アルジードの故郷であるトゥアンにて、待機という名の束の間の休暇を得た一行はかつて両親が盗賊に殺された家の跡地を訪れる。そこには新しく工房ができており、主人であるパストによって発掘された父親の遺品と対面する。
しかし祖父母との対面は失敗に終わり、血縁者を侮辱した2人に対して激怒したエイジャーが殺気を放ち、ケンカを仕掛けてしまうのだった。
「件の対応ありがとうございましたロニーさん。それと彼らの事を頼みます」
アルジードの里帰りが好ましくない結果に終わってから数日後…とある命を受け待機が終わり、いよいよ技術都市 イソーへ向かうことになった。
エイジャーが彼を侮辱した祖父母に対し威圧した件についてはすでに解決しており、幾分かはマシな心境での出発となる。
事件の翌日に祖母が拠点を訪れており、自分たちの大人気のなさを正面から突きつけられたことで反省、今回はお互い様ということでひとまずの決着となった。
確執が消えたわけではないのでアルジードと顔を合わせることは無かったが…あとは改心が寿命に間に合うかどうかだと苦笑いしていたようで、その様子からだと復縁の兆候は潰えていないとのことだった。
「今回は丸く収まったけど違反は違反、後できちんと罰は受けること。いいね?」
送り際に念押しするロニーの表情は柔らかく、1人の人間として注意してくれていることを意味していた。エイジャーもしっかりと頷いた後にもう一度頭を下げる。
「エイジャー、行ってしまうのだな…この先どうなるかは分からないが君から受けた恩は絶対に忘れない。それはコークスも同じだろう」
頭を上げた先に飛び込んできたのはレプター族のヒバァ…どうしても見送りがしたいという願いは目立たぬよう1人だけ、の条件つきで叶えられた。
あの後も通信機を使っての会話が何度か実現しており、簡単にではあるがすべての知り合い同士が無事の喜びを分かち合うことができた。
コークスについてはパストが用意した粘土をいたく気に入っており、目利きの師匠として弟子入りしたいと意気込んでいたそうな…
種族の違いはあれと土を愛する者同士、時間をかければ理解し合えるという新たな一例が生まれるかもしれない…思わぬかたちで繋いだ縁は将来への希望となり、また1つエイジャーに生きる理由を与えるのであった。
「イソーはここから近いですから、任務が終わればまた繋ぎに来れると思います。ガァラさんたちが勤める商会の人間と直接話ができそうですし」
「そうか…まだ君の技の完成にも立ち会えていない、また必ず会おう…なんだ!?」
そう言って差し出される手をエイジャーが固く握ると、指輪が仄かに土色の光を放つ…この反応ももう4回目、何を意味するかはおおむね理解できる。突然の出来事に焦るヒバァと対照的に、エイジャーは落ち着いた様子でフォローに入る。
「これは…友情の証のようなもので害はありません。どういう訳か光った相手の力を引き出せたりもしますが…まだ詳しいことは分かっていないんです」
「そういえば冷気を放った時は指輪が白く輝いていたな…もし私の力が発現した時は存分に使ってやってくれ。君を見えない危険から遠ざけてくれるだろう」
「むー…また私じゃない人と光らせてる…」
2人が再び固い握手を交わす中でルルは背中から密着し、腹に回した手をぎゅうぎゅうと締め上げながら不満の意を表明してくる。以前ほど思い詰めている様子はないものの、未だ光らせる事ができない事を気にしてはいるようだ。
こちらの理由もエイジャーは薄々勘づいてはいるのだが…今は彼女を宥めることしかできなかった。
─団長!そろそろ戻ってきてくれ!てめっ…ここは裏宿※じゃねぇんだぞ!?
※この世界におけるラブホテルの呼称
─だって〜あっち着いたらこういうコトできなくなるしぃ〜…今のうちにアルちんフレグランス摂取しておかないと♡
先に準備を終えた馬車からの荷台からはもみくちゃになって暴れている2人の声が漏れている。何者かの介入によって非現実的な回復力を得た2人の体はほぼ元通りになっており、ランヅキの熱烈なアピールもまた激しさを増していた。
「…君の仲間は賑やかだな。また弟と話す機会があればよろしく伝えてほしい。武運を祈る」
「あはは…また必ず会いましょう」
エイジャーはもう一度握手を交わすと踵を返し、べったり密着したルルをおんぶしながら馬車へと向かっていく。様々な家族のかたちを学んだ平和な町 トゥアンが小さくなっていくのを見送りながら、一同は次なる目的地であるイソーへと歩みを進ませるのだった。
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「そういえばアゲハ、あの鉱山について調べてたらしいけど何か見つかった?」
トゥアンを出てしばらく、エイジャーは隣で手綱を握っているアゲハといくつかの会話を交わしながら歩みを進ませていた。
ロックリフ鉱山に盗賊を招き入れたのは誰なのか…副団長ブラヒムへの疑惑とアラクネ盗賊団の動き…重大な2つの問題のせいで後回しにされている一件を、彼女は滞在期間を使って独自に調査していたのである。
「んーさすがにあの町だけで調べるのはムリだったかな…鉱山の権利はウザいインテリメガネたちのお仕事、近くにいるウチらもノータッチだし」
"ウザいインテリメガネ"とは文官たちのことであろう。治水や開発計画などを担当しており、現場を知らずに理想論で計画を立てる事もあった彼らをよく思わない者も多い。
それにしても酷い言いように引いているとアゲハは「でも」と話を転換し、さらにこうも続けた。
「あそこの管理は勢力間で月イチ交代らしいんだけどさ、ウチらにバレないとかあり得ないと思うんだよね。回収に来たオッサンとかどう見ても盗賊だよ?ちゃんと管理してたら見逃さなくねって」
彼女の着眼点は鋭かった。仮に鉱山との契約を誤魔化せたとしても、その後の出入りも誰かに見られているはずなのだ。現に他の作業員は怪しんでいたし、報告が上がっていないとも思えない。
おまけに彼らは盗賊の格好で、奴隷を連れてやってきても問題ないと高を括っていたのである。当日は他の作業員や管理者がいなかったこと等も含め、かなり上に融通を利かせるツテがあると考えるべきだろう。
「…ま、インテリメガネに聞こうにも王都は滅んじゃったし?他の管理団体に問い詰めるのも今すぐじゃムリだろうからお手上げかなーって…グラセン?なんで泣いてんの!?」
「いやごめん…座学がイヤだってあんなにゴネてたのが立派になったなって…アゲハの調査と考察は絶対に役に立つよ。早く取りかかれるよう今の問題を片付けないとね」
「この間の戦い、ウチはほとんど役に立たなかったからね…こういうトコで褒められポイント稼がないと!で、グラセンはどんな密命を受けたの?やっぱりマジボスを探れとか?」
成長を喜んでいたのも束の間、返す質問で唐突に核心を突いてきたアゲハにより空気が変わる。
ただでさえ隠し事が苦手な上に不意打ちである。エイジャーが分かりやすく取り乱す様を見てからかうように笑い、目を合わせないまま続ける。
「そりゃこのタイミングで動いたら察するっしょ…隠し事下手くそなグラセンに頼むとかセンス無さすぎない?」
「手紙を届けるって目的もあるけどまあ…気付くよね。アグーさんも焦ってるんだと思う。でもいいのか?俺を止めなくて」
「ガチバトルで?ウチが勝てるわけないじゃん。色仕掛も無駄だろうし…てのは冗談だけど実際どう思う?マジボスの事」
今回の極秘任務…もうバレてしまったが…は彼女の上官でもある中隊長 ノブリスに探りを入れることだった。これは本来の指揮系統とは別に、アグーからほぼ独断で頼まれたものである。
盗賊団の察知・退避の早さが引っ掛かるのはエイジャーも同じだが、立場や中隊長になった経緯…さらには精鋭部隊の出自からノブリスたちを疑っているようだった。
この間は別問題と言っていたものの、副団長 ブラヒムととても縁が深い人物でもある。そちらの面でも気にしているであろうことを察するのは難しくなかった。
アゲハは直属の部下であり、どうしても贔屓目を使ってしまうのは避けられない。だからこそ昔から関係が悪いエイジャーに聞いてみたのだろう。
中立な視点に立つよう努めているのか、ただの世間話か…その真意は分からないものの、彼女もずいぶん大人になったのだと感慨深げに頷いた。
「普段はあんなでも与えられた立場の重さをよく理解してる。だから騎士団を裏切る…ましてや盗賊なんかに手を貸すわけがないと思ってるよ」
"嫌い"と"理解"は案外近くに存在するものである。事あるごとに敵意を向けられてきたノブリスの事はそれなりに理解しているつもりであり、だからこそ答えに迷いはなかった。
しかしアゲハは違ったようで、エイジャーからの思わぬ回答に目を丸くし、感心するように息を漏らしていた。
「へぇー意外…2人とも仲悪いからボロクソ言うかと思ってたのに」
「個人の好き嫌いと信頼は別だよ。そもそもあいつが一方的に嫌ってるだけで俺は別に…たまに面倒くさいとは思ってるかも?むしろアゲハがそんな事を気にするようになったのが驚きだよ。訓練生の頃はもっと夢見がちだったのに」
「ふふん♪いいオンナになったでしょ?惚れてもいいよ?」
目を細め、わざとらしく色香を演出してみせるアゲハ。暗い話を切り替えたいのだろう、いつものノリを求めている事に気付いたエイジャーが肩をすくめながらNOを突きつけると、どこか嬉しそうに残念がってみせる。
「ちっ。一度でいいからフりたいのに全然靡かないもんなーグラセンは。別にブスではないと思うんだけど…」
「今のアゲハはすごくいい女だと思うよ。俺が未婚で、王都が平和だったら落ちてたかもね。いや待てよ…未婚だったらサーヤにこじ開けられてないから興味も薄いままか…?」
くだらない冗談ですら真剣に"たられば"を持ち出すエイジャーを見て、アゲハは呆れたようにため息をつくのだった。
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「…で、マジボスとやらが団長を目の敵にしてるってのは本当なのか?」
「昔から気に食わないみたいよ〜?グラセンがあんなだから喧嘩にはならないけど…てかアルちん、ヒマしてる間にその鎖買い換えればよかったのに」
2人が外で絶妙な距離感を探り合っていた頃、金属の擦れる音が響く荷台の中でもノブリスが話題に挙がっていた。ランヅキは磨くために足元に広げられた、先の戦闘で壊されて短くなった鎖を指差す。
「こいつは特別製だから普通のを買っても仕方ねぇ。ジイさんとこへ持って行きたいが遠いからな…しばらくは間に合わせるさ」
そう言いながらアルジードは破損により減ってしまった重量に慣らすように何度も持ち上げたり、腕に巻いたりしている。
鎖を操る技術は独学で身につけたものだが、少しの変化でもコントロールに影響が出るほどには繊細な扱いを要求される。道具の一部を壊されただけ…とはいかず、こちらもかなりの痛手であった。
(これなら射程が縮むくらいで済みそうだ。その分はオレが距離稼ぐとして…ん?)
鎖をいじりながら今後の立ち回りを考えていると、先ほどまでぶすくれていたルルが四つん這いで迫り覗き込んできた。雰囲気の幼さやエイジャーの事もあり女として見てはいないものの、急に顔を近付けられると少し心拍数が上がってしまう。
そんな内心を知る由もないルルも鎖を指差し、少し落ちたトーンで問いかけてきた。
「アルはさ、その技を使えるようになるまで何日かかったの?」
「ん?そうだな…実戦投入まで1年、敵の脅威になるまでもう1年ってとこか。姫も覚えてみるか?」
冗談っぽく差し出した鎖を真剣な目で見つめる姿に、どうやら鵜呑みにしているらしい事を察したアルジードは、手を引っ込めて真剣な表情で問い返す。
「悪い、たぶん姫には合わないと思うぜ。慣れたとはいえ鎖まみれってのも楽じゃねえし…何かあったのか?」
「もっと戦えるようになりたいの。いつも後ろで見てるだけはイヤだから」
至極単純な要求がいかに真剣であるかは彼女を見れば分かる。だからこそどう答えるべきか悩ましい問題だった。
正直な話、ルルの身体能力は決して高くない。時折"火事場の馬鹿力"とでも呼ぶべきフィジカルを発揮するものの基本的には素人の少女そのものである。
加えて咄嗟の判断力も高いとは言えず、よほどの捻くれ者でもなければ前線に立たせる判断は下さないと考えていた。
とはいえ彼女が持つアルフ族の秘術は植物が無ければ使い物にならず、護身用にと持たされた弓も通用しない敵ばかり…相手や環境によって補助すらできないのはもどかしいのだろう。
「団長がすぐに戦線復帰できるのは姫のおかげなんだぜ?傷を瞬時に治すのは唯一無二だ。自信持っていいと思うけどな」
「でも私が手伝えば怪我する前に終わるかもしれないよ?」
彼女の反論もまた正論ではある。最前線はエイジャー本人が譲らないとして、アルジード以外にも搦手、あるいは重い一撃を繰り出せる者がいればもう少し戦いやすくなるとは以前から考えていた。
しかし仮に戦闘術を身につけたとしても、その役目を彼女が担うことは"絶対に"無いと確信している。
旅の中で出会ってきた騎士団の面々はエイジャーが最前線に立ちたがるのは昔からであり、理由は仲間の負傷を極度に嫌うからであると口を揃えて言っていた。
それがルルならなおさら意固地になる事は確認するまでもなく…アルジードとしても普通の女の子が生傷を増やす場面など見たくないし、結論だけで言えば反対の立場であった。
しかし彼女もなかなか頑固なところがあり、ただ反対しても納得はしないだろう。どう宥めるべきか迷っていると、空気を察してかランヅキも近付いてきてルルに笑いかけた。
「ルルちゃんの気持ち分かるよ〜グラセンと同じ目線に立ちたいよね。あーしも近所に住んでた年上のお兄さんに振り向いてほしくて、背伸びした時期があってさ〜…」
「…その時はどうしたの?」
「そりゃもー色々?背を高く見せようとママのヒール履いて足をボロボロにしたり、セクシーアピールして逆に怒られたり…無理しても追いつけない差があるんだってイヤでも知ったよね。あの頃は迷走してたな〜」
自虐的な口ぶりに反して表情はどこか晴れやかで、彼女にとってはいい思い出の1つであることを物語っていた。そんな思い出から伝えたい事を察せていない様子を読み取ったランヅキは浸ったことを軽く謝罪し、さらに続けた。
「つまりぃ相手が求めてないことを頑張ってもあんまり意味ないってコト。きっと前線で一緒に戦うよりも、戦いが終わってから迎えてほしいんじゃないかな〜って思うよ」
「じゃあ…今のままでいろってこと?」
「ま、あーしから見た感想だから絶対じゃないし?身を守る力があるに越したコトはないよね。イソーに行ったらぴったりな道具があるかもしれないし、一緒に探してみよっか〜!」
「おー!」
アルジードは戦いに重きを置いていた自分とは別のアプローチ…憧れに追いつきたい子供としての視点を尊重し、本人のやる気を削がずに前線から外すランヅキの話術に感心していた。
体制側の人間とは思えない言動ばかりの彼女だが、己の快楽に素直で筋を通しているからこその強みもあるのだろう。王国軍では絶対に存在しえない人材の価値を目の当たりにし、改めて滅んでしまった王政の変化を感じていた。
「意外とやるじゃねえか…助かったぜ」
「そ・れ・と!あーしがアルちんに求めてるコトも教えてあげよっか?」
隙を見せたのが悪かった。称賛をツンデレの一種と解釈したランヅキは豊満な肉体を押し付けながら、さも当たり前のようにアルジードを押し倒す。目には捕食者の眼光が宿っており、拒否をゆるめたら食われる未来がはっきりと見えるようだった。
「必要ね…だから気軽に押し倒すのをやめろ!姫が変な影響受けたらどうすんだ!」
「もしかして2人きりならOK!?ちょっと進展してるじゃん!あ、ルルちゃんにはまだ早いからマネしちゃダメね♪」
「3人ともそろそろ着くよー…ってランヅキさぁ…検問近いからそこまでにしといて」
幕を上げたアゲハは第三者がいる中で始めようとする奔放さにドン引きの表情を浮かべている。さすがのランヅキも検問とやらではふざけられないようで、獲物を狩り損ねて子供のように拗ねていた。
「助かった…ってあんたも油断ならねぇんだった。まさかとは思うがマジボスって奴もこんなんじゃないだろうな?」
「それはないよーだって…ねえランヅキ?」
「だね〜こういうのむしろ嫌いだと思う。だってマジボスは…」
「貴族の家系だもん」
ここのところ事件が起こせなくて辛い…早くドンパチまでやりたい…