技術都市イソーで起きた魔族 クレイヴモスの襲撃は多くの人を巻き込む大惨事となった。
その中心にいたために重症のエイジャーを救うべく街を出たルルとアルジードは治療のヒントを握る人物アーサーと出会い、協力を取り付ける。
その一方でアラクネ盗賊団の大幹部候補 ロウン率いる機械化部隊が侵攻。技術都市の先を行く兵器を操る精鋭たちに苦戦する中、叡智の鱗では盗賊と傭兵、両者のボスが出会うのだった…
イソーの街が戦火に包まれる中、ガルダは叡智の鱗の一室にてアラクネの大幹部候補 ロウンと一進一退の攻防を繰り広げていた。
ロウンはホバー移動で距離を取りながら空砲で牽制しつつ、隙を見て槍での接近戦を仕掛けてくる。建材をも破壊するそれを連発された影響で部屋の中は荒れきっており、足場の確保という意味でも徐々に劣勢に立たされつつあった。
「…ッたまんねぇ!楽しいぜ盗賊の兄ちゃん!つまらねぇ警備ばかりの街でこんなケンカができるとはな!」
マグローンの推進力を乗せた蹴りをグラスホッパーで相殺するガルダは劣勢の中でも笑っていた。いや、そんな状況だからこそ笑っているのだ。コソコソと拉致を繰り返すケチな盗賊だと思っていた輩が向けてくる本気の殺意、その緊張感に。
「お前…たかが斧で最新の魔道具に立ち向かうのがどれだけ馬鹿な事かわからねぇのか?」
「おいおいクロスボウもあるだろ?シュミじゃないからもう使う気はないがな。それともこっちのが好みか?」
「いちいち癪に障る奴だ…!無駄口叩けねェようにしてやる!」
ロウンは距離を取り直して空砲を連射し瓦礫と煙を飛ばすと、ガルダが対処している隙に背後へと回り込む。出力を抑えたホバー移動はほとんど音が立たず、隠密性も高い。
だがガルダも負けてはいない。煙の揺らぎから移動したことを察知するとわざと隙を作って誘い込み、槍による一撃を振り返りざまに受け止めたのだ。
「これでも王国軍の注目株だったんでな!あんたが思ってるより冴えてるんだぜ」
「王国軍か…旧時代のガラクタが鬱陶しい!ジジイはいい加減死にやがれ!!!」
ロウンは足に装着したマグローンの出力を急激に上げてジェットキックを放つ。無理な体勢からの不意打ちに対処が遅れたガルダはがら空きの脇腹に直撃を食らうと、ミシ、という鈍い音を響かせた後に吹き飛んだ。
「あのしぶとさだ、まだ生きてるに違いねぇ…確実に頭を潰してやる…ッ!」
トドメを刺すべく一歩、また一歩と近付く中…土煙の中から豪速の矢が襲い来る!
反応速度を超えて飛んでくるそれに体が反応できるはずもなく。鏃はロウンの頬を抉りながら、背後の壁に深々と突き刺さった。
「だから言ったろ?オモチャに頼りすぎると鈍るんだよ…今のはかなり効いたけどな。ヘッヘッヘ」
(こいつ…勘で当てに来やがった!)
ガラガラと音を立てながら姿を現したのは吐血しながらもクロスボウを手にし、満足そうに笑うガルダだった。
頬に走る痛みと狂気とも呼べる闘いへの渇望をもつガルダを前に心がかき乱され、頭の中から慎重さが消えていく…
この不快で不可解な男を確実に、この手で殺したい。強い衝動に駆られたロウンは気付けば安全策をかなぐり捨て、近接戦闘の構えを取っていた。
「クソがベラベラと…いい加減死ねやぁぁぁッ!!!」
(まずは空砲で牽制しつつ位置替え、頭に血ぃ登ってるから…そうだよな槍を使うよな)
ガルダは空砲を避けて土煙を払い、槍ごと突き出された腕を掴むと顔面に強烈な肘を打ち込んだ。
屈強な肉体から正確に放たれる肘鉄は柔らかい鼻骨を砕き、痛みは動きと思考を鈍らせる。闘いを楽しみつつも冷静に対策を練るガルダを相手取るには、少々時間をかけすぎたようである。
「あんたはイイ線いってんだけどまだ若ぇ。ワンパターンな人間がキレたらどうなるかなんざ数の計算より簡単だぜ」
「だま…れ…!邪魔者…殺…す!!!」
しかしロウンの戦意はまだ喪失していなかった。掴まれた腕を自らへし折って可動域を確保すると、槍…もといパイルバンカーをがら空きの腹部へ差し向けたのである。
隠された機能を知らないガルダが真意に気付いたのは槍が射出された後…大きく抉られた脇腹に走る痛みを自覚し、視界が眩んでからのことだった。
「グゥ…ッ!大物狙いに来るだけはあるぜあんた…!だからこそ…残念だ」
ガルダの顔からこれまで浮かべていた笑みが消えたかと思った次の瞬間。握っていた腕を離してロウンの頭を掴み直すと、凄まじい力で硬い床へと叩きつけた。
「──────ッ…」
「これも…ハァ…お仕事なんでな…」
数秒の沈黙の後、息だけはしていることを確認し手を離すガルダ。その場に座り込んで確認した腹の傷は絶望的で、流れる血が床を赤黒く染めつつあった。
「ヘヘッさすがに遊びすぎちまったなぁ…姐さん、オレが死んだと聞いたらあの世まで怒りに来そうで怖ぇ」
─ご心配なく。死なせはしまんので
意識が遠のき、霞む視界に映ったのは大きな箱を持ったボッシュの秘書…フィズだった。
彼女は箱からいくつかの器具を取り出すと、汚れも気にせず迅速に手当を進めていく。何を使っているのかは霞んでよく見えないものの、腕や患部に走る痛みから察するに輸血・止血をしているようだ。
「痛ッた…なあ秘書の姉ちゃん…もうちょい優しくできねぇか?」
「減らず口はけっこうです。安全が保証されていない器具で強引に止血しているので、動かれると困ります」
「そりゃどうも…ところで技長サマはどうした?まだ機械いじりしてんのか?」
皮肉を飛ばすガルダは急激に冷たくなっていた体が熱を取り戻しているのを感じていた。どうやら彼女の処置と医療器具は絶大な効果をもたらすらしい。
再び明瞭になってきた視界に映るフィズは質問を聞いた後露骨に顔をしかめ、長々とため息をついた。
「技長は…はぁ…先ほどここを飛び出していきましたよ。どうしても届けたいものがあると」
「はぁ!?…ッいてぇ…何考えてんだよあのオッサンは」
「なんでも”ぼくが飛び出す頃には地上は安全になってる”と…調整中に通信機でやり取りしていた誰かが関係しているようですが…ああなったら聞かないので」
(地上は安全…あのノブリスとかいう坊っちゃんも同じような事言ってやがったな。てことは騎士団絡みか?)
────────────────
「クソッ…なんだってこんな時に!お前ら拉致は後だ!とりあえずこの…」
「この魔族どもを片付けるぞ!」
叡智の鱗での闘いに決着がついた頃…街のとある一角ではアラクネの別働隊が、それぞれの武器を手に激闘を繰り広げていた。
突如として現れた魔族は四足歩行ミイラの『ライミー』、無機物すら食らうザリガニ型の『アークレイ』など様々…対人戦闘においては精鋭の彼らも魔族との戦闘経験は浅いため、対処法が分からず苦戦を強いられていた。
「おい!この干物野郎は手足を落とすと何もできねぇみたいだ!重い武器持ってる奴らはこいつを優先しろ!」
スイラは魔力を受けて発熱するサーベルを振るってライミーの達磨を積み上げながら、苦戦する手下の助けに入る。背後から忍び寄るアークレイの鋏による一撃を受け止めながら、別働隊の長として作戦を続行すべきかの判断を迫られていた。
「ここで役に立たない奴は退路を確保しに行け!ついでに地下道から来るはずの変態どもがどうなってるかも見てこい!」
─おう!!!
スイラは命じられた各々の役割を果たしに行く部下たちを背中で見送ると、魔族の群れを相手取りながら遠方の塔…叡智の鱗をちらりと見やる。ロウンが向かったはずのそこは一室が大きく破損しており、作戦に邪魔が入ったことを物語っていた。
─やめて!パパを連れて行かないで!
「黙れクソガキが…ッラァ!スイラさん!あそこが隠れ家の1つみたいだぜ!」
だがいい報せもある。先にこちらへ向かわせていた手下たちが避難拠点の1つを発見したようだ。
手下は建物に撒いた薬を耐え、父親を連れて行かせまいとしがみつく娘を持ち上げると再び蹴り飛ばす。腹を蹴り潰されて悶える少女を助ける者などいるはずもなく、その場に力なく横たわるしかなかった。
「大人に逆らうからケガすんだよガキ!エビ野郎のエサにしてやろうかアァン!?」
「やめろ時間の無駄だ。お前はそいつを連れて地下道へ向かった奴らと合流しろ」
「…了解。チィッ!あぁムカつくぜ上のクソども!死に損ないの傭兵相手にいつまで手間取ってんだ!」
「帰ったらロウンに制裁させないとな。…おい、お前の足元…」
指を差された手下の足元は夜中にも関わらず赤く光っている。自分たちの細工ではないし、本当に突然現れたようだが…
何かを感じ取ったのだろう。手下は抱えていた技術者を投げ捨ててその場を離れるも、光は男を追跡するかのように移動し、必ず足元にやってくる。まるで意思を持っているかのように…
「なんだよこれ…てかなんか…熱ィぞ!?」
「!?走れ!まさかそれは…」
スイラが言い終えるより先に”それ”は起動した。足元から現れた炎の槍が手下の体を貫くと、全身が炎に包まれたのである。
「あ゛あ゛あ゛つ゛あ゛ォ゛…」
手下の男はその身を焦がしながらあっという間に絶命した。そして同じような光…否。赤熱反応がスイラの足元にも現れていることに気付く…
「くそっ…おいお前!来い!」
スイラは先ほど蹴り飛ばされた少女を引き寄せる。彼はこれがなんなのかを噂で聞いており、その性質を逆手に取ろうとしたのである。
「これなら俺をやれないはずだ…面倒だがこのガキを連れて動くしか…熱ッ!?」
しかし”それ”が躊躇することはなかった。足元から立ち上る炎は槍ではなく、蔦のようにからみついて男のみを焦がしてゆく。密着しているはずの少女へ一切引火しない様は炎が相手を選んでいるかのようであり、自然現象ではあり得ない挙動にスイラはこれが何なのかを確信した。
「がああっ!こんなことまで出来るのか…!ゲホッ…この街には奴が…」
「王都騎士団の…副団長が…い…」
肺を焼かれる中でスイラが必死に絞り出した警告がボスへ届くことはない。たまらず少女を投げ捨てて地面を転がり消火を試みるも効果はなく…やがて動かなくなってしまった。
「何これ…そうだパパ!起きて!大丈夫!?」
「…あ、ありがとう…っ!?逃げろ!魔族が来るぞ!」
謎の現象によりアラクネの脅威が去ったものの、彼らが相手取っていた魔族は未だ健在である。派手な炎上は彼らの注意を引いてしまい、新たな獲物を見つける助けとなってしまったようだ。
「パパを置いて逃げろ…!あの建物まで走るんだ!」
「いや!一緒に逃げるの!」
─ワ゛オ゛オ゛オ゛オ゛!!!
ライミーたちは小さな体で庇おうとする少女へ大挙して迫ってくる!万事休すかと思われたその時、両者を隔てるように再び地面が赤熱し始めた!
─『炎の城塞(フォルテッツァ・ディ・フィアンマ)』
親子を守り、城塞のようにせり上がる炎はライミー1体の通過も許さない。悪しきを滅する煉獄はあっという間に群れを焼き尽くしてしまったのである。
「い、一体誰がこんなことを…?そうだ今のうちに逃げないと!走れるな?」
「う、うん!」
人智を超えた出来事の連続に呆気に取られる親子は正気に戻ると、建物へ導くように立ち上がる炎の道を進んでいくのだった…
──────────────
「ふう…人質には見苦しいものを見せてしまいました。心の強い方だとよいのですが…カーシル殿、豚のグリルをいただけますかな」
「かしこまりました、グレナルド殿。料理はまだまだございますのでなんなりと」
同時刻…王都騎士団の拠点内。副団長のグレナルド・ベルコは食堂の上座に鎮座し、執事であるカーシルに料理を運ばせていた。
それは決して緊急事態に怠けているわけではなく、カロリーが魔力に変換される特異体質をフル稼働させているからである。
管理された戦場(ソップ・ディ・バタグリーア)…グレナルドが会得した、指定した相手にのみ発動するトラップを仕掛ける従属呪文の名前。
条件を満たした者が発動地点に踏み込んだが最後、炎の報復により全身を焼き尽くされるという鉄壁の技…
誤爆の危険が伴うため本来ならば時間をかけて条件を吟味し、少しずつ設置していかねばならないのだが…数時間後に迫る襲撃に対応するため強引に街の全域をカバーしつつ、緩めの条件にかかった者をマニュアル操作で選別することにしたのだ。
独立した派閥であるイソーの街には騎士団を快く思わない、または憎んでいる者も少なくない。そんな環境下で一切誤爆せず敵だけを潰していくのは人外じみた集中力と魔力が必要…ゆえに大量の食事で都度補給しているというわけである。
(その気になれば異論者を根絶やしにできる技術と適切な運用…さすがは副団長といったところですか)
膨大な情報を処理し続けているにも関わらず涼しい顔をしているグレナルドの風格に、歳上ながら畏敬の念を抱くカーシル。
だが余裕そうに見えるのはあくまで虚栄…グレナルドは調査のために連日『大跳躍』を使い続けていたせいで魔力と体力を消耗しており、あまり時間をかけたくないというのが本音だった。
避難誘導のおかげで住民たちはそこから動かないため、敵意の持ち主を判別するのはいくらか容易になっている。それでも広範囲の人間の動きをリアルタイムで追うのは並大抵の負担ではなく、額には汗が浮かび、呼吸もわずかに早くなっていた。
(カーシル氏とガラナ君くらいしかここにはいませんが…私が弱音を吐けば士気に関わりますからね)
「…ん!?」
「どうなさいましたか?グレナルド殿」
「今、とてつもない悪意を感知したような…外の様子はどうなっていますか?」
「上の坊ちゃんたちはなんとか食い止めております。まさか正門が破られて…?」
グレナルドは改めて街全体をスキャンし詳細な位置情報を調べたものの、悪意の気配は消えてしまっていた。
外の防衛線は未だ健在であり、この状況で街に侵入できる勢力などそうそういないはずなのだが…
「…気の所為とは思えませんね。お手数ですがガラナ君を呼んできていただけますか?」
──────────────
─下に配置した部下からの報告だ!今度は魔族が現れたらしい!
─こっちは目の前でいきなり盗賊が燃え死んだって…何がどうなってるの?
街の状況が目まぐるしく変化していく中、イソーを囲う壁の上では相変わらず迎撃戦が続いていた。砲撃を巧みにかわしつづけてきたアラクネたちにも疲労が訪れており、少しずつではあるが数を減らしている。
傭兵側も兵器の長期使用と受けた反撃でかなり消耗しており、これ以上長く続けるのは厳しい状況だった。
「それは騎士団の秘策だ!お前たちが食らうことはまずないから安心しろ。ボクもそろそろ仕掛けたい、事前に話したことは忘れてないだろうな」
─お、いよいよ中隊長サンの手品が見られるのか?
「チッ…アレはタイミングを合わせないとこちらが不利になりかねない。ボクが合図したら全隊に─」
『イソーに暮らす皆さま、そしてゲストのアラクネ盗賊団ご機嫌よう。今宵はずいぶんと賑やかですねぇ』
指示を遮ったのは突如街に鳴り響く男の声…それは通信機を使用している傭兵たちの誰のものでもなく、しかしノブリスにとってはよく知っているものだった。
─おいなんだこの声は?どうやって響かせてやがる?
「ボス大丈夫?顔色が…」
誰もが戦いに疲れて判断力が鈍りつつある中で唐突に聞こえてきた謎の宣言に困惑する中、ノブリスだけが取り乱し、呼吸が荒くなっていた。
(これは間違いなくブラヒムさんの声だ。おそらく拠点にいるベルコさんも確信しているはず…ということはアラクネへの指令書も、このタイミングで襲撃が起きたのも)
『ワタシはブラヒム・リッチ。”元”王都騎士団の副団長にして今宵のアラクネ襲撃を差し向けた張本人。そしてこのたび…』
『魔族の軍勢に加わることと相成りました、どうぞお見知り置きを。もっとも生き残れたら、ですがね』
人類への裏切りを高らかに宣言しながら、漆黒の中から姿を現したのはブラヒム・リッチ。
道具に頼らず宙に浮いている彼が指を鳴らすと、魔族の軍勢をおかわりといわんばかりに漆黒から吐き出し始めた。
『それでは演じていただきましょうか…偉大なる主を悦ばせるために』