Regain Journey   作:G-ラッファ

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前回までのあらすじ

 イソーで起きた乱戦の末にエイジャー、アルジード、ルルは一度それぞれの道を進むことにした。
 かつて行き倒れていたところを助けた少女 アリッサの従属呪文の暴発により初日から生死の危機に陥るも、少しだけ成長したカッチンのおかげで事なきを得る。

 それからいくつかの地を巡った2人はとある町で立ち往生することになり…?

 


74話 光を探す者

「はぁーーーっ…」

 

 ここは王政傘下のとある町…エイジャーは長いため息をつきながら、割り振られた自室のベッドに倒れ込む。

 

 魔族に寝返った副団長ブラヒム・リッチ─彼がクレイヴモスとともに各地へ蒔いたのは寄生体だけではない。イソー防衛戦で明らかになった一連の経緯は人々の不信感を芽吹かせ、治療を断られることも珍しくなかった。

 

 エイジャーと縁深い地域の人々は組織ではなく個人を信じて受け入れてくれることもあるものの、ほとんど立ち寄ったことのないこの土地ではまるで作業が進まない。

 レプター族による特定作業も進んでおらず時間ばかりが過ぎていく…焦りから来る苛立ちにやり場などあるはずもなく、己の額をコツコツと叩くことしかできずにいた。

 

─うちの人、騎士団の人間は絶対に入れるなって聞かないのよ。私もまだちょっと…ごめんなさいねぇ

 

 昼間に訪れた家の老婆が脳裏に浮かぶ。孫くらいの世代を邪険にしたくない優しさと、拒否感の混じった複雑な表情…組織が置かれている状況を痛感したエイジャーはまたも大きくため息を吐くのだった。

 

(信じて貰いたいけど非は俺たちにある。せめて有効性を広めることができれば…)

 

「エイジャー・グラムは…いるな。入るぞ」

 

 ノックとともに入ってきたのはこの町に駐在する憲兵の小隊長 ランド。彼もまた一連の事件以降、思うように動けずにいる男の1人である。

 

「その様子だと上手く行っていないようだな。我々の"元"上官が起こした不始末…申し開きようもない」

 

「ランドさんが謝ることじゃないですよ。余裕がないのも事実ですが…」

 

 この町で作業が進まない理由の1つに、憲兵隊が住民との交流を軽視していたために元々の関係が希薄というのも影響していた。

 とはいえ憲兵隊が交流を軽視するのはさほど珍しい事ではない。治安維持を役目とする彼らが一線を引くことで適度な緊張感を保ち、抑止力としての立場を守るという一面もあるからだ。

 

「これでは私の部下がお前の力によって完治した、と宣伝したところでな…待て、そういえば確かあの家も…エイジャー・グラムよ、明日の訪問予定はもう決めているか?」

 

 

「ごめんください、こちらノシューさんのお宅で合っていますでしょうか?憲兵隊のランド氏より紹介に預かりましたエイジャー・グラムと申します」

 

「はいただいま〜…少し色が違うけどその格好は…王都騎士団の方ですね。お隣は?」

 

「アリッサ・ベルキャンバスといいます。所属は…サノヴァ商会ということで」

 

 翌日、エイジャーは中心街から少し離れた場所に建つ一件の家を訪ねていた。この家の主は憲兵隊ともそれなりに交流があるため他の住民よりはいくらか希望があるだろう…というのがランドの提案だった。

 2回目のノックを構えたところで中年の女性が姿を現した。騎士団の人間であることを名乗っても露骨に怪訝な表情を見せない様子に、ランドの読みが当たっていたようだと胸を撫で下ろす。

 

 住民からの冷たい態度を浴びせたくないという思いから待機を命じていたアリッサだが今日は同行している。それは彼女の所属が一助になるという提案によるものもあったが、何より本人の希望でもあった。

 

「まあ、その若さでサノヴァ商会!うちの旦那も小さな商会を運営しているんですよ。ところでどんなご用事でしょうか?」

 

「以前この町に飛来した巨大な魔族、奴の鱗粉が由来の不調について治療法が見つかったんです。こちらのお宅にも患者の方がいるということで差し支えなければ…」

 

 話を聞いた女性の顔が突然曇ったものの、これまで向けられてきた視線とはどうも毛色が違う。不信感というよりも一種の諦めが混じったような表情、それもこちらにではく他の誰かに─

 

「帰って!!!」

 

「「!?」」

 

 突然の大声に身構える2人。声は応対している女性のものではなくもっと若い。それに家の奥から発せられていることを把握し警戒を解くと、母親は小さくため息をついた。

 

「ここだとアレですので…少し歩きましょうか」

 

────────────

 

 家がなんとか視界に収まるほどに離れた広間にて母親…エルミが語ったのは、先ほど怒鳴り声をあげた少女にして自身の娘 リタについてだった。

 

 生まれつき機能に問題があったリタの目は物心がつくころには完全に光を失ってしまい、それ以来心身ともに塞ぎ込むようになる。

 いくら治療法を探せど見つからず苛立ちと聴力が増幅していった結果、非常に神経質になってしまった娘のために中心街から家を移したのだという。

 

「あの子、暗闇の中で生きていても仕方ない、死ぬのにいい機会だってはしゃいでたんです。私たちが元気に産んであげられなかったせいであんな思いをさせているから強くは反論できなくて…」

 

 寄生体の除去は是非とも頼みたいが、治療への肩透かしを何度も味わってきた彼女が受け入れるとはとても思えない…エルミは一通り事情を話した後、自らの顔を両手で覆ってしまった。

 

「親として責任を感じるのは分かります。ただ…リタさんが後ろ向きになる理由はご両親の接し方にもあるような気がします」

 

「ダーリンの言う通り!…です!そういうのってけっこう伝わるんですから!」

 

「エイジャーさん、アリッサちゃん…そうですよね、親として胸を張らないと。なかなか人に話せる事ではなかったので…すみません」

 

「こちらこそ他人の立場から偉そうにすみません。どうすればリタさんが治療を受けてくれるか一緒に考えさせてください」

 

 とは言ったものの問題はそう簡単ではない。失明という残酷な運命に押し潰され歪んでしまった心を元に戻すには、それこそ視力を復活させるくらいの奇跡が起きなければ不可能だろう。

 せめて人生に希望を持たせることはできないか…答えを模索するアリッサの視界にふと映り込んだのは、口元を手で隠しながら熟考するエイジャーの姿だった。

 

(真剣な横顔、頼りになるオトナって感じがして素敵…♡じゃなかった!ここであたしが名案を出してダーリンをお助けしなきゃ!…ん?ダーリン…?)

 

「…それだ!」

 

──────────────

 

 アリッサの閃きから少し後…家に戻ってきた3人はリタの部屋の前に立っていた。緊張から少し汗ばんだエルミは呼吸を整えると、恐る恐る扉を叩く。

 

「ただいまリタ。実はあなたの体に寄生している魔族を除去できるって人を連れてきたの…紹介させて?」

 

─はぁ…言ってるじゃん。もう放っといてって。このままゆっくり死んでいくって決めたんだからさ

 

 扉の向こう側から聞こえてくるのは親への苛立ちと、それを遥かに超える諦めの混じった声─取り付く島もないといった娘の態度に怯むエルミに代わり、今度はエイジャーが前に出た。

 

「突然押しかけた事を申し訳なく思う。リタさんの事情は聞かせてもらった。このまま人生を終えるとして…本当に後悔は無いのかな」

 

─何あんた?その生きることが素晴らしい〜みたいな押し付けうっざいんだけど。偽善で気持ちよくなりたいなら他所でやりなよ

 

(な、なかなか鋭い指摘だ…これは手強いぞ)

 

「…君の指摘は否定できない。だがたとえ偽善と言われようと…悔いを残したまま死ぬような人は見過ごせないんだ」

 

─…じゃあ何?寝ても起きても真っ暗闇の人生をこれからも続けろっていうの?治せもしないくせにえらっそうにさァ…!

 

 話しているうちに感情が昂ってきたのか、リタの声はみるみる怒気を帯びていく。同時に扉越しからでも伝わる嫌な空気─魔族と相対している時のそれに近いものを感じ取ったエイジャーの頬を汗がつたい、以前から立てていた仮説が脳裏をよぎった。

 

 世界への深い絶望が、人を魔族に変える。

 

 もちろん根拠に乏しい与太話の領域である。それでも一歩間違えると大変なことになるであろう事は間違いない。

 迷うエイジャーの視界の端を苛立ちを滲ませたアリッサが横切ると…握った拳の側面で扉を強く叩いた。

 

「あ、アリッサ!?何を…」

 

「さっきから聞いてればうだうだと…自分だけが不幸みたいな顔すんな!アンタには大事に想ってくれる人がいるでしょうが!!!」

 

─またうるさいのが増えた…あんたはサノヴァ商会でやっていけるお利口さんなんでしょ?わたしの気持ちなんて分かるわけない!

 

「アンタも分かってない!あたしは実力で商会にいるんじゃないの。家を飛び出して、行き倒れてるところをここにいるダ…エイジャーさんに面倒見てもらっただけ」

 

 さらに怒気を強めるリタに負けじと叫ぶアリッサ。髪は真っ赤に染まって熱を帯びており、制御不能になる寸前まで感情が昂っている事が見て取れる。

 だが予想外の怒りをぶつけられて引いているのか、扉越しの嫌な空気は薄れてきている。それはアリッサが今日に至るまでの話を進める事に小さくなっていき、終わる頃には同情心すら芽生えているようだった。

 

─そんなの娘じゃなくて種馬じゃん…あんたの親ってヒドいんだね

 

「でしょ?アンタが好き勝手言えるのはエルミさん似甘えてるからよ。そりゃあたしも…同じ境遇だったら恨むと思うけどさ」

 

 愛のない家庭に育ったアリッサと、大きな欠点を持ちながらも子を想う親を持ったリタ。同情するもの、羨むものをそれぞれ持つ2人による感情に任せたぶつかり合いは良い方向に傾いている。

 

「ねえリタ。もし少しだけ…また世界を見ることができると言ったらどうする?それでもそこで腐っていくつもり?」

 

「どういうこと?目…見えるようになるの!?」

 

 バンッという音とともに開かれた扉の先には興奮気味に息を切らす少女の姿があった。服や髪こそ乱れているが顔立ちは母親に似て整っており、瞳の奥には光を掴もうとする執念の炎が宿っている。

 生きる気力を感じ取ったアリッサは満足げに鼻を鳴らすと、乱れた髪を手早く直してやった。

 

「なんだ意外と可愛いじゃん。アンタの目は治せないけど"借りる"ことで再現ができる。あたしの救世主にして運命のお方…ダーリンの力でね」

 

 話し合いの中で浮上したアリッサの閃き─それは以心電心によってエイジャーの視界を共有し、擬似的に視力を取り戻させることだった。

 今までの使い方とはまた違う、リアルタイムでの感覚の押し付け…難易度は高いがやる価値はあるとして、エイジャーもこれに賛成したのである。

 

「ダーリンってそこにいる偽善者の事だよね…そんなすごい事が出来るとは思えないんだけど。あんた騙されてるんじゃないの?」

 

 リタの疑うような冷たい視線が突き刺さる。大まかな位置を掴んでいるので忘れそうになるが、濁った瞳の焦点は微妙にズレており、あくまで音や気配で察知しているだけだ。

 エイジャーが従属呪文について説明しても信じていない様子であり、彼女の心を囲う壁の厚さを痛感するのだった。

 

「胡散臭く感じるのは仕方ない。珍しい魔法だし、友人にも指摘されていることだし…リタ、何か見てみたい景色はないか?まずは魔法が実在することを証明するよ」

 

「うーん…海とか?この町には無いみたいだし。ま、期待してないけどやってみなよ」

 

「海か…分かった。手に触れて、少しピリッと来るよ…『以心電心』!」

 

 遠慮がちに繋がれた2人の手を緑色の稲妻が駆け抜け、体がびくんと小さく跳ねる。エルミが娘に起きた変化に慌てて駆け寄ると、リタの大きく開かれた目がしきりに動いていることに気が付いた。

 

「り、リタ大丈夫?体がおかしかったらすぐに中断して…」

 

「…れが」

 

「…?」

 

「これが…海!」

 

 現在、リタの脳裏にはサザンの海岸線が映し出されている。深い青に染まる海を際立てる雲と波の白。遠くには緑に覆われた灰色の洞窟があり、それがガルフィン族の縄張りであることを自然と認識できた。

 リタは久しく見ていなかった暗闇以外の景色を視界に収めては感嘆の声を漏らす。瞼を大きく開いて剥き出しになった瞳は、まるで機能を取り戻したかのように焦点を動かし続けていた。

 

「次はこの辺ではあまり降らない雪の景色だ。ちょっと待ってね…ほら」

 

「えっ何これ…氷の家に変なのが住んでる!?」

 

(む、娘は一体なにを見せられているんでしょうか…?)

 

(たぶんフリザ族の集落です。低温下でしか暮らせないすごく珍しい種族なんですよ)

 

─ねぇ他は!?他にはないの?

 

─次はそうだな…巨大な光るキノコを利用する街の夜景なんてどうだろう?

 

 以心電心は繋がっている者同士だけの世界、外からは何が起きているのかを知る術はない。だがエルミは態度を急変させた娘に困惑しつつも、久しぶりに見た晴れやかな表情に安心しているようだった。

 

「リタさん、家の外へ出てみないか?自分で体験する"今"は記憶の絶景よりもずっと素晴らしいはずだよ」   

 

 リタは答えを返さないが、魔力を通じて繋がっているエイジャーには長らく拒絶していた外への不安が直に伝わってきていた。 

 そして数刻の沈黙の後に覚悟を決め、答えを導き出したリタは叫ぶ。

  

「…決めた!私は─」

 

─────────────

 

「ロゥバさんは髪の色が雲と同じだよね?えっと確か…白!」

 

「スルマおじさんは腕が太いね。重い物を運んでるからかな」

 

「あっあそこにネコがいる。あれは…灰色だっけ?」

 

 西日が町を照らす夕刻時─普段ならば店が閉まり始め人々が帰路につくはずの広間には多くの住民たちが集まっていた。

 引きこもりの盲目少女が男を連れて出歩き、まるで目が見えているかのように振る舞っている…そんな噂話を聞いて駆けつけた人々はみな、それが事実だったことに驚愕の表情を浮かべている。

 

「これは驚いた…その男がリタちゃんの目を治したのか?」

 

「私の目は治ってないよ。この人が見ているものを魔法で共有してるだけ。…あ、もうちょい右ね」

 

「分かった。これくらいかな?」

 

(ひ、必要だとは分かってるけど…ダーリンとくっつきすぎじゃない!?)

 

 視界のラグを減らすためにはお互いの目が近くにある必要があり、現在のリタは腕を絡めてエイジャーと密着している。必要なこととはいえ傍から見ればカップルにしか見えない距離感に対し、アリッサは複雑な感情を抱いていた。

 

 一方のリタはエイジャーの視界越しに映る人々を一巡すると…2.3歩前に歩み出て息を大きく吸い始めた。

 

「…みんな聞いて!私は自分なんかさっさと死ねばいいと思ってた。これから先ずっと暗闇の中で、惨めな思いをしていくだけの人生なんて終わればいいって」

 

「だけど魔法よりもっと珍しいイペ…なんとかをこんな事に使うお人好しのおかげで、少しだけ外の世界を見ることができたの。私の人生、惨めなだけじゃないんだってエイジャーが教えてくれた」

 

 彼女が押し付けられた過酷な運命については皆もよく知っている。だからこそリタの吐露する切実な思いは人々の心を強く動かす。

 エイジャーから離れたことで真っ暗闇な視界の中、リタはそこにいるであろう人々に向かってさらに叫んだ。

 

「騎士団の偉い奴が裏切ったのは聞いた。だけど私の目が使えるようになった時、みんながいなくなってたら寂しいじゃん…だからお願い!この人の…私が信じるエイジャーの治療を受けてあげて!」

 

 リタが人生で初めて本気でぶつかり、頭を下げてから広間は時が止まったかのように静まり返る。

 自分の息遣いだけが響く暗闇の中、正面から足音が聞こえてきて…リタの肩にそっと手を置いた。

 

「それがリタちゃんの生きる活力になるならば…老い先短いジジイが一番槍となろうではないか。エイジャーと言ったか、儂の寄生体は除去できるのか?」

 

「…!はい!今すぐにでも!」

 

「そういうのは頑丈な俺の役目だろ!無理すんなジイさん!」

 

「アンタはバカすぎて違いなんて分かりゃしないよ!ウチが先だ!」

 

「なんだとぉ!?」

 

「そのバチバチってのカッケー!オレにもやってくれよ!」

 

 リタの願いを聞き入れようと、老人の立候補を皮切りに次々と名乗りを上げる住人たち。中には寄生されていないはずの者まで手を挙げており、善意の伝播は混沌を生み出していた。

 

「み、みなさん落ち着いて!まずは寄生位置の特定が必要ですから!」

 

「フヘヘヘやっと出番かぁ…暇すぎてヒモノになるとこだったんだぜェ…?」

 

「「「…っ!?」」」 

 

 ぬらり、という擬音が聞こえてきそうな動きとともに、どこからともなく現れたレプター族の男に一斉に後ずさる住人たち。彼はこの町で特定作業を任されていたものの、今日まで暇を持て余していたヒバァの一派の1人である。

 

「あっ、この方は魔法で寄生体の位置を把握できる力を持っていて俺の仲間です。…ナダンさん、もう少し威圧感を抑えてもらえると…」

 

「おっとそうだった!ヒバァの兄貴に怒られちまうなぁシャラハハハ!」

 

 口を大きく開き、舌をチロチロと動かしながら笑うナダンにドン引きする住人たち。予想外のトラブルでまたも少しだけ離れてしまった心の距離に、エイジャーは頭を抱えていた…

 

 

──────────────

 

「はぁーーー…」

 

 ここは王政傘下のとある町…エイジャーは長いため息をつきながら、割り振られた自室のベッドに倒れ込む。

 ナダンに怯える住人たちの誤解を解くためずいぶんと弁舌を尽くしたせいか、今度はため息も少し掠れ気味であった。

 

「た、大変でしたねダーリン…よりによってあんなのがここの担当だったなんて」

 

「自分を出せるのはアラクネの呪縛から解かれた嬉しい証拠だよ。まあ、タイミングの悪さは否定しないけどね…」

 

 エイジャーは差し出された水を一気にあおる。招いた覚えのないアリッサがいることはそれなりの異常事態なのだが、いくつかの町を回る内にエイジャーも突っ込むことを放棄し始めていた。

 …などと考えているとノック音が部屋に響く。扉を開けるとそこには手土産を持ったリタと両親が立っていた。

 

「娘から聞きました。寄生体の除去だけでなく希望を与えてくださったと…なんとお礼を言ったらいいのか」

 

「大したことはしていません。むしろ家庭の事情に踏み込んでしまい申し訳ありませんでした。」

 

「短い間だったけど楽しかったよエイジャー。その…ありがとね」

 

 しばらく空を彷徨いながら、ようやく握られた手がぎゅっと締め付けられる。再び視力を失うことへの不安は以心電心を通して自分の事のように伝わっており、半端な介入によってかえって絶望を味わわないかは懸念事項でもあった。

 

 残念ながら彼女の目に光を取り戻す手段は持っていない。それでも出来ることはある…エイジャーはまっすぐに目を見つめながら、リタの手をしっかりと握り返した。

 

「リタ、君のことをイソーの技長に話したらいくつかのアプローチが思いついたそうだ。ホスピナスのお医者様も協力してくれるらしい。俺も時間があれば必ず立ち寄る、だから…それまで希望を捨てないで」

 

「い、イソーの技長って…まさかボッシュ氏か!?そんな大物が取り合ってくれるなんて君は一体?」

 

 リタの父…ノシューは衝撃で腰を抜かしてしまう。エイジャーに対して気さくで協力的だったボッシュは本来簡単に会える人物ではなく、一端の商人であるノシューでは進言すら叶わないからだ。

 

「エイジャーはこんな状況で嘘をつく人じゃないよ。だから信じて待ってる。…このまま死ぬと後悔が1つ残るしね」

 

 リタは居心地が悪そうに頬を掻く。彼女に芽生えた乙女心を察した両親は互いに顔を向け合い、アリッサはわなわなと震えている。

 言葉の真意を理解できず、しかし生きる希望を得たらしいことは把握したエイジャーは感慨深げに頷いていた。

 

「…そうだエイジャーさん、私の客に寄生体と似た症状を訴えている村があるんです。独立した集落なので把握していないかと思いまして」

 

「それは大変だ…我々がお邪魔しても大丈夫でしょうか?」

 

「おそらくは。ただ少し文化が特殊といいますか…今日は遅いのでその時になったらお話しましょう。今日のご恩は絶対に忘れません。本当にありがとうございました」

 

 そう言ってノシューは深々とお辞儀をすると、家族を連れて足早に部屋を出ていく。彼の含みのある言い方に引っかかりを覚えるも、従属呪文や説明に奔走したことで消耗しきった心身は早急な休息を求めているようだった。

 

「あたしもそろそろ戻りますね。それと…みんなの救世主なダーリンとご一緒できて本当に嬉しいです」

 

「みんな大げさだよ…今日だって君がいなければ打開できなかったんだから。引き続きよろしくねアリッサ」

 

「!!!はい、どこまでもお供いたします♡きゃーっ♡」

 

(賑やかな子だなぁ)

 

 火照った顔を覆い出ていくアリッサを見送った後、大の字でベッドに寝転ぶエイジャー。ブラヒム・リッチの裏切りの後始末に追われる日々は紆余曲折こそあれどおおむね順調に進んでおり、人々を救う活動も誇りを持って取り組んでいる。

 

 だが輪郭が見えつつある魔族との戦いから遠ざかっていること、何より先日の戦いで起きたことはエイジャーの焦燥感を煽り立てていた。

 

(この先必ず訪れる大きな戦い…その時俺はどんな力を振るえばいい?)

 

「殲却万雷とは別の…救世主らしい力、か…」

 

 エイジャーの放ったぼやきは空に溶けていく。そうして大きなため息を1つつくと、照明を消してベッドに潜り込むのであった。

 

 

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