まずは神にでも祈ってみろ─アラクネ盗賊団の大幹部候補 ロウンから得たヒントを手がかりに調査を進めるアルジードはかつて世話になっていた宗教団体 サイタン教を訪れる。
エグリ=マティアス教なる団体に若い女性が集まっているという情報を仕入れていたものの、先代の不可侵協定があるため深入りすることができなかったと語る教祖はかつて旧貴族たちへの報復を幇助していた組織"リリーサー"の長だった。
そんな事を知る由もなく、因縁もないアルジードは情報を手がかりに教団を訪れるが…
太陽に温められた空気が疎ましくなる頃、情報を得たアルジードは妙な人の出入りが増えているというエグリ=マティアス教を訪れていた。
アラクネの潜伏先として警戒していたものの周囲に怪しい人影はなく、あっさりたどり着いたことに拍子抜けしつつ。長年使い込まれ、手の形に塗装の剥げた呼び輪を叩いて中へと入る。
内部は掃除が行き届いており、教会としての機能は失われていないように見える。黒と赤のステンドグラスを通した日光は内部を不気味に照らし、いるだけで薄暗い感情が湧き上がってくるようだった。
「迷える咎人よ、よくぞ参られた…汝の名を問おう」
「アルボザだ。ファミリーネームはとうの昔に捨てちまった」
アルジードは流れるように偽名を使いつつ、物陰から現れた牧師を観察する。
丸めた頭にはわずかに白いものが混じっており、恰幅のよい体躯を包む赤い修道服はそれなりに年季が入っている。まさしく聖職者といった風貌には説得力があり、少し不気味な教団の牧師としては満点である。一見でその素性を疑う者はいないだろう。
だがアルジードは目の前の男を信用していなかった。アラクネの中には素性を隠して組織に入り込むことに長けた者がいることを知っているし、サイタン教から噂を聞いていたからだ。
「アルボザよ、我々の教えは決して優しいものではない。ここがエグリ=マティアス教と知って訪れたのか?」
「あんた達の教義は知ってる。この世にいる奴らはみな罪人、だろ?」
「…承知の上か。何があったか申してみよ」
「ガキの頃につまらない理由で親を亡くした。生まれた町は今どき流行らねぇ掃き溜めのような場所、生きるには盗みを重ねるしかなかったのさ」
もちろん盗みに手を染めたことなど一度もない、ただの作り話である。道を外れたもののエピソードを上手いこと繋ぎ合わせているだけだ。
アルジードは自嘲気味に笑いながら天を仰ぎ、さらに続けた。
「少し前にここの存在を知ってな。残りの時間を贖罪に充てようと思った次第さ…といっても所詮は半端者、まだ入信は決めかねてるんだけどな」
「身寄りなき幼子が選べる道は少ない。汝が背負った罪の償いを望むのならば、主は寛大な心で迎え入れるだろう」
牧師は肩に手を置いてゆっくりと頷いた後踵を返し、聖書を持って祭壇へと続く階段を登り始める。
そしてそこに祀られている像─左半身は柔らかい翼と杖を、右半身はボロ切れた翼と首輪を持つ異型の前に跪くと、アルジードを手招きした。
「これから汝の罪を主に伝える。そこへ座し、過去の行いを今一度悔い改めるのだ」
「まだ入信するとは言ってないぜ?…まあ、挨拶は大事だもんな」
彼らの神へ形だけの敬意を表しながら、予想外に"ちゃんとした"宗教団体ぶりを目の当たりにしたアルジード。小さな疑念を抱えつつも、戒告を終えた2人は教会を巡ることとなった。
「ここが懺悔室。一日の罪と償いを清算し、主へ報告する部屋だ」
「毎日報告するのか?まるで交換日記だな」
「奉仕に出ている信者はその限りではないがな。それにしても交換日記か…我々では思い至らぬ発想だ」
戒告を終えた2人は長い廊下を歩いていた。大昔は避難所も兼ねていたという教会は地下にも根を張っており、その内部は外観から受けるイメージよりも遥かに広い。
手入れが行き届いているとはいえ相当に古い施設である。限界を迎えつつある箇所も存在するようで、いくつかの区画は立ち入り禁止となっている。
教団が示す償いの中には過酷な肉体労働も含まれており、その際はエグリ=マティアス教徒という身分を隠すことも多いという。
身分を明かして活動すれば教団の印象も変わるという提案に対し、評価されない苦悩もまた償いだと牧師は返す。自罰的な教義を元にした奉仕活動─意図こそ理解に苦しむものの、活動だけを見れば意外にもよくある宗教団体だ、というのが率直な感想であった。
「この一帯は昔から土砂災害に悩まされているのだが近年は特に多くてな、山に建造中の砂防ダムへ奉仕に出しているのだ。みな実によく動いてくれているよ」
(確かにこの辺りは王政と距離を置くコミュニティが多いな。国に頼れない重労働を信者に背負わせることで外貨を稼ぐわけだ)
医務室では信者と思われる男たちが治療を受けている。工事中の事故なのだろう、彼らの身体には決して浅くない傷が刻まれているものの、表情から生気は失われていない。
より辛く、人の役に立つ奉仕をこなしてこそ罪を濯ぐ事ができる─そんな教えが彼らを突き動かしている様子を目の当たりにして、理解に苦しむとばかりに肩をすくめた。
(どんな人生を送ったらここまで自罰的になれるのかねぇ。オレには止める義理もないけどよ…ん?)
「なあ、あの新しい建物は宿舎か?かなりの量ボトルが積んであるが…酒は禁じてないんだな」
アルジードは窓に映る建物を指差した。宿舎と思われる建物は比較的新しく、勝手口にはワインボトルの詰まった木箱が幾重にも並べられている。
この世に生まれ落ちた罪を償うという厳しい教義を持つエグリ=マティアス教。そんな彼らが酒を、それも尋常ではない量消費していた痕跡が目に留まるのは当然である。
とはいえ酒の使い道が娯楽に限らないことはアルジードも承知していた。だからこそ何の気なしといった風に尋ねたのだが…
「─────。」
牧師は答えを返さない。焦るでもなく、こちらを睨むでもなく、時が止まったかのように硬直してしまったのである。
突然の異常な反応に面食らいつつも、アルジードは質問を変えることにした。
「そういや教会にある像は左右でまったく姿が違ったな。あれはどういう意味なんだ?」
「罪を清算しきれなかった者は業火の燃え盛る地底へ落とし、天へと還る者をあたたかく導く…そんなエグリ=マティアス神の2つの顔を表現したものだと伝わっている」
(さっきのは
─おや牧師様、そちらの方は?
アルジードの思考を遮るように声をかけてきたのは装飾のないローブに袖を通した、牧師よりも遥かに若い男だった。
「我々の噂を聞きつけ遠路はるばる訪ねてきたのだ。今は教会とエグリ=マティアス教について教えているところだ」
「なるほど。その若さで償いについて考えが及ぶとは実に聡明ですね。牧師様はお忙しいでしょうし、ここからは私がご案内いたしましょう」
「…ああ、よろしく頼む。ええと名前は…」
「ロギンとお呼びください。さあ、行きましょうか」
柔和な笑みを浮かべて先導するロギンは背中に向けられている視線が鋭く、冷たい事に気付いていない。
アルジードの盗賊狩りとしての経験則と勘が強く警告していた。この男は表の住人ではないことを…
─────────────
─小麦色の肌の青年を見ていないか?ここへ入るまでは後ろにいたんだが
─見てないな…人を集めるか?
─いや、騒ぎが大きくなるのは好ましくない。お前たちは部屋の施錠を徹底してくれ
それからしばらくして。宿舎の一室には案内役のロギンを撒き、男たちの会話を壁越しに聞くアルジードの姿があった。
教会の方に怪しい痕跡はなく、すれ違う信者はみな表の世界の住人─少なくとも盗みや殺しの類に手を染めている人間には見えなかった。
そこでアルジードは入信をチラつかせつつ宿舎へと案内させ、一瞬の隙をついて彼の視界から完全に消え去ったのである。
今は息を潜めながら、飛び込んだ部屋に隠されたヒントを探しているところだ。
(ロギンって奴は偽物の信徒で間違いねぇ。上手く繕ってるつもりだろうが…あの重心の運び方はナイフ使いに多いクセだ。それに…)
アルジードは先ほどから鼻腔をくすぐっている臭いに眉をひそめた。宗教団体、ましてや生きることが罪などと考えている連中の根城ではまずしない、荒くれ者たちが好む習慣の臭いである。
牧師はこの宿舎に関する質問に"停止"した。
教義の是非はともかくとして、信者たちは真面目に教えを守っている。
そして暴力行為に由来するクセを隠しているロギンという男…
この教団には裏の顔があり、信者たちには何らかの認識改変が施されていると推理を立てる。
認識を書き換える手段については不明だが…それはアルジードにとって大した問題ではない。重要なのはここを乗っ取っているのがアラクネか否か、ということだ。
とはいえ相手がカタギではないと分かった以上、大手を振って宿舎を調べるわけにはいかない。何か使えそうなものはないか─部屋を見渡すアルジードの視線は天井へと向けられていた。
─チュゥ
(屋根裏か。ネズミの鳴き声の反響からしてスペースもありそうだ)
「あいつらの足音も遠ざかったし今がチャンスだな…よっ!」
棚を登ったアルジードは釘を外して生じた隙間に棒手裏剣を差し込むと、たわんだ板に鎖を巻き付ける。
人がギリギリ通れる幅になるよう軽く彫り込んでウィークポイントを作ると、鎖を手頃な長さに手繰り寄せ─棚から飛び降りる力で天板の一部をへし折った!
折れた天板を持ってすぐさま屋根裏へ侵入、簡単に穴を修繕すると、匍匐でひたすら突き進む。誰かが部屋に駆け付ける音は聞こえてこず、幸いにも破壊工作はバレていないようだった。
屋根裏は外と繋がっているようで、わずかに流れる空気を肌が撫でる。摩擦音が鳴らぬようゆっくりと、かつ一点に力が加わらないよう全身で這い進むアルジードは視界の端に妙なものを捉えた。
─チュウ〜…
(ネズミが死にかけてる、いやへばってるのか…ん!?)
不意に飛び込んできた臭気に顔をしかめ、鼻翼をきゅっと絞るアルジード。それは下にいた時とは比べ物にならない強いアルコール臭であり、ネズミたちは屋根裏に充満するこの臭いで酔っているようだった。
(屋根裏が空気の通り道なのか。つまりこの臭いを辿っていけば…)
酒の匂いは進むほどに強くなり、口元に巻いたスカーフをあっさりと突破してくる。弾き語りで訪れる酒場よりもさらに強烈で、そこら中に転がるネズミたちに倣いたくなる。
頭痛すら覚え始めた頃、アルジードは下から聞こえてくる会話に気が付く。さらに強まる匂いを耐えながら進んでいくと、板の隙間から部屋の様子を覗き込んだ。
「このお酒美味しすぎぃ〜!街にいた頃はこんなの飲んだことないよママぁ〜!」
「このチーズもすごいよねぇ!いくらでも食べられちゃう!」
「それは良かった!知り合いの商人に頼んだ甲斐があったわ♡」
全容を見ることはできないものの、どうやら昼間から宴が開かれているらしい。聞こえてくる声は"ママ"を除きすべて若い女性で、サイタン教で仕入れた噂が事実であったことを裏付ける。
教義とは正反対の贅沢に沸き立つ一同の空気を変えたのは、"ママ"の隣に座るある女性だった。
「でもママ大丈夫なんすか?お金とか。うちらここに来てから遊んでばっかすけど…」
「知り合いのお手伝いでお金は稼いでるけど…確かに遊びすぎちゃってるかも」
「え〜そうなの?そのお手伝いってあたしらでも出来る?」
「そういえば給仕が足りないって言ってたかしら?有力者が集まるちょっとお高いイベントらしいけど…みんなカワイイから大助かりだと思うわ♡」
やり取りを聞く限りでは両者の関係は良好、誘拐や売られてきたようには見えない。しかし牧師の妙な反応には違和感があるし、若い女性が一手に集まるこの状況は奇病の感染ルートとしては筋が通る…
相反する証拠たちは答えの輪郭をぼかしており、ここがアラクネの根城であるという確信に至ることができずにいた。
(商人経由で売春窟へ流すつもりか?確かに足はつきにくくなるが…盗賊の手口にしちゃ回りくどいな)
(わざわざ女を絆す理由も分からねぇ。一度戻って取引を洗わせるか…?)
─ギィ
わずかな迷いは屋根裏での隠密を成立させるための、繊細な体重コントロールをわずかに乱れさせた。
とはいえ下はへべれけの人間たちが騒いでおり、薄い板が軋む音など誰も気に留めない…などという希望はたった1人─"ママ"の手によって覆されてしまう。
"ママ"は反射的な速度でこちらに視線を向けるとおもむろに立ち上がり、視界の外へと移動してしまった。
ここでアルジードが取れる選択肢は2つ。ひとつは急いで撤退すること。少しでも早く動けば追っ手を撒けるが存在を確実に認知されるため、今後教団へ近付くことは困難になるだろう。
もうひとつは気付いていないことに賭けて息を潜め続けること。読みが当たれば勝ちの目はあるが、外れれば一気に窮地へ立たされることとなる。
(確証を得るには情報が足りねぇが…クソッ、どうすりゃいい?)
悠長に迷っている時間はない。撤退と続行、どちらを選ぶべきか…己の直感に頼ることにしたアルジードは呼吸を整え、一瞬だけ瞼を閉じる。
しかし脳裏に浮かんできたのは現状打破のための選択肢ではなく、ある時に交わしたエイジャーとの会話だった。
─────────────
「ジャスパーは少し手が早いけど真っすぐで正直な子だ。いざという時は頼りになるはずだよ」
団長は夜が更け、姫が寝静まってからもしばらく起きていることが多い。小隊長をやっていた頃の名残りだと言っているが…他の理由もあるんだろう。
オレも単独行動をしていた頃の癖か似たようなもので、2人で夜を更かすこともそれなりにある。その日はこれから行動を共にするジャスパーの人となりについて話しているところだった。
─あんだけバカ正直だと潜入にゃ向かなそうだけどな…連絡はこいつで出来るんだし1人でもいいんだぜ
そう言って濃緑の板─マザラ石版とかいう遺物で扇ぐ。遠くにいる人間とも連絡が取れる通信機、その機能を一部再現したこいつがあれば、団長を通して騎士団を呼ぶ事も可能らしい。
お守りがつくことに対し多少の不満を引きずるオレを見た団長は、困ったように笑っていた。
「実力は疑ってないさ。ただ…尋問でだいぶ取り乱したと聞いてね」
─なんだ知ってたのか。オレが暴走した時は殴って止めさせるってか?
「真面目な話だアルジード。アラクネがどんな相手かは誰よりも知ってるはずだ」
団長のいつになく真剣な声色に言葉が詰まる。こうなると皮肉で撒くのは無理だと知っているオレは、せっかくだから聞いてみることにしたんだ。前々から気になっていた事を。
─なあ団長、どうしてそんなに世話を焼こうとするんだ?オレは騎士団でもない余所者のクソガキだ。あんただって姫や魔族のことに集中したいんじゃねえか?
副団長から勅命を受けたこの人は強い権限を持ってるが、それを使って偉ぶるところを見たことがない。
だがまったく行使しないわけでもなく、オレが騎士団の情報にアクセスできるよう取り計らったり、他の部隊に情報収集を依頼することはままあった。
イソーで拘束したアラクネの構成員に対する尋問権も、この人が色々と手を回していたらしい。
行動を共にしてからそれなりに経つ、団長のことはある程度理解しているつもりだ。だからこそ腑に落ちなかった。もっと大きな使命を後回しにしてまで、オレの個人的な復讐に手を貸す理由が。
─あんたは偉ぶることも殺しも嫌いなはずだ。なのにどうして…
「アルは俺の大事な人だからね」
出た。
この人はいつもそうだ。いつもは些細なことでも迷う癖に、こういう場面でしれっと恥ずかしいことを言ってのける。まったく勘弁してほしい。
そんな感想が顔に出ていたのか団長は眉間に皺を寄せると、うんうんと唸りながら指を折り始めた。
「理屈で言えってことか…テンガロンで助けてもらったとか、打倒アラクネは騎士団にとっても利益だからだとか…」
─すげぇ嫌そうに理屈並べてるな…
「あれこれ理屈をつけると打算っぽくて嫌だし、そんな事ができるほど賢くないからね。そもそも俺が勝手にやってることだから」
確かにこの人はトラブルへすぐに飛び込んでいくし、時にはかなりの無茶をする。それで心身をすり減らし続けているのだから、そういった意味では賢い生き方をしているとは言えない。
だがそんな事をしているからこそ立場を超えた味方が増えるし、助けられている。それは分かっているんだが…
「でもまあ…迷うってことは変わりつつあるのかもしれないな」
─どういう事だ?
「復讐に対するスタンスだよ。これから成そうとしている事を客観的に見ているからこそ、俺に負い目を感じるんじゃないかな。本当になりふり構わないならとことん利用するはずでしょ?」
団長が言わんとしていることは分かる。鎖の鍛え直しを提案してきた爺さんや布教ついでに日銭の稼ぎ方を教えてきたサイタン教の連中…様々な形で協力を申し出てきた大人たち。
報復心に突き動かされ、盗賊を狩っていた頃のオレはあいつらの施しに負い目を感じていなかった。ある程度経ってからは態度を変えたが、それはあくまで必要だと思ったからだ。
だが今はどうだろうか?柄にもない真似をする団長を心配し、巻き込むことに抵抗を感じている。それはこの人の言う通り…アラクネの殲滅に対するスタンスが変わりつつあるのではないか。
奴らへの復讐はオレの生きる意味だ。アイデンティティだ。そのために今日まで突っ走ってきた。核心に迫りつつある今、迷っている暇なんかねぇ─胸の奥がざわざわと騒ぎ出す感覚を宥めるように、団長はオレの頭を撫でてきた。
「でも復讐は止めなくていい。本来は止めるべきなんだけど…前を向くために必要な事ならきちんと清算してほしいんだ」
─いいのかよ団長。あんたのお墨付きを得たオレがどんな手段に走るか分からないぜ?
「今のアルなら大丈夫だよ。それにもし本気で復讐の道へ堕ちるというならその時は…」
団長は掲げた掌に魔力を纏わせる。あの時と同じ黒い火花が爆ぜる悍ましい稲妻─明言せずとも分かる、破滅の雷で自ら殲滅に乗り出すつもりだ。
それはオレにとって復讐を捨てるよりも気分の悪い話だ。団長を大量殺人鬼にするわけにはいかねぇ。
─あんたの手が血まみれじゃ姫が困る。やれる範囲でクールに復讐する、それでいいだろ?
「ああ。今回は別行動だけど…最後まで付き合うよ。アル」
───────────────
(…まさか他人に手を汚させたくないから、なんて理由で縛るとはな。あれが意図的ならとんでもねぇ悪魔だよ)
呆れたような笑みを浮かべるアルジードの選択は決まっていた。ここで深追いをして帰れなくなる、それは避けねばならないと。
それはアラクネの殲滅だけを考えてきた復讐劇の中で生まれた"未来のための選択肢"というイレギュラーであった。
(さてどうやって撤退するか…さっきの部屋は施設のほぼ真ん中で出てからが面倒だ。他に空気の出口を探して…?)
─バキバキバキッ!!!
匍匐で戻りつつ退路を探していたアルジードの視線は背後へと釘付けになる。それは先ほどまで覗き見していた部屋のあたりから突如鳴り響く騒音と、天井を貫く刃によるものだった。
施設の天井は決して低くない、あのように刃を突き立てるのは容易ではないはずだが─そんな事を考えていた矢先、刃が壁をぶち破るような音とともにこちらへと迫ってくるではないか!
「…っっ!」
─もうバレてるんだから出ていらっしゃいな、大きなネズミさん。それともオマタから串刺しにされるのがお好みかしら?
間一髪、柱の窪みに身を隠して迫りくる刃を躱すことに成功する。だが声の主─先ほどママと呼ばれていた人物の声は明らかにこちらへと向けられていた。
壁や天井が破壊された影響か、ギシギシと悲鳴をあげる足元は今にも崩れ落ちそうだ。撤退は不可能と判断したアルジードが飛び降りると、そこには1人の男が待ち構えていた。
「馬鹿力が…珍しく退くつもりだったのを邪魔すんじゃねえよ」
「どんなネズミが落ちてくるかと思えばカワイイ顔してるじゃない♡ねぇボウヤ、名前はなんていうのかしら」
ネイルとアイシャドウで彩った男は慣れた様子でウィンクする。手には巨大な薙刀を持ち、得物に負けぬ体躯も相まってかなりの威圧感を放っていた。
「先に名乗れや肉ダルマ。この教団を乗っ取ったのはテメェだな?」
「ずいぶん口が悪いわねぇ…みんなは"ママ"とか"ポンテ"と呼んでいるわ。さあ、ボウヤの名前を聞かせて頂戴?」
「ここではアルボザと名乗った。まだ質問が残ってるぜ…教団を乗っ取った理由は何だ?ここで何を企んでるか聞かせろや…アラクネの大幹部さんよ!」
アラクネ─その名を聞いた"ママ"の目の色が変わる。そして薙刀を床に突き刺すと…実に愉快といった風に笑い始めた。
「くくく…オーホッホッホ!カマをかけるタイミングはもう少しお勉強が必要かしら?まあいいわ、そこまで調べをつけただけ及第点ね」
「ってことはテメェが…」
「おめでとうボウヤ。アタシの本当の名前はロレンツ。アラクネの大幹部にして…組織の光と闇を繋ぐ者よ」