Regain Journey   作:G-ラッファ

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前回までのあらすじ

 手紙をもとに訪れた集落の長ソランから助かる見込みが低いことを告げられる2人。一方でエイジャーが持っている指輪の主、アーサーが生きているかもしれないことを知る。
 状況が似ていることから彼が治療法を握っている可能性を示唆された2人は目標をアーサーの捜索に変更するのだった…





56話 魂の少女

 

「カシラ、あの手紙の通りでした!街に魔族がやってきてこう…粉をぶわーっと撒き散らしてやがったんです」

 

 ここはアラクネが占領するとある旧施設郡…ノブリスの部隊による掃討作戦から逃れた構成員たちの避難先に知性を感じない男の声がこだまする。

 逃亡の際に持ち出した兵器を磨く髭面の男…ロウンは受けた報告に顔も向けず、机に置かれた駄賃を持っていくよう催促すると、手下は目を輝かせて懐に捩じ込んだ。

 

「緊急の連絡網を使ってきた見覚えのねェ筆跡の警告書…今回の賭けはオレたちの勝利ってわけだ」

 

「さすがカシラっす!厄介な傭兵どももだいぶ減ったみたいですし、ここは一気に…」

 

─ドシュン!

 

 荷物持ちとして幹部とともに逃亡し、偵察に出ていた手下のおべっかはロウンが持っていた兵器によって遮られた。

 風穴の空いた体を塞ぐ暇もなく絶命すると、他の手下たちが死体を外へ運んでいく…その所作は手慣れており、他の幹部たちも我関せずといった風である。

 

「これで許されると思ったか?警告書を置いてきやがってバカが…てめぇのせいでここに転がり込むハメになったんだぞ」

 

─おー怖い怖い…とても逃げてきた者の態度じゃないねェ

 

「…見てやがったのかマビン。相変わらず気色の悪い野郎だ」

 

 癖のある髪を後ろでまとめた男…このアジトの主であるマビンは両手を大げさに広げながら、同僚の蛮行をからかうような表情を浮かべながら姿を現した。

 

「おいおい人の家を汚しておいて詫びもなしかィ?社会性のない機械マニアはこれだから好かねェや。なあお前たち?」

 

 マビンの呼びかけに手下たちが笑って答える。その誰もが薄っぺらい笑みを顔に貼り付けており、反対にロウン側の幹部たちは苛立っていた。

 ロウンは手を挙げて手下たちを無言で宥めると、懐からイソー周辺の地図と侵入路が書かれた地図を取り出した。

 

「今回のヤマで得られるものは大きいぜ、それで充分だろ。お前たちは地下から攻めろ。内通者には話を通してある」

 

「…ま、最近はウチも景気悪いしそれでいいかァ。こっちは陸路で資源を奪う、おたくらは空から技術者を拐う…で合ってるだろ?」

 

「ああ。間違ってもガキなんざ持ってくるなよ?そんなものはいくらでも他所で盗れるからな」

 

 釘を刺されたマビンは肩をすくめた。彼らが生業としているのは人身売買…それも変態向けに少年少女を卸している生粋の外道である。

 彼らの嗜好もそちらに偏っているが故に質がいいと評判だったのだが、最近は買い手が見つかりにくくなっており、金に困っていたのだ。

 

「イソーには日没後2時間のタイミングで攻め込むから準備しておけ。…先生、あんたもな」

 

 ロウンは部屋の一角で整備をしているイングを睨みつけた。彼はイソーから誘拐してきた技術者の1人であり、街に残された家族の安全と引き換えに兵器の開発を強要されている。

 

 現在彼が整備しているのは作戦の要となる、個人単位での飛行を可能とする兵装"マギローン"である。これはアラクネが持つ設計図をもとに作成されたものであり、イソーにも存在しない先進的な一品だ。

 

「問題なく飛べるようにしているよ…本当に私の娘たちには手を出さないんだろうな!?」

 

「俺たちは盗賊だぜ先生。モノの価値と使い方はよく分かってる…アンタが価値を示す限りは尊重するさ」

 

 彼の言う通り開発を強要されている以外は暴力を振るわれることもなく、食事も幹部と同じものが提供されている。かつてのアジト内であれば好きに動いても良いなど配慮はされており、悔しいが反抗するリスクを取る勇気はなかった。

 

「もうすぐ仲間が増えて賑やかになるぜ先生。…お前ら!拐う技術者の特徴を頭に叩き込んでおけよ!」

 

─おう!!!!!!

 

 大きな作戦を前に昂ぶる盗賊たち。弱り果てたイソーの街にはさらなる脅威が訪れようとしていた…

 

───────────────

 

 手紙の主ソランと出会った2人は指輪の本来の持ち主にして魔族の毒を克服した男 アーサーを追っていた。

 イヌバトは見失わない距離と高度を保ちつつ上空から匂いを辿ってくれている。外に出ないアルフ族がこのような使い方をする事はないはずだが、臨機応変に対応できるほどには知能が高いらしい。

 

 2人が森を抜けて向かう先には旧王国軍の拠点跡がある。かつてアラクネが使用した地下壕はそのさらに先に設置されているが、現在はどちらも訪れる生者はおらず、自然の一部となる時を静かに待っていた。

 

─バウック〜!

 

「サンキュー助かったぜ。あとはこの辺にある跡地を探せってことだろうが…嫌な空気してんなぁ」

 

 イヌバトはアルジードの肩に止まると一鳴きしてナビゲートの終了を告げた。アルフ族の集落ほどではないが木々が茂る林は見通しが悪く、日が落ちかけていることもあっていかにも"出そう"な雰囲気を放っている。

 

 魔法が精霊によるものという通説が根付いているこの世界において、目に見えない霊的な概念を信じる人は多い。ゆえに大きな戦いがあった場所だとか、棄てられた居住地などに底知れぬ恐怖を感じる人間が大多数である。

 

 アルジードはある程度耐性があるものの、エイジャーの気遣いでこのような場所を通ってきていないルルは何かを感じ取り、いっそう警戒しているようだった。

 

「そういや昼飯も食わずに歩きっぱなしだな…ちょっと休憩するか?」

 

「…大丈夫。早く見つけたいから」

 

(健気だねぇ…)

 

 彼女が無理をしていることは明らかで、大好きな食事の提案で気を和らげる試みは失敗に終わってしまった…ここに長居したくないアルジードもそれ以上の問答はせず、捜索を始めようとしたその時─

 立地によるものではない、生物が放つ異質な気配を感じ取ったアルジードは静止し、あたりを警戒する。

 

「…魔族?」

 

「どうだかな…人間の出す殺気とも違う感じだ。逃げる準備はしといてくれ」

 

 いつでも全身の暗器を取り出せるよう集中しつつ、久しぶりの戦闘で鈍っていた勘を一気に引き戻す。じわじわと濃くなっていくただならぬ気配を纏いながら現れたのは…1人の男だった。

 うなだれていて表情が見えない男は赤混じりの金髪を無造作に伸ばし、腰にはファルシオンと呼ばれる幅広の剣が携えられていた。それは事前に聞いていたアーサーの特徴と一致する。だが─

 

(なんだこの嫌な感じ…本当に人間か?)

 

 探していた人物が向こうからやってくるという都合の良い展開にも関わらず、心に喜びの感情は湧き上がってこない。特徴は確かにアーサーと一致する一方で、本能が警告を鳴らし続けているのである。

 

 アルジードはルルを後ろに隠しながら、臨戦態勢を解かぬまま声を張り上げた。

 

「あんたがアーサーか!?聞きたい事がある!」

 

「…」

 

「…話すのは苦手か?とりあえず殺気を解いてくれ、こっちも警戒しちまう!」

 

 男は呼びかけに一切反応せず、独特な空気を放ったままである。やはり何かの罠だったかもしれない…そんな考えが脳裏をよぎる中、偶然踏み折ってしまった枝の音が周囲に鳴り響く。

 ようやく反応した男のあらわになった顔を見て衝撃を受けるアルジード。だが彼の視線はその奥…ルルの着けている指輪に向いていた。

 

「…姫!逃げろ!『プリズンウォール』!!」

 

「ヴヴゥゥ…!!!!」

 

 アルジードが声を張り上げるのと同時に男が踏み込み急接近する!ルルを狙った一太刀をあやとりのように展開した鎖の壁によってなんとか受け止めると、その正体を見極めるべくあえて攻防戦を続行した。

 

 顔を突き合わせ、より鮮明となったことで男の異常さを再認識した。結膜は黒く染まり、角膜は深い紫に妖しく光っている…それは明らかに人間の持つ瞳ではなく、彼が異型である何よりの証拠だった。

 

「いきなり攻撃とは行儀が悪いんじゃねえのか…よっ!!」

 

 距離を取るべく蹴飛ばした腹は異常なまでに深く沈み込み、薙ぎ払った感触も体格に対して明らかに軽い…

 不自然な体はまるで臓器が入っていないかのようであり、倒れ込んでも痛がる様子を見せず、この世ならざる瞳でこちらを睨みつけてくる。

 

 完全にこちらを敵と認識した事を察したアルジードも殺意を解放し、あたりは肌で感じられるほどのプレッシャーに包まれていた。

 

「アル!私も手伝うよ!」

 

「姫はいざって時のために魔力を温存!連れの女が近くにいないか探してみてくれ!遠くには行かないでくれよ!」

 

 眼前の彼がソランたちの言うアーサーであるならば少女がどこかにいるはずである。そして異常な体の秘密についても何か知っているはず…とっ捕まえて攻略の糸口を聞き出そうと考えたのだ。

 

 アルジードは手始めに『スティールチェーン』で手に持った武器を奪うべく高速で鎖を射出する。しかし剣を咄嗟に投げられたことで狙いは外れ、鎖も振り下ろしによって対処されてしまった。

 

(スティールチェーンを捌きやがった…!普段はボケっとしてんのに戦闘行為だけやたら機敏だしどうなってんだこいつは)

 

「ヴヴゥゥ…ッ!」

 

 男は投げた剣を掴むと同時に逆手持ちに移行、そのまま一直線に突っ込みながら横一線の斬撃を繰り出した。動きの速さもさることながら、ファルシオンという大きめの剣を逆手で振るえることから腕力も常軌を逸しているようである。

 

 アルジードは腕に巻き戻した鎖で斬撃をいなすと横っ腹に蹴りを見舞った。体の構造は未だ不明なものの、腹部と重量が弱点と判明している以上は狙わない理由がない。

 攻勢はまだ終わらない。男が大きくよろけたのを確認すると近くの木を蹴って飛び上がり、足に首を引っ掛けて地面へと叩きつけた。『レシャリ』だ。

 

「今のうちに拘束させてもら…うおっ!?」

 

 顔面から叩きつけられて無事な者はいない…そんな常識から来るわずかな油断は反撃の回避を一瞬遅らせた。男はやはり痛みを感じていないかのように即座に体勢を立て直してみせたのである。

 そして驚くべきはそれだけではなかった。なんとレシャリの衝撃によって折れた鼻が、ゆっくりではあるが徐々に再生しているのだ!

 

(とんでもねぇのに絡まれたもんだぜ…こんなのに構ってる暇はねぇってのに)

 

 魔力を用いた何かしらの技術に見えるが予備動作は見受けられず、相手はそもそも明確な意識があるのかすら微妙な状態である。

 考えるだけ無駄な存在と判断したアルジードは向かってくる男に火薬玉を投げて再び距離を取り、強引に体勢を立て直すのだった。

 

─────────────────

 

「ここにもいない…早くしないとアルとエイジャーが危ないのに!」

 

 アルジードが謎の男と一進一退の攻防を繰り広げる中、ルルは共に行動しているはずの少女を探していた。手には仄かに光を放つ花"ヒカリリス"を秘術で異常発達させたものが握られている。

 

 棄てられた拠点跡には大小いくつもの建物が並んでおり、倒壊していたり、植物で立ち入ることができないものもある。暗い上にあまり時間がない中での捜索は焦りを生み、苛立ちからグルグルと喉を鳴らし始めていた。

 

─バウック!バウック〜!

 

 次の建物に向かおうとしたルルを止めるべく、肩に止まっていたイヌバトが激しく羽ばたいて何かを伝えようとしてくるものの言葉が分からない。  

 伝わらない相手であると察したイヌバトはルルの服を引っ張っていき…建物の横に備え付けられた、かつて道具を保管していた倉庫の前で足を離した。

 

「ここを開けろってこと?人なんていないと思うけど…」

 

─バウック!ホッホー!

 

「も〜分かったよ!開けるから蹴らないで!よいしょ…っ!」

 

 錆び付いた扉は存外軽く、普段は非力なルルでも簡単に開けることができた。少し奥まった倉庫をヒカリリスで照らすとそこには…

 

「…っ!いや…!あっち行って…!」

 

 倉庫の奥で縮こまりながらも、こちらに恐怖の眼差しを向けながら必死に抵抗しているのは陰鬱な空気を纏った少女だった。

 浅葱色の髪は傷んでおり、ずいぶん前から着ているであろう服はかなりくたびれている。外見からしておそらく10代前半だが見窄らしい容姿も相まって、歳不相応な悲壮感が漂っていた。

 

「何もしないよ!それよりあそこで戦ってるのはアーサーだよね?」

 

「…おじさんの名前は分からない。あなたは知りあいなの?」

 

「私も会ったのは初めて。…時間がないから教えて、魔族にやられたアーサーがなんで生きてるの?」

 

 焦りから相手の名前も聞かずに鬼気迫る表情を浮かべ、答えを催促するルル。対する少女はどう答えたものかしばらく悩んだ後…怯えながらも呟いた。

 

「あなたがアーサーと呼ぶあの人は…もう死んでるよ」

 

 死んでいる。

 

 死んでいる?

 

 なぜ死人が動いているのか。

 

 それを知るこの少女は誰なのか?

 

 話を聞いたのがアルジードならばこのように考えるだろう。だが目の前にいるのはルルであり、そんな事は頭の隅にすら存在していない。思い浮かんだことはただ1つ。それは…

 

「エイジャーを治す方法は…ないってこと?」

 

 他にアテはなく、見つけたとしてもあの進行速度ではもう間に合わないだろう。選択肢が薬を使った相当に分の悪い賭けのみになってしまったルルは膝から崩れ落ち、瞳からは輝きが消えていた。

 

(えっと…エイジャーって人が死にそうで、おじさんが助け方を知ってるかもしれないのかな)

 

 目の前の人物が自身を傷つける存在ではなく、何やら逼迫した状況であることを察した少女は立ち上がると、ぼろぼろの手をルルに差し出した。

 

「生きてた頃のおじさんを知ってるあなたならもしかして…私はオーディア。手伝ってほしいことがあるの」

 

───────────────────

 

(この野郎…オレとの戦いでカンを取り戻してんのか?)

 

 ルルが連れの少女オーディアとの接触に成功しとある提案を投げかけられる中、アルジードは周囲に意識を向けられぬほどの苦戦を強いられていた。

 

 はじめは操り人形のようだったこの男、時間が経つにつれて立ち回りが複雑化してきているのだ。

 蹴りは足の動きを見て回避し、火薬玉を取り出せば防御の姿勢をとる…明らかにこちらの意図を読んだ上での行動を取るようになっている。

 

 厄介なのはそれだけではない。持ち手の左・右・順・逆をコロコロ変えながら斬りかかってくる上に、そのどれにも目立った隙がない。

 ナイフのような拳に近い使い方ができる武器ならまだしも、両手剣でやってのけるのはまさしく化け物…アーサーの攻撃を捌きながら劣勢に甘んじるアルジードの頭の中では1つの疑問が浮かんでいた。

 

(こいつ…下手したら団長より強いんじゃねえか?)

 

 右の順手で防がれれば即座に左の逆手で掬うように斬り上げ。

 

 左の逆手も対処されればくるりと回って右の逆手で刺突。

 

 それも通用しなければ両逆手に持ち替え力ずくで隙を作り。

 

 よろけたところに両順手で一閃…

 

 大きな剣のスイッチングは視線誘導の効果もあって非常に対処が難しく、仮に足技も絡めてこようものなら一気に形勢を崩されかねない…

 

「マジで何者なんだよこいつは…やべっ!?」

 

 そんな紙一重の攻防の中、アルジードは疲労から生まれた一瞬の隙を突かれて大きく体勢を崩してしまった。容赦なく剣を振りかぶるアーサーの姿に死を覚悟したその時─

 

─アーサー!!!止まって!!!

 

 いつの間にか姿を消していたルルと浅葱色の紙の少女が物陰から姿を現し、彼の生前の名前を叫ぶ。するとアーサーはピタリと動きを止めて2人の方角へゆっくりと振り向いた。

 

「今のうちに捕まえて!」

 

「…おう!『アイアンメイデン』!!!」

 

 指示を受けたアルジードは即座に鎖を展開して拘束する。相手は体が再生する異型…容赦などあるはずもなくより強く、千切れる勢いで縛り上げられた手足は一切の反抗を許さない。

 

 アーサーがバランスを崩して倒れ込み安全であることを確認すると、少女を連れてやってきたルルは指輪を眼前に差し出した。

 

「オーディアから聞いた。もう死んじゃってるし何も覚えてないって…でもこの指輪を見て襲ってきたよね。大事なものだったって分かるんでしょ?」

 

「ヴヴ…!!!」

 

「おじさん、今すぐ思い出して。お父さんたちに蘇らせてもらうまでのこと…この子の大事な人が危ないの」

 

 説得を試みる2人だが言葉が通じているようには見えない。その間もアーサーは拘束から抜け出すため、凄まじい力で抵抗を続けながら指輪を睨みつけている。

 時間だけが過ぎていく中、これまでうめき声しか出さなかったアーサーが何やら違う言葉を発していることに気が付いた。その言葉は…

 

「マ゛…リ゛…」

 

「マリ…?もしかしてマリーさんのことを覚えてるの!?」

 

「マ゛…リ゛…!」

 

「これはマリーさんから預かったの!森の中でアーサーが帰ってくるのをずっと待ってる!だから思い出して!また会いたいでしょ!?」

 

「マ…リー…マリー…!!!ヴア゛ァァァァ!!!!」

 

「なんて馬鹿力だよこいつ…!2人も抑えるの手伝ってくれ!」

 

 紫の瞳を大小させながら、痙攣したように激しくのたうち回るアーサーと鎖を離さないよう必死に抑え込む3人。しばらく暴れた末にぐったりとしたアーサーにオーディアが慌てて駆け寄ると、今までずっと屍のようだった表情に生気が宿っていた。

 

「おじさん大丈夫…!?私が誰かわかる?」

 

「………オーディアだな。あの夫婦の娘。…うぅっ!彷徨っていた時の曖昧な記憶が一気に雪崩れこんでくる…!少し時間をくれ…!」

 

 2人を無力化したと判断したこと、何より拘束を続けていた腕の限界から、鎖を解いて巻き戻したアルジードはその場にへたりこむ。

 異質なる者との戦いの終わりに心の底から安堵していると、ルルが投げ捨てたリュックから水筒と、すっかり食べるタイミングを失っていた弁当を持ってきてくれた。

 

「アル!間に合ってよかった…ケガしてない?」

 

「なんとかな。それで…何がどうなってるんだ?」

 

「それは私から説明する…おじさんもまだ動けないみたいだし」

 

 会話に入ってきたのはオーディアである。彼女は事情を説明するため座ると話し始めるはずだったのだが、2人が手に持っている弁当を羨ましそうに眺めている…

 身なりからまともな生活をしていないことを憐れんだアルジードは一口も食べていない弁当箱を閉じると、オーディアに差し出した。

 

「…ありがとう」

 

 オーディアも弁当を素直に受け取ると、小さな口で咀嚼しながらあらためて事情を語り始めた…

 

「私たちの家族は滅多に人が来ない場所に住んでたの。そこにおじさんが訪ねてきて…もう立ち上がることも出来ないからここで看取ろうって」

 

「人を避けて暮らす家族か…あいつの目がおかしいのと関係がありそうだな」

 

 オーディアは静かに頷いた。

 

 彼女の先祖はとある禁術を見つけてしまい、それが外に漏れないよう人との関わりを避けてきた家系なのだという。

 とはいえ完全に繋がりを断つことはできず、いつからか流れ始めた噂により関心を向けられるようになってしまった。

 

 そこで人が寄りつかぬよう、元々持っていた知識を活かして闇医者を名乗るようになったのだが…それが災いして噂を聞きつけたアーサーが転がりこんできたようである。

 

「おじさんは死ぬまでの間、聞き取れない声でずっと誰かを呼んでたの。それで本当はダメなんだけど、かわいそうでその…」

 

「生き返らせたの?どうやって?」

 

「…分からない。パパとママは禁術について教えてくれなかったから。だけどどうして死んじゃったかは調べてたみたい。一応はお医者さんだったから」

 

 死人を生き返らせる…なんとも信じがたい話だが彼女が嘘をついているようには見えない。何よりアーサーがただの生者ではないことは戦ったアルジードがよく分かっている。

 

「蘇らせた後もおじさんは起きなかった。しばらくは私がお世話してたんだけど、ある時泥棒が来て…お医者さんだからお金を持ってると思ったのかな」

 

 3人の間に重苦しい空気が流れる。人を避けて暮らす医者一家など盗賊からすれば最高の獲物である。彼女に保護者がいないのもそういうことだろう。

 どう返せばよいか迷っていると、沈黙に耐えかねたオーディアがさらに続けた。

 

「私たちの部屋にやってきた、血まみれの泥棒たちを返り討ちにしたのがおじさん。いきなり目覚めたのにすごく強かった…でもあんな状態だし私も1人になっちゃったから、一緒に旅をすることになったの」

 

 意思疎通ができず、異常な目をしたアーサーを連れて人里に近寄ることはできない…それでも無意識にオーディアを守るように行動する彼を見捨てられず、自活能力がない2人で過酷な日々を送ってきたのだという。  

 

「ごちそうさまでした。…すごく美味しかった」

 

 気付けば彼女の弁当箱は空になっていた。ルルの餌付け用に忍ばせていた小さな菓子を渡すとこれもすべて平らげ、久しぶりのまともな食事に心から幸せそうな表情を浮かべている。

 

「それは街に着いたら直接言ってやってくれ。うるせぇけどいい奴だ、もっと美味いもん作ってくれるだろうよ…っと」

 

 アーサーの接近に気付いたアルジードは身構える。相変わらず恐ろしい目をしているが正気に戻っているようで、両手をフラフラと遊ばせて戦う意志がないことをアピールする。

 そしてオーディアに食事を分けてくれたことを把握すると、深々と頭を下げた。

 

「貴重な食料をありがとう、それと襲いかかってすまなかった。景色や音は伝わってたんだが…ずっともどかしかった」

 

「殺人未遂の償いはキッチリ果たしてもらうぜ。寝起きで悪いが助けたい人がいる。今はあんただけが頼りなんだ」

 

「それも聞いてたよ。彼を襲ったのはたぶんクレイヴモス…かつて俺を殺した魔族だ」

 

「じゃあ…エイジャーの治し方も分かるの!?」

 

 アーサーはずいずいと迫ってくるルルがアルフ族であることに気付き、因縁めいたものを感じていた。人とアルフ族の絆を引き裂くクレイヴモスの悲劇…死してなお、二度と繰り返させてはならない運命に立ち向かうことについて。

 

「オーディアのご両親が俺に何をしたかも覚えてる、おかげでカラクリも特定できた。ただ普通に治すのは難しいな…とにかく街へ急ごう。必要なものはそこで─」

 

─フ ォ オ オ オ オ オ

 

 4人が出発の準備を始めたその時、突然の暴風と聞き覚えのある鳴き声、そして巨大な羽を持つ影が上空に出現した。

 それはエイジャーの仇であり、今まさに抗おうとしている存在─クレイヴモス。

 

「えっ…どこから出てきたの!?」

 

「あの野郎…また街を襲う気か!2人はどこかに隠れてろ!早速だが付き合ってもらうぜアーサー!!」

 

「もちろんだ…奴はここで食い止める!"キシャルシオン"!力を貸してくれ!」

 

 アーサーの呼びかけに剣…改め"宝剣キシャルシオン"は相棒の帰還を喜ぶかのように呼応し、刀身を土色に染め上げる。

 己の過去と決着をつけるため、そして想い人が託した未来を守るため。一度死んだ男によるリベンジが始まろうとしていた。

 

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