アラクネ盗賊団と王都騎士団が繋がっているかもしれない。
副団長だったブラヒムが魔族側についたかもしれない。
そんな疑惑を調べるため技術都市イソーへやってきたエイジャーは疑惑の人物にして犬猿の仲であるノブリスと再会する。
ノブリスは相変わらず喧嘩腰で取り付く島もなく、とてもではないが話を聞ける状態ではなかった。そんな中、彼の側近の1人であるカーシルが部屋にやってきて過去を語り始める…
「復讐のために騎士団に入ったって…そんな奴を中隊長にしてるのかよ!?団長は知ってたか?」
執事であるカーシルによって明かされたノブリスの過去…それは利用していた労働者たちの報復ですべてを失い、報復心を胸に騎士団へ潜り込んだという衝撃的なものだった。
驚愕しているアルジードの質問にエイジャーは首を横に振る。劣悪な関係性を考えればこちらから理由を聞く機会などないし、自ら打ち明けてくる可能性も皆無だったからである。
「ご存知ないのも無理はありません。わたくしも初めて人にお話したことですし、今では御立派に役目を務めておりますから…エイジャー様は我々の部隊の設立経緯をご存知でしょうか?」
カーシルの問いに対し、今度は首を縦に振った。精鋭部隊とされる者たち─通称【ステラナイト】はかつて貴族が個人的に抱えていた用心棒であり、取り壊しになった家から放り出された経緯があること。
そして対外的な箔付けが必要だったとはいえろくに戦えないノブリスを中隊長に推薦し、この地に配属したのは現在疑惑の中心にいるブラヒムなのだ。
「先ほども申し上げた通り、坊ちゃまの思惑を語ったのはこれが初めてでございます。なので当時は偶然とも考えたのですが…最近流れている噂もあり、どうにも嫌な予感がしてならないのです」
「そりゃ明らかに怪しいけどよ…あんたずっと側にいるんだろ?怪しい動きしてたら分かるんじゃねえのか?」
カーシルはアルジードの問いを否定した。私用で拠点を出ることは滅多に無い上に、会合などにも必ず同伴するため見覚えのない者が接触していれば気付くはずだという。
検問があるため不審者は街に入れないし、複数の傭兵が駐在しているため共謀もしにくい…最も近しい者からしても盗賊団やブラヒムとの繋がりは考えにくいものの、主を信じきれていないのも事実だとため息をついた。
「従者として坊ちゃまの判断には付き従う覚悟ではございますが…誰かに唆されているのならば話は別です。わたくしに出来ることがあれば協力させてください」
「もう皆さんにバレてるんですね、俺が探りに来たこと…引き続き側で見守ってやってください、こっちは街でヒントを探してみます」
「…ここだけの話、探りに来たのが他の者だった場合は話さないつもりでした。貴方様ならきっと救ってくださると信じております。…そろそろ明日の準備をしなければなりませんので失礼いたします」
カーシルは椅子から立ち上がるともう一度頭を下げ、静かに部屋を退出した。ルルは退屈に耐えかねてすでに膝を枕に眠っており、ひとまず怒りが収まったアルジードは肩をすくめて問いかける。
「…で、どう動くのさ団長。諜報なら得意だぜ」
「とりあえず街を調べてみよう。カーシルさんが見落としている何かが見つかるかもしれない」
己を嫌う男の真実を探りつつ救ってほしい…各所から寄せられた大きすぎる期待に、エイジャーは気を引き締めるのだった。
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「技長は審査会の準備で面会できません。申し訳ございませんがお引き取りください」
翌日…一行はボッシュのいる研究所"叡智の鱗"を訪れていた。ノブリスと近すぎず、かつこの街を最もよく知る者を考えた時に真っ先に彼が挙がったからである。
しかしそう思い通りにいくはずもなく、秘書であるフェリに面会拒絶されてしまったのだ。
「そういや審査がどうとか言ってたな…タイミング悪いぜ」
「言伝であれば私が承りますが…何かお困りですか?」
アルジードはこの街で起きている技術者の誘拐事件を調べていること、街で怪しい噂話がないか聞きたかったことを説明した。
ノブリスにかけられた疑惑をそのまま説明するわけにもいかないため別件を引き合いに出す…という彼の発案であるが、要するに相手を騙して情報を得るわけである。
どちらもアラクネによる犯行を解明するためだからと苦々しく飲み込むエイジャーに対して、アルジードは慣れた様子で応対している。さすが1人で盗賊を狩ってきただけはあると感心すると同時に、汚れ役を人任せにしている己を情けなくも感じていた。
「誘拐されるのは決まって夜ですがそれ以外の共通点は無いそうです。検問に立っていた傭兵の勢力もバラバラなので手引きも困難でしょう。残念ながら有力な情報は我々も掴めていません」
「そういえば前に戦った人たちは薬?で見えなくしてたよね。あれを持ってたんじゃない?」
アラクネは未知の道具や薬を使って略奪を行っていることが知られている。ルルが言っているのはテンガロンを襲った部隊が使用してきた、囲まれたことにしばらく気付けなかった謎の薬品を指しているのだろう。
結局薬のサンプルは回収できず、用いてきたネンバたちも入手経路を知らなかったために調査は進んでいない。確かにあれを使えば検問を抜けられる可能性はあるが…
「街へ入るには大きな門を開ける必要があるし、吸入させる薬なら影響を受けない内部の人たちは異常に気付くような気もするけど…」
「交戦経験がおありのようですね。本当にどこから入ってくるのか…今後何か分かればお伝えしましょう。騎士団の拠点に伺えばよろしいですか?」
フェリの発言にエイジャーたちは一瞬固まってしまった。特に話した覚えがない、なんなら隠していたつもりの所属についてさも当たり前のように看破されてしまったからである。
彼女も隠し事をしていた一行を咎めるわけでもなく、変わらぬ様子で続ける。
「失礼ながら技長の指示で調べさせていただきました。…どうもあなた達に興味がおありのようで」
─いやぁ悪いねぇ。おかげで君たちを信用できるから許しておくれ
所属がバレた以上は拒否するのも不自然だが、騎士団に共有されるとアルジードの策が無意味になってしまう…どう対応したものか考えていると、奥から片手に栄養ドリンクを持ったボッシュがやってきた。
「先に言っておくけど準備は順調よ。ぼくにも休憩する権利くらいはあるだろう?…さ、いいもの見せてあげるから着いておいで」
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「すっっっっごーい!みんながあんなに小さく見える!」
「いい眺めだよね。外に出られない時も気晴らしができるよう、新しい建材の運用実験も兼ねて建てさせたんだ。大まかな地形が分かれば推理の質も上がるでしょ」
一行は叡智の鱗と繋がっている地下道を通り、資材倉庫を兼ねた展望塔にやってきていた。城でもないのに地上から約25メートルという高さは木や石、レンガ造りの建物が多いこの時代では希少であり、イソーの技術力の高さを証明するには十分すぎる代物である。
歩いていた時も感じていた整備された街並みは上から見ると顕著であり、賽の目状にきっちり揃った景色はまるで几帳面な巨人が建物を並べたかのようである。
ボッシュは驚く3人を満足そうに眺めると、専用の足場に登ってエイジャーと並び立った。
「で、どうよ。何かヒントは見つかりそうかい」
「うーん…意外と死角が多いですね。土地勘のある人間がいれば内部の監視を掻い潜れるかもしれません…ところであそこは?」
エイジャーは街の外れにある、建物の間隔が一際広く置かれている区画を指差した。作業員が何かを確認している他、大きな筒のようなものがあちこちに積まれている。
「あそこは街全体に関わる設備を実験するエリア。何人かの技術者で水道を作ろうって話になって、今は進捗4割ってとこかな」
「水道…?」
「いちいち共用の井戸か川に汲みに行くのって不便でしょ?だから地下に通した筒を各戸へ伸ばして、家にいながら水を汲めるようにできないか試してるんだ」
つまり積み上げられている金属の筒は水道管であり、作業員は配管工事をしているのである。道具だけではなく街そのものを改造して生活水準を上げる…そこらの一般人では到底成し得ない大きな野望に一同は驚くほかなかった。
「実はすでに街の地下と川は繋いであるのよ。今は適切な素材と大きさ、ゴミを混入させない仕組みの研究中ってわけ。実現すれば腰の曲がったおばあちゃんや子供が楽できる世の中になる」
家にいながら水を調達できる魔水栓は確かに便利だが、生み出せる水の量はせいぜい手洗いと軽い喉の渇きを癒す程度である。洗濯や料理に使う分は相変わらず汲みに行く必要があり、その手間と時間は意外と無視できない。
ぼくみたいなチビもね、と笑いながら付け加えるボッシュをよそにエイジャーの顔は深刻で、しばらく何かを考え込んだ後にようやく口を開く。
「…ちなみに地下の水道は普段塞いでるのでしょうか」
ボッシュはエイジャーが言わんとしている事を理解した。水道を抜け道として利用しているのではないかと疑ったのだ。検問と堅牢な門により正面突破は難しい中で浮上した抜け道の存在…それも地下とあれば疑いをかけるのは決しておかしな発想ではない。
「作業工程はぼくの管轄外だけど塞いでないと思う。筒の中もしゃがめば通れる幅だね…でも水門を開ければ一気に水で満たされるから、ここまで泳ぐのはさすがに無理じゃないかな」
「奴らはレプター族を従えていました。もしかしたらガルフィン族の構成員がいるのかもしれません」
事実ロックリフ鉱山の一件でヒバァたちに出会うまで、長年アラクネを追っていたアルジードすらも他種族の構成員がいることを知らなかったのである。
しかし前例を知った以上は警戒すべきであり、ガルフィン族の共犯者がいれば街への出入りに関しては合点がいく。ボッシュもいくらか筋が通っていると判断したようで、口調はそのままに横顔から笑いが消えていた。
「なるほどねぇ…ひとまず配管を塞いで傭兵も配置しよう。やっぱり外部からの意見ってのはいいよね、刺激になる。…そろそろ戻らないとフェリちゃんの眉間が険しくなっちゃうかな」
「貴重なお時間をありがとうございました。こちらも他に手がかりがないか調べてみます」
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「アラクネの侵入経路は抑えたとして…共犯の証拠は掴めないままか」
ボッシュと別れた一行は昼食を済ませた後、さらなる情報収集のため街へ繰り出したのだが…
土地勘も知り合いもほとんどいないイソーの街で貴重な情報を持つ者などそう簡単に見つかるはずもなく、調査は半日にして行き詰まってしまった。
本来こういう時に頼れるのが騎士団のツテなのだが…肝心のトップに容疑がかかっている以上はそうもいかない。エイジャーが組織の繋がりの重要性を改めて痛感していると、隣のルルが何かを閃いたように小さく叫んだ。
「そういえばレイトウコ!もう冷たくなってるんじゃない?見に行ってみようよ」
冷凍庫…エイトという技術者が開発中の保管庫のことだ。昨日マザラ石板に冷気を記憶させ、とりあえず完成に必要なものは揃ったと言っていた。
効果の判定には時間がかかると言っていたが…確かに彼もこの街に暮らす貴重な知り合いである。確信に迫る情報でなくとも噂くらいは聞いているかもしれない。
「ナイスだぜ姫、今日は冴えてるな」
「ふふふ!難しい話ばっかりだから他のことは覚えてないけどね」
褒められて上機嫌、得意気に語っているもののやはり彼女なりに気を遣っているようである。これまで幾度となく葛藤してきた事だが一般人であるルルを組織の都合に巻き込むことに対し、申し訳なさを感じていないわけではない。
せめて楽しみを作ってやれればよいのだが…使えそうな記憶を辿っていくうちに、ロウディとの戦闘でも役に立ったあることを思い出した。
「そうだな…この一件が解決したら調査ルートをいじって、みんなで温泉にでも行こうか」
「ほんとに!?」
「お?団長がサボりの提案なんて珍しい。そういうの嫌がるタイプだと思ってたぜ」
「部隊を持ってた頃も息抜きはしてたよ?やるべき事を済ませてからだけどね…昔みんなで立ち寄ったんだけど、しばらく体温が逃げなくて調子が良くなったんだ」
以前エイジャーが受け持っていたという小隊…時間がある時にしてくれる昔話に何度か登場し、幅広い年齢層で構成されているものの、隊長の気質もあり軋轢はほとんどなく円満だったと聞いている。
王都の壊滅により離籍していたニーナを除いて全滅、遺体を弔うことすら叶わなかったらしいが…かつて立ち寄った地に赴き、その思い出に浸りたいのだろうと察しつつもそこには触れず、いつもの調子で賛成の意を表明した。
「よし、楽しみもできたところで…エイトさんこんにちは〜。冷凍庫が上手くいったか気になって来てしまいました」
─あぁっ!?昨日の親切な!い、今行くからちょっと待っててくんろ〜!…いてっ!
エイジャーが声をかけると工房の奥から、昨日と同じように慌ただしい音が聞こえてくる。そうしてしばらく待っているとやはり昨日と同じように衣服の乱れたエイトが姿を現した。
「…助手つけた方がいいんじゃねえか?」
「いや〜そんなお金はとても…試作機が気になって来てくれたんですね。また散らかってるので裏手から入ってきてくだせぇ」
愛想笑いを浮かべながら髪を整えるエイト。表玄関は片付けからたった1日で見事に荒れ果てており、そのだらしなさはもはや才能であると感心すら覚える。
また片付けを手伝うか迷いながら裏手に回ると、そこには件の冷凍庫が置いてあった。口角が上がったまま戻らないエイトが扉を開けると同時に白い冷気が解き放たれ、容器に入った水が凍りついている…成功だ。
「おかげさまでなんとか審査に間に合いました!こんなに嬉しいことはねぇ…!皆さんにはどんなにお礼をしても返しきれねぇです…」
「おめでとうございます。キャラバンに普及するといいですね。そうだ、実はこの街で起きている技術者の誘拐について調べてるんですが…気になる噂とか聞いたことはありませんか?」
質問を聞いた途端エイトの顔から先ほどまでの笑顔は消え去り、俯いてしまった。そして悔しそうに何度も、何度も腿を叩きながら声を震わせる…
「…オラの知り合いも攫われました。薬品を研究してた優秀な技術者で…痛みや苦しみを一時的に誤魔化す薬ができた、これで手の施しようがない人を穏やかに終わらせられるって喜んでたんです」
一時的に感覚を鈍らせる薬…テンガロンで使われた、気配を感じ取れなくなるそれと方向性が似ている。断定するには情報が足りないものの、ここで育まれた研究はすでに悪用されていると考えたほうが良さそうだ。
「オラ許せねぇんです。この街の人は自分の研究が生活を豊かにする、みんなが余裕を持てば争う気もなくなるって信じて頑張ってきたんです。それを私欲のためにアラクネなんか呼び寄せて…!くそっ!!!」
「すみません、嫌なことを思い出させてしまいました…これ以上皆さんの想いを悪用なんかさせないし、みんなも必ず取り戻します」
「ありがとうございます…それとこれを。ストックの中に紛れてたんですけど、エイジャーさんなら使いこなせそうな気がして」
そう言ってポケットから取り出したのはマザラ石板…それも通常の濃緑ではなく真っ黒で少し小さめ、必ず同じ形で出土するという定説を覆す一品。
いざという時の切り札として残していたが扱う勇気もなく、もう出番はないので遠慮せず貰ってほしいとのことだった。
「なるほど…そういうことなら。審査、頑張ってくださいね」
「早くみんなが使ってくれるといいね!」
石板を受け取り頭を下げ、工房を後にするエイジャーとルル。一拍遅れて踵を返したアルジードは苦い表情をしていたものの、誰にも認識されることはなかった…
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「いやーパイセンが手伝ってくれてマジ助かりんぐ!人手が足りなくてガン萎えしてたとこなんスよ〜…」
その日の夜…拠点にて夕食を済ませたエイジャーは台所に立ち、明日の仕込みを手伝っていた。
食事の用意はケインをリーダーとして数人が受け持っているのだが、この日は担当であるパナンという青年が体調不良につき欠員が出ていたのだ。
出会った頃から料理の腕は確かな男だったが、こうして雑談している間にも裸にされた野菜が次々とカゴへ積み上げられていく…エイジャーも手際が悪い方ではないのだがその差は歴然、調理場を任されるだけの成長を目の当たりにして嬉しく、そして後ろめたくもあった。
「寝床を借りてるからこれくらいはね。それと謝りたいことがあって立候補したんだ。王都に住んでたおばあちゃん、ケインが立派にやってる姿を見たかっただろうに…守れなくてごめん」
ケインの調理スキルは王都で暮らしていた祖母によって仕込まれたものであり、本人もそのことを誇りだと常々語っていたのである。
副団長グレナルドの指示により王都壊滅について責めることは禁止だが罪が消えたわけではない。昨日ノブリスに指摘されたことにより改めて罪悪感を自覚したエイジャーはどうしても謝罪をしたくなり、この状況を作るために手伝いを申し出たのだ。
謝罪を聞いたケインは手を止めて真剣な表情で向き直ると濡れエイジャーの頭を上げさせ、白い歯を剥き出しにして笑いかけた。
「そうやってネガるの悪い癖っスよパイセン!ボスは無理してでも上向いてなきゃ!」
「ケイン…」
「確かにばあちゃんやマミーをやられたのは許せねーけど…パイセンに八つ当たりしてもしょうがねぇ!オレっちやマジボスと違って強ぇんだし、サクッと向こうのボスぶっ倒ちゃってくださいよ!ねっ?」
─本人のいないところで雑魚呼ばわりは感心しないな、ケイン
2人が突如耳に入ってきた声の方向に振り向くと、そこには入口にもたれかかったノブリスが立っていた。相変わらず機嫌が悪そうな顔をしており、問い詰められたケインも青ざめている。
「ボス!?いやっ今のはバカにしてやろうとかそんなつもりはなくて…」
「分かっている、武術の才能がないのは事実だしな。…グラム、話があるから1人だけでボクの部屋に来い。待たせるなよ」
ノブリスは要件だけを伝えると足早に台所を去っていく…ほっと胸をなでおろすケインの隣で、エイジャーは先ほどの表情と要求にただならぬものを感じていた…