エリザ姫からの手紙を届け、隊長にして犬猿の仲であるノブリスの疑惑を調査するため技術都市イソーへとやってきたエイジャーたちはひょんなことから技術者たちのトップ ボッシュと出会う。
手紙の宛先人であり魔道具の解析、普及を目指すエイトの手伝いをしながらも新たな縁を繋いだ一行は、いよいよ拠点へと向かうのだが…
「ん〜…いい匂い…!これテリ・ヤキって言うんだって!」
エイトへの手紙を無事に届け、技術者の長であるボッシュと思わぬ出会いを果たしたエイジャーたちは拠点へ向かう前に夕飯などの買い出しをしていた。
ご機嫌なルルの手には豆を発酵させたソースに鶏肉を絡めて焼いた、その照り具合から"テリ・ヤキ"と名付けられた料理の入った容器が提げられている。
冷めても美味しく食べられる工夫がしてあるとのことだったが、容器から漏れ出る香りは隣を歩くエイジャーの唾液を増やしてしまうほどには魅力的であった。
「この粉も面白いぜ、水をかけると一気に発熱するんだと!これがあれば火起こしできない場所でも熱いメシが食えそうだ」
「簡単に反応しちゃうから外には出回ってないみたいだけどね。にしてもさすが技術都市、少し歩いただけで常識が覆るよ」
噛むだけで歯を掃除できるガム、泥水を飲めるようにする濾過キット、通常の8倍は長持ちな石鹸…エイジャーは役立ちそうなものが詰まったリュックをご機嫌に叩く。常に残額とにらめっこしていたものの、節約志向の彼にしては珍しい大きな買い物である。
「そういや団長はメシ買わなかったのか?マジボスってやつは用意してくれないらしいけど」
「俺は自分で調理するよ。道具の出費があったし、ここには先生がいるからね…噂をすれば。ケイン!こんな時間に買い出しか?」
エイジャーが叫んだ先には青果店…の前に金髪細身の男が1人。肌はランヅキのように小麦色で、野菜を手に取りつつも何やら不審な動きをしている。
ケインと呼ばれた男は振り返って全速力で駆け寄って来たかと思えば、無駄に白い歯を剥き出しにしてエイジャーに抱きついた。ほぼ変わらない身長の男がセミのように張り付く異様な光景に街ゆく人々の視線が集まるものの、そんな事は気にせずハイなテンションで喜びを表現し続ける。
「うわーパイセンだーッ!モノホン!?」
「モノホンだよ…元気そうで良かった。台所を借りようと思うんだけど大丈夫かな」
「いいに決まってるっしょー!どれどれ…お!ちゃんといい食材選んでんねぇ!オレっちの教え覚えてくれてて嬉スィー!」
(あの2人も変な奴だったけどこいつもまた…すげぇな…)
先に出会ったアゲハとランヅキをギャルとするならばケインはギャル男…それもアッパー系でさらにやかましいタイプの人間である。
騎士団という言葉が持つイメージとの乖離も凄まじいが、昼間に絡まれた傭兵たちとの温度差もなかなかのものである。人材の幅が広いにしても限度があるだろう…そんな事を考えるアルジードからは渇いた笑いが漏れていた。
「お!そっちがパイセンの相棒たち?ランちゃんから聞いてるよーヨロシクね!てかこの子やーばい可愛いんだけど何?パイセンって草食系のフリしたかなりの面食い?」
ケインは挑発するような目をしながら肘でつつく。似たようなタイプとはいえ性別が変われば印象も変わるのか、ナンパされたルルは異次元のノリに困惑気味であった。
「別に可愛いから一緒にいるわけじゃないけど…2人ともここまで付き合ってくれてる大事な仲間。あと手に持ってる野菜ってお金払ってる?」
「危っっっっっべー!!!ごめんおばちゃん!コーフンしすぎて忘れてた!」
「団長、あいつ本当に大丈夫か…?」
「…悪い奴ではないよ」
なんとも曖昧なフォローをするエイジャーは心配するような、しかし懐かしんでもいるような横顔で見つめていたという…
「ところでなぜこんな時間に買い出しを?今から全員分を作るのは大変じゃないか」
万引き未遂をスライディング土下座からの無限ヘッドバッドで切り抜けた後、一行はケインの先導で改めて拠点に向かっていた。
夕方は在庫を捌きたい店が割引していることが多く、食材の調達はいつもこの時間帯に行っているとのことだった。さらに人手がある分まとめ買いによる値引き交渉も踏まえ、今日はかなりお得に買えたと上機嫌に語る。
彼もギャル2人と同じく騎士団としての資質に欠ける部分があったものの、「これからの時代は家庭的なメンズが来る!」という根拠のない思いつきから覚えた料理スキルを買われて調理場を任されているらしい。
今買っているのは明日の分で、これから夜中にかけて仕込みをするのだとしみじみ語るのだった。
「貴族の家系がボスっつうから羽振りがいいのかと思ってたが…あんたら意外と庶民的なんだな」
「まーね!そのマジボスが節約しろってうるさいからさ…オジサマたちは舌が肥えてるし献立考えるのも大変なワケですよ」
ケインは己がした苦労話にうんうんと頷く。エイジャーに料理のイロハを教えたのも騎士団へ入る前の彼であり、見かけによらず家庭的で気遣いができる男らしい。
彼のペースで話し込んでいる間に、一行は気づけば拠点へと到着していた。傭兵や卸売などの業者ブロックに割り当てられた建物は市場のそれとは違い、それぞれが運用しやすい形に作られている。
イソーの騎士団は賑やかな若者たちがいることもあって防音処理が施されており、外見は主張しすぎない程度に華美である。おそらくノブリスの就任に合わせて改築したのだろう。
「お、ケインじゃんおかえり〜。グラセンたちも一緒だったんだ」
「ランちゃ〜ん!オレっちの帰りを待っててくれたの!?やっぱ相思相愛じゃね!?付き合っちゃう!?」
出迎えに来たランヅキを見た途端、ケインは抱えている野菜が存在しないかのような身軽さで駆け寄り愛を伝えるものの反応は芳しくない。ここではもはや見慣れた風景なようで、後から出てきた者たちからも呆れ混じりな笑いが起きる。
「ケインの奴またフられてやんの!これで…70回目だっけ?」
「86回目!くぅ〜っ今日こそイケると思ったんだけどな〜…」
一行を出迎えるのは見渡す限りのギャルとギャル男…その光景はナイトクラブにでも迷い込んだかのようであり、顔見知りのエイジャー以外は異質な空気にただ困惑するばかりであった。
─お前たち騒がしいぞ!そんなことだから他所の野蛮人どもに舐められるんだ
陽気な男女の熱は互いをさらに盛り上げ、今にでもパーティーが始まりそうなほどの勢いを止めたのは奥から聞こえてきた一喝。少し遅れて姿を現したのはこの拠点の主…ノブリスだった。
「ノブリス…久しぶり」
「フン…相変わらず腑抜けた顔をしているなグラム。ここだと苦情になる、不本意だがさっさと入れ」
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「…」
「…」
(く…空気悪ぃ〜〜〜!)
日が沈み夕食時…作戦室を兼ねた食堂にて、エイジャーらを含む拠点の全員が一同に介して食事を取っていた。…地獄のような空気の中で。
食事中の騒ぎを何よりも嫌うノブリスの方針により、ギャル軍団すらもこの時ばかりは行儀よく食べるのが習慣になっているのだが…今日の空気はワケが違う。
普段の数十倍は不機嫌なノブリスと、その原因が自分であることを申し訳なく感じているエイジャー。彼の仲間も並々ならぬ空気に警戒心を剥き出しにしており、火薬庫や地雷原を歩いているかのような緊張感が漂っていた。
「あ、あのーマジボス?せっかくのメシ時だしもうちょいリラックスしてほしいんスけど…」
「悪いなケイン。こいつがいなければ概ね解決するんだが」
「んだとテメェ…」
挑発に乗りかけたアルジードを無言で制止するエイジャー。しかしノブリスの挑発はこれで終わらず、反撃してこない2人を鼻で笑うとさらに続けた。
「王都の連中を見殺しにしておいてよくも顔を出せたものだなグラム。成果はそれなりに上げているようだが…まさか帳消しになるとは思ってないよな?」
「おいテメェいい加減にしろよ!そんなに闘りてぇならオレが─」
「…何をなさるおつもりで」
身を乗り出し、鎖を展開しようとしたアルジードを止めたのはノブリスの側に立っていた2人の男の片割れ…その男は巨体に似合わぬ早さで背後に回り、岩のようにごつごつとした腕1本で完全に動きを封じてしまったのである。
(デカい奴が立ってるとは思ってたが早ぇ!それになんて握力だよ…動かねぇぞ)
見渡すと困惑するギャル軍団ではない男たち…明らかに只者ではない風格を持ちつつも、今まで存在を消していた部下たちも手を止め、刺すような視線だけをこちらに向けていた。
握られたナイフは食材を切り分けるためのなまくらであるが、仮にやりあったら命を落とす…そんな凄まじいプレッシャーを放ちながら。
「ありがとうアル、代わりに怒ってくれて。でもいいんだ…ゴルドンさんも離してあげてください」
ゴルドンと呼ばれた巨漢は戦意喪失を確認すると手を離し、その場に居座りながらも再び動かなくなってしまった。まるで人の指示でのみ動く人形のようである。
「部下の躾くらい徹底しろ…今の貴様にはその程度の、野良犬のような輩がお似合いか」
「…ノブリス。俺以外を侮辱したらどうなるかは一度味わってるはずだぞ」
視線は合わせず、体も動かさず…しかし確かに放たれる殺気に気圧されるノブリス。あくまで行動には移していないからか、それとも分を見極めているのかは不明だが、ゴルドンも今回は止めに入らずただ静観し、その行く末を見守っていた。
代わりに側で仕えるもう片方の男…ラインの入ったスーツを着込んだ老執事が手を叩きノブリスに何やら耳打ちすると、ため息をついて立ち上がった。
「…明日は各地からやってくる商人どもの警護依頼が入っている。ゴルドン、混成部隊を編成して任務にあたれ」
「…御意」
「アゲハとランヅキは保護した薬物患者の経過確認だ。報告書を出せと急かされてるからな」
「「りょうかーい」」
「ケイン、残りは自室で摂らせてもらう。味は…今日も悪くなかった」
「あ、あざっす…」
「…貴様らがいつまで滞在する気かは知らないが部屋だけは貸してやる。あとの世話は自分でしろ…じゃあな」
ノブリスは一通りの指示を飛ばした後、食器を持って部屋を後にする。
しかし壊れた空気が戻ることはなく、その日の夕食はほとんど味を感じられなかったという…
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「はぁ〜〜〜なんなんだあの野郎!強ぇ部下侍らせて威張ってるだけじゃねえか!」
「私もあいつキライ!」
地獄のような夕食を済ませた3人は貸し出された部屋で休息を取っていた。部屋は武闘派の拠点とは思えぬほど小綺麗に飾りつけられており、魔照明による仄かな光が心地よい。
…はずなのだが2人にそれらを楽しむ余裕などあるはずもなく、湯水のように溢れ出るノブリスへの収まらない不快感を吐き続けていた。
「確かに初対面からアレじゃ印象は良くないよね…嫌いでもいいけど一応は世話になる立場だし、いざという時は俺が間に入るから喧嘩はなしで頼むよ」
購入した道具を机に広げ、その仕組みを調べていたエイジャーが宥める。とはいえ先ほどの態度は彼の人間性を加味しても見過ごせるものではなかった。
(俺への態度はいいとして…人の連れまで侮辱するのはあの時以来だな。面倒くさいのはあの時がピークだったし、部下にも慕われてるみたいだけど…)
エイジャーが近しい人間を侮辱されたのはこれが初めてではない。それは遡ること数年前…まだ訓練生だった頃の話。当時から2人の関係は良好とは言えなかった。
いくら腐しても喧嘩を買われることはなく、喚き散らす自分だけが惨めに映る日々。彼と近しい者であれば反応するのではないか…そんな愚かな考えを思いついたノブリスはある日、遊びに来ていたサーヤをスキンシップの激しさを指して「色情魔」と侮辱したのである。
目論見は的中した。いや、的ごと破壊されたと言うべきかもしれない…エイジャーは目に修羅を宿してノブリスに駆け寄ると、胸ぐらを掴んで引き寄せつつ顔面を殴りつけた。
さらに殴る際の遠心力を利用した蹴りで追撃しつつ、体勢を崩したノブリスを張り倒して引きずり回したのである。
周囲の訓練生が止めに入ったのは一連の攻撃が済んでからのこと…あまりに予想外の出来事に誰もが呆気に取られてしまい、ボロ雑巾のようになったノブリスを視界に収めてからだった。
それ以降もノブリスによる煽りは続いたものの、反省したのか決して近しい人物を侮辱することだけはしなかった。殺気を放った際の反応からしてもわざとではなく、思わず出てしまったように見える。
(先に戻っていたアゲハたちも様子がおかしいと言っていた…やはり疑惑の通り何かあったのか?)
─夜分に申し訳ありません。エイジャー様はいらっしゃいますか
…などと考えていると部屋の扉をノックする男の声…ゴルドンと並んで側に仕えていた執事 カーシルがそこにいた。
「ああよかった、少し遅くなってしまったので就寝しているかと…先ほどは坊ちゃまが大変失礼いたしました。わたくしめの頭で代わりになるとは思っておりませんが…この通りにございます」
カーシルは洗練された所作で頭を下げる。ルルは相変わらず威嚇しており、アルジードも多少は熱が冷めたものの、矛を収めるにはまだ足りないといった風である。
「あんたも大変だなぁ…にしてもよくあんなんで中隊長なんかに選ばれたな。団長より上だろ?貴族つってたしコネか?」
「そう考えるのも仕方のないことです。しかし坊ちゃまが貴族だった期間は驚くほど短く、そのようなものに頼れる立場ではございません。…少しばかり昔話をしても?」
今まで貴族という情報だけを知っていたアルジードは興味を持ったのか、静かに頷いて話を促す。カーシルは譲られた椅子に腰掛けると、ベッドに集まった3人を前に語り始めた…
「坊ちゃま…ノブリス・ソルティ様の家系は代々"塩"の利権を握っておいででした。海からとめどなく供給され、料理には欠かせない調味料…他の貴族たちと比較してもずいぶんと多くの富を得ていたようです」
「しかし塩作りは容易ではありません。桶いっぱいの水を運ぶのは男性でも重労働、それも肌を痛めつける塩水…負担は多大なものであり、先々代はそんな彼らを使い捨ててきたのです」
貴族たちは与えられた特権を基に富を生み、王に還元する…その円環に民がいないというのは決して珍しい話ではない。後に王となったエルドラ氏やアルジードの父方を管理していた貴族のような、概ね人としての自由を尊重する方が少数派だったのである。
しかし当時の常識を振りかざしていた貴族たちは、後に大きなしっぺ返しを食らうことになる…それはノブリスの祖父も例外ではなかった。
ヴィドロムによる王政の転覆と抑えつけられていた報復心の爆発…ソルティ家もその波に飲まれ、沈んでいったのだ。
「長年醸成された民の怒りは元凶である先々代と、彼の富で子を成し、幸せに暮らしていた先代に牙を剥きました。必死の懇願により坊ちゃまだけは見逃されたものの…まだ幼かった心に大きな歪みを残していったのです」
話を聞いている3人は貴族との因縁がさほど深くなく、強いて挙げるならアルジードだが、彼は貴族への恨みを継承しなかった側である。
自身も復讐心を糧に生きてきたため真っ向から否定する気にはなれず、しかし肯定もできない民の行動に複雑な心境であった。
「他の使用人が散り散りになる中、わたくしとゴルドンが坊ちゃまの親代わりを務めることになりました。そしていくつかのコミュニティを転々とした末に王都へ流れ着き、本人の希望で騎士団の門を叩いたのです」
「ちょっと待て、あいつが望んだのか…?自分の家族を殺した連中を守らなきゃならねぇ騎士団に?そんな奴には見えねぇぞ」
「アルジード様はなかなか手厳しいですな…仰る通り、彼にとって民はすべてを奪った怨敵です。だから目的は守ることではなく…」
「復讐なのですよ」