ロックリフ鉱山にてアラクネの構成員を捕獲、情報を引き出したエイジャーは重症者の治療のためトゥアンという町を目指そうとしていた。
そんな時、坑道を掘り進めていたという未知の種族…岩石質の体を持つタルガン族のコークスが現れるのだった。
「2人とも治してあげられなくてごめんね…まだ痛い?」
トゥアンへ向かうため馬車の荷台で、戦闘で負傷したアルジードとランヅキを見守るよう任されたルルは己の無力さにしょぼくれていた。
ちなみに暴れ出す危険性があるサベラや奴隷たち、ヒボゥの遺体などはエイジャーが手綱を握る牛車の方に積み込まれている。
「姫は悪くねぇよ。それより団長は治してやらなくていいのか?あのヘビみたいな奴らに殴られて腫れてたぜ」
「大した怪我じゃないし、この前たくさん魔力使わせちゃったから少し休んだ方がいいって…また自分のこと大事にしてないじゃん」
ヒバァたちを無力化した後いつものように打撃傷を治そうと名乗り出たのだが、連日の消耗による魔力の枯渇を懸念したエイジャーは彼女の申し出を断ったのである。
確かに先の戦闘でボゥトパスを抑え込み、操った直後は疲れの色が出ていたがそれはあくまで直後の話…今はすっかり元気になっているにも関わらず、念のためと気遣ったこともまた無力感を後押しする要因になっているのだった。
(ったく何してんだよ団長…あんたが気ぃ遣いすぎてかえって傷ついてるじゃねえか)
内心呆れているアルジードが彼女らと行動するようになってから半月以上…2人を間近で見ていて感じたのは、とにかく"不器用すぎる"ということだった。
エイジャーが敵にすら情けをかける甘ちゃんなのは理解しているしそこに救われた部分もあるのだが、ルルに対しての情は特に強い…というよりも質から違うような気がしてならない。
なんとも表現し難い彼の感情を、強いて既存の言葉を用いるなら"過保護"なのだろうがそれも違う気がする。
ルルはルルで自身の力を超えて役に立とうとしてしまうきらいがあり、かえって複雑な情を悪化させているようであった。これはアルジードにも当てはまり、ある程度自覚しているところではあるのだが。
どうしたものかと考え込んでいたその時、ランヅキが苦しそうに、しかしいつもの調子で口を開く。
「グラセンは昔からあんな感じ、守らなきゃって思うほど空回りするタイプだけど…ちょっと雰囲気変わった感じするわ。やっぱサヤ師を引きずってるよね〜…」
「サヤ師…奥さんのこと知ってるの?」
含みのある反応に何かを刺激されたのか、ランヅキが元気に、かつ悪い大人の表情になっていくのをアルジードは見逃さなかった。
「もち!マージで綺麗だったし魅せ方も上手くてさ〜。アゲハと一緒に色々教わってたんだよね。そうだ!着くまで暇だしルルちゃんにも教えてあげるよ〜!」
─お?なんか楽しそうな話してんじゃーん!ウチも相談に乗らせて!
(ロクでもないこと吹き込むつもりだなこいつ…ヤバいこと教えそうになったら止めてやるか)
到着まで少し休もうと思っていたアルジードの予定は、ランヅキが語るかなり偏った女のイロハを訂正する作業で狂わされることになるのだった…
「皆さんを歩かせてしまってすみません。彼らを無造作に積み重ねるわけにもいかないので…」
馬車で何が起こっているかを知らないエイジャーは手綱を握り、並走しているヒバァたちに何度も頭を下げていた。
牛が引いている荷台は大きいのだが、自我が希薄な奴隷たちを安全に運ぼうと配慮した結果…思いの外余裕が無くなってしまいやむを得ず歩いてもらうことになったのだ。
「我々まで乗ったら牛も辛いだろう。にしても妙な集団になってしまったな…アルフ、レプター、そしてタルガン…まるで御伽噺に出てくる旅人のようだ」
エイジャーはヒバァの冗談に確かに、と肩をすくめて笑ってみせた後、落ちないよう背後から抱きついているタルガン族の子供 コークスに目をやりながら、少し前のやり取りを思い出していた…
それは遡ること2時間前…ロックリフ鉱山で暗躍するアラクネ盗賊団を制圧した一行の元に駆け寄ってきたのは、全身が岩石質の物体で構成されている未知の種族だった。
生物なのかも怪しい見た目に魔族ではないか警戒するアゲハ。口では宥めているエイジャーもどう扱うべきか少し迷っており、現場はカオスな空気が流れる…
そんな空気をものともせず、岩のような種族はヒバァの元へ駆け寄ると、両手を何度も挙げながら弾むような声で問いかけた。
「ヒバァさんどうしたクス?もしかして…お昼に外へ出ても良くなったの!?今日は頑張りすぎて喉が渇いてたんだぁ」
「実はなコークス…君は盗賊たちに騙されていたんだ。探しているような石はたぶん…ここにはない」
「えぇー!?嘘ぉ!」
残酷な真実を聞いたコークスが厳つい外見に似合わぬコミカルなリアクションでショックを受ける様を見て、ようやく彼がまだ子供であることを理解した。
エイジャーは改めて警戒を解くと、どういった経緯でここにいるのかを聞くことにした。
どうやらあらましはレプター族の面々と似たようなもので、行く宛もなく彷徨っていたところをアラクネ盗賊団に拾われたらしい。
ヒバァたちとの違いは困窮から仕方なくというわけではなく、無垢故に本人(?)が自覚もなく協力していたことだろう。落ち着きのない子供のように手足を泳がせながら経緯を説明する姿には独特の愛嬌があった。
「タルガン族には最高の石を見つける試練があるクス!それではるばる大峡谷を超えてやってきたんだけど…人間と関わるなって言いつけを破ったバチが当たったクス…」
「ちょっと待って、君は大峡谷の向こうからやってきたのか?危険な種族がいて簡単には渡れないと聞いてるけどどうやって…」
エイジャーが言う通り大峡谷には危険な種族が縄張りを持っていると言われており、騎士団はおろかかつての王国軍すらも越境は不可能だったと言われている。
以前から向こう側からの来訪者を見聞きする機会は何度かあったものの、こんな子供まで往来できる状況なのは予想外であった。
「山を掘り進んできたから"あやかしの一族"とは会ってないクス!僕たちは美味しくないから襲われないだろうけど怖いしね!」
大峡谷に巣食う者たちはどうやら"あやかしの一族"と呼ばれているらしい。彼の口ぶりから察するに意思疎通が取れる相手でも捕食してしまう危険な相手のようだが…
以前出会ったボッタオと違って貴重な情報を話してくれるのはありがたくもっと色々聞きたいところだが、騎士団の立場としては非常に困った存在であると内心頭を抱えていた。
まず1つは罪と罰の判断。
聞いた限りでは適当な嘘で丸め込まれ坑道を掘っていたのみで、暴力や略奪には加担していないはずである。
しかし盗賊団の所属ではあるし間接的に発展を手伝っている…判断によっては罪になるかもしれず、それを本人が受け入れるとは限らない。
もう1つは彼が未知の種族であること。
より広い範囲へ遠征する中隊長クラス以上であれば知っているかもしれないが、少なくともエイジャーは人づてですら存在を認知していなかった。
あの坑道を1人で、しかも綺麗に掘ってしまう種族である。牢に入れたとて力業で突破されるかもしれないし、それが原因で敵対されると非常に厄介なことになる…
これがイソーへ直行だったらもっと頭が痛かっただろうとエイジャーは安堵した。あそこの隊長は自分の事をとても嫌っており、反発心から波風が立つ方に舵を取りかねないからだ。
…などと考え込んでいるのが気になったのか、コークスは不思議そうに顔を覗き込んできた。名前の通り石炭のような質感の体は高さこそないが横幅が広く、表情の分かりにくい顔も相まってなんとも言えぬ圧迫感がある…何も知らずに出会っていたら魔族と勘違いしそうなほどには。
「ところで盗賊って何クス?僕ほとんど集落から出たことがなくて…」
「そうだな…悪いことをしてない人のものを取ったり、傷つける連中をこっちでは盗賊と呼んでいる。君が騙されたのは特に悪質な組織なんだ」
エイジャーはこれまでついていた組織について包み隠すことなく説明した。この先の彼がどうなるかは分からないが、外の世界についてきちんと知っておくべきだと判断したからである。
子供ながら察しはいいようで、知らずの内に悪事に加担していたと気付きショックを受けているようだった。エイジャーはザラザラする頭を撫でてやると、穏やかな声で慰めてやる。
「君は騙されていただけだし人を傷つけていないから大丈夫…とは断言できないけど、許してもらえるよう俺が掛け合うよ。その代わり取り調べには素直に答えてやってくれ。約束できる?」
「分かったクス!それにしてもあの人達、お兄さんに比べたら怪しすぎるクスね…もっと早く気付けば良かったクス」
「雰囲気で判断するのも危険だけどね…俺で良ければ外の世界について教えるよ。とりあえず町まで一緒に行こう。怪我人を早く診せたいんだ」
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「ケガをしてもすぐ治せないなんて人間は大変クスねぇ。僕たちは取り替えて終わりなのに」
「取り…っ!?まさか手足を付け換えるの?」
「うん。僕たちの意志は頭の中の核石にあるから、それ以外ならいくら壊しても大丈夫クス。モノによって合う合わないがあるから家に予備を集めておくんだよ」
タルガン族の常軌を逸した生態にエイジャーは目眩すら覚えていた。魔族ですらほとんどが生物と似た仕組みを持っているにも関わらず、彼らはその理からも外れているのである。
人間も住んでいるらしいので魔界というわけではないのだろうが…大峡谷の向こう側にはどんな世界が広がっているのか想像すらつかない。
エイジャーはいずれ訪れることになる世界について、様々な考察をしながら牛車を走らせるのであった…
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「遺体と薬漬けになった人たちはイソーに運んで解析させるよ。生きてる方の盗賊は厳重に拘束しておく、それ以外の彼らはどうしたものか…」
「俺から副団長に相談します。抵抗の意志はないので人目につかない場所で待機してもらってください。…すみませんロニーさん、突然押しかけてしまって」
それからさらにしばらくして…日が落ちかけていた頃、一行は目的地であるトゥアンに到着していた。
町へ近づいた際に襲撃と勘違いした憲兵たちが戦闘配備につくアクシデントがあったものの、近隣の団員で顔が知れているアゲハの仲介により事なきを得た。
彼らも独立部隊の存在は知っていたもののレプター族を連れていたために警戒してしまったらしい。トゥアンは平和かつ他種族がいない町のようで、見慣れぬ彼らを魔族と判断してしまったと謝罪した。
ヒバァたちも慣れているとのことですんなりを謝罪を受け入れたものの、彼らが何度もこれを経験してきたと考えると…とても"めでたしめでたし"とは言えなかった。
「ここは平和すぎて皆鈍っていたからな、緊張感をもたらしてくれて感謝したいくらいだ。にしても君がエイジャーか…報告で聞いていた通りの男だ。それに…」
ロニーは担架で運ばれていくアルジードを複雑な表情で見送っている。意識がないわけではなく、馬車の中でほとんど休めなかったと愚痴を零した後に寝始めただけなのだが…その理由を知るのはもう少し後になる。
「彼の話は父から聞いてるよ。まさか君の部下になっていたとは…世界は狭いな」
「なるほどそれで…お父様はご引退なされたんですか?」
「ああ。あの事件がかなり堪えたらしくてな…今ではすっかり老け込んで、腰も曲がってしまった」
そう語る横顔は寂しげだった。会ったことはないが、彼の父親は民を想うよい憲兵、そして父親だったのだろう。
ロニーは湿っぽい雰囲気を変えるべく頬を叩いて向き直ると、紙に何かを描いてエイジャーに渡してきた。それはどこかを表す簡素な地図に見える。
「彼の祖父母はまだこの町で暮らしている、落ち着いたら会いに行ってやるといい。俺は諸々の手配をしてくるから拠点は自由に使ってくれ」
そう言い残してロニーは足早に去っていき、場にはエイジャーとルル、そしてアゲハが取り残された。
報告や作戦会議、もうすぐ夜だが今日の内に済ませるべき事はいくつもある…今後の動きを相談しようとしたエイジャーを遮るように、アゲハが大げさなリアクションで声をあげた。
「難しいことはグラセンに任せた!ウチは2人の病室チェックとか準備があるからルルちゃん!また後でね〜!」
(準備…?)
なぜかしきりにルルへ手を振るアゲハを見送った後、2人は現状を報告すべく通信室へと向かうのであった。
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『…報告は以上です。申し訳ありません副団長、俺が判断を誤ったばかりに2人が怪我を…』
所変わってここはサザン…扇ガザミに寄生したパラブブによって破壊された町は復興が進んでおり、行き場のない瓦礫こそ残るものの確実に元の姿を取り戻しつつあった。
人々の顔も以前より明るくなり、町に活気が戻ったことで騎士団の面々も士気が高まっている。
副団長であるグレナルドはそんな彼らが扉の向こうで何やら盛り上がっているのを聞きながら、活力のない目でエイジャーからの調査報告を受けていた。
魔道具を人体に取り込んだ改造人間や未知の種族の存在など頭が痛くなる事案ばかりだが、それらを概ね丸く収めたエイジャーの手腕は称賛に値する。
特にレプター族を懐柔したことはかなりの成果である。本気を出した彼らの怪力は凄まじいものがあり、王国軍時代に牢を破壊されて大惨事を招いた事例を聞いたことがあるからだ。
しかし重症者を2名も出したこと、許可を出す前から従属呪文について研究していたこと…そして相手の許可を得ているとはいえ不完全なまま誰かに試したことは咎めなければならない。
立場が生み出す様々な制約に思わずため息をついた後、ずいぶん重くなってしまった口を開き始めた。
「謝意はこれからの働きで証明していただきましょう。最優先すべきはアジトへ突入する部隊の編成と指揮…異変に勘づかれる前に叩くことです」
グレナルドが紡ぐ言葉はどこか突き放すようなニュアンスである。これは厳しく接しようと努めているのもあるが、限界に達しつつある疲労が隠せないところまで来ているからだった。
『その事ですが副団長、俺も今すぐ合流して…』
「閉所での戦闘は連携が肝要です、ここはイソーにいる精鋭部隊に任せなさい。彼らの出自と、ノブリスが君を嫌っていることは知っているでしょう?」
ノブリス…それはイソーに駐在する中隊長の名である。昔からなぜかエイジャーを目の敵にしており、何かと揉めることが多かった。
緊急を要する場面で余計なトラブルの芽を増やしたくないという意図を汲んだのか、エイジャーが反論しないことを確認したグレナルドは一呼吸置いて続けた。
「少し厄介な報告が相次いでいましてね…そのせいでノブリスも苛立っているのですよ。君はその町で数日待機、保護した者たちの処遇が決まるまでの管理をお願いします。扱いは一任するので頼みましたよ。…では」
通信を切断したグレナルドが報告の写しを眺めてため息をついていると、やけに良いタイミングでミーシャが部屋に入ってきた。
「夕飯を持ってきましたよ~。最近ちょっとお疲れ気味なので、厨房に頼んでデザートを豪華にしてもらっちゃいました!」
えっへん!とわざとらしく振る舞う彼女に盗み聞きしていたことを咎める気が失せてしまったグレナルドは素直に礼を言うと、もはや恒例となった作戦室での一人飯を嗜み始めた。
「エー君なら大丈夫ですよ。ちょっと雑に扱われるくらいが心地良いタイプなので!わたしも事務処理に慣れてきたし頼ってくださいね」
王都が滅んでからしばらくの間はエイジャーの周辺を除いて魔族の動きが散発的で、変異体の厄介さを加味してもある程度の余裕をもって対処できる範囲内であった。
しかしここ最近は部隊が手薄であったり駐在していない町村の襲撃が増えており、その際に必ず現れるという存在…砲撃が通用せず、吸った者を弱らせる鱗粉を撒き散らす巨大な蛾の対処に苦慮していた。
(特殊な魔族がエイジャー君とは無関係な場所に現れ始めた…それも壊滅はしない程度に、しかし我々が嫌がりそうな攻め方で。まるでこちらの事情を把握しているように…)
今の動かし方には何かしらの意思を感じるが、その正体は未だ掴めないままである…魚介を煮出して作ったスープを飲み干すと何かを決心し、報告内容を地図に記載しているミーシャへと歩み寄った。
「作戦室に籠もっていては分からない事が増えてきました。ミーシャ、不在の間もここが機能するよう手配できますか?」
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「…ということで施設からは出ないようにお願いします。話ができるのはアジトの制圧が終わってからになりそうです…待たせてすみません」
「我々はアラクネの共犯者、そうでなくとも人々を驚かせるので仕方あるまい…それにしても驚いたよ、君がかけあった事で拘束もなく自由に過ごせるとは」
グレナルドが新たな動きを見せようとしている中、通信を終えたエイジャーは鉱山で出会った者たちに今後の処遇を言い渡していた。
混乱の回避と監視を目的に憲兵隊の施設から出ることは禁じたものの、牢に入れたり手足に錠をかけるといった措置は取らないこととしたのである。
ヒバァたちが取り調べに協力的であること、トゥアンに駐在する憲兵たちがやや平和ボケしていることもあって強い反対は起きなかったものの、善意を前提としすぎた甘い指示にロニーとアゲハは呆れていた。
「一部ですが副団長と同等の権限を持ってるんです。でも説得できたのは皆さんが素直に応じてくれたからですよ」
(我々が巧妙な嘘を操る悪党だったら陥落しているところだが…これだけの権限を託した副団長にも考えがあるのだろうな)
「君の顔に泥を塗らないよう大人しくしているよ。泥といえば…タルガン族は土や石を食べるんだが、明日から用意できるだろうか?」
外見や体の仕組みからある程度予想はついていたが、土や石を食べる、などと口に出されるとやはり衝撃的である。
今後は彼らのような不思議な種族と出会うことも増えてくるのだろう…コークスに好みを聞きながら、エイジャーも図鑑のようなものをつけ始めようか悩むのであった。