アラクネによる技術都市イソーへの夜襲に苦戦を強いられるノブリスたち。地下道をゴルドンが、ボスのロウンをガルダが、そして街に展開する雑兵をグレナルドが対処することでなんとか被害の拡大を食い止めることに成功している。
そんな中再び現れた王都騎士団 憲兵隊の長ブラヒム・リッチは多数の魔族を引き連れて裏切りを宣言するが…
アラクネの襲撃により荒れるイソーに再び現れたのは王都騎士団 副団長のブラヒム・リッチ。
盗賊を差し向け自らは魔族に寝返ったという彼の宣言は街中に響き渡り、耳にしたすべての人間に衝撃をもたらした。
─あれが副団長?どうやって声を増幅させてるんだ…?
─それより魔族をどんどん地上に落としてるわよ!あんな数対処できるわけが…!
─おうおう坊っちゃん説明してもらおうか?アラクネ呼び込んだのがあいつなら、精鋭逃がしたのもワザとじゃねえのか?
「ボス…」
ノブリスは通信機から聞こえてくる声に反応することなく呆然としている。アラクネと繋がっている事も魔族の影がチラついていることも覚悟していたつもりの彼だが、それでも恩人の裏切りを目の当たりにしてしまったショックは大きい。
放心し、部下たちの呼びかけが耳から抜けていく中、ノブリスは数年前のことを思い出していた…
「キミにとある拠点を任せたい」
「…は?」
ブラヒムとの強い接点が生まれたのは突然のこと…騎士団が使うどの武器・流派も習得できずにいた焦りから口が滑り、エイジャーと大喧嘩をした日の夜のことである。
憲兵隊のトップから呼び出しを受け、昼の騒ぎによる処分も覚悟していたノブリスを待っていたのは意外な言葉だった。
聞けば技術都市イソーと傭兵契約を結んでいた者が病魔に倒れれたため、部隊の再編成に伴い拠点長として向かってほしいというのだ。
先方へのテイもあるため憲兵隊 中隊長の地位を与え、適切な部下も見繕う。直轄の上司であるグレナルドも渋々ながら了承済…あまりにも唐突で都合のいい話にさすがのノブリスも困惑しつつ、何か裏がある事を疑っていた。
(突出した武勲もないのにいきなり中隊長、それも憲兵隊への移籍だと…?この男は何を考えている)
「どうやら納得していないご様子。この国は未だ盗賊や人拐いも多いですからねぇ…騎士団に内通者がいないか素性を調べていたのですよ。キミ、あのソルティ家の御子息だとか」
「!!!」
民による報復から逃れたノブリスたちは各地を流れる中で、自らを”親を喪った子供とその親戚”と偽るようになった。それは騎士団に入る際も同じである。
だがここは旧王政の本拠地…自分たちを知る者など探せばいくらでもいるのだろう。少し考えれば分かりそうなものだがノブリスも含め、そうなる未来を見ないようにしていたのかもしれない。
エルドラ王の取り計らいにより旧貴族たちへの報復は禁止になったものの、完全に軋轢が消えたわけではない。特に民へ悪辣だったと有名なソルティ家の末裔…正体が露見すれば秘密裏に狙われる可能性だってある。
思わず身震いするノブリスの肩を、ブラヒムはがっしりと押さえつけた。
「恐れることはありません。キミに流れている血が尊いことは揺るぎない事実…民が抱えている”誤解”を解くチャンスを差し上げたいのです」
「誤解…」
「キミのお祖父様は厳しくも上に立つ素質のある方でした。だからこそ塩という莫大な利権を任されていたのです。それを卑劣な独裁者として歴史に葬るのはあまりにも勿体ない…だからキミが証明するのですよ。あの日の民の選択が間違っていたことを」
ソルティ家が壊滅したあの日、復讐者となった男から面と向かって血筋を否定されたことを忘れた日は一度もない。それは長い年月をかけて強いコンプレックスとなり、今もなお心に陰を落としている。
ブラヒムはそんな心の闇に直接乗り込んで慰め、ともに立ち上がろうと提案してきたのだ。彼と同じ立場になったとして、一体何人が拒絶できるだろうか?
「主を失った武闘派の使用人たちを持て余していましてね。とても優秀ですが手懐けることが難しく…似た境遇のキミならば新たな主人として認めるかもしれません」
「…あなたは憲兵隊の長、国の平和と安寧を守る盾だ。旧体制の残党に肩入れをしてもいいのですか?」
「ワタシは人材が持つ可能性に期待しているに過ぎません。それにイソーには他の傭兵組織もいる…優しすぎる現体制の人間では見くびられてしまう」
気が付けば肩の震えは止まっていた。これまで隠して生きざるを得なかった血を期待されたことで、心の中にある不安が晴れていったからである。
そんなノブリスを眺めるブラヒムの目はひどく曇っているのだが…高揚感に包まれている彼が気付くことはなかった。
「ノブリス・ソルティ…改めて答えを聞きましょう。キミはどうしたいですか?」
「ボクは…この手で証明したい。本当に間違っていたのは誰なのかを」
「クックック…素晴らしい。明日からはワタシの元で長としての立ち回りを学びなさい。忙しくなりますよ」
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ブラヒムの力は絶大だった。民は風潮のままにノブリスを逆境に負けず、若くして拠点を任される才人と尊敬し。落第生だったギャルたちを受け入れたことで器の大きさまで語られるようになった。
対立する傭兵連中こそ不快だが大きなトラブルもなく、その間にも評判は良くなる一方…都合が良すぎて怖くなるほどに。
だからこそ彼がアラクネと繋がっているなんて信じたくなかったし、仮にそうだとしても庇うのが忠義だとノブリスは考えていた。だが…
(魔族を引き連れて街の機能を停止に追い込み、その隙にアラクネをけしかけるなんて…ボクは…ボクはどうすれば)
─何やら思い詰めているようですねぇ、ノブリス。
声に振り返るとそこには無機質な笑みを浮かべるブラヒムが立っており、武器を抜いたギャル軍団が自分を庇うように立ち塞がっていた。
「…何をしてる迎撃に戻れ!」
「でもボス!こいつ裏切ったって!」
「だからこそだ!お前たちが敵う相手じゃない!戻って下のアラクネどもを─」
ノブリスが言い終えるよりも前に、ボスを守るためなかなか退こうとしないギャルの1人が膝から崩れ落ちた…ブラヒムの手のひらから生えてきた、黒い棘に貫かれて。
小さな穴の空いた腹からは血が流れ出ており、突然の出来事に全員の思考が凍りつく。我に返り、ノブリスが叫んだのは数秒後のことだった。
「…止血急げ!救急キットもだ!ブラヒムさん…どうして…!」
「先程の話を聞いていませんでしたか?エイジャー・グラムといいまったく…しょせんは分不相応な靴を履かせてやっただけの落ちこぼれですねぇ」
「!!!」
認めてくれたはずの相手から否定され、トラウマを掘り起こされたノブリスは再び硬直してしまう。底意地の悪い事に声は増幅されたままであり、街の人々にまで無様を晒す公開処刑である。
ブラヒムはそんな彼の様子をなんとも感じていないような視線を送る一方で、連れてきた魔族たちが次々に焼かれる光景…同じ副団長であるグレナルドの従属呪文に満足そうな笑みを浮かべると、騎士団の拠点がある方角へ向き直りわざとらしく敬礼した。
「さて…ここにはグレナルド殿がいらっしゃるようだ。相変わらず恐ろしく、美しい技に惚れ惚れしてしまいますねぇ…拠点の通信機と繋ぎました。片手間で構いません、少しお話をしようではありませんか」
『…人と通信機を繋ぐような男に褒められるとは恐縮ですなブラヒム君。それにしてもずいぶん過激な辞表だ…本当に人類を裏切っていたのですね』
通信機に繋いだという彼の言葉は本当だったようで、拠点にいるはずのグレナルドの声が街に響き渡る。言葉選びこそいつもの調子だがトーンは暗く、激情を抑えていることは誰の耳にも明らかであった。
ブラヒムはそれを恐れる気配もなく、ただ上機嫌に会話を始める。
「ワタシの事を嗅ぎ回っていたそうですねぇグレナルド殿。この街にいるのは少し意外でしたが。おかげで用意したシナリオが台無しですよ…クククッ」
『君の裏切りとなれば私が調べない訳にもいかないでしょう?おかげでずいぶん痩せてしまいました。…なぜ魔族と行動を共にしているのですか』
「そうですねぇ…グレナルド殿。アナタは今満たされていますか?」
グレナルドは質問を返さない。ブラヒムも沈黙の理由を深追いすることはなく、役者のような大袈裟な身振りを加えながら続ける。
「ヴィドロムによるクーデターで国が陥落し、混乱の中で築いたエルドラ王政は実に平穏でした。戦いではなく相互理解を、搾取ではなく育成を…彼が撒いた種はたった十数年で荒廃した国を緑に染めたのです」
「だが誰もが平穏を望んでいるわけではない。他者を虐げ、利益を享受する…そんな生き方こそがヒトの本質であるとする者の心を変えることはできなかったのですよ。主人の真似事をしたがる者もいたのだから皮肉ですよねぇクククッ…」
争いを極力なくし、皆で手を取り合いながら生きていく…それは裏を返せば突き抜けた贅沢もしにくいということ。
何をするにもある程度の手間と時間がかかる現代において、優雅に暮らすには豊かな者から奪い、貧しい者を使役する事は避けては通れない。
各地の治安を維持する憲兵隊、その長であるブラヒムは様々な組織や思想に触れる機会があった中で、満たされぬ者たちの渇きを知ることになる。そして彼もまた、平穏な世に渇きを感じる1人だったのだろう。
「金、土地、異性…ワタシが少しばかり”力添え”してきた彼らは実に欲望に忠実でした。アラクネの緊急連絡網を把握し、このように動かせたのも縁の賜物です」
『…立場を利用して無法者たちに手を貸していたと?ロックリフ鉱山にアラクネが出入り出来たのも君のせいですね。一体なんのために?』
「かつての王国とその軍隊は強く、冷酷で、何より美しかった…それが今はどうでしょうか?兵士としての矜持を持たぬ幼稚な者や…」
「民への復讐心を忘れ、与えられたぬるま湯に浸かる弱き旧時代の残党ども…」
呆れたように細める視線の先には負傷者を手当するギャル軍団がいた。そして今度は絶望に硬直しているノブリスを睨み、指を指す。
「そしてエルドラ王や拠点で呑気に寝ている…薄ら寒い偽善者。人々はもっと殺し合い、醜い血溜まりの中で輝くべきなのですよ。グレナルド殿、アナタがかつて欲した手足はこんな腑抜けどもではなかったのではありませんか?」
ブラヒムもかつては王国軍の参謀を目指していた男である。だからこそグレナルドのもっと強い軍勢を従えたいという心理に語りかけることで、揺さぶりをかけてようとしているのだ。
彼の言う通り、王都騎士団になってからの兵力が弱体化したのは事実である。それは技術や知識というよりも兵士としての資質…己を殺し、冷酷に剣を振るえる覚悟。
この街にいるギャル軍団やエイジャーのような”甘い”人間を弱き者と断じ、批判するブラヒムの持論に対し、グレナルドはため息の後に口を開いた。
『…なるほど。人間の本質は蹴落とし争うことであり、今の王都騎士団はくだらない腑抜けの集まりだと…だからこうして淘汰の真似事を演じてみせていると。君はそう言いたいのですね』
「ええ。ワタシは惜しくてならないのです…類稀なる能力を持ちながらも前王に絆されてしまい、丸くなったアナタのことが。才能が腐っていく様ほど悲しいものはない」
ブラヒムはグレナルドの後輩にあたる。いずれは王国軍を従える大参謀になる者として期待され、その期待に応えていた頃の野心に満ちた彼を間近で見ていた。
そんな彼からすれば温厚で格下からも気軽に接せられる今のグレナルドがどう映っているか…そしていかに歯痒く感じているかは想像に難くない。
「魔族たちには指揮能力がありません。エイジャー・グラムごときに手を焼いているのは知略に優れる者がいないからなのです。だからグレナルド殿…ワタシの手を取って再び返り咲き、ともに覇道を歩もうではありませんか」
拠点を見つめるブラヒムの目は真剣だった。街を荒らす魔族やアラクネ、それを迎撃する者たちなど気にも留めず。
スカウトを受けたグレナルドは攻撃の手を止めぬまま、様々な感情が入り混じったため息を吐き出すと、ひとつ深呼吸をして優しい声色で語り始める
『…君の気持ちはよく分かりました。その上で主張に1つずつお答えしましょう』
『まず1つ。君は騎士団を酷く見下しているようですね。彼らを兵士として見た際に、確かに資質に欠ける部分もありましょう。ですが民に寄り添い、守ろうとする姿こそが自由の象徴…無数の屍を対価に得た尊い関係性なのですよ』
「「「「「フクダン〜!!!」」」」」
『…こういう場面でもう少し真剣になれればいいのですがね。次に旧貴族の関係者ですが…過去の因縁と使命に揺らぎつつも、報復の連鎖を自分たちの代で終わらせようとする彼らには敬意を抱いています』
そう語るグレナルドもまた、古くから高官を排出してきた家を潰された1人である。民への報復ではなく守護を選び、奔走してきた男の言葉の重みにノブリスと、国を出た側であるガルダは真剣な面持ちで耳を傾けていた。
『そして最後。エルドラ王やエイジャー君が薄ら寒い偽善者であると吐き捨てていましたね。それに関しては私からではなく…本人と語り合っていただきましょうか』
「はい?…まさか」
─突式・翡翠急襲!!!
どこからか叫び声が聞こえてきた直後。水を纏った塊が拠点から飛び出したかと思えばブラヒムめがけて高速で、一直線に突撃してきたのではないか!
手のひらから生成し、レイピアの形に整えた黒い棘で迎撃するブラヒム。纏った水が消え、中から姿を現したのは…全身に機械を張り巡らせ武装したエイジャーとガラナの2人だった。
「まさか騎士団の元、大幹部と戦わされるとはね…ルルたちに怒られる時は一緒だからな、エイジャー!」
「ありがとう、頼りにしてる。さて副団長、いやブラヒム・リッチさん…俺に何か御用でしょうか」