何者かの襲撃により王都が滅び、唯一生き残ったエイジャーは人攫いに捕まり、売りに出されようとしていた少女ルルと出会う。
村で一泊する中で膨れ上がる罪悪感と使命感。決意表明をしたエイジャーを見つめる男の影がひとつ…
村人総出での朝食を終え片付けを手伝っている中で、エイジャーは昨夜の村長の発言…宿舎が空いていないという話を思い出した。
この村はあまり広くなく、王都が近くて往来が頻繁ということもあり騎士団が常駐していない。ゆえに拠点は設けておらず、どうしても遅くなった際に一泊するための建物があるくらいである。
エイジャーがその事を確認すると、村長は思い出したように声を張り上げた。
「そうだった!商会の人たちが困ってるみたいなんだよ。えーっと名前はなんだったかね…」
「サノヴァ商会ですよ、御婦人」
2人が振り向くと背後にはにこやかな笑みを浮かべる長身の男が立っていた。歳は30代だろうか、モノクルやハットで着飾り長髪を三編みでまとめているその姿は手品師か大道芸人のようである。
「わたくしサノヴァ商会の当代、グルーノイ・サノヴァと申します。実は折行ってお願いしたいことが…サザンという街まで我々のキャラバンを護衛していただきたいのです」
サノヴァ商会…その名前はエイジャーもよく知っている。船と比較的安全な海運ルートを持ち、古くから王都にも出入りしている"やり手"の商会だ。おそらく港街であるサザンに船を停泊しているのだろう。
しかし妙である。昨晩から現在に至るまで、この村で用心棒を見ていないのだ。
護衛をつけずに商品を運ぶようなケチな組織ではないはずだが…エイジャーが疑問を抱いたのを察したのかグルーノイは続ける。
「このあたりは比較的安全ですが我々は慎重です、それなりの護衛を4人ほど雇ったのですが…全滅してしまったのですよ」
「護衛4人が全滅…敵は魔族?まさかグランドルワームですか?」
エイジャーがそうであったように、普段は王都周辺に現れることがないグランドルワームであれば対応を誤る可能性がある。だがグルーノイはその質問に対して首を横に振った。
「いいえ、日が落ちかけていたのと必死に逃げてきたのでよく見えませんでしたがそんな大物では…大きさからしてヒューゴの群れだったように思います」
ヒューゴとはやや小柄で人のような姿をしており、棒や石片などを武器として使う知能と徒党を組む戦略性を持つ狡猾な魔族である。
しかし動きが単純かつ力もそこまで強くないため、戦闘訓練を積んだ人間であればさほど苦戦はしないはずだ。
4人の護衛を全滅させるほどのヒューゴ、先日のグランドルワーム…どちらも王都が襲撃されてから起きている事件である。何らかの理由で魔族が活性化しているのであれば早急に対処しなければならない問題だが…
王都が壊滅したため援軍は望めない上にルルという記憶喪失の少女も連れている。己のコンディションも最悪に近く、策もなしに突っ込んで解決できる状態ではなかった。
「私だけであなた方とこの子…ルルを守りながら戦うのはかなり厳しい。一度集まって動きを相談させてください」
「ルル?…その可愛らしいお嬢さんですね。我々はルートさえ確保できれば手段は問いません。後ほど宿舎に集合しましょうか」
グルーノイは片手を胸に添えながら頭を下げ、宿舎へと帰っていった。
村長が入れ替わるように心配そうな面持ちで駆け寄ってきた。先ほどの話を聞いていたのだろう。エイジャーはわざとらしく肩を竦めて、なるべく余裕そうに振る舞ってみせる。
「大丈夫ですよ、みんなの想いを背負った俺は簡単に死んだりしませんから。…もう1日お世話になったら出発します。しばらく会えなくなりますがお元気で」
───────
─翌日、正午。
村に別れを告げたエイジャー、グルーノイ、そして荷台にルルを乗せた馬車は順調に歩みを進め、ヒューゴが出現した地点に近づいていた。
キャラバンを守りながら戦うのは極めて困難と判断したエイジャーはグルーノイと先行して調査、必要に応じて戦闘を行ったのち、安全を知らせる狼煙をあげて後発隊と合流するという作戦になったのだが…
絶対に離れない!と泣いて駄々をこねるルルに負け、仕方なく連れて行く形になってしまったのだった。
「クックック…子育てというのは大変ですね?グラム卿」
「あはは…彼女が寝ている間にすべて片付くといいんですが。それとグラム卿はやめてください、私はそんなに立派じゃない」
その言葉を聞いたグルーノイはまたもクックックと笑いながら楽しそうに揺れている。ただからかっているのか、それとも真意を読ませないように振る舞っているのか…
彼の出で立ちや自分が荒んでいるせいもあるのだろうが、エイジャーはこの男に僅かな不信感を抱いている一方で、グルーノイは終始ご機嫌といった風な態度を取っていた。
「あなたの噂は聞いていますよ?誰かが傷付くのをとても嫌い、仲間や弱き者を逃がすため必ず殿を務める…その人望から若くして小隊を任されていたとか」
彼の話はおおむね事実だ。目の前で誰かが傷付くのを止めるため、がむしゃらに戦う姿と精神を評価されて自分の部隊を持ったこともあった。
だがその小隊はもういない。小隊だけではない、あの日すべて失ってしまった…エイジャーの表情が険しくなっていくのを見て察したのか、楽しそうに揺れていたグルーノイは真面目な表情に戻り頭を下げた。
「…失礼、あなたの傷を抉ってしまったようですね」
「…いいんです。あの村の人たちが優しすぎただけで本来ならばもっと責められるべき失態ですから。…馬車を止めてください」
「はい?」
─ホアァァァアア!!!
突如、あたりに無数の野蛮な叫び声が響き渡る。ヒューゴだ!
「馬を村の方角に向けた上で遠ざけて!いつでも逃げられるよう準備を!右手の林から来るぞ!」
肩がけ袋を身に着けたエイジャーが馬車を降りた直後、茂みの中からヒューゴが次々と飛び出してきた。20…30…その数はどんどん増えていく。想定よりも多い!
「魔力は温存すべきか…刃式・隼突撃《ペレグリンアサルト》!」
エイジャーは剣を構えて猛スピードで突撃すると、すれ違いざまにヒューゴを斬り伏せつつ群れの陣形を乱す。
踵を返し一瞬のうちに敵の残数と配置を確認すると、今度は腰を落として突きの構えに移る。
『突式・啄木鳥連突』《ピヴェールクリジョン》!
続く啄木鳥連突…その名の通り木を穿つキツツキの如く、目にも止まらぬ連続突きを見舞う型。
隼突撃に怯んで陣形を乱し、防御や移動が一手遅れた個体たちが瞬速の突きの餌食となって次々に倒れていく。
「一瞬でこれだけ倒すとはさすが小隊長…っ!?後ろです!グラム卿!」
グルーノイの声に反応したエイジャーは即座に振り返って棍棒による不意打ちをなんとか受け止めたものの、横から乱入してきた個体による飛び蹴りで大きく吹き飛ばされた。
脇腹に来る痛みでわかる…事前に察していた通り自分が知っているヒューゴの強さではない!
エイジャーはすぐさま体勢を立て直して再び隼突撃の構えを取ろうとするものの、巧みな連携により力を溜める隙を作ることができずにいた。
(俺の不調を差し引いてもこんなに強いヒューゴがいるなんて…ここで仕留めないと村のみんなが危ない!)
普段であれば簡単に弾き返せる攻撃をしっかり受け止めねば押し負けるほどに力強く、嫌らしく責め立ててくる連携は大振りな防御や攻撃を許してくれない。
さらに先ほどの攻撃を警戒してかヒューズたちは密集を避けており、こちらの前方180度の範囲でまばらな配置を維持し続けていた。
(これでは"アレ"が使えない…!)
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グルーノイが戦闘区域から離れた位置に馬車を動かし戦闘を見守っていると、眠そうにまぶたを擦るルルが荷台から起きてきた。
意識が覚醒するとともに目の前の光景を認識し始めた彼女の白い顔がみるみる青ざめていく。
「んん…えっ…?おじさん!エイジャーがやられちゃう!」
「おじさっ…飛び出してはいけません!あなたは戦えないでしょう!それによく見なさい!彼もただ翻弄されているわけではない!」
彼の言う通り、エイジャーは苦戦こそしているが防戦一方ではなかった。
倒すことにリソースを割く余裕がないならば作ればいい─最小限の動きで少しずつヒューゴたちの手足を斬ることで無力化・弱体化させる作戦に切り替えていたのである。
腰に携行していたナイフで攻撃をいなし、電撃を纏った剣で反撃する。変則二刀流により少しずつヒューゴたちの攻勢は弱まり、一見すると反撃のチャンスに見えるものの、ルルは意外と聡明であった。
「でもエイジャーも疲れてきてる!この弓貸して!」
「ダメです!下手に刺激すれば群れはこちらにも向かってくる!アレは我々だけで対処できる相手ではない!」
(どうしよう…助けないとエイジャーが…!支えるっておばさんと約束したのに!)
確かにヒューゴの攻勢は弱まりつつあるが、エイジャーもまた体力の消耗により少しずつ動きが鈍くなっている。このままでは数の差で押し切られてしまうのは時間の問題だろう。
…とこでルルはエイジャーが剣に纏っている電撃に気が付き、何かを閃いた。もしあれと同じものが使えて、ここから飛ばすことができれば…!
「おじさん!あのバチバチってやつ!どうやるの!?」
グルーノイはルルの問いから意図を読み、はっとした後少し考え込んだ。そして彼もまた何かを思いついたように矢を取り出し、渡す。
「私は魔法を使えませんが聞き齧った方法なら…まずは矢をヒューゴの群れに向けて、先端に魔力を…力を集めるイメージをしてください」
ルルはきゅっと目を閉じ、イメージしてみるが何も起こらない。
「次に集めた魔力をあげるから力を貸してほしい、と精霊に呼びかけるのです。火、雷、風…とにかく思いつく限りの自然現象をイメージして…」
グルーノイの教え方はあながち間違っていなかった。
この世界における魔法─それは緻密な魔力コントロールを用いて精霊の力を借り、意図的に自然現象を引き起こす技術という風に伝わっているものの、結局のところは偶発的な要素も多い。
おまけに魔力の「匂い」には個人差があるようで、どの精霊が好むかは試してみるまで分からない。
その上精霊たちも決して従順ではなく、嫌われて協力を得られなかったり、呼び寄せるだけの魔力を持たない場合もある。
人間は平均的な魔力の保有量が少ないため、実戦レベルで使えない、そもそも習得する気もない場合が多い。グルーノイもその1人であり、魔法については才能に恵まれなかった。
(彼女はアルフ族だと盗み聞きしました。魔法を得意とするかは知りませんが、この状況を打破できる何かが使えるなら…!)
しかしグルーノイの期待も虚しく、必死のルルは何も起こせない。
「ぐあぁっ!」
疲労から足元がもつれ、隙のできたエイジャーにヒューゴが大挙して押し寄せせると、その内の一体による突進で吹き飛ばされた。もう時間がない!
(やはり無理か…!)
エイジャーが死ねば次の標的は自分たちである。逃亡のため馬車を走らせようとしたその時…ルルの全身が緑の光に包まれ、光に呼応するかのように周囲の木々がざわめきだす。
「エイジャーから…エイジャーから離れろーーーー!!!!」
光は木々へと飛んでいき、無数の木の葉を纏いながらヒューゴの群れを取り囲む。素人のグルーノイでも分かる、これは明らかに魔法の反応ではない!
突然の妨害にヒューゴたちは混乱し、エイジャーも忘れて周囲を飛び回る木の葉を振り落とそうと躍起になっていた。
その様子を見たエイジャーは肩掛け袋から大量の包みを取り出すと、中に入っていた粉をヤケクソに振り撒いた…それは相手が強力かつ大量の群れであることを想定し、商会から拝借していた爆薬であった。
「2人とも伏せろ!爆発するぞ!」
グルーノイが状況を理解していないルルを抱え荷台に飛び込んだ直後、凄まじい轟音と衝撃波を伴う大爆発が起きる。
衝撃波が収まったのを確認したグルーノイが荷台から出ると粉々に吹き飛んだヒューゴの群れと、さらにボロボロ担ったエイジャーが倒れていた…
────────
「魔法で火花を作り爆発させるとは…なかなか無茶をしますねグラム卿。あんなこと自殺志願者でもやりませんよ」
(…)
大爆発から少し後…グルーノイは周囲に残党がいないことを確認してから商隊への狼煙をあげると、荷台でエイジャーの治療を施していた。
「大量の木の葉が取り囲んだ時に思いついたんです。これに爆薬を付着させれば全員巻き込めるだろうって…ルルのおかげで助かったよ」
ルルはすごいでしょ!ふんすと鼻を鳴らしながら胸を張る。その姿は親に褒められた子どものようにとても誇らしげで、微笑ましかった。
「しかし不思議な魔法です。風を操るというよりは植物そのものを従えていたような…おや、誰かがこちらへ向かってきます」
グルーノイの指差す方向を見ると迫ってくる人影が1つ…ヒューゴの残党を疑いながら目を凝らてみるが違うようだ。
更に目を凝らしてみるとだんだんその正体が浮き彫りになっていき…ルルと同じく耳が尖っている影の主に、エイジャーは驚きの声を漏らした。
「あれはまさか…アルフ族?」