか?」
「彼はもう返事もできないよ…NOなら1回、YESなら2回まばたきしてください」
(話せない者への意思確認でまばたきとは考えたな…しかも明確な意思がなければ実行できないように配慮している。この男、甘いようでかなりの場数を踏んでいるようだ)
やり取りを邪魔しないよう1人で、静かに感心しているとヒボゥはゆっくりと2回まばたきをした…YESのサインである。
盗賊への憎しみを押し込めて、せっかく生け捕りにしてくれた男に手をかけるかもしれない…返事を確認してもなお実行に移すか迷いが生まれたものの、アルジードが生んだチャンスを捨てるべきではないと覚悟を決めて手を握った。
「今から2人の間に電気を流します、俺たちに伝えたいことを頭に思い浮かべてください…『以心電心』!!」
叫ぶと同時に両者を繋ぐ緑色の稲妻がバチンと弾け、2人の体を軽く吹き飛ばした。
力なく転がったヒボゥの確認をするもすでに息をしておらず、あまりにもあっけない最期を迎えることとなったが…表情はどこか満足気であった。
「…!そうかそんな場所に…受け取った情報はありがたく使わせてもらいます」
そう語りかけるエイジャーの目は慈悲に満ちており、先ほどまで敵対していた者同士とは思えない穏やかな雰囲気を放っている…亡骸を整えてやった後に黙祷を捧げると、皆の方へ向き直って最期のメッセージを共有し始めた。
曰く、ヒボゥはこの辺りにある支部の資材調達係だったという。
アジトは旧王国軍が掘ったものの使わずに破棄された地下壕を流用しており、なんとイソーの街の外れに存在する…ご丁寧に周辺の景色の記憶まで同封してくれたとエイジャーは語る。
ロックリフで調達した資材の取り扱いは他の人間が担っており、どこへ向かうかまでは知らないらしい。
ただし直接乗り込んで聞き出せるようにと把握している構成員の数と装備まで伝えてくれており、対策も練ることができるように配慮されていた。本人は報復のつもりだろうが…あまりの用意の良さにさすがのエイジャーも苦笑いを浮かべている。
「『頂点を目指す夢が潰えた今あの組織に用はねぇ、お前たちなら数を揃えて乗り込めば楽勝だからぶっ潰しちまえ!』…だそうです」
「イソーの近くか…そんなとこにアジト作ってやがるとはな。団長、今すぐ急行して奴らを─ッ!」
「ダメだよじっとしてなきゃ!ほら、また血が出てきちゃったじゃん」
アルジードは興奮気味に起き上がろうとするも痛みで地面に押し戻された。無理に動いたせいで傷口が開き、強くなる痛みに思わず声を漏らす。
「気持ちは分かるけど落ち着いて。アジトには他にも改造人間がいるらしい、そんな体で戦うのは無理だ」
「そそ、ランヅキもいちおー重症だしちょっと休もうよ。てかどうするグラセン?このままイソーに向かうとヤク漬けの人たちはともかく…トカゲっちたちの処分が厳しくなるかもよ」
アゲハの指摘にエイジャーは難色を示した。
イソーは複数の組織に防衛を頼っている都合上、犯罪者の扱いについて騎士団の意向で決められることはあまり多くない。余所者が功績を主張したところでたかが知れているだろう。
問題はそれだけではない。ここから最も近いイカイサはある程度融通がきく一方で、先日の襲撃で重傷者が溢れており医者はてんてこまい…2人を連れて行っても即座に万全の治療が受けられるとは限らなかった。
「じゃあトゥアンはどうだ?それなりに近いし騎士団も常駐してる、現役なら医者の腕も良かったはずだぜ。里帰りのついでにもなるしな」
進路を決めかねている2人を振り向かせたのはアルジードだった。ルートから外れており道もやや荒れているのだが、アゲハたちが乗ってきた馬車と主を失った牛車が使えることを考えれば悪くない選択肢である。
何より彼の故郷だ。この先の戦いが厳しいものになる事が予想される今、祖父母に挨拶するタイミングとしてもちょうどよい。アゲハも異論はないとのことで、治療と情報共有のため一同はトゥアンへ向かうことに決定した。
「ヒバァさんたちも同行願います。あそこの隊長と面識はありませんが…家族と話す時間くらいは作ってもらいますので」
「ほう、今は離れた相手とも話ができるのか…君の立場が揺らがない程度にお願いするよ。ところで…」
─あーっ!あんなところにいるクス!
何かを尋ねようとした矢先、山の方から聞こえてきた叫び声に一同は振り返る。色々なことがありすぎてアゲハはもちろん、エイジャーも坑道を綺麗に掘り進めていた何者かの存在が頭から抜け落ちていた。
声の主はドスドスと重量を感じさせる走りでこちらに向かってきているが…その姿は威圧感溢れるレプター族にも引けを取らない厳ついものだった。
「あれは人…いや岩…?初めて見る種族だ。何者なんですか?」
「彼はコークス…タルガンという種族らしい。大地の化身を自称しているが本当かは不明だ」
コークス…黒くて形の良い岩を接着して作ったような姿を持つ彼の到着を待ちながら、エイジャーは新たな出会いに期待と不安を募らせるのだった。