Regain Journey   作:G-ラッファ

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 副団長ブラヒムが起こした大襲撃の後、それぞれの道を進む3人。先の戦いでひどく消耗し、療養していたルルは未知の病気が広まりつつあることを知る。

 確執が残るアルフ族の代わりに医療の街ホスピナスへ向かうルルたち。そこへ突如として現れたのは…


77話 赤カビ病

 新たに発見された奇病の調査のためホスピナスへ向かうルルたち。そんな彼女たちの周囲で突如発達し、意思があるかのように追いかけてくる黒雲の中から姿を見せたのは伝説の存在 龍だった。

 

 鱗に覆われ発達した胴体と不釣り合いな腕。翼を持たずに宙を舞い、長い頭部には天へと伸びる角と髭が生えている…その姿は遠い昔に読んだお伽噺に登場する龍の特徴と一致する。 

 アーサーの手は震えていた。死を超越し、いくつかの感覚を失った恐れ知らずの体ですら。圧倒的な存在が放つプレッシャーの前には委縮以外の選択肢は許されなかったのである。

 

「ぐぅ、頭が割れそうだ…ひとまず進路を変えるか!?」

 

「…脇道へ逸れる余裕はなさそうです。このまま前進を!」

 

 モルゲンの声で我に返ったアーサーは背中越しに指示を飛ばす。その間も龍はこちらを追跡する雲の隙間からこちらを睨みつけ、一定の距離を保ち続けていた。

 

(追ってくるばかりで襲わない、だけど敵意がないわけではない…一体何がしたいんだ?)

 

─グオォォォン!!!

 

 龍は雄叫びをあげた後に姿を隠すと、今度はこちらと並走するように黒雲の中を泳いでいる。意図が分からない行動は却って恐怖心を掻き立て、集中力を凄まじい速度で削り取っていく。

 極限の緊張感の中でなんとか平静を保とうとするアーサーとモルゲン、すでにグロッキー状態のオーディアに対してルルの様子は変わらない。槍のように降り注ぐ雨をものともせず、龍へと視線を向け続けていた。

 

「奴は危険だ、ルルちゃんは身を隠して!」

 

「私たちを攻撃する気はないみたいだから大丈夫。それに懐かしい感じがする…なんでだろ?」

 

 手を引き、荷台へ隠れるよう促しても動かないルルに怯えている様子はない。むしろどこか安心しているような…例えるならば旧い知り合いに出会った時のような表情を見せている。

 ルルは困惑するアーサーをよそに荷台から身を乗り出すと、黒雲に向かって思い切り叫んだ。

 

「ねぇ!龍さんはセレーネの知り合いなの?それとも私のこと何か知ってる?」

 

「…!」

 

 龍は呼びかけに応えるかのように再び姿を現すと自走車を強引にせき止め、顔をもたげてルルの顔を覗き込んだ。身の丈ほどもある瞳を近づけられているにも関わらず、やはりルルに怯える様子はない。

 そして瞳孔が一気に開かれ、アーサーが最悪の事態を覚悟した次の瞬間─龍はゆっくりと瞬きをした後に空へと昇っていき、従えていた黒雲共々どこかへと消えてしまった。

 

「おーい!なんで何も言わないの!…行っちゃった」

 

(はっきりと姿を視認した上で何もしない…あの龍とルルちゃん、あるいはセレーネさんは知り合いではないということか?)

 

 龍が消え去った空は何事もなかったかのように晴れ渡り、太陽の光は何者にも遮られることなく降り注いでいる。

 今のは一体なんだったのか…そんな疑問を抱きつつも、4人はホスピナスへ続く道を再び進み始めるのであった。 

 

────────────

 

「ようこそホスピナスへ。突然の豪雨に降られて大変でしたね…まずはあちらで身を清め、こちらの服に着替えてきてください」

 

 謎の龍との邂逅から一時間後…ずぶ濡れになりながらもようやくホスピナスへ到着した4人は白衣にマスクという、検問所にはおおよそ似つかわしくない出で立ちの男に止められていた。

 この街の検問で重要視されるのは身元よりも衛生…ホスピナスへ到着した者は例外なく身を清めた上で、用意された清潔な衣服に着替えることを義務付けられるのだ。

 

「それと武器の持ち込みは原則禁止しています。外傷の原因になりますからね。お預りしても?」

 

 そう言うと男はキシャルシオンへと視線を落とす。装具を外し柄に手をかけたところで─アーサーは動きを止めると、気まずそうに視線を上げた。

 

「あー、なんと言えばいいのか…この剣に宿る意思が離れることを拒んでいるといいますか…」

 

「は…?」

 

「あなたにお渡しますがその、足元には気をつけてください。おそらく落としてしまうので」

 

 サングラスで目を隠し、意味不明な言い逃れを図る不審者に男は眉を大きく歪めると、ハンドサインで傭兵たちを傍に控えさせる。

 そうしてアーサーからキシャルシオンを受け取った次の瞬間─地面へと吸い寄せられ、鞘ごと深くめり込んだ!

 

「なっ…なんですかこの剣は!?持ち、上が、らない…!」

 

「貸してみろ…重っ!おいお前!これはどういう事だ!」

 

 傭兵の1人が加勢するもキシャルシオンはびくともしない…周囲からの疑念の目が色濃くなる中、2人を退けたアーサーはあっさりと地面から抜いてみせ、隣のルルに手渡した。

 

「この剣には意思があるんです。先ほどのトラブルで気が立っているようでして…」

 

 傭兵たちは涼しい顔で胸に抱いているルルに目を丸くする。先ほどよりも屈強な男が試してみるも、手に取った瞬間再び地面へと突き刺さり、やはりびくともしない。

 人智を超えた異様な剣に一同が気味悪がる中、街の方から1人の女が慌てた様子で走ってきた。

 

「事前に話していたイソーからの特使よ!武器については私が責任を持つから通してあげて」

 

「…所持は許可しますがトラブルを起こさないようにお願いしますね。戻ってくるまでその剣は…穴に刺しておいてください」

 

「ご迷惑おかけします。…さ、2人も着替えておいで」

 

「私は外で待つとしよう。街に用はないしメンテナンスがあるからな」

 

 疑念のこもった視線を背中に受けながら、そそくさとその場を後にするアーサーたち。気まずい思いをする主をよそに、騒動の原因であるキシャルシオンは堂々とその身を埋めているのだった…

 

「やれやれ…次の方どうぞ。今日はどのようなご要件で?」

 

「ん?そうだなー…社会勉強?この通り武器は持ってないから安心して!」

 

 ジャケットを脱ぎ、すべてのポケットをひっくり返す男(?)は武器どころか何も所持していない。貨幣の1枚も持たずに出歩くなどあり得るだろうか?

 不自然ではあるが賊の類には見えないし、明確な規則違反もしていない…男は傭兵たちと相談の上、渋々ながら受け入れることにした。

 

「…分かりました、身を清めて戻ってきてください。…くれぐれも騒ぎは起こさぬようお願いします」

 

「そんな事しないしない!疑うなら見張りをつけてくれてもいいしね!じゃ、また後でね〜!」

 

 男(?)は軽い足取りでその場を後にする。対する検問所は連続した不審人物の対応に小さくため息をつくのだった。

 

──────────────

 

「この街、歩きやすいでしょう?車輪や足が引っかからないよう段差を無くしているの。昔はもっとガタガタだったらしいけど…多大な投資をしてくれた王様とボッシュさんたちのおかげね」

 

 検問での騒動から少しして…検査着のような服に着替えた一同は先ほどの女医─クオレアと街の中を歩いていた。建物は白を基調としておりイソーと酷似している一方で、随所に緑を置くことで無機質な印象を与えないよう配慮されている。

 

 大陸中の医術が集い、広めていくこの街はかつて王国軍お抱えの衛生兵が中心となって興したコミュニティである。前哨基地をそのまま改造して作られたホスピナスは良好な環境とは言えず、当初は課題も多かった。

 だがこの街を起点に医術を広めたいと考えたエルドラ王政が積極的に出資し、賛同したイソーや技術者たちの協力あり今の風景になったのだという。

 

 曰く、街の植物や土は入念に滅菌処理が施されており虫もほとんどわかないらしい。建物も汚れがつきにくい加工が施されており、衛生面に関しては執念じみた管理がなされているようだった。

 

「それとさっきはごめんなさいね。伝達が上手くいってなかったみたい」

 

「謝罪なんてとんでもない。"彼女"は色々と特殊で説明が難しく…武器を持ち込めない街は想定外でした」

 

 そう言いながらアーサーは小脇に抱えたキシャルシオンを撫でる。形が分からないよう布を巻き付けられたそれは小さなサーフボードのようで、かえって人々の興味を惹いてしまっていた。

 

「ボッシュさんから聞いているわ。あなたも常識の外側にいる存在だとか。是非調べたいところだけど…今は"赤カビ病"の解決が先ね。…ここが隔離病棟の入口よ」

 

 街の外れまでやってきた一行の前に佇む建物の造りに大きな差異は見られない。だが死の匂いとでも言おうか、うっすらと感じる異様な空気にアーサーはもちろんのこと、少し後ろで談笑していたルルとオーディアも口を閉ざす。

 3人は防護服に袖を通すとクオレアの先導で内部へと入っていった。

 

「患者はすべて現役世代の男性。今のところ二次感染はないけれどとても厄介でね…既存のあらゆる治療が通用しないの」

 

 いかに苦戦しているかは隠しきれないほどに隈が浮かび、潤いを失った髪を雑にまとめている様子から一目瞭然である。すれ違う医者もみな似たような状態であり、このままでは彼らもいつ倒れるか分からない状態だった。

 

「…そうだ、アルフ族が扱っている薬草を書き出してもらったんです。何か手がかりが見つかるといいのですが」

 

「私たちじゃ殖やせない品種がこんなに…治療の選択肢が広がるわ。あとで薬師に共有しておくわね」

 

 クオレアは渡されたリストに一通り目を通すと、鞄の中から紙を取り出して何やら書き込み始める。その内容は理解できないものの、どうやら活路を見いだせたようだ。

 そして足取りが軽くなった彼女は特に死の匂いが強い部屋の前で立ち止まると、再び目に虚ろを宿しながら、絞り出すように話し始めた。

 

「サンプルは用意してあるのだけれど…現状を正しく認識するためにその目で見てほしいの。子供には刺激が強すぎるから少し待っていてくれるかしら?」

 

「セレーネに見せたいから私も行くよ!オーディアは?」

 

「わ、わたしも家がお医者さんだったから大丈夫…!」

 

 子供と見くびっていた2人の、予想外の返答にたじろぐクオレア。ルルの目に迷いはなく、オーディアも少しの怯えはあるものの向き合う覚悟を決めている。

 2人を止めるようアーサーに視線を向けるも、わずかに首を振って拒否するのだった。

 

「彼女たちも遊びじゃないことは分かっています。こう見えて修羅場を何度もくぐっていますから」

 

「…分かったわ。少しでも気分が悪くなったら出て行くと約束して。じゃあ、開けるわよ…」

 

 ふうっと短く息を吐き、強く握り込んだ手すりをスライドさせて扉を開ける。その先に広がっていた光景─赤いカビのようなものに蝕まれた体を包帯で覆われ、浅い呼吸を繰り返す男の姿に、許可を出したアーサーは咄嗟に2人の目を覆う。

 これだけ凄惨な状態にも関わらず男はうめき声ひとつあげていない。曰く転移が広がりきった人間は痛覚すら失い、むしろ楽になるとやるせない表情で語るのだった。

 

「酷いものでしょ?こんな症例は見たことがない。上の人たちも魔族の仕業なんじゃないかって言い始めていてね…かなり混乱しているわ」

 

「魔族のせいじゃない…と思う。体の中にそういうのが見えないから」

 

 背後から聞こえてきた声の主は目隠しされたままのオーディアであった。彼女の発言が予想外だったのか、アーサーの顔にも困惑の色が浮かんでいる。

 

「オーディア、君は目隠しされても向こう側が見えるのか?」

 

「患者さんがどうなってるかは見えない。だけどその人の炎…残りの命がすごく小さくて、魔族の嫌なモヤモヤがないのは分かるの」

 

『彼女の言う通りですアーサー。これは魔族由来のものではないと思います…ルルと交代したのでもう平気ですよ』

 

 手隠しを外し、患者の前に立ったルル…もといセレーネは注意深く患部を観察すると、"喉まで出かかっている"とばかりに天を仰ぐ。

 そしてせわしなく泳いでいた指がピタリと止まったかと思えば、今度は腰のベルトに備え付けられた本を取り出し始めた。

 

「それは確かマリーの…もしかして何か分かったんですか?」

 

『話を聞いた時はまさかと思いましたが…私はこの症状を知っているかもしれません』

 

─────────────

 

『皆さんが赤カビと呼んでいるものはある植物と共生する胞子の一種です。本来とは違う宿主…人体に寄生してしまったことで悪影響を及ぼしているのですが、私が知る症状よりはるかに重篤です』

 

 発疹から始まる赤いカビによって死に至る奇病…対処法がないと思われていた症状に見覚えがあるというセレーネの発言から数十分後、招集をかけられた街中の医師が一堂に会することとなった。

 

 教壇に立ち、説明を行なっているセレーネはある植物の絵を描いた。それは二重の花弁を持つ百合に似た花…彼女の時代では"フタエノユリハ"と呼ばれていたものである。

 

 あらゆる環境に対して異常な耐性を持つ赤いカビに薬は通用しない。そこで共生関係にある"フタエノユリハ"から抽出した液体を包帯に染み込ませて患部を覆い、本来の宿主へと誘導する形で人体から引き離す策が取られていたという。

 

『…ですがこの時代ではフタエノユリハの名前すら見つけることができませんでした。治療の第一段階はこの花を見つけ、体表の赤カビを完全に除去することです』

 

 ここまで話すと活動限界を迎えたセレーネは降壇し、クオレアと説明を交代した。

 

「彼女の証言をもとに患者を調べ直したのだけれど…赤いカビとは別に免疫が暴走状態にあるみたいなの」

 

 免疫とは外から来る菌やウイルス、その他望ましくない存在に立ち向かう機能の1つである。本来であれば病気を予防し、人々にとって利益となる存在なのだが…

 患者たちの免疫は自身の細胞を攻撃しており、その理由はまだ分かっていない。仮に分かったとしても赤いカビの皮膜よって治療ができない可能性があるという推察に、同席する医師たちの表情が曇る。

 

 このままでは士気に関わると踏んだクオレアはヒールを鳴らして空気を締め直し、皆に見えるよう1枚の紙をかざした。

 

「未曾有の疫災に立ち向かうのは私たちだけじゃないわ。アルフ族のある一派が協力を申し出てくれているの。彼らとともに新たな治療法を確立させる…名誉なことだと思わない?」

 

─アルフ族…実在していたのか

 

─待て、上から2番目の薬草は栽培ができない希少種じゃないか?もっとよく見せてくれ!

 

「少しはやる気になったみたいね。必要なものは2つ。カビを引き離す"フタエノユリハ"という花の捜索と免疫異常の対処。医療の街の名にかけて、必ず終息させるわよ!」

 

─御意!

 

 勇ましい掛け声もともに一斉に立ち上がり、胸に拳を押し当てる医師たち。白衣に包まれた彼らの心には、命を繋ぐ者としての覚悟の炎が燃え盛っていた。

 

───────────

 

「なるほどねぇ〜思ったよりも高潔なお医者さんたちだ。薬の開発は任せて。免疫異常だと判明しているならある程度やり方も絞れるはずだよ」

 

 翌日─ホスピナスを後にした一行は再び集落へと戻ってきていた。ソランは報告を聞きながら、書物の山から使えそうな記録がないか探してくれている。

 蔵では集落の者たちが集まって薬草を加工する音が聞こえる。未だ人間への不信感は抱いているものの、彼らを見捨てるのは違うという意見でまとまったようだった。

 

「みんなありがとう。ところで"フタエノユリハ"という花についてなんだけど…」

 

 ソランは食い気味に首を横に振る。先祖が書き残したという資料にもそれらしき記述はなく、マリーが持たせた本もまた同様であった。 

 

 赤カビ病は前例がある病気である。にも関わらず特効薬のフタエノユリハに関する記録は見つからず、名前すら忘れ去られている…

 喫緊の課題ということもあって対処法を残していない先人たちに対し、普段は人を憎まないアーサーも内心で小さく悪態をついていた。

 

「…文句を言っていても始まらないか。俺は騎士団の情報網を頼れないか聞いてくるよ…ん?」

 

 ここでアーサーは自身に向けられている視線に気付く。視線の主であるルルはずんずん近付いてくると…腰に携えた剣を指差した。

 

「ねえアーサー、この剣ってどうしたの?」

 

「キシャルシオンのこと?あまり褒められた経緯じゃなくて…どうして急に?」

 

「その剣と私のネックレス似てるなーって。お話ができるところとか一緒でしょ?」

 

 そう、理由は不明だがキシャルシオンにも意思がある。言葉を交わすことはできないがYes/Noくらいはなんとなく伝わってくるし、強い拒絶で起きる現象は先日の通りである。

 そしてルルが持つネックレスの中にはセレーネという人物の魂が宿っている…そうそう被る特異性ではないだろう。この2つには共通点があるはずだ。

 

「…待てよ、もしキシャルシオンが同じ時代に作られたものだとしたら…確認しに行く価値はありそうだ。お手柄だよルルちゃん」

 

 アーサーの脳内に散らばっていた点が線を結ぶ。その仮説を後押しするかのように、キシャルシオンの刀身は鮮やかに染まっていた。

 

「その剣…キシャルシオンも昂ってるみたい。でもどこに行く…の?」

 

「俺が"彼女"と出会った場所だよ。偶然迷い込んだあそこは遺跡…いや」

 

「太古の昔に作られた墓のようだった」

 

 

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