ロックリフ鉱山で暗躍するアラクネ盗賊団を下した一行はやむを得ず協力していたレプター族と、騙されて働かされていた未知のタルガン族と出会う。
彼らの同意を得てトゥアンへと連行したエイジャーに言い渡されたのは待機だった。容疑者との個人的な信頼関係を持つエイジャーは、彼らの保護をしながら次なる動きを待つ…
「エーイジャっ!超絶美少女のサーヤさんが〜いいニュースを持ってきたぞっ♪」
とある日の夜。宿舎で明日の準備をしていたエイジャーの元にご機嫌な足音を鳴らしたサーヤがやってきた。
国が安定し、学校が建つようになってからの2人はそれぞれの道を進み始めていたものの、彼女の神出鬼没さは健在であった。ノックもなしに入ってくることにもすっかり慣れ、もはや注意するという意識すら希薄になっていた。
「その挨拶ずっと使ってるね…いいニュースって?」
「そ・れ・は…明日を休みにしてもらいました!そして私とデートする義務を与えます!」
サーヤは胸を張って自慢げな表情を見せつける。勝手にこちらの予定を決める流れももはや定番となっており、彼女の支配力は日に日に増していた。
「すごいな、ついに俺のスケジュールにも介入できるようになったんだ…」
「こうでもしないと休まないでしょ?たまには美少女を侍らせて羨望の眼差しを浴びに行こうよ」
「そんな趣味はないよ。それで?どこに集合すればいいんだ?」
一度引いた上で誘いは断らない…これもいつも通りのやり取りである。
サーヤも普通に誘っても断られないのは理解しているのだが、個人的な趣味でこのお約束を守り続けていると言っていた。滅茶苦茶なようで考えている彼女のことだ、わざと目立つようなコミュニケーションを交わすことで周囲にアピールしていたのかもしれない。
「騎士団の人たちが遠征に出る頃、雑貨屋さんの前で!とびきりのオシャレしてくるから見ただけで興奮するなよ☆それじゃおやすみ!!!」
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そしてここはトゥアンにある騎士団の拠点…エイジャーはとある一室のベッドの上で、いつものように二度と戻れない日々の夢から現実に戻ってきていた。
亡くした人々が夢に出てくるのは日常茶飯事であるが、最近は特にサーヤが頻繁に出てくる。まるであの世から「私を忘れたらシメる」とでも主張するかのように…
(夢の中でもあの世でもいい…今の君にはどこで会えるんだ)
朝の準備をしようと起き上がった時、ふと自分の体が軽いことに気付く。いつも寝ているはずのルルは傍らにおらず、珍しく早起きして窓の外を眺めているようだ。
いつもの隊服や寝間着とは違う買った覚えのない服に身を包んだ彼女がこちらに気付くと、弾むような声で話しかけてくる。
「おはよエイジャー。早くお出かけしよ!」
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─すごい密着してる…あれは兄妹かしら?
─いやぁ似てないしカップルじゃないかなあ
─あらあらアツいお2人だこと。見ていると若い頃を思い出しますねぇお爺さん
─ふぉふぉふぉ。わしらも久しぶりにあの頃に戻ってみますかな?
町行く人々からの好奇の目に晒されながら、エイジャーは商店が並ぶ通りを歩いていた。その理由は至極単純…若い男女が人目も気にせず、日が昇っている内から密着している様を見せつけているからである。正確には人目を気にしても拒否権がない、だが…
エイジャーに男女のイチャつきを見せびらかす趣味はない。人々から向けられている視線に居心地の悪さを感じている一方で、視線を集めている原因の6割…白いワンピースを身に纏い、清楚という言葉が擬人化したかのような輝きを放つルルはというと…
エイジャーの腹に手を回して密着し、ひたすらにむすくれていた。
それは遡ること昨日…トゥアンへ向かう馬車の中で嫉妬心に気付いたおせっかいギャルたちと、2人の暴走を止めるべく痛みに耐えて起きていたアルジードのやり取りである。
「ふんふん、グラセンが他のオンナに鼻の下伸ばしてばっかりなのがムカつく…なるほどねぇ…♪」
「ルルちゃん肌チョー綺麗だしぃ…バッと曝け出して迫っちゃうとかどうよ?」
「それはアンタの趣味でしょ?それやってサヤ師にシバかれたのもう忘れたわけ?」
いつの世も外部から持ち込まれる浮いた話は最高の娯楽である。それは年若く色恋に積極的な2人とて例外ではなく、"どうすればエイジャーをオトせるか"についての作戦会議は死人が出た戦いの後とは思えぬ盛り上がりを見せていた。
(どこから突っ込めばいいのか分かんねぇ…つかこいつら団長に手ぇ出そうとしてたのかよ)
2人のやり取りを引き気味に聞いているアルジードはこれまで盗賊の殲滅に心血を注いできたために、男女観が年相応に育っていない…というよりもかなり歪な形に変化を遂げていた。
人売りをやらない盗賊が拐った女を凌辱していたとか、そういったショッキングな場面は見慣れている一方で、どこまでが健全な関係構築なのかを知る機会が少なかったのである。
そんなアルジードでもこの2人に好き勝手やらせたら良くない方向へ進むであろうことは理解できた。それ以上に身内がランヅキのような迫り方をする場面を見たくないというのがあったのだが。
ギャル2人の提案はどんどん過激になっていく…このままでは色々な意味でエイジャーが危険だと感じたアルジードは、包帯で何倍もの太さになった腕を上げて注目を集めた。
「あのさ、姫はいつも隊服着てるだろ?だから普通の女っぽい格好するだけでも印象変わるんじゃねえの。たとえば…白いワンピースとか」
発したのはただの思いつき、とにかく流れを止められればなんでも良かったのだが、普段のややスレた態度からは想像できない"ウブ"な作戦を挙げたアルジードに対し、2人は思わず黄色い声をあげた。
「男のコってほんと好きだよね〜清楚系。あーしも白ワンピ着てみようかな〜」
「アンタの身体と雰囲気で清楚は無理でしょ…てかアルちんそういうのに憧れちゃうんだ〜カワイイとこあるじゃん♪」
アルジードが動けないのをいいことに、ランヅキは体のあちこちをつついてかわいがる。彼女も重症を負っているはずなのだが、楽しいこととなると痛みを忘れるタイプのようだった。
「うるせぇなあ思いつきだよ思いつき!てか最後は姫がどうしたいかだろ?」
「うーん…エイジャーってお腹を見るのも嫌がるしあんまり脱がない方がいいかも…アルの思いつきを信じる!」
「よし!じゃあ服はウチが用意してあげる!夜中にこっそり渡しに行くから、浮気者のグラセンをビックリさせちゃおう!」
「「「おー!!!」」」
本人不在、今後の予定も決まらぬ内に話が決まってしまったものの、ひとまずは健全な形で着地できたことに安堵するアルジード。
しかしそんな平穏もあっという間…作戦会議を終えたギャル2人の視線が自分に向けられている事に気が付いた。
「2人がよろしくやってる間さ…アルちん暇だよね?っていうか絶対に入院だし」
「だろうな…てかなんだよその目?ちょっと待て何する気だ!?」
妖しく輝く眼光はまさしく捕食者そのもの。アルジードはこの時盗賊や魔族との戦いで感じるものとは別物の、人生で初めての恐怖を感じていた。
「それは明日になってからのお楽しみっしょ?お姉さんたちとイイことして待ってようね…♪」
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「ちゃんと説明しなかった俺が悪かったよ…だから怒るのと腹を締め上げるのはやめてくれ…苦しい…」
アラクネのアジト襲撃作戦が終わるまで待機となったエイジャーが町へ繰り出した理由は当然遊びなどではなく、世話を任されている者たちの生活用品を買い揃える事だった。
高精度センサーを持つレプター族の表皮は非常にデリケートであり、長期間にわたる坑道への配備により鱗がかなり荒れてしまったらしい。
そのため手入れや補修に使えそうな物…具体的にはスキンケアグッズを買ってくるよう頼まれたのである。
またもう1つの頼まれごと…コークスの食事であるミネラルを豊富に含んだ土や岩、地下水も欠かせない。
幸いトゥアンにも鉱脈が通っており、良質な粘土のアテがあることをロニーが教えてくれた。1つ1つが重量のある品ではあるが、今回はエイジャーだけでも問題なく運べる量で済むらしい。
問題はご機嫌斜めのルルである。どこからか調達した白いワンピースで、朝食が出てきかねないほどの力で抱きついている彼女は色々な意味で目立っており、先ほどから自分たちの事を話しているであろう小声がひっきりなしに聞こえてくるのだった。
「お買い物っていうからオシャレしたのに!これじゃアルの犠牲が無駄になっちゃうよ」
(犠牲…?)
素早い処置が幸いしたのかアルジードの様態は安定しており、数日間の激痛を薬で抑えればあとは安静にしているだけのようだった。
異種族たちの世話があるエイジャーに代わってアゲハが看病を申し出てくれたのだが…"犠牲"という不穏な言葉に嫌な予感が一瞬よぎり、さすがにそれはないだろうと浮かんだ考えをかき消した。
「わ、分かった!あとはコークスの食料だけだから少し寄り道していこう!ねっ?」
しかしお姫様の機嫌は直らない。普段なら意見を寄せれば解決する事が多いのだが…今日の要求は特に強いらしい。
どうしたものかと悩むエイジャーの耳に意外な、しかし心のどこかで予想していた不機嫌の答えが飛び込んできた。
「…かわいいって褒めてくれてもいいじゃん」
「!!」
彼女はわざと聞こえるようにしてほしい事を誘導するだとか、そのような駆け引きができるタイプではないはずである。口ぶりから察するに、思わず漏れてしまった本音なのだろう。
エイジャーの苦悩は不機嫌の答えを知った事でさらに深まってしまった。果たしてどう対応すべきか…しばらく迷った末に答えを導き出したエイジャーは、内臓を圧迫し続けている手を振りほどいた後にしっかりと握り直した。
「…予定変更、今日はサボって2人だけの時間にしよう!」
導き出した答え…それは中途半端ではなく、きちんと彼女のために時間を使ってあげること。思えばここ最近は常に戦っているか、そうでなければ心身の負傷を治すことに注力するかばかりだった。
エイジャーはそういった生活に慣れているがルルはそうではない。凄まじい胆力を持つだけの普通の女の子である。そう、女の子…
「!いいの?怒られない?」
彼女も事情が分からぬほど愚かではない。顔には驚きと申し訳なさが滲み出ているが、声はすでに遊ぶ気に満ち溢れていた。
「本当は良くないけど…最近こういう時間無かったもんね。でも夕方になったらコークスのご飯だけは買わせてくれ。お腹を空かせて待ってるだろうから…それでもいい?」
「うん!!!」
せっかく振りほどいた手がまたも内臓を締め上げる。喜び勇んだ力は先ほどよりも遥かに強まっているものの、彼女の笑顔によって不思議と苦しさを感じないエイジャーだった。
「肉がグルグル回ってるよ!これなんだろう?」
「鳥、豚、羊、…スパイスに漬けた数種類の獣肉を塊に成形してるんだ。じっくり焼いて脂を落としてるから食べやすいよ」
「あっちではあまり見ない調理法だな…2つください」
それからの2人は露店を回って珍しい食べ物に舌鼓を打ち…
「おおピースケよ喉が渇いてしまったのかい?では何の仕掛けもない掌から…飲み水が〜!」
─おおぉぉぉーーーっ!!
「あれ魔法かな?」
「ルル、そういうのは分かってても言わないものなんだ…」
大道芸を鑑賞し…
「この花すごく青いね!綺麗…」
「2本ください。片方はこうやって…」
「その花はリンドウ、"無垢な愛"という意味を持っています。髪飾りにするなんて可愛らしい事をなさいますな」
「誰かの受け売りです。似合ってるよ、ルル」
少し外れた場所にある店で花よりも甘い空気を作り出すなどして半日にわたるリフレッシュを満喫したのだった。
「はー!楽しかったー!」
夕方を間近に控える頃、探索を終えた2人は町を一望するため外れにある高台へやってきていた。
ストレスを上手く発散できたのか、隣のルルは午前のむすくれた顔が嘘のように上機嫌である。赤く染まりつつある日に照らされた髪は風になびき、キラキラと輝いていた。
「こうして2人で過ごすのは久しぶりだったね。せっかく楽しみにしてくれたのに気付かなくてごめん」
「私もワガママ言ってごめんね。久しぶりに2人きりになれそうだと思ったらなんか嬉しくて、焦っちゃって」
「…あ!アルが嫌いとかじゃないよ?頼りになるし、エイジャーも嬉しそうだし。でもそれがモヤモヤするっていうか…たまには私だけを見てほしいなあって」
そう溢す横顔は記憶が抜け落ちた幼い子供ではなく、年相応の少女のものだった。アルフ族は非常に長命なので年相応という表現も適切ではないのだろうが…
─夕方は女の子が1番可愛く見える時間帯だと思うんだ!頬が少しだけ紅く染まるのがいじらしいと思わない?あ、ちなみに私は左側に自信があるから右には立たないこと!
夕日に照らされて少し大人びた彼女の横顔を見ながら、遠い昔にサーヤが話していたことを思い出し、そして迷っていた。
ルルと旅を始めてからしばらく経つ。記憶はまだ戻らないようだが非常に多くの経験を重ねており、常人の何倍も濃い日々を送ってきた。あくまで記憶が抜け落ちているだけということもあり、精神が急速に成長、あるいは補完されていくのも不思議ではない。
しかし精神の成長はお互いの関係性が変化する可能性も示唆しており、それこそが現在…エイジャーが危惧していた事だった。
王都が滅ぶ前…まだ小隊長を務めていた頃のことである。大規模な再編成を行った騎士団は若者が多くなり、浮上した課題は団内の男女関係であった。
特に討伐隊は同じ顔ぶれで長期間を共にし、死線をくぐる事も珍しくない。部隊という集団の中にあるべき関係の境目が曖昧になり、任務に支障をきたす事態が起きたのである。
エイジャーの部隊では機能が停止するほどの弊害はなかったものの、そういった相談と対応に追われることもあった。故に2人でいくつもの死線をくぐり抜け、ただの仲間よりも遥かに近い距離にい続けた彼女もいつかそうなるのではないか…と考えていたのである。
ずいぶん遠回りしているが旅の目的の1つは彼女を家族の元に返すこと…以前出会ったアルフ族のルイーズがツテを使って情報を集めてくれており、有力なそれが見つかるのは時間の問題だろうと予想していた。
いずれ来る別れは築き上げた情の結びつきが強いほどに残酷になってしまう。ルルには戦いとは縁のない場所で、家族と穏やかに過ごしてほしい…だからこそ彼女は保護対象、触れ合うのは孤独を癒すためという距離感に努めようと気を付けていたつもりだった。
(可愛いと褒められたい、自分だけを見ていてほしい…まだ不完全ではあるけれど、今まで無かった主張を、少し大人びた表情で伝えてきた)
共に旅をしてきた大切なパートナーとして、どうすれば彼女が1番救われるだろう…その答えはまだ出せていない。まだ自覚は薄いながらも、確かに芽生えつつある情について向き合わねばならない時が来た…
エイジャーはルルの名前を呼んで振り返らせると真剣な眼差しで正面から見つめ、そして何かを覚悟したようにゆっくりと口を開いた。
「ルル。まだ早い話かもしれないし、俺の勘違いかもしれない。ただちゃんと話しておきたいことがあるんだ。実は─」
─誰か!誰か助けてくれ!
言葉を遮るように耳へ飛び込んできたのは叫び声…声の主を辿るとそこには熊に追われる男性の姿があった。
「!間に合え…『雷付与・駝鳥蹴撃』!!」
エイジャーは腰に携えたナイフを抜くと同時に稲妻を纏わせ、熊の心臓を目掛けて蹴り飛ばす。咄嗟に放った一撃の破壊力は十分で、数十メートルの距離をものともせず厚い毛皮と筋肉に覆われた体をあっさりと貫き、電撃により内部から一気に焼き尽くした。
「そこの人!痛いところはありますか!」
─ありがとう!必死に逃げていたら足を捻ったみたいで…
「今行くので待っててください!…あ。えと、ルルごめん。あの人を助けに行かなきゃいけなくて…」
救助が間に合ったことで横槍が入り、話が途中だった事を思い出したエイジャーはしどろもどろに言い訳を始める。ルルはそんな彼を怒ることはなく呆れたような、しかしどこか嬉しそうな表情で見守っていた。
「…もう!早く行ってあげようよ!ほらっ!」
なぜか上機嫌なルルに手を引かれ、エイジャーは怪我人の元へと走っていく…以前プレゼントした髪飾りが夕日を反射して輝いていたが、1番眩しく映っているのは彼女自身だった。
「いやぁ助かったよ…ここはよく通るんだが熊がいるなんて知らなかった」
無事に男性と合流できたエイジャーは私物だという荷車を回収、足を捻って歩けない彼を乗せてゆるやかな坂を下っていた。
「騎士団に注意喚起の依頼を出しておきます。…ところでこの荷車には何が?」
引いている荷車には幕がかけられておりその正体は不明だが、重量から察するにかなり密度がある物質のようだった。男…パストはエイジャーの問いに対して特に隠す様子もなく"粘土"だと答えた。
「このあたりの土は焼き物に最適でね!噂を聞きつけて5年ほど前に外れの方に越して来たんだ。土地も曰く付きとかで安く買えたし…これは芸術の神が引き合わせた運命だよ」
「焼き物?」
「お皿や花瓶の事だよ。あれは土を焼き固めて作ってるんだけど他にも…」
パストは荷車と並走するルルに焼き物について熱心にプレゼンしている。この手の職人はこだわりの強さから素人に冷たいイメージがあるものの、彼はどちらかというと好きを共有したがるマニア気質のようだった。
渋い話題で盛り上がる2人の声を背中に受けながら、エイジャーは様々なことを考えていた。町の外れにある焼き物職人…ロニーから聞いていた良質な土のアテと特徴が合致する。だがそれ以上に気になるのは"曰く付き"という発言…
しかし今がその時ではないと判断したエイジャーは諸事情で良質な土を探していたことを説明すると、やはり目の前の男がそうだったらしく、先ほど助けた恩返しもあってか快く譲ってくれるという。
「ここに積んでいるのは無選別品、君たちには蔵にある一級品を渡すよ。ぜひ作品を見ていってほしいけど…今日はもう遅いからね」
「入院中の仲間がいるんです。彼が元気になったら必ず3人で伺います」
「楽しみにしているよ。…あれが僕の工房だ!本当に助かったよエイジャーさん。足の痛みも引いてきた、すぐ用意するから待っていてくれ!」
パストは恩人かつ同志であるエイジャーに極上の粘土を渡すべく、荷台を降りて一足先に工房へと向かっていく。その用途が食材という事も知らずに…
混乱を避けるためとはいえ隠し事を抱えたエイジャーは、なんとも複雑な表情でその背中を追いかけるのだった…
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その夜…粘土を受け取ったエイジャーとルルは急いで拠点に戻ると、ずいぶんとかかってしまった買い物について一同に謝罪して回っていた。
…といっても突き止めたアジトの襲撃作戦についての報告は来ておらず、騎士団が暇な町ということもあって運営への支障は特に無かったようである。
レプター族やコークスたちも大人しくしており、むしろ興味を持った憲兵隊たちから質問攻めを受けていたようだ。好奇の目に晒されるのは複雑だが、敵意を向けられるよりは遥かに気が楽だと肩をすくめて笑っていた。
買ってきた赤ん坊用の保湿剤は彼らの体質にも合っていたようで、図体の大きさと人数も災いしてあっという間に使い切ってしまったようである。
コークスは退屈から早めに寝てしまい粘土の品評は明日になったものの、見た感じはかなりいい線いってるとのことだった。
病院へは最後に訪れたエイジャーだったが、体力が落ちている病人2人はすでに眠っているとアゲハから伝えられた。
遊び疲れたルルを病室で休ませ、エイジャーとアゲハは扉の向こうで1日の報告をし合う…その中で犠牲となったアルジードに何があったかや、突然生えてきたワンピースの出処を知ることとなる。
「ルルを焚き付けたのはお前たちか…サーヤの事は知ってるだろうに」
「それはグラセンが折り合いつけるとこでしょ?ウチは恋する乙女の味方だし♪」
アゲハはふふんと鼻を鳴らして勝ち誇ってみせた後、呆れたようなトーンでさらに追い討ちをかける。
「アルちんから聞いたよ、あの子が記憶喪失なこと…グラセンがあの子をどう思ってるか当ててあげよっか」
エイジャーは力なく首を振った。言葉にするまでもない、すべて図星だという意味を込めて。
所作の意図を汲んだアゲハは飲み込んだ答えの代わりに"めんどくさー!"と吐き出し、ケタケタと笑った。
「グラセンはなんでも背負いすぎ。何も出来なかったのはウチらも同じなんだよ?もうちょい気楽に生きてもいいんじゃん?」
「ルルと…サーヤの親友を代表してミーシャからも言われたよ。もっと自分の幸せを考えろって」
それでも、喪ったものに背を向けるような生き方は自分が許せないと語るエイジャーの独白を黙って聞き届けたアゲハは、もう一度"めんどくせー!"と叫んで強めに背中を叩くのだった。
「その2人が言ってもダメならお手上げ!じゃあウチからは1つだけいい?グラセンがどう思ってようと関係ない、遠ざけんのだけは絶対に間違ってるから…わかった?」
「…肝に銘じるよ」
「ならよし!不器用な先輩を持つと大変だよまったく…じゃ、看病頼んだよ〜」
返事を聞いたアゲハは満足気に笑い、踵を返して立ち去ってゆく。軽い足取りを装って拠点へと戻っていく彼女の背中が見えなくなるまで、エイジャーはただ黙って見送ることしかできないのだった…
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病室のベッドでそれぞれアルジードとランヅキが、ソファではルルがエイジャーの肩に寄りかかって眠っていた。
4つの寝息だけがひたすら繰り返され、その誰もが夢の世界へと潜っていく深い宵闇の中で…1つの影がおもむろに立ち上がった。
『…これ、ちょっと借りるね』
『…アルジード、それにランヅキさん。2人を実験台にしてごめんなさい。これが上手くいけばみんなの…あの人の役に立つと思うから』
彼女は眠っているエイジャーに振り返って微笑んだ後、ベッドの2人に手をかざす。
すると指輪からあたたかな、しかし確かな意志が感じられる光が2人を包み込むのであった…