Regain Journey   作:G-ラッファ

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前回までのあらすじ

 魔族に堕ちた副団長ブラヒム・リッチの後始末に追われるエイジャーのもとを懐かしい顔が訪れる。彼女の名はジャスミン・パーラー…悪のみを打ち砕く従属呪文「煉獄心拳」の継承者候補である。
 エイジャーはアラクネの大幹部に通じるヒントを得、焦りを見せるアルジードの相棒として彼女を推薦。スパーリングの末にひとまずはお互いを認め合い、行動を共にすることが決定した。

 そんな最中、全身に炎を纏った少女が駆け寄ってきて…?


72話 家出人、お借りします

「…アリッサ!?」

 

「やっとダーリンに会えた!…あっ…」

 

 炎を纏いながらエイジャーに抱きついたのはかつて行き倒れていたところを拾われ、今はサノヴァ商会に籍を置いているアリッサ・ベルキャンバス。

 再会の喜びによる大胆な行為を自覚したアリッサは慌てて離れると顔を手で覆う。燃え盛る炎の如き赤髪も桃色に戻りつつあり、なんとも不思議な現象ではあるものの、今は再会の衝撃が勝っていた。

 

「し、仕入れのお手伝いで滞在してたんです。本当はもっと早くお会いしたかったんですけどその…やりすぎて反省文を…」

 

 エイジャーは高温でひどく焦げ付き、場所によっては溶けかかっている建物に目を移しながら防衛戦のある一幕を思い出していた。ブラヒムを突如襲った業火…引っかかってはいたが深く考える暇がなかった横槍についてようやく合点がいく。

 

「あの時ブラヒム…細身の男に炎をぶつけたのはアリッサだったのか」

 

「…!はい、僭越ながらお手伝いさせていただきました。ダーリンに仇なす者だからと張り切ったらつい…」

 

「あー再会を喜んでるとこ悪いんだけどよ、こっちの2人にも気を回してやってくれねぇか」

 

 間に入ったアルジードが指し示す先にはジャスミンからの突き刺すような視線。そしてその合間を縫うようにやってきたルルが腰に抱きついて領有権を主張する。

 

「ししょー横取りはダメだよ!エイジャーは私と愛し合ってるんだから!」

 

「愛…っ!?もうそんなところまで…!?」

 

「エイジャー君…私も1日の間に同じ過ちを犯すほどおバカではありません。今回は言い訳をする時間を与えましょう、ただし…あまり長くは待てませんよ」

 

(あれ、もしかしてこれ…修羅場ってやつなのか!?)

 

 腰に抱きついたルルとじりじりとにじり寄るジャスミンでようやく自らの置かれた立場を察したエイジャーは、再びきつい"裁き"を受けることになるのだった…

 

────────────

 

 アリッサが会いに来た理由は私情だけではない。グレナルドに代わり各地を飛び回るための従属呪文"大跳躍"を扱えそうな人間として白羽の矢が立ち、商会から預かることとなったからである。

 理由は彼女が魔力について高度な知識を持つサレム=ヘクス出身であることと、先の防衛戦で通信機をハッキング、炎の従属呪文で街を守りきるなどの高い実力を示したからだった。

 

 本来ならば明日に顔を出すはずだったのだが偶然にも予定が早まったようだ。出会いの経緯も含めて事情を聞いたジャスミンはどこか腑に落ちない様子ながらも納得しつつ、自らが増やした打撃痕に針を打ち込んでいた。

 

「事情は分かりましたが…エイジャー君は脇が甘すぎませんか!?こんなにたくさんの女の子を誑かすなんて騎士団としての自覚に欠けていると思います!」

 

「誑かしてるつもりは無いんだけどな…善処します」

 

(これ突っ込んだ方がいいのか?)

 

 アルジードは喉まで出かかった、私情が混じっているとしか思えない説教への指摘を飲み込む。彼女の拳の破壊力を知っているからこそ自分に向くことは避けたいからだ。

 そしてもう1つの突っ込みどころであるアリッサに視線を移す。エイジャーの身体に見惚れている彼女もそれに気がついたのか、普段の勝ち気な表情に戻るとこちらを睨みつけてきた。

 

「なんだ?ジロジロ見てきやがって」

 

「ちょっと早く合流したからってダーリンの右腕ヅラしてるのが気に入らないの!まあ?アンタなんかすぐに蹴落としてあげるから覚悟することね」

 

「はっ!よく言うぜ色ボケ女。せいぜい団長の足引っ張らねぇことだな」

 

「「フン!!!」」

 

「まあまあ2人とも落ち着いて…これからの方針は俺とアリッサが騒動の後始末、その間にアルとジャスパーがアラクネの調査でいいんだよね。カッチンは合流できたら副団長についてもらうとして…みんなと連絡が取りにくくなるなぁ」

 

「通信機は認証登録した機器にしかコールできないですからね。あれ?ダーリンそれって…」

 

 アリッサが興味を示したのは魔道具技師であるエイトから渡された、通常のものよりも一回り小さなマザラ石版だった。

 流れで受け取ってしまったものの使い道がなく、かといって捨てるわけにもいかず机に置いていたそれを手に取り注意深く観察した後、翠色の瞳を見開いて驚きの声を上げた。

 

「これ…使うのに大掛かりな補助がいらない特級品ですよ!?こんな珍しいものをどこで…連絡手段、なんとかなるかもしれません」

 

「本当に!?確かマザラ石版は受けた魔法や自然現象を記憶するって…通信機として使うにはどうすればいい?」

 

「魔道具についても詳しいなんて素敵♡…じゃなくて!本来なら特別な調律が必要なんですけど、ダーリンの従属呪文で代用できるかもしれません」

 

 アリッサ曰くやり取りをしたい相手とエイジャー、マザラ石版を以心電心で繋ぎ人と現象を記憶させることで、いわば携帯電話のような役割を持たせることが可能かもしれないという。

 相手はいつでも受信可能、数日かかる調律作業を一瞬で終えることができるといい事づくしのため、アリッサは是非この方法で試したいと熱弁を振るった。

 

(それにあいつらに会うと面倒だし…ね)

 

「ひとまず俺とアルを繋いでおけばいいのかな。魔力を電気に変換するから鎖は外しておいてくれ」

 

「おうよ。そういや団長のそれ食らうの初めてだな。変な記憶混ぜるなよ?」

 

 軽口を叩きつつも服の上から器用に外された鎖が床を這う。度重なる戦いで摩耗しきったそれはもはや限界を迎えており、アルジードもまた次への備えが必要なことを物語っていた。

 エイジャーとアルジードが手を繋ぎ、それぞれが空いている手でマザラ石版に触れと反応しているのか、石版に刻まれた紋様が明滅を始めた。

 

「じゃあ行くぞ…『以心電心』!!!」

 

 バチンという音と緑の稲妻が三者を駆け巡る。寄生体の除去活動の中で精度を上げた以心電心はほぼ無害化されており、アルジードもわずかに身体を硬直させるだけに留めている。

 "人と人を繋ぐための従属呪文"…アリッサは予め聞いていた概要を何度も頭の中で反復しながら、その光景を興味深げに眺めていた…

 

「ふう…こんな感じでいいのかな。アルは異常とかない?」

 

 反応が収まったエイジャーはマザラ石版に視線を落とす。回路のような紋様ははっきりと浮かび上がっており、何かしらの現象を記憶しているようだった。

 

「オレも石版も問題ねぇ。で?次はどうすりゃいいんだよ」

 

「あとは作動確認するだけね。ダーリンは鎖バカの姿を思い浮かべながら通信機を起動してみてください」

 

「てめぇ色ボケ女…いちいちケンカ売らねぇと喋れないのか?」

 

「はぁ?アンタが失礼な呼び方するからでしょ?」

 

「ふ、2人ともあんまり騒ぐとルルが起きちゃうから…」

 

─ははは、エイジャー君はずいぶんモテるんだな

 

 睨み合う2人に横槍を入れたことで視線を集め、またも訪れた一触即発の空気を破ったのはアーサーだった。

 

─────────────

 

「今日は来客が多いみたいだね。アーサーだ」

 

「アリッサ、です。よろしく…?」

 

 異形の目を隠すためのサングラスをかけた彼は警戒するアリッサに軽く挨拶すると、エイジャーに1枚の手紙を手渡した。

 差出人はアルフ族の集落長ソラン…同胞を故郷に返したことで生前からの繋がりがあるアーサーは、体調が芳しくないルルについて相談を持ちかけていたのである。

 

 今のルルは魔力の消費による反動と薬の副作用が重なり一時的に回復力が著しく落ちている状態。

 また外界と関わりを持たぬアルフ族にとって今までの旅は刺激が強く、無意識下に蓄積した心労が表面化したのだろう…というのがソランの見立てだった。

 

「そんな…俺が連れ回したせいでルルが」

 

 エイジャーは部屋の隅で眠りこけているルルに視線を移した。先ほどまで元気に独占欲を見せていた彼女だが、突然怠さを訴えてまた寝始めてしまったのである。多少は調子を取り戻しつつあるものの、やはり健全とは言い難い状態だった。

 

「君が気に病むことじゃないがここでは落ち着かないのも事実。少しの間同胞の元で休ませるのはどうだろう?その時は俺が連れて行くよ」

 

「そうですね…あとで本人に相談してみます。ところでオーディアちゃんは元気ですか?彼女にもお礼をと思ってるんですがなかなか会えなくて」

 

「ああ、それなんだけど実はね…」

 

 アーサーは気まずそう耳打ちする。なんでも滅多に人が訪れない家で育ちゾンビ状態の彼と彷徨っていたオーディアは人見知りで、騒がしいギャル軍団や威圧感のあるステラナイトたちが苦手らしい。

 そこで彼女もアルフ族の集落でしばらく世話になり、穏やかな環境で人に慣らしていこうと考えていたということだった。

 

─ほら見てちょ〜似合ってない?派手な髪の色してるからこれくらい攻めっ攻めな方がいいと思ったんだよね〜!

 

─あ、あのこれはちょっとスカートが短…あと胸がスースーする…あうぅ…

 

 扉の向こうから聞こえてくる声はオーディアのものだ。留守番で暇なランヅキの着せ替え人形にされている彼女のやり取りに顔を引き攣らせると、アーサーは肩をすくめてみせた。

 

「な、なるほど…それと我々に協力してくださるのはありがたいんですがいいんですか?マリーさんの元には戻らなくて」

 

 素朴な質問をぶつけられたアーサーは「気になるよなぁ…」と小さく呟きながら頭を掻く。手紙を置いて出てきた手前気まずいというのもあるが、目を背けているのには他にも理由があった。

 リオゴールという魔族が自らに向けて放った"少し違う"という言葉。そしてブラヒムという男の件を踏まえると、魔族は人間の成れの果てという推測を否定することはできない。

 

 自分にはアーサーという人間の記憶と肉体がある。だがその肉体は理に反した特性を持ち、記憶が本物かも分からない。

 自分は誰なのか?魔族のように暴走しないという確証は?身の振り方について答えの出ぬ自問を繰り返す彼にはまだ、再会という選択肢は遠く眩しいものだったのである。

 

「アーサーさん?…もし家に戻りたくなったら仰ってくださいね。その時は責任を持ってお送りしますから」

 

「…ああ、その時は頼むよ」

 

 肩をすくめ、明るく振る舞うアーサーの目は曇っていた。サングラスのおかげで周囲に悟られないのは怪我の功名…それでもエイジャーは何かを感じ取ったのか、探るような口調でさらに付け加える。

 

「俺は誰かを想う心に種族とか…生死も関係ないと考えています。マリーさんに後ろめたさを感じているなら、それが彼女を本気で想っている証だと思いますよ…なんて偉そうですかね」

 

 マリーへの後ろめたさが本物の証…もし心まで異型と化し欠落しているならば、エイジャーの言う通り再会への渇望だけが出力されるだろう。あるいは会いたいとすら思わないかもしれない。

 人としての心は生きている…答えにたどり着くためのわずかな光を見たアーサーは、枯れたはずの涙腺をそっと撫でていた。

 

「いや…少し目が覚めた気分だよ。マリーが君に心を開き、指輪を託した理由もよく分かった。ふふ、死してもまだ学ぶことばかりだな」

 

「感動いたしましたッ!!!」

 

「「!?」」

 

 部屋に響き渡る大声に振り返る2人。視線の先には後ろ手に組んだまま大粒の涙を流すジャスミンの姿があった。

 

「大事なのは心だと…なんて素晴らしい考えでしょうか!やはり貴方は尊敬に値します!そちらの方も訳アリのようですが大事な人に会えるといいですね!!!」

 

「ありがとう。拠点の子たちといい君らの世代は生を謳歌していて眩しいな」

 

(…本当に、俺の知る王国軍とはまるで違う)

 

 言葉にするうちに昂ってしまったのか、さらに大量の涙を流すジャスミン。アルジードたちの喧嘩を遥かに上回る騒音を発する彼女だが、その単純かつ純粋すぎるリアクションに誰もが静止をためらってしまう。

 大きな破壊の後でも立ち上がろうとする新しい世代たちを、アーサーは温かい目で見守っていた。

 

「…あ、そろそろ戻らないと商会の人たちが心配するかも。それではダーリンまた明日♡…鎖バカはさっさと石版の動作確認しておきなさいよ!」

 

「私も師匠に報告があるので失礼します!アルジード君、しばらくの間よろしくお願いしますね!!!」

 

 アリッサは舌を出して挑発し、ジャスミンは機械のように正確なお辞儀をしながら部屋を後にする。賑やかな女性2人が去りようやく落ち着けるかと思いきや、何やら外が騒がしい。

 エイジャーが窓を開けると、そこには面会に出ていた者たちに囲まれるノブリスの姿があった。

 

「付き合えよグラム…イヤだとは言わせないぞ」

 

─────────────

 

「…」

 

「…」

 

「「…」」

 

(き、気まずい…!)

 

 ここは都市開発ブロックの1つ、地下街計画によって掘られた区画に鎮座するバー…静かな時間が流れる店内でも一際無音な空間に、エイジャーは居心地の悪さを感じていた。

 

 遡ること数時間前…自分を嫌っているはずの人物から、それも釈放後すぐという状況で突きつけられた飲みの誘いに理解が追いつかないエイジャー。頭上の疑問符が飽和しているのを見かねたのか、隣のアゲハが駆け寄るとこっそり耳打ちする。

 

(その店チョーいいとこでさ、ウチらはもちろんオジサマたちもほとんど誘われたことないんだって。たぶんお礼がしたいんじゃない?)

 

(そうなのか?でも礼をされるような覚えはないしルルの調子も…)

 

『行ってあげてください、エイジャー』

 

 背後から聞こえる声にエイジャーが振り向くと、そこにはルル…ではなくセレーネが顕現していた。

 肉体はまだ眠っているようでピクリとも動かず、視線だけこちらに向けている様は若干不気味だが、そんなことはお構い無しにセレーネは続ける。

 

『彼とはまたしばらく会えなくなるのでしょう?いつ最期の別れになるか分かりません。後悔のないようにすべきです』

 

「ですがセレーネさん、そんな状態のルルを置いて遊びに行くというのは…」

 

『体力が落ちているだけで命に別状はありません。それにこの子も同じ事を言うと思いますよ。その分は後で大事にしてあげてくださいね』

 

(という感じで送り出されちゃったけど…)

 

 相変わらず隣のノブリスは口を開かない。やはり帰ってしまおうか─そんな考えが頭をよぎったのと同時に、一杯のカクテルが差し出された。

 

「こちら"ハリージャ・クインテット"でございます。お酒が強くないとの事でしたので、軽く酒気を飛ばしております」

 

 長いグラスには赤みがかったオレンジ色の液体が満たされている。そういえば着席してから頼んだ覚えはないし、ましてや酒に弱いことも言っていないはずである。

 困惑するエイジャーは勧められるままに酒を流し込むと、果実の甘味とわずかな酸味、その後に来るキリリとした飲み口のおかげでしつこさを感じない。複雑ながらも飲みやすい一杯に驚いていると、隣のノブリスがようやく口を開いた。

 

「蒸溜酒をベースに丁寧に濾した果実と柑橘の皮を添加し短時間加熱して濃縮、酒気を飛ばしてから磨いた水で割る…だから正反対の後味も悪さをしない。酔えればいいと適当な酒ばかり飲む、討伐隊の連中には難しい味だろうな」

 

(誘っておいて嫌味て…まさかそんな事を言うために席を用意したのか?)

 

 彼の態度は気持ちのいいものではないが酒は本物だ。ハリージャとは"奇跡の人"に登場する、仲間とともに死の大地を芽吹かせた逸話を持つ英雄の1人である。4つの材料を混ぜているのも一行の人数になぞらえてだろう。

 紳士然としたマスターは同じものを仕上げにかかっている。それを待つノブリスに目をやると、あちらも視線だけを向けながらポツリと呟いた。

 

「…ボクはお前が嫌いだ。それなりに苦労してきた癖に、世界を呪う素振りも見せないお前が気持ち悪くて仕方なかった。だから…」

 

「本性を炙り出そうと邪険にしていた?」

 

 ノブリスはエイジャーの問いに小さく頷く。

 

「お前、ボクの罪を折半しろと頭を下げて回っていただろ。あんな力を見せつけた上で交渉とはギャングの才能かあるとダイガロンの連中も褒めてたぞ」

 

 襲撃の直前にブラヒムの裏切りを把握した自分も共犯者である、よって彼が受ける罰をこちらにも背負わせてほしい…そんなことを各所へ頼んで回った事はノブリスの耳にも届いていたらしい。

 王政についていない地域には独自の法があり、気軽に死罪を言い渡すコミュニティも少なくない。エイジャーは万が一に備えて先手を打っていたのだ。もちろん、組織の意向とは無関係に。

 

「お前の博愛主義は嘘だと思っていたがそうじゃない、歪に心を積み上げてきたんだ。…それが本物になるように、狂った土台の上へまっすぐにな。言うなればそうだな…天性の偽善者だ」

 

 天性の偽善者─痛烈な批判を受けたエイジャーは面食らった後、徐々に口角が吊り上がっていく。ノブリスが怪訝な表情を浮かべる中グラスを高く持ち上げると、光の当たり具合を変えながら観念したように語り始めた。

 

「嫌いなだけあってよく見てるよ。俺が死にかけてようやく自覚したことを言い当てるなんてさすがだ…確かに世界を恨んだ事もあるよ。暴力でねじ伏せるしか思いつかなかった場面も山ほどある」

 

「そうだ…それがお前の本性だ。それで?偽善者を自覚した今も続けるのか。得にもならない世話を焼くために、傷を増やすような生き方を」

 

「ああ。恨んだ数倍はこの世界が好きだし、そう思わせてくれた人たちへの恩を返せてないからね。お前もその1人だよノブリス」

 

 自分も世界を好きにさせてくれた1人…エイジャーからの思わぬ発言に今度はノブリスが面食らう。言葉を咀嚼するほどに混乱が深まる中、エイジャーはいたずらな表情を浮かべながら続けた。

 

「それに。土台が狂ってる奴は悲惨な末路を辿るしかないなんて救いがなくてつまらないだろ?だから別の答えを探してみるよ…こんな俺でも必要としてくれる人がいる間はね」

 

「…お客様、その必要としている人々の中にノブリス様も入れてはいただけませんか?」

 

「ま、マスター!?」

 

 マスターからの追い打ち、もとい援護射撃に飛び上がるノブリス。エイジャーの発言も相まってその耳は真っ赤に染まっていた。

 

「1人で来店の際は貴方の話をよくされていましてね…無茶な報告ばかり上がってくることにお怒りの様子でした。今日の席も部下の方を通じて実に入念に考えていたのですよ」

 

「マスター…ここで見聞きしたことはお互い持ち帰らないのがルールじゃなかったのか?」

 

「老婆心というやつですよノブリス様。先程から不器用がすぎる。さて…次はこちらをどうぞ。"レンドフ・ピアリ"…復縁に関する逸話を持つ一杯にございます」

 

 そう言って差し出されたのは下層が白いクリーム、上層が黒い液体と綺麗に分かれたカクテルだった。曰く殺し合いにまで発展した兄弟が仲直りの印として、お互いの好きなものを混ぜて飲んだのが由来らしい。

 

 ここまでお膳立てすればもうお分かりだろう。今回の騒動をきっかけに心境の変化があったノブリスは、エイジャーと新たな関係を築こうとしているのだ。…もっとも、今まで取っていた態度からの切り替え方が分からずに空回りしているが。

 

「はぁ…いいか、ボクとお前は本性を曝け合った共犯者だ。だから偽善者をやるのに疲れたらボクに弱味を見せてみろ。これで貸し借りはナシ、対等だ」

 

「なるほどそういう…だけど対等な関係を結ぶ前にもう1つ…昔お前がサーヤに向けた侮辱を取り消してくれ。これだけは残しておきたくない」

 

「色情魔と罵ったあれか。あの後ブラヒムさんに引き抜かれて有耶無耶になっていたな…すまなかった。時が来たら彼女の墓にも頭を下げさせてくれ」

 

 グラスを置き深々と頭を下げるノブリス。その声に挑発や苛立ちの色はなく、心からの謝罪であることに疑いの余地はなかった。

 

「…よし!じゃあ今までの軋轢はこの一杯で流すとしよう!明日からよろしく"共犯者"!」

 

「フン…任せておけ"共犯者"。好きなものを頼めよグラム。この街最後の贅沢は盛大にやりたいからな」

 

─おいおいそんなこと言って大丈夫なのか?それじゃ…うえぇっ!?こ、こんなにするものなのか…!?

 

─酔えるだけの安酒とは違うと言っただろう?お前も人の上に立つなら相応の世界を知らないとな

 

─け、憲兵隊の中隊長ってすごいんだなぁ…そういえば"貴様"呼びはやめたのか?

 

─まあな。ブラヒムさんと同じじゃ縁起が─

 

(今のノブリス様、とても生き生きとしていらっしゃいますよ。大きな過ちを犯してこの街を離れるとのことでしたが…またのご来店をお待ちしております)

 

 様々なものを失ってようやく動き出した、正反対なようで似ている2人の時間。罪も使命も忘れてただの悪友として語らう若者たちの話を聞きながら、マスターは空いたグラスを磨き続けるのであった…

 

 

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