Regain Journey   作:G-ラッファ

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前回までのあらすじ

 イソーで起きた乱戦の後始末に励むエイジャーの元に現れた2人の女性…悪しきを砕く"煉獄心拳"の使い手ジャスミンと、かつて拾った行き倒れ少女のアリッサ。
 生ける屍 アーサーの協力も得てアルジード、ルルは一度それぞれの道を進むことにした。

 そして来たる旅立ちの日。だがエイジャーの道は初めから波乱に満ちていて…?


73話 いざ、再びのCOOL VILLAGE

「アリッサは身を縮めて衝撃に備えてくれ!手を離すなよ!」

 

 アリッサは指示通りに懐へ抱きつくと目をきゅっと閉じた。

 

 ここは上空数十メートル、フリザ族の集落付近…超高速で飛翔する2人はこれから地表へ衝突することになっている。 

 エイジャーは懐のアリッサを庇いつつ必死に体勢を維持する。村に近づいたことで冷気が背中を突き刺しているが、そんなことはもはや些細な問題であった。

 

(あたしのせいだ…あたしが失敗したせいでダーリンが!)

 

 己を責めたところで状況が好転することはない。今はただエイジャーの胸の中で縮こまることだけが役目であり、他に出来ることといえば生還を祈るくらいである。

 

 視界の先には雪化粧した針葉樹たちが立ち並ぶ雪原…かつてロウディなる魔物と戦った場所が映っている。

 木々が勢いを削ぎ、雪がクッションになればなんとかなる…と希望を持てる速度ではない。新たな旅立ちの一歩目から死を覚悟する2人の耳に届いたのは、聞き覚えのある声だった。

 

─『古代回帰』!!!

 

 叫び声とともに顕現した始祖鳥のような姿のそれは、口から冷気を吐き散らした後に豪快に羽ばたく。霧氷を纏った翼を一振りする度に大量の雪が積み重なっていき、あっという間に高層・広範囲の雪の壁ができあがった。

 

「『ビガーセ・ツウォール』!そのまま落ちてきていいゼ!兄ちゃん!」

 

「その声はまさか…ぶつかるぞ!」

 

 壁に激突した2人はどんどん奥へと沈んでいく。内部には滑り台状に形成された硬氷のガイドがついており、雪で勢いを削ぎながら地面への衝突を避けるよう配慮がなされている。

 だが勢いを削いだところで2人には別の問題が発生していた。分厚い雪の内部は強烈な冷気に満ちており酸素も薄い…フリザ族ならまだしも人間である2人には数分ともたない環境であり、死が少しだけ遠ざかっただけであった。

 

(このままじゃダーリンが危ない…なんとかするんだ、あたしの力で!)

 

 覚悟を決め、集中力を高めるアリッサの髪が赤色に染まっていき、身体は熱を帯び始める。やがて手のひらに小さな火の玉を生成すると、激突のショックと低温で動けないエイジャーの胸に埋め込んだ。

 

(これで体温は回復するはず。自分で始末をつけなきゃ一人前だって認めてもらえない…しっかりしろアリッサ!)

 

「原初の炎よ、我が道を照らす道標となれ!『ピアニッシモ・プレスト・バレット』!!!」

 

 アリッサは雪の天井に手を当てると、火の玉に変換した魔力を機関銃のように乱射した!火の玉は放たれるほどに温度が上がり、分厚い雪を少しずつ抉り溶かしていく。その熱は自身にも影響を及ぼしており、空が見える頃には服の袖が焼き切れていた。

 

「悪い悪いやりすぎちまったゼ…それにしてもすげえ炎だなぁ!姉ちゃん何者だ?てか何があったんだ?」

 

 視界の端から現れた、自身に興味津々な始祖鳥に思わず飛び退くアリッサ。始祖鳥は小さな氷の棘を2人に飛ばすと、従属呪文により発生した体表の過剰な熱だけを即座に奪ってみせる。

 "冷気を操る巨大な鳥"…事前に聞いていた情報と合致する目の前の始祖鳥の正体を口にしようとしたタイミングでエイジャーが目を覚ますと、息も絶え絶えに手をかざした。

 

「久しぶりだねカッチン…俺から説明するよ」

 

────────────

 

「もう行っちゃうんだねエイジャー。今回はあんまり役に立てなくてごめん…少しは強くなったと思ったんだけどなぁ」

 

「ガラナのおかげで間に合った場面がいくつもあるんだ、来てくれて本当に助かったよ。サザンに戻ったらみんなによろしくね」

 

 それは遡ること少し前…出発の日を迎えたエイジャーは見送りに来た者たちと最後の挨拶を交わしていた。少し離れた場所ではアリッサとグレナルドが最後の打合せを行っている。

 傍らにはカッチンを運ぶための冷凍庫が置かれており、集落へは3人で向かうことになっていた。

 

「残りの軽症者たちは心配せんでよい。お主だけが出来ることを務め上げてきなさい」

 

「アルジード君のことはお任せください!ご武運をお祈りします!!!」

 

 クレイヴモスによる寄生体騒動は"鉄拳法廷"ド・フィスの加勢もありほぼ収束しつつあった。残るは浅い箇所に寄生され、衰弱がほとんど進んでいない者たちのみである。

 作業に駆り出されていたレプター族はすでに各地へ散らばっており、エイジャーたちが到着してすぐに作業を始められるよう準備を進めていた。

 

「ありがとうございます大隊長。ジャスミンも何かあったらちゃんと話し合って決めてね」

 

「そこまでガキ扱いされる謂れはねぇぞ…むしろあんたが無茶してくたばらないか、こっちが心配してんだからな団長」

 

 アルジードは軽く胸を叩いて釘を刺す。

 

 神に教えを乞うてみろ…首謀者であるロウンはそれだけを手がかりに残し獄中で自殺した。余計なことをしないよう傭兵たちも監視や拘束を徹底していたものの、奥歯に仕込んだ毒までは見抜けなかったようである。

 アジトにいた残党からも大した話は聞き出せなかったようで、大幹部の足取りは掴めずじまいとなってしまった。

 

 まずは武器である鎖を調達しつつ情報収集、知っているいくつかの教団を回る…それがアルジードの当面の予定だった。

 

「しばらくは戦いから遠ざかるし死にはしないよ…たぶん。アルたちはもう少しここにいて、アーサーさんは今日出発でしたよね。ルルのことよろしくお願いします」

 

「何かあればここを経由して伝えるよ。君の用事が終わる頃には結論を出すつもりだ…その指輪をよろしく頼む」

 

 これまでの旅を支えてきた、絆を結んだ相手の力を引き出す不思議な指輪。その機能はアーサーも知らなかったらしく、原理は不明のままである。

 一方で入手した経緯からただのアクセサリーでないことは判明しており、まだエイジャーが所持していた方がいいとのことで引き続き託される形となった。

 

(今の俺じゃ魔族の王には届かない…指輪のことも含めて色々調べないと…ん?)

 

「じぃーーー…」

 

「…あっ。ごめんねルル、少し考え事をしてたんだ。今までの疲れもあるみたいだし、俺のことは気にせずゆっくり休んで…」

 

 なかなか自分の番が来ないことに痺れを切らしたのか、視線だけでは気付かないと判断したルルは声に出しつつ問い詰めるような視線を送っていた。

 

「ん!!!」

 

 だが今日はそれだけに留まらなかった。ルルは両手を広げてエイジャーに何かを迫る。これが何を意味するかは考えるまでもないのの、多くの目があることもありやや躊躇してしまう。

 だがいつ最後の別れになるか分からないこと、ルルなりの覚悟を知るエイジャーの取った行動はというと─

 

(あわわわ…あ、あれは良くないのではありませんか!?)

 

 背中と腰を掴んで抱き寄せるエイジャーと、それを受け入れるルル。隙間もないほどに身体を密着させる2人の熱い抱擁に、ジャスミンは顔を真っ赤にしつつも指の間から覗き込んでいた。

 

「ん…♪絶対に帰ってきてね。浮気はダメだよ?」

 

「き、気をつけます…元気になったらまた一緒に旅をしよう」

 

「あのー2人ともさ…確かにウチらも焚き付けてたけどなんかその…"ガチ"すぎない?」

 

 2人だけの世界に横槍を入れたのは引き気味のアゲハだった。見送りに来ていたギャル軍団も首を落とさん勢いで頷いており、エイジャーは気まずそうに目をそらす。

 

 妻との激しいスキンシップしか知らぬエイジャーにとって親しい者との別れの抱擁は限界まで密着するものと認識しており、愛情表現に関しては些か常人のそれよりも少々過剰である。

 しかしそれを踏まえても2人の抱擁は明らかに空気が違っており、あらぬ想像を膨らませるギャル軍団は色めき立っていた。

 

「た、確かにみんなの前ではもう少し抑えるべきだったかも…これからは気を付けるよ」

 

「ダーリンそろそろ…ってあーーーっ!?目を離した隙になんてうらやま…羨ましいことを!」

 

「なんで言い直したんだよ」

 

 打合せを終えたアリッサは抱き合ったままの2人を指差しながら叫ぶ。感情の昂りに呼応しているのか、顔とともに毛先まで赤く染めつつあるアリッサは慌てて2人を引き剥がした。

 

「うっさい鎖バカ!ルル!こっちは任せてアンタは回復に集中すること!いい?」

 

「はーい。エイジャー、行ってらっしゃい!」

 

「行ってくるよルル。元気でね」

 

 エイジャーは満面の笑みで見送るルルの頭を撫でると踵を返して発進地点へと移動する。今まで抑えていた感情をいくらか吐露するようになった彼の表情は柔らかくなっており、足取りも軽やかだった。

 

「改めて協力ありがとう。確か座標計算の代わりに俺の記憶をもとに跳ぶんだったよね。少しだけピリッと来るけど害は…アリッサ?」

 

 アリッサは以心電心のため繋がれた手の感触に意識が向いており返事がない。穏やかなイメージに反して無数のマメと小さな傷がついた手は、エイジャーも死線をくぐり抜けてきた戦士であることを強く再認識させるのであった。

 

(そういえばダーリン、家族が亡くなってるって…それでも誰かのために動くお方だもの、あたしがしっかり支えてあげなきゃ!)

 

「アリッサ…そんなに手を撫で回されると集中が…」

 

「ひゃい!?す、すみませんつい…もう一度お願いします!」

 

「できるだけ心を落ち着けて…『以心電心』!!」

 

 以心電心によって緑の稲妻がほとばしり、今度こそ

魔力で繋がる2人。アリッサは送られてきた記憶にある集落と現在地を線で結ぶイメージを浮かべつつ、跳躍のための魔力を足元に蓄積させていく。

 圧縮された魔力の足場は生き物のように脈打っており、そのリズムはどんどん短くなっていく。射出の時が近づくのを察したエイジャーが手を強く握った時─魔力が大きく乱れた。

 

「あっヤバ…きゃあああああ!?!?」

 

「!?私もすぐに追います、あとは頼みましたよ皆さん!」

 

 想定外のタイミングで打ち出されたエイジャーとアリッサは錐揉み回転しながら小さくなっていく。魔力が不安定なまま、危険な状態で射出されたことに気付いたグレナルドは即座に足場を生成すると2人を追うように空へと飛び立った。

 

(なんとかアリッサを抱き寄せたけど…天地が絶えずひっくり返るせいで酔ってきた…このままだと力が…!)

 

「聞こえますかエイジャー君!まずは体勢を整えるのです!君には感覚を誤魔化す術があるはずですよ!」

 

「…そうか!『雷付与・コッコスタブ』!」

 

 エイジャーは自らに電流を走らせることで三半規管を麻痺させ、錐揉み回転によって狂った感覚を無理やり抑えつけると、重心操作により回転方向を一定にする。

 続いて優れた安定化機能(スタビライザー)を持つ鶏の首のように体を動かしてバランスを取り、ようやく回転を相殺した。

 

(このままでは危険ですがアリッサ君は指示を聞ける状態にない。何より…飛翔が早すぎるせいで距離を離されている!)

 

「エイジャー君はそのままバランスを維持!着地は状況を見て対応!」

 

「〜っ了解しました!また後ほど!」

 

──────────────

 

「…という感じだったんだ」

 

「なるほどナ〜だから白い姉ちゃんいないのか。シュギョーしてたらいきなり飛んでたからビックリしたゼ」

 

 集落で唯一のログハウスにて経緯を説明するエイジャー。グレナルドも少し遅れて到着しており、3人は冷えた体を暖炉に寄せ合っている。離れた位置で話を聞いているカッチンはいつもの姿にもどっており、熱を遮断するためさっそく冷凍庫に避難していた。

 

「カッチンがあそこにいて助かったよ。あんなに高い雪の壁、それも内部に氷の道を作るなんてすごいじゃないか」

 

「へっへー!また魔族が攻めて来てもいいようにちゃんと鍛えてるんだぜ!あの姿でいられる時間もけっこう伸びたのサ!」

 

 そう言いながら動物の氷像を生み出しては並べていくカッチン。強大な冷気は力を解放しなければならないものの、コントロール自体は巣の姿でもできるようになったと誇らしげに語る。

 

「カッチン殿、外の世界では人々が魔族に寄生され苦しんでいる…貴方の冷気を操る力が必要です。ご協力願えますか」

 

「答えるまでもないぜフクダンチョー!ここで断っちゃCOOLじゃないからナ!兄ちゃんが助けてくれた分オイラも手伝うゼ!」

 

(魔力と雪で虚像を生み出していた?でも羽ばたきによって発生した風圧は見た目通りで…ううん?)

 

 小さな羽をパタパタと振りながらドヤ顔を披露するカッチン。先ほどの大怪鳥とはまったくの別人、ぬいぐるみのような姿の彼に理解が追いつかないアリッサはその仕組みを考察しては行き詰まるをひとり繰り返していた。

 

「私は族長殿に報告をしてからここを発ちます。その状態で大跳躍を使うのは危険ですから、2人は一晩お世話になるといいでしょう。カッチン殿、準備はよろしいですかな」

 

「おう!じゃあな兄ちゃん!これ終わったら他の冒険も聞かせてくれよナ!」

 

「もちろん。頼りにしてるよカッチン」

 

 2人は台車に乗せた冷凍庫を引きながら集落の方へと去っていく。気がつけば日も落ちかけており、村に吹く風はさらに鋭さを増している。

 エイジャーはいくつかの枯れ木を斬って薪に、飲み水となる氷をログハウスへ運び込むと持ってきた保存食を火にかける。即席の鍋が煮える頃、片隅でうずくまっていたアリッサが重い口を開いた。

 

「その…さっきはあたしが失敗したせいでダーリンが」

 

「よしできた。あまり煮詰まると洗うのが大変らしいから…まずは食べようか」

 

 そう言ってエイジャーは器を差し出す。豆を発酵させペースト状にしたものに、様々なつなぎを入れて栄養を添加したもの…ケインが"味素玉"と命名したそれを湯で溶かしたスープを流し込むと、体の芯から熱が広がっていく。

 エイジャーは安心から思わず吐かれた息を見て微笑むと、鍋をかまいながら背中越しに語り始めた。

 

「副団長が驚いてたよ、まさか本当に従属呪文を模倣できるなんてって。騎士団ではよく分からないまま使ってる人も多いんだ。俺も含めてね」

 

「あの人の簡略化と説明が上手かっただけです。故郷の人たちなら完璧に模倣できたはず…あたし、魔力を扱う才能がなくて軽く見られてたんです。サレム=ヘクスに相応しくないって」

 

「…そういえば魔道具の調律師はサレム=フェグレという場所から来ていると聞いた。君の故郷と何か関係が?」

 

 アリッサは苦い顔で頷いた。

 

 曰くサレム=ヘクスは才ある者たちが魔力のルーツと利用について日夜研究する集団で、サレム=フェグレは成果をもとに外へ出て実証実験と資源の取得を命じられたいわば"働きバチ"のような存在らしい。

 2つのコミュニティを分けるのは才能の有無…働きバチに落ちることをよしとしない両親が選んだ道こそが、家出の原因である強引な婚姻だった。

 

「あたしの両親は村内で強い発言権を持ってるんです。その娘が追放となればメンツが潰れる…だから保有できる魔力量の多さを理由に嫁に出そうとしてたみたいで」

 

「本人の意志は二の次か…相手はどんな人だったの?」

 

「どうしようもない相手ではないんです。歳も近いし、成績も優秀だし…あの村の思想に染まってるのがキライっていうか、そもそも結婚って才能目当てでするものじゃないと思うんです」

 

「でもあの2人…特にパパは絶対に認めない。だから逃げてきたんです。正直このまま絶縁するのもアリかなって考えてるんですけどダーリンはどう思いますか?」

 

 エイジャーは返答に迷っていた。貴族による支配や階級制度がなくなったエルドラ王政においても、家柄や政治的な意図を理由に婚姻を決められることは決して珍しいことではない。それが専門的な知識を要する家ならばなおさらである。

 

 彼女の考えを夢見がちと一蹴する大人が多いだろう事はエイジャーも承知している。だが理想のために家まで飛び出してきたアリッサの意思をすり潰してしまうことは、ひとりの人間として許せないものでもあった。

 

「そうだな…俺と一緒に行くのはどうだろう?君自身が選んだ道で幸せになる、だから従えないってもう一度伝えるんだ。きちんと区切りをつけた方が後腐れもないと思うんだ」

 

「えっ?でもあそこは余所者に厳しいし…もし力で従わせようとしてきたらさすがのダーリンでもタダじゃ済まないかも」

 

「それくらい付き合うよ。手伝ってもらう恩と、生き方に口を出した責任もあるしね。…ってアリッサ?」

 

 アリッサは再び顔を伏せてしまっていた。目に近い袖は濡れており、鼻を啜るような音が断続的に響く。

 辛いことを思い出させてしまった─デリカシーのない己の言動を後悔していると涙から一転、アリッサは顔を上げて笑い出した。

 

「ダーリンって本当にお節介さんなんですね。ここまで踏み込んで付き合おうとしてくれる人は今までいませんでしたよ?」

 

「介入しすぎも良くないってのは分かってるんだけどね…たった一度の人生で後悔してほしくないんだ。迷惑かな」

 

「まさか。その時はあたしを連れ出してくださいね、ダーリン?ふふっ」

 

「任された。…それとアリッサ、そのダーリンって呼び方は変えられたりしないかな?いろいろ誤解を招くというか…」

 

「嫌 で す ♪」

 

(す、すごい圧だ。ダーリン呼びだけは絶対に譲らないという意志を感じる…)

 

 満面でありながらどこか圧を感じる笑顔での拒否に、それ以上の要望は無駄と悟るエイジャー。かくして従属呪文使いの家出少女 アリッサを迎えて新たな旅が始まるのであった。

 

────────────

 

「…〜ッあぁーもうムリ!タンマ!ママ相変わらず上手すぎ…これ以上はバカになっちゃうって」

 

「フフ、お疲れ様♡ちゃんとお水を飲んでおくのよ?」

 

 ここはとある建物の一室…事を終えぐったりとする女性を優しく抱き締める男の姿があった。

 部屋には朝から続く爛れた行為の痕跡がそこかしこに転がっており、事を終えた直近の数名は談笑に耽っている。1人の男に群がる構図でありながら、お互いの仲は良好なようだ。

 

「じゃああたしと交代〜!いいでしょ?ねっ?」

 

「ララもすっかり元気になってアタシも嬉しいわ♡愛溢れる楽浴(デクァーマ)にしましょ!」

 

「楽浴中に失礼しますママ…っ」

 

「あー!おじさん!勝手に入ってきちゃダメだって言ってるじゃーん!」

 

 部屋に入ってきた身なりを整え、しかし鋭い眼光を称えた男は顔をしかめる。それは部屋に充満した野生の匂いのせいでも、不躾な態度の女性たちのせいでもあった。

 

「はーいケンカは禁止!それがここのルールでしょ?大事なお話みたいだから少しだけ席を外すわね。みんなも少し休憩しておいて♡」

 

 男はウインクひとつすると扉を閉める。そうしてため息とともに髪をかきあげると─親しみやすかった先ほどとはまったく違う空気を纏って男に向き合った。

 

「ごめんなさいねこんな格好で。それでロンギ?一体どうしちゃったのかしら」

 

ロンギと呼ばれた男は"ママ"にローブを羽織らせ、咥えた葉巻に火を点ける。筋肉に覆われ2メートルに迫ろうかという巨躯の喫煙は実に様になっており、その姿はまさしく頭領といった風である。

 

「メイニャンからの定時報告が途絶えた理由が分かったんだ。どうもロウンがマビンの部隊を連れて襲撃をかけたと…アジトはすでにもぬけの殻、作戦が失敗して全滅か拘束されているかもしれない」

 

(あのロウンちゃんが他の隊を引き連れて襲撃?このタイミングで?趣味の賭け事にしては無謀すぎる、誰かにそそのかされたのかしら…?)

 

「情報が漏れる前に人を送って奴らを奪還あるいは始末…どうすれべきか指示を仰ごうと思ってな。今なら兵も揃ってる」

 

 "ママ"は両隊のシノギと長の性格についてもよく知っている。だからこそ彼らの行動とその末路に引っかかりを感じずにはいられない。

 だが今重要なのはそこではなかった。"ママ"は誰を、どう動かすか即座に思考を切り替えた後─ひとり頷きながら口を開いた。

 

「噂好きの商人を装って街へ潜入させましょう。中年の男女で荷台は小さめがいいわね。もちろん武器はナシよ?ここに来客があってもいつも通りに対応していいわ」

 

 "ママ"ははやる部下を窘めつつ慎重な指示を出す。メイニャンの定時報告が途絶えてからの日数から逆算すれば襲撃からそれなりに経過しており、口止めに出るには後手すぎると判断したからである。  

 ロンギはしばらく黙り込んだ末に納得して詳細を詰めていく。"ママ"は計画を練りながらも、彼が補佐としての頭角を現しつつあることを喜ばしく思っていた。

 

「分かった、上手く見繕っておくよ。それと"ギャング・T"から伝言だ。そろそろ出荷を頼むと…本当にアイツに任せていいのか?あれはどう見ても…」

 

「アタシたちを繋ぐのは種族や情ではなく利益、そこを間違えなければ誰でもウェルカムよ。さぁてもうひと頑張りしちゃおうかしら!仕込みには時間がかかるものね!」

 

─みんなーおまたせ♡今夜はぶっ通していくわよ〜!

 

 再び狂乱の中に身を投じていくボスの背を意味深に見送るロンギ。この大陸に蒔かれた混乱の種がまた一つ、着実に芽を出そうとしているのだった…

 

 




ルビの振り方を覚えました。
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