Regain Journey   作:G-ラッファ

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前回までのあらすじ

 人類を裏切り、魔族についたブラヒム・リッチは争いと渇望こそが人間の本質であり、甘く、弱い騎士団に価値はないとする自らの思想を垂れ流した上でもう1人の副団長グレナルドを勧誘する。
 弱さの象徴としてギャル軍団、ステラナイト、そしてノブリスを侮辱するブラヒムの元に現れたのは、死にかけているはずのエイジャーだった。




62話 死に損ないの戦い方

 騎士団を裏切り、自ら手にまでかけたブラヒムの前に現れたのは動けないはずのエイジャーと戦友のガラナ。

 エイジャーが纏っている装備は手足を鉄の外骨格で覆い、無数の管が伸びる推進機を背負った最新鋭のもの…ノブリスがボッシュに依頼していたアシストスーツの造形は、かつて対峙したアラクネの構成員 ヒボゥが身につけていたものと酷似していた。

 

「グラムおま…貴様なぜここに!それにその装備はボクが依頼して…」

 

「ハァ…ボッシュさんが届けてくれたんだ…悪いけど少し借りる…よ」

 

 質問に答えるエイジャーの声は弱々しく、呼吸も荒れている。鱗粉の症状から回復していない事を察したブラヒムはくつくつと笑いを抑えた後、呆れたような表情を浮かべて睨みつける。

 

「クックック…寝ていなさいエイジャー・グラム!アナタが次に目覚める頃には誰一人として生者はいなくなっているでしょうがね。そう…”あの日”のように!」

 

「ハァ…なるほど…ハァ…今まで確証が持てなかったけど…あなたはあの時…俺を見下ろしていた中にいたんですね」

 

 ブラヒムはエイジャーの問いに対して軽薄な笑みを浮かべつつ、どちらとも取れるように肩を竦めてみせる。

 だが彼の予想は的中しており、朧気に浮かんでいた4つの影の1つはブラヒムのものだったのだ。

 

 王都が滅んだあの日…死にかけのエイジャーを他の大幹部と並んで見下ろしながら、遺恨を残さぬよう始末することを主に進言していたブラヒム。

 だが彼らを統べる者…敢えて呼ぶなら「魔王」はそれを却下。エイジャーを吹き飛ばした後に王都を瘴気で囲い、何人も入れないようにしただけである。

 

 わざわざ反撃の種を残した魔王の行動の真意は、側近であるリオゴールにすら理解できていない。地上の覇者を目論むブラヒムももちろん例外ではなく、非合理的な行動を思い出すと今でも腹が立ってくるのだった。

 

「主もワタシの進言を受け入れていればこうも苦戦しなかったというのに…ですがここで終わりにしましょうか!その体では借り物の力も使えまい…赤子の手どころか虫ケラの首をもぐほどの簡単さだ」

 

「…!おい引っ込めグラム!貴様の出る幕じゃない!そいつを置いてさっさと─」

 

「なんだ心配してくれるのか?ゴホッ…大丈夫、こんなんでもお前よりは戦える自信があるんだ」

 

 振り返り、笑うエイジャーの顔はすっかり青ざめており生気がない。煽られたことも忘れて引き下がらせようとするノブリスをガラナが制止すると、エイジャーは再びブラヒムへと向き直る。

 

「お前はあいつらの隊長だ…やるべき事が他にあるだろ。俺にあんな事を言ったんだ、部下を守り通してみろ。それに…」

 

「こんな奴は俺と…ガラナで十分だ」

 

 エイジャーは機械腕にマウントされた剣を向け挑発する。らしくない言動の連発から何かしらの意図を汲み取ったノブリスが指揮へ戻るのを見送った後、ガラナも隣に並び立った。

 ブラヒムはそんな2人にため息をつくと…生成したレイピアに黒いオーラを纏わせ、構える。先ほどまでご機嫌に見下していた彼の表情には不快感が滲み出ており、殺意に呼応してオーラが強まっていた。

 

「不躾な態度に敵の脅威判定ミス…しょせんはゴミ山育ちのネズミでしかないようですねぇエイジャー・グラム。魚1匹率いて将気取りとはまったくくだらない」

 

「俺の評価、虫からネズミに変わりましたねブラヒムさん…あなたこそ脅威判定を誤ったのでは?それにガラナは魚じゃない、勇敢で頼りになる友人だ」

 

「ほう、まだ余裕がありそうですねぇ。それではワタシが相応しい姿に…矯正して差し上げましょうか」

 

「…!『ウォージュン』!!」

 

 先手を取ったブラヒムはレイピアを構えてぬらりとした動きで距離を詰めるのに対し、ガラナは掌から生成した水の膜で壁を作る。

 ざぶん、という音と共に壁へ突っ込んだブラヒムが水中とは思えぬ速さで2、3度剣を振るうと、流体であるはずの水がいとも容易く切り崩された。

 

「『突式・啄木鳥連突』…!」

 

─シュアァァァァ!!!

 

 だが水の壁は囮にすぎない。エイジャーは貯蔵された魔力で内部装置を起動、蒸気による補助で機動力を上げると、マウントされた剣による無数の突きを放つ。

 対するブラヒムは視界が開けたところに畳み込まれたにも関わらず冷静に対処し、細い刀身をしならせ最低限の動きで攻撃をいなしてしまうのだった。

 

「大口を叩くからどうかと思えば遅いですねぇエイジャー・グラム…あまりにも遅い突きだ。やはり症状は改善していないようですねぇ」

 

 エイジャーが装着しているアシストスーツ『ダイダル01P』は魔力と蒸気機関の両方を動力とした試験機である。

 体格に恵まれないボッシュが作業を効率化させるための巨体化装備として開発していたものをベースに、ロックリフ鉱山の戦いで鹵獲したヒボゥの兵装から得たデータを落とし込んだ一品だ。

 

 体のわずかな動きを魔力が伝え、蒸気により溜め込まれた圧力で鉄の義肢を動かす…作業用と言いつつも戦闘補助にも転用できるそれのスペックは十分であり、立つこともできない今のエイジャーにも戦う力を授けてくれる。

 

 だがこれはまだ調整を終えたばかりの試験機であり、力の細やかな流れまでは再現することはできていない。生身で放つ突きよりも「カタい」啄木鳥連突はブラヒムを仕留める領域には届かなかったようで、一連の対処に息一つ切らしていなかった。

 

「内勤だからと見くびっていましたか?ノブリスといいアナタといい人を見る目がまるで養われていない…野蛮な討伐隊どもの教育レベルが知れますねぇ」

 

 ブラヒムは体についた水をはらいながら2人に呆れの視線を送る。やや気圧され気味のガラナとは対照的に落ち着いた様子のエイジャーは口元を緩めると背中に圧力を集中させて加速し、ジェットキックをお見舞いした。

 

「その言葉は”改めて”あなたにお返ししますよ…あいつを侮辱して気持ちよくなってるようですが、そのノブリスを中隊長に推薦したのはあなたなんですからね」

 

 踵から大量の蒸気を吹き、しゅうしゅうと甲高い音を立てながら加速し続ける蹴りを受け止めるレイピアは先ほどまでのしなやかさを失った代わりに異常な硬度を誇り、ぴくりとも動かない。

 その一方で劣勢にも関わらず余裕をかまし、煽り続けるエイジャーの態度が癪に障るのか、ブラヒムの表情はさらに引きつり始めていた。

 

「フ…キサマは何か勘違いしているようですねぇ。ノブリスを推薦したのは決して優秀だからでも、見込みがあったからでもない…駒を保管するのにちょうどよかったからですよ」

 

「駒…?」

 

「ええ。民に憎しみを持ち、平和な世に迎合できず、力と残虐性を維持した旧時代の遺物ども…ノブリスが”ステラナイト”などと呼んでいる彼らは、ワタシが国家転覆を実行する際の兵隊として使うつもりだったのですよ」

 

 ブラヒムの告白は決して負け惜しみなどではない。平和な世を革命でひっくり返し自らが頂点に立つ…ステラナイトはそんな事を可能性の1つとして残していた彼の兵隊保管庫だったのである。

 治安を司る組織であり、表の顔を守るため規律に厳しくしていた憲兵隊に反乱分子を潜り込ませるのは困難である。小隊に入れれば目立ち、国境を守る大隊は非常に結束が固くつけ入る隙が無いからだ。

 

 そこで目をつけたのが傭兵として部隊を置いている技術都市イソー…孤立した立地は兵を隠すのに最適であり、純粋な武力を求められる条件は躾がされていない旧時代の者どもを遊ばせるのに都合が良かった。 

 ブラヒムはまず手紙に忍ばせた毒で前任者を引きずり降ろし。予め目をつけていた操りやすい傀儡候補…貴族の血を引きながらも身分を隠し、才の無さから討伐隊で燻っていたノブリスに接近したのである。

 

「彼らには骨の髄まで権威主義が染み付いていましたからねぇ…飼い主の資格を持つ血を引き、かつ程よく愚かなノブリスがいたのは本当に助かりましたよ」

 

「…ノブリスを無理に昇進させた理由は分かった。だがアゲハやケインたちまで受け入れさせたのはなぜです?まさかあいつらにも反乱の片棒を担がせようとしたんですか」

 

「まさか!反乱とは統率された者たちが必要な分だけ壊せば事足りるもの…”アレ”は雑用にもなりません。目的のカムフラージュと憎悪を募らせるためですよ。彼らの性格を考えれば落ちこぼれのお守りなど屈辱の極みでしょうから」

 

 ギャル軍団をわざわざ拾い上げたのはステラナイトたちの不満を募らせて扇動しやすくするため…否定しがたい侮辱に当人たちは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべ。

 はじめから何も評価されていなかった事を知ったノブリスもすっかり意気消沈していた。

 

 ガラナも眼前の卑劣漢に怒りを燃やす中…普段は滅多に見せることがない表情を浮かべるエイジャーは鼻で笑うと、まるで人格が切り替わったかのようにブラヒムを嘲り始めた。

 

「はっ…やっぱりあんたは人を見る目がない。よく副団長なんてできたものだ。知ってるか?そういう奴を”フシアナ”って呼ぶそうだ」

 

 これまでと比較しても特に直球かつ挑発的なエイジャーの態度に目を丸くする騎士団の面々。一方のブラヒムは目尻がピクピクと絶えず動いており、左手は殺意に震えゴキゴキと鳴いていた。

 

「…ついに言葉遣いもままならぬほど追い込まれたようですねぇ」

 

「敬語を使う価値もない、そう言わないと理解できないか?悪巧みが少しハマって偉くなったつもりだろうけどな、あんたみみっちいんだよ。強い奴に媚び諂い回って…まるで寄生虫だ」

 

 寄生虫…人間に、ましてや組織の上層まで上り詰めた男に投げかけるものではない例えにブラヒムの血管がビキビキと浮かび上がる。

 レイピアを構え、放たれる殺意は人間のそれを軽く凌駕していた。

 

「ほう…!小隊長如きでは影も踏めぬ副団長のワタシを寄生虫呼ばわりですか。いいでしょうそれでは…」

 

「その寄生虫に蹂躙される屈辱の中で死になさい」

 

─────────────────

 

「いやぁキレッキレだねぇ、聞いてて気持ちがいい。騎士団ではああいうのも教えてるのかい」

 

「騎士団は民に寄り添う高潔な集団を目指していましたから、あのような下品な物言いを教えたりはしません…」

 

 同時刻─拠点内では外でのやり取りを聞いて上機嫌なボッシュと、呆れ返るグレナルドの姿があった。

 

 アラクネの指揮官であるロウンの襲撃をものともせずアシストスーツ”ダイダル01P”を調整していたボッシュは仕上がりとともに街を爆走、出迎えに来たガラナとともに拠点へ転がり込んで今に至る。

 

「それもそうか。にしてもあんな体で時間稼ぎを買って出るんだからとんでもないねエイジャーくんは。正気の沙汰とは思えないや」

 

「えぇ、本当に…」

 

 グレナルドは街に放たれた魔族やアラクネを燃やしながら外を…瀕死の体で役目を果たすエイジャーがいる方角を眺めながら、数十分前の事を思い返していた…

 

 

 それはアラクネが襲来する少し前の事…嵐の前の静けさが漂う拠点に通信機の呼び出し音が鳴り響いた。

 カーシルは通信機がある部屋に移動し、拠点内に聞こえるよう増幅器を調整する。こんなタイミングにかけてきた男─ボッシュはいつものように、やる気のないトーンで話し始めた。

 

『あーもしもしぼくだけど。隊長さんはもう出払っちゃったかい?』

 

「これはボッシュ様。坊っちゃんはすでに壁上に移動しておりまして…じきに襲撃の予定時刻ですしあなた様も避難なさってください」

 

『でも今こそ必要でしょ。魔力と蒸気とその他諸々で動かすアシストスーツ。急ピッチで調整してるからあと少しで届けられるんだけど…襲撃が始まったら上まで持って行くのは厳しいかな』

 

─それなら…俺が持っていきますよ…

 

 不意に背後から聞こえた声にカーシルが振り返ると、そこには寝ているはずのエイジャーの姿があった。見張り役であるガラナの肩を借りてもなお立つのが辛そうな彼の登場に驚く中、通信機からは興味深げな声が聞こえてくる。

 

『お、エイジャーくん大丈夫なのかい。鱗粉を1番近くで吸ったと聞いたけど』

 

「大丈夫ではないですが…こんな時に寝てなんていられませんから…」

 

 何事か問おうとするカーシルに対し、ガラナは呆れたように首を振った。

 

 少し前に目を覚ましたエイジャーは夜の襲撃とそれに備えてみんなが出払っていることを知り、自分にも手伝わせろと必死の形相で頼み込んでいたのだ。

 諦めさせるために上官であるグレナルドの元へ連れて行こうとしていたのだが…そこでボッシュの話を聞き、通信機のある部屋にやって来たのだった。

 

「アシストスーツを着ながらであれば届けるくらいはできるはずです。だから俺がノブリスに─」

 

─残念ながらそれは許可できませんな、エイジャー君

 

 声とともにフラフラの体が突然安定したかと思えば、そこにはグレナルドが肩を貸しに来ていた。

 

「君という人は本当に…常に自分の身を危険に晒していないと気が済まないのですか」

 

「我ながら病的だと思います…スーツを届けるのもそうですが、もしアラクネと繋がっていたのがブラヒムさんならまた姿を現すはず。俺はその時の囮として最適なんです」

 

 脂汗を垂らしながらバツが悪そうに笑うエイジャーの目には確固たる決意が宿っており、地を這ってでも干渉するという意思が嫌でも伝わってくる。

 こうなるとてこでも動かない事をよく知っているグレナルドは頭の中で次の手を組み上げつつ、発言の詳細を聞き出すことにした。

 

 ノブリスがまだ打ち明けていないと知ったエイジャーは少し迷った後、ステラナイトによるアジトへの奇襲を察知し逃がした者がいること、その指令書がブラヒムの筆跡に酷似していること。

 そして指令書について隠していたとノブリスから告白された直後にクレイヴモスが襲来し、その背にブラヒムが乗っていた事をすべて説明した。

 

(彼の話が本当ならばブラヒム君は魔族を連れてくるはず…アラクネも交えて街は大混乱に陥るでしょう。私も一気に処理できる数には限界がある以上、指揮官の片方を釘付けにしておく重要性は確かに高い)

 

『あのーぼくの事忘れてない?どちらにしろスーツは持って行った方が良さそうだけど』

 

「…申し訳ない、考え事を。では完成次第スーツを届けていただきたい。進路上の邪魔者はすべて焼き払いますが念の為、ガルフィン族の少年に迎えを頼みます」

 

 スーツの配達…それは誰かが着用し、持っていくことを意味する。2つの敵勢力を相手取る上で用心を重ねたいと考えたグレナルドはエイジャーの要求を飲むことにしたのだ。

 

 了解したボッシュが通信を切断し、4人のいる部屋に静寂が訪れる中、視線は死にかけながらも強い意思を瞳に宿らせるエイジャーに集まっていた。

 

「皆さんすみません…あの日のように何もできないのは許せなくて」

 

「ほんとだよ…その無茶に救われた立場だから強く言えないけどさ」

 

「戦いが終わったらノブリス君ともどもきっちり絞りますからね。ところで君はどのように時間を稼ぐつもりですか?まさか正面切って戦うとは言いませんよね」

 

「戦闘は避けられませんが考えがあるんです。それは─」

 

(ブラヒム君をひたすら煽って意識を自分に向けさせること、とはまたなんとも…)

 

 エイジャーは王都壊滅の日に魔族たちに見逃された事から自分が簡単には殺したくない存在であること

 にも関わらずブラヒムが容赦なく撃ってきたことから個人的に嫌われているであろうとも予想し、わざと怒らせて冷静さを殺げないか提案してきたのだ。

 

 曰く「ノブリスやブラヒムのようなタイプは自分を嫌う傾向があり、煽りを入れれば間違いなく食いつくだろう」と…

 

 仮説に仮説を重ねた策とも呼べぬ思いつきは意外にも功を奏し、ブラヒムは拠点への通信も切断してエイジャーに意識が向いている。

 数こそ多いものの指揮や妨害のない魔族たち個々は大した脅威ではなく、グレナルドの従属呪文により次々と焼き尽くされていた。

 

「元副団長を手玉に取るなんて彼もなかなかワルだねぇ。虫も殺せないような顔してるのに」

 

 笑いながら戦いの様子を窓から眺めるボッシュは大変にご機嫌である。とはいえあくまで時間稼ぎ、いつまでも前線に出し続けるわけにはいかない。

 魔族側の指揮官であるブラヒムに手を出さないのは民間人の保護を優先しているというのもあるが、もう一つの問題を抱えていた。

 

(それにしても妙です…ブラヒム君が索敵にかからない。あれだけの悪意を持っているのに何故だ…?)

 

─もしもし!!!王都騎士団の拠点で合ってる?あれ…繋がってるわよね?

 

 グレナルドの集中を乱す騒がしい声が拠点内に響く。声だけでも伝わってくる強気な少女のそれはブラヒムが行った通信機への強制接続と同じような反響をしており、またもや何者かに回線をジャックされたことを意味していた。

 

「通信機を一方的に接続、それも未認証の相手がしてしまうとは…私は副団長のグレナルド・ベルコ。貴方についてお伺いしても?」

 

『あっそうだった…今はサノヴァ商会に身を置いてる、敵じゃないから安心して。それと認証はダーリンとリンクさせてるだけ。あたしはそこまで器用じゃない』

 

 同席しているカーシルはよく知る商会の名前に安堵し、ボッシュはしれっと流された、この状況には似つかわしくないダーリン呼びに思わず振り返る。

 そしてグレナルドは2つの要素を持つ人物に心当たりがあった。以前エイジャーから聞いていた報告と合致する名前を名乗った少女はさらに続ける。

 

『街の中央から行政ブロックに向かうルートはあたしに任せて。他にもエリアを指定してくれたら焼き尽くしてあげる』

 

「申し出は非常にありがたいですが…」

 

『これでもサレム=ヘクスの出だから使う価値はあると思うけど?ダーリンを早く休ませたいだけだから遠慮はいらない。ただその…ちょーっとだけ建物を巻き込むから…後始末は増えるかも?』

 

────────────

 

「「『刃式・隼突撃』!!!」」

 

 新たな援軍の足音が聞こえてくる中、壁上では2人が引き続きブラヒムを足止めしていた。

 エイジャーはスーツの出力を全開にして、ガラナは足裏に溜めた圧縮水を解放して瞬速の一撃を再現し、前後から挟み込むように斬りかかる。

 

 だがブラヒムは黒棘のレイピアを軟化させてしなやかさを付与、絶妙なタイミングで体を回転させるとそれぞれの攻撃を受け流してみせる。

 

「これも防がれるのか…痛っ!?」

 

 それだけはない。すれ違った2人の足に切り傷がつき、足から出血しているではないか。

 一回転のうちに攻撃をいなし、まったくの別箇所に反撃する挙動に強い違和感を覚えるもののエイジャーに考えている時間はない。痛む足で地面を強く踏みつけると、さらなる攻撃の準備に入った。

 

「ガラナは一旦離れて!刃式…」

 

「フッ、キサマの妙な型は確かに少々面倒ですが…身体も自由に使えぬ状態で使ったところで意味はないと理解しなさい」

 

 エイジャーは再び背中の推進機を作動させて後ろ向きのまま突っ込むと、嘲笑するブラヒムに斬撃を浴びせんと振り返りざまに刃を振るう。

 …かに見せかけてアタッチメントに刃はついておらず空振る。攻撃のタイミングと位置をずらす不意打ち『烏偽装』だ!

 

 だがブラヒムも引けを取らない。初撃がブラフと気付くと即座に腕の硬直を解いて本命…未だ身体に隠れている左手の二撃目に備える。

 

「言ったでしょう!今のキサマでは不意打ちすら…ッ!?」

 

「不意打ちが一度きりなんて誰が決めたんだ?」

 

 やや下段に振り抜かれた二撃目にレイピアを合わせたものの攻撃を受けた感触がないことに気付く。見ればどちらの手にも刃がついていないのだ。

 そして左手に視線が誘導されたことで足元に落とされた刃が死角となり、回転の勢いを利用した蹴り…『駝鳥蹴撃』はブラヒムの腹を貫いた。

 

「ハァ…まだ終わりじゃないぞ!忘れ物を返してやる!」

 

 エイジャーは太ももを膨張させホルスターを起動。飛び出したピストルショットガンを掴むと、腹を目掛けて引き金を引いた。

 実物を分解し、その構造を理解したボッシュが用意した弾薬は銃口から離れると同時に拡散し、鋭利に加工された鉄球は着弾点をズタズタに食い千切る。

 完全に殺す気で放った一連の攻撃は殺しをなるべく避けたいエイジャーの方針に背くものであり、ブラヒムを完全に魔族側として認識していることを意味していた。

 

 刃が貫通し、散弾の追撃を受け、ずいぶんと風通しが良くなった腹は誰が見ても生命活動を続けられる状態ではない。

 だが僅かな気の緩みから脱力、膝をついたエイジャーに対し、ブラヒムの姿勢は崩れなかった。

 

「ッ!?いつの間に後ろに…うわっ!」

 

 出血すらしていないことに気付いたガラナは槍を握り直し、頭を目掛けて突きを放つも避けられてしまう。

 背後に回ったブラヒムは早かった。ガラナが反撃に移るよりも先に黒い柱を生成すると、一気に壁の下へと押し出してしまったのである。

 

「不意打ちを重ねた上に銃を使うとは。ワタシが人間のままだったら狩れていたかもしれませんねぇ…ですが」

 

「それはワタシが冷静さを欠いていたらの場合だ」

 

 邪魔者が消えたのを確認したブラヒムはエイジャーを蹴り飛ばし踏みつけると、改めてあの日のように見下すのだった…

 

 

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