アラクネ盗賊団の略奪作戦がついに始まった。単独飛行兵装「マグローン」を用いて技術都市イソーを上空から襲撃した先発隊はノブリス率いるギャル軍団の先制攻撃を受けて幹部の1人を失ってしまう。
地下道から進む部隊も精鋭「ステラナイト」の策に嵌り溺れ死ぬ中、ボスであるマビンはゴルドンと相対する。
下級幹部をものともしない実力差で排除する中、地上ではさらに戦局が動いており…
「…ずいぶん上が騒がしくなってきた」
ここはイソーの街にある行政ブロック…事前に避難を終えた住民や技術者たちが身を寄せ合う場所。
その入口となる通路の1つで傭兵組織”セクメンズ”の構成員が迎撃の様子を見守っていた。
王都騎士団が守る裏手にアラクネが出現し、大砲で残党処理を始めた直後…正門を除く二方向からも飛行部隊が襲来し、戦況は一気に動き出した。
空飛ぶ人間を撃ち落とすのは決して容易ではなく、アラクネの方も領内への侵入に踏み切れず瀬戸際の攻防戦が続いている。
どの組織もほとんどの人員を外周の防衛に回されており、内部を守るのは各組織から少しずつ出された予備人員のみ…いざという時に正門のダイガロンが駆けつけられる距離とはいえ、些か不安が残る振り分けなのは否めない。
街の内部は驚くほど静かである。避難を終えた人々は照明も焚かずに建物の中で息を潜めており、作戦終了の合図を待ち侘びているからだ。
アラクネに居場所を知られぬよう建物の前を避けつつも見通せる位置を巡回しているために彼らを励ましてやることもできない。人に寄り添う事を是とするセクメンズにとっては、そういった意味でも辛い戦いであった。
「この通りも異常なし。彼らが踏ん張ってくれているおかげだな…ん?」
男は石畳についた真新しく、複数人で移動したと思われる足跡たちに気が付いた。住民が避難を終えてからはここを通る人間など限られており警備もごく少数で巡回しているはず。このような足跡が残ることはないはずだが…
…まで考えたところで背後から突然現れた気配に気付く。手を伸ばさずとも届く距離にいるそれに、本能は相手が只者ではないことを警告し続けていた。
場数を踏んだ精鋭であれば気付いていないフリをしたまま反撃に移ることもできただろう。しかしセクメンズの方針からしてそのような鉄火場を踏む数は決して多くなく、それは男も例外ではなかった。
背後にいる人物は自分が異常を察知し、体が強張ったのを見ているはず…少しでも動けば今すぐに、そうでなくても数秒後には凶刃が襲い来るだろう。
「…敵襲ーーーー!!!ぐっ…!」
決して多くない択の中で男が選んだのは肺に取り込んでいたわずかな空気を使い、全力で叫ぶことだった。直後に背後からの一突きを受けて地に伏したものの、彼の叫びは周囲に展開していた他の警備たちへと確かに伝わったようで、少し離れた場所から侵入を報せる狼煙が上がる。
「チッ…腐っても傭兵か。だがこのあたりに兵が集まってるのは守りたい何かがあるから…VIPはこの区画にいるはずだ。奴らの警戒も強くなる、薬の残量は常に意識しろ」
足跡の主たちは侵入に勘付かれた事に小さく舌打ちしつつも即座に切り替え、再び闇夜へと消えていくのだった…
「ボス〜あいつらすばしっこいよ!」
「少し待ってろ!砲撃の手を休めるなよ!…こちら王都騎士団。地上の残党狩りでしばらく釘付けにされそうだ」
─こちらセクメンズ!我々も上空の盗賊たちに苦戦中だ!
─APFもよ!とてもじゃないけど下の援護には回れそうにないわ!
同時刻─先んじて裏手を攻めてきたボボルらの部隊を迎撃中のノブリスは、街からの侵入者を報せる狼煙を受けて各隊と連絡を取っていた。
後ろから全体を見渡せるこの位置からは左右の迎撃装置がフル稼働する様子が確認でき、空に向かって絶えず何かが打ち上げられている。
各組織が大苦戦を強いられている中、ダイガロンから入ってくる通信の声はなんとも気楽そうであった。
─正門は退屈してるぜ。オレたちが下の援護に回ろうか?
「待て、そこを手薄にするのは危険だ。時間稼ぎができる精鋭を少数送れるか?もう少しすれば地上すべてが安全地帯になるはずなんだ」
壁内の戦力が少ないのは純粋に人員不足というのもあるが、ノブリスたちにゆかりの深いとある秘策も関係していた。
秘策には準備、特にイソーのような土地では時間がかかるためまだ機能していないようだが…一度発動してしまえば並の盗賊は足の踏み場を失うだろう。
─なんだそりゃ?まあいい、手練れを何人か向かわせてやる。にしてもどこから湧いてきやがったんだこいつら
「さあな…外にいるステラナイトからは防衛失敗の報せは届いていない。やはり壁を登って…とにかく手配を頼む」
─あいよ。にしても案外やるなぁアンタも。ガルダさんが聞いたら喜んでケンカしに行きそうだぜ
事前の取り決めで街の四方を各傭兵組織が、指揮官を長が務めることになっているものの、現在話しているのはガルダではない次席の幹部である。
重要な局面にいない彼の行方は誰も知らない。曰く「重要だからこそ誰とも共有しねぇ」で、街の上役とは話をつけているとのことだったが…
次席でも連絡はつつがなく行えているし、王都騎士団も秘策の詳細を伏せているため言及はしなかった。それでもあの好戦的な男が大きな戦いの前線にいないというのは妙である。
(散々こちらに詰めてきたんだ。結果は出すんだろうな?野蛮人め…)
どこにいるとも分からぬ男を探すように、ノブリスは騒がしくなりつつある街を見下ろすのだった。
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ここは叡智の鱗─技長であるボッシュが研究所として日々利用している施設。その壁を闇夜に紛れながら登っていく1人の男の影があった。
(あいつらは…よくやっているようだな)
男…ロウンは自在に吸着し、魔力の供給により能力を上げるグローブ”レプトル・ガンツ”を使ってぐんぐんと高度を上げていきながら、上下から街を攻める部下たちの勇姿に目をやる。
大幹部候補であるロウンには通常の部下とは別にもう1つ、秘密の部隊を持つことが許されている。
現在マグローンを駆使し、上空で陽動しているのが通常の部下たち。
ヒトの感覚器官に作用して気配を悟られにくくする薬を使い、彼らが気を引いている隙に壁を登って侵入したのが別働隊である。
先のロックリフ鉱山での抗争に例えるなら鉱山の資源管理をしていたヒボゥが通常、奴隷のフリをして彼を監視していたサベラが別働隊の部下だ。
(マビンの奴らが見えねぇな…所詮は万年小間使いのチンピラだったか)
地下道から侵入して物資を盗むよう指示したロウンだったが、はじめからマビンたちに期待などしていなかった。
本来であれば高い野心と攻撃性を持つヒボゥが奴隷を人質にしながら注意を引く作戦だったのだが…計画の変更を迫られていた折、代役として彼らに目をつけたのである。
予想が外れて真面目に遂行するならベスト、そうでなくとも敵のリソースを割かせつつ、部下たちに別働隊の存在を隠すためのスケープゴートとして機能すればよし…どちらに転んでもロウンが得をするよう、即興で計画を修正してみせたのだ。
「ヒボゥの奴め、貴重なトカゲと泥人形まで手放しやがって…捕まってるとしたらこの街だ、連れ帰ったらタダじゃおかねぇ…ッ!!」
─盗るモン盗る前に帰りの話たぁずいぶん余裕じゃねえの!足元見ねぇとつまずいちまうぜ?
突如顕現した殺気。咄嗟に片手の吸着を解除して体を傾けると、コンマ数秒前まで頭があった位置を豪速の矢が通過した。
ロウンは頭を上に向け、矢が飛んできた位置を確認する。そこには縁に足をかけて不敵な笑みを浮かべる、体格のいい男の姿が照らし出されている。
「よう盗賊さん冷えてきたな。散歩も悪くねぇが…せっかく街が盛り上がってんだ、参加しなきゃ勿体ないぜ」
男─ガルダは口説き文句の途中でも狙撃の手を止めない。不利な状況と判断したロウンは吸着を解いてマグローンを起動させると、即座に狙いにくい位置へと移動する。
壁外周と内部、時間差での襲撃は確かに成功したはずである。魔族により数を減らした傭兵たちに余裕などあるはずもなく、ここの一点張りに賭けるのは相当に分が悪い賭けである。
そんな心境を読み取ったのか、ガルダは大変満足そうに語り始めた。
「ある程度の規模になると”ハネ”が出てくんのが人間って奴よ。オレやあんたみたいな、肩書だけで互いを繋げてるような組織は特にな」
「…敵の講釈を有難がるほど希薄ではないがな。貴様がここにいるという事はあの男…ボッシュ・ハーバードがここに残るという読みは外れたか?」
ロウンの目的はボッシュの拉致…彼をモノにできれば設計図の解読と作成はさらに加速し、組織へ多大な貢献ができるに違いない。
彼が人の営みに興味を持たず忠告も聞かないと知っていたロウンもまた、この状況でも研究所に残るという分が悪い方に一点張りしていたのだ。
差出人不明の警告を信用して厄介事を回避できたことからツキが回ってきている…そう確信したが故の無謀ともいえる賭けだったのだが。
(ここにいないとなれば探すのは時間がかかる。こいつをさっさと片付けて加勢に…)
「あんたの読みは正しいぜ。今もこの中で研究してやがるよ。閃いたつって聞かなくてよ」
「…あ?」
あっさりと白状するガルダに思わず呆気に取られるロウン。依頼主の危機を予知しておきながら逃さないことも、それを平然と明かすことも非常識の極みである。この男は本当に傭兵なのだろうか?
「驚くこたぁねぇ、近付いてくる奴すべてを叩きのめせばいいんだからな。あのオッサン諦めて帰れるタイプじゃねぇだろ?来いよ」
「まさかそのためにわざと…?くだらねぇバカは引っ込んでやがれ!」
交渉成立。ロウンはマグローンを操作して真正面に移動すると仕込みナイフを展開、出力をフルスロットルにして突っ込んだ。
対するガルダはクロスボウから手斧に切り替えると同時にカウンターの一閃を放つ。一連の動作に迷いはなく、まるで高速で飛翔する相手に対して”回避”の選択肢が存在していないかのようである。
「…ッ!いいねぇ腕がジンジン来やがる!だがそんなチンケなナイフじゃ薄皮も斬れねぇぞ?」
「だろうな」
ナイフはあくまで囮…ガルダは背中に装着されたマグローンから伸びる4つのユニットのうちの2つが折れ曲がり、こちらに狙いを定めていることに気付く。
フウッ、というわずかな動作音が聞こえた直後、凄まじい密度に圧縮された空気が射出される。直前までガルダが立っていた箇所は大きく抉れており、その威力を物語っていた。
「言っておくが自滅は期待するなよ。どこぞのバカが率先してデータを取ってくれたおかげで制御は完璧だからな」
「あんたの言うバカとやらに興味はねぇが…そのオモチャは高く売れるぜ。他には持ってきてないのか?」
未知の兵器と直撃すれば大怪我は免れない一撃を見てもなお、金と闘いにしか目がないガルダ。もはやどちらが盗賊かという精神性を隠そうともしない彼に対し、ロウンは苛立ちを覚え始めていた。
ロウンは瞬時に足の兵装とマグローンに組み込んでいた余剰パーツを組み上げて右腕に装着する。鈍い輝きを放つそれは槍と射出装置が一体化したもの…俗に言うパイルバンカーであった。
さらにマグローンを分解して2つのユニットを空いた足へ、もう2つを左腕に装着すると、役割をホバー移動と空砲へと変化させる。
「機動力を上げつつ槍と空気銃で翻弄ってか?オモチャに頼りすぎると鈍るぜ盗賊さん」
「その減らず口がいつまで続くか…俺が試してやる」
野蛮な傭兵とハイテクな盗賊…街の頭脳を賭けた、似ているようで異なる2人のケンカの火蓋が切って落とされた。
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「もう一度聞くぞ。技術者どもをどこに隠した?」
叡智の鱗で二大勢力の長が激突していた頃、街ではロウンが抱える別働隊がAPFの傭兵に尋問をかけていた。背後から完全に組み伏せられている上に薬の影響で力が入らず、彼らを満足させるまでは脱出することはできそうにない。
「…アンタたちに教えるわけないでしょ。女だからってナメないでくれる?」
「そうか。では他の奴に聞こう」
切れ長の目で睨みつけ啖呵を切る傭兵の胸に、逆手で握られたナイフが無慈悲にも沈み込んでいく…吐血の直前に突き飛ばされた女は苦しむ暇もなく、自らの血の海の中で絶命した。
「ここの連中は口が硬ぇなあ。素直に教えてりゃもう少し生きられたのによ」
「てめぇなんかに犯されて死ぬよかよっぽどマシだろ馬鹿が。足引っ張ったら殺すからな」
「あ?」
「やめておけお前ら…ロウンにどデカい穴ぁ増やされたくなければな」
傭兵を殺した男…別働隊のリーダーであるスイラは死体を踏み台に言い争う2人をひと睨みで黙らせた。
「この女、質問を受けてわずかにだが体が反応した…おそらくVIPがいるのはあの辺りだ。俺はもう少しエリアを絞る、お前たちは近づく雑魚を黙らせておけ」
「「…おう」」
スイラは自身に薬を振りまくと、技術者たちがいるであろう区画へと突き進んでいく。彼の勘は的中しており、ターゲットとの距離はみるみる縮まりつつあった。そして…
「おや、随分と賑やかになっているではありませんか…ではワタシもそろそろ始めるとしましょうか」
夜の闇よりもさらに濃い黒の中から姿を現した男は叡智の鱗に隣接した展望塔の頂上に降り立つと、人間同士の争いを見下ろしながら愉快げに呟くのだった。