王都騎士団副団長 ブラヒム・リッチが手引きした技術都市イソーへの大規模襲撃は数多の混乱を起こしつつも収束に向かっていた。
化けの皮がついに剥がれたブラヒムはグレナルドの従属呪文に焼かれて釘付けに、クレイヴモスも手すきとなった傭兵たちによる砲撃でなんとか食い止めている。
ようやく解決の兆しが見える中、視点は瀕死となったエイジャーへと移るが…
「そんな…メチャクチャだ…」
再生と焼却…2人の副団長による極限の我慢比べが始まっていた頃。アーサーからとある提案を聞いたエイジャーは驚愕していた。
アーサーの話はこうだった。
クレイヴモスの鱗粉には卵、あるいは幼生にあたるデコイたちが含まれており、これを吸い込ませることで寄生する。
デコイたちは魔力や体力を吸い続け、やがて宿主を衰弱死させるのだが…鱗粉を取り込ませるという方法のため寄生位置が一定ではない可能性が高い。
根拠として死後、体から取り出されたデコイは3体。内臓の内側に寄生していた上に場所もバラバラだったとアーサーは語る。
ゆえに除去のためには「デコイの位置を正確に把握する手段」と「物理的な干渉が難しい箇所への攻撃手段」が必要なのだという。
街へ戻る道中、アルジードから指輪の力について話を聞いていたアーサーは”レプトルソナー”と”以心電心”を応用すればデコイたちを発見・駆除出来るのではないかと考えた。
だが2つの力は指輪とエイジャーが揃わねば使えず、そのエイジャーはもはや虫の息…自らを治療することはできない。そこで”以心電心”でアーサーが力を拝借し、代わりに除去しようというのだ。
しかしこの作戦には2つの欠点がある…はじめの以心電心はエイジャーが起こさなければならないこと、そしてアーサーの体には魔力が無いため、仮に共有されても使えないことである。
その上で思いついた解決法…少し言いづらそうにしていたアーサーの口から放たれたのは、信じられない提案であった。
「デコイが干渉できないよう、別人が内側から操るんだ…ルルちゃんの魂と魔力を君の体に移してね」
他人の魂を体に移す…突拍子もない提案に目を丸くするエイジャー。だがアーサーの目は真剣で、冗談や酔狂ではないことを物語っていた。
それでも何かを言いたそうな様子を察したアーサーは席を譲ると、今度はルルが顔を覗き込んでくる。霞む視界に映る彼女の姿は間違いなくルルなのだが、どこか違和感がある…
「あなたは…ルルじゃ…ない?」
恐る恐る紡ぎ出されたエイジャーの言葉にルルは微笑むと、肯定するようにゆっくりと頷いた。
『一目で見抜くとは…やはり貴方たちの絆は特別なのですね』
誰かが乗り移ったルルの声色は今まで聞いたことがないほどに大人びている…というよりもよく似ているだけで別人のものである。
『私は貴方が譲り受け、ルルが身に着けているネックレスに宿る魂…ひとまずは”セレーネ”とお呼びください』
セレーネと名乗る人格はもう一度微笑む。彼女からは敵意を感じない一方で、偽名であることを仄めかすなど信用しきれない部分を残していた。
だがそんなことはどうでもいい…エイジャーは息絶え絶えで最も重要な事を確認すべくセレーネに迫る。
「ルルは…ルルの人格はどこに行ったんですか…!?」
『貴方の体へ移せるよう準備をしています。もちろん彼女も同意しての事ですが…信用を得るための努力を怠ったことをお許しください』
「俺が頼んだんだ。あまり時間が無いからと…セレーネさんにはルルちゃんの魂が不在の間の生命維持と、魔力の共有を手伝ってもらう」
「生命維持ってそんな…危険すぎる…!」
初対面な2人の提案はメチャクチャで、肝心のルルとは意思疎通が取れない。
混乱し、どうすればいいのか分からなくなったエイジャーの頭は様々な事を考え、思い出し、そして…1つの疑問を零させた。
「…アラクネとの戦いで重症を負ったアルとランヅキが一晩で回復した事がありました。もしかしてあなたが?」
セレーネは頷くと同時に感心していた。突飛な現状と過去の違和感を即座に結びつけられる思考能力と、客観的に見てルルを乗っ取っている自分の事を敵と決めつけず、なるべく信用しようとする精神性に。
『危険な状態だったので無断で体を使わせていただきました。…目覚めたばかりのため無用な負担をかけ、私自身もしばらく出てこられなくなってしまいましたが』
ルルには怪我を治す力があるものの、指輪を介した上で治せるのはエイジャーだけという厳しい制約があった。それは今でも変わっていない。
だがトゥアンの町では確かに2人が回復し、治した記憶のないルルは疲れ切っていた。少なくとも発言の辻褄は合うし、事実であれば仲間を救ってくれた恩人である。
そしてセレーネという人物がルルの主導権を握っているという現状が、魂の移動という信じられない作戦に現実味を与えていた。
「でも…どうしてルルなんですか?魂の移動?ならセレーネさんの方が経験があるはず」
『肉体と魂は非常に強固な結びつきで成り立っています。生きた人間に無理やり移せば拒絶反応で両方が壊れてしまう…なるべく近しい者でなければいけないのです』
「記憶を失ってから常に君といたルルちゃんはほぼ同じ記憶を共有している、魂の持つ情報が近いんだ。それに彼女が治癒のために注ぎ込んだ魔力というつながりもある」
確かにルルと出会ってからここまでのほとんどの時間を共に過ごしてきた。自分だけを治癒できるという制約があることからも、特別な何かがある可能性は否定しない。
それでも危険な手段に彼女を巻き込むことに同意する気にはなれない…返答に戸惑うエイジャーを愛おしそうに眺めながら、セレーネは子を諭す母親のような声色で語り始めた。
『貴方がルルを危険に晒したくないのはよく分かります。ですが覚悟を無下にされて、ひとり置いていかれる彼女の未来を想像してください…どんな顔をしていると思いますか?』
「それは…」
『貴方が皆を失いたくないように、皆も貴方に死んでほしくないのです。そろそろ対等に見てあげてもよい頃合いだと思いますよ』
語りかけているのはセレーネという初対面の人物にも関わらず、エイジャーは懐かしい感覚を抱いていた。それはスラムで暮らしていた記憶も曖昧なほど昔のこと、母親であるマーニと語らっていた時のような…
見知らぬ人物に母性を感じるほど情けないことはない、極度の衰弱で意識も怪しくなってきたのだろうと自嘲気味に笑う。だが今ならば弱味を見せても構わないと思うようになり─静かに頷いた。
『賢明な判断に感謝します。まずは指輪をお返しして…心を穏やかに、そして彼女と深く繋がることを受け入れてください…そうです…波長が近づいてきました…ルル、今です』
セレーネの合図とともに指輪が眩く輝くと、光の玉が繋がれた手を通ってエイジャーの中へ入っていく…第一段階の成否を2人が心配する中、オーディアだけがその光景を目にしていた。
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─クソッ、新手かよ!
どこまでも続く暗闇の中、エイジャーは目を覚ました。朦朧とする意識の中何が起きたのかを必死に思い出し…魂を移動しようとしていた事を思い出す。
だが視界に映っている光景は魔族の群れを倒したと思われるアルジードの元へさらなる援軍が到来しているのを、なぜか高所から眺めているというものだった。
(こんな状況は記憶にないぞ…どうなってる?…うっ!?)
困惑するエイジャーの心を何かが塗りつぶしていく。それは今すぐアルジードを助けに行かねばならないという焦りと、飛び出してはいけないもどかしさ。
同時に現在地が血統秘術で樹上に作った木の籠であること、オーディアという少女を守るよう言いつけられていたという情報が頭に流れ込んでくると、これが誰かの記憶であることを理解した。
─このままじゃアルが危ないし、でも助けに行くには降りなきゃいけないし…!どっちを助ければいいか分かんないよ…エイジャぁ…どうしよう…
(この声…ルルか!?ということは今見ているのは俺が倒れてからの出来事…)
─ル、ルル。首飾りを外に出してください
胸元から聞こえてくるのはセレーネの声…突然の出来事に驚きつつも指示通り取り外すと、わずかながらも温かい光を放っている。
─私はセレーネ、この首飾りに宿る者です。少しリスクはありますが…この状況を切り抜けるお手伝いができるかもしれません
─分かった!なんでもいいから助けて!
─…えっ?いけませんよルル、説明も聞かないうちにすべてを委ねるというのは─
─早くしないとアルがやられちゃう!もうエイジャーの好きな人がいなくなるのはダメなの!だから助けて!なんでもするから!
必死に懇願するルルの胸中が直に伝わってくる。言葉ではなく感覚で、いかに自分たちを大事に想ってくれているのかが。
─分かりました、話はここを切り抜けてからにしましょう。貴方の中に眠る力、無理やり引き出させていただきます…!
彼女の宣言通り、入り込んだセレーネに体内をまさぐられた後、何か大きな力が吹き出す感覚に陥る。
そしてルルの体を一時乗っ取ったセレーネは記憶を元にボゥトパスを模した木人形を生み出すと乗り込み加勢、アルジードを助けるべく魔族の群れを殲滅していったのだった…
「今の光景が実際に起きたこと…本当にいきなりだったんだな」
─ャー!エイジャー!
いつの間にか記憶が混ざり合う感覚から覚め、完全に自我を取り戻していたエイジャーは己を呼ぶ声をキャッチした。あたりを見渡すと自分を取り囲むようにいくつもの壁が浮いており、ここがまだ現実世界ではないことを把握する。
そして無数にある壁の1つから見慣れた人物が…ルルがひょっこりと顔を覗かせた。
ルルは壁の間を縫い、暗闇の中を泳いでくる。そして目まぐるしく変わる状況に理解が追いつかないエイジャーの元へようやくたどり着くと…とても不機嫌そうな表情で睨みつけた。
「すぐ見つかるって言ってたのに迷っちゃったじゃん!エイジャーがめんどくさいことばっかり考えてるからだよ!もう!」
「え?あ、ごめん…?ルルがいるって事は…えっと…?」
「そういうのは後で!ビリビリするやつの使い方を知りたいから手、握って?」
エイジャーが促されるままに差し出された手を握ると、再び記憶が意識が混ざり合うような感覚に陥る。混乱から自我を強く持とうとしたものの、セレーネから言われた”深く繋がることを受け入れろ”という助言のまま身を任せることにした。
その間にもクレイヴモスを追う道中でセレーネの存在の説明やデコイの駆除方法の相談、アーサーの体の秘密についてなどのやり取りが流れ込んでくる。
一斉に叩き込まれる情報に混乱しつつも、全員がエイジャーを助けるべく動いてくれていたことに申し訳なさと嬉しさを感じていると、今度は自分から何かが抜けていく感覚に陥る。
「ん…本当に以心電心の使い方が分かる。ちょっと待っててねエイジャー、このまま使ってみるから…こうかな?」
ルルは手を握ったままもう片方の手を上へ─周囲が暗闇のため方向感覚も曖昧だが─とにかく頭上に掲げると、手のひらから放たれる稲妻にも似た光はどこか遠くへと流れていく。
当事者でありながら蚊帳の外なエイジャーにできることはなく、真剣な彼女の横顔をただ眺めているのだった…
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こちらは現実世界、魂を送り込んでから数分後。エイジャーの体がひとりでに緑の稲光を纏うと、繋いだ手を通してセレーネを感電させた。
「ん゛っ…なかなか痛いですね…!アーサー!」
「まだ使った事が無かったんだな。こんな感じか…?『レプトルソナー』!!」
合図を受けたアーサーも手を握り、3人の体は以心電心を通して繋がった。そしてエイジャーの体から記憶と感覚が、セレーネからは魔力が送られてくる。
アーサーは手のひらを体に押し付け、魔力をレーダーのように発すると、反響した図面が脳にフィードバックされる。そしてその中で明らかに異質なもの…臓器に紛れて植え付けられたデコイの存在を感知した。
「肺・肝臓・胃の3箇所、それも成長が早い。次は君の技を理解して…なるほど、まだ理想には届いていないか。俺も完璧にはできないだろうけど我慢してくれよ…『以心電心』!!!」
受け取った記憶を元に魔力を電気へ変換しつつ、エイジャーでも未だ苦戦している電気の加害性をさらに抑え込むアーサー。レプトルソナーで把握した位置まで到達させると抑制を解除、デコイたちに電撃を浴びせた。
ショックの瞬間エイジャーの体は大きく跳ね、口からは煙と焦げた臭いが立ち上る。2人が慌てて生死を確認すると…酷く咳き込んでいるものの、まだ呼吸は止まっていなかった。
「…デコイは除去できたがどこまで内臓を傷つけてしまったかは分からない。セレーネさん、次の段階を頼む」
『お任せください。ルル、聞こえますか?エイジャーの体を蝕む魔族は消し去りました。あとは…すべての魔力を使ってほしい?彼にはまだやる事があるから?はぁ…まったく貴方たちは』
体に残ったままのルルと話すセレーネは呆れたような、しかしとても嬉しそうな表情を浮かべる。そして少し前にソランから貰った体力・魔力を回復する強い薬を飲み干すと…ありったけの魔力を注ぎ込む。
『しばらくこの体は凄まじい倦怠感で動けず魔法も使えなくなります。私もそろそろ限界なので…っ話が終わったらすぐに戻ってきてください』
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「…体についてた魔族はアーサーが倒してくれたって!セレーネが回復してくれてるからもうすぐ元気になるよ」
「あとでお礼を言わなきゃね。でもその前にルル。君の記憶を見たんだ。俺のためにあんなに頑張ってくれて…その…いつもありがとう」
「ん!私もいろいろ見てきたよ?お母さんとか、前の仲間とか…奥さんとか。みんないい人だったんだね。…エイジャー!おヌシはいつも実戦で手を抜きよる!素振りの時のキレはどうした!」
ルルは両手を後ろに結んで身を屈め、軽く顎をしゃくって檄を飛ばす。その様子はエイジャーにとっての第二の親、師匠の生前にそっくりであった。
「まさか…実戦訓練での師匠のマネ?僕は戦いたくありません、師匠だって傷つけたくない…って反論してたっけな。そして必ずこう返されるんだ」
「「世界は甘いおヌシに甘い者ばかりではない!いざという時にすら殺す覚悟を持てない者は何一つ守れんぞ!」」
揃った事に笑いつつも一言一句、タイミングすらぴたりと合致したことで本当にお互いが繋がっていることを感じるエイジャー。
そして魂という根底の部分で思い出した師匠の言葉を反復し、噛み締め─どこか諦めたように肩を落とした。
「…厳しい人だったけど正論だ。クレイヴモスとブラヒム、あの2つだけは逃がすわけにはいかない」
「お!エイジャーの本気が見れるってこと?」
「本気…そんな綺麗なものじゃないよ。…ルルには見られたくなかったなぁ」
「別にいいんじゃない?そんなことで今さら嫌いにならないよ。…あ、そろそろ戻ってきてってセレーネが言ってる」
「分かった。じゃあ…またあとで」
「うん。終わったらいっぱい甘やかしてね!じゃあ…またね!」
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「…ャーくん!エイジャーくん!…よかった、上手くいったみたいだ」
「アーサーさんと…オーディア、だよね。2人がいるってことは戻ってきたんだ」
自分を呼ぶ声で覚醒したエイジャーはゆっくりと目を開く。息に焦げたような臭いが混じっているものの先ほどまでの倦怠感はなく、体はむしろ持て余す力に疼いている。
繋がれた右手を辿っていくと、そこには手を握ったままルルが倒れている…最悪の可能性が脳裏をよぎる少し前にオーディアが手を添えると、安心させるように頷いた。
「魔力をほとんど送って少し疲れちゃったみたい…ルルの魂はちゃんと戻ってきてるから安心して」
「そうか…この子を守るつもりが無理をさせてしまった」
「セレーネさんも魔力の残量には気を付けていたから命に別状は無いはずだ。それよりも…あれを見てほしい」
アーサーが指差す先にいるのは傭兵総出で迎撃しているクレイヴモス。数多の砲撃を受けて進行が遅れている彼の毛は逆立ち、震えている…漠然とした不穏しか感じ取れないオーディアに対し、2人の表情は苦かった。
エイジャーはルルの手を優しく離すと立ち上がり、クレイヴモスがいる方へと歩みを進めようとする。アーサーはそんな彼の手を掴んで止めると、やや怒鳴り気味で静止した。
「待て!君に戦わせるつもりはないんだ!奴の体は無数のデコイで構成されている。ここは俺に魔力を共有して─」
「あいつは…俺がやらなきゃダメなんです」
言葉を遮るように全身から放たれる覇気に思わず手を離してしまうアーサー。死して感覚を失ってもなおひしひしと感じる圧に驚いていると、エイジャーは振り返って困ったように笑う。
「あいつへ近寄らずに”殺す”方法にはアテがあります。それにブラヒムが根比べに勝つ可能性もある…いざとなったら2人を守ってあげてください。お願いします」
全身にほとばしる魔力は電気となって激しく弾けあい、バチバチと甲高い音を鳴らし続けている。赤黒い稲妻を纏うその姿は雷の化身にも、悪魔にも見える。
恐ろしくも頼もしい背中に一抹の不安を感じつつも、アーサーは少し考えた後諦めたように肩をすくめた。
「…確かに生者である君が終わらせるべき因縁かもしれないな。代わりに”彼女”を連れて行ってやってほしい。ただの剣とは作りが違う、君がやろうとしている事の力になるはずだ」
アーサーが差し出したのは宝剣キシャルシオン…彼が生前から持ち続けていた特別な一振りである。手に取った瞬間土色に染まる刀身はエイジャーを使い手として認め、ともに戦うことを了承しているかのようだった。
エイジャーは軽く頭を下げて振り返ると、クレイヴモスを強く睨みつけて前傾姿勢を取る。目からはいつもの迷いや優しさが消え去り、代わりに深い殺意が満ち溢れていた。
「クレイヴモス…お前の存在を認めるわけにはいかない。だから殺しの剣を─」
「『殲却蛮雷』を使わせてもらう」