Regain Journey   作:G-ラッファ

49 / 94
前回までのあらすじ

 ロックリフ鉱山での調査を終えた一行は戦闘で負傷者の治療のため、アルジードの故郷でもあるトゥアンに立ち寄っていた。
 処分が保留になった異種族たちの管理者として当分の待機を命じられたエイジャーはルルと買い出しに出かけるものの、彼女の精神の成長により新たな苦悩が訪れる。

 どう向き合っていくか迷う中、夜中に起きたこととは…




47話 置き土産

「んん〜あーし絶好調〜!とりま景気づけにアルちんにキス♡」

 

「しねぇよ!!!つかフラフラじゃねえか無理すんな!」

 

「2人とも、あんまり騒ぐと迷惑だからもう少し抑えて…」

 

 翌朝…エイジャーは病室で騒ぐ"元"重症者2名を宥めるのに苦戦しながら、目の前に広がる光景の異様さに対し未だに我が目を疑っていた。

 

 アラクネ盗賊団のヒボゥ…彼が体に組み込んだ魔道具の攻撃によりランヅキは腹部を中心に全身打撲、アルジードに至っては腕が完全に折られた上にかなりの血を流してしまった。

 しかし夜が明ければ2人が何やら騒いでいて、聞けば負傷した部位が驚くほど楽になったというのだ。簡易的な検査を受けたところ戦闘によって破損した骨や肉は驚異的な早さで修復されつつあるという。

   

 常人であればベッドから起き上がることもできないほどの重症である。人間の治癒スピードなどたかが知れており、一晩寝ただけで治るものではないことくらい子供でも分かる。

 

 もしかしてこれは夢ではないだろうか?試しに自分の頬をつねってみるが…痛みで判別するならばこれは現実のようだ。喜ばしいトラブルには違いないので、経緯は後で考えることにした。

 

「でも本当に良かった…2人とももう大丈夫なのか?」

 

「ん〜…死ぬ〜!から、いてぇ〜!になったかな?」

 

「オレもだ。痛みはあるが昨日までよりはよっぽど楽だぜ…これ、どう考えても姫のおかげだよな」

 

 一同の視線はエイジャーの膝で二度目の睡眠を満喫しているルルに集まっていた。

 彼女が怪我や意識レベルの低下を瞬時に治してしまう不思議な力を持っているのは周知の事実だが、それはあくまで"指輪を装着したエイジャー"にのみ適用される。

 

 指輪にはマリーというアルフ族が込めた治癒の秘術が備わっており、これ単体ではある程度までの外傷を一晩の内に治す効力しかなく、そこにルルが魔力を注ぐことでようやく人智を超えた治癒力を生み出す。 

 一方で指輪が無かったり、エイジャー以外の怪我人が装着した状態で魔力を注いでも何も起こらない事も証明されている。理屈は分からないが「マリーとルル、その両方と接点があること」が条件なのではないかとエイジャーは睨んでいた。

 

 そういった事情があること、何より本人が否定したことからルルによるものではないと考えるべきなのだろうが…では誰がやったのか?という謎は深まるばかりであった。

 

「浮気者のグラセン容疑者〜拠点までなる早で同行願…うぇ!?なんで2人とも起きてんの!?」

 

「愛のチカラってやつ〜?」

 

「く っ つ く な !」

 

 …などと考えていると部屋に入ってきたアゲハが驚きの声を上げた。すぐそばで叫ばれたことで目が覚めてしまったようで、ルルは大あくびをしながら体を伸ばす。

 エイジャーは髪に少しついてしまったルルの寝癖を均しながら何があったか問うと、1人で来てほしいというサザンからの連絡があったとのことを伝えてきたのである。

 

「すぐ行くよ。連絡ついでに朝ごはんでも買ってくるから、ルルはここでみんなと待ってて」

 

「ん、分かった…ふあぁ…」

 

「いや、ちょっと待ってくれ団長!」

 

 部屋を出ようとするエイジャーを呼び止めたのはアルジードである。病み上がりだというのに声を張り上げ、鬼気迫る表情でベッドから飛び降りた。

 

「拠点の外で待ってるからその足で町に出ようぜ団長。ほら、腕はともかくもう歩けるし…なっ?」

 

 寝ぼけ眼なルルとは対照的に元気であることをアピールするアルジードからは、とにかくこの部屋から出たいという強い意志が伝わってくる。

 遡ること昨日、アゲハは自由に身体を動かす体力が無かったアルジードの看病を買って出てくれた。彼女も訓練を受けた人間であり負傷者の扱いについては信頼できるし、実際にやるべき事はやってくれたのだが…

 

 汗ばんだ身体を拭く際に耳に息を吹きかけるとか、そもそも妙に艶めかしい手つきだったとか、どうやら看護の過程でだいぶからかったらしい。

 アルジードもそういったスキンシップに耐性がないため嗜虐心をそそる反応をしてしまったらしく、このまま世話になっていると大事な何かを奪われそうだと虚ろな目で語っていた。

 

「…行きがけに先生に聞いておくよ。とりあえず今は安静にしておいてくれ」

 

「待ってくれ団長、せめてこの部屋から─」

 

「「怪我人は安静にしてないとダーメ♪」」

 

 彼女たちの餌食になりかけたことがあるエイジャーは同情するようなトーンで言い残すと、無情にも扉を閉めて拠点へと向かうのだった…

 

─────────────

 

『朝からすみませんなエイジャー君。君がサザンにいる間は調査に出ていたのでかなり久しぶりですか』

 

 アルジードを見捨てて拠点へと到着し、1人で呼び出してきた人物に連絡を取る。相手は討伐隊の中隊長でありグレナルドの腹心 アグーだった。

 状況整理の代役を任された彼はグレナルドが調査で文字通り飛び回っていること、そのお供に"懐かしい顔"がついていることを説明してくれた。

 

「お久しぶりですアグー中隊長。俺だけを呼んだということは…アラクネの件で何か問題が?」

 

『ええ。制圧作戦が終了したと報告が上がってきたのですが…気になる点がありましてね』

 

 アグー曰く精鋭部隊によるアジトの制圧は1時間とかからずに完了したものの、そこにいたのは下っぱのみ…ヒボゥを通して把握していた改造人間や幹部はいなかったのだという。

 しかし元からいなかったという訳でもなく、尋問しても誰も幹部の行方を知らず、貴重な品や資料を持って突然出ていってしまったという証言が得られるのみだったそうである。

 

 そこであの場にいた者で取りこぼしがないか、また連行した者たちに妙な動きはなかったかをエイジャーに訪ねようと思い連絡を入れたとのことだった。

 

「把握している限りでは全員連れてきました。レプター族の皆さんも憲兵隊が代わる代わる会いに来ていたそうなので、細工する暇はないはずです」

 

『うぅむ…明らかにこちらの動きを把握した逃げ方なので訪ねてみたのですが…誰も把握していない監視役がもう1人いたのでしょうか…?』

 

 アラクネは担当者も知らない監視役が奴隷たちに紛れているような組織である。輸送隊を遠くから監視している者がいた可能性もゼロではないが…それは疑いだしたらキリがない発想でもある。

 アグーもその点は自覚しているようで、自分の発言にも関わらずなんとも腑に落ちないといった様子だった。

 

『幹部を捕らえるまでは警戒態勢を敷いておきましょう。それとこちらが本題なのですが…王都が滅んだあの日、君はリッチ氏を見ましたか?』

 

 唐突に飛び出してきたリッチという人物の名前…ブラヒム・リッチは王都騎士団の憲兵隊を束ねる副団長である。

 彼もグレナルドと同じく王国軍時代から在籍しており、"ヴィドロム"がクーデターを起こした際には王に手をかけた主犯格を排除、その後も執念で残党を探し出して壊滅へと追い込むなど数々の偉業を持つ。

 

 王都騎士団になってからもその手腕は衰えることはなく、国が安定するまでに生まれたいくつもの犯罪組織を潰して治安を守ってきた。

 部分的に地方の政治に介入するだけあって大局を見る目は確かであり、武官でありながら文官としての高い地位も与えられていたほどである。

 

 しかしブラヒムは遠征を伴うグレナルドと違って王都から出ることは滅多にないし、襲撃があった日に外遊に出ていたという話も聞いていない。

 なぜこのタイミングで問うてくるのか…理由に検討がついたことで滲み出てくる汗もそのままに、少し緊張した様子で答えた。

 

「見ていませんね…話の流れで考えるとまさか」

 

『盗賊の件とは別です。こちらも頭の痛い話ではありますが…実は魔族たちの襲撃パターンに変化があり、リッチ氏らしき人物の目撃情報が増えた時期と被るそうなのですよ』

 

 エイジャーの予想は悪い方に裏切られてしまった。これまでは散発的だった魔族の襲撃に意図を感じるようになり、死んだはずの参謀らしき人物が各地で発見されている…状況証拠だけで判断すべきではないが、現状で導き出せる結論は決して見過ごせないものである。

 

 ブラヒムの目撃情報は防衛力が低い町の近辺に集中しており、時期と場所を追うと人間ではあり得ない速度で移動しているらしい。

 さらに襲撃は目撃情報の近辺で起こり、鱗粉を撒く巨大な蛾の魔族が必ず現れるという…神出鬼没なブラヒムと蛾の魔族。詳細を聞くほどに深まる疑惑は、エイジャーの心にじっとりと纏わりついていた。

 

『関連性は調査中ですが…君に接触してくる可能性は十分にあります。くれぐれも気をつけて』

 

 

──────────

 

 憲兵隊の副団長が生きていて魔族側についたかもしれない…エイジャーは突然もたらされた情報を頭の中で何度も反復し、飲み込もうとしていた。

 

 この大陸には様々な種族が住んでいるが、魔族はすべての種族と敵対する存在である。一方でその正体についてはあまり研究が進んでおらず、どこから湧いてくるのかも定かではない。

 

 王都が滅んでから存在が明らかになった意思疎通が出来、特に強力な力を持つ魔族たち…彼らを倒した時に流れ込んでくる映像は妙にリアルで、まるで誰かの記憶を覗いたかのような錯覚に陥るほどである。

 

(奴らが人間の成れの果てだとしたら…でも副団長ほどの人がなぜ魔族に?俺を見逃したようにあの人も気に入られたのか?それとも…)

 

─…ャー!エイジャー!

 

「エイジャー!大丈夫?」

 

 考えるほどに深みに嵌まっていく問題に頭を悩ませていると、並んで歩いているルルによる、もはや何度目かも分からない呼びかけによってようやく意識を引き戻された。

 アグーとの情報交換を終えた一行は町へ出て少し遅めの朝食を取った後、話を聞いたアルジードの要望により昨日助けた男…町の外れにあるパストの工房へと向かっている途中である。

 

 何者かの介入で驚異的な回復を見せているもののまだ重症者である。念のためにと用意した車椅子で押されているアルジードも心配そうにこちらへ振り返った。

 

「団長、しんどかったら言ってくれよ?別に歩くくらいは余裕だし」

 

「少し考え事をしてたんだ。アルこそ本当に大丈夫?事件以来、家があった場所には近寄ってないって言ってたけど…」

 

 そう、アルジードはアラクネの襲撃を受けてから十数年…一度も家があった場所に近寄っていないのである。

 当時幼かった彼がトラウマで苦しまないよう祖父母が禁じていたというのもあるが、町を出る前も立ち寄ることはしなかったそうだ。

 

「あそこは町の外からも行けんだけどなんつーか…団長なら分かるだろ?嫌な胸騒ぎがするんだよ。2人を巻き込むのもどうかと思ったんだけど…いいタイミングだしさ」

 

 家族との死別による苦しみは誰にとっても辛いものである。それが理不尽に奪われたものなら尚更…普段は弱味を見せまいと振る舞うアルジードの背中も、今日ばかりは小さく見えた。

 

 似たような経験を持つエイジャーが彼が感じているであろう苦しみに共感していると、ルルが車椅子の前に飛び出して、少し萎びているアルジードの頭を撫で始めた。

 

「どう?安心した?いつもアルに頼ってばっかりだもんやっとお返しできるね!」

 

「…ルルの言う通りだよ。俺たちは一緒にいる時間以上に深く繋がってる、もう1人で抱えなくていいんだよ」

 

 優しい眼差しで寄り添う2人に本来もっと受けて育つべきだった愛情を垣間見たアルジードは、不意に込み上げてくる涙を堪えようとする。

 しかし体が急速に再生してもこれまでの日々で擦り減った心まではすぐに治せない…抵抗虚しく溢れ出る涙を見せまいとうずくまり、声が詰まらなくなるのを待ってからいつもの調子で話し始めた。

 

「姫はまだしも団長には言われたくねぇよ…クソッ、昼間から泣くなんざみっともねぇ…」

 

「ん゛ん゛っ…」

 

 照れ隠しで放たれた思わぬカウンターにたじろいでいると、工房の方角から聞き覚えのある声とともにパストが手を振ってやってきた。

 

「さっそく来てくれたんだね嬉しいよ!君が話してたお仲間さんかい?僕はパスト…しがない土マニアさ」

 

「アルジードだ。諸事情で握手はできねぇけどよろしくな」

 

 アルジード…そう名乗った彼にわずかに反応し、動きを止めたのを2人は見逃さなかった。

 

「…そうかアルジードくん!旅人とは聞いていたけどずいぶん過酷な事をしてるんだねぇ…」

 

 パストは一瞬の間の後に我に返り、先ほどまでの調子を取り戻す。殺意や悪意の類は感じないものの妙に引っかかる反応に、エイジャーたちの心中はざわめいていた。

 

 

 それから歩くこと十数分、一行はパストの工房に到着し、併設された店舗を見学していた。

 工房と店舗は薄い扉を隔てて繋がっており、半開きの扉からはまだ焼き上がっていない様々な器が棚に陳列されており、最奥に鎮座する手作り感溢れる窯で焼かれる時を静かに待っているのが見える。

 

(変なところは…見当たらねぇな団長)

 

(うん。王都で見た工房と大差ないように思える)

 

 2人はルルを視界に収めながら注意深く店内を観察していたものの、これといって怪しいものは見つけることができなかった。強いて挙げるならば陳列されている器の独創性くらいである。

 ただの思い違いならば先ほどの反応はなんだったのだろうか…未だに残る違和感の正体について考えていると、ルルの驚いたような声が耳に飛び込んできた。

 

「これ見てエイジャー!面白い絵が描いてある!」

 

 そう言ってルルが指を差したのは口を開けたおそらくネコ…が中心に大きく描かれた白い大皿だった。店内に響き渡る彼女の声に、工房にいたパストが作業着姿で戻って来る。

 

「これはメインディッシュを置くと…ほら!犬が咥えてるみたいに見える!いいアイデアのはずなんだけどいまいち売れないんだよねぇ…こっちの茶毛種とかよく塗れてると思うんだけどなぁ」

 

 腑に落ちなさそうな彼の所作に不自然なところはない。ついでにどう見てもネコであることについてもツッコミ待ちという風ではなかった。

 パストは犬が描かれた皿の縁を大切そうに指でなぞりながら、店に陳列された独創的な焼き物の数々を視界に映していく。

 

「皿や坏が主役になることは滅多にない…だからこそ彼らが目立てるような、かつ使ってくれた人の毎日が明るくなるようなものを作りたかったんだ」

 

 理想を語るパストの目に薄汚れたものはなくまっすぐで、確かな信念が宿っている。絵のセンスは壊滅的だが…彼もまた自分の生き方と作品に誇りを持った一流の人間であることが伝わってきた。

 彼は疑うべき人物ではないと結論づけつつある2人をよそに、今度はパストも何かを思い出したように大声をあげた。

 

「そうだ!エイジャー君にお礼をしようと思ったんだけど…旅人に器を渡しても荷物になってしまうよね。だからこんなものはどうだろう?」

 

 そう言ってエプロンから取り出したのはストラップ…木と焼成物が数珠つなぎで交互に並べている珍しい組み方だが、それ以上に目を引くのは1つ1つに刻まれた見たこともない柄だった。

 

「旅のお守りってやつさ。金属を含みすぎて重い粘土だけど多少の事では割れないし、他の部分もガンジの木で作ってるから頑丈だよ。それに…」

 

「おいあんた…この柄どこで習ったんだ?」

 

 饒舌に捲し立てるパストを遮ったのはアルジードだった。先ほどまで退路を確保するために入口付近にいたはずなのだが、いつの間にかこちらへ合流し、信じられないものを見る目で差し出されたストラップを凝視している。

 そんな彼の反応を予想していたかのように驚くこともなく、パストはカウンターから同じ柄が刻まれた銀のゴブレットを取り出した。

 

「これを参考にしたんだ。成型から彫刻に至るまで神業としか言いようがないよね…これほどの作品には滅多に出会えない、仮に売ってたとしても庶民では買えないよ」

 

 うっとりと眺めるパストとは対照的に、アルジードは言葉を失ったまま微動だにしない。

 

「実はここの工事が始まる前、地質が気になって地面を掘ってみたんだよ。そうしたら焼けた箱が見つかってね。こいつもかなり錆びてたから磨き直したんだけど…」

 

「あれ?ここってアルの家があったんだよね。そこに埋まってたってことは…もしかしてお父さんが作った物?」

 

 未だ硬直したままのアルジードに代わって投げかけられたルルの質問は的を得ていた。パストの話が本当ならば目の前にあるゴブレットは父から子へのタイムカプセル…そして盗賊にすべてを奪われ、何も継げなかった親からの唯一の遺品。

 

「パストさんお願いします…それを譲っていただけませんか」

 

 それがアルジードにとっていかに重要なものであるか理解した次の瞬間、エイジャーは無意識…反射と言ってもいい反応速度でに跪いていた。その早さは全員が驚くことにすら一拍遅れるほどで、それでいて所作は美しかった。

 

「大事なものなのは理解しています。でもそれはアルが…何も継げずに町を出たアルにとって唯一の両親との繋がりかもしれないんです。お金ならなんとかします。それ以外にも対価が必要ならできる限り尽力します。だから…」

 

「あの…エイジャーさん?少し落ち着いて。僕はアルジード君に返すためこれを持ってきたんですよ」

 

「「…え?」」

 

「これで息子と飲み交わす日が楽しみだって、ボロボロになった手紙にアルジード君の名前が載っていたんだ。…確かに手放すには惜しすぎる品だけど、持つべき人間がいるなら話は別だよ」

 

 そう言いながらもどこか名残り惜しそうに差し出されたゴブレットに対してアルジードは何かを迷っているようで、すぐには受け取ろうとしなかった。

 

「アル…?」

 

「…よし!決めた!オレは─」

 

─────────────

 

「本当に良かったのか?せっかく返してくれるのに」

 

 風が少し肌寒くなってきた頃、工房を出て帰り道を進む一行には穏やかで、かつ晴れやかな空気が流れていた。

 

 結局アルジードは返還の申し出を断り、父親の形見を工房に置いてきてしまった。理由はまだ旅を続けるので持っていられないこと。これから先、彼によって形見を参考にした"子供"たちが増えていくことを望んだからである。

 パストもそれを了承し、もう一度受け取りに来る日まで店で待ち続けると約束してくれたのだった。

 

「こいつが流行れば親父が生きた証も広く知れ渡るだろ?…流行ればの話だけどな」

 

 肩をすくめたアルジードは代わりに貰ってきたストラップを顔の前に持ってくると、そこに刻まれた父親の残した柄を愛おしそうに眺めている…

 しばらくそうしていた後に今度はエイジャーに振り返ると、耳を赤くして気まずそうに口を開いた。

 

「あーそれと団長…あの時はありがとな。あんな必死に頼み込んでくれてその…嬉しかったよ」

 

「俺の早とちりだったけどね。形見があるだけでも死への受け止め方って違うだろうから」

 

 エイジャーは友人経由で託された妻のイヤリングをそっと撫でる。それは突然すべてを奪われた者同士、仲間という関係を超えた共感を持っているからこそ出せる言葉の重みだった。

 

(本当にこの人は…自分だってズタボロのくせに気ぃ遣いやがって)

 

 ゴブレットを受け取ろうとした時、これを手にしたら旅が終わってしまうのではないか─ふとそんな考えがよぎった事を思い出していた。アラクネは未だ各地で暗躍し何の解決もしていないが、どこか"区切り"がついてしまう気がしたのだ。

 町を飛び出した時に抱いていたのは両親を奪ったアラクネへの果てしない憎悪…しかしエイジャーたちと出会った今は憎悪以外の感情で動くようにもなっていた。

 

 盗賊団を壊滅させる結論は変わらないが目的は単なる復讐に"誰かの明日を守るため"が追加され、初めてできた一緒にいたいと思える仲間たちの行く末を見届けたいという思いもあった。

 どちらにせよここで平穏に暮らすにはまだまだ早い…そう感じたからこそ過去に縋り、歩みを止める道を蹴ったのである。

 

(この人たちはオレがいないと危なっかしくてさ…だから親父、お袋。まだ2人の思い出には浸れない。いつになるか分からないけど…必ずここへ帰ってくるよ)

 

 アルジードは亡き両親を想い空を見上げる。燃えるように赤い空には渡り鳥の群れがどこかへと向かっており、志を新たにした自分のこれからを表しているようだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 …などと感傷に浸っていると、視界の端から白く、そして何故か不機嫌な表情のルルが飛び込んできた。

 

「2人でイチャイチャしてズルい!私も混ぜて!」

 

「へへっ今日はオレが主役だ…うわっ!?危ねぇから車椅子を揺らすのはやめ…うおおおあっ!?」

 

 両親が眠るトゥアンの空の下、新たに手に入れた騒がしくも愛おしい日々は今日も過ぎ去っていくのだった。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。