Regain Journey   作:G-ラッファ

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前回までのあらすじ

 技術都市イソーに突如現れた巨大な蚕蛾 クレイヴモスは大勢の人を病に伏させた。
 意識が戻らないほどの重症を負ったエイジャーを助けるべく、2人は近辺にあるアルフ族の集落を目指し、その間の護衛をガラナが請け負うこととなった。

 問題はもう1つあった。クレイヴモスの背中に誰かが乗っており、人類から裏切り者が出たという説が浮上したのだ。
 その人物が己を中隊長に引き上げてくれた恩人 ブラヒムであることに確信を持ち始めるノブリスの心境はいかに…




55話 死を免れた者たち

 クレイヴモスの鱗粉により衰弱したエイジャーの治療法を求め、2人は手紙を寄越してきたアルフ族の集落へと歩みを進めていた。

 集落との距離は意外にも近く、街の人間がまず近寄らない森の中にあるという。鬱蒼と茂る木々や草を秘術でかき分けながら、ルルは無意識に早まる足で懸命に地面を踏みしめる。

 

 握られた拳にはキラリと光るもの…眠り続けるエイジャーから勝手に拝借してきた指輪がはめられていた。

 ルルが身に着けていても意味のない代物だが、彼を間近に感じることで精神が安定すると考えたアルジードの提案によるものである。

 

 アルジードは植物たちが道を譲る不思議な光景に感心しつつ、早足に進んでいく彼女をやや後方から追いかけていた。

 背中には大きなリュックを背負っており、中にはケインが持たせてくれた弁当と、薬草を分けてもらった時に後で判別するための箱が入っている。大して重いものではないが、森の中では不便なそれの扱いにやや苦労していた。

 

(にしても姫、だいぶ焦ってんな…団長が起きたら説教してやらねぇと)

 

 悪態をつくアルジードはあの時のエイジャーの選択が間違っていたとは思っていない。通常兵器が効かない相手を前に、魔法も使えない自分を連れて行くリスクを考えたら当然の判断だと一定の理解はある。

 

 それでも自分たちを置き去りにし、その場に居合わせた傭兵と組んだことに不満がないわけではない。役に立てない不甲斐なさと、そう判断された苛立ちは複雑な想いとなって胸にへばりついていた。

 

「…あ、木が反応しなくなった。たぶんここが集落だよ」

 

 いつの間にか立ち止まっていたルルの指が示す先は向こう側が見えないほどに木々が密集しており、自然に配置されたものではないことが伺えた。もっともそれは秘術でかき分けてきたから感じるものであり、ここまで迷い込んだ人間が気付けるとは限らないが。

 

 ルルは届いた手紙の1枚を取り出すと何やら木を見比べ始める…集落への侵入には特定の個体に指示を出す必要があり、その目印を探しているのだ。

 しばらく探した末に記載されていた特徴…赤いどんぐりをつける木を見つけて直接魔力を注ぎ込むと、1本を起点に次々と動き出し1本の道ができた。その奥にはいくつかの小屋が見えており、いくつかの人影も見える。

 

(アルフ族はこんなことが出来るんだな…見た目はほぼ一緒でも別種族ってとこか)

 

「アルどうしたの?早く行こ?」

 

「あ、あぁ悪い。見つかるといいな、団長の治療法」

 

「見つかるよ。絶対」

 

 振り返ったルルの顔からはいつものあどけなさが消えており、瞳の奥には強い覚悟が宿っていた。

 

───────────────

 

「2人とも早いね!まさか手紙を出したその日に会えるとは思ってなかったよ!俺はソラン=サイアミ=アナカリス。これでもここの族長なんだ。よろしくね!」

 

 サイアミー集落へと到達した2人は住人の協力を得て手紙の差出人 ソランの家に招かれていた。長としてはかなり若く、なんともノリの軽い彼により秘境の種族というイメージが塗り替えられていく…

 

 引き気味のアルジードなどお構いなしに両手をいっぱいに広げ、歓迎の意を示すソラン。だがようやく違和感に気付いたようで、わざとらしく顎をしゃくりながら2人を見比べ始めた。

 

「ところでルルちゃんは聞いてた通りだけど…エイジャー君の方は特徴が一致してないような?」

 

「オレはアルジード、別人だよ。理由あってここに来れる状態じゃねえんだ」

 

 アルジードは魔族の攻撃を受けたエイジャーが衰弱していること、治療法が分からないためアルフ族を頼りに来たことを説明した。 

 傍らのルルが解決法を待ち望む中、一通りの事情を聞き終えたソランは小さく唸った後…期待を裏切るように首を横に振った。

 

「え…治せないってこと?」

 

「すぐにはね。初めて見る魔族と症例な上にアルフ族の薬は強い…副作用に耐えられるかどうか」

 

 ソランの言う通り、彼らが処方する薬はアルフ族が服用する前提で作られている。より短命、すなわち代謝の早い人間へ使うには効果が強すぎるのだ。

 人間の服用は以前にも何度か注意されており、ルルもそのことは覚えていた。仮に適切な薬を用意したとして、衰弱した体へそのまま使うのは大きな負担となるだろう。

 

「ここに連れてくれば分かるの?そうすれば治してくれるんだよね?」

 

 ここで引き下がれるわけがない…ソランにずいずいと迫るルルの呼吸は早く、顔には焦りが浮かんでいた。

 

「オレからも頼む、なんなら実験台にしてもいいぜ。とにかく時間がねぇんだ」

 

「仮にサンプルが採れても原因の特定と調整には時間がかかる。そこまで進行が早いとおそらく…だけど望みが無いわけじゃないよ」

 

「ほんとに!?どうすればいいの!?」

 

「顔近っ…あくまで可能性だよ。ルルちゃん、その指輪の持ち主が誰だったかは聞いてる?」

 

 ルルは質問の意図が分からないながらも頷いた。これは旅を始めたごく初期に出会ったマリーという女性から預かったもので、元々は彼女の夫であるアーサーがお守りとして身に着けていたものである。

 魔族の毒により長年体を蝕まれ、限界を悟った彼が置いて行ったものと聞いているが…

 

「あれ…?魔族の毒?」

 

「気付いたみたいだね。手紙を出した時はそんなつもり無かったんだけど…似たような経緯で苦しんだアーサーさんが生きてるかもしれないんだ」

 

 ソラン曰く、一族の資料には毒を扱う魔族の記述自体が存在しないという。患者が増え続けているのも普通の治療法が意味をなさないからであり、そんな特殊な魔族が何体もいるとは思えない。

 ゆえにクレイヴモスこそがかつてアーサーを襲った魔族ではないかと推察したのだと。

 

 そんな彼がまだ生きているのならば治療法が存在し、自ら発見・実行した可能性が高い。何よりアーサーらしき人物を見たのが昨日…まだ近くにいるかもしれないのだ。

 

「ずいぶん荒れてたし無視されちゃったけど…間違いなくアーサーさんだったよ。今は女の子を連れてるみたいだ」

 

「アーサーを殺った魔族があいつで、でも実は生きてて、たまたま昨日見かけた、か…」

 

 解決の糸口を見つけてはしゃぐ2人に対し、あまりにも都合の良い解釈と展開にアルジードの眉間には皺が寄ったままだった。何かの罠なのではないか、と。

 

 とはいえ他にアテもなく、希望が見えたことによりいつもの調子を取り戻しつつあるルルに冷水をかけるのは酷である。ここは一旦、脳裏をよぎる様々な反対意見を飲み込むことにした。

 

「アーサーらしき男を探すとして…どうやって探す?まだ森にいるとは限らないだろ」

 

「匂いを辿るのさ。君たちが持ってきてくれた"それ"が道標になるはずだよ」

 

 そう言ってソランはルルが着けている指輪を指し示す。イヌバトの嗅覚を利用するというのだ。

 彼らはある程度昔の匂いも判別することができるようで、手紙を運んできた個体は苦戦しながらもなんとか嗅ぎ分けると、ソランに追跡可能を伝える勇ましい鳴き声をあげた。

 

「場所が分かったみたいだね。ここから少し離れてるけど十分追える距離みたいだよ」

 

「アル!早く行って治し方を教えてもらわないと!」

 

 ルルは立ち上がるとものすごい力で腕を引いて立ち上がらせようとしてくる。さも当然のように鳥の言葉を理解していることに疑問を抱いている暇はないようだ。

 2人が出発に向けた準備をしていると、ソランは棚から2つの小瓶を押し付けてきた。1つは透明でさらさらとしており、もう片方は青く粘り気のある液体である。

 

「透明な方が体力、青い方が魔力を回復させる薬だ。本当に策が尽きた時だけ使ってくれ」

 

「ありがとうソラン!行ってくる!」

 

「エイジャー君が元気になったらまたおいで!その時にもう1つの用事を伝えるから!…行っちゃった」

 

 久しぶりの笑顔を見せたルルはぺこりと頭を下げ、駆け足で集落の出口へと向かっていく。届いたか分からない叫びの反響が消え去った頃、名残惜しそうに自宅へと帰っていくソランは振り返ってぽつりと呟くのだった。

 

「あの子が身に着けてる古いネックレスのこと、やっぱり先に伝えるべきだったかなぁ…」

 

────────────────

 

─あと1人はどこへ行った?絶対に逃すなよ!

 

 ここは十数年前のとある山中…大木の下に広がる小さな洞窟の中で、傷ついた少年と初老の男性が身を潜めていた。

 

 初老の男性…カーシルは破いたシャツで患部を縛り、幼い主人…ノブリスを止血する。2人の体には逃げる途中で負った傷が刻まれており、慣れない全力疾走に耐えかねた足は特に状態が悪かった。

 

 反王政を掲げる組織"ヴィドロム"が起こしたクーデターは王都を混乱に陥れ、人々の抑圧されていた報復心を急速に成長させた。暴力は民を軽んじてきた各地の貴族たちに牙を剥き、それはたくさんの血が流れたという。

 

 それはソルティ家も例外ではなかった。彼らはまず貴族の立場が危うくなり、忠誠心が揺らいだ数人の使用人を仲介人を通して買収した。あんな暴君たちと死ぬことはない、主が死ねば裏切りを問われることもない、と。

 

 買収された者たちは主人に嘘の亡命計画を提案。世帯ごとに逃がすことで用心棒を分散させつつ、罠を仕掛けたルートへ誘導したのである。

 

 海路での逃亡を図った祖父母は岸へ近付いたタイミングで火炎瓶を投げ込まれ燃える船とともに沈没、古株の用心棒たちを巻き込んで海の藻屑となった。

 

 陸路で逃げた両親は崖上からの落石により母親が即死、重症を負いつつも息のあった父親は待機していた者に撲殺された。

 

 そして落石の際にたまたま身を投げ出されたノブリスと教育係のカーシルは歪になっていく父親を見捨てて森へと逃げ込み、今に至る。

 

「ねぇカーシル…父様も母様も優しい人だった。それなのにどうして…どうしてこんな目に遭わないといけないの?」

 

 貴族の子として何不自由なく与えられ、裕福に育ってきたノブリスが初めて向けられる人間の憎悪…両親を惨殺されるという過酷な現実を受け入れられるはずもなく、カーシルは今にも壊れそうな小さい体をただ抱きしめた。

 

「我々が享受していた幸せの下にいる無数の人々…その歪な関係が崩れたのですよ坊ちゃま。あなた様は何も悪くありません」

 

─そうでもないんですよ、坊ちゃん

 

 洞窟の入口に立つ声の主…日光と海水でボロボロになった肌を晒し、屋敷に飾られていた剣を手に持つ元労働者 ゾウロは憎悪に満ちた声で言い放った。

 

「こんなところに身を隠すとは惨めですねぇノブリス坊ちゃん。綺麗な屋敷でヘラヘラしてた頃が嘘みたいでしょう!なあ!?」

 

「ゾウロ…まさか坊ちゃまにまで手をかけるつもりですか。復讐はもう済んだでしょう」

 

 ここは洞窟、退路はない…庇うように位置取りつつ睨みつけるカーシルなど恐れるに足らず、ゾウロは引き連れた仲間に合図をするとその場に座り込んでしまった。根比べをしようというのだ。

 

「坊ちゃま!我々の気分がいいうちに出てくれば苦しまずに死ねるかもしれませんよ?」

 

(なんと悪趣味な…!出口はあそこだけで逃げ場はない、素手のわたくしではまず突破できないでしょう…それでも坊ちゃまをお守りせねば!)

 

「ここはわたくしが注意を引きます。おそらく1分も稼げないとは思いますが…なんとかお逃げください」

 

「カーシル…!?何言ってるの!そんなのダメだよ!」

 

 カーシルの選択…それは勝ち目のない戦いを挑み、命と引き換えに数秒を稼ぐことだった。

 降伏したとて先に待つ未来は明白。それならばソルティ家の従者として、何よりひとりの人間として幼いノブリスを未来へ繋ぐ最期を選んだのである。

 

 そんな覚悟を聞いたゾウロたちはしばらくの沈黙の後に吹き出して笑うと、取り巻きの1人に命令して空へ発砲させた。全く無意味なその行為は優位性を示し、2人の心をへし折るためのものである。

 

「"おまけ"が偉そうに…おい!こいつら引きずりだすぞ!忌々しい血をここで絶やせ!」

 

(出口は完全に塞がれてしまった!それでもなんとか…なんとかせねば!)

 

 スーツの袖を引っ張られながらも踏ん張り、主人を危険から遠ざけるため奥に追いやるカーシル。万事休すかと思われたその時、自分たちに向けられたものではない銃声が鳴り響いた。

 

「なんだ!?一体どこから…」

 

「ハァ…坊ちゃまはそこか…そこにいるのかと聞いている!!!」

 

 血に塗れた大男…ゴルドンは雄叫びをあげると銃床で追手たちの顔面を次々と砕き、地面に叩きつけていく。落石に巻き込まれた彼もまた一命を取り留めており、死亡確認のために近付いてきたところを返り討ちにして追いかけてきたのである。

 

 ゴルドンの寡黙さはソルティ家の関係者ならば誰もが知っているほどに有名であった。そんな彼が豹変し、修羅のごとく暴れる姿に復讐者たちは完全に気圧されている。…強い報復心に駆られているゾウロを除いて。

 

「チィッまだ生き残りがいやがったのか…だがいくら化け物でも死に損ない!剣の間合いに入った以上はおま─」

 

 ゾウロの一振りは空を斬り、気が付けば視界には後方が映っていた…銃を捨てて回り込んだゴルドンの驚異的な腕力により、認識よりも早く首を捻られたのである。

 ゴキリ、という鈍い音を立てて崩れ落ちた体はバタバタと暴れた後に沈黙、格の違いを知った生き残りたちはゾウロを見捨て一目散に逃げてしまった…

 

「坊ちゃま、カーシル殿。もう敵はいません。出てきても大丈…っ」

 

 緊張の糸が切れたゴルドンはその場に倒れ伏す。落石により頭を強打し、腕や背中にも決して軽くない傷を負った彼の体は本来戦える状態ではなく、限界を超えて暴れた反動で急速に衰弱してしまっていた。

 カーシルも懸命に止血を試みるが2メートル近い巨体である。自らの服を犠牲にするにも圧迫にはまるで足りず、人里へ往復する時間などない。

 

 復讐者たちの不潔なボロ切れに手を出すことが頭をよぎったその時…ノブリスは自らのシャツを真っ二つにした。

 

「いけません坊ちゃま!そのような姿を…」

 

「命令だ!これを使ってゴルドンの血を止めろ!早く!」

 

 カーシルは幼い主人の命令に従った。傷だらけの裸体を晒し、生き延びるために足掻く3人の姿は惨めだった。それでもすべてを失った先に見つけた、主従を超えた絆への誇りを糧に必死に足掻く。生き延びるために。

 

 しかし不幸は重なるものである。止血を終え、助かる見込みが生まれたことに安堵したのも束の間─先ほど逃げていった者とは別の男たちが森に入ってきたのである。

 

(そんな…運命はまだ我々を追い詰めるというのですか)

 

 立ち去ってほしいという願いも虚しく、男たちはこちらを認識してまっすぐ向かってくる。ゴルドンはもう動けず、あの集団を突破するのは不可能。逃げようにも隣のノブリスは絶望で脱力し、とても走れる状態ではない…

 これまでなんとか己を奮い立たせてきたカーシルも、三度目の窮地にすっかり心が折れてしまっていた。

 

 見覚えのない男たちは3人の元へ到達すると立ち止まり、首が折れた状態で転がっているゾウロと他の復讐者たちを見て目を細めている。

 同志をやられた彼らの怒りが爆発する前に動くしかない…様々な案が瞬時に浮かんでは消えていく中、カーシルが最終的に選んだのは─地面に頭を擦り付けることだった。

 

「どうか坊ちゃまだけは…見逃していただけないでしょうか」

 

 家という枠組みを失ってもなお主を逃がすために己を投げ出す…絶望の中でもなお自己犠牲を貫く彼を見て、ノブリスも頭を擦り付けた。

 

「ボクが死ねばこの2人は関係なくなるんだろ!?殺すならボク1人だけにしろ!いや…してください」

 

「いけません!わたくしを殺すのです!さあ!」

 

 それぞれが自らの命を対価に見逃すことを懇願する地獄のような光景。追手の先頭に立つ男はそんな2人を苦々しい表情で睨みつけたあと服に手を伸ばし…ため息をついて上着を投げ渡した。

 

 男は何が起きたか分からず混乱する2人をもう一度見つめたあと、仲間を引き連れて森を後にする。こうして最後の最後に天が味方したノブリスたちは生き残り、各地を放浪することになるのだった。

 

 

「…いくら忌まわしい貴族の血が流れてるとはいえ、子供の土下座は気分のいいものではありませんね、リーダー」

 

 副官にリーダーと呼ばれ、3人に上着を投げ渡した男…キデルは小さく頷いて同意を示した。

 

 彼らは圧政に苦しんでいた民の報復を手助けする、自らを"リリーサー"と名乗る革命組織である。王政の命で行った数々の暴虐により心を擦り減らし、クーデターより前に足抜けした元王国軍の集まりだ。

 

 "旧王政の破壊と民の解放"を信念に活動する、言ってしまえばテロリストである彼らにも信念があった。それは協力するのは特に悪辣だった貴族に対してのみ、子供や使用人は見逃してやるというものである。

 

 ソルティ家にはまだ幼い子供がいることを知っていたキデルは彼と、その使用人だけは見逃すことを条件に手を貸していたのだが…

 あの時目を細めていたのは誓いを破り、子供を追い詰めた挙げ句に殺されたゾウロへの軽蔑の視線だったのだ。

 

(ゾウロ、お前もかつては人の親だったはずだ…道を誤った罰が下ったな)

 

「いいか!我々"リリーサー"は力なき者の味方!弱者を蹂躙するだけの蛮族とは違う!それを忘れるな!」

 

「「「「「「サー!」」」」」」

 

 組織の方針を今一度伝えたキデルは次なる解放に向け森を離れていく。しかし彼らが信念に基づいて見逃していたこと、そしてリリーサーがどうなったのかを知ることはなかった…

 

・ ・ ・

 

・ ・

 

 

「ん…またあの時の夢か」

 

 会議を終え、拠点に戻ってきていたノブリスはうたた寝から目を覚ました。あの日の夢はこれまで何度も見ているが、やはり気分のいいものではない。

 途中まで決めていた警備の配置スケジュール表は脇に移動されており、背中にはタオルがかけられている。どうやらここに入ってきた人物は起こしてくれなかったらしい。

 

「お目覚めになりましたか。ちょうど茶葉が蒸れたところにございますが…いかがなさいますか」

 

 寝起きで霞む視界を慣らしていると夢の中で聞いていた声…夕食前の一杯を用意するカーシルがそこにいた。

 ノブリスは紅茶と、若い衆が趣味で作ったジャムを口へと運ぶ。ジャムの甘酸っぱい風味が脳を叩き起こし、やや熱めの紅茶が体を活性化させる。

 

 聞けばエイジャーの様態は依然として悪く、仲間2人は治療法を探しに出かけたまま戻っていないようだ。

 室内には自分とカーシルのみ、いつもならば執務が一段落し、ようやく訪れる憩いの時間…だが今日は妙に居心地が悪く、落ち着かなかった。

 

 クレイヴモス襲撃に関する会議は散々だった。無事な団員が多いことをガルダから臆病者と揶揄され、ブラヒムの存在も気付かれつつある。

 

 技長がこちらに向けていた視線は何かを察していたようだし、そうでなくともエイジャーが目覚めればすべてが明るみになるだろう…

 容疑がかかっている人物の関与を知りながら隠蔽し、そのためにアラクネへの追撃を疎かにした…己が招いた事態とはいえ、どんな報いが待っているかはおおよそ検討がつく。

 

 ノブリスは愚かな選択を自嘲気味に笑うと、傍らのカーシルに振り返った。重ねてきた苦労は皺として刻まれており、あの頃と比べてすっかり年老いている。

 

「なぁカーシル…お前もずいぶん皺が増えたな。そろそろ隠居してもいい頃じゃないか?」

 

 刻一刻と迫る破滅の時に彼を巻き込む必要はない…そんな思いからふと漏れた提案をカーシルは首を横に振って拒絶し、穏やかな眼差しを向けながら我が子を諭すように語りかけた。

 

「わたくしは坊ちゃまの選択にどこまでも着いていく覚悟にございます。それがあの日拾った命の意味だと考えております故」

 

 彼が隠し事を察知し、エイジャーたちに協力していることは薄々勘づいていた。それでも見逃していたのは親の代わりに育ててくれた者として咎めて欲しかったのかもしれない。

 しかしカーシルが見せた忠実な従者としての覚悟にガッカリすることはない。どちらも正解で、どちらも嬉しいものだからだ。

 

「自らの考えを表に出すことはありませんが…きっとゴルドンも同じでしょう。3人が揃えば何度でもやり直せますよ、坊ちゃま」

 

「…悪いな」

 

 ノブリスはそれだけ言うと再び執務に集中する。本格的に日が落ち始め暗くなった部屋を魔照明と、カーシルの温かい眼差しが包み込むのであった…

 

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