とある禁呪で蘇り、正気を取り戻したアーサー。あとは彼を街へ連れて行き、クレイヴモスの鱗粉に倒れた人々の治療をするだけだったものの、クレイヴモスをはじめとした魔族の出現により足止めを食らう一行。
アルジードとルルによって取り巻きの雑魚は全滅、クレイヴモスもアーサーによる捨て身の作戦なんとか討伐に成功した…はずが再び集まり復活。街へと向かっていく奴を追いかけることになってしまった。
一方でそんな危機が迫っているとは知らないイソーの街でも動きがあり…
アーサーがまだ正気を失い、アルジードと戦っていた頃…技術都市イソーの周辺には飛行するいくつもの人影があった。単独飛行兵装『マグローン』を操る彼らは悪名高きアラクネ盗賊団の大幹部 ロウンが率いる部隊の精鋭たちである。
「オレたちの役目は裏手から奇襲をかけて注意を引く、だったよな?1番危険なとこに配属されちまうとはツイてない…」
「分け前デカいんだしいいじゃねーか。ロウン様が使えねーカスに先陣を任せないのは知ってるだろ?期待されてんだよ」
最新鋭の兵装を器用に操りながら、奇襲部隊を先頭から指揮している2人は双子の兄弟。後ろ向き故に慎重なベベルと、良くない頭を持ち前の度胸で補うボボルは互いに支え合うことでいくつもの技術者誘拐を成し遂げており、若くして昇進候補に名を連ねる新星である。
「そんなことよりベベル、実はな…今度の分け前で女を買おうと思ってんだ!ゲンゼの街の超いい女!どうよ、お前も選びに行かねーか?」
ボボルはキラキラと目を輝かせながら双子の兄 ベベルに問いかける。重要な作戦を前にしてつまらない話を持ちかける能天気さに、ベベルだけではなく後続の部下たちも笑っていた。
下衆なことを除けば仲睦まじい会話を繰り広げる兄弟の絆。これからも続いていくと考えていたそれは、今日をもって永遠に引き裂かれることになる。
「バカ言うなボボル…ああいうとこのオンナは客の品位も見てるんだぞ?金持ってるだけのバカなんざ相手にされるかよ」
「マジで!?ほら、ロウンさんって女を拐わないだろ?だからたまにはパーッと遊ぼうと思ってたんだけど…面倒くせーからこうなったら休み貰って拐いに─」
すぐ横を飛んでいたボボルの頭を何かが貫き、暗闇の中へと吸い込まれていった。何が起きたか分からず振り返るとさらに2人、巨大な矢のようなもので貫かれて消えていく…攻撃を受けている!
「…高度を下げて闇に紛れろ!ハチの巣にされるぞ!」
ベベルは即座に切り替えて指示を出しつつ、後続が視覚的に理解できるよう率先して高度を下げる。兄弟の死に動揺するよりも先に指示を出す姿はまさしくプロだが、決して何も感じていないわけではない。
傭兵たちの気を引くという任務に変更はない…ベベルは射出機にセットした爆弾で壁を攻撃しつつ、心の中で復讐の炎を燃え滾らせていた。
(この距離から接近に気付いて、しかも当ててきやがった…待ってろボボル、殺った奴の首を持って行くからな)
「先頭の片方と後続2人を撃墜!あとは潜って逃げ…壁に攻撃してきてる!」
「あーしがまたぶちかましてあげるから探しといて〜!つーわけでケイン!装填ヨロシク〜!」
「もう終わってるよランちゃん!やっぱオレっちとは息が合うと思うんだけどさ…って聞いてねぇ!?」
同時刻…イソーの外周に設置された櫓の上では試作バリスタに跨るランヅキと装填手のケインによる、緊張感のないやり取りが繰り広げられていた。
今夜の迎撃作戦において王都騎士団は街の後方を担当しており、連射バリスタを含む兵器運用はギャル軍団に任されていた。
観測手のアゲハと後方の指揮を執っているノブリスは2人のやり取りに呆れつつも、各隊に状況を伝えるべく通信機を起動させると、各方角の傭兵たちに連絡を取る。
「こちら王都騎士団、後方にてアラクネを確認した。単独飛行ユニットを装着した10人未満のうち3名を撃墜、残りの連中は隠れて壁に砲撃しているようだ。送れ」
─右舷のセクメンズ了解。我々も奇襲に備えるよ
─左舷のAPF(アツラ・プライベート・フォース)了解よ。人数が少ないわね…時間差攻撃かしら
─正門のダイガロンも了解だ。珍しいオモチャ持ったバカどもに早く会いたいもんだぜ
「…報告に減らず口を挟むな。何が起こるか分からない、通信は繋ぎっぱなしにしておけ…以上」
アゲハは戦況を記載しながら、各傭兵たちに臆せず対応するノブリスに熱い視線を送っていた。
普段は奔放すぎるランヅキを制御する役回りのため常識人に思われがちだが、彼女も惚れた男を前にすると知能指数が著しく低下してしまう少女である。
「指揮官やってる時のマジボス超イケてる…♡この役に立候補して正解だったかも…あっ」
心の声が漏れ出ていることに気が付いたアゲハと、それを一言一句逃さず聞いていた本人の間に気まずい空気が流れる。こんな時に顔を真っ赤に染めていく部下に対し、ノブリスは呆れたように外周部を指さした。
「…ボクを喜ばせたかったら作戦に集中しろ。フレアを使って奴らを炙り出すよう伝えてこい」
「は、はいっ!行ってまいりますっ!」
「まったく…あいつも男を見る目がないな。それにしても…」
(本当にアラクネが襲撃を仕掛けてくるとは…それも魔族によって警備が手薄なこのタイミングで。一体どこからそんな情報のやり取りが?)
ノブリスは再びバリスタ隊の元へ戻り、残党撃墜の体制に入る。暗闇に包まれた街の外を眺めながら、こうなった原因である数時間前のことを思い出していた…
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「とある情報筋からの警告、ねぇ…」
イソーの技長であるボッシュが管理する施設『叡智の鱗』…飾り気のない机を囲みながら、極秘の緊急会議として集められた傭兵の長たちは苦い顔をしていた。
その理由は魔族の襲撃により混乱していることを知ったアラクネが街へ攻め込んでくるという、とある人物からのタレコミ…確度の不明な噂話で呼び出されたからである。
現在街は厳戒態勢、人の出入りも地位ある人物の許可なしでは難しくなっており、検問を担当していたAPFも怪しい人物はいなかったという。
それでも信頼できる情報筋であると言い張るフェリに対して疑念を抱くのは当然だろう。肝心な部分を共有しない彼女の姿勢に誰もが不満を示し、ガルダに至っては机に足を乗せてしまっていた。
「オレたちは今兵力が足りねぇんだ、簡単に配置を弄れるほど余裕はないぜ」
「存じ上げております。今回アラクネで指揮を執るロウンという男は油断ならない人物だそうで…彼らの頭を抑えるまでは情報提供者について外部に漏らせないのです」
ガルダは話にならないとばかりに肩をすくめる。何度も繰り返されるやり取りに嫌気が差したのか、APFの支部長リリアンが割って入る。
「仮に情報を信じるとして…ロウンって奴の情報はないのかしら?そこから作戦を立てられるかも」
「過去に何度も技術者を拐っている人物だそうです。慎重さと大胆さを使い分ける男で、作戦には幾重にも予防線を張るのだとか」
「…状況はあまり変わらないわね。とりあえず正門に人員を集中させればいいのかしら」
「いや…それは奴らを舐めすぎだな」
振り出しに戻りかけた話を引き止めたのはノブリス。視線が集まる気まずさからひとつ咳払いをして立ち上がると、窓際に移動して外を指差した。
「技術者を拐っている連中ならばここの地理には詳しいはず、一箇所には絞らずに考えるべきだ。たとえば…」
そう言ってガルダに…正確には彼が身に着けている兵装『グラスホッパー』に視線を移す。
「低い建物ならばそいつで登ることができるし、以前出くわした幹部は壁に張り付くグローブを持っていたらしい。他にも未知の道具を使ってきたという報告が寄せられている…安全圏はないと考えるべきだろ」
「さすが幹部を取り逃がした騎士団さんは詳しいな。それで?お前ならどう対処するよ」
煽るような口調に反してガルダの声色は軽い。これまで見下していた男が見込みのあるところを見せたことで、退屈を紛らわすことができて上機嫌なのだ。
ノブリスは煽りを無視した上で街の地図を広げると、他の傭兵たちも集めて机を囲ませる。
「現在この街にある傭兵組織は4つ、これを正門と三方の壁上に配置するだけだ。連絡は密に取れるようにしたい、通信機は持ち出せるか?」
「必要とあらば手配しましょう」
「頼む。次に分担だが─」
─あーごめん、ちょっといいかい
ノブリスの言葉を遮ったのは、いつの間にか部屋に入ってきていた技長のボッシュである。相変わらず手には栄養ドリンクが握られており、連日の騒動でさらに不摂生を働いているのか目には隈が浮かんでいた。
「ぼくからはもう一箇所、水道が通ってる地下道も警戒してほしいんだよね。エイジャーくんに言われて塞いだけど一応さ」
エイジャー…その名を聞いて反応したのはまたも先を越されたと知って表情が曇るノブリスと、彼の反応から目をつけていた男の正体を察したガルダの2人である。
ボッシュはそんな2人の変化を無視して専用の台に飛び乗ると、人が通れる経の水道管を埋設した位置にチェックをつけていく。
外周部の四方に加えてそれぞれの出口を警戒するには相応の人員が必要であり、クレイヴモスの襲撃で万全な数を出せない傭兵たちは困ったように唸る中、セクメンズの代表であるレストンが手を上げた。
「大元の水門にだけ配備すればいいのでは?それなら5箇所で済むでしょう」
レストンの言う通り、大元である水門を抑えてしまえば脅威をまとめて潰すことができる。それでも分担が1つ増えることに変わりはなく、人員のやりくりという課題は残されたままである。
どこが人員を出すか…またもふりだしに戻りかけた空気を破ったのは、機嫌が上向きつつあるガルダだった。
「その役目は騎士団が請け負うべきだろ。元はといやぁ幹部どもを取り逃がしたのが原因だろ?汚名返上のいい機会だしな。どうだ?」
ガルダの提示した案に2人の代表も賛同の意を示す。人員の多い騎士団から割り振るのは理に適っているし、自分たちの組織力を低下させたくないというのもあるからだ。
ノブリスもそれは理解しており、地下道の話が浮上した時点で指摘されることは予想していた。
実力は折り紙付きの盗賊団相手にギャル部隊を出すのは不安が残るものの仕方ない…どう割り振るかを考えようとしたノブリスに飛び込んできたのは耳を疑う要求だった。
「部隊は完全に分けてもらう。そして水門に配備するのは精鋭のみだ」
「…貴様にそこまで口出しされる筋合いはないな。どういうつもりだ?」
懐刀であるステラナイトだけを外に配置しろという要求を聞いたノブリスは眉間に皺を寄せ、不快感をあらわにする。他所の傭兵部隊が編成を決めるなど越権行為に他ならない上、今はふざけている場合ではないからだ。
だがガルダも引く様子はなく、身を乗り出して睨みつけた。
「騎士団の連中…特にお前を疑ってんだよ。何か隠してるんじゃねえかってな。水門ルートはお前んとこの精鋭だけ、ここから奴らが侵入してきたらクロってこった。分かりやすいだろ?」
「…野蛮人にしては筋を通せてるな。いいだろう、水門の防衛はステラナイトが請け負ってやる。貴様こそぬかるなよ」
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(…などと挑発に乗ってしまったが。こいつらもやればできるじゃないか)
ノブリスは慌ただしくも立派に役目をこなすギャル部隊を眺めながら、かつて訓練過程で難アリと判断され、半ば押し付けられるような形でここへ配属されてきたことを思い出していた。
ゆえに彼らだけでの迎撃には不安があったもののステラナイトの面々が鍛え直し、ちゃんと成長しているようだ。
頼もしくなった背中たちに姿に思わず口角を上げていると、設備班の1人が慌てた様子で駆け寄ってきた。
「ボス〜!アゲハちゃんが奴らを見つけたらしいっス!…なんかテンアゲな事でもあったっスか?」
「いや…気にするな。逃げられると面倒だ、大砲で一気に吹き飛ばすぞ!準備はできてるな!」
「「「「ウェーーーイ!!!」」」」
防衛戦に似つかわしくない号令とともに大砲の発射音、そして重量感あふれる着弾音が鳴り響く。落ちこぼれたちによる景気の良い一撃は他の傭兵たちにも伝わり、反撃への士気を高めていくのだった…
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夜のイソーに開戦の一撃が鳴り響いていた頃…明かりを灯し、街へ繋がる水道管の中を進む男たちの影があった。
彼らはマビンを頭とするもう1つの部隊…今回の襲撃作戦において開発に必要な物資を盗み出す命を受けた者たちである。
地上でロウンの部隊が混乱を引き起こしている間に地下道を使って侵入、傭兵たちが戦力を割けない状況を作ったのを見計らって一気に運び出す段取りだった。
「川の水を引き込んで家の中で汲めるように…やっぱ頭のいい奴が考えることは違ぇや。それを利用して侵入路を作ってたあいつらもやるなぁ」
「なんでも穴掘りが得意な種族を捕まえたらしいぜィ?ま、トカゲもろとも敵に盗られたらしいけどな。便利な鉄砲玉も死なせて焦ってやがンのさ。見たこともねぇボスのために健気なこったァ」
そう言って感心する部下を横目にケタケタと笑う。快楽主義のマビンからすれば真っ当に組織へ貢献するロウンは理解しがたい存在であり、そんな男の失敗もまた肴の1つにすぎない。
「そういやカシラも見たことねぇんですか?ボージャンさん…でしたっけ?ボスの名前」
マビンは部下の質問に「まァな」とだけ返した。
ボージャン…アラクネ盗賊団を統べる男だがその姿を知る者は少ない。下級幹部のマビンはもちろんのこと、多大な貢献により期待されているロウンですら通信機越しに声を聞いたことがある程度である。
以前は現場で先陣を切っていた彼が4、5年前から表に出てこなくなり、一時期は幹部の間でも死亡説が流れていたという。
それでもボージャンからもたらされる情報が上質なことから、どこかの組織に潜入しているのではないかと噂されている。
だがマビンにとって誰がボスなのかはさして重要ではなかった。降りてくる情報をもとに人を拐い、売ったり使ったりする…それを続けられればそれでよいと。
「ま、ボスが誰であれ好きにやらせてもらうさァ。お前ら"アレ"持ってきたよな?」
部下たちはマビンの呼びかけに対しニヤケ面で応えつつ、コート裏地に収められたいつくもの薬瓶を見せつける。これは吸入者の思考を一時的に鈍らせる薬であり、近年アラクネ内で流通している品である。
兵器開発の際に発生する化学物質を基に量産されるこれは単発で使用すれば判断能力を鈍らせ、大量摂取させれば命令にだけ反応する奴隷が簡単に作れる革新的な発明だった。
ロックリフ鉱山に動員されていた者たちもこの薬に汚染された被害者なのだが…どちらにせよ物資を盗み出すはずの彼らにはあまり必要のないものである。
「いいんですかカシラ?命令無視しちゃって…一応あいつの方が気に入られてんでしょう?」
「知るかよォんな事!イソーつったらどいつもこいつもいい生活してるに違いねェ。肌艶のいい性奴隷が見つかるってのにガラクタなんざ盗んでられるかよ!そうだろお前ら!」
「「「「「うおおおおおおっ!」」」」」
そう、マビンたちははじめから作戦に従う気などなかったのだ。ロウンたちが起こす混乱に乗じてまた人を拐い、買い手がつかなければ自分たちで"消費"すればよい…その程度の考えで。
しかし悪にも通すべき筋はある。人知れず外道からも背こうとした一向は背後から…水門のある方角から聞こえてくる音に気が付いた。それは何かが凄まじい速度で迫ってくるような…ここまで連想したマビンの顔から血の気が引き、咄嗟に叫んだ。
「どっかのバカが水門を開けやがった!見張りに置いてきた連中は何してんだァ!?とにかく走れ!入れる脇道に散らばれェ!!!」
先ほどまでのニヤケ面はどこへやら、盗賊たちは必死の形相で背後から迫ってくる轟音から逃走する。
街への出口が閉じられていることを知らぬ部下たちが1人、また1人と溺死の運命が待つ配管に逃げ込む中、マビンは当初のルートである一際大きく掘られた横穴…とある家に繋がっている配管へと逃げ込み、坂道を必死に駆け上がっていく。
「あの野郎…まさかハメやがったのか!?とにかく地上に出てあいつらと合流しねェ…と…」
「どこへ行くつもりだ盗賊。この先は下賤の者が立ち入ってよい場所ではない」
息を切らすマビンを見下ろす1人の男…それはノブリスの側近にして精鋭部隊"ステラナイト"のリーダー ゴルドン。
横穴を見つけた彼は単独で地下道を探索し、その中から唯一外へ出られる秘密のルートを発見…水責めを生き抜いた残党を狩るために待機していたのである。
外の水門を開け、退路を塞いだのも当然ステラナイトの面々…見張りをあっさりと排除した彼らによる工作だ。
「その格好…王都騎士団だなァ。ガキじゃねェってことは強い方か?仕える王が死んだってのに健気なこったよォ。理解できねンだよなぁそういうのさァ!」
「貴様が理解する必要はない。そもそも俺が忠誠を誓うのは国王ではないからな」
「あァ?何言ってやがるこいつ…とりあえずそこをどけやァ!」
マビンは己の得物である鞭を取り出すと激情のままに振るい始めた。先端には鋭利な棘が無数に生えた金属パーツがついており、激突した箇所を無慈悲に叩き割っていく。
ゴルドンも己の得物…トンファーの持ち手以外を刃に変えたような武器を両手に携えると、こちらへ向かってくる攻撃のみを的確に弾いてゆく。
鞭のしなりを利用した常人では目で追うことすら困難な、極めて複雑な軌道を眉一つ動かさず対処する姿に、常にニヤケ面のマビンは珍しく怒っていた。
「気に食わねンだよなァお前たちが!奴隷使って楽しんだ後は反省したフリして秩序側なんざ…虫が良すぎんだろうがよォ!?」
(クソッなんだこのデカブツ…当たらねェ…!)
「…ッ!」
口に出すことで怒りが増幅しているのだろう。無軌道に見えて的確だった鞭捌きは少しずつ精細さを失い、元々見切っていたゴルドンにとっての脅威度はみるみる下がっていく。
隙の中で生まれた誘導路を見たゴルドンはトンファーを構えて大きく踏み込むと一気に加速、すれ違い様にマビンの右脇へ深い斬撃を与えることで筋を断裂させた。土壁に広がるおびただしい血痕は威力を、だらりと垂らした右腕はもう戦う力がないことを物語っている。
「がああああっ!嘘だろ…俺がこんな…こんなあっさりやられるわけがねェよ!」
「貴様は─」
「!!!」
大量に血を流し、いくらか軽くなったマビンの体は蹴り飛ばされて宙を舞い、坂を転げ落ちていく。ゴルドンは倒れた彼の胸を踏みつけて抵抗できないようにすると、ゴミに向ける視線で淡々と語りだした。
「貴様は弁が立つらしいな。今の持論を騎士団の連中に向ければ戸惑い、動きを止めることもできただろう」
「な、何を…お前も騎士団だろ!」
「俺はあの組織にも、王にも興味はない。ここにいる理由はただ一つ…坊っちゃまの居場所を守るためだ」
そう言い終える前に胸に置いていた足を頭上へと運び…一気に振り下ろすと、頭を失った体がビクン、と跳ねたのを最後に沈黙した。
ゴルドンは無慈悲な一撃により汚れたブーツを洗い流すと、今度はマビンの死体を漁り始める。短い戦いの中で彼が下っぱではないことを理解し、情報を持っていないか確かめているのだ。
「妙な小瓶と錠ばかり…手がかりになるものは持っていないか…生け捕りにして吐かせるべきだった。少し熱くなってしまった」
己の判断ミスにため息をつくと転がる死体もそのままに、ゴルドンは秘密の通路を後にする。川の水はなおも管内を満たし続けており、他の出口に逃げ込んだ部下たちもじきに溺死するだろう。
こうしてアラクネの野望の1つは精鋭”ステラナイト”によりあっさりと潰えてしまうのだった…